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神の物語  作者: 緋龍
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廃墟の城

「……何か、争いが合ったのかな」

城の内部は荒れ果てていた。

石壁は何か武器でえぐられたように崩れ、下に敷かれる絨毯は切り取られた様に無く、空気はどことなく埃っぽかった。

「人間は争うのが好きだからね」

「…………」

仕方が無い。

全ては人間が神の果実を食べなければ良かっただけの話だ。

人間は知恵を持ち、争うことを覚え、他の人間や動物の居場所を奪い奪われ、命も奪い合い、大地を血に染めることになった。

ああ、どうして。

『彼』の言葉に人間は耳を傾けてしまったのだろう。

彼の言葉にさえ、アダムとイヴが耳を傾けなければ。

生物は全て平和な天の上で。

血を流すこともなく、泣くこともなく、嘆くこともなく、生きることが出来たのに。

「……ヒナ、違うの」

ファイが静かに言った。

ヒナはしばらく黙っていたファイが突然口を開いたので驚く。

だが、ファイの顔を覗き込んで黙って聞くことにした。

「一般市民はいつだって、平和に過ごすことを望んでいるのよ。血に染まりたいのは国の一番上の人たちだけだわ」

一番上の人。

つまり、一番偉い人。

権力者。

「……どこの世界でも一緒なんだね」

僕達も一緒だ。

ぎゅ、とヒナはファイの手を強く握る。

やっぱり、何も知らない彼女を戦わせるのは嫌だ。

そう思ったときだった。


「わたくしの島に何の用で御座いましょうか」


静やかな鈴のような声が廃墟に響き落ちた。

はっとして見上げると王座だったと思われる場所に十二単のような豪奢な着物を着た女がいつの間にか座っている。

女は淡い黄緑色の髪を綺麗な髪飾りでまとめていて美しく、青緑色の瞳はジッとこちらを観察するように見ていた。

目だけを見れば気丈そうに見えたが、顔色は病的なほど悪かった。

ヒナは静かに膝をつく。

ファイが慌ててヒナに倣い膝をついた。

「島姫さまとお見受けします。我等は神の使徒。島姫さまをお助けに参りました」

例文どおりにヒナはスラスラ言う。

だが、島姫はフンッと鼻を鳴らすと頬に片手をついて口を開いた。

「わたくしに、助け? 馬鹿馬鹿しいにもほどが有りますわね。貴方達を、わたくしは陥れるために此処に居ますのに」

美しい島姫から出てきた毒々しい言葉にファイは言葉を失う。

だが、ヒナは違った。

「しまった!! ファイ!」

地面が、割れた。

「きゃあ!」

ファイは悲鳴を上げ飛び上がる。

地面を割ったのは、刀のような武器だった。

それはヒナとファイの繋がれた手を貫こうと伸びる。

ヒナは思わず手を離してしまった。

後ろの扉から何かがヒナに飛びかかり首を絞め、上から何かがファイに飛び掛りファイを押しつぶした。

「うぐッ」

「あうッ」

ヒナは呼吸が出来ないことに、ファイは軋む骨に悲鳴を上げる。


「あぁら、綺麗な紅色の女の子。私が貰っても良いかしらぁ」


妖艶とも言えるなまめかしい声が城に響いた。

その声の主は、ファイの上に乗っている美しい女だった。

長い黒髪を垂らしているその女は美しかったが、その美しい顔の左右に牡牛と牡羊の頭がある。

そして黒いチャイナドレスのようなもののスリットからは蛇の尾が出ていた。

「ア、スモダ、ィ」

首を絞められ呼吸がままならないヒナではあったが、必死にファイの方に手を伸ばしながら声を出す。

女があぁら、となまめかしい声を出した。

「覚えていてくれたの? 可愛い可愛い鳥の雛ちゃん」

忘れるはずがない。

神の使徒の宿敵、地獄の王の使徒。

アスモダイ。

アスモダイはフフフと笑った。

「そんなに首を絞めないで頂戴、ベリス。雛が鳴かないのは切ないわ」

「そんなことは出来ぬ」

荘厳な声が薄れる意識の中に響く。

後ろを必死に振り向こうとすると『赤』が見えた。

黄金の冠を戴き、頭から足の先まで赤い装束で固めた兵士のような男。

ベリスだ。

彼の持つ馬鞭で首を絞められているのだろう。

「まぁ、頭の固ぁい男。つまらなぁい」

アスモダイが口をとんがらせて言った。

だが、ヒナもファイもそんなことはどうでもいい。

「んぁ……ヒ、ナ」

ファイが必死に手を伸ばしてきているのが見える。

だが、手を伸ばす気力が、もうない。

「伝えなさぁい、無力な雛。あの緑の堅物男に。紅い姫は私が貰うわね、って」

そんなことはさせない。

させてたまるか。

「ヒ……ナッ」

「がッ」

だが、必死に伸ばした指はアスモダイに踏まれ、一気に絞める力が強くなった馬鞭に耐えられず、ヒナは意識を失った。

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