召喚ゲス勇者とTS高潔騎士だったらどっちが良いか
「勇者よ!必ずや魔王を打ち滅ぼし、世界に平和をもたらしてくれ!」
「りょーかいっす♪」
国王の目前にも関わらず礼儀の欠片もない返事をかます男は、この度魔王討伐の切り札として召喚された異世界の青年だ。
容姿だけ見れば良い。本当に喋らなければ、世の女性は放っておかないだろうがいかんせん軽薄で、それはもはや態度に、オーラとして感じ取れてしまう。
しかし、異世界の勇者というのはこの世の理に縛られない、無限の可能性を秘めた者であり、世界を移る過程で神の加護やら特殊な力を持ってやってくるらしい。つまり、戦力としても即戦力レベルであり魔王討伐に足る戦力とみなされているのだ。
しかし私は王の決定に異を唱えたかった。
というのもこの男、実戦では全く役に立たなかったのだ。召喚されてからの幾日か、ヤツに戦闘経験を積ませる必要があった。王は何故かヤツの要求を呑み、私が率いる部隊が引き受ける事となったのだ。
私の部隊は通称戦乙女と呼ばれており、その名の通り女性のみで構成されている。わざわざこの部隊を指名したのだ、勿論ヤツの目に下心しかないのは明白で、訓練や戦闘そっちのけでセクハラをかまそうとするのだ。事前にその旨を伝えておいた隊員からはすげなくあしらわれていたが、ヤツにはあまり効果がなかったようだ。
その後の実戦訓練でも、加護やらスキルとやらで剣と魔法は熟練者レベルであるのに、兎一匹殺せず命を奪うことに恐怖があるなどと甘いことを口にしていたのだった。
以上が異を唱える理由の1つだ。
だが、ヤツの気持ちも分からんではないのが正直なところだった。何故なら、何を隠そう私もヤツと同じ境遇だったからだ。
私はヤツと違ってこの世界に転生してきたのだが、何故か性別は女に変わり、魔法のある異世界だと言うのに私には魔法が扱えなかった。その分剣に打ち込んだ結果騎士団にスカウトされ、若輩ながら戦乙女部隊を任されたのだ。正直言って戦乙女部隊も、私がハーレムを作らんが為だったが、騎士になる女性ともなればその大半はマッシブな肉体で、その手の性癖でない私は非常に落胆したものだ。
かと言って副隊長などはマッシブ系では無いが、時折光のない目で私に笑いかけてきたりと、思ったようにいかないことに歯噛みしたこともある。
と言うように、ヤツを魔王討伐に行かせたくないのは、そういった同郷のよしみ的なものもありはするが、やはり戦闘で足手まといになる未来しか見えないのが1番だ。
それに…。
「それじゃ、勝った暁には?」
「む、ああ、我が娘を…そなたに…」
「よっしゃ!じゃ、頑張れますわ♪」
王の側の姫様が僅かに震えていた、しかし背筋は曲げないところに姫様の高潔さが伺える。
次に目線を横に見やる、右手には稀代の癒やし手と称される美しい妙齢の女性が目を瞑り冷や汗をかいている。左手には魔術学院で異例の飛び級を果たした魔導の天才と称される美少女の姿があった。そして自分で言うのも何だが、私も中々の容姿である。
つまるところ、勇者はハーレムを作ろうと画作しているのだ。
何故、実践経験の無い素人、しかも1人は学生を魔王討伐に連れて行くのか。しかも何故たった4人で行こうとするのか。いくら戦力として折り紙付きでも無茶である事は馬鹿でも分かる。
まあ、前世のゲームなんかを思えば4人パーティーでということなのだろう。これにOKを出す国王も国王である。
未だにへっぴり腰で剣を振る勇者様は、王の言葉を聞くと気分を良くしたらしく、意気揚々と礼すらせず部屋を出ていった。
ポカンとする魔道士の少女と僧侶の女性に部屋に戻るよう声をかけ、私も去ろうとしたところで、姫様に呼び止められた。
「どうか、どうか無事に帰ってきてください…。そうで無ければ、私…」
私の手を取り目を伏せる姫様は、勇者を前にした際の気丈な様子ではなく、年相応のか弱い少女の姿であった。
正直グッド。
「分かっております姫様。必ずや魔王を討ってみせましょう」
そう答えれば、目を潤ませた姫様が突然抱き着いてきた。なんて役得だろうか。下手すれば今生の別れにもなりうるが、姫様が身を案じてくれるなら、その下手も出来なくなってしまったな。
「武勲があれば…あるいは…」
王が何やら呟いていたが、姫様に気を取られていた私は気付けなかった。
「本当に行ってしまわれるのですか?」
出立の日の朝、騎士寮の1角に集まった戦乙女部隊に私は見送られようとしていた。寂しげな表情を見せる隊員だが、マッシブ系で高身長な彼女がそんな仔犬のような表情をすれば、私としても非常に寂しい気持ちにもなる。
「なに、すぐ帰ってくるさ。土産を用意しておこう」
少し茶化せば、あれが欲しいだの何だの和気藹々とした空気になる。ハーレムを作りたいなどと、不純な動機で生まれたこの部隊だったが、もはやセカンドホームと言えるぐらいにかけがえの無いものになっていた。
「で、何であいつは居ないんだ?」
「拗ねてるんですよ、副隊長」
「正直、隊長が居なくて心配なのは、あの人が大丈夫かってところですからね」
「はぁ、全く…」
唯一この場に居ない副隊長の部屋へ向かえば、案の定こちらを恨みがましい目で見ていた。我が部隊でも少数なマッシブでない彼女は、むしろ体が小さい方なのだが、魔法を併用した剣術は目を見張るものがあった。
「見送ってくれないのか?」
「お姉さま…」
そして彼女は何故か私を姉と慕っている。悪くはないのだが、私の事となると少々過激な思考になるのが心配だ。
「何故…あの猿と一緒に…?」
「猿…。国王直々に命ぜられたのだ、騎士として断るわけにはいかないだろう?」
「牛女と乳臭いメスガキも居るのですよね…?」
「散々だな…。心配は最もだろうが、皆力はある。そう簡単にやられはしない」
彼女の言い様に苦笑しつつ、胸を張って宣言する。
すると彼女は光の無い目で私をしばらく見ていたが、小さくため息を吐くと…。
「……お待ちしております、お姉さま…」
いじらしいその姿に、ついつい頭を撫でてしまったが、姉ならば問題ないだろう?
そしていざ始まった魔王討伐の旅だが、初日から勇者は音を上げていた。
「ちょ、休憩しね?…はぁ、はぁ、まじ、むり…」
「貴様、鍛錬を怠っていたな?これでは、先が思いやられる」
まだ今日の目標地点まで4分の3程度という所で野宿の準備となった。全く、僧侶殿も魔道士殿もまだ余裕はあるというのにこの体たらく。本当に魔王討伐などできるのだろうか?
「あ、あの騎士様!あたし、手伝えることありますか?」
「ああ、魔道士殿。では、こちらの杭を向かい側に打ってくれないだろうか?」
声をかけてくれた魔道士の少女にやり方を教えながら、テントを貼る。道中幾度かその魔法を目にしたが、年齢にそぐわない魔法の練度、威力、精密さは確かに魔王討伐に抜擢されるレベルで、正直驚いた。実戦での経験値や連携についてはまだまだ未熟だが、あそこで伸びている勇者様よりかは戦力になる。
ちょこちょこと私や僧侶殿の周りに着いて回る姿は、昔の副隊長を思い出す。
暫くすれば完全に日も落ち、道中狩った兎の肉を焼きながら、私は僧侶殿と話をしていた。我らが勇者様は完全に寝入ってしまっている。
「いやしかし、魔除けの結界とは素晴らしいものですね」
「いえいえ、私程度のものでは、強い魔物には効きませんし」
「虫が入ってこないだけでも価値があります。ウチの隊員にも使える者がいれば良かったんですが…」
僧侶殿が張った魔除けの結界は実は高等魔術の1つだ。彼女は謙遜しているが、気配から察するに大型の魔物も結界を避けている様な動き見せている。王国の周りで然程強力な魔物が出る訳ではないが、稀代の癒やし手と称されるだけはある。
魔術だけでなく、柔らかな肉体や聖母のような慈愛を見ればそれだけで癒やされそうなものだ。
「しかし、このペースでは魔王討伐が何時になるか…」
「魔道士ちゃんもいますしね、彼もこの様子だと時間は掛かりそうですね」
これからの予定を組みながら、初めての夜は明けたのだった。魔道士殿は何故かテントでも、僧侶殿でもなく私の太ももを枕に寝入っていた。
あれから暫く、魔王のもとまでもう半分といったところで事件は起きた。いよいよ体力も付き、夜も元気になったヤツが活動し始めたのだ。訓練時代にキツくしてやったのもあって、私には被害が無かったが、他2人には執拗に迫るようになったのだ。
そして今夜、魔道士殿の寝室に侵入するヤツの姿を目撃したのだった。
「何をしている?」
「ひっ?!」
ヤツの首元へ短剣をあてがい問いただす。
「い、いやぁ、魔道士ちゃんのね?忘れ物届けに来ただけだって〜」
情けない悲鳴を漏らし、明らかに嘘の弁明をする勇者に呆れるのも無理はないだろう。
「そうか、なら用事が済んだら早く出たまえ。夜中に女性の部屋に侵入するなど、全く感心できんからな」
わざとナイフをチャキと鳴らせば、ヤツはへらへらした表情そのままに顔色だけ青くして走り去っていった。魔道士殿は寝ているというのに、うるさく扉を開けて出ていく様に、思わずため息を吐く。
「全く、時間を考えろ…」
「あの…、騎士様…」
「!…起こしてしまったか?すまない、こんな遅くに」
声に振り向けばベッドの上で掛け布団にくるまった魔道士殿がこちらを見ていた。
「いえ、大丈夫です。…その、最初から起きてはいたんですけど…」
「ああ、そうだったか。勇者には後でキツく言っておこう」
私も元男だ、うら若き乙女の睡眠を邪魔したくはないし、そろそろお暇しようとしたところで、魔道士殿に呼び止められた。
「あ…、騎士様…。もし、迷惑でなければその…」
「?」
「今夜は一緒に…、寝てくださいませんか?」
もじもじと頼む様はとてもいじらしく、勇者が発情することも無理は無いことだ。かと言って手を出すことは許さんが。
しかし、こう頼まれると人としても騎士としても断りきれないものだ。
魔道士殿と手を繋ぎ、空いた手で髪を撫でてやりながら次の日を迎えたのだった。
しかし、ヤツはまた別の日に行動を起こした。次に狙われたのは僧侶殿である。
その日は野営の準備を終えた直後であり、疲れたのか勇者が寝入っている内に、近くの水場で水浴びをしようとしていた。
肉体的に同性とはいえ、私は未だ男性の精神を自覚しているところもある為、2人が水浴びする間護衛として、外で待機していることが普通だった。そして、魔道士殿より髪も長く体の大きい僧侶殿の方が時間が掛かるのはいつもであり、その日も魔道士殿が先に上がったのだが、その後に事件が起きた。
私も次に水浴びするのに備えて鎧を外していたから、対応が少し遅れてしまった。僧侶殿の悲鳴を聞きつけ、剣を持って水場へ突入すれば寝ていたはずの勇者が僧侶殿に飛びかからんとしていたのだ。僧侶殿は布で体を隠していたが、見られたかもしれない。聖職者である彼女の裸を見るという行為は、人道的に不味いがそれ以上に癒やしの奇跡に影響を及ぼす可能性すらあるのだ。
間一髪割り込み、剣の腹で勇者の頭を打ち付け昏倒させる。無謀極まりない行動だったが、どうにも悪い予感がしていた。
「大丈夫でしたか?僧侶殿」
ともかく僧侶殿の無事を確認する為に振り向けば、布一枚で豊満な体を隠す美女の姿。絵画のようだと一瞬見惚れたが頭を振るって雑念を追い払った。
「…なん……くましい…筋…」
しかし、僧侶殿もしばらく放心していた様で、私の腹を見つめながら何言か呟いてる。
「僧侶殿?」
「!ああ、大丈夫です、騎士様…!ありがとうございました」
「いえ、護ることが騎士の役目です」
剣を掲げそう宣言する。騎士として誰かを護ること、それは私の中でこの世界で生きる大きな生きがいを与えてくれていた。まあ自分語りをするのはよしておこう。
それよりも、僧侶殿の視線が気になった。私の腹部に向けられたそれは何やら熱がこもっていそうだったが、
「何かありましたか?」
「あ、いえ!……お、お腹に傷があるじゃないですか!」
確かに私は腹部に傷を負っていたか、そこまで酷くはなかったので応急処置だけして放置していたのを忘れていた。こと傷にはうるさい僧侶殿であるので治療してもらったのだが、やけに腹を、というか腹筋に触れるので少しくすぐったく感じてしまった。それに何故か僧侶殿の鼻息が荒かったのが不思議だった。
その後何度か勇者を撃退しながら、いよいよ魔王の元へ辿り着いた。クズ勇者でも見限らずここまで連れてきたのには、魔王を絶命させるのに勇者がその手で剣を振るわなければならないからだ。最悪トドメだけさせればいい。ただ気になるのはここ最近に関しては不気味なほどに勇者が何も来てこなかった事だ。
まあ、だいたい検討はついている。
そして私たちは、魔王が居ると思われる部屋に辿り着いたのだがそこには誰も居なかった。困惑する魔道士殿と僧侶殿を横目に私は剣を振り抜く。狙いは背後、遠心力を伴った横薙ぎには確かな手応え。見ればそこには、肌は青く、白目まで黒く、額から角を生やしたまるで魔王のような外見の勇者が腹から地を流していた。
「やはり、か…。芸が無いな」
「グフッ…ナゼダ、ナゼダ、ナゼダアアアァァァァァ!!」
飛びかかる勇者の腕を弾き、袈裟斬りに一閃。態勢を崩したところを追い、左腕を斬り飛ばした。
突然の事態に魔道士殿はまだフリーズしていたが、僧侶殿は察したようで私にバフを、勇者にデバフを飛ばしていた。割と躊躇なく勇者を敵認定するあたり、日頃のセクハラの鬱憤があったのだろう。
勇者は正直言えば弱かった。魔王の力を得てその膂力は私を遥かに上回っていたが、その動きが素人同然では話にならない。さらに言えば勇者に戦闘方法を指導していたのは私なのだ。勇者の力量を最も把握していたのもあって、気付けば勇者は両足も吹き飛び床に倒れていた。
「せめて、君の魂が報われることを祈るよ」
私は彼の残った右手にナイフを握らせ、そのまま心臓に突き立てた。かくして、魔王は勇者に心臓を貫かれ絶命したのだった。
王国は歓喜の声に溢れていた。異世界の勇者が魔王と相討ったとの報が飛び回り、魔王の死を喜び、勇者の死を偲び、事情を知らない人々はどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。
そんな大騒ぎも三日三晩も経てば随分と収まり、人々はまた魔王がいなかった頃の平穏な生活を取り戻していった。
ただ私にとっては以前からは考えも付かない生活になっていたのだが。
「ここに居ましたのね」
「ああ、少し呆けておりました。姫様」
「もう!姫様ではなく、ちゃんと名前で呼んでくださいまし!」
頬を膨らませて怒る姫様は可愛らしく、ついこちらの頬が緩んでしまうのだが、先日の国王の話を思い出せば頭が痛くなるのだ。
姫様の実質婚約者だった勇者が死んだからといって、私にあんなことを…。
「しっかりして下さいます?…その、私たちはもう…こんや──」
「騎士様!見つけました!」
ふと聞こえてきたのはここ数ヶ月で聞き馴染んだ子供の声。振り向けば魔道士殿が宮廷魔道士のローブを着て、こちらへ駆け寄って来ていた。
「えへへ…、騎士様ぁ…」
「ま、魔道士殿がどうして?」
学院の生徒であったはずの魔道士殿が城内にいるのは何故か、そのローブが示してはいるがそれが本当なら、彼女はいったいどれほどの秀才なのだろうか。
「ちょっと!また、あなたですの!?離れなさいっ」
「だめ…私の騎士様だから…」
そして姫様と魔道士殿が私を挟んで言い争いだす。帰還以来2人は顔を合わせば口喧嘩をしているが、年の近い子供2人のそれは実際微笑ましいものでもある。
2人を暫く眺めていたら、背後から服を引っ張られたので振り向けば副団長が相変わらずの仏頂面でこちらを見ていた。
「お姉さま、またあの牛女が来ています。いい加減来ないよう忠告……いえ、いっそ侵入者として死罪に…」
「こら、物騒なことを言うな」
相変わらずの物言いに軽く拳骨を入れて窘めれば、恨みがましく見てくる。姫様たちも暇ではないだろうし、丁度いいとばかりに解散して兵舎に赴けば、これまた見た顔が立っていた。
「あら、騎士様。お久しぶりですね」
僧侶殿が笑みを湛えてこちらに手を振っていた。そして近づいてくるのだが。
「それ以上お姉さまに近づくな」
と、手を伸ばして通せんぼする副団長に、子供かとツッコミをしておく。
僧侶殿は活動の拠点を王都内の大聖堂に移しており、旅の縁あってか定期的に我が部隊に訪れては怪我の手当などを手伝ってくれていた。
ただ、私の治療の際に限ってやたらとボディタッチが多く、私としては嬉しいのだが副団長は面白く無いと、これまた私を挟んで言い争うことがあるのだ。
「その、騎士様にお怪我がないか心配なのです」
「全く体のいい言い訳だな」
「しかし、今日まだ診てないのは騎士様だけですので…」
そう言われれば断ることない。実際彼女の腕は良いし、迂闊に怪我もできない立場にもなってしまった。定期診断が重要なのは前世で理解しているのもあって、医務室と化した控室で診断を受けることとなった。
僧侶殿の指示にに従い上着を脱げば、途端に僧侶殿の息が荒くなる。
「はぁ…はぁ…じゅる…。はっ、失礼しました!しかし、何と美しい筋肉…」
「くっ、卑しい雌牛め…!お姉さまが命ぜなければ、今すぐにでも!殺して…!」
僧侶殿に身を任せながら、目で副団長を牽制するという恒例をこなしつつ、外が俄に騒がしくなるのを聞けば、少女2人分の姦しい声が聞こえてきた。
魔王と勇者の侵攻は防ぐことができたが、私の平穏はいったいいつやってくるのだろうか…。
タイトルとネタだけで書いた結果、無駄に長くなってしまった。