三神降臨
天沼矛と言えば、日本の創世神話に出てくる神器だ。
伊邪那岐と伊邪那美がその矛で混沌とした大地をかき混ぜ、滴り落ちた雫から淤能碁呂島が生まれ、そこに降り立った二神は成婚し、様々な子を成した。
その子供の内、大八島と呼ばれる島々が、現在の日本列島だと言われている。
「そんな大それた物で、何をすると言うのですか!?」
里と呼ばれるこの世界が、実際にはどれくらいの広さなのかは不明だが、国を生み出すようなマジックというよりはゴッドアイテムで天照坐皇大御神様が何をしようというのだろうか……。
「御安心を。この天沼矛の機能の一部を、良太さんに利用して頂こうと思っただけです」
「機能の一部、ですか?」
「ええ」
天照坐皇大御神様が簡単に説明してくれたところによると、国産みのような大掛かりな事は、既に世界が人の手に委ねられたこの世界では難しいのだが、天沼矛の機能の一部を使えば、里の中を工事などの作業を省略して整える事が出来るらしい。
「神といえど、無から有を生み出すのは難しいので、現在ある資材を利用してという制限付きなのですけどね」
「それでも、凄く助かります」
例えば、俺が既に伐採してあったり里の領域内に生えていたりする木や、さっき切り出してきた岩塊などを素材として利用し、建物や施設を設置出来るというのが天沼矛の機能の一部だそうだ。
「では、天沼矛の機能の一部を、良太さんに譲渡しますね」
「あの……もしかして俺が、それを振るうんですか?」
創世神話に登場する武器に触れる機会なんて絶対に無いので。光栄な話ではあるのだが、俺が色々と規格外なのは少し自覚があるので、振るう事によって悪影響が出たりしないかと考えてしまう。
「振るうまではしないで結構です。軽く握って頂けましたら」
俺の逡巡を見て、天照坐皇大御神様が慰めてくれるように、穏やかな笑顔で矛を差し出してくる。
「は、はあ……」
(……いきなり、大地の一部が消えたりはしなよな?)
振ったり突いたりしなければ、それ程ヤバイ事にはならないだろうと割り切って、俺は天沼矛の柄を握った。
「……ん?」
天沼矛の柄を握った瞬間、目の前の天照坐皇大御神様を見ているのとは別に、この里を鳥瞰で見ていると思しき景色が視界に浮かんできた。
鳥瞰の視界から特徴のあるゲルが確認出来るので、どうやら里に間違い無さそうだ。
(サブウインドウみたいな物か……)
些かゲーム的な考え方ではあるが、用途からしても概ね解釈として間違えてはいないだろう。
「どうですか? 少し情報量の多さに戸惑うかもしれませんけど……」
「いえ。大丈夫です」
以前に蜘蛛の分体を作り出した時に、自分の目以外に八個の眼球の視界というのを体験していたので、今の状態は手前に半透過のディスプレイを置いている程度にしか気にならない。
「では説明致しますが、里の中にある資材はなんでも使用出来ます。細かな指定までは無理なのですが……」
天照坐皇大御神様が言うには、例えば壁や屋根に装飾を入れたりとか、カラフルにするのとかは無理らしい。
「わかりました。じゃあ、先ずは風呂だな……」
風呂を設置しようと考えていた辺りに意識を向けると、フレームで範囲指定を求められた。
(おお! ゲームのコンストラクトモードみたいな物か!)
縦や横の方向の指定と、使用する資材の指定も求められたので、俺は切り出してきた岩塊を指定する。
風呂は当初の予定から石造りにするつもりだったので、切り出してきた岩塊の縦約十メートル、横約五メートル大きさを、目いっぱいに利用する。
「ん? あの、里にある物は利用出来るという事ですけど、それは目に見えない物でも可能でしょうか?」
「目に見えない物とは、どういった?」
当たり前だが、これだけの説明では天照坐皇大御神様にわかる訳も無かった。
「風呂には水場から水路で給水しようかと考えていたのですが、それを浴槽の下の水脈から利用出来たりしないかなと思うのですが」
元の世界の江戸で上水を木樋で通していたように、当初は水場から石で造った樋を利用して、風呂と厨房へ導水しようかと考えていた。
「ああ、そういう事でしたか。では少しだけ、私からも助力致しましょう」
天照坐皇大御神様が呟きながら、俺が握っている天沼矛にそっと振れ。
すると、里の画面に利用出来る物の一覧が追加され、そこには川、池、湧き水、温泉、耕作地、様々な植樹可能な果樹などが表示された。
「少しですが、面積自体も拡張出来るようにしました」
「あ、ありがとうございます!」
現状でもそれなりに里は広いのだが、建物や耕作地を作ると手狭になってしまうなとは思っていたので、非常に助かる。
(それでも、里の中で田んぼは無理そうだな……)
住む場所と厨房と風呂以外を全て田んぼにすれば、住民の食べる分くらいは賄えると思うのだが、米は買う事にして他を自給する形にした方が、食生活が多彩になるだろう。
「あの、この川というのは、里の境界辺りに設置すると……」
里の中を川が流れていると不便になるだろうから、設置するなら霧の発生する境界付近になるのだが、システム的にどうなるのかが不明なので天照坐皇大御神様に尋ねてみた。
「向こう岸には渡れませんね」
「そ、そうですか……」
天照坐皇大御神様が笑顔で語る。
(向こう岸が見えなくて渡れない川って、三途の川を思い浮かべるなぁ……でもまあ、予想通りか)
川は里の西の端に設置し、隣接した場所に池を作って川と繋げた。魚を採ったり、水遊びなんかが出来るだろう。
風呂の範囲指定、資材の指定、温泉を利用するかしないかという指定もある。どうやら水場から導水しなくても良さそうだ。
(樋を作らなくていいだけでも、相当に助かるな)
樋は地面に埋設するつもりだったから、白ちゃんにも相当な大工事になるだろうと指摘されていたのだが、思わぬ方法で、しかもあっさりと風呂の設置の問題は解決してしまった。
岩塊を八十センチくらいくり抜いて浴槽にし、半分地面に埋め込む形で男湯と女湯の境目の部分から温泉が噴出して、両サイドに湯が流れ込むような構造にする。
風呂の排水は石の端材を使った樋の中を通って、沢の下流に流れ込むようにした。洗い場の床は石敷きにしたが、脱衣所は木造だ。
浴槽と洗い場の上には木の屋根を作ったが周囲はまだ手付かずで、後日レンノールが持ってきてくれる竹で竹垣を作るつもりだ。
「さすがに大きいだけあって、まだ石には余裕があるな……」
どうやら石材は個数では無く、設置する物に必要な体積で量を持って行かれたようだ。石材以外も同じような換算方なのかは不明だが。
巨大な岩塊は風呂の設備に半分以上を使用したが、浴槽を形作る為にくり抜いたりしているので、まだかなりの量がある。
(しかしまあ、どれだけ急いで作業しても数日は掛かると思ってたけど、こりゃあ楽だな)
川と風呂の周囲の整備は、位置や大きさなどを何回も修正してから設置をしても、経過した時間は体感で数分だ。しかも隔絶されている状況なので、周囲の時間の流れからは切り離されている。
「次は厨房だな……」
周囲の壁が無いが風呂の一応の体裁が整ったので、今度は厨房に取り掛かった。
水場の近くに作る予定だった厨房を頭で思い浮かべると、どれくらいの面積を使用するかという、範囲の指定をフレームで求められた。
(住民の数が多いから、厨房は水回りと竈が大きめで、取り回しが楽になるように広めがいいよな)
フレームの縦と横の範囲を広げて指定すると、次に中の設備の指定の指示が来た。
(壁や屋根、竈や水回りの材質の指定か……)
土壁でもいいのだが経年劣化を考えて、せっかくなので切り出してきた岩塊で全体を構成する。窓と扉のみ木で作って、竈も石組だ。
竈に並べる形で石窯も作ったので、レンノールにパン作りを教わる準備も整った。
「随分と、変わった構造の竈なのですね?」
「ええ。熱効率を考えたのと、薪以外の方法でも煮炊き出来るようにしました」
天照坐皇大御神様が疑問に思ったように、石組みの竈は一般的な土作りの物とは違い、羽釜を嵌めむ形にはなっていない。
薪などの燃料を入れる焚口は通常よりも高い位置に作られており、石に切れ込みを入れてある場所からの熱を利用して煮炊きをする構造になっている。現代のキッチンのように、立ったままでの調理が可能だ。
これは薪や炭以外にも権能を利用して、鍋自体を発熱させての調理も出来るようにと考えての構造でもある。羽釜が埋め込まれるような形になる従来の竈では、下側からでは無く側面からしか熱を加えられないのだ。
(石窯の方はオーブンとしても使うなら、蓋が必要だなぁ……鍛冶が出来るようになったら考えよう)
ピザなどを作るだけなら開けっ放しでもいいのかもしれないが、パンや肉をローストしたりするには、燃料に関係無く金属で蓋をした方がいいだろう。
「水回りも変わっておりますね」
「水汲みとかの手間を、出来るだけ省ければと考えました」
今までの水場と厨房の水回りには高低差をつけて、上から石の導水管を通って流れ込んだ水が数箇所の小さな穴から、石をくり抜いて形作ったシンクに常時流れ落ちるようにした。
本当は蛇口を取り付けて水を止められるようにもしたいのだが、蛇口の構造、特にパッキンはハードルが高過ぎて、江戸の大前でも設置には至らなかった。
(それでも井戸で汲んで瓶に貯めて使う従来の水回りと比べれば、格段に楽になるよな)
流水量が一定なので、大きな鍋に水を貯めたりするのには時間が掛かってしまうが、それでも水場から桶で運ぶ事を考えたら、問題にならないくらい楽になるだろう。
厨房の中には、数人が一度に使っても狭くない木の作業台を作って設置した。木材からまな板も作る。
「うーん……もう少し作りたい物もあるんですが、これ以上は資材が足りませんね」
厨房では木材は木戸と窓と屋根と作業台、それとまな板にしか使っていないので、まだまだ多く残っているのだが、シンクと竈と石窯、それと壁に使用した石材は、大分少なくなってしまった。
「後は何をお作りになりたかったのですか?」
「貯蔵庫です。冷蔵と冷凍の」
乾物や燻製など以外に冷蔵と冷凍を利用出来れば、様々な物を長期保存出来る。
(冷蔵でも冷凍でも、かなり壁を厚くしなければならないからなぁ……)
石や漆喰を使用して壁を厚めに施工しなければ、外との断熱効果が期待出来ないのだが、現状残っている程度の石では、壁を薄くするか貯蔵庫自体を小さくするかしか無い。
「良太さん、その貯蔵庫というのは、地上に作らなければなりませんか?」
「えっ!? あ! そ、そうですね!」
天照坐皇大御神様に指摘されるまで気が付かなかったが、貯蔵庫は建物にしなくてもいいのだ。
貯蔵庫を地下に作れば屋根と壁の厚みは気にしないでいいし、何よりも地上と比べて温度が安定している。
(風呂を半分埋め込んで作ったのに、なんで考えつかなかったんだろう……)
江戸の大前でも地下の貯蔵庫の一角を使わせて貰っていたのに、完全に考えから抜け落ちていた。
「これなら、残りを壁材に使うだけで足りそうです。さすがは天照坐皇大御神様です!」
「そ、そんな……」
心の底からの尊敬の眼差しを向けると、天照坐皇大御神様は、少し照れたように顔に手を当て、左右に身体を揺すっている。
(少なくとも二千年以上存在しているのに、こういう反応は女の子っぽいなぁ)
言葉や雰囲気からは母性も感じるのだが、目の前で照れている天照坐皇大御神様は、少女のような羞じらいを見せている。
「む。良太さん今、いい年こいてとか思ったでしょう?」
「お、思っていませんよ!?」
顔に出ていたのか、天照坐皇大御神様が、少しムッとしたような口調で問い掛けてきた。
「さ、さあ、貯蔵庫の設置だ……」
俺は誤魔化すように、里のコンストラクトの作業に戻った。
「もう……」
まだ少し怒ったような口調だが、直後に天照坐皇大御神様はクスッと笑った。
「貯蔵庫はこれでよし、と。後は、住む場所をどうしようかな……」
地下に設置した貯蔵庫は壁と天井と床を石張りにして、奥を冷凍庫、手前を冷蔵庫にした。
冷凍庫と冷蔵庫の間には蜘蛛の糸の布で二段階の仕切りをし、手前側の冷蔵庫の入り口には木戸を設けた。
「住まいは、あのゲルという家を作られるのでは無いのですか?」
「その予定だったんですけど、天照坐皇大御神様の助力のお蔭で、もう少しいい建物が作れますから」
現在、里の周囲に生えている樫など木を全て伐採して資材にし、ゲルでは無い建物を建ててしまおうかと考えている。
ゲルを作る時にも思ったが、里の周囲の木はどれも大木と言えるくらいの太さと長さで、誰かが管理していたのかと思えるくらいに幹が真っ直ぐに伸びているので、建材としては最適だ。
「今、木が生えている場所に、頂いた果樹を植えればいいかなと考えています」
(庭とは少し違うけど、蜜柑とか柿の木が生えているのって、なんかいいよな)
元の世界ではマンションに住んでいたので、実の成る木を生やせるというのは、憧れの一つを具現したように感じる。
「確かに。現在の木のそのままに、新たに果樹を植える場所を考えると、拡張しても手狭にはなりそうですね」
「そうなんです」
里の周囲の木も、それ程密植している訳では無いのだが、新たな果樹を植える場所を設けるよりは、入れ替える形にするのがベストっぽい。
「それと木造で高い建物にすれば、個室を使わせてあげられるなって思いまして」
「それは……将来的には重要な案件ですものね」
外から来た俺達を除けば、里の住民は全員家族だから、男女混合の生活でも気にしないとかいい出すかもしれないが、小さくてもプライベートスペースというのはあった方がいいだろう。
(とは言っても、寝床と机でも置いたら、それでいっぱいになる程度の個室になっちゃうだろうけどな……)
頭の中で考えると、一部屋が四畳くらい広さの部屋を一階層に八部屋ずつの、木造三階建ての建物をギリギリ建設出来るくらいには、伐採する木で資材は足りそうだ。ただし壁などは、整地する際に発生した残土を利用した土壁になる。
「しかし凄いな……みんな帰ってきたら、びっくりするだろうな」
まだ中身は空っぽだし、風呂には壁が無い状態なのだが、最後に黒ちゃんと白ちゃんが夕霧さんと一緒に出て行ってからほぼ時間が経過していないのに、里が大きく変貌しているのだ。
仮に寮と呼ぶ事にしたみんなの住まいが完成した後に、余った資材でトイレもちゃんとした造りにした。
(住まいと風呂とトイレが別な造りになっちゃったけど、そこは許して貰おう)
パッキンの問題が解決しないので、どちらにしても個別のシャワーなどは設置出来ないのだが、各自の部屋にそういう設備が無いので、簡単に個室を作れたとも言える。
「あー……まだ資材が足らない状況ですね」
少し目算が甘かったようで、設置しようと考えていた施設の幾つかを作るには、石も木も足りない状況だというのがわかった。
「まだ何かお作りに?」
「食堂と鍛冶作業をする小屋ですね。石をもう一回くらい切り出してくれば、足りると思いますけど」
鍛冶小屋は防火を考慮して大部分を石で作らなければならないので、木材は余った分でなんとか足りそうな感じではある。
食堂の方は壁を石組みで作っておいて、屋根は後日考える事にする。最悪の場合は、蜘蛛の糸の布を利用すればいい。
「あと、お約束した祠を」
「まあ……」
俺が約束を忘れていなかった事に嬉しそうにする雰囲気が、天照坐皇大御神様から伝わってきた。
「石が多目の、無骨な作りになっちゃいそうですが……」
元々が素人なので芸術性が薄いところに、天沼矛のコンストラクトモードでは、色やデザイン性に乏しい物しか作れないのだ。
「信仰というのは気持ちですので、祀って頂くだけでも嬉しいものですよ」
「そう言って頂けると……」
蜘蛛達は独特の古い神を崇めていたと聞いたが、日々の生活や作物の収穫などに感謝して拝む事は教えよう。でも、強制をする気は無いけど。
「あ……」
「どうかなさいましたか?」
思いついた事があったので、思わず声を出してしまったら、天照坐皇大御神様に問い掛けられた。
「大した事じゃ……大した事なのかな? あの、天照坐皇大御神様以外の神仏の祠とかを作ってお祀りするというのは、御不敬だったり御不快だったりされますか?」
「そ、それは……」
即座に否定では無かったが、やはり気にはなるようで、天照坐皇大御神様は言葉を詰まらせた。
「ぐぬぬ……良太さんの個人的なお付き合いの部分にまでは口を出したくありませんし、仕方がありませんね」
「あの……そんなにお嫌なんですか?」
悪役か残念ヒロインのように唸った天照坐皇大御神様は、悔しそうに歯噛みしている。
「勘違いなさらないで欲しいのですが、別に八幡神や観世音菩薩と仲が悪い訳では無いのですよ?」
「それはまあ……」
三柱の神仏が、どれも人々を守護する存在なのは承知している。
「ですが、信心してくれる存在、それが良太さんのような強力な人物の事となりますと、ね……」
「はあ……」
信心と言われてしまったが、典型的な現代の日本人である自分は、寺でも神社でもお構いなしに参詣する程度なので信仰心しか持ち合わせていないので、それ程重要視されても実感が湧かない。
「仕方がありませんねぇ。順番で言えば観世音菩薩や八幡神より、私の方が良太さんと巡り合ったのは後なのですから」
「そうである。仮にもこの国の主なる神の一柱であるのだから、度量の大きいところを見せよ」
「然り」
隔絶されているので当たり前なのだが、自分と天照坐皇大御神様以外の声が聞こえるはずの無い空間内に、人とは違う複数の荘厳な声が響き渡った。
「なっ!? 観世音菩薩に八幡神!?」
「えー……」
仏教と神道の主要な神仏が、三柱揃い踏みしてしまった。
「な、なんであなた達がここに!?」
「なんでも何もお主が来れるのだから、我らがこの里に来られない道理が無いであろう」
「然り然り」
慌てた様子の天照坐皇大御神様とは正反対な観世音菩薩様に、八幡神様が穏やかな口調で相槌を打つ。
(ははは……なんだこの、神様だらけなのにカオスな空間)
心の中で乾いた笑いが漏れてしまうくらいには、理解を遥かに超えた状況だ。
「此度は我らの祠を作って祀ってくれるとの事。誠に嬉しく思うぞ」
「うむ。閉鎖された空間なので、鎌倉のように発展させてやる訳には参らぬが、住まう者達の安寧は約束しよう」
「あ、ありがとうございます……」
(ありがたい話なんだけど、大変な事になってきちゃったな…)
元々が許可が無ければ侵入不可能の里が、悪魔の軍勢が攻めて来ても陥落しそうにない、神聖不可侵にして難攻不落な場所になってしまうようだ。
「あの、元々ここに住んでいた者達は自由に行動させるつもりですので、暫くしたら住人がいなくなるなんて事も考えられるのですが」
もしかしたら信者を獲得したと思っていたら、数年後にはがっかりさせる事になってしまうかもしれないので、やんわりと予告しておく。
「それは構わん。人の心というのは移ろい易い物であるからな」
「そ、そうですか」
それが当然とばかりに観世音菩薩様に言い切られてしまったので、俺には返す言葉が無い。
「そもそも、お主とも長い付き合いになるのか、それとも明日にでも別れる事になるのかもわからんのだしな」
「そう、ですね……」
八幡神様にも、ざっくりと言い切られてしまった。確かに俺はその気になれば、すぐにでも元の世界に帰れるのだ。
(さすが、神様の懐の広さというところか……)
最初に難色を示した天照坐皇大御神様の事は置いといて、とりあえず祠を作ってお祀りするのには問題無さそうだ。
「はぁ……良太さん。私の祠は、この連中のとは離した場所にお願いしますね」
それが妥協点だと言わんばかりに、天照坐皇大御神様が溜め息混じりに言葉を絞り出した。
「こっちこそ、お主の隣など願い下げだ」
「なんですって!?」
「あ、あの……」
「ははは。仲が良いのぉ」
天照坐皇大御神様と観世音菩薩様は一触即発の状況に見えるのだが、八幡神様は愉快そうに笑っている。
(えっと……天照坐皇大御神様と観世音菩薩様の間に、八幡神様の祠を祀ればオッケーかな?)
「だ、ダメですぅ!」
「えっ!? て、ヴァナさん!?」
祠の位置を考えている俺の目の前の、思いっきり和の雰囲気の神仏の集っている空間に、唐突に金髪グラマー美人のヴァナさんが出現した。
「うぅー……愛する良太さんが、日の本の神に寝取られてしまいました!」
自分の物だと主張するかのように、ヴァナさんは俺の腕を取って自分の身体をグイグイと押し付けてくる。
「寝取られてませんよ!?」
ヴァナさんのような美人に愛する人なんて言われて悪い気はしないが、寝取られたなんて言われてしまうのは心外だ。
しかし今は何よりも、腕に押し付けられる柔らかな双丘に意識が向いてしまっている。




