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「……落ち着いたところで、そろそろ休むか?」


 夕霧さんが何かの七番目になってしまったところで会話が落ち着いたので、白ちゃんが面白く無さそうに呟いた。


「そうだね。風呂も無いし……あ」

「どうかしたのか?」


 俺の様子を見て、白ちゃんが問い掛けてきた。


「風呂は無いけど、似たような物はあるのを思い出したんだ」

「風呂に似た物とは、なんだ?」

「これ」


 俺は腕輪の中から、大きなタライを取り出して見せた。


「航海中に姐さんと頼華が使っていたタライか? そりゃまあ、あの時は風呂代わりに使っていたが」

「うん。考えてみたら、お湯を温めるのは権能で出来るんだから、水が豊富にあるここなら、ね?」

「……そうか」


 俺の考えている事が、白ちゃんにもわかったようだ。


「夕霧さん、レンノールさん、粗末な物ですけど入浴出来ますが、如何でしょう?」

「そのタライで、どうするのですか?」


 まだ要領を得ないレンノールが、首を傾げながら俺を見る。


「タライに張った水を、俺が権能で湯にしますから、多少不便ですけど風呂代わりに出来ます」

「ああ、成る程!」


 やっと合点がいったのか、レンノールがポンと膝を叩いた。


「でもぉ、あたしは(エーテル)は仕えませんよぉ?」

「夕霧さんとレンノールさんは、予めタライで湯を沸かしておけばいいでしょう」


 湯の追加は出来ないが、入浴出来ないのと比べて、それくらいは許容して欲しいところだ。


「なんなら夕霧には、俺が傍に付いていてやってもいいぞ」


 白ちゃんは(エーテル)を操れるので、任せても大丈夫だ。


「だったらぁ、あたしは白ちゃんの番にぃ、背中流してあげるねぇ」

「……まあ、お願いするか」


 少し微妙な反応をしているが、白ちゃんは夕霧さんの申し出を受け入れるようだ。


「それじゃ白ちゃん、これ」


 白ちゃんに向けて、権能が付与されている金貨を弾くと、右手で空間を薙ぐようにして空中で受け止めた。


「俺は手早く済ませるつもりだが、夕霧は少し時間が掛かるかもしれんな」


 ゲルの出入り口に向けて踵を返した白ちゃんは、ニヤリと笑う。


「そ、それってぇ、どういうことぉ!?」


 心当たりが無いのか、夕霧さんが白ちゃんに食って掛かる。


「それは俺より夕霧の方が、洗う身体の面積が大きいからなぁ。そうだろう?」

「っ! し、白ちゃぁん!」


 いつものおっとりした口調からは信じられない俊敏な動きで、夕霧さんが白ちゃんを追い掛ける。


「おお、怖い怖い」

「まてぇぇぇ!」


 全く焦る風を見せずに、白ちゃんは夕霧さんを引き連れてゲルから駆け出していった。


「仲がいいですねぇ」

「そ、そうですかね?」


 出て行く二人を見守りながら、レンノールがのんびりと呟いた。



「良太殿、それは?」


 俺が指から糸を出して編み始めたのを見て、レンノールが尋ねてくる。


「着替えというか、着てきた服のまま休んで貰うのは申し訳ないので、寝間着代わりにどうかと思いまして」


 俺が作っているのは、かなり原始的な部類に入る貫頭衣と呼ばれるタイプの服で、フード部分の無いポンチョというのが表現として適切だろう。


「ははぁ。これでしたら、被ってから着ている物を脱いでも、外からは見えないのですね?」


 レンノールの言う通り、海水浴の時に使う着替え用の大判タオルと、機能的には同じだ。


「ええ。浴衣とかよりは楽なんじゃないかと思いまして」


 浴衣でも良かったのだが、寝相によっては着崩れがひどくなるので、そんな事が関係無いような寝間着にしてしまった。


「後は……こんなもんかな?」


 丈夫な糸をコイル状にして絡め合わせ、高反発素材の集合体のようにして形成した枕と、細い糸を何層にも重ね、薄くて軽いが保温性のいい掛布を作った。


 ゲルの床は適度な硬さと柔らかさを盛っているので、敷布は無しでも大丈夫だろう。


「こ、これは……薄いのに体温を逃さず、しかも軽い!」

「良かったら、持ち帰って下さっても構いませんよ」


 宿屋の布団なんかは別だが、一度誰かが使った物を他の者に使わせるのは悪い気がするので、レンノールと夕霧さんに作った物は、持ち帰らなければ廃棄の予定だ。


「おお! それはありがたいです! これで山中の生活が快適になります!」

「そ、そうですか……」


 思いがけず、レンノールに感謝される結果になってしまった。


「レンノールさん、お茶のお代わりは如何ですか?」


 全員分の寝間着と寝具を作り終わったので、俺は新たに茶の準備を始めた。夕霧さんと白ちゃんの入浴は、まだ当分終わらないだろう。


「遠慮無く頂きます」


 今回も紅茶を淹れて、湯呑をレンノールに差し出した。


「うん、旨い……ところで良太殿。石窯の件に関連するのですが、いっその事、竈も石で造って、並べてしまっては如何ですか?」

「それは、竈と石窯の両方を厨房にという事ですか?」

「そうなりますね」

「……」


 レンノールに言われて、現代で言うシステムキッチン的な物を思い浮かべる。とは言え、電気もガスも無いのだが。


(でも、悪くないな……)


 竈は土を固めて作るので、何年か毎に作り直す必要がある。無論、石だって永久に保つという訳では無いが。


「でもレンノールさん、肝心の石が、そんなにあるんですか?」


 加工の方はなんとかなるのだが、竈や石窯に使う石自体が無ければ始まらない。


「人があまり入って行けない険しい場所には、かなりあるので大丈夫でしょう」


 石材は切り出した後で運ばなければならないので、不便な場所の物は手付かずになっているらしい。


「運搬手段が問題ではありますが、その辺は良太殿ならどうにか出来るのでは?」

「あー……まあ、多分」


 俺一人で運ぶのには限界があるが、思いつくだけでも幾つか手段はある。


「その場所の石は、間違い無く使っても大丈夫なんですね?」

「ええ。誰かが切り出して使っているという事もありませんし、信仰の対象などにもなっていません。


 たまに自然の造形物を、仏像などの代わりにして拝んでいる事があるのだが、レンノールによればその心配も無さそうだ。


「なら、いっその事、風呂も石窯も竈も、大雑把に石を積んで作るのもありだな……」

「……普通なら冗談に聞こえるんですけど、良太殿は本気で仰っているんですよね?」

「切り出して削って積み重ねるより、手間は省けますよね?」

「それはそうですが……」


 俺が口にした考えに、レンノールは呆れているようだ。


(一々、石を平らにして積むよりは楽だよね?)


 何にレンノールが呆れているのか、俺にはわからない。


「話は変わりますが、良太殿を主と呼ぶ白殿は何者なのですか?」

「何者とは、どういう意味ででしょう?」


 多分、俺の頭の中で考えているのと同じ事を、レンノールは訊きたいのだと思うのだが、遠回しに訊き返した。


「なんというか……紬殿や玄殿からも感じたのですが、更に雄大で年老いた存在のような雰囲気を、白殿からは感じました」


(やっぱりか……)


「ここだけの事にして下さるのなら、お話します。これはレンノールさんのお仲間にも口外しないという意味ですが」

「ええ。これはあくまでも、私個人の興味ですので。誰にも口外はしないとお約束します」


(ここまで言うなら、構わないか……)


 もっと厳密に何か、例えば凛華ちゃんに誓わせる事も出来るのだが、少なくとも忍びの集落とは信頼関係のあるレンノールを、そこまで信用しないというのでは、今後が成り立たなくなってくる。


「実は白ちゃんは、かなり強力な妖怪が姿を変えた存在なんです。紬や玄もです」

「やはり……ですが、そんな存在が、どうして良太殿を主と仰いでいるのです?」

「まあその辺は色々あるんですが……俺が屈服させたから、かな?」


 頼華ちゃんに協力してもらって、かなり卑怯な手段で白ちゃんを捕縛したのだが、説明自体は間違っていないだろう。


「話としてはわかったんですが、その……良太殿も色々とお出来になりますが、普通の人間ですよね?」

「只の人間ですよ。ですが、どう説明したものかな……」


 眼の前で石を斬り裂いたするのを見せたが、強力な加護などが付与されている物を仕えば、出来ない訳では無い。


「単純に、俺の方が白ちゃんよりも強いから、というのでは説明になりませんか?」

「そこがわからないので質問させて頂いたのです。失礼ながら、良太殿は隙だらけに見えますので」

「あー……」


 レンノールから敵意や害意が発せられれば、僅かな物でも気が付いて警戒するのだが、それが無いので、というのは説明にならないだろう。


「どうしたものかな……」

「主殿、戻ったぞ」

「いいお風呂でしたぁ」


 俺が考えあぐねていると、戻ってきた白ちゃんと夕霧さんが、ゲルの垂れ幕を跳ね上げて入ってきた。


「ん? 何やら妙な雰囲気だが、邪魔をしたか?」

「邪魔って事は無いんだけど、ちょっと困っちゃってね」

「主殿を困らせるとは、レンノール殿もやるなぁ」

「それはどういう意味なの……」


 俺が困るのが珍しいかのような事を、白ちゃんが言う。


「それでぇ、何があったんですかぁ?」


 少し濡れた髪を揺らしながら、夕霧さんが訊いてくる。


「その前に、タライでは不便じゃ無かったですか?」

「いいえぇ。集落では水浴びかぁ、お湯で身体を拭く程度ですからぁ。それにぃ、久々に石鹸を使わせて頂けましたのでぇ、お肌ツルツルですよぉ♪」

「そ、それは良かった」


 大前では入浴の際に、俺が提供した石鹸を使って貰っていたが、男女共に好評だった。


「夕霧にはいつ主殿の相手をしても大丈夫なように、清潔にしておいて貰わんとな」

「!? し、白ちゃん、何言ってるの!?」

「白ちゃんひどぉい! あたしは鍛錬の直後とかじゃ無ければぁ、清潔にしてますぅ!」

「だそうだ、主殿」

「「!?」」


 くっくっくと、白ちゃんが喉を鳴らしながら笑う中、俺と夕霧さんは顔を見合わせて赤くなった。


「そ、そうだ! 話を戻して……レンノールさんは白ちゃんや紬や玄が、俺を主と呼ぶのが不思議なんだって」

「……それは、主殿への侮辱か?」

「白ちゃん、ダメだよ?」


 ざわり、と、異様な殺気が白ちゃんの中で凝り固まり始めたが、すぐにやめさせた。


 殺気はレンノールだけに向けているとは言っても、直ぐ側にいる夕霧さんに影響が出てしまう。


「……すまん。で、主殿の何が問題なのだ?」


 小さく息を吐きだしてから、白ちゃんがレンノールに問い質す。


「それは……良太殿の剣術などが尋常では無いのはわかりますが、白殿のような存在が、何かの契約に縛られているとかでは無しに主と仰ぐ方なのかと……御理解頂きたいのは、決して人格などに問題があると言っているのでは無いという事です」


 レンノールは両者共に貶めないつもりで言っているのだろうと思えるのだが、仕える相手としては問題が無いが、白ちゃんの能力を考えると、従っているのが理解出来ないと言っているに等しい。


「レンノールは、一つ大きな勘違いをしているな」


 表面上は平静を装っているが、今まで名前の後に付けていた「殿」が無くなったところを見ると、白ちゃんは深く静かに憤っているみたいだ。


「勘違い、ですか?」

「そうだ。真っ向から戦えば、俺は主殿の足元にも及ばんという事だ」

「な!?」


 よほど自分の観察眼に自信があったのか、レンノールがあからさまに驚いた表情を見せる。


「んー……証明するのはいいんだけど、周囲への被害を考えるとな」

「そうだなぁ。俺もわざわざ痛い目には遭いたくないし」


 俺が白ちゃんの攻撃を受けて、その後で制圧すればレンノールも納得してくれるとは思うのだが、疑いを晴らす為だけにそこまでしたいとも思わない。


「白ちゃんを止めた俺が言うのもなんだけど、ちょっと本気になるしかないかな?」

「……あまり気は進まないが、それが一番安全か」


 江戸の大前で、家宗様相手に殺気を放った時には大惨事になってしまったが、対象を絞ってならば被害は少なくて済むだろう。


「えーっと……俺がこれから、レンノールさんに向けて殺気を放ちます。勿論、襲いかかったりはしませんけどね」

「……それで、私にはわかると?」


 俺の言葉に、レンノールは疑わしい表情をする。まあ当然といえば当然だが。


「多分な。いいか、気をしっかり持てよ?」


 本気に受け取っていないレンノールに、白ちゃんが注意を促す。


(……那古野で任侠集団を威嚇した時の、ちょっと強めくらいでいいかな?)


 暴力を生業にしている連中を行動不能に出来たのだから、それなりの威力はあったのだろう。


「では……」


 恨みも抱いていない人間相手には難しいが、俺はレンノールに向けて殺気を放った。


「ぐぅっ!?」

「はひゃぁぁぁぁぁ!?」

「えっ!?」


 正面に座るレンノールが息が詰まったような声を上げるのと同時に、何故か夕霧さんから悲鳴が上がった。


「しまった! 巻き込んじゃったか!?」

「……いや、そういう事では無さそうだぞ」

「?」


 どういう事かと駆け寄って見ると、支えている白ちゃんの腕の中で、夕霧さんは幸せそうな顔で気を失っていた。


「えーっと……」

「推測だが、主殿の圧倒的な(エーテル)が頼もし過ぎて、本能を刺激されてしまったのだろう」

「そんな事あるの?」

「わからんが、この顔を見る限りでは、恐怖を感じたとかでは無さそうだぞ」


 白ちゃんが指差す夕霧さんの緩んだ笑顔の口元からは、よだれが筋を引いている。


「レンノールさん……」

「わ、私の方はもう納得しましたので。まるで、心臓を直接握られてしまったかのような、そんな感じでした」

「そ、そうですか……」


 レンノールと夕霧さんの様子から察すると、自分で考えていたよりもやり過ぎだったみたいだ。


「良太殿は、普段は実力をお隠しになっているのですね……ところで白殿は、もしかしたら以前は京で暴れたりしておりましたか?」

「っ!? そ、それはどういう意味ですか?」


 何を知っているのか、レンノールがいきなり核心を突いてきた。


「勘違いかとも思うのですが、白殿と似た気配を、かつて京で見た妖怪(モンスター)から感じたのです」

「ちょ、ちょっと待ってください! レンノールさんって、お幾つなんですか!?」


 白ちゃんと黒ちゃんが京で跳梁跋扈していたのは、元の時代で言えば平安時代の末期だ。つまりレンノールは言葉通りなら、その頃から京にいた事になる。


(えーっと、文化程度から今が江戸末期くらいとしても……七百年以上!? そりゃあ、この国の生活にも慣れるよな……)


「そろそろ生まれて千年程になるでしょうか。歳の所為か最近は記憶が曖昧でしてね」

「ははは……」


 どうやら聞いていた、自然死をしないというのは本当のようだ。


「では、この国に来てから長いというのも……」

「もう少し前の話ですね。乗っていた船が難破してしまって、流れ着いたのがこの国だったのです」

「そうだったんですか……」


 中々衝撃的な話を、レンノールが語ってくれた。


「む? あー……主殿。夕霧がちと不味い事になっているので、もう一度風呂を使ってくる」

「ま、不味いって、もしかして……」


 大前で家宗様相手に殺気を放った際に、傍にいた白ちゃんと黒ちゃんが失禁してしまった事があったので、夕霧さんを同じ目に遭わせてしまったのかしまったのかと焦る。


「慌てるな。さっき主殿の頼もしさに、本能を刺激されたと言っただろう? どうやら推測が本当だったようだ」

「え。それってもしかして……」


 白ちゃんの話を聞いて、改めて夕霧さんの顔を見ると、凄く満ち足りた表情で気を失っているように感じられる。


(要するに夕霧さんは……いや、これ以上はいけない)


 白ちゃんは確信を深めたようだが、それでもまだ推測の域を出ていないので、勝手に決めつけるのは夕霧さんに失礼という物だ。


「その辺は夕霧の目が覚めてから訊くといい。では、行ってくる」

「あ、うん……」


 白ちゃんが軽々と夕霧さんを抱きかかえ、立ち上がった。


「あ、これ、寝る時に使うようにって作ったんだ。良ければ」


 穏やかな顔をしたままの夕霧さんの上に、出来たばかりの貫頭衣の寝間着を被せた。


「これは着替えが簡単そうだ。助かるぞ主殿」

「白ちゃんの分もあるけど、それは後でね」


 湯上がりの直後に渡してあげれば良かったのだが、ここまで会話が途切れなかったので機会を逸してしまった。


「お、俺の分もあるのか!?」

「そんなに驚く事?」


 那古野で寝間着も含めて、黒ちゃんと一緒に一通りの着物は買ってあげているが、客扱いとはいえ夕霧さんとレンノールの分を作ったのに、白ちゃんの分だけ無しとかは、さすがに可哀相だろう。


「……手早く夕霧を処理してくる」

「え? しょ、処理って!?」


 処理という言葉に不穏な物を感じた俺の問い掛けに振り返りもせずに、白ちゃんは人一人を抱えているとは信じられない足取りでゲルを後にした。


「良太殿……」

「どうかしましたか?」


 一連白ちゃんとのやり取りで騒がしかったのか、レンノールが声を掛けてきた。


「先程は失礼しました。改めまして謝罪を……」


 この国が長いだけあってと言っていいのか、レンノールが見事な土下座をしている。


「そんな……お手をお上げ下さい」


 普通に考えたら鵺の白ちゃんが人に従うというのは考え難いので、レンノールが疑ったのも無理はない。


「しかし……」

「それよりもお伺いしたいんですが、レンノールさんが昔の京で見た妖怪は、どんな姿でした?」

「姿ですか? 灯りも無かったのではっきりとした事は言えませんが……」


(はっきりとしてないのかよ!)


 妙に確信めいた言い方をするので、レンノールは鵺の姿をはっきりと目の当たりにしているのかと思っていた。


「種族的な特性で、夜間でもそれなりに見えはするのですが、何分遠かった事もありまして」


 レンノールは非常に残念そうに言う。


「ですが夜目にも艷やかな漆黒の肢体で、妙な鳴き声と雷鳴を纏って、異形でしたがそれは美しく……」


 一部のモンスターなどから、恐怖と共に味わう美しさを、レンノールは鵺から感じていたのだ。


(どうやらエルフの目は、夜の闇を見通せるみたいだな)


 どのくらいまで見えるのかは不明だが、姿や色を確認出来る程度ではあるようだ。


「恐ろしさもありましたが、良く見れば人に近い顔はどことなく愛嬌があり、鎌首をもたげる蛇の尻尾からは、変な話ですが愛嬌を感じさせ……」

「あー……」


(白ちゃんかと思ったら、黒ちゃんの事かよ!)


 どうやらレンノールが見た鵺は、黒ちゃんだったというオチのようだ。


「あの、レンノールさん」

「何か?」


 滔々と思い出を語っていたレンノールに声を掛け、現実に引き戻した。


「鵺という妖怪が、二種類いたのは御存知ですか?」

「ええ。今、私がお話したのと、大きな鳥のような姿のですよね?」


 さすがに長生きしているだけあって、レンノールはどちらの姿の鵺も知っているようだ。


「あのですね……気配が似ているので勘違いしているんだと思うんですが」

「勘違い、ですか?」


 俺の言いたい事が、レンノールには良くわかっていないみたいだ。


「白ちゃんは、大きな鳥の形態の方の鵺です」


 レンノールにはっきりと言ってしまったが、まあそれはいいだろう。


「ええっ!? で、では、私が見た鵺とは別の!?」


 なんか鵺に強い憧れでもあったのか、レンノールが愕然としている。


「ちなみにですが、尻尾のある方の鵺も、俺の配下になってます」


 おりょうさんと共に、黒ちゃんも近い内にレンノールと会う機会があるだろうから、その時になって説明するのは面倒なので、先にぶっちゃけてしまった。


「な、なんと!? あのような強大な存在を他にも従えるとは……」

「んー……従えているというのとは、ちょっと違うんです」


 白ちゃんも黒ちゃんも、確かに俺の言う事は聞いてくれるが、たまに仕方なくする命令は、本当に不本意なのだ。


「違うと言われますと?」

「二人共、俺の妹みたいな存在だと思っています」


 年上の妹というのも変な話だが、関係性で言えばこの表現が適当に思える。


(黒ちゃんは時々、頼華ちゃんよりも歳下に思える事もあるしなぁ)


 お菓子などの食べ物に対して歯止めが効かなくなった時の黒ちゃんは、物凄く幼く感じる事がある。


「白殿やその方とは、兄妹のように接しているという事なのですね?」

「そう考えて頂いて結構です」


 兄と妹とか耳にしたら、白ちゃんも黒ちゃんも不満を漏らすかもしれないけど、その辺は知らぬが花だ。


「もう一人の方、黒ちゃんというのですが、近い内にお会いする機会もあるでしょうから、その時には紹介します」

「おお、それは是非!」


 やけに感激した面持ちで、レンノールが表情を輝かせる。


(そんなに期待をされてもな……)


 黒ちゃんも白ちゃんと同じく人の形態をしているので、会った途端にレンノールに落胆されそうな気がする。


「ところで話は変わりますが、この国に流れ着いて、相当に御苦労されたんじゃ?」


 元の時代とは違うが、俺の場合は民族が同じで、風習も馴染みがあるのでやっていけているが、言葉が通じてお金があったとしても全く知らない土地だったらと思うと、かなりの苦労を強いられるのは予想出来る。


「そうですねぇ。何せこの姿ですから」


 レンノールは長い金髪を弄びながら苦笑する。


「最近は外国から流れてくる者も多いので、目立ちはしますが奇異な目で見られる事は少なくなりましたが、当初は鬼とか良く言われましたよ。まあそう言われていたのがわかるようになるまでには、時間が掛かりましたが」


 見た目の所為で少なからず迫害を受けたのだと思われるが、浴びせられている悪口の内容までは、言葉の壁


のおかげでわからなかったという事だ。それがレンノールの為に、良かったのか悪かったのかはわからないが……。


「多少ですが身に付けていたお金で、命を繋ぐ事は出来たのです。この国の食べ物はおいしいのですが、当初は鰹出汁と味噌の風味が合わなくて苦労しました」

「ああ、なんとなくわかります」


 日本人なら鰹出汁で作られた味噌汁の風味には食欲をそそられるが、食習慣が違う人間にとっては生臭く感じる。無論、個人差はあるが。


 これはこっちの世界の日本人が、煮たり焼いたりした肉の風味を生臭く感じるのと同じである。


(異世界物の小説なんかで、欧米系の肉主体の食事をしているのに、鰹出汁の料理を住民の誰も生臭く感じないで旨そうに食べるのは、ちょっと無理があるよなぁ)


 おいしい物は外国人とか関係無く、誰が食べてもおいしいとか乱暴な事を言っている作品もあったが、関東と関西ですらおいしいと感じるポイントが違うんだから、そんな事はあり得ない。


「この国では日々の食事に、かなりの割合で鰹出汁と味噌が使われているでしょう? 慣れるまでは苦労しましたけど、今では大好きになりましたよ」


 癖のある食材と、それから作られた料理というのは、他に代え難い旨さだとも言えるので、慣れれば虜になってしまうというのはわかる。


(おりょうさんも最初の内は、敬遠してたな)


 猪の骨を煮出したスープを、おりょうさんは生臭いと顔を顰めていたのも、今となってはいい思い出だが、癖のある豚骨スープのラーメンなんかは現代でも苦手な人は少なくないので、ちょっと例としては適当では無いかもしれないが。


「それで、結局は人が多いところでの生活には馴染めそうにないので、山野での生活を始めたのですが、少ししてから同じような境遇の人々と出会いましてね」


 レンノールが語りながら肩を竦めた。


「同じ境遇ですか?」

「ええ。民族的な違いで迫害を受けていたりしていて、中には私のような外国の人間もおりました。と言いましても、大陸の東部の人でしたが」


 レンノールの言葉通りなら、現在の中国辺りの人っぽい。


「他にも、浮橋殿の集落のように定住している人々もいましたが、定住せずに山岳修行を行っている人達がいまして、その中の一人が私を迎え入れてくれたのです」

「その人と言うのは?」

「正式な名前は知らないのですが、偶に人里に下りて武術を教えている時には、鬼一法眼(きいちほうげん)と名乗っておりました」


(鬼一法眼って、京八流の創始者の!?)


 何百年も生きているレンノールの逸話だけあって、なんとも壮大なスケールになってきた。

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