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電気マッサージ

「御主人、お湯溜まった?」

「ん? ああ。こんなもんで大丈夫かな」


 機械的に作業をしている間に、タライには十分な量の湯が溜まっていた。


「じゃあ脱いで浸かって。ほら、早く早く!」

「そんなに慌てなくても……黒ちゃん、自分で脱げるから!」


 作務衣の合わせの結び目を解こうとする黒ちゃんを、さすがに少し強めに注意した。


「ちぇー……」

「そんなに残念がる事じゃ無いでしょ?」


 物凄く残念そうに口を尖らせる黒ちゃんに背を向けて、俺は自分で服を脱ぎ始めた。


(どうも最近、感覚が麻痺してきてるな……)


 こっちの世界の湯屋が混浴というのもあるのだが、黒ちゃんの前で服を脱ぐのにあまり抵抗の無い自分に、今更ながら驚いた。


(外見的には幼いけど、紬を一緒に入浴させるのにも、特に躊躇は無かったしな)


 紬に人としての羞恥心なんかがあるのかは謎だし、風呂の入り方を知っていなかったのかもしれないのだが、最初はおりょうさん辺りに任せても良かったのかとも思う。


(そして結果的には、パンツ問題に発展してしちゃったんだけど……)


 脱いだ服を腕輪に仕舞いながら、予想もつかない展開になってしまった事を思い返すと目眩がしそうだ。


「ふふんふーん♪」

 

 考えられないようなバタフライエフェクトで、俺の背後で呑気に鼻歌を漏らしている黒ちゃんが御乱心してしまったのだから、世の摂理というのは本当にわからない。


「ふぅ……」


 タライの湯に浸かると、無意識に声が出た。腰から下だけしか浸かっていないのだが、やはり入浴によるリラクゼーション効果は侮れない。


「じゃあじゃあ、背中流すね!」


 湯に浸かって一分もしない内に、黒ちゃんがうわずった声を背後から掛けてくる。


「だから、そんなに慌てなくても……お願いしようかな」


 後ろを振り返らなくても、物凄く期待の籠もった気配が伝わってくるので、これ以上のお預けは黒ちゃんに悪い影響が出そうなので俺の方から折れた。


 ぬるり……


「ちょっ!? なんか手拭いじゃない感触が背中に!?」


 明らかに手拭いとは違う、滑らかで柔らかで温かい物に背中を撫で上げられたので、俺は慌てて後ろを振り返った。


「御主人、気持ち良く無かった?」

「そういう事じゃなくってね!」


 俺の背中を撫で上げていた物の正体は、いつの間にか服を脱いでいた黒ちゃんの剥き出しの胸だった。


 どうやら手拭いで石鹸の泡を作り、それを自分の胸に塗りたくって、俺の背中に押し付けて下から擦り上げたらしい。


「おっかしいなー。椿屋の姉ちゃん達は、これをやれば男なんかイチコロって言ってたのに」

「そんな事教わってたの!?」


 椿屋の妓女の皆さんが、接客や作法を教わるお返しとでも考えたのか、黒ちゃんにとんでもないレクチャーを施したようだ。


「黒。前は俺に任せろ」

「白ちゃん!?」


 いつの間にか、こちらも裸の白ちゃんが、俺の胸に自分の胸を合わせていた。


「お、おお……これはなんと言えぬ……主殿を気持ち良くする前に、俺の方が気持ち良くなってしまうな……」


 頬を火照らせた白ちゃんは、蕩けた表情で押し付ける身体の上下動を早めていく。


(密着して、俺の(エーテル)に当てられちゃってるのかな? って、冷静に分析してる場合じゃ無い!)


 心の中で一人ボケツッコミをしながら、どうやって二人の魔手から逃れようかと思案する。


「む! 白には負けてられないな! よーし……」

「よーしじゃ無くってね!」


 悪意、は少しあるのかも知れないが、黒ちゃんも白ちゃんも俺に害を及ぼそうなんて考える訳が無いので、手荒な事はしたくないのだが……何にせよ、このままではいけない。


「二人共、ちょっと落ち着こ、ムグっ!?」


 落ち着こうと最後まで言い終わらない内に、柔らかく温かい物が押し付けられて口を塞がれた。


「はうっ! あ、主殿の息使いが直接……俺ばかりが気持ち良くさせて貰って、心苦しいな。よーし……」

「むぐぅーっ!」


 白ちゃんに胸を押し付けられて、声にならない声を上げる俺の唇の端に、柔らかい中に少しだけ硬い物を感じた。


(い、今のって……待て待て俺。冷静になるんだ!)


 唇に触れた硬い物の正体を推測して、頭にカーっと血が昇りそうになったが、冷静になるようにと自己暗示を掛ける。


「そぉぉぉぉれぇぇ!」


 そんな俺を嘲笑うかのように、背中に押し付けられる黒ちゃんの胸からも、柔らかい中に堅い感触を感じ、その部分がゆっくりと円を描くように動かされる。


(や、やばい……気持ちいい)


 黒ちゃんと白ちゃんは俺の分身とも言える存在だが、だからなのかはわからないが、前後からサンドイッチにされて苦しくなったりしそうなものなのに、その圧力も動きも絶妙で、触れ合っている場所からは心地良さしか感じない。


「む? あ、主殿、反応してくれていいるのか……」

「っ!」


 抵抗しようという考えとは裏腹に、黒ちゃんと白ちゃんから齎される刺激によって、身体の一部が緊張しきっていた。


 そんな緊張している部分を、白ちゃんに目の当たりにされてしまったのだ。


「安心してくれ主殿。初めては姐さんに譲るという誓いを立てているから、俺達の事は気にせずに、このまま気持ち良くなってくれればいいのだ」

「んーっ!」


(いいのだじゃねーっ!)


 相変わらず押し付けられている柔らかな胸の所為で声にならなかったが、相手が白ちゃんであっても怒鳴りつけたい気分だ。


(こ、このままでは……)


 文字通り気が合うのだろう、黒ちゃんと白ちゃんから送り込まれる甘美な行為に、抗わなければという思いと、流されてしまえという相反する思いに精神が翻弄される。


 しかし、以外なタイミングで唐突に終わりが訪れた。


「?」


 幸運なのか不運なのか、白ちゃんが押し付けながら動かしていた胸の硬い部分が、奇跡のように俺の唇の間に挟まれた。


「……あひゃあぁーっ!?」


 無意識の行動で、唇に挟まれた硬い物をペロッと舌先で舐め上げると、今までに聞いた事の無い意味不明の悲鳴を上げ、白ちゃんの動きが停止した。


(今だ!)


 白ちゃんが動きを止めたのとは逆に、俺は停止しそうになっていた思考を目覚めさせ、抵抗も出来ずにだらりと垂らしていた両腕を細い腰に回した。


「ていっ」

「ひゃあああぁーっ!?」


 小さな気合と共に、腰に当てた両手から弱い雷を放つと、白ちゃんは長く尾を引く悲鳴を上げて、ビクンビクンと小さく痙攣しながら俺の腕の中に崩れ落ちた。


「ふぅー……さて、黒ちゃん」


 白ちゃんの腰を支えたまま、俺はゆっくりと後ろへ振り返る。


「あ、あははは……ごめんなさい……」


 乾いた笑いを発する黒ちゃんは、明らかに俺に怯んでいる様子で、謝りながらもじりじりと後退る。


「逃さないよ」

「あぅん!」


 大きく飛び退ろうとする黒ちゃんを、白ちゃんを支えていない左手の指先から出した蜘蛛の糸で絡め取る。


「う、うぅー……」

「背中を流すのは承諾したけど……いくらなんでもやり過ぎだよ?」


 白ちゃんを抱えたまま、俺はゆっくりと糸に巻かれて動けない黒ちゃんを引き寄せる。


「あ、あははは……気持ちよかったでしょ?」

「そこは否定しないけどね……」


 気持ち良過ぎて快楽に身を任せ、危うく人としての尊厳を損なうところだったが。


「俺も男だから、その……全く興味が無いとか言わないけど、無理矢理なのはダメだよ?」

「えーっと……ごめんなさい」


 糸で身体の自由を奪っているので、黒ちゃんは頭を下げただけだが、表情や気配からはしっかりと反省の意思が伝わってくる。


「黒ちゃんや白ちゃんみたいな可愛い子に迫られたら、抵抗するのが大変なんだから……」


 流されちゃってもいいかなと思ってしまったくらいには、やばい状況だったのは間違い無い。


「!? ご、御主人、それって本当!?」

「……嘘だったら、反応なんかしないよ」


 黒ちゃんは背中側だったので目撃はされていないみたいだが、白ちゃんの言った事は聞こえていたはずなので、状況はバレバレだ。


「っ! そ、そっかー……あたいや白に、反応してくれたんだー……」


 反省していた黒ちゃんは照れているのか、顔を赤くして俺から視線を逸らした。


「反応しなかったら、逆に問題でしょ……」


 美少女二人に前後からサンドイッチにされ、胸を押し付けられてもみくちゃにされたのだ。よほど特殊な趣味の男じゃ無ければ、何も反応しなかったら逆に深刻な事態だろう


「と・に・か・く、今後は絶対に無理矢理は無しだよ。わかった?」


 ビシッと立てた指を突きつけて、少し強めに黒ちゃんに言った。指先から糸が繋がっているので、ちょっと見た目には間抜けだが。


「おう! 今度は正々堂々と、御主人をその気にさせてみせるよ!」

「……本当に、無理矢理はダメだからね? 白ちゃんにも、後できつく言っておかないとな」


 いつもは黒ちゃんの行動を嗜める側の白ちゃんが、チャンスだとでも思ったのか、今日は珍しく積極的だった。


「それにしても、効果は抜群だったな……」


 何が抜群だったのかというと、窮地を脱するのに白ちゃんの腰に放った雷の事である。


 伊勢で試した時には、肩に放ったら黒ちゃんも白ちゃんも絶頂に達してしまったのだが、状況的に見て今回も、同じような効果を及ぼしているのだろう。


(むしろ御褒美、とかになってないといいけどね……)


 無理矢理な行為に対し、こちらも問答無用で雷で状況を打破したのだが、結果的に白ちゃんを気持ち良くしてしまったのなら、罰するのでは無く御褒美になっているかもしれない。


「あの、ね、御主人」

「ん? どうかした?」


 十分反省もしているようなので、黒ちゃんを拘束していた蜘蛛の糸を引っ込めた。俺と繋がっている間は、糸はかなり自在に操れる。


「あたいが悪い子だから、お尻ぺんぺんする?」

「……は?」


 なんだか良くわからないが、黒ちゃんが急に変な事を言い出した。


「おりょう姐さんがね、「悪い事すると良太に、お尻ぺんぺんされちゃうぞー」って、里の子供達に言い聞かせてたの」

「おりょうさん……」


 子供に言う事を聞かせるのに、ある程度だが怖さというのを利用するのは良くあるが、なんでおりょうさんが俺をネタにしたのかが良くわからない。


(まあ、子供達が知っている中で、俺が一番年上の男だから、くらいの理由だと思うけど……)


 悪い事をすると、家族の中ではお父さんかお母さんに言いつけるというのは決まり文句だが、里の子達には俺が父親代わりだから、まあそういうものかとも思わなくは無い。


(ん? 俺がお父さんという事は、おりょうさんがお母さんという事で……なんかちょっと嬉しくもあるな)


 俺が居間でちびっ子の一人を肩車して据わっている傍らで、こちらもちびっ子の一人を膝に座らせて、微笑みながら縫い物なんかをしているおりょうさん、という一家団欒のシーンが頭に浮かんでしまった。


(まあ実際には、里の子供だけでも二十人以上いるんだけどね……)


 騒がしくちびっ子達が周囲を走り回っているというリアルな状況を想像すると、家族というよりは保育園とか幼稚園の方が近いだろう。


「それで、ね、御主人……」

「ん?」


 妙な方向に行っていた俺の思考を、上目使いの黒ちゃんの言葉が引き戻してくれた。


「その、ね……し、白がお尻叩かれて、反省したみたいだし……」

「お尻を叩かれた? 白ちゃんが?」


 前にいた白ちゃんの腰に両手を回しはしたが、叩いた覚えなど俺には無い。


「ち、違ったの?」

「あー……」


 背後にいた黒ちゃんからは、俺が白ちゃんの腰に回した手の動きとその後の反応で、もしかしたらお尻を叩いたように見えたのかもしれない。


(でも、目的は違うように思うなぁ……)


 伊勢でマッサージのつもりで黒ちゃんに放った雷で絶頂に達してしまったのを見て、白ちゃんもおねだりをしてきたという実例があるので、今回は順序が逆だが、同じケースに思える。


「……まあ、いいけど」

「ほんと!?」


 そんなにも期待していたのか、黒ちゃんの表情が、ぱあっと明るくなった。


「でもその前に、白ちゃんの身体を流して拭いて服を着せてからね。勿論、黒ちゃんも」

「お、おう!」


 既に一度入浴を済ませているのに、黒ちゃんも白ちゃんも石鹸の泡まみれなので、洗い流して拭かなければ寝間着に着替える事も出来ない。


 そんな状況で黒ちゃんまで絶頂に達して意識を失われたら、俺が二人共面倒を見なければならなくなる。


 二人の体重などは然程問題にならないが、意識の無い人間の身体を洗ったり服を着せたりするのは、中々大変なのだ。


「とりあえず白ちゃんは、ここに寝かせて」


 石鹸を洗い流した白ちゃんの身体を黒ちゃんに預け、即席で織り上げた、畳で言うと一畳くらいの大きさの布を用意して、そこへ寝かせるように黒ちゃんに指示を出した。


「少しの間、放置するしか無いな……」


 黒ちゃんの石鹸も洗い流さなければならないし、そもそも俺自身がまだ、身体を洗い終わっていないのだ。


(まあ白ちゃんが風邪をひくとは思えないから、少しの間なら大丈夫だろう)


 身体を拭き終わってから寝間着代わりの貫頭衣を着せて、白ちゃんを布の上に横たえた。


 喜んでくれたパンツに関しては、俺がやると精神的に消耗を強いられるので、黒ちゃんに履かせる作業を任せる。


「すっかりお湯がぬるくなっちゃったな……」


 それ程気温が低い訳でも無いが、妙な事に時間を取られたので、タライの湯はぬるいを通り越して冷えつつある。


「ご、ごめんなさぁい……」


 俺がぼやくと、しょんぼりした黒ちゃんが、心底済まなそうに俯いた。 


「まあ、いいんだけどね」


 権能で湯はすぐに熱く出来るのだが、段々と入浴の作業自体が面倒臭くなってきている。


「俺よりも黒ちゃんが先だな……こっちにおいで」


 タライの脇に置いてあった桶を手に取り、立ち上がって水を汲んでから権能で湯にする。


「ええっ!? ご、御主人が先でいいよ!」

「俺はまだまだ終わるまで掛かるから。先に黒ちゃんを終わらせて、白ちゃんを運んで欲しいんだけどな」


 黒ちゃんは流して拭くだけで済むが、俺はまだ身体も頭も洗っていない。


「お、おう! そういう事なら!」


 俺の言う事を聞いて近づいてきた黒ちゃんは、桶の湯に浸した手拭いで石鹸の泡を拭き取っていくのだが、かなり乱暴にゴシゴシ擦るので、その度に豊かな胸がプルンと揺れる。


(あれが、さっきまで俺の背中に……)


 形が良くて張りもある黒ちゃんの胸が揺れる様を、思わず凝視してしまったが、ハッと自分の思考に気が付いて、慌てて背中を向けた。


(いかんいかん。早く済ませてしまわなくては……)


 効率重視でタライの湯が冷めているのは無視して、温め返す事はしないでそのまま身体を洗い始める。


「んじゃ御主人、あたいは白を運んでくるね!」

「うん。そのままゲルで休んでていいよ」

「えー……わかったぁ」


 まだ俺の身体を洗うつもりだったのか、黒ちゃんが残念そうな声を出すが、迷惑を掛けた自覚があるからか、白ちゃんを抱えてゲルの方へ歩み去った。


「……やっと落ち着いたな」


 水が流れる微かな音が聞こえる以外は、里の中は静まり返っている。思わず出た独り言が、やけに大きく耳に響いた。


「さっきのあれ、聞こえただろうなぁ……」


 俺と二人のやり取りや、白ちゃんの上げた悲鳴のような言葉が、ゲルにいたレンノールや夕霧さんの耳にも届いているだろうと思うと、後で顔を合わせるのに気が重い。


「ま、いいか……」


 本当は良くないのだが、口に出して自分を納得させないと、レンノール達の前に顔を出す勇気が出そうに無い。


「……」


 なんとなくペースが落ちているが、俺は黙々と身体と頭を洗う作業を続けた。



「ただいま戻りました」

「おかえりなさーい!」


 ゲルの入り口の垂れ幕を跳ね上げて中を伺うと、横になっている白ちゃんの脇に控えていた黒ちゃんが、にこやかな笑顔で迎えてくれた。


「お、おかえりなさい……」

「……」


 しかし、レンノールは挨拶はしてくれたが、思いっきりぎこちない作り笑いをしているし、夕霧さんは真っ赤な顔で、チラチラと視線を送ってくるだけだ。


(これは……やっぱり聞こえてたんだな)


 レンノールと夕霧さんの反応から、俺と黒ちゃんと白ちゃんの間で行われた一連の出来事が、丸聞こえだったのは一目瞭然だ。


(……あ、誤魔化す方法があった)


 天啓か。現状を打破して、尚且誰もが幸せになれる方法を思いついた。


「黒ちゃん。さっきの約束を実行するから、そこに横に……っと、その前に、黒ちゃんの分の枕と掛布も作っちゃおうか」


 京の池田屋に泊まる予定だった黒ちゃんが、里に来たのは予定外だったので、人数分しか用意していなかった寝具類を追加で作る必要があった。


「あたいの分は別にいいよ! 御主人と一緒なら必要無いし!」

「えー……」


 プライベートなら別に構わないのだが、レンノールと夕霧さんの前では口にして欲しくない事を黒ちゃんが言い出した。


「「……」」


 案の定というか、レンノールと夕霧さんの視線が痛い。


(さっさと黙らしちゃうか……)


 自分の中に少しだけ、邪悪な感情が芽生えたのを自覚した。


「後で作るから、枕と掛布は使っちゃっていいよ。さあ、そこにうつ伏せになって」

「うん!」


 俺の意図がわかっていない黒ちゃんは、素直に頷いてうつ伏せになった。


「「……」」


 何が始まるのかと、期待半分、恐怖半分という感じで見ているレンノールと夕霧さんの前で、俺は黒ちゃんの両肩が出るくらいの高さまで掛布を被せた。


「それじゃいくよ?」

「おう!」


 いつもの調子で返事をする黒ちゃんの腰の辺りに、俺はそっと両手を添えた。


「きゃ……」


 黒ちゃんの腰に手を添えた俺の行動をどう受け取ったのか、夕霧さんが小さく悲鳴のような声を出した。


「ふん」

「はにゃあぁぁぁぁぁ!?」


 ほんの一瞬、両手から発した紫電が吸い込まれると、意味不明の声を上げた黒ちゃんの身体が大きく弓なりに反った。


「な!? りょ、良太殿!?」

「く、くろちゃぁん!?」


 見ていた者の当然の反応で、レンノールと夕霧さんが目を見開いて声を上げた。


「あ……」


 最後に短く声を発した黒ちゃんは、数度小さく痙攣した後で反っていた身体を床に投げ出し、そのまま動かなくなった。


「二人共落ち着いて下さい。俺が黒ちゃんにしたのは、按摩みたいな物です」


 黒ちゃんの身体に添えていた手を離し、俺はレンノールと夕霧さんに向き直った。


「あ、按摩ですか?」

「えぇー……そうは見えませんでしたけどぉ……」


 二人共、思いっきり疑わしい表情で、俺と黒ちゃんの間で視線を行き来させている。


「その証拠に、黒ちゃんの今の表情を確かめて下さい」

「そ、そうですか?」

「失礼しますぅ……」


 まだ疑っている感じだが、それでも立ち上がったレンノールと夕霧さんは、近くまで来て黒ちゃんの顔を覗き込んだ。


「これはまた……なんとも安らかな表情で」

「黒ちゃんすっごく幸せそうな顔してますぅ……」


 微笑むような顔で眠っている黒ちゃんの姿がよほど意外だったのか、レンノールも夕霧さんも、さっきとは違う意味で目を丸くしている。


「説明しますと、俺は(いかずち)……よりは(かみなり)って言った方が伝わりやすいかな? いずれにしても、そういう物を操れるんです。こんな風に」


 俺は挙げた右手の親指と人差指の間で、パチっと小さくスパークさせて見せる。


「そ、そんな事までお出来になるのですか!?」

「そ、それってぇ、大丈夫なんですかぁ!?」


 雷を見た反応は、レンノールと夕霧さんでは微妙に違っていた。


「強く放てば、それは危ないですけど、実は弱く放つと気持ちいいんですよ」

「「ええっ!?」」


 驚くのも無理はないが、二人共俺の話に開いた口が塞がらないようだ。


「えっと、白ちゃんと黒ちゃんの場合は特別でして、俺との相性の問題だと思うんですけど、特別に効果が強く出ちゃうみたいなんです」

「そのようですね……」


 見たまんまの状況なので、レンノールは納得してくれたみたいだ。


「論より証拠と言いますけど、良かったら御二人共、俺の言う事を信じてくれるんでしたら、ちょっと体験してみませんか?」

「「ええっ!?」」


 多少強引な論法な事もあり、驚く二人の表情は難色を示している。


「……じゃ、じゃあぁ、あたしにお願いしますぅ」

「夕霧殿!?」


(ちょっと傷つくなぁ……)


 多分だが、俺への気持ちを示す為に、夕霧さんは勇を奮って申し出てくれたんだろうけど、それに対するレンノールの「何言ってんだあんた!?」的な反応が、少し神経を逆撫でした。


「それじゃ夕霧さん。座ったままでも、うつ伏せになっても構いませんけど」

「じゃあぁ、このままでお願いしますぅ」


 覚悟を決めたのか落ち着いた様子で、夕霧さんは俺に背中を向けて、ちょこんと座り込んだ。


「じゃあ先ずは、ごく軽ーくやってみますね」

「はぁい」


 夕霧さんの両肩に手を置いた俺は、可能な限りの最小出力で、ほんの一瞬だけ雷を放った。


「きゃっ!?」

「夕霧殿っ!?」


 小さな悲鳴にレンノールが反応したが、夕霧さんは驚きはしたが、黒ちゃんや白ちゃんのように気を失ったりはしなかった。


「ちょ、ちょっとぉ、驚きましたけどぉ、なんかチクッというかぁ、ビリっていうかぁ、とにかく気持ち良かったですぅ」

「な、なんと!?」


 夕霧さんの意外な反応に、レンノールが驚いている。


(よ、良かった……)


 大丈夫だという確信は一応はあったのだが、実際にやってみるまでは結果がわからないので、夕霧さんが絶頂になったりしなくて心底ホッとした。


 もしもそんな事になっていたら、レンノールにどういう目で見られたか……考えただけでも恐ろしい。


「じゃあ今度は、少し連続でやってみますね?」

「はいですぅ」


 俺は左右の手から、雷を持続的に夕霧さんの肩に送り込むようにした。


「あ……あぁ……ちょ、ちょっとぉ、引っ張られるみたいな感じでぇ、凄く気持ちいいぃ……」


(夕霧さんくらいグラマーなら、そりゃ肩は凝るよな)


 豊かな胸を支える筋肉が相当に酷使されていたのだろう。肩を雷でマッサージされている夕霧さんは、恍惚とした表情を浮かべている。


「りょ、良太さぁん。これってぇ、腰とかにも効きますぅ?」


 目を閉じて、肩へのマッサージ効果に身を任せていた夕霧さんが、腰にも疲労を感じているのか、俺に尋ねてきた。


「勿論、効きますよ」

「じゃ、じゃあぁ、お願いしちゃってもいいですかぁ?」

「いいですよ。じゃあ、ここにうつ伏せになって下さい」

「はぁい」


 今度は全く躊躇無く、夕霧さんは俺の前にうつ伏せになった。


「じゃあこれを顔の下に」

「はぁい」


 用意してあった枕を顔の下に置いた夕霧さんに、掛布を被せた。


「それじゃ始めますね」


 俺は夕霧さんの並べた脚を跨ぐようにして、腰を浮かせたまま両手を腰に当てた。


「はいですぅ」


 肩こりにそんなに効果があったのか、夕霧さんの返事には、さっきまでは無かった期待感が籠もっている。


「ううぁぁ……すっごぉぃぃ……これぇ、鍛錬の後とかでやってもらったらぁ、きっと極楽ぅ……」


 夕霧さんの反応は、マッサージの気持ち良さというのを通り越して、切なげな吐息と相まって艶めかしさを感じさせる。


「脚の方もやりましょうか?」


 あまり特定の部分だけをマッサージするのは良くないので、少し範囲を広げる提案をする。


「お願いしちゃっていいですかぁ?」

「ええ」


 少し位置を下にずらした俺は、夕霧さんの両方の太腿に当てて雷を放つ。


「ふぁぁぁ……ちょ、ちょっとぉ、くすぐったいけどぉ、すぅーんごくぅ、気持ちいいぃ……」


 溜め息混じりに感想を漏らす夕霧さんは、触れている太腿以外の場所の力が抜けきっているように見える。


「……ん?」

「どうやら気持ちが良くて、寝てしまったようですね。黒殿の時とはちょっと違ってますけど」


 施術、と言っていいのかはわからないが、成り行きを見守っていたレンノールが、弛緩しきって寝息を立てている夕霧さんを見て苦笑している。


「これで俺が、嘘を言っていなかったというのは、わかって頂けました?」

「正直、少し疑っておりましたが、信じるしか無いでしょうな」


 黒ちゃんの反応が激し過ぎたので仕方が無いとは思うが、やっとレンノールから、妙な行為をしていた訳では無いと信じて貰えたようだ。


「良太殿。少しでいいので、私の肩もやって頂けますか?」

「いいですよ」


 自分にもと言い出したという事は、これで効果を実感して貰えれば、レンノールへのケアは万全になる。


「座ったままでいいですか?」

「ええ。お願いします」

「では」


 レンノールには最初から、持続的に雷を送り込む。


「おおぉ……これが夕霧殿の言っていた、引っ張られるような……な、成る程。この刺激は確かに、ちょっと例えようの無い気持ち良さですね」


 落雷にでも会っていなければ、電気の刺激なんか初めてだろうから、レンノールには肩へ感じる不思議な現象の例えが見つからないようだ。

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