七番目
「いやぁ、これは本当に素晴らしい。鈴白さん、最低でもあと十枚くらいは買わせて頂きますよ!」
出て行く時と同じ軽い足取りで、パンツを履いてきたらしいレンノールが戻ってきた。清々しい笑顔にイラッとさせられる。
「レンノールさん。夕食の献立の話をしていたんですが、苦手な食材とかはありますか?」
イラッとしていたからか、好みの食材では無く、苦手な食材を訊く形になってしまった。
「特にはございませんが……あの、海中に棲まう軟体生物だけは苦手です」
(軟体生物っていうのはタコとイカか? 欧米人は苦手みたいだけど、エルフも例外じゃ無かったか)
現代のギリシャ、イタリア、スペイン辺りでは食べるみたいなので、欧米人と一括りにするのも乱暴ではあるが。
「赤茄子は食べた事がありますか?」
「赤茄子ですか? 汁物などでは良く食べておりました」
トマトの発音が同じなので、レンノールとドランさんとブルムさんの故郷というのは、少なくとも同じ地域なのだろう。
「赤茄子を使った汁物と、鶏肉を使った料理をお出しする予定です。作りおきの物が多くて申し訳ないんですが……」
「こちらは御馳走になる側ですので、その辺は良太殿の御随意に」
気を使ってくれているのか、それともパンツの履き心地がいいだけなのか、レンノールは笑顔を崩さない。
「良太さんはこう言っていますけどぉ、出て来るお料理はみんなぁ、すごぉくおいしいですよぉ」
レンノールに対するハードルを、夕霧さんが高くしてくれた。
「期待を裏切らないようにしますよ……少しお待ち頂く間に、これでも飲んでて下さい」
俺は腕輪の中から一抱えくらいある瓶と柄杓を取り出して床に置き、コップ代わりに湯呑を二つ、レンノールと夕霧さんの前に置いた。
「これは酒ですか?」
「乳酪を作る特に残った水分で醸した酒です」
伊勢の代官所でバターを作る際の副産物の乳清から醸した酒だが、大半は代官所と椿屋に贈ってきたのだが、俺は飲まないがおりょうさんと白ちゃんは酒好きなので、大量に出来た中から少しだけ持ってきたのだ。
「米から作った酒よりも弱くて発泡しているので、食前には良いと思います」
自分は飲まないので完全な受け売りなのだが、みんなが同じ事を言っているので問題は無いだろう。
「これをツマミにどうぞ」
「おお。扁桃ですね。ありがたく頂きます」
気が利くレンノールは夕霧さんの分の乳酒を柄杓で注いで渡すと、自分の分も用意した。
「じゃあ、少しお待ちを」
「俺も手伝おう」
立ち上がってゲルを出ようとした俺に続いて、白ちゃんも立ち上がった。
「一緒に飲んでても良かったんだよ?」
ゲルを出て少し歩いたところで白ちゃんに言った。
「そう言ってくれるとは思ったのだが、素敵な下履きを作ってくれた主殿に、少しでも恩返しがしたくてな……」
腰の辺りを押さえながら、白ちゃんがポッと頬を染める。
「そ、そう……」
レンノールや夕霧さんのような実用的な意味では無くて、白ちゃんの場合は俺が手作りしたというのを喜んでくれているんだろう。
(白ちゃんはスタイルがいいから、セクシー系も似合いそうだよな……)
モデル体型なので、レースを使ったストッキングなどもセットになった下着が、物凄く似合いそうだなと想像してしまう。
(おりょうさんも日本人離れしたスタイルだし、黒ちゃんはグラドル体型だしなぁ……)
いけないとは思いつつも、想像が膨らんでしまう。
「……どの。主殿」
「……えっ!? し、白ちゃん、何かあった!?」
「何かって……突然立ち止まってブツブツ言い出したので、こちらの方が何があったか知りたいのだが」
「あー……ごめん」
想像する方に脳の機能を持っていかれて、歩くのに回っていなかったようだ。
「いや、まあ、具合が悪いとかで無いのならいいのだが……」
「ありがとう。あんまり食事をお待たせしちゃうと悪いから、さっと作っちゃおう」
「うむ」
妄想を頭から追い払った俺は、白ちゃんを伴って水場へと歩いた。
「お待たせしましたー」
ドア代わりの垂れ幕を跳ね上げて中に入ると、レンノールと夕霧さんは笑顔で湯呑を傾けていた。
「良太殿、この乳酒は口当たりが良くて、確かに食前酒にはもってこいですな」
「良太さぁん。この扁桃っていうのぉ、軽い歯応えで香ばしくってぇ、塩味が後を引いちゃいますねぇ」
乳酒も扁桃も、酔いに少し顔を赤く染めた二人のお気に召したようだ。
「主殿、これでいいか?」
「うん。丁度良さそうだね」
ゲルの奥の、伐り倒した樫の木の端材の中から、テーブル代わりと鍋置きに使うための板状の物を、白ちゃんが持ってきてくれた。
「ふわぁ……初めて嗅ぎますけどぉ、いい匂いですねぇ」
鍋の蓋を開けて立ち昇った香りに、夕霧さんが鼻をひくひく動かした。
「赤茄子の香りですね」
「ええ。赤茄子も含めた、野菜たっぷりの汁物です」
燻製肉と野菜をダイスカットにして煮込んだミネストローネを、スープ皿など無いので木の汁椀に盛って木の匙を添えて差し出した。
「頂きます」
「いただきますぅ」
トマトを知っていたレンノールがすぐに口を付けたのはわかるが、初めての夕霧さんも何の躊躇もせずに、ミネストローネを口に運んだ。
「ふぅー……これは野菜と肉の旨味が良く出ていて、旨いですねぇ」
一口ミネストローネを飲んで、レンノールは満足そうな溜め息をついた。
「不思議な酸味と旨味でぇ、すっごい豊かな味わいですねぇ。この酸味が赤茄子ですかぁ?」
「そうです。夕霧さんの言うように赤茄子の酸味と旨味で、他の食材の味のまとめ役と、後押しをしてくれてるんです」
こっちの世界のトマトはまだ品種改良が進んでいない所為か、そのまま食べるよりは他の食材との組み合わせで、旨味を引き出す方向で使った方が良い。
「これは猪の内臓の煮込みと、鶏肉を揚げた物です」
鉢に盛り付けたモツ煮込みと、大きめの皿に山盛りにした鶏のから揚げをテーブル代わりの板の上に置いた。
「さ、白ちゃんもどうぞ」
「かたじけない」
時代劇の侍のような物言いをしながら、白ちゃんは俺からミネストローネの椀を受け取った。
「トリッパですか。故郷ではこれも赤茄子で味付けするんですが、味噌味も旨いですねぇ」
(トマト味のモツ煮込みか……それはそれで旨そうだな。今度作ってみるか)
トリッパというトマト味の内臓の煮込みは聞いた事があるが、まだ俺は食べた事が無かった。
「んー……白ちゃんに聞いてた通りぃ、カリッといい歯応えでぇ、お醤油と生姜の味と一緒にぃ、肉汁がじゅわってぇ……すーっごくいいお味ぃ」
口の中のから揚げを、ゆっくりともぐもぐしてから飲み込んだ夕霧さんは、いつも以上にぽわんとした表情をしている。
「石を切るような場面を見せた後でぇ、こんなおいしい物を食べさせてくれるなんてぇ、アメとムチじゃないですかぁ。良太さんは鬼畜ですかぁ?」
「どういう理論なんですか……」
夕霧さんの言ってる意味はわからないが、から揚げの味は気に入ってくれたみたいだ。
「夕霧、酔っ払っているのか?」
「えぇー。この程度のお酒でぇ、酔ったりしませんよぉ。白ちゃんひどぉい!」
「そうか?」
可愛らしく頬を膨らませて白ちゃんに抗議する夕霧さんは、怒っているというよりはじゃれついているようにしか見えない。
食事を続けながら片手で夕霧さんをあしらう白ちゃんは、親猫が面倒臭そうに子猫の相手をしている姿とダブる。
「夕霧殿の言うように、確かにこの揚げ物も旨いですなぁ。本当に良太殿の料理はお見事です」
「レンノール殿にもわかるようだな。さあ、もっと飲んでくれ」
「白殿のような美人のお酌とは、嬉しいですなぁ。頂きましょう」
お酌と言っても、注ぐのが柄杓で注がれるのが湯呑というのは、酒を飲まない俺でも風情が無いと思ってしまう。
(子供達は酒は飲まないけど、客用に酒器も揃えておいた方がいいかもな。少なくともおりょうさん白ちゃんとブルムさんは、あれば使うだろうし。)
それ程大袈裟な物は必要無いと思うが、徳利と酒盃くらいは何組か揃えておいた方が良さそうな気がする。
「そういえば山で暮らしている人の中に、陶芸家がいると聞いているんですけど」
「ええ。いますね。作っているのは芸術方面では無く、生活雑器ですよ」
「なら、土鍋なんかも依頼すれば作って頂けますかね?」
芸術家タイプなら気難しいのでは無いかと思っていたが、作っているのが生活雑器ならば、鍋以外にも色々とお願いしたい物は多い。
「大丈夫だとは思いますが、年に何度も窯焚きをする訳では無いので、直ぐに出来るかどうかはわかりませんが」
「それは当然でしょうね」
焼き物の種類で多少は違うのだろうけど、登り窯では一度にニトンの薪を使うと聞いた事がある。その上、窯出しの時には一握りの灰しか残らないという。
「欲しい物の種類と数を言って下されば、私の方から伝えて、いつ頃出来るか確認してきますよ」
「それは助かります」
(土鍋に大皿に大鉢に丼……あ、ついでにレンゲも作って貰おうかな)
中華系のメニューを食べる時に、レンゲが欲しいとは常々思っていたのだ。和食でも汁物や、お粥なんかを食べる時には重宝するだろう。
(欲しい焼き物を思いついたら、書留めておいた方が良さそうだな。でもまあ、急ぐ事も無いけど)
いずれは陶芸家の元にも出向くつもりではあるが、その時には代表になった幼女二人組もいた方がいいだろう。
「ちょっと失礼して、次の料理の用意をしますね」
から揚げともつの煮込みが食べ終わりそうなタイミングで、俺は席を立ってゲルの入り口へ向かった。
「まだ何か出して頂けるのですか?」
「新たな料理かと言うと、微妙に違うんですけどね」
ゲルを出たすぐのところに七輪が置いてあり、その上に置かれた鍋では湯が沸騰している。
「……お待たせしました」
「もう出来たんですかぁ? 全然お待ちしていませんよぉ」
作り置きしてあった麺を茹でて、竹の笊で湯切りをしてからゲルの中に運び入れた。細麺なのですぐに火が通る。
「ちょっと失礼して……」
「「?」」
レンノールと夕霧さんが、俺の言う事に首を傾げている間に、二人の椀に麺を盛り付け、その上から具の量を控え目にした、ミネストローネのスープを注いだ。
「どうぞ」
二人の前に、今度は箸を添えて椀を置き、勧めてから白ちゃんの椀を手に取った。
「成る程。今度は主食として食べられるようにして下さったのですね。では……」
「いただきますぅ」
白ちゃんの分の麺を盛り付けている間に、慣れた手付きで箸を持ったレンノールと夕霧さんが食事を再開した。
「ううむ。汁だけでも旨かったのが、この小麦の風味が香る麺と一緒に頂くと、更に満足感が……」
「お蕎麦ともおうどんとも違ってぇ、こういうお出汁で食べる麺もおいしいですねぇ。やっぱり良太さんのお料理は最高ですぅ」
レンノールと夕霧さんでは評価のポイントが少し違うようだが、概ね二人共満足してくれたみたいだ。
「今日の主殿は、何時になく調理に気合が入っていたようだが、何かあったのか?」
俺から椀を受け取りながら、白ちゃんが訊いてきた。
「何かって事は無いんだけど、このくらいの人数が相手の調理だと、落ち着いて気を配れるんでね」
「ああ、そういう事か」
「んー? どういう事ですかぁ?」
俺の返事に白ちゃんは納得してくれたが、事情のわからない夕霧さんにはわからないようだ。
「このところ大人数を相手にした調理をする機会が多かったんですよ。そうなるとどうしても、力技的な調理になっちゃって……」
量が多いからと言って気を配らない訳では勿論無いのだが、延々と同じ作業を繰り返したり、火の通りを均一にするのに材料を起こしたり鍋を揺すったりと、調理と言うよりは腕力に物を言わす作業になってしまうのだ。
「あぁー……御飯だってぇ、大人数になっただけでぇ、大変になりますよねぇ」
大釜で米を研ぐのも炊くのも、炊きあがった御飯を底から混ぜたり、運んで盛り付けるのも、量が半端では無いので重労働になる。
「大鍋で湯を沸かすだけでも時間が掛かりますからね。わかります」
レンノールも集団に属しているので、俺の言いたい事はわかってくれたみたいだ。
「今はまだいいんですけど、里の子達が成長して食べ盛りになったらと思うと、正直ゾッとしますね……」
今のところはちびっ子達は、二人で一人前くらいの量しか食べないが、各自が普通の量を食べるようになるだけでも、必要な食べ物の量は跳ね上がるのだ。
紬と玄に関しては既に一人前の量を食べるが、あの二人に関してはちびっ子達よりは、黒ちゃんと白ちゃんに近い存在だと思われるので、嗜好を別にすれば飲食は必要無いのかもしれない。
「「……」」
「?」
夕霧さんとレンノールはおそらく、戦場になるであろう将来の里の食事のシーンを思い浮かべているようだ。物凄く微妙な表情をしている。
白ちゃんは何が問題になるのかがわからないようで、首を傾げながら麺を手繰っている。
「なんか変な空気になっちゃいましたね……食事はもういいですか? お酒もまだありますけど」
自分の分の麺を椀に盛り付けた俺は、夕霧さんとレンノールに尋ねた。
「味にも量にも満足しましたので、私はもう結構です」
「あたしもぉ、満足しましたけどぉ、今日は食後のお菓子は無いんですかぁ?」
非常にわかり易い要求を、夕霧さんがしてきた。
「ありますよ。さて、何をお出ししましょうかね」
変に遠慮されるとか、歪曲表現をされるよりはありがたいのだが、余りにもストレートな夕霧さんのリクエストに、俺だけでなく白ちゃんも苦笑を漏らしている。
「あぁー、なんで笑うんですかぁ! 良太さんも白ちゃんもひどぉい!」
俺と白ちゃんの苦笑の意味を正確に読み取り、夕霧さんが頬を膨らませる。
「ははは。そう怒るな夕霧。主殿が旨い菓子を出してくれるぞ」
「白ちゃんが怒られてる分も、俺が被るんだ……」
多少理不尽な物を感じつつ、大袋と腕輪の中のスイーツをセレクトする。
「とりあえずはこれを……食べている間に、お茶を淹れますね」
カステラ生地で小豆餡を挟んだ菓子、陽鏡を人数分出して勧めてからゲルを出て、麺を茹でた鍋を退けてから七輪に鉄瓶を載せた。
「あまり飲む機会がないから、これにするか」
いつもは番茶やほうじ茶にするのだが、貰ったはいいがあまり飲んでいない茶葉をセレクトして急須に入れた。
「良太さぁん。これって家主貞良ですよねぇ? 小豆餡が挟まってぇ、とっても贅沢ですねぇ」
「ええ。家主貞良の生地を使ってありますよ」
江戸で食べたカステラの味を、夕霧さんは覚えていたようだ。
(そういえばカステラも、石窯で焼けるよな?)
現代でのオーソドックスな形のカステラは、四角い型枠を作れば石窯で焼けそうな気がする。
「口直しにどうぞ」
俺は人数分の湯呑に、急須から茶を注いだ。
「む? りょ、良太殿、これはもしや紅茶では!?」
「ええ。御存知でしたか」
赤味がかった琥珀色の茶の香りを嗅いで、レンノールが目を見張る。
「江戸で出会った商人の方に頂いたんです。レンノールさんのように、大陸の西方から来たと言っていましたよ」
「そ、それはもしや、私の同族ですか!?」
「いや。親父殿はドワーフらしい」
紅茶を貰った相手の事を話すと更に驚いたレンノールに、白ちゃんが説明した。
「お、親父殿? 失礼ですが白殿は、ドワーフにはお見受け出来ませんが?」
「ははは。それは当たり前だ。俺が親父と慕っているだけで、血の繋がりは無い」
(実際は種族が違うどころじゃ無いんだけどね……)
白ちゃんはドワーフどころか、本当はヒューマノイドですら無いのだが、その辺は夕霧さんにも話していない。
(あれ? もしかしたら、頼永様から聞いたりしてるのかな?)
夕霧さんは頼華ちゃんの護衛兼任で源家に仕えていたのだから、もしかしたらその辺の情報共有はしているのかもしれない。
だからといって、レンノールに説明する気にはならないが。
「そ、そういう事でしたか。それにしてもこのような場所で、紅茶に出会えるとは……」
日本でも製造工程で紅茶は作れるのだが、当たり前だが普及までには至っていないようだ。
(日本の水は、紅茶の味を引き出すのには向いてないからなぁ)
ビーフシチューを作る時に硬水を使うと、肉の味の流出を防ぎながら仕上がるのと同じ様に、日本の軟水で紅茶を淹れると、味と香りと一緒に渋みが抽出されてしまう。
日本では緑茶が主に普及して、ヨーロッパではインドから持ち帰られた紅茶が普及したのを見れば、水の性質が影響を及ぼしているのは一目瞭然である。
それなのに紅茶の専門家が本などで、水について言及してる物が殆ど見受けられないのは不思議だなと、以前から思っていた。
「良太さぁん。このお茶ぁ、ちょっと渋いですけどぉ、すっごくいい香りですねぇ。甘い物に合いますぅ」
頭の中でお茶の事を考えていたら、夕霧さんが紅茶の渋さを指摘して来た。
「少し牛の乳を入れると、苦味が抑えられてまろやかになりますけど」
「そうなんですかぁ? じゃあ、入れてくださぁい」
差し出された夕霧さんの湯呑に、取り出した瓶から柄杓で牛乳を、少しだけ注ぎ入れた。
「レンノールさんはどうします?」
「甘いものもありますし、私はこのままで結構です」
湯気と共に立ち昇る香りを、レンノールは楽しんでいるようだ。
「うぅん。本当にぃ、牛の乳を入れたらぁ、まろやかになってぇ、コクも出ましたねぇ」
「お口に合いました? じゃあ次はこれをどうぞ」
江戸で牛乳が手に入ってから作ったアイスと、伊勢で作った生姜味のシャーベットを並べて出した。
「これってぇ、江戸でも出してくれましたよねぇ? あれぇ、こっちは少し違うのかなぁ?」
夕霧さんは表面の色の違いで、アイスとシャーベットが違う物だと見抜いたみたいだ。
「似て非なる物、ですね。味の方は明らかに違いますけど」
「へぇー……んーっ! こっちも豊かな味わいでおいしいですけどぉ、こっちのシャリシャリした舌触りとぉ、さっぱり生姜の風味もぉ、たまんなぁい!」
小さな氷の感触と口溶けを、夕霧さんは気に入ってくれたらしい。
「ううむ。連続で甘い物など口が重くなりそうですが、夕霧殿の言う通り生姜の風味と冷たさで、口の中がさっぱりしますな。そこに紅茶を飲むと……満腹なのに、また食事を再開出来そうな感じになりますね」
幸せそうに目を閉じる夕霧さんと対象的に、レンノールはすっきり目覚めたような溌剌とした表情をしている。
「もう少し何か召し上がりますか?」
「いや、例え話ですよ?」
俺の申し出に、レンノールは慌てて手を振った。
「夕霧は、まだまだ食えそうだな?」
「し、白ちゃぁん。良太さんのお料理がおいしいのに我慢してるんだからぁ、言わないでよぉ!」
「我慢してたんですか?」
いつもおいしそうに食べてくれていたが、夕霧さんは頼華ちゃんや黒ちゃんのようにお代わりはしないので、あまり量は食べられないのかと思っていた。
「うっ……た、たまにならぁ、お代わりしても大丈夫だと思うんですけどぉ、良太さんのお料理だとぉ、毎回お代わりしちゃいそうでぇ……」
何やら言い難そうに、夕霧さんが俺と白ちゃんから視線を逸らす。
「何か、お代わり出来ない理由でもあるんですか?」
「そ、それぇ、訊いちゃいますぅ? はぁ……あたしってぇ、この通りの体型ですからぁ……」
夕霧さんは溜め息混じりに、俺の事を恨めしげな目で見てくる。
「この通りって、人も羨む体型じゃないですか?」
「っ!? も、もおぉ、良太さんったらぁ……おだてたってぇ、何も出ませんよぉ?」
ボッと、火の点きそうな勢いで、夕霧さんの顔が赤くなり、チラチラと流し目を送ってくる。
(夕霧さんは黒ちゃんと同じ、胸と腰は豊かなのにウェストは細いってスタイルだよな。何がこんななんだ?)
特殊な趣味の持ち主で無ければ、夕霧さんのスタイルに魅力を感じない男は少ないはずだ。
「レンノールさんもそう思いますよね?」
「私ですか? そうですね。夕霧殿は女性らしさの中も母性も持ち合わせていて、魅力的だと思いますよ」
「れ、レンノールさんまでぇ……」
夕霧さんはゲルの床材に穴が空きそうな勢いで、指でのの字を描いている。
「ですが私は、今は凜華に夢中ですので」
凄くいい笑顔で、レンノールが言い放った。
(うわぁ……言い切っちゃったよこの人)
どうやら身近に、特殊な趣味の人がいたらしい。元の世界だったら迫害を受けそうな、レンノールのカミングアウトである。
(どんだけの年の差なんだろう……でも、数年後に結婚してるとか、ありそうなんだよな)
里の子達は十年もすれば、女の子は花のように、男の子は凛々しく成長するのは間違い無い。
レンノールがそこまで見越しているのか、それともただの冗談なのかはわからないが……。
(って、真面目に考えてどうするんだ……)
里の子達は全員、年の離れた弟や妹みたいな存在なので、つい考えてしまったが、別にレンノールと恋仲になったからといって、反対する権利など俺には無い。
「主殿。夕霧は自己評価が低いのだろう。そこに頼華に尻がでかいとか言われたのが、な」
「あー……」
他者から見れば羨ましい部分が、コンプレックスになっているというのは良くある話だ。白ちゃんに言われて納得した。
「夕霧さん、無理に食べろなんて言いませんけど、日々鍛錬もしているんですから、少し食べる量が増えたくらいでは、体型が変わる事は無いと思いますよ」
「そ、そうですかねぇ……」
鍛錬をしていれば、身体が重くなったりキレが悪くなったりしたら自覚するはずなのだが、夕霧さんの自分への自信の無さが、冷静に自己分析を出来なくしているのだろう。
「じゃ、じゃあぁ……良太さんから見てぇ、あたしってぇ、魅力ありますかぁ?」
「そんなの、当たり前じゃないですか」
夕霧さんの問は考えるまでも無いので、俺は即答した。
「どどど、どんなところがですかぁ!?」
更に顔を赤くしながら、夕霧さんが俺に詰め寄ってくる。
「どんなって、少しタレ気味の目とか柔らかな曲線を描く頬とかは親しみが湧くし、胸や腰回りは豊かなのに腰は細いし、料理が出来る上に丁寧な物腰で接客はこなすし、忍びなんて仕事をしているのに子供受けはいいし、お酒を飲んでほろ酔いの姿は色っぽいし……」
「はわぁぁぁぁ……りょ、りょうたさぁん! も、もういいですからぁ!」
立て板に水で夕霧さんのいいところを語っていると、当の本人が胸元まで真っ赤になりながら、必死で俺の口を塞ごうとする。
「……主殿、そういうところだぞ?」
「ん? 何が?」
夕霧さんからの攻撃を、軽く受け流している俺をギロリと睨んでから、白ちゃんが大きく溜め息をついた。
(なんか不味ったのかな?)
夕霧さんはともかく、白ちゃんから咎められた理由が、俺にはわからなかった。
「成る程。良太殿が女性にモテる理由が、良くわかりました」
「そういうレンノールも、中々だがな」
「そうですか? 白殿にそう言って頂けると、自信が持てますね」
「別に褒めている訳では無いのだがな……」
白ちゃんとレンノールは、当人同士にしかわからないようなやり取りをしている。
「まあ、いい……夕霧、お前の順番が回ってくるのは、早くても七番目だぞ?」
「それどういう事!?」
仕方ないなぁという表情で、白ちゃんが夕霧さんに向かってとんでもない事を言い出した。
「はぁい。お行儀良くぅ、お待ちしていますぅ♪」
デザートを食べている時以上に幸せそうに、夕霧さんがニコッと俺に微笑みかけてくる。
「そ、そうですか……」
どうやら俺は夕霧さんに、お待ちされてしまうらしい。




