ブリジンガメン
「あ、あのっ! こ、これまでのお詫びに、どうかこれをお受け取り下さい!」
「えっ!?」
フレイヤ様が頭を下げながら、俺に向けて両手を差し出した。
差し出されたその手には、真紅の宝石を中心に、おそらくは金に細かな装飾を施された首飾りが捧げ持たれている。
(これってルビーかな。なんか、とんでもない大きさなんだけど……)
紅く透き通っているのはルビーという程度しか、俺には宝石の知識なんか無い。
「あの、さっきも言いましたけど、俺は別に気には……それにこれって、お詫びとかで受け取れるような物じゃ無いですよね?」
ルビーと思われる宝石の大きさと、無機物なのに物凄い存在感を醸し出しているところからすると、知識なんか無くても価値があるというのはわかる。
おそらくは一般的に流通するような物では無く、なんとかの星とか名前が付いて、献上されたり博物館に展示されたりするレベルの代物だ。
「ふ、フレイヤ!? あなたそこまで、良太さんに本気でしたの!?」
天照坐皇大御神様が、震える指で首飾りを示している。
「……これってやっぱり、とんでもない物なんですね?」
天照坐皇大御神様の反応からして、何かの曰くがあるのは間違い無さそうだ。
少なくとも、何も訊かずにお礼を言って受け取ったら、後々になって大変な事になりそうだ。
「……これはブリジンガメン。フレイヤの北欧の浮気妻という異名の元になったと言える、黒小人に身を任せてまで手に入れたかった首飾りです」
天沼矛、正体のわかったドラウプニールに続き、ブリジンガメンという神器の登場である。
「あ、あの時は若かったので、若気の至りと言いますか、首飾りの綺麗さに目が眩んだと言いますか……」
ブリジンガメンを入手した時の事をフレイヤ様が、しどろもどろになりながら説明する。
(あの時は若かったって……今でも見た目は若々しいけど)
日本人の俺の目から見て、フレイヤ様の外見年齢は十代後半から二十代前半くらいだ。
肌なんかピチピチと言っても差し支えが無く、若々しいよりは初々しいと表現した方が適切かもしれない。
(でも、確か子供もいるんだよな……)
北欧神話的にはフレイヤ様には二人の娘がいて、夫のオーズ以外にも多数の愛人がいるという事になっている。
「あー……受け取っても、それで契約とかにはなりませんよ?」
様々な考えが頭の中で交錯する中、俺はフレイヤ様の手の中にあるブリジンガメンを見つめながら呟いた。
不思議な道具を創り出す黒小人の作だけあって、ブリジンガメンは真紅の宝石の大きさやカットも見事だが、実に精緻な細工が施され、ジュエリーになんか興味が無い俺でも、いつまでも眺めていたい程の魅力を放っている。
「そ、そこは関係ありませんから! これは良太さんを騙すような事をしていた、私からの誠意です。こんな贈り物くらいで、お詫びになるとは思っていませんが……」
頭を下げてブリジンガメンを捧げ持つ姿勢を、フレイヤ様は保ち続けている。
(あんまり騙されたって意識は無いんだけどな……)
正体を伏せていたというのはその通りなんだが、思惑があったにしても色々と優遇してくれたのは間違い無い。特にドラウプニールに関しては本当に重宝している。
「……じゃあ、ありがたくお借りしますね。頂くのでは無くて」
フレイヤ様の御厚意に甘えて、ドラウプニールと同じく、こっちの世界にいる間は借りておく事にした。
「っ! ど、どうぞ、お役に立てて下さいませっ!」
俺がブリジンガメンに手を掛けて掴むと、フレイヤ様は即座持っていた手を引っ込めた。
「ところで、これにも何かの機能があるのですか?」
ドラウプニールの気の供給などは神話には記述の無い機能なので、ブリジンガメンにもそういった物があるのかもしれないと思い、訊いてみた。
「は、はい。それは私が、アインヘリヤルの指揮を執る際の装備品です」
「……それって、フレイヤ様の専用なのでは?」
女神であるフレイヤ様と、戦乙女のワルキューレでは違うのだろうとは思うが、イラストなどで良く見る、羽のような飾りのついた兜で武装している姿を思い浮かべた。
「その辺は大丈夫です。装着者の気の型を認識して、最適な形状になってくれますので」
「最適、ですか」
一応、多少の拳法の型は知っているが、剣の技は二種類しか知らないという体たらくなので、俺自身がどういう戦闘スタイルが最適なのかというのは、自分でも良くわかっていない。
「使ってみればいいいのではないか?」
「うむ。使えばわかるであろう」
観世音菩薩様と八幡神様が無責任な事を言ってくるが、確かにその通りではある。
「……あの、先にフレイヤ様に使ってみて頂きたいのですが、如何ですか?」
ブリジンガメンを使うのを先延ばしにしたいという意図もあるのだが、フレイヤ様のアインヘリヤルを指揮する際のバトルスタイルには、大いに興味がある。
「それは構いませんが……あの、予め言っておきますけど、戦闘の意思は無いですからね?」
ブリジンガメンを使うという事は武装をするのと同義語なので、フレイヤ様が念を押してきた。
「わかっておる。それに幾らお主が無謀であっても、この国の戦勝を司る八幡神に挑んだりはしないであろう?」
「あ、当たり前です!」
信仰の形態の為に目の前にいる八幡神様は僧形をされているが、源氏にとっての戦勝を司る神なのだ。
「で、では……」
俺が手渡したブリジンガメンを胸の前で握り、目を閉じたフレイヤ様から光が溢れ出す。
次の瞬間には真紅の装甲が身体の各所に装着され、銀色の長い槍を携えた姿のフレイヤ様がそこにいた。
「おおぉ……」
(綺麗な女性の戦闘スタイルは、男性とは違う意味で迫力を感じるな……)
今までのフレイヤ様は愛の女神に相応しい柔らかい雰囲気だったが、ブリジンガメンによる武装をした姿は凛とした硬質な感じになり、表情も引き締まったように見える。
ファッションで女性が変わるというのは、おりょうさんや頼華ちゃんを見て知っていたが、フレイヤ様の場合はあまりにも劇的な変化過ぎて、思わず溜め息が漏れてしまった。
「そ、そんな呆れたような溜め息を……やっぱり、俄って感じで似合わないのですね……」
凛とした表情から一転して、フレイヤ様は落ち込んだように目を伏せてしまった。
「あ、いや、そうじゃなくてですね……こういう戦闘的な姿も、フレイヤ様には似合うなって、見惚れてたんですよ」
(それにしても、これってそういう仕様って事なのかなぁ……)
ブリジンガメンの武装を身に纏ったフレイヤ様から、それまで着ていた服が消え失せてしまっているのだ。しかも装甲材質は透明である。
光の屈折の関係か、鎧の下の身体のラインなどが見えるという事は無いのだが、それでも気にはなってしまう。
(マジックアイテムだからだろうけど、それにしたって素肌に直接鎧って……フレイヤ様には申し訳無いけど、ちょっと恥ずかしいな)
鎧である事を別にしても、アンダーウェアが無いのは落ち着かなそうだ。
「まっ! こ、これからは、いつもこの格好でいましょうか?」
俺の心中など知らないフレイヤ様は、恥じらいながらも嬉しそうな顔をする。
「……あなたはそれを、良太さんにお貸しになるんでしたよね?」
俺が褒めた事で嬉しそうにしてくれたフレイヤ様に、天照坐皇大御神様が呆れたように突っ込みを入れた。
「うっ! そ、そうでした……さ、さあ。次は良太さんの番ですよ!」
フレイヤ様が軽く目を閉じると、装着した時と同じように光が溢れ、光が収まると元の服装になり、その手には首飾りの形状に戻ったブリジンガメンが握られている。
「……」
フレイヤ様から差し出されたブリジンガメンを無言で手に取る俺には、拭いきれない一抹の不安があった。
(さっきのがフレイヤ様用に最適化されているというのは、見た目からして納得したけど、俺はああいう風にはならないんだよな?)
フレイヤ様の纏った鎧はかなり装甲の面積が少なく、俺の頭の中にはビキニアーマーという言葉が浮かんだ。
俺の戦闘スタイルは頼華ちゃんのような敏捷性を活かす感じでは無いので、もっと装甲の面積は多目になると信じたいが……。
(ん? そう考えると、もしも頼華ちゃんがブリジンガメンを使ったら、必然的に……やばい、似合い過ぎる)
さっきのフレイヤ様よりも更に装甲面積の少ない、正にビキニアーマーと呼ぶに相応しい鎧を身に纏って薄緑を構える頼華ちゃんの姿が、まるで本当に見たかのように頭に浮かんでしまった。
(これは……造形作家さんにフィギュア化して欲しいな)
「良太さん、どうかされましたか?」
「はっ!? い、いえ。なんでもありません」
妙な方向に考えが行ってしまい、ブリジンガメンを握ったまま動かない俺の事を心配して、フレイヤ様が声を掛けきた。
(いかんいかん……よし、やるぞ)
腹を括った俺は、ブリジンガメンを握った手を胸の前に持ってきて目を瞑り、武装する姿を朧気に頭の中で思い浮かべる。
「まあっ! な、なんて素敵……」
「な、なんという凛々しいお姿……」
フレイヤ様と天照坐皇大御神様から、ありがたいお言葉が投げ掛けられたので、どうやらそれ程は無様な姿にはなっていないみたいだ。
「ほほぉ。男振りが上がったの」
「うむ。中々の傾いた武者姿である」
観世音菩薩様と八幡神様にも一応褒められて、自分の両手確認する。
「……武者鎧?」
自分の両手を挙げて見ると、フレイヤ様の物よりも無骨な感じの、透明では無い真紅の材質の籠手でカバーされている。
見下ろすと胸から下も赤と黒を主体とした装甲で覆われているので、どうやら全身鎧を装着しているようだ。
「へぇ……」
紅い籠手を装着した手を握り締めても、全くと言っていい程違和感が無い。薄い手袋でも、もう少しは布越しという感じがするはずだ。
腕や膝を持ち上げたりしてみるが、行動を阻害されたり重さに悩まされる感じもしない。
(でも、やっぱり服は消えちゃうのか……)
どういう訳か服も下着も全て消え去った。その所為で鎧は直接肌に触れているが、張り付いて動きが妨げられるような感じはしないし、素材の所為なのか冷たさなども感じない。
動きに合わせての追従性も良好で、感覚的には装着しているというよりは、鎧が身体の一部になったように思える程だ。
「凄いですねこれは……」
(凄いんだけど、あんまりこの姿では、人前に出たくないなぁ……)
八幡神様の言った事と、自分で見て分析した感じでは、現代アレンジした武者鎧みたいな感じになっているようだ。視界の邪魔にはなっていないし重さも感じないのだが、どうやら頭には兜も被っている。
(兜の飾りは控え目だと思うけど、多分、鎧伝な烈火みたいな……これ以上は考えない方が良さそうだ)
フレイヤ様達が知っているのかは不明だが、仁の力で悪を討つキャラっぽい格好になっていると見て間違い無さそうだ。
「良太さんの打たれた刀を振るうのに、正に相応しいお姿です!」
「ははは……」
(これで二刀流なら、正に……)
瞳をキラキラさせてフレイヤ様が褒めてくれるけど、俺自身はコスプレをしているような気分にしかなれない。
ブリジンガメンが使える事と、仕様後の状態の確認が済んだので、俺は目を瞑って元の姿に戻った。
「ああん。もうお戻りになってしまうのですね」
「もう少し、見ていたかった気もしますね……」
俺が武装を解くと、フレイヤ様と天照坐皇大御神様が、揃って残念そうな声を上げる。
少しだけ心配したが、武装を解いてもちゃんと服を着ていたのでホッとする。
「えっと、補足で説明をしますと、装甲は良太さんの打った刀くらいの武器で無ければ、傷も付きません」
残念そうにしていたが気を取り直したフレイヤ様が、ブリジンガメンの追加情報を話し始めた。
「それは……凄いですね」
攻撃の威力を装甲でなんとかしようと思ったら、重い上に動きが鈍くなる事を覚悟しなければならないが、少なくともさっき検証した限りでは、ブリジンガメンに関しては全く無視しても大丈夫そうだ。
もっとも、武人は武器が大した事が無くても、気による強化が出来るので、攻撃の全てを鎧で受けるなんて戦い方はしない方が良い。
「その強度を、更にドラウプニールで気を供給しながら強化出来ます」
「それは……正に難攻不落ですね」
気で構成されている肉体をドラウプニールで強化、維持しつつ、更に装甲の強度も上がるのだから、攻撃側には相当な武器や威力や技量が求められる事になる。
(ドラウプニールとブリジンガメンを併用した防御を突破出来るヴィジョンが、ちょっと浮かばないな……)
十分な防御力があると言っても過信は禁物だが、回避や受け流しに失敗した場合や、不意討ちなどに対しての心配は大幅に減るだろう。
「多分ですけど装備を整えた良太さんなら、トールはともかくテュールとならいい勝負になるのではないかと思います」
「ははは……」
(北欧神話の軍神といい勝負になると言われて、喜んでいいのかどうか……戦うような事態にならない事を祈ろう)
おそらくトールはメインウェポンがミョルニルという飛び道具なので、俺の方が不利になるのだろう。などと、頭の中の妙に醒めた部分で分析してしまった。
「でも、俺が身に付けるにはこの首飾りは、ちょっと華美な感じですよね……」
お姫様っぽく服装を整えた頼華ちゃんとか朔夜様辺りなら、首元を飾っていても似合いそうだが、普段から作務衣か、せいぜいが袴を履く程度の俺がブリジンガメンを首から下げると……凄く浮きそうだ。
「良太さんの気の型を合わせましたから、普段は仕舞っていても大丈夫だと思います」
「そうなんですか?」
「ええ。ドラウプニールのここ、わかりますか?」
フレイヤ様に言われてドラウプニールを見ると、表面に新たなマーク、ルーン文字と思われる物が浮かび上がっている。
「ここに触れるか、頭で思い浮かべるだけでも装備出来るはずです」
「成る程。それは便利ですね」
ドラウプニールを介して一瞬で装備出来る武器や服に、新たにブリジンガメンが加わったという事だ。
鎧は防御するの能力が上がる程、重量とパーツの数が増すので、物によっては一人では脱ぎ着出来なくなるし、時間も掛かるようになる。
その点、ブリジンガメンは一瞬で着脱出来るので、防御面以外にも非常に優れた鎧である。
「最後に、ブリジンガメンには飛行能力があります。これはアインヘリヤルの指揮用の装備なので、当然といえば当然なのですが」
アインヘリヤルを指揮するのに、戦場を上空から観察したりする必要があるのだろう。もっとも、女神のフレイヤ様は元々飛べたりしそうだが。
「これで、ブリジンガメンの能力の説明は一通り終わりました。何か疑問とかはございますか?」
「多分、大丈夫だと思います」
(こんな物を使う機会が訪れない事を、祈るだけだな……)
お詫びという事で受け取りはしたが、ブリジンガメンは完全にオーバースペックだ。攻撃面では無く防御方面にオーバースペックなのが救いだが。
少なくとも黒ちゃんと白ちゃんクラスの敵が大挙して押し寄せてくるとかじゃ無ければ、ブリジンガメンの出番は無いだろう。と、思いたい。
「で、では良太さん。今後共宜しくお願い致します!」
ブリジンガメンの説明を終えて会話が一段落したところで、フレイヤ様が頭を下げてきた。
「あー……その事なんですが」
「ひぃっ!? も、もしかして貰う物は貰ったという事で、私はお払い箱でございますか!?」
多分「こちらこそ」という言葉を期待していたと思うフレイヤ様が、俺から違うリアクションが来たので悲鳴のような声を上げた。
「いえ、そうじゃなくて……」
俺の言葉を聞いて物凄くショックを受けた様子で、フレイヤ様が後退る。
「で、では、どのような?」
声にも表情にも、思いっきり警戒感を顕にしながら、フレイヤ様が尋ねてくる。
「えーっと……最初に出会った時に、必要に応じて呼ぶので、普段は姿を消して傍にという事にして貰っていましたが」
「え、ええ。そうですね」
すぐに応じたところを見ると、フレイヤ様は良くも悪くも、ずっと俺の傍で見守ってくれていたみたいだ。
(女神としての仕事とかは大丈夫なのかなぁ……)
北欧神話の世界がどういう状況なのかはわからないが、少なくとも信奉している人間に対してのケアとかはあると思うので、他人事ながら心配になってしまう。
「あの、その姿を消して傍にというのを、今日限りにして頂きたいと思いまして」
「ええっ!? そ、そんな……」
「なんでそんなに絶望的な表情に……」
ラグナロクでも来てしまったような、そんなフレイヤ様の凄まじい落胆ぶりである。
「あ、あの、傍にいるのが気になってましたか?」
「いえ、そんな事は。ただ……」
気配も感じないくらいに完璧なフレイヤ様の隠形だったので、気にせずに生活をしていたのは間違い無い。しかし……。
「あの、黒ちゃんと白ちゃんが特別なんだと思うんですけど、フレイヤ様の姿を見咎めているみたいなんですよね」
「うっ!」
(フレイヤ様、言葉に詰まったな……)
以前の会話で、凄い顔をしながら俺を見ている女性が傍にいると、黒ちゃんと白ちゃんから聞いている。
そして俺の指摘に言葉を詰まらせたという事は、フレイヤ様の側でも見られている自覚があったのだろう。
「フレイヤ。常に傍にいなくても、良太さんを見守りはするのでしょう?」
「そ、それは勿論、大切な方ですから……」
天照坐皇大御神様の言葉に、少し不満そうな表情でフレイヤ様が頷く。
(そんなに見られているのか……)
神様だから感知能力も高いのだろうけど、それにしたって四六時中観察されていると思うと、少し精神衛生に良くない物を感じてしまう。
「もし、それが出来ないという事でしたら、申し訳ないのですがドラウプニールもブリジンガメンも、お返しします」
「そ、それは!」
旅の一行とも基本的には四六時中一緒にいるのだが、申し出れば一人になる事は出来る。
フレイヤ様には一方的に観察されている状態になってしまうので、今まで大丈夫だったろ? と、言われてしまうかもしれないが、この辺で開放して欲しいのだ。
「う、うぅー……」
「考えるまでも無いでしょうに……」
唸って答えてくれないフレイヤ様に、天照坐皇大御神様は呆れ顔だ。
「じゃあ……」
「ま、待って下さい! わかりましたからっ!」
俺がドラウプニールを手首から外そうとすると、フレイヤ様が大慌てで腕にしがみついてきた。
「えっと……そんなに?」
「うぅ……はい……」
なんで神様が、俺みたいな人間に対してそこまで? そう思うくらい、腕にしがみつくフレイヤ様からは必死さが伝わってくる。
(しかし……妙な意図は無いんだろうけど、これは……)
しがみついてくるので、当然のようにフレイヤ様とは密着する状況になる。
腕だったり胸だったりから柔らかさと一緒に体温が伝わってくるし、首筋や髪の毛からは甘い香りが立ち昇って鼻腔をくすぐる。
(な、なんだこの、脳を蕩けさせるような香り……)
フレイヤ様の芳しい体臭には媚薬成分でも含まれているのか、抱き締めてしまいそうな衝動が湧き上がってくる。
「そこまでにしておきなさい! まったく、良太さんの優しさに付け込むような事を……」
俺とフレイヤ様の間に天照坐皇大御神様が割って入り、密着状態から開放された。少し残念な感じがするが、そこは我慢する。
(天照坐皇大御神様とフレイヤ様では、感触が違うような……)
天照坐皇大御神様の身体にも柔らかさはあるのだが、見た目の上に薄皮一枚別の物があるよう感じる。
対してフレイヤ様の場合は、俺達と同じように自然な柔らかさを感じるのだ。まるで身体を構成している成分が、天照坐皇大御神様とは違っているかのように。
「あ、あの、良太さんの仰る通りにしますので、何卒、今後も宜しくお願い致しますっ!」
「……」
(女神様が、俺なんかに何度も頭を下げちゃっていいのかなぁ……)
北欧の信者達がこの場を目撃したら、俺は不敬罪で罰されてしまうのじゃないかとか考えてしまう。
「わかりました。俺としては適度な距離を置いて下さるのなら、今後も長い付き合いをお願いします」
「ほんとですか!? ああ……良太さんの慈悲深き御心に感謝致します!」
フレイヤ様は満面の笑みを浮かべて俺の手を取ると、再び頭を下げた。
「では祠の件、楽しみにしてますね」
「我らの分も忘れぬように」
「うむ」
口々に言いながら、天照坐皇大御神様、観世音菩薩様、八幡神様が去って行った。
「フレイヤ様の祠も祀りますね」
「えっ!?」
(ん? 祠って、北欧の神様的には無しなのかな?)
祠の事を言った事に対するフレイヤ様の驚き様を見ると、もしかしたら北欧で祠というのは、あまり一般的では無いのかと思ってしまう。
「い、いえ! そうでは無くて……あの、私って外国の神ですし、祀ったりしても大丈夫ですか?」
「元々、里の者達が一般的な日本人とは言い難いですから。そこら辺はなんとも……」
里の蜘蛛達は日本の神様よりも古い神を奉じていたという事だし、人間ですら無かったので信仰形態なんか全くわからない。
「でも、天照坐皇大御神様にも言いましたけど、日々の感謝という意味で、俺に縁の深い神様に対して祈りを捧げるように教えますから」
子供達に強制をするつもりは無いが、様々な事に感謝する姿勢は伝えたいので、その一環として神仏に祈りを捧げろという事も教えようと考えている。
「フレイヤ様は北欧の神様だから、祠は里の北側でいいですか?」
仏教の四天王などのように、四方を司る場合もあるので、念のためにフレイヤ様に確認した。
「は、はいっ! 良太さんに全てお任せします!」
という答えが返って来たので、特に方角の問題は無さそうだ。
「わかりました」
フレイヤ様を北側に、天照坐皇大御神様を東側に、八幡神様を南側に、そして観世音菩薩の祠を西側に設置する事にする。
天照坐皇大御神様と観世音菩薩様の祠を隣り合わせにしないというリクエストに関しては、これで問題無いだろう。




