友達を作らない俺と友達が作れない彼女 3
「…………」
気づいたら誰もいない教室。そして、取り残された俺。
どうやら眠りこけてしまったらしい。ホームルームも寝ている間に終わってしまったようだ。誰も俺を起こしてくれなかったのは、寝ているのを起こすのも悪いからそっとしておこうという優しさだと信じたい。……絶対ないな。
再度教室を見わたすが、やはり誰もいない。もうすでにほかの奴は部活だの帰るだのしたのであろう。教室は静寂に包まれていた。
「帰るか……」
部活に入らず友達のいない俺は、基本的にまっすぐ帰るか、ちょっと寄り道して帰るかの二択しかない。今日は特に寄り道をする気わでもないので、まっすぐ家に帰ることにした。
俺は鞄を右肩にかけて立ち上がると、さっさと教室から出ようとした。教室の後ろの扉から出ようとしたのだが、その半ばで——阻まれた。俺の前に立ち塞がった人影によって。
人影は俺よりも背が低く、ここ琳星高校の女子の制服に身を包んでいた。
ということは、必然的に女子生徒。
その女子生徒は、見るものを引き込む澄んだ瞳と長く美しい髪をまとった少女だった。
俺はこの女子生徒を知っていた。知っているもなにも、この学校の人間なら誰もが知っている生徒。それに加えて俺と同じクラスである件の人物——
十六夜凛華がそこに立っていた。
その宝石のように澄んだ瞳は俺をまっすぐに見つめていた。その様子を見るに、俺に何かしら用があるようだ。今思うに朝、目が合ったのは俺の気のせいではなかったらしい。
正直に言うと、いやな予感しかしない……。
誰ともつるまないどころか関ろうとしないような有名なボッチの彼女が、こんなところで待ち伏せまでして俺みたいな普通のボッチと二人きりにならないといけない用事だなんて、ロクな話なわけがない。というか、どっちもボッチとか悲しすぎるな……。
いったいどんな用事なのだろうか。告白でもされるのだろか。ついに俺にも可愛い彼女が……なんて考えも一瞬頭に浮かんだが、その確率は限りなくゼロに近いみたいだ。
なぜなら、その十六夜の俺を見る目はあまりにも剣呑すぎるだからだ。親の仇でも見るかのような目で睨まれている。こんな物騒な告白があってたまるか。
これがラノベやら漫画やらのラブコメ主人公ならヒロインにこじつけに何かしらの運命を感じ、話しかけるであろう。しかし、そんな常識が俺に通用すると思ったら、大間違いだ。俺はロクに友達を作ろうとしない人間であって、そんな俺にとって友達以上の関係なんて不必要なものでしかない。
なので、ここは無難にスルー。別に大した用事なんかではないのかもしれないが、そんなことは俺の知ったことではない。こういうのは少しでも関わったらダメなのだ。
俺は何事もなかったように十六夜の横を通り抜け——ようとしたのだが。
あろうことか、十六夜はスッと左にずれて俺の通行を妨げてきた。
「…………」
今度は、左にずれてみる。すると十六夜は俺の動きに合わせて右に移動し、また通り道に立ち塞がる。
「…………」
しばらく俺と十六夜は右左と攻防を繰り広げる。その間も十六夜は一言も喋らない。黙ったまま、睨みつけながら俺の進路をことあるごとに遮ってくる。
お前はあれか、ゲームでよくいる主人公に実力がないやら資格がないとか言ってとおせんぼうをする衛兵か。あれって通れないとわかっていても、通れるか試しちゃうんだよな。
まあ、そんなことはどうでもいい。今、重要なのはこいつをどうやって振り切るか、だ。
こうなったらフェイントを仕掛けて切り抜けるしかない。
俺はつま先を進もうとする逆の方向——左に向け、そのまま右を通過しようと見せかける。
しかし、十六夜はそれを見逃さなかったらしく、右——俺から見て左に素早く動き進路にコンマ数秒で先回りされる。
——が、甘い。それこそが俺が仕掛けたトラップ。右に行くと見せかけ左に行くと相手に思わせるようにミスリードし、そのまま右に行くというフェイントのフェイント、ダブルフェイント。やばい、自分でも何を言てるのか、わからん。
ともかく、俺のフェイントは決まり、十六夜は狙い通りにひっかかってくれた。悪いがここのまま立ち去らせてもらう。俺はニヤリと笑いで真横を通り過ぎた。
と思った次の瞬間、十六夜はおよそ常人とは思えないスピードで体を切り替えしてきた。気づいた時には十六夜の顔がすぐそこ、目と鼻の先にあった。俺はおもわず後退ってしまう。
嘘だろ、こいつ身体能力高すぎるだろ。
そういえば、十六夜は五十メートル走で陸上部に圧勝するという運動神経の持ち主であったのを思い出した。どうするんだよ、これ。俺じゃ絶対に敵わないんだが……。
十六夜を躱そうにも左側は机がずらりと並べられており、逃げ道が狭まるので俺より小柄でフットワークが軽い十六夜相手にそれは愚行だ。だからといって、正面突破しようにも身体スペックからしてほぼ不可能。そこから導き出されるのは、どうやっても俺には十六夜を掻いくぐることができないという結果。
言うなれば、詰み。チェスでいうところのチェックメイト。
せめて通路がもう少し広かったら逃げきれたかもしれない。
ここ私立琳星高校はマンモス校で生徒数がかなり多い。そのため教室には机がぎっしりと敷き詰められている。
……ほんとにどうすればいいんだよ。こいつは黙ったままこっちを睨んでくるし。マジで怖いから、なんか喋ってくれ。
「………………」
あくまで自分から話しかける気はないらしい。お互いに無言のまま時間だけが過ぎていく。壁にかけられた時計の針がカチカチと秒刻みで鳴らす音だけが教室に響き渡る。
やがて、俺は居心地の悪さに耐えかね、諦めて話しかけることにした。
「……そこをどいてくれないか。邪魔なんだが」
俺に話しかけられ、十六夜がぴくりと反応する。
徐々に徐々にその柔らかそうな唇が開いていき——
「イヤ」
拒否られた。
というか、これだと俺が告白してふられたみたいだ……。
「じゃあ、何か用があるのか? あるんなら手短にしてくれ。俺は早く帰りたいんだ」
俺の言葉を聞き、十六夜は何か覚悟を決めたかのように目を合わせた。
そして、
「——井ノ原明人、私の友達になりなさい」
そう言った。