迷家
「これは昨夜も食べましたけどぉ、おいしいですよねぇ」
から揚げを食べながら、夕霧さんが微笑む。
「あ、昨日も出しましたね。しまったな……」
自分的な定番のお弁当の組み合わせだったので、何も考えずに昨夜と同じメニューを出してしまった。
「あの、良ければから揚げの代わりに、これもどうぞ」
気づいたからといっていきなり引っ込めるのも失礼なので、から揚げはそのまま出しておいて、俺は追加で串に刺していない焼き鳥を出した。
「そんなに気を使わないでもぉ……でも頂きますねぇ」
申し訳無さそうな顔をさせてしまって、却って悪い事をしてしまったかもしれないが、それでも夕霧さんは焼き鳥に箸を伸ばした。
「これも甘辛い味でぇ、お肉も葱もおいしいぃ……それに御飯にもぉ、良く合いますぅ」
焼き鳥を食べた夕霧さんは、すかさずおにぎりを頬張って、幸せそうにもぐもぐしている。
(ああ、他の誰とも違う感じで、夕霧さんの食べっぷりもいいなぁ……)
おりょうさんや白ちゃんのような味わいながらも分析しているような食べ方とも、頼華ちゃんや黒ちゃんのような一生懸命な食べ方とも違う、幾らでも作って食べさせてあげたくなるような、夕霧さんの幸せそうな食べ方である。
「ところで主殿。午後からの作業はどういう予定だ?」
一通り食べ終わった白ちゃんが、椀と箸を置きながら訊いてきた。
「んー……整地をして、風呂と厨房を出来る範囲で設置しようかな?」
建築に関しては素人なので、頭の中で描いている物が、どの程度まで再現出来るのか正直見当がつかない。
「お風呂って、石で作るの?」
追加で出した焼き鳥まで綺麗に平らげた黒ちゃんが、手に付いた米粒を舐めながら、まだ少し物欲しそうにしている。
「木での作り方は、俺にはわからないしね」
石ならわかるという事でも無いが、少なくとも木でちゃんとした建築物を建てるだけの技術は無い。
「とりあえずは水場から水路を二本作って、一本を厨房に、もう一本を風呂にって感じかな」
「水路? それはまた大掛かりになりそうだな」
「でも、白ちゃんと黒ちゃんがいるからね」
訊いてきた白ちゃんと黒ちゃんを、労働力と見込んでいるので、こんな大胆な計画を考えついたのだ。
「そこまで期待されては、やるしかないではないか。我が主殿は恐ろしい御方だ」
「何を人聞きの悪い事を……」
言い方は酷い物だが、白ちゃんは笑っているので半分は冗談だろう。
「白がなんにもしなくても、あたいがやるから大丈夫だよ!」
白ちゃんの物言いを消極姿勢と取ったのか、黒ちゃんが働くアピールをしてくる。
「待て黒。俺だってな……」
「でもぉ、そんな力仕事ぉ、あたしには出来ませんよぉ……」
どう考えても作業内容が力仕事なので、人並みの筋力しか持たない夕霧さんが表情を曇らせる。
「その辺は適材適所にしますよ」
「? それってぇ、どういう事ですぅ?」
俺の言葉に、当然の疑問を夕霧さんが問い掛けてきた。
「黒ちゃん、白ちゃん。暫くは俺一人で作業するから、夕霧さんを京の池田屋に送り届けてきて」
「えぇー……それってぇ、あたしが役立たずだからですかぁ?」
明らかに落胆した様子で、夕霧さんは俯いてしまった。
「いや、そうじゃなくて……言った通り、適材適所ですよ。夕霧さんは池田屋で、子供達の面倒を見て下さい」
里の整備がある程度まで進まないと普通に過ごすだけでも不便なので、子供達には京に居て貰って、その面倒を夕霧さんが分担というのが現状では最良だろう。
(子供達が居ると、絶対に手伝うって言い出すだろうしなぁ……)
里の子供達は普通とは違うので、整備の手伝いになってくれるとは思うのだが、大掛かりな作業になると危険も伴うので、当分の間は里に立ち入らせない方がいいだろう。
「で、でもぉ、良太さん達が大変な思いをされるのにぃ……」
「俺から言わせて貰うと、子供達の面倒を見る方が大変なんですけどね」
ニ、三人程度ならなんとかなるが、行動予測がつかないちびっ子を何十人も統率する自信は俺には無い。
「御主人の言う事なら、みんな聞くよ?」
「聞き分けがいいのと、命令を聞くというのは別でしょ?」
黒ちゃんの言う通り、一応は俺を頂点にしての命令系統は出来上がっているのだが、一人一人の自主性も尊重したいので、出来れば命令という形で言う事を聞かせる事はしたくないと思っている。
「夕霧さんが子供の面倒を見るよりは、ここに残りたいという事でしたら、無理にとは言いませんけど」
「りょ、良太さぁん。その言い方ずるぅい……」
「ええっ!?」
何か無意識に駆け引きのような事をしてしまったのか、夕霧さんがジト目で俺を見てくる。
「わかりましたぁ。あたしはここでは役立たずですからぁ、麗華ちゃん達の面倒を見ますぅ」
「いや、本当にそんなつもりじゃ……」
頬を膨らます夕霧さんが可愛らしいので、思わず笑いそうになってしまったが、余計に話がこじれるので我慢して笑いを噛み殺した。
「うふふぅ。冗談ですよぉ。子供達の面倒を見るのも重要なお仕事でしょうしぃ、それが良太さんのお役に立つんでしたらぁ……」
少し顔を伏せた夕霧さんが、上目使いに俺を見てくる。
「ええ。とっても役に立ちます」
「それじゃあぁ、黒ちゃん、白ちゃん、お願いしますねぇ」
機嫌を直して京に行く気になってくれた夕霧さんは、黒ちゃんと白ちゃんに丁寧に頭を下げた。
「おう!」
「うむ。主殿、なるべく早く戻る」
黒ちゃんと白ちゃんが胸を張り、請け負ってくれた。
「そんなに急がないでもいいよ。まあ夕霧さんの脚なら、それ程は掛からないと思うけど。
山の中の集落で生活していて忍でもある夕霧さんが健脚なのは、岩場への行き帰りの様子で確認済みだ。
「そうだ。これ、良かったら行きの道中で使って下さい」
「なんですかぁ?」
俺は腕輪から自分の外套を取り出して、首を傾げている夕霧さんに手渡した。
「迷彩効果があって、気配も遮断してくれる外套です。別に隠れて京に入る必要は無いんですけど、目立たない方がいいと思うので」
黒ちゃんと白ちゃんに負けない程、夕霧さんも容姿は整っている。この三人で歩けば、相当に目立つのは間違いないだろう。
(ブルムさんかドランさんに相談して、夕霧さん用の外套を手に入れた方が良さそうだな)
まだ夕霧さんが、俺達と一緒に行くという結論を出した訳では無いのだが、里と京を行き来する機会は多くなるだろうから、福袋と一緒に外套はあった方がいいだろう。
「ありがたく使わせて頂きすねぇ。んー……良太さんのぉ、匂いがしますぅ……」
「ゆ、夕霧さん……」
両腕で持った外套に顔を埋めた夕霧さんは、思いっきり息を吸い込んでいる。清潔にはしているつもりだが、ちょっと勘弁して欲しい。
「むー……夕霧、あたいのを貸すから、御主人のをこっちに寄越せー!」
「えぇー。良太さんが直々にあたしに貸してくれたんだからぁ、絶対に嫌ですぅ」
「では夕霧、俺のをだな……」
「あのね……」
必要だと思ったので夕霧さんに外套を貸したのに、こんな事で揉めるとは思わなかった。
「黒ちゃん、白ちゃん。ドランさんが二人にくれた外套に不満があるの?」
「「うっ!」」
黒ちゃんと白ちゃんが所有している外套は、二人を娘として可愛がってくれているドランさんからプレゼントされた品だ。
金額で愛情を測れる訳では無いが、特別な機能を備えている上に輸入品でもある外套は、決して安い物では無いし、何よりも旅に出る二人への餞に、ドランさんが贈ってくれたのだ。
「と、とーちゃんごめん!」
「く、黒ちゃん!?」
唐突に黒ちゃんが、その場に土下座して床に何度も額を打ち付け始めた。
「すまん主殿。俺も黒も考えが足りなかった」
黒ちゃんだけでなく白ちゃんも、自分の発言の過ちに気がついたようで、きつく唇を噛み締めている。
「いや、いいけど……黒ちゃん、その辺にしておこうね」
「うぅー……とーちゃん……」
真っ赤になっている額が痛い訳では無さそうだが、涙ぐんでいる黒ちゃんは、ここにはいないドランさんに謝り続けている。
「ドランさんも許してくれるってば」
軽く頭を撫でながら、表情を歪めている黒ちゃんを慰めた。
「ほ、ほんとぉ?」
「ほんとほんと」
不安そうにしている黒ちゃんが、俺に抱きつきながら問い掛けてくる。
何があったかを説明したら、ドランさんはがっかりはするだろうけど、この程度で二人との関係が崩れる事は無いだろう。勿論、告げ口なんかする気は無いけど。
「それじゃあ良太さぁん、行ってきますねぇ」
「夕霧さん気をつけて。黒ちゃん、白ちゃん、頼んだよ」
鎌倉からも一人で集落まで帰ってきたらしいので、正直なところ夕霧さんを単独で送り出しても大丈夫そうな気はするが、夕霧さんの安全を考えて悪い事は無いだろう。
「うぅ……」
「黒……主殿、とりあえず俺は大丈夫だから、夕霧の事は任せてくれ」
まだグズっている黒ちゃんの肩を抱いて慰めながら、白ちゃんが俺に約束してくれた。
(こういうつもりじゃ無かったんだけどなぁ……)
あまりにも俺の外套に執着するから、少しだけ困らせてやろうとか考えたのだが甘かった。
(まあそれだけ、黒ちゃんもドランさんに懐いてるって事か)
その気になれば世界へ恐怖と破壊を撒き散らす大妖怪なのに、義理のではあるが父親へ申し訳ない事をしたと泣くのが、黒ちゃんらしいと言えばらしい。
「こいつも帰ってくるまでには、根性を叩き直しとくから、安心してくれ」
「……お手柔らかにね?」
白ちゃんがどうやって黒ちゃんを叩き直すのかはわからないが、怖いので詳しくは訊かないでおこう。
「さて、一人でどこまで出来るかな……」
三人を見送った俺は、水場の近くに一人佇んで、頭の中で考えを巡らせていた。
(とりあえずは石を……ん?)
腕輪から切り出してきた石を取り出して加工を、とか考えた瞬間、水場から流れ出し続けている水の音が聞こえなくなっているのに気が付いた。
(ええっ!? ここって、神社でも寺でも無いぞ!?)
何度か経験している、世界が隔絶された時と同じ現象だが、これまでは神社や寺などに参詣していた時にしか起きなかった。
「お久しぶりです、良太さん」
「天照坐皇大御神様、ですか?」
疑うような言い方になってしまったが、柔らかな後光を身に纏って涼やかな声を出す、何よりも存在その物が天照坐皇大御神様である事を証明している。
「驚かれたでしょうけど、私の方でも良太さんとこの場所でお会い出来た事に、驚いているのですよ」
穏やかな口調ではあるが、天照坐皇大御神様の話し方には真剣さが感じられる。
「もしかしてここって、元は神社とかなんですか?」
眼の前の水場は、手水場とかにも見えなくは無い。かなり無理のある解釈ではあるが。
「神社……当たらずも遠からずでしょうか」
「そうなんですか? じゃあここに何かの神様が祀られていたのですか?」
山の中だから海の神様という事は無いだろう。もしかして俺が知らないだけど蜘蛛の神様とかもいたのかもしれない。
「良太さん、少し落ち着いて下さい……遠くないですが当たってもいないとも申し上げましたよ」
「そ、そうでしたね……」
天照坐皇大御神様に指摘されて、自分が少し落ち着きを無くしているのに気が付いた。
「この場所は、正確に言えばあなたがた人が暮らす現世では無いのです」
「ええっ!? で、ではここは、死後の世界みたいな……」
「ですから、落ち着いて下さい。より正確に申し上げますと、現世との境目の場所です」
「す、すいません……」
急展開過ぎて、ちょっと変なテンションになってしまっているようだ。
「でも、現世との境目と言われても、俺には三途の川くらいしか浮かばないんですが……」
自分で言っていてなんだが、三途の川に行った時点では既に肉体を失って魂だけの状態になっているので、現状は当て嵌まらないだろう。
「それはそうでしょうね。ですが良太さんも、伝承などで妖精の国ですとか、この世と少しだけ違う迷家みたいな話は聞いた事がございませんか?」
「あ、それなら……」
妖精の後を追って穴に入ると不思議な世界に繋がっていた話や、山で道に迷った人が不思議な屋敷に辿り着いて化かされたり、もてなされたりしたという伝承は世界中にある。
「ここは私達よりも以前に存在した神が、自分を信仰していた者達の為に残した場所なのです」
「天照坐皇大御神様達よりも前の神、ですか?」
只の人間が聞くにはスケールが大き過ぎる話だ。皇祖からでも二千年ちょっとは経っているのに、神代の話となると更に前で、しかも人間と神様では時間に関する概念が同じとは限らない。
(でも信仰ってくらいだから、少なくとも神様を崇める知性と、住んでいられる場所があったって事だから、それ程昔の話でも無いのかもしれないな)
二千年以上前の日本がどういう状況だったのかなんてわかる訳が無いが、少なくとも蜘蛛が地上で生活出来るだけの環境が整っていた時代の話、という事になる。
「神の身である私が言うのもおかしいのですが……信仰にも流行のような物がありますので、蜘蛛達が崇めていた神は時代と共に淘汰され、同時に異形の者達も世界から追いやられてしまったのです」
「それは……」
(この辺は伝承とか、紬から聞いていたまんまだな……)
古い信仰を駆逐したり吸収したりする宗教と同じ道を古い民族も辿り、為政者に都合が良く、民衆に受け入れやすく美化されて伝承や英雄譚などになったのだ。
「そんな滅びゆく神が、最後の力で自分を崇める者達を保護する為に作った、ここはそんな場所の一つです」
「そう、ですか……」
もう加護も権能も与える事が出来なくなる程、自分を知る者が存在しなくなりつつある世界に、最後に残った信者達の為に外敵に脅かされる事の無いように残していった場所、その一つがこの里だったのだ。
「おわかり頂けましたか? そして現在のこの場所は、あの紬という者を救った事によって最上位存在となった、良太さんを崇める神域と言える場所になっています」
「……は?」
(どうしてこうなった!?)
天照坐皇大御神様の言葉ではあるが、この言葉しか頭に浮かばなかった。
「あ、崇めるって、俺は神では無いですよ!?」
気が焦って、そんな当たり前の事を天照坐皇大御神様に熱弁してしまった。
「そうなのですが……この里の件を別にしましても、既に良太さんは信仰対象になっておりますよ」
「……は?」
今度こそ、俺の空いた口は塞がらなくなった。
「その……良太さんには無自覚だったのかもしれませんが、神刀とも言えるような刀を打ち、鵺の暗躍を防ぎ、その上で御自身の配下に置き、舟を襲うクジラを討伐し、領民の助けになる塩を作る技術を齎し、江戸では鰻の料理で数々の人を虜に……」
「ちょ!? 鰻の事まで含まれるんですか!?」
天照坐皇大御神様が言っている事に間違いは無いのだが、どの辺に信仰になる要素があるのかが全くわからない。
(刀の巴は正恒さんの教えが無ければ打てなかったし、塩の生産や鰻の料理に関しては、元の時代の先達の開発した技術なんだけどな……それにしたって鰻屋の大前の客に信仰心なんてあるのか?)
神様のありがたいお言葉ではあるが、俄には信じられない。
「参拝してくれた事に対して、権能や加護を与えたりするのですから、代金を払って何度もお店に通われるのも、既に信仰と言ってもいいでしょう」
「えー……」
神様への態度としては問題があるだろうけど、参詣と食事を同列に考えろというのは、ちょっと無理がある気がする。
(単なる石ころでも祀り上げれば信仰にはなるけど、よりによって鰻の料理って……)
自分でも仕事を手伝っていたし、旨いと思うので鰻を軽んじるつもりは無いが、宗教になんかしたいとは思わない。
「伊勢に移動されてからも、随分と色々な方をお助けになったり、知恵や技術をお授けになっておりますよね?」
「う……で、ですが、きっかけは天照坐皇大御神様が」
「私がお願いした以上の事をして下さって、嬉しく思っていますよ」
「……」
椿屋のおせんさんを助けるところまでは天照坐皇大御神様のお告げに従っての物だが、その後に料理を教えたり、代官所での食事作りや朔夜様に鍛錬のやり方教えたりしたのは、完全に自分で考えての行動だ。
「良太さんには立派な巫女も二人おりますし、強力な眷属も多数……信者の皆様も安心ですね」
「……もしかして巫女って、おりょうさんと頼華ちゃんの事ですか?」
想像しただけでも、おりょうさんと頼華ちゃんの巫女装束を纏った姿は恐ろしくマッチングしているが、それが「俺の」巫女となると話は別だ。
「ええ。何か問題でも?」
俺の方がおかしいような言い方を、天照坐皇大御神様にされた。
「頼華ちゃんの事は、八幡神様が愛子と言っているんですよ?」
詳しく訊いたことは無いが、おりょうさんだって崇めている神仏はあるのかもしれない。
「あら。別に他の神との関係を切る必要なんて無いのですよ? 勿論、良太さんと私も」
「そういう物なのですか?」
「ええ」
言われてみればだが、神様同士でも仲が良かったり悪かったりで、中には相互協力をしている場合もある。
「例えばですが刀を打つ際に、鍛冶の神の金屋子に感謝を捧げるのは勿論ですが、火床の火は山の恵による炭を使うのですから山の神も関連し、焼入れに使う水には水の神が関連しております」
「そう、ですね。ですが、俺が天照坐皇大御神様や、八幡神様と協力関係なんて……」
太陽や戦を司る神様に肩を並べるなんて、幾らなんでも無理があり過ぎる。
「私は良太さんに色々と面倒事を解決して頂いているので、多くの借りがある身ですから」
「借りってそんな……」
頼まれたのは確かだが、断る事が出来ない雰囲気に持っていかれたとかでは無いので、貸しを作ったみたいな意識を俺は感じていない。
「伊勢では参拝の作法で個人的な願いは出来なかったでしょうから、この良太さんの領域で、まとめてお返ししましょうか? もし宜しければ身体で……」
「いや、そういうのはいいですから」
絶対に気の所為だと思うが、天照坐皇大御神様が、着物の帯に手を掛けているような……後光ではっきり見えないので、無かった事にしてしまおう。
「……ちっ」
「露骨に舌打ちされた!?」
どこまで本気なのかはわからないが、天照坐皇大御神様からは、残念そうな気配が漂ってくる。
「……こほん。冗談はこれくらいにしておきまして、本当に何かお望みはありませんか? 本来は直接介入は出来ないのですが、この場所は例外ですので」
「ここが例外?」
わざとらしい咳払いをする天照坐皇大御神様の説明によると、まだ俺が把握していない事が、この里にはあるようだ。
「先程お話ししたように、この里という場所は時間の流れは同じなのですが、人の世とは切り離されております。ですのでこの里の内部での事には、ある程度までは介入が許されております」
「それは……例えばどういう事ですか?」
ここまでの天照坐皇大御神様の説明では、まだ俺には理解出来ない。
「例えば、そうですね……この里で作物を作る場合に、絶対に豊作にする、とかでしょうか」
「そんな事が!?」
「ええ。この里に多くの実りを齎して、それによって利益を上げる程度でしたら、然程外の世界にも影響はありませんし」
天照坐皇大御神様の言われる通り、里の作付面積ではそれ程多くの量も種類も生産出来ないから、外部への影響は少ないのだろう。
「でも、俺は思っていないですけど、借りを返すだけでそこまでは……」
本来ならば天照坐皇大御神様の相当に敬虔な信者じゃ無ければ、毎年豊作になんてして貰えないはずだ。
「本当に良太さんは、律儀な方ですね……では簡単な物でいいですので、私の祠でも作って頂いて、時々拝んで下されば」
「そんな当然の事で……是非、お願いします」
まだどんな作物をとか考えていないが、可能な限り里の自給体制を整えるつもりではあったので、天照坐皇大御神様の申し出は本当にありがたい。
「その祠を含めてなのですが、良太さんの力を持ってしましても、里の整備は大変ですよね?」
「それはまあ……」
普通に考えれば入浴設備と厨房だけでも、現代式に重機などを導入しても数ヶ月、場合によっては年単位の工期が必要になるだろう。
「そこで、普通に良太さんのお家を建てるのをお手伝いすると問題があるのですが、この里の中なら話は別です」
「何か、手助けをして頂けるか、そういった道具でもお貸し頂けるのですか?」
(もしかしたら、建築なんかを司る神様でも遣わしてくれたりするのかな……って、それはさすがに高望みし過ぎか)
幾ら何でも都合良く考え過ぎだと思ったので、俺は頭の中に浮かんだ物を追い出した。
「私にお任せを。この、伊邪那岐様と伊邪那美様からお借りした、天沼矛を使って……」
「ちょっ!? 物凄く剣呑な単語が出てきたんですけど!?」
いつの間にか天照坐皇大御神様の手には、長い柄の武器、矛が握られていた。




