七行詩 481.~500.
『七行詩』
481.
一からやり直したくなどない
まだ終わってもいないのだから
私はまだ 貴方との出会いの後の話を
綴り したためている最中なので
残された私にできることは
想いの形を 紙に写して
貴方とともに 再会を待つことだけでしょう
482.
どうして私は 追い立てられているのでしょう
私は一杯のコーヒーと
くつろぐための 時間を買ったのだというのに
生活は時間の 逆算の中で
成し得ることしか望めない
町も人も 選び 切り捨てていくことでしか
次の受け皿を 用意できない
483.
私は深く息を吸い 思い描いているのです
小さな家の 庭へと降り立ち
花を育てる貴方の手から
故郷の土の匂いがする
私に連れ添い 来てください
私の生まれた町を見せ
続く これからのことを 話したい
484.
誰より高く 手の届かない場所に居ても
貴方を望み いつかその嶺に 上り詰め
もしも貴方の羽が傷つき
撃ち落とされてしまう日が来ても
ようやく同じ舞台から 支えることができるのだと
やはり貴方を望むでしょう
望むことの喜びよ どんなに遠くとも 近くとも
485.
人は 人の手を借りず 若さを繋ぎ止められない
この両手が 干からびゆくのを止めるのは
小さな心に 血を通わせる 涙である
この涙は 私ではなく
貴方が呼んだものでしょう
いつか 出会いという 恵みの雨を降らせたように
恋という 悲しみの雨を降らせたように
486.
もしも貴方が病めるときは
手を取り 寄り添い 眠りましょう
花瓶に花を 絶やさぬように
貴方の笑顔を 絶やさぬように
二人の痛みは同じだと
貴方とともに 闘えるように
貴方の傍で 眠りましょう
487.
如何に大きな手のひらが
万能の器たり得るのか
ある時は 望むものを手に入れ
ある時は 砂漠で倒れた貴方のもとへ
水をすくって 届ける為
それは器の大きさだけではなく
拾うために 駆け回る足があればこそである
488.
愛しさとは 砂利道の中で見つけた
最も美しく 磨かれた石へと 向かうものであり
美しさとは 一つを残し 削ぎ落とすことで
生まれた彫刻のようである
貴方はもう 一枚の写真の中でしか
私へと 笑いかけてはくれないのでしょうか
ならば生涯は その一枚のための額縁であるように
489.
貴方が見た 映画の中身を忘れても
貴方の目を 肥やしてきたに違いないでしょう
惑わせる 表情や仕草は 誰から学んだものなのか
女優のように多彩である
可憐であることを 忘れずに
自分であることを 忘れずに
そこに惹かれた瞳が 貴方を中心に捉えるのだ
490.
身の丈に合わぬ 高い買い物をしたとして
いつか自分の手から離れ
誰かのものになるのだろうか
やがて壊れてしまうだろうか
この服がいつか 自分に似合わなくなっても
衣装箱の中 若さは今も眠っている
仕舞い込んだものも 自分のもので在り続ける
491.
美しさには限りがあると
どうか貴方は 思わないでください
変化してゆく輝きを
季節とともに 貴方の傍で見届けたい
思い出のように 後に煌めきを増すものもあれば
秋に染まった落ち葉のように
並木の下 赤い絨毯を 二人に歩かせたり
492.
淑女となった 貴方に向ける挨拶は
カップやグラスに 口をつけるのと同じように
その手から 愛を受けとれば 良いのでしょうか
それとも私から 贈るのでしょうか
まずは再会を 喜びながら
長い腕で 私を迎え入れてください
ここまでとても 長い道程だったのだから
493.
いつの日も お目にかかれば 足場もなく
誰がためにある美しさが
私をも魅了してしまうのか
狭い部屋の中 騒ぐ心も
貴方の前では 無口なものだ
見栄や 付け焼き刃の 振る舞いも
貴方の前では 無力なものだ
494.
貴方はまるで人魚のように
私とはよく似た別物であり
思い浮かべては 泡となり すぐ消えてしまう
音楽と言葉も よく似た生まれ方をしているけど
貴方に捧ぐ 音楽は繰り返されるでしょう
舌がもつれて泡となり 途切れることはないように
何度でも 感謝を伝え続けるために
495.
朝露が降り 先に目を覚ました貴方が
一番に淹れる 紅茶の香りが 部屋を包む
あと5分早く 起き上がれば
電車の時間に間に合うのに、と
貴方は叱ってくれるけど
この手を引いて 起こしてくれたら
少しは早く目覚めるかも
496.
本当の自由は 貴方から 離れることではありません
選んで貴方の 腕の中にいることを言い
仕事のために 傍を離れても
いつでも貴方が待つ部屋に
帰ることができるということ
靴紐を固く縛るように
解けぬ絆を 身に強く結び 部屋を出ること
497.
窓を強く打つ 雨の日にも
ピアノレッスンは始まった
水溜まりに波紋を作るように
軽やかなタッチで鍵を叩く
濡れて冷えた指が 旋律を打ち据えてゆけば
雨だれも 水の戯れも 舟歌も
嫌みなく 胸に染みゆくものです
498.
二つの魂は それぞれの身体へと宿り
二つの身体は 同じ宿で互いを休める
苦難を知り 地上で夢を見るために
今一度 この地に降り立った
それは 胸につかえる 嘘も本当も
隠し通せるほどの器であり
同時に 伝えるための 言葉や声も持ち得たのだ
499.
貴方が思い出をください
苦手な季節も 好きになれるよう
冷たい風が吹く頃は
無人のベンチに 長居していた
いつか並んだ影を思いながら
その手が凍えぬようにと
貴方には 差し上げたものがありました
500.
どんなに部屋が散らかっても 無くすことはない
今私の手には 貴方を残し 全てが消えた記憶だけ
僅かに溶け残り 揺れる蝋燭に
私はすがり付いてしまう
貴方の無事を 祈り続けるために
どうか貴方の幻よ
私の心を支えてください