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開拓計画

「兄上! 素晴らしい履き心地です!」

「白様。猪を運ぶ作業、終了しました!」


 タイミングがいいのか悪いのか、早速パンツを履いてきたらしい頼華ちゃんと、永久(とわ)君を始めとする白ちゃんが名付けた子達がゲルに戻ってきた。


「生地の肌触りが良くて、その上、兄上にお尻を持ち上げて頂いているような……」

「頼華ちゃん、その辺でやめようね?」


 パンツを履いた頼華ちゃんの感想が紬と似ているのは、まずまず良い出来なのだと思っていいのだろう。


「で、では俺も……」

「白ちゃん……」


 頼華ちゃんの喜ぶ様子を見たからか、白ちゃんがゲルの外へ出ていこうとする。


「お前達、頼華が京へ連れて行ってくれるから、そこにある衣類に着替えろ」

「「「はい!」」」


 それでも自分の職責を忘れないところは、白ちゃんらしい。


「それじゃーあ、あたしも行ってきますぅ」

「夕霧さん……」


 白ちゃんがゲルを出て何をするのかは明白なので、夕霧さんが後を追って立ち上がった。


「ねー、しゅじんー! ぱんつー!」

「「「ぱんつー!」」」

「君達ね……」


 男の子達が着る物を選んでいるすぐ横で、女の子がパンツと大合唱するという、非常にカオスな状況だ。


「主人。ぱんつってなんですか?」

「と、永久(とわ)君まで……」


 麗華ちゃん達が俺に群がって連呼するものだから、遂には永久(とわ)達にまでパンツについて追求され始めた。


「わかったよ。みんなの分を作るけど、それぞれ一枚ずつね? 替えや新しいのが欲しくなったら、女の子は紬に、男の子は玄に、それぞれ頼むように。いいね?」

「「「はーい!」」」


(よし! 紬と玄に仕事を押し付……割り振れたぞ!)


 思わず本音が漏れそうになったが、これで子供達が京へ行っている間は、パンツを作るのは紬と玄に任せられる。二人の布を織る技術も必然的に上がるから一石二鳥だ。


「じゃあ麗華ちゃんの分から作るからね」

「はーい!」


 子供用という事で股上も浅めの、やや全体の面積の大きめのパンツを作った。念の為に股間部分を貼って剥がせるタイプにしておく。数が多いので柄物は勘弁して貰ったが、女の子用は色分けをした。


 男の子用は玄と同じくチャコールグレーで統一した。ちゃんと用足しの為のギミックは施してある。


 基本的にデザインが同じなので混乱しないようにと、男女用共に各自の名前を平仮名で入れてある。これでまとめて洗濯しても安心だ。


「む? お前達も主殿に作って貰ったのか?」


 帰ってきた白ちゃんが、着替え中の男の子達の姿を見て問い掛けた。


「はい! 凄く嬉しいです!」

「喜んでくれて嬉しけど、久遠(くおん)君は早く着物を着ようね?」


 両腰に手を当てて、白ちゃんに向けて誇らしげに胸を張る久遠(くおん)君は、微笑ましいが恥ずかしい。


「良太さぁん。これ凄いですぅ。まるでぇ、良太さんにお尻を抱かれているみたいでぇ」

「ゆ、夕霧さん! 小さい子の前ですよ!」


 両手で押さえたお尻をふりふりしながら、夕霧さんが履き心地の良さをアピールしてくる。非常に扇情的で個人的にはアリだと思うのだが、子供の教育には宜しくない。


「あぁー。ごめんなさぁい。でもぉ、キュッと強くぅ、でも優しくぅ、お尻を持ち上げて貰ってるみたいでぇ、ここだけお日様に照らされてるみたいにぃ、あったかく包み込まれてぇ……」

「夕霧さん、ほんとその辺で……」


 謝ってきた割には、夢見るような表情の夕霧さんのポエミィなトークは止まらなかった。


「夕霧のでかい尻を支えられるとは、さすがは兄上です!」

「支えて無いからね!?」


 褒めているつもりなのか、頼華ちゃんが人聞きの悪い事を言ってくる。


「頼華様ぁ。そんなにおっきく無いですよぉ!」

「支えてるの部分を否定して下さいよ……」


 実は大きいのを気にしているのか、珍しく夕霧さんが頼華ちゃんに食って掛かるが、俺の言う事は無視された。



「では兄上、行ってきます!」

「「「行ってきます!」」」


 頼華ちゃんに率いられて、里の女の子六人、男の子五人が京へ向けて出発した。


 おりょうさんと黒ちゃんはまだ使い果たしてはいないと思うが、頼華ちゃんにも買い物や食事の費用として金貨を二枚渡しておいた。


「気をつけてね」

「頼華、こいつらを頼んだぞ」

「うむ!」


 白ちゃんからの言葉に、頼華ちゃんが大きく頷いた。 


「麗華ちゃあん。またねぇ」

「ゆーぎりー! またねー!」

「凜華、また会いましょう」

「れんー! いってくるー!」


 夕霧さんとレンノールも、ゲルの外まで見送りに出てくれた。手を振りながら凄く名残り惜しそうだ。


「じゃあ、里を案内しながら、整備したいところを説明しますね」


(まあ案内するという程、里は広くもないんだけど……)


 頼華ちゃん達が霧の彼方に消え去るまで見送ってから、夕霧さんとレンノールと白ちゃんを促す。



「ここが水場なんですけど、この近くに厨房と食堂が作れればと思っています」


 現在設置してあるゲルで食事をしてもいいのだが、運んだり片付けたりの手間と、寝るのに使う場所が汚れるのは考え物だ。


「食堂はゲルと同じ作りでいいでしょうけど、厨房には、先ずは竈が欲しいんですよね」


 里は人数が多いので、出来れば炊飯用に使う竈だけでも二口くらい欲しいと思っている。


「竈でしたらぁ、あたしの集落から詳しい人に来て貰いますよぉ」

「それは助かります」


 忍びの集落には思っていたよりも多くの人が住んでいたので、竈なんかを設置出来る人間がいるかもと考えていたが、ありがたい事に夕霧さんの方から申し出てくれた。


「食堂には座卓(テーブル)や椅子が要りますよね。私以外にも木工が得意な者がいますから、連れてきましょう」

「宜しくお願いします」


 レンノールとその仲間は、山で生活しているだけあって、木材の加工には長けているようだ。



「この辺に、風呂を設置出来ればと考えているんですが」


 水場から少し歩き、トイレとの中間くらいの地点の平らな土地で考えを話した。


「水は引けるとして、燃料は薪ですか?」


 当然の疑問を、レンノールが問い掛けてきた。


「実は俺は権能で、ある程度炎を操れるんです。その権能を物品に付与出来るので、燃料代わりに使えます」

「あぁー。そういえば江戸で働いている時にぃ、お世話になりましたねぇ」

 

 大前で使っていた風呂の事を、夕霧さんは思い出したみたいだ。


「そんなに便利な物を作れるのですか?」

「作れるんですが、(エーテル)を込めないと使えないので、誰でもという訳にはいかないんですよ」


 必要な温度と時間の分の(エーテル)を込めれば、付与された物品が発熱するので、溜めた水の中に入れておけば湯になって入浴に使える。


「大前で使う時だとぉ、良太さんと頼華様がいましたからねぇ」

「そうですね」


(あれ……もしかして今の大前では、風呂は使えない状況か?)


 (エーテル)を操れる頼華ちゃんが俺を追って来てしまったので、権能が付与された金貨を使える人間は大前にはいなくなってしまった。金貨自体も頼華ちゃんから俺に返却されている。


(……まあ、厨房で湯を沸かせば、全く使えないという事も無いんだけど)


 大前の風呂のスペースは厨房の真横なので、沸かした湯を運ぶ労力も、それ程大変では無いだろう。水汲み自体は導入したポンプが威力を発揮する。


「湯を沸かすのはそれでいいとして、湯船や脱衣場などはどうされるつもりですか?」

「脱衣場と湯船の周囲は、竹垣で囲う程度でいいんじゃないかと思ってます」


 四方と中間に何本か杭を打って、糸で繋いだ竹で囲いを作って目隠しにすれば十分だろうと考えている。


 脱衣場と洗い場の床は木の簀子(すのこ)でも、竹を並べた物でも用は足りる。


「屋根は蜘蛛糸の布で覆えばいいなかって」

「蜘蛛の糸は万能ですね……それで、肝心の湯船の方は?」


 感心しつつも半ば呆れながら、レンノールが尋ねてくる。


「地面を掘って、半分埋め込むみたいに設置出来ればと思っています」


 里の子供達の身長を考えると、普通サイズの湯船の縁を跨ぐのは大変だろうと考え、半分くらい地面に埋め込む形を考えている。


「それはかなりの大工事になるのでは……何か案がおありで?」

「男の子と女の子が代わりばんこに入るとしてもぉ、大きなお風呂が必要ですよねぇ?」


 レンノールと夕霧さんから、当然の疑問が寄せられる。


「木で造る事も考えたんですが、長く使えるように石ではどうかと思ってます」

「石? 運ぶのも加工も大変ですよ?」

「石工さんは集落にはいませんよぉ?」


(まあ、こういう反応をされるよな……)


 現代でも重機や特別な機器が必要になる規模の工事なので、大半を人力で行う事になるのだから、レンノールや夕霧さんが疑問に思うのも無理はない。


「ある程度の量を石を集められれば、俺が加工して積み上げて、表面を蜘蛛糸の布で覆ってしまえばいいんじゃないかと思うんです」


 所詮は素人の俺のやる事なので、凹凸が残るだろうと思うから、崩れの防止と入浴の際に角が当たったりして痛くないように、蜘蛛糸の布でコーティングしてしまえばいいと考えている。


「はて、良太殿には、石の加工が出来る技術があるのですか?」

「技術は無いんですけど……白ちゃん、そこに転がってる石を、俺に向けて放ってくれるかな」

「これか?」


 足元に転がっていた、グレープフルーツくらいの大きさの歪な石を、白ちゃんが拾い上げた。


「そうそう。それを、投げつけるんじゃ無くて、合図したら下から軽く投げ上げる感じで」


 トスしてくれなんて白ちゃんに言っても通じないと思うので、中々要求を伝えるのが難しい。


「何をするつもりかはわからんが、承知した」

「うん」


 首を傾げているが注文通りの事を白ちゃんがやってくれそうなので、俺は腕輪に触れてベルトごと腰に巴をセットした。


「む! 武装を!?」

「りょ、良太さぁん!?」


 驚くレンノールと夕霧さんの前で、俺は巴を鞘から抜き放った。


「な、なんと異様な刀身か……」


 警戒態勢は維持しつつも、レンノールは巴の、白と黒に染め分けられた刀身に見入っている。


「白ちゃん、いいよ」

「そら」


 俺の合図で、白ちゃんが軽いアンダースローで石を放った。


「っ!」


 短い呼気と同時に軽く踏み込み、空中にある石に巴を振り下ろした。


「えぇーっ? 刃毀れしちゃいますよぉ」


 俺が何をするつもりか気づいた夕霧さんは、刀で石に斬り付けた際の当然の結果を口にした。


 シュッ……


「……え?」


 石に金属が叩きつけられる時の甲高い音が聞こえないので、夕霧さんが「何故?」という顔をした。


 代わりに聞こえたのは、刀身を振り抜く時の空気を斬り裂く音だけだった。


「とまあ、こんな感じで平たくすれば、積めるんじゃないかと思うんですが」


 俺は巴を鞘に収めると、真っ二つにした石を拾い上げてレンノールと夕霧さんに断面を見せた。


(良かった。刃毀れの心配はしてなかったけど、上手く斬れないどころか、空振りしたらどうしようかと……)


 巴の頑丈さは、鍛冶を教えてくれた正恒さんのお墨付きだが、宙に浮いている目標を上手く斬れるのかは、実は自信が無かったのだ。


「こ、これは……何か仕掛けがある訳では無いのですよね?」

「ふわぁ……表面が真っ平らですぅ」


 レンノールも夕霧さんも目を見開いて、信じられない物を見たという表情をしている。


「し、しかし、良太殿の腕前は見事ですが、石の加工は一つや二つでは……」

「ん? ああ、その辺は御心配無く。ほら」


 再び巴を抜いてから、空いた左手でレンノールが持っている石を掴むと、無造作に斬り付けた。


「な!? そ、そんな、大根でも斬るように……」


 手で掴んでいない側の石が地面に落ちたのを見つめるレンノールの顔は、青を通り越して真っ白だ。


「ふぇぇ……こんなの見せられてぇ、良太さんに命令されちゃったらぁ、何で聞いちゃいますよぉ」


 なんでかはわからないが、夕霧さんが膝を擦り合わせながらモジモジしている。


「いや、別に命令とかしませんから……」


 別に怖がらせるつもりは無かったのだが、いつもは柳に風といった感じの夕霧さんが、微かに身体を震わせている。


「俺も石割りくらいなら出来ると思うが、主殿のようにこんなに滑らかに斬ったりは出来んぞ」

「石を割れるだけでも凄いんだけどね……」


 呆れたように言っている白ちゃんは、自分が呆れられる側だとは思っていないみたいだ。


「……石の方は、先ずはこの里の中の物を集めるとして、他は外から運び込むしか無さそうですね」


 立ち直ったのか、レンノールが現実的な問題を口にする。


「ある程度なら、俺と白ちゃんで……」

「主殿。勿論、精一杯働くつもりではいるが、主殿と同程度を求められても困るぞ?」

「どれだけ酷使すると思われてるの!?」


 白ちゃんの最大パワーを把握してはいないが、身体能力をフルに発揮して働けなんて言う気は無い。


「あたしは白ちゃん程は働けないからぁ、良太さんに提供出来る物っていうとぉ、この身体くらいしかぁ……」

「あの、意見を聞かせてくれたり、集落との連絡を取ってくれるだけでもいいですからね?」


 石斬りのデモンストレーションが強烈過ぎたのか、夕霧さんが妙に卑屈な態度を取ってくる。


「竹の調達は私の方でなんとかしましょう。木材はどれくらい必要でしょうか?」

「そうですね……」


 レンノールの方は冷静に、必要な資材の話題を振ってくる。


「最低でも寝る場所を男女別にしたいので、同じ規模のゲルをもう一棟は作ります」


 今はみんな身体が小さいが、成長過程が人間と同じとも限らないので、早い内に生活空間を確保しておいた方がいいだろう。


(本当は集合住宅みたいな作りで、個室は無理でも二人部屋とかにしてあげたいところだけどな……)


 集団生活への適応も重要だとは思うが、個性や自立心も尊重してあげたい。


 里では個室は無理かもしれないが、外へ出て生活したいなどの要望があれば、出来る限り支援したいと考えている。


(って、なんかすっかりお父さんの考えだな……いやいや。まだお兄さんだろう)


 好意を寄せてくれていると思われる女性は何人かいるが、まだ特定の関係の相手はいないのに、いきなり数十人単位の子供の面倒を見る事になって、ちょっと感覚がおかしくなっていたみたいだ。


「えっと……あとは貯蔵庫用にゲルを何棟かと、外からのお客さん用ですかね」


 逸れていた思考を引き戻し、俺は現実と向き合った。


「貯蔵庫は、食料と燃料用ですか?」

「ええ。塩と味噌、米は専用の貯蔵庫にして、後は冷蔵庫かな……」


 レンノールに訊かれて、考えを巡らせる。


「失礼ですが、冷蔵庫とは?」


(あれ、あまり一般的じゃ無かったのか? そういえば伊勢の椿屋には無かったか……)


「えっと……氷とかの冷気を利用して、食品などを保存する貯蔵庫です。俺の権能は温度を下げる方向でも使えるので、例えば肉や魚なんかを冷やして、長期保存出来ます」


 藤沢の正恒さんの家には、金属と木のサンドイッチ構造で断熱して、氷で冷やすタイプの冷蔵庫があったのだが、生活用品としても名称としても定着はしていないようだ。


 里では今の所、紬と玄が(エーテル)を使えるので、権能を付与したアイテムさえ作っておけば、一定の時間ごとに(エーテル)を込めれば、低温状態を維持出来る。


 断熱に関しては、密に織った蜘蛛糸の布で、縮れさせて綿状にした物を挟んで何層かにすれば、効果を期待出来るだろう。


「それは素晴らしい。獲物の少ない時期などに、肉を融通して貰う事は出来ますかね?」

「そこら辺は、凛華ちゃんと麗華ちゃんに相談という事で」


 俺は新たな里の代表になった、幼女二人組の名を出した。


「おっと、そうでしたね。では凜華に嫌われないようにしないといけませんねぇ」


 なんとなくレンノールの表情は嬉しそうだ。


「あ、そうだ。ちょっとレンノールさんに訊きたい事があるんですが」

「私にですか? どんな事でしょう?」

「パンの焼き方は御存知ですか?」


 大陸西部、要するにヨーロッパ出身のレンノールが、パンの製法を知っているのかが気になっていた。


(そもそもエルフの主食ってなんだ? って話だからな……)


 元々が想像上の種族なので、身長や体型、耳の形は勿論、食事の内容も様々に解釈されている。


「故郷の森では麦が採れませんでしたから、交易で買い入れた粉をパンにして食べていましたよ。それが何か?」


 どうやらレンノールの故郷では、全ての家庭でそうだったのかまでは不明だが、パンを焼く風習があったみたいだ。


「実は俺はパンが好きでして、里を開拓するついでに石窯を作れないかと思っているんです」


 石窯はオーブン代わりになるので、パン以外の料理にも使える。元から何も無いに等しいこの里に、調理器として設置してしまおうと考えたのだ。


(正恒さんの家にとかも考えたけど、個人宅を魔改造するのは申し訳ないしな……)


 正恒さんなら許してくれそうな気もしたが、一人暮らしでは使う機会もそれ程無いだろうというのも、設置をお願いしなかった理由だ。


「ほぅ? その石窯で私にパンを焼けと?」

「焼けなんて言うつもりは……俺と里の子が、焼き方を覚えるまで教えて下さればと思います」


 食事自体は米で十分なのだが、何事もバリエーションが多いに越した事は無い。


「……長らくパンとは縁遠い生活をしてきたのですが、良太殿に言われて無性に食べたくなってきましたね」

「で、では?」

「ええ。久し振り過ぎるので、上手く出来るかどうか……ですが、やってみましょう」

「ありがとうございます!」


 実現に向けては石窯の設置から始まって、パンに向いている小麦粉の入手に酵母の確保と、まだまだクリアしなければならないハードルは多いのだが、そういった事も含めて楽しみだ。


「良太さぁん。ぱんってぇ、なんですかぁ?」

「ああ、パンていうのは……」

「この、作ってくれたぁ、ぱんつみたいなものですかぁ?」


 おっとりしているのに、夕霧さんは俺が説明を始める前に、勘違いの答えを口に出した。


「今日は下履きの話ばかりだな。まあ主殿の作ってくれたこのぱんつは、素晴らしい物なのだが……」

「いや、だから違うんだってば……」


 夕霧さんの解釈をそのまま受け取って、何故か白ちゃんが頬を赤らめている。


「ははは。パンというのは、小麦の粉を酵母を混ぜ込んで膨らませて焼いた、大陸の西の方では主食になっている食べ物ですよ」


 ありがたい事にレンノールが助け舟を出してくれて、夕霧さんと白ちゃんにパンの説明をしてくれた。


「へぇー。でもぉ、御飯の代わりになる食べ物がぁ、石窯が無ければ作れないなんてぇ、大変ですねぇ」


 素朴な疑問なのだろうが、夕霧さんはパンの普及の妨げになる要因の核心を突いてきた。


「故郷の集落では、共同で使える石窯があったんですよ。そこで数日ごとに、まとめてパンを焼くんです」


 どうやらレンノールの故郷では家庭単位では無く、石窯などの施設や燃料を共同で運用して、無駄なく使っていたらしい。


「数日間の間に、傷んでしまったりはしないのか?」


 パンがどんな物なのかは漠然としかわかっていないようだが、興味を持ったのか、白ちゃんがレンノールに尋ねている。


「高温で焼きますから、日が経つと固くはなっていまいますけど、次のパンを焼くくらいまでは大丈夫なんです」

「成る程」

「それにこの国と違って大陸は乾燥しているので、食べ物が乾き易い代わりに腐り難くもなってるんです」


 湿気の多い日本では腐ってしまう以外にも、梅雨の時期などは放置するとカビが生えてしまう。


「へぇぇー。やっぱりぃ、大陸とでは色々違うんですねぇ」

「そうですね。すっかりこの国にも慣れてしまいましたが」


 感心する夕霧さんに答えながら、レンノールは少し遠くに視線を放っている。


「ところで良太殿。小麦と酵母以外にも、パンを焼くには必要な物が……」

乳酪(バター)でしたら、かなりの量がありますよ」


 粉と酵母と来たので、次にレンノールの要求しそうな物を提示した。


「……良太殿は何者なのですか? 失礼ながらパンは、長崎辺りで外国人向けに作っている程度だと聞き及んでいるのですが」


 思いっきり疑っている視線を、レンノールが俺に送ってくる。


(当然の疑問だよな……あれ? 俺の事って他に人間に話して大丈夫なのかな? そこら辺はヴァナさんに注意されて無かったよな)


 俺が元の世界で死んで、こっちの世界に転生したなんて、話しても信じて貰えるかどうかはわからないが。


「ははは。主殿は俺の主という職業なんだよ」

「白ちゃん……」


 間違っていないんだが、知人以外には通じない事を白ちゃんが言い出した。


「成る程。わかりした」

「わかっちゃったんですか!?」


(そういえばレンノールは、蜘蛛の妖怪と看破している訳では無さそうだけど、紬と玄が見た目通りじゃないとは気づいてるんだったな。もしかしたら白ちゃんの事も……)


 白ちゃんや黒ちゃん、里の子達がそうであるように、レンノールも見た目通りのエルフの美男子というだけでは無いと考えた方が良さそうだ。


「そういえば良太殿」

「ん? 何か?」


 まさかとは思う俺の思考を読まれたのか、レンノールが真っ直ぐに目を見てくる。


「私の下着の件、お忘れでは無いですよね?」


 レンノールは口の端を吊り上げ、ここまでは見せなかった人の悪い笑み浮かべる。


「あー……わかりました」


 里の案内と、開拓計画は大体伝えたので、パンツ作りは夕食の支度の前にやっつけてしまおう。



「夕霧さん、夕食に何か食べたい物はありますか? 新鮮な魚とか言われなければ、色々と出来ますよ」


 俺が作ったパンツを握り締め、うきうきとした表情でレンノールがトイレに去ったのを見送ってから、夕霧さんに食事のリクエストを確認する。


「良太さんの作るものでしたらぁ、なんでもって言いたいところですけどぉ、それじゃ困りますよねぇ?」

「まあ、そうですね」


 ここ最近は宿の食事以外だと、量は多いが簡単な食事を里で作っていただけなので、確かになんでもと言われてしまうと選択肢が多過ぎる。


「江戸の大前でぇ、賄いとかに出なかった物とかじゃぁ、まだ漠然としちゃってますかぁ?」


(大前で出さなかった物か……パッと浮かぶのは赤茄子(トマト)を使った料理かな)


 夕霧さんに言われて、大前で賄いだったり試食してもらったりした料理を思い出しながら、新たに入手した食材と作った料理を頭の中で確認する。


「レンノール殿の好みもわからんから、少しずつ色んな物を出してはどうだ?」

「それが一番いいんだけど……ここはまだ、調理する場所が整って無いんだよね」

「あー……それもそうだな」


 伊勢と那古野で新規に作った料理を、夕霧さんとレンノールに少しずつ味見をという白ちゃんの発想はいいのだが、竈も調理台も無いので本格的な調理は難しいのだ。


「まあ料理によっては作り置きもあるから、汁物は温め直した物にして……」

「夕霧は鶏を揚げた物は、食っていないのではないか?」

「そうだっけ?」


 白ちゃんに言われてみれば、巻狩で手に入れた猪や鹿は江戸で振る舞った気がするが、鶏肉は伊勢の椿屋で仕入れて貰うまでは、使っていなかったはずだ。


「鶏のお肉の揚げ物ですかぁ? 確かに食べた事は無いですけどぉ、どんなお味がするんでしょうねぇ?」

「主殿が作る物だから、うまいのは当然なのだが、色良く揚げられた鶏の肉はカリッとした歯応えで、噛み締めると熱い肉汁と漬け汁の味が、口の中に盛大に溢れ出してな……」

「……」


 食べている最中には料理の要点しか指摘しない白ちゃんだが、口にしなかっただけで俺の料理の事は、随分と高評価してくれていたらしい。


「あぁぁ……も、もぉ、白ちゃんの所為でぇ、鶏の肉を揚げた物の事しかぁ、考えられなくなっちゃったじゃないですかぁ!」


 薄く頬を染め、夕霧さんは口元を押さえながら白ちゃんに抗議する。


(……もしかして、よだれが垂れちゃったのかな?)


 感情表現が上手くなれば、白ちゃんはいいグルメリポーターになれそうだ。

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