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紐パン

「えーっと……あ、あった。ちょっと見て下さい」


 柱や梁に使った木の端材が、ゲルの片隅にまとめてあったので、細長い物を二本持ってレンノールの元へ戻った。


「この端っこ同士の間に、くっつく糸を……」


 俺は(エーテル)を送り込んで粘着力を増した糸を数本横並びに指から出して、端材の片方に貼り付けた。


 隣り合って並んだ糸同士もくっついているので隙間が無く、テープを貼ってあるように見える。


「こう、もう一本を……どうですか?」


 糸が貼り付けられていない方の端材を下側から押し付けると、手を離しても落ちる事は無かった。


「おお!? 成る程。こんな接着の仕方が……し、しかも、なんと強く!?」


 俺から貼り合わせてある端材を受け取ったレンノールが、かなり力を入れて引っ張ったり捻ったりするが、接着面はビクともしなかった。


(蜘蛛糸の粘着力は、想像以上みたいだな……)


 元々、獲物を逃さない程強力だった蜘蛛糸の粘着力は、(エーテル)で強化したら端材同士が最初から一体化していたかのようなっていて、別々の物を貼り合わせたとは思えないレベルになっている。 


「この上から滑り止めと補強に、こう糸を巻けば……」


 言葉の通りに二本の木材の接合している上から、先ずは粘着力のある糸を巻き、その上から粘着力の無い糸をぐるぐる巻きにする。


 巻き終わりの辺りは糸を複雑に交差させ、互いの力で解れないようにしてから指先から切り離した。


「こんな感じになりますけど、使えそうですかね?」


 糸を巻き終わった端材をレンノールに渡した。


「むぅ……故郷にいる時に、この素材と技術があれば……良太殿、これはいい弓が出来そうですよ」

「そ、そうですか?」


 どうやら俺の糸による補強と接合と末端処理は、レンノールからの評価は高かったようで、ニヤリと不敵な笑いを見せた。


「数日下されば矢も含めて作って参ります。お持ちする際に補強箇所を指定しますので、仕上げをお願いします」


 元々弓の製作とかが好きなのか、レンノールが凄くやる気になっているように見える。


「握る辺りは少し太目の糸で巻いて頂ければ、滑り止めになります」

「わかりました。弓弦もこの糸で大丈夫でしょうか?」

「無論です。強度は申し分ありませんから。ただ矢を掛け易いように少し太さと、長さの調整は必要ですね」


 弓弦が長いと張力が弱くなって射程や威力が落ちてしまう。短くなれば張力は強まるが、今度は引くのに相当な腕力が必要になるし、下手をすれば弓弦を張る事自体が出来なくなってしまう。


「外国の様式の弓というのは余も興味がりますね。良ければ余の分も一張りお願い出来ませんか?」


 弓に関しては達人級の頼華ちゃんなので、合成弓(コンポジットボウ)に興味があるようだ。


「わかりました。頼華殿は他の子達よりも弓に慣れているようですから、少し違う仕様の物を作って参りましょう」

「おお! それは楽しみです!」


 弓好き同士で波長が合うのか、レンノールと頼華ちゃんは笑い合っている。


「ところで頼華ちゃん、と、白ちゃんもだけど、今夜はどうする?」

「ああ、先程の話ですね」

「どうするとは、どういう意味だ?」


 レンノールから俺が接合した木材を受け取って、興味深そうに観察していた白ちゃんが、俺に訊き返してくる。


「あ、白ちゃんには説明してなかったんだっけ……京に宿を取ったから、そろそろお風呂に入りたいだろうし、移動してもいいよって話をしてたんだ」

「ああ、そういう事か。猪の処理があるが……」

「別にそれくらいは、俺がやっておくし」


 白ちゃんは自分が名付けた子達に猪の解体の仕方を見せたいようだが、そんな機会はこれからいくらでもある。


「ん? という事は、主殿はここに逗まるのか?」

「どうしようかと思ってるんだけど……レンノールさん、夕霧さん、良ければ今夜は泊まっていきませんか?」


 レンノールも夕霧さんも、夜の山を歩いても心配する事は無さそうな気がするが、一応はお客様だ。


(帰るというなら、俺が送っていけばいいんだしな)


 油断をするつもりは無いが、さすがに野生動物程度に遅れは取らないと思いたい。


「そうですね……では私はお世話になるとしましょう。宜しくお願いします」


 レンノールはこの里に興味を示しているので、この答えは思った通りだだった。


「泊まるならぁ、良太さんのお料理がぁ、食べられるんですかぁ?」

「それはまあ、頼華ちゃんと白ちゃんが出掛けると、俺以外に料理出来ませんから」


 ちびっこ達でも野菜の皮剥きや焼き物の番くらいは出来るだろうけど、経験不足なので本格的な調理は無理だ。


「まぁぁ! でしたらぁ、あたしもお世話になりますぅ!」

「そ、そうですか?」


 あまり夕霧さんに過剰な期待をされても困るが、出来るだけの事はするつもりではある。


「むぅ……兄上の料理も非常に魅力的ですが、風呂が……」

「俺の料理はいつでも食べられるんだからね?」


 まだ実際に食べてはいないが、池田屋の出す食事は悪く無さそうな気がするし、何よりも俺の料理と風呂を天秤に掛けても仕方が無い。


「俺は特に風呂に未練は無いのだが……」


 白ちゃんは非実体(エーテル)化すれば、身体の汚れは一瞬で無くなるので、入浴は娯楽としての意味しかない。


「取った宿が大人数でも大丈夫だったから、ここでどうしてもやる事があるんじゃ無ければ、早めに子供達を京へ連れて行ってあげて欲しいと思ってるんだけどね」

「ん? そんなに子供達をここから追い出したいのか?」


 俺が里を乗っ取るかのような事を、白ちゃんが言い出した。


「追い出すっていうのは聞こえが悪いけど……大掛かりな整備の時に、小さい子達がいると危ないでしょ? それと早い内に、人が多い場所を経験させてあげたいんだよ」


 やりたくない訳では無いのだが、とりあえず宿を利用出来る十日間は大量の食事の支度に追われないで済むので、その間に里の整備を進めてしまおうと考えている。なにせ竈も無いのだ。


 食事に関しては、当たり前だが食べれば食材が無くなってしまうから補充するという手間が発生するので、宿に泊まっている間はその辺も気にせずに、備蓄を増やす方向に持って行ける。


「ふむ……里の整備に関しましては、差し出がましいですが手をお貸ししても宜しいですか?」

「あたしもぉ、お手伝いしますよぉ」

「ありがとうございます。凄く助かります」


 レンノールと夕霧さんから、心強い申し出が来た。


「だったら尚更、頼華ちゃんと白ちゃんには、子供達を連れて京へ行って欲しいな」


 レンノールや夕霧さんが手伝ってくれるのなら、かなり本格的に作業を進める事が出来そうなので、力仕事と糸作り以外には戦力にならなそうなちびっ子達は、里にいても危ないだけになってしまいそうだ。


「わかりました! では準備が出来次第、余は京へ向かいます!」

「主殿だけでは手が足りんだろうから、俺は残るとしよう。すまんが頼華、永久達の事を頼む」

「うむ。任せておけ!」


 確かに紬も玄も既に行かせてしまったので、入れ替わりに黒ちゃんが帰ってくるのでもなければ、物理的に俺の手伝いを出来そうな者がいない。


 頼華ちゃんが引率する人数が増えてしまうのは申し訳なく思うが、白ちゃんが残ると言ってくれたのは非常にありがたい。


「あ、言い忘れていたが、姐さんと黒が、色々と物資を買って送ってくれているぞ」


 他の話をしていたので後回しになってしまったのだろう。白ちゃんが済まなそうに言った。


「ああ、頼んでた物が来てるのか」


 おりょうさんと黒ちゃんにお金を渡して頼んでおいた、里で必要そうな物品が福袋の共有機能で送られてきているようだ。


「どれどれ……」


 大袋の中を確認すると、御飯茶碗や木の椀等の食器に調理器具。大量の房楊枝に各種衣類に草鞋などの履き物。福袋の口のサイズ一杯くらいの大きさの、醤油や味噌などの調味料の樽や瓶など、かなり多岐に渡る。無論、米もある。


「今朝は揃えるまでに足止めを食らったけど、頼華ちゃん、白ちゃん、出掛ける前にみんなを着替えさせて」


 男女用の衣類を分けて、頼華ちゃんと白ちゃんに示した。京へ先行している子達以外は、まともな衣類を身に着けていないし、大半の子は裸足だ。


「わかりました! お前達、それぞれ着物を選ぶのだ!」

「「「はい!」」」


 頼華ちゃんの号令で、麗華ちゃん達が俺の元にわらわらと近寄ってきて、置いてある衣類に群がった。


「……そういえば良太殿。下着の話が途中になっていましたね」

「うっ!」


 並べられた子供達の衣類を見て、レンノールが下着の事を思い出したようだ。


(せ、せめて頼華ちゃん達が出掛けるまで、黙っててくれれば……)


「兄上、下着の事とはなんですか?」


 案の定、レンノールの言葉に頼華ちゃんが食いついてきた。


「紬殿と玄殿が、良太殿の作られた下着を、殊の外お気に召していると聞きましてね」


(あー……もう誤魔化せないか)


 俺が答える前に、レンノールが頼華ちゃんに説明してしまった。


「主殿が作る下着というと、あの褌とは違う奴か?」

「し、白ちゃん……」

「む? 話しては不味かったか?」


 たかが衣類の事だという認識だと思うので、プライベートな事とはいっても、この程度では白ちゃんを叱る訳には行かないだろう。


「はぁ……俺の下着は外国風の作りでね。那古野で湯屋に連れて行った時に紬と玄が興味を持ったから、作ってあげたんだよ」


 江戸に来たばかりの頃に、何度か頼華ちゃんと一緒に湯屋に行ったり、大前の風呂を利用した事があったが、俺の下着にまでは目が行っていなかったようだ。


「して、どのような形なのでしょうか?」


 そんなに洋風のパンツに飢えているのか、レンノールがグイグイと食いついてくる。


「れいかこれー!」

「あー、それいいなー!」

「これはふうかのー!」

「えーっと……あ、あった。こんな感じですが」


 大騒ぎしながら衣類を選んでいる麗華ちゃん達を掻き分け、大袋の中から石盤を取り出して、心の中で葛藤しながら絵にしてレンノールに見せた。


「ほほう! これは動き易さと快適さを兼ね備えていそうな丈で……良太殿、是非とも私にも作って下さい!」

「そ、そんなにですか!?」


 トランクスタイプの下着は、どうやらレンノールのお気に召してしまったらしい。


「ええ。故郷ではもっと長い物も短い物もあるのですが、この図くらいの物が、私には丁度良いのです」

「ん? もっと短い物もあるのですか?」


 レンノールの言葉が引っかかったので、尋ねてみた。


「ええ。ちょっと宜しいですか? こんな感じの……」


 俺から石盤を受け取ったレンノールが描いたのは、現代で言うビキニタイプだった。しかも両サイドを結び合わせてある紐パンだ。


「……あの、これは女性用では?」

「いいえ。男性用ですよ」


 レンノールに確認したが、間違い無いようだ。


(これが男性用って……あ!)


 ローマ時代を描写した絵画や彫刻、磔刑を描いた宗教画などで、レンノールの言っているような下着を履いている男性を見た事があるのを思い出した。


(土地とか、上に着る服装なんかで、下着も変化するか。紐パンは……機能的ではあるな)


 そう考えてみると現代の下着の原型は、想像していたよりも早い時代に、必要に迫られて出来上がっていたようだ。


「ふむ……主殿が女性用と言ったという事は、この股上の浅い方を紬に作ったのか?」

「そう、だけど……」


 俺とレンノールの手元の石盤を覗き込んで、白ちゃんが訊いてきた。


「兄上! 余もこの形の下着が欲しいです!」

「唐突にどうしたの!?」


 蜘蛛糸の着物や靴下に満足していた頼華ちゃんだったが、これまでに下着を要求してくる事は無かった。


「実は今まで、乗馬や険しい道を歩く時などに、不便だとは思っていたのです!」

「あー……」


 女性用の下着は襦袢と腰巻きだ。乗馬の時などは袴を履くのだが、その際にはおそらく……そして起伏のある場所を歩くには、時には大股で一歩を踏み出したりする事もあるので、そもそも着物自体が向いていないのと、脚を開くので腰巻きでは、という事になる。


「ところでこの形ですと、脱ぎ着がし難くないですか?」


 興味を持たれてしまったようで、頼華ちゃんが更に突っ込んでくる。


「えっと……こう結んで開いて出来るようになっててね。着物の上に線が出ないように、背中側で」

「ほほう! ずり落ち防止にもなっているのですね! さすがは兄上、抜かりが無いです!」

「ははは……」


 下着の事で頼華ちゃんに褒められるのがいい事なのか、正直悩ましい。


「あ、でも、これだと……」

「どうかした?」


 急に頼華ちゃんが急に表情を曇らせたので、何事かと顔を覗き込む。


「その……この構造だと確かに、帯で結び目が隠れるのですが、逆に簡単に下着を緩める事が出来ませんから、用足しの際にですね……」

「……そういう事か」

「……です」


 顔を真赤にして説明する頼華ちゃんに、ただただ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


(紬は用足しの必要が無いから、そこまで気が回らなかったな……)


 紬と玄は俺と同じで排泄の必要が無いから、下着にもその為のギミックがいらないのだ。


 だから頼華ちゃんに指摘されるまで、そういうギミックが必要だという事をすっかり失念していた。


(お尻をホールドしてる布を引っ張ってずらしたりすると下着自体が下がっちゃって、直さないと履き心地が悪くなるだろうし……でもそれだと、着物自体を脱ぐ事になっちゃうしなぁ)


 頭の中でフォルムを崩さずに機能を追加するにはどうすればいいか、あれこれ考える。


(なんで女の子の下着の事を、こんなに真剣に考えているんだろう……)


 時折、物凄い虚しさが襲ってくるのだが、頼華ちゃんの為と自分に言い聞かせて、必死に心を鼓舞する。


「うーん、と……こんなもんかなぁ」


 なんとか三パターン程考えて、試作した物を頼華ちゃんに渡した。


「ちょ、ちょっと頼華ちゃんと二人にさせて下さい」

「はい」

「はぁい」

「うむ」


 レンノールと夕霧さんと白ちゃんに断って、頼華ちゃんを伴ってゲルの一隅に座ると、頭を寄せて試作品を見せた。


「先ず、これは一番単純に、股の部分が紐で結びあわせてあって、解けば開くようになってる。歩く時とかに邪魔になるかもしれないけどね」


 頼華ちゃんの耳に口を寄せて小声で囁くが、多分耳のいい白ちゃんには聞こえているだろう。夕霧さんも諜報用に耳は鍛えていそうだし、レンノールも耳の形状からすると、聴力は悪く無さそうな気がする……。


「成る程。これなら確かに……」


 別パーツの紐を縫い合わせてある訳では無いのだが、それでもどの程度履いていて違和感があるかは、試して貰わなければわからない。


「次に、これは二重構造になっていて、左右に開けるようになってるんだ」


 次の試作品は男性用の下着の前側の構造を、股間部分に持ってきた形状になっている。重なり合っている部分の布の面積は少し多めだが。


「なんと、着物の前合わせのように!?」

「これは左右に引っ張った時に、開き易いかどうかがわからないんだよね」


 紐のように物理的に解ける構造では無く、お尻を支えている布の力が掛かるので、あまり伸縮性の無い布が開き易いかどうかは要検証である。


「最後はこれなんだけど……ここの部分を引っ張ると、布が剥がれるようになってるんだ」


 女性用下着の股間部分が、赤ちゃん用のおむつカバーのように開くようになっている。


「でもそれでは、下着が前後に割れている状態になってしまいますよね?」

「それがね、こう、元に戻すと……」


 下着の前後に分かれた縁の部分を元の位置に戻すと、布同士が張り付いた。


「!? こ、これはどういうカラクリなんですか!?」

「ちょっと説明が難しいんだけど……この部分は、何度も貼って剥がせるんだ」


 ベルクロテープのような物が出来ないかとあれこれ考えて試作した結果、粘着力を弱めて織り上げた布同士は、それなりにくっつく力があるのに何度も貼って剥がせるという特性が出来た。


 その貼って剥がせる特性の布を、前後に分かれている部分のそれぞれ一センチ幅くらいの範囲に織り込んで、開閉可能にしたのだ。


「ただこの効果が、何回くらいまで有効なのかがわからなくてね」


 ベルクロならゴミでも挟まらない限りは、解れたりするまでは使えるのだが、粘着力を弱めた蜘蛛糸が、どれくらいの使用に耐えるのかは不明だ。


(でもまあ、汚れない限りは凄く持ちそうな気がするなぁ)


 検証は勿論必要だろうけど、強度からして常識外れな蜘蛛糸なので、もしかしたら貼って剥がせる粘着力も、半永久的に効果を発揮するかもしれない。


「それにしても……外国の女性は下着にも、こんなに色柄を使うのですね!」

「そ、そうだね……」


(なんで俺はこんなに、女性の下着に凝ってしまっているんだろうな……)


 紬の時にボーダー柄を作ってしまったので、今回も調子に乗って、紐で結ぶタイプには白地にピンクのストライプ柄、二重構造のタイプは赤と緑のチェック柄、ベルクロもどきのタイプは白とミントグリーンのボーダー柄と、無駄に凝っている。


「兄上。もう一つお願いがあるのですが!」

「ん? お願いってどんな?」


 食欲が絡む事以外では、頼華ちゃんは滅多にお願いなんかして来ない。


「ここで鍛錬などをしていて、兄上や白達が着ているような服が動き易そうなので、急ぎませんが余にも一揃えお願いしたいのです!」

「ああ成る程ね。わかった。そんなには待たせないよ」


 俺も白ちゃんも黒ちゃんも和装は持っているのだが、普段は作務衣で過ごす事が多い。そして頼華ちゃんの言う通り、作務衣は山野での行動には裾などが邪魔にならず、歩幅を変えて歩くのも楽だ。


(作務衣だと、パンツ以外のインナーも考えてあげないとな)


 作務衣の下に襦袢を着る訳にもいかないだろうから、Tシャツやタンクトップやキャミソールなんかを作ってあげた方がいいだろう。


「ではこの下着は、早速履いてきますね!」

「あ……」


 三種類の下着(パンツ)を持った頼華ちゃんは、多分トイレに向かったのだと思うが、ゲルの外へ駆け出して行った。


「良太さぁん。あたしにも頼華様みたいな下着をですねぇ、作って欲しいんですけどぉ」

「ゆ、夕霧さんもですか!?」


 頼華ちゃんが出ていったので元の場所に座り直した俺に、夕霧さんがにじり寄ってくる。


「御覧の通りぃ、あたしのは普通の着物じゃありませんからぁ、腰巻きは履けませんのでぇ」


 夕霧さんが着ているのは、本人の言う通りに普通の着物では無く、野良着と呼ばれる類の物だろう。上下セパレートで作務衣にも似ている。


「……」


(という事は、夕霧さんのボトムスの下は……いやいやいや。腰巻きだって、履いてないのとあまり変わらないし!)


 心の中で自分の考えにツッコミを入れて、なんとか冷静さを取り戻す。


「季節や天気によってはですねぇ、腰の辺りがすっごく冷えちゃうんですよぉ」

「あー……」


 時代劇なんかを観ていても、寒い時期でも綿入れを羽織っている程度しか、防寒対策はしていなかったと思う。


(下着一枚でも、保温効果ってバカに出来ないからなぁ……)


 肌に密着するタイプのパンツや靴下は、防寒対策としては非常に有効なので、頼華ちゃんやレンノールとのやり取りを見ていて、夕霧さんが欲しくなる気持ちは理解出来る。


「……わかりました。とりあえず数枚作って渡しますから、その後は里の子達と相談して下さい」


 実用的な意味での夕霧さんからの要請なので、断るのは失礼だろう。追加分に関しては、俺に発注しないで欲しいが……。


「わぁぁ。ありがとうございますぅ」


 俺が承諾すると、夕霧さんはパアッっと表情を明るくした。


「ちょ、ちょっと夕霧さんだけ、こっちへ来てくれますか?」


 俺は腰を上げると、さっき頼華ちゃんと話をしていた辺りに移動して、夕霧さんを手招きした。


「? 良くわかりませんけどぉ、わかりましたぁ」


 首を傾げながらも夕霧さんは、俺がいる方へ歩いてくる。


「さっき頼華ちゃんに確認したんですけど、その……用を足す時の為の仕掛けは必要ですか? 具体的にはですね……」


 俺は夕霧さんに小声で耳打ちすると、精神力を盛大に擦り減らしながら、頼華ちゃんに作った下着(パンツ)へ盛り込んだギミックを、図にして石版に描き込んだ。


「あぁー。あたしの服はですねぇ、ここの紐を緩めて膝まで下ろしちゃいますからぁ……」

「わ、わかりました!」


 どうやらボトムスと一緒に下着(パンツ)を引き下げてしまうらしいので、追加ギミックは必要無いらしい。


俺は夕霧さんの言葉を途中で遮った。


「となると……前側と、左右両側で結ぶ形の物とを選べますけど、どうしますか?」


 夕霧さんのボトムスは適度にダブついているので、紬の時のようにずり落ち防止用の結ぶ部分を、後ろに持っていく必要は無い。


「んーっとぉ……使い勝手がわからないのでぇ、両方を作って貰うというのはダメですかぁ?」

「構いませんよ。その、ついでにですが、色とか柄とかはあった方がいいですか?」


 頼華ちゃんの時にはギミックを考えるのでいっぱいいっぱいで、作る段階になってから色や柄を盛り込んだのだが、今回は夕霧さんからリクエストを訊くくらいの心の余裕があるようだ。


(認めたくないけど、慣れたんだろうか……)


 紬、頼華ちゃんに続いて、夕霧さんで三人目の女性用下着の製作なので、精神的な葛藤も少しずつ麻痺してきているのかもしれない。


「さっきチラッと見えたぁ、縞模様が可愛かったからぁ、あれでお願いしますぅ。あとは良太さんにお任せでぇ」

「あー……主殿、良いかな?」

「白ちゃん?」


 いつの間にか白ちゃんが、俺と夕霧さんが顔を突き合わせているところまでやって来て、石版を覗き込んでいた。


「その、だな……夕霧のを作るついでに、俺にも作って貰えんか?」

「構わないけど……必要なの?」


 普段は白ちゃんも黒ちゃんも、(エーテル)で構成した着物や俺と同じような作務衣を身に纏っているし、普段着に関しては那古野で、かなりの枚数を買ってあげたばかりだ。


「必要があるかと訊かれると、夕霧のように実用の面では無いのだが、その……お、男は、女が着ている物を脱がしたりするのも、好きなのだろう?」

「……は?」


 なんと白ちゃんは履く為では無く、脱がす為の下着(パンツ)を御所望だったのだ。


「あぁー。さすがは白ちゃんですぅ。そういうの大事ぃ」

「大事なんですか!?」


 まさかの夕霧さんの、白ちゃんへの同意だった。


「忍びはいざとなったらぁ、色仕掛けも必要ですからぁ」

「そ、そうですか……」


 考えてみれば情報の入手には、色仕掛けなどのハニートラップは非常に有効な手段だ。


「そういう意味ではですねぇ、最後の一枚がこういう小さな物なのは凄くぅ……」

「あ、もうそこまでで」


 夕霧さんの話の続きに、興味が無いのかと言われれば大いにあるのだが、深淵を覗き込みそうな気がしたので言葉を遮った。


「はぁ……ついでに黒ちゃんの分も作るから、後で白ちゃんから渡しておいて」

「主殿には気を使わせるな」


 白ちゃんが俺に下着(パンツ)を作って貰ったと知れば、黒ちゃんも欲しがるのは目に見えているので、人が多いところで騒ぎとかになってしまう前に、先手を打っておく事にした。


「白ちゃんと黒ちゃんは一枚ずつでいいよね? いや、予備は必要か……」


 頼華ちゃんや夕霧さんは洗い替えが必要だが、白ちゃんと黒ちゃんには新陳代謝が無いので、とか思ったが、外的な要因で汚れる事は考えられるので、スペアがあるに越した事は無い。


「黒はこの場にいないが、採寸などをしないでも大丈夫なのか?」

「まあ、一緒に行動するようになってから長いしね」


 こっちの世界に来てから再構築されたこの身体は、頭の中で思い浮かべた行動を、ほぼ完璧にトレースしてくれるので、何度か全裸の姿を見ている旅の一行に関しては、思い浮かべればぴったりフィットする衣類を、蜘蛛糸で作り上げるくらいは訳無い。


 夕霧さんの場合は裸をお目に掛かった事は無いのだが、江戸の大前で一緒に働いている姿を見ているし、ダブついているとは言え、今のボトムスはお尻のラインは出ているので、実測しなくてもそれ程履き心地が悪い物は出来ないだろう。


「じゃあ、やるか……」


 心を落ち着けたところで、作業に取り掛かっった。


「ふあぁ……みるみるうちに出来ちゃうんですねぇ」

「なんというか……見事なものだな」


 不本意ながら、大分作業にも慣れてしまったので、左右の手の指から同時に糸を出して操り、下着(パンツ)を織り上げていくのを見て、夕霧さんと白ちゃんが溜め息を漏らす。


(こんな作業に、慣れたくなかったなぁ……)


 褒められているのだがちっとも嬉しくないので、心の中で愚痴る。


「じゃあ、こっちが夕霧さんの分で、こっちが白ちゃんと、黒ちゃんの分もね」

「ありがとうございますぅ」


 夕霧さんの両サイドで結ぶタイプの物は、グレー地にピンクと、グレー地にブルーという、少しシックな色調にした。


 前で結ぶタイプの方は奇を衒わずに、それぞれをピンクとブルーのギンガムチェックにしてみた。


「なんかすまんな」


 申し訳無さそうに言う白ちゃんには、白地にライムグリーンのボーダー柄の紐パンと、ブルー地に白のピンドット、所謂、水玉模様の前で結ぶタイプの下着(パンツ)を渡した。


 黒ちゃんの分の紐パンは白地にピンクのボーダー柄、前結びタイプは虎の脚の模様を思い出して、黄色地に黒のタイガーストライプにしてみた。


「むぅ。黒がこの柄ならば、俺も鵺の体色に合わせて漆黒を頼むべきだったか……」


 虎縞模様が羨ましいのか、白ちゃんは色んな方向から下着(パンツ)を観察している。


「あの、白ちゃん。そんなに表に出して眺める類の物じゃないから……」


(アダルトな感じの白ちゃんに、黒い下着は似合いそうだな……)


 などと頭の中で考えてしまうが、勿論、口には出さない。というか出せない。


「しゅじんー。それなにー?」


 不味い事に、着物を選び終わったらしい麗華ちゃんが、下着(パンツ)に興味を持ってしまったみたいだ。


「これはですねぇ、腰巻きの代わりのぉ……良太さぁん。外国ではなんていうんですかぁ?」


 最悪な事に、夕霧さんが麗華ちゃんへの説明の為に、俺に解説を求めてきた。


「えっと……パンツ、です」


 答えないのも変なので、夕霧さんに名称を教えた。


「ぱんつっていうらしいですよぉ」

「ぱんつー? しゅじんー、れいかもぱんつほしー!」

「えええっ!?」

「りんかもー!」


 負の連鎖が起こり、パンツを欲しがる麗華ちゃんに凛華ちゃんも乗っかってきた。


「ははは。凜華には申し訳ありませんが次は私の番ですよ。ね、良太殿?」

「レンノールさん……」


 割り込んできたので凛華ちゃんを止めてくれるのかと思ったら、レンノールはやっと自分の番がやってきたと言わんばかりに物凄くいい笑顔をしているので、ちょっとイラッとした。

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