名付け
「じゃあこれを、何本かに分割しようか」
枝を払った樫の丸太を、ゲルの中心の柱とそこから伸びる天井を支える梁、六角形の頂点に立てる支柱にする為に加工する必要がある。
「まさかとは思いますが、このまま縦割りにしようとか考えていますか?」
「頼華。まさか主殿でもそこまでは……」
「あれ、良くわかったね?」
丸太をこのままの状態で縦割りにして数分割し、使用する場所によって長さを整えればいいかと考えていた。
「な、何を考えているのですか!? せめて半分くらいに切ってから、縦割りにすれば良いではないですか!」
「ええー……手間は変わらないと思うんだけどなぁ」
木目に沿えば、綺麗に縦に裂くように切れると思うのだが、頼華ちゃんにやり方を否定されてしまった。
「こんな木を縦に一刀両断にしようなんて、普通は考えませんよ!」
「そうかなぁ……」
「……」
「むぅ……」
頼華ちゃんの言葉に白ちゃんが、うんうんと頷いているので、ここは従った方が良さそうだ。
「大体、一番長い中心の支柱でも二メートルちょっとですよね? 二十メートルの長さのまま作業を行う意味は無いではないですか!」
「まあ、言われてみればそうか」
なんとなく長さを残した方が、他の用途にも使い易いかと思っていたのだが、その時にはまた伐採すればいいのかもしれない。
「じゃあ、とりあえずは四分割くらいにしようか」
約五メートルの長さで、樫の木を分割しようと提案した。
「そうですね。先端の細い部分の長さを調節して、支柱にしたらいいのではないですか?」
「そうだね。そうしようか」
細過ぎる先端の辺りを切り落として、残りの部分の長さを調整すれば、丁度いい具合に支柱に使えそうだ。
「じゃあ……よ、っと」
「「……」」
頼華ちゃんと白ちゃんが無言で見守る中、樫の木を約五メートル間隔になるように、巴で分断していく。
「……白よ。余は武人としてやっていく自身が失せてきたんだが」
「頼華。気持ちはわからんでも無いが、目の前に幻ではない目標があるではないか」
「ん? 二人共なんの話してるの?」
樫の木の分割を終えて戻ってきた俺の目には、見た目に落胆している頼華ちゃんを慰める白ちゃんという、珍しい光景が映った。
「なんでもございません! さあ、作業を始めましょう!」
「そ、そう?」
「そうだ。主殿、さっさとゲルとやらを建ててしまおう」
「う、うん……」
二人にグイグイと背中を押され、転がっている丸太に向かい合った。
「とりあえずはこんなもんかな? 頼華ちゃん、白ちゃん、そっちはどう?」
「これでいいですか、兄上!」
「言われた通りになっていると思うが、どうだ?」
直径十五センチくらいに分割した丸太を、中心の支柱用は三メートルくらい、周囲を支える物はニ・五メートルくらいの長さに整え、地面に打ち込むために先端を尖らせた。
「うん。いいんじゃないかな。じゃあ尖らせた方を……」
尖らせた部分が地面の水分によって腐食しないように、手の平から権能の炎を出して焦げ目をつける。木材自体が水分を持っているので、気休め程度の効果だとは思うが。
「じゃあ、組み立てに入ろうか」
「はい!」
「そうだな」
俺が中心と梁用の木材を担ぎ、残りの周囲の支柱用の木材を、頼華ちゃんと白ちゃんに分担して運んでもらう。
「あ、主人! これだけ出来ました!」
俺達が木材を運んでいると、床用の敷布を織っていた玄が気が付いて声を掛けてきた。
「こんなに出来たのか。凄いぞ玄」
そこそこの厚みのある敷布が、予定面積の半分くらい出来上がっていた。
「ありがとうございます!」
褒めてやると玄は、凄く嬉しそうな笑顔になった。
「うん。さて、どの辺に建てるかな……」
周囲の木が生えている辺り以外は、まばらに草が生えているだけの平地なので、どこでも問題は無さそうに見える。
「本当に中心に建てればいいのではないか?」
「そうですね! その周囲に追加で建てれば、利便性もいいと思います」
「じゃあ、そうしようか」
予定地の中心に、支柱用の木材を浅く打ち込み、糸を伸ばしてゲルの形の六角形を描き、頂点に目印を付けた。
「地均しの必要は無さそうだな……じゃあ」
見た感じ、石ころが埋まっていたり、地面の凹凸なんかも無さそうなので、まばらに生えている草を権能で焼き払うと共に、敷地全体を炎で炙った。
「主人すげー! 手からバーって火が出た!」
火炎放射器のような権能を見て、玄が大興奮している。
「こんなもんかな? じゃあ、柱を打ち付けようか。白ちゃん、頼むね」
真っ黒くなった地面に、燃やし忘れの草や炎が燻っている場所などが無いのを確認してから、白ちゃんに合図を出した。
「承知した」
戦斧を持った白ちゃんが、背中から翼を出してふわりと飛翔した。
「頼華ちゃんは、ちょっと離れて真っ直ぐになってるか見てくれるかな。玄は頼華ちゃんの反対側から見て」
「わかりました!」
「はい!」
頼華ちゃんと玄は、俺が支えている支柱から少し離れたところまで移動して振り返った。
「真っ直ぐになってる?」
「大丈夫です!」
「なってます!」
「じゃあ白ちゃん、打ち込んで」
「うむ」
白ちゃんは戦斧を振りかぶると、斧の頭の刃では無い方で木材を地面に打ち込んだ。槌の類が無いので苦肉の策だ。
「白ちゃん、そんなもんでいいよ。頼華ちゃん、玄、真っ直ぐに打ち込めてる?」
数度の打撃で支柱は、十分に地面へ潜り込んだ。
「「はい!」」
頼華ちゃんと玄から明快な答えが返ってきた。これで建設作業の第一段階が終了だ。
「じゃあ残りの作業も、ぱぱっとやっちゃおう。えーっと、俺が頼華ちゃんと玄を交互に支えるから、白ちゃんは真っ直ぐになってるかの確認を」
「「はい!」」
「承知した」
少し玄を構ってやりたいが、放置すると頼華ちゃんが不満になるだろうと思ったので、交互に作業を手伝って貰う事にした。
「じゃあ頼華ちゃんから。一度に打ち込もうとしないで、軽めに叩いてね」
「はい!」
「主殿、少し右に傾いてるな」
「わかった。これくらい?」
頼華ちゃんにやり方を教えていたら、白ちゃんからダメ出しが来た。
「そうだな。そのまま打ち込めばいい」
「だそうだから、頼華ちゃん始めて」
「はい! ていっ!」
可愛らしい気合の声と共に、頼華ちゃんが戦斧で支柱を打ち込んでいく。
「よし。こんなもんだな。次は玄、やるぞ」
慣れない上に、俺に抱えられているという不安定な状況ではあったが、頼華ちゃんは無事に作業を終えた。
「はい!」
頼華ちゃんを下ろして、次の支柱の位置まで歩いてから玄を担ぎ上げた。
「うわぁー! 凄く高いです!」
「お前が蜘蛛の時の方が高かったろ?」
嬉しそうに玄が声を上げるが、霧の中で出会った時には、俺の頭よりも上の方に蜘蛛の頭があったはずだ。
「でも、蜘蛛の時よりもいい景色に思います!」
「そうか」
良くわからないが、玄が嬉しそうにしてるので曖昧に返事をしていた。
「「「……」」」」
「な、何かな?」
近くで布を織っていたちびっ子達の数人が、肩車されている玄の姿を呆然と見上げている。
「あの、なんで紬まで、そんな目で見るのかな?」
「なんでって……う、羨ましいからでございます!」
「えー……」
何をわかりきった事をとでも言うように、紬が切なげな声を上げると、見ていたちびっ子達が、うんうんと頷いた。
「あー……作業が一段落したら、順番にね?」
「「「はい!」」」
ちびっ子っ達が凄くいい笑顔で返事をした。紬も一緒に。
(小さいから、二人一緒くらいに担げるかな? でも、紬は単独か……)
少しでも時間短縮が出来るように、頭の中でシミュレーションする。
「主殿。その支柱はそんなものでいいだろう」
「おっと。じゃあ次をやろうか」
考えに沈んでいるうちに、作業が完了していた。玄も元が大蜘蛛だけあって、腕力はあるみたいだ。
残り四本の支柱の打ち込み作業は、すんなりと終了した。
「出来たなぁ」
「出来ましたね!」
支柱の打ち込みが終わってからの作業は早かった。梁との固定は釘やロープなどが無いので、粘着力と強度を高めた糸を用いた。ロープワークも航海中に倣ったが、こっちの方が確実だ。
ちびっこ達が分担して織り上げた布を隙間が出来ないように結合し、再び白ちゃんに飛翔して貰って支柱と梁の上から被せ、要所を糸で固定する。面積の割には恐ろしく軽いので、白ちゃんの負担にはなっていない。
玄の労作である床用の敷布を、俺も手伝って作り上げたら完成だ。木材以外は白一色なので少し目に痛い感じだが、装飾類はいくらでも足せる。
「明かりの代わりは、これでいいな」
取り出した金貨に権能を付与する。気を込めれば熱くない炎を灯し、込めた量に応じて持続するように想念した。
その金貨を、中心の支柱の頂点近くに放り投げて糸で貼り付けた。権能と蜘蛛の糸は本当に便利だ。
「紬と玄は、ある程度は気は使えるよね?」
「「はい」」
「あそこの金貨に、明かり代わりに熱くない炎の権能を付与したから。少し気を込めれば持続して明るくなるよ」
「「ありがとうございます!」」
感激の面持ちで、紬と玄が頭を下げた。
「わーい♪」
「ふかふかー♪」
周囲ではちびっこ達が、飛び跳ねたり寝っ転がったりしている。
「想像してたよりもゲルの中は、ずっと快適だな。これなら布団の類はいらないかな?」
「そうですね!」
「厚みを付けた蜘蛛の糸の布は、かなりの保温力があるみたいだな」
頼華ちゃんと白ちゃんからも同意が得られた。モンゴルのゲルは中でストーブを焚いたりして、外が氷点下でも快適なのだが、蜘蛛の糸の布は高性能なので、これなら日本の真冬程度なら問題は無いかもしれない。
「じゃあ、こっちは一段落したから、俺はおりょうさんを手伝ってこようかな」
下拵えは大丈夫だと思うが、台所どころか竈も無いので、火の面倒を見る必要がある。
「余も行きます!」
「俺も手伝おう」
「二人は遊び相手をしながら、名前を考えてあげてね?」
「「うっ……」」
この話題に触れないように手伝いを申し出ていたのか、頼華ちゃんと白ちゃんは言葉を詰まらせた。
「ただいまー!」
「おかえり黒ちゃん。買い物は出来た?」
買い物を頼んだ黒ちゃんが帰ってきた。少し心配だったが、俺が出入りに特に制限を掛けていなかったので、すんなりと里の中へ戻ってこれたようだ。
「おう! 釜と鍋は大きくて入らなかったから、手で持って帰ってきたよ!」
福袋は便利なのだが、口の広さ以上の大きさの物は入らないという欠点がある。
「あとね、お金が余ったから、米と味噌と醤油も買ってきた!」
「それは気が利いてるね。ありがとう黒ちゃん」
「えへへー♪」
釜と鍋を受け取りながら褒めると、黒ちゃんは嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ黒ちゃんも休みながら、名前を考えてあげてね」
「おう! 一郎じゃダメって言われたから、一太郎にしようかな……」
「まあ、いいんじゃないかな」
頼華ちゃんや白ちゃんのように考えるのを放棄しようという姿勢では無いだけ、黒ちゃんの方が前向きだ。
「おりょうさん、黒ちゃんが大きな釜と鍋を買ってきてくれました」
「ああ。そりゃあ助かるねぇ」
水場の近くに歩くと、おりょうさんは野菜の皮剥きの真っ最中だった。女の子の一人もずっと一緒だったようで、少し危なっかしい感じではあるが調理を手伝っている。
水場は中心部から二十メートルくらい離れた、木々の生い茂る場所の手前の、緩やかな斜面を登った上の岩場にあった。
透き通った湧き水は、縦が約一メートル、横が約二メートル、深さが約一メートルくらいの岩の窪み、というよりは天然のプールに、満々と湛えられている。
(これが温泉だったら、そのまま入浴出来るんだけどなぁ……)
風呂に使うには少し深過ぎるが、そう思うくらい設備としては整っている。
湧水量もかなりあるようで、溢れた水は岩の脇から漏れ出し、斜面に沿って早い流れを作っている。
「米は研いで笊には上げたんだけど、さてどう炊こうかと思ってたとこだよ」
おりょうさんの言葉通り、大きな笊に研いだらしい米が上げられていた。
「竈の類が無いんですよね……鍋の方は七輪でも大丈夫でしょうけど」
野外調理がある事を見越して、道具類の中に七輪は用意してある。
「炊飯は火加減が難しいからねぇ……とりあえずは穴でも掘って、そこで火を焚くかい?」
「そうですね。長い目で見れば竈なんかも必要でしょうけど」
調理のための小屋みたいな物も、ゲルの方式なら設置は簡単なのだが、竈や風呂などの設備を整えようと思ったら、どうしても道具類や資材が足りない。
「あの、ね。実は至急、良太に作って欲しい施設があるんだけど……」
おりょうさんとは今更遠慮するような仲ではないはずなのだが、妙にもじもじしながら遠回しに俺に伝えようとしている。
「至急、ですか?」
「うん。その……」
「あ! わ、わかりました! 三十……いや、十五分下さい!」
おりょうさんの言いたい事を察した俺は、ゲル作りをするのに余った材料を取りに走った。
「あ、うん。でも、そんなに急がなくても……」
「いえ! すぐに作りますから!」
申し訳なさそうなおりょうさんの声を背中に受けながら、俺は走り続けた。
「簡単だけど、これでいいな」
おりょうさんが遠慮がちに要望を出してきた施設。トイレの設置が完了した。
現在調理中の水場から十分に離れた、流れ出している水の下流の平地に、木と糸で簡単な囲いを作って横並びに個室を作り、天井と壁にあたる部分を布で覆った。個室の数は様子を見て、足りなそうなら増やせばいい。
足場は十分に踏み固めて中心部を掘り起こし、外へ向けて傾斜をつけて湧き水からの流れに繋げた。その後で床全体を、密度を高くして作った布で覆う。
試しに水を撒いてみたら、表面で弾かれた水が中心部に落ちて、小さな流れに合流するのを確認出来た。これなら水を汲んで用意しておけば、簡易な水洗トイレとして利用出来る。
入り口は中が見えないように布を垂らしただけだが、後で使用中の札でも用意すれば十分だろう。
「紙とかが無いけど、大丈夫かな?」
そもそも、蜘蛛から人間に変わった後の生理的な物など不明なので、ここまで必要だったのかもわからないのだが、今後は外部から訪れる客もいるかもしれないので、決して無駄にはならないだろう。
「まあ俺と違って、食べれば出るものはあるだろうしな……」
紬や玄はちょっと特別なのだが、ちびっこ達は生理的には人間と変わらないだろう。とりあえず手持ちの桶に水を汲んで、手洗いと排水用に置いておく。
「おりょうさん。ここの下流に……」
「あ、うん。じゃあ、ちょいと休憩しようかね」
やはり俺に遠慮していたのか、俺が告げるとおりょうさんはいそいそと立ち上がった。
「ええ。俺が作業を引き継ぎます」
「お糸ちゃんはどうするね?」
「お糸ちゃん?」
この場に該当する人間は一人しかいないので、手伝いをしていた女の子が、にぱっと笑った。
「ちょいと安直な感じだけど、良くある女の子の名前なんでね。おかしいかい?」
「いえ。いい名前だと思いますよ。ね、お糸ちゃん」
「はい!」
俺が名前を呼んであげると、お糸ちゃんはますます嬉しそうに、にぱーっと笑った。
「姐様。あたしは主人を手伝ってます!」
「おやそうかい? そいじゃ、また後でね」
「はい!」
笑顔だが、やや急ぎ足でおりょうさんは歩み去った。
「お糸ちゃん。一緒に料理をしようか。こっちにおいで」
「はい!」
小さな手を一生懸命に上げて返事をし、俺に向かって駆け寄ってくるお糸ちゃんが、なんとも言えず可愛らしい。
「じゃあ、ここに座って、俺がやるのを見ててね」
「はい!」
(ああ、なんか和むなぁ……)
膝の間に座らせた、興味津々に見ているお糸ちゃんの前で、取り出した肉を一口大に切っていく。
「ちょっと脂が跳ねるから、気をつけてね」
「はい! 凄くいい匂いです!」
いちいち俺の言う事に元気良く返事をしてくれるお糸ちゃんに、俺の目尻は下がりっ放しだ。傍から見たら危ない人に思われるかもしれない。
「肉が炒まったら、野菜を入れて更に炒めて……材料全体が被るくらいに水を入れるんだ」
「はい!」
俺の言う事とやる事を、全て漏らさず吸収しようとしているのか、お糸ちゃんの表情には楽しさの中に真剣さが伺える。
「煮込むとアクっていう、おいしさの邪魔になる成分が泡みたいになって出てくるから取って、味噌で味を付ける。これがアクだよ」
お玉で掬い取ったアクを、お糸ちゃんが真剣な眼差しで見る。
「はい!」
「味噌は一度に沢山入れすに、少しずつ味見しながら入れていく。慣れてきたら、汁の量でどれくらい味噌が必要かわかってくるから、それまでは味見しながらね?」
「はい!」
「よし。じゃあ味見してみようか」
味噌を溶いて軽く混ぜた猪の汁を掬い取り、小皿に垂らしてお糸ちゃんの前に差し出した。
「あ、あたしが先なんてダメです!」
「どうして?」
お糸ちゃんに拒否されるとは思っても見なかった。
「主人より先に手を付ける訳にはいきません!」
「あー……」
元々はお糸ちゃんも紬の分身体みたいな存在だから、無邪気な面があっても、俺への忠誠心みたいな物が根っこにあるのだろう。
(まあ、仕方ないのかな……)
黒ちゃんと白ちゃんも普段はフレンドリーだが、彼女達なりの下僕としての一線を越えようとは決してしないのだから、お糸ちゃんに言う事を聞かせようというのも酷な話か。
「じゃあ俺から……ちょっと薄いかな? さ、お糸ちゃんも」
味見用にまた少し汁を掬い取り、小皿に垂らした。
「あ……は、はい!」
お糸ちゃんは俺と手に持った皿の間で、何度も顔の向きを行ったり来たりさせてから、おずおずと手を出した。
「熱いから気をつけてね」
「はい!」
俺から皿を受け取ったお糸ちゃんは、何度も汁にふーふーと息を吹きかけてから口を付けた。
「わぁ……おいしいです! でも、主人の仰るように、少し薄いかもです」
「そっか。じゃあ少し味噌と、ほんの少し醤油も入れようか」
「……」
俺の味噌と醤油を入れる手元を、お糸ちゃんはじっと見守っている。
「どれどれ……うん。良くなったな。お糸ちゃんもどうぞ」
「はい!」
さっきよりもかなり味が決まった汁の味見用の皿を、再びお糸ちゃんに渡した。
「ええっ!? さ、さっきもおいしかったけど、全然違います!」
「おお。凄いなお糸ちゃんは。ちゃんと違いがわかるんだね」
「そ、そんな……」
褒められて、はにかむお糸ちゃんは、可愛さの中に少しだけ女性らしさを感じた。
「お糸ちゃんは、料理が好き?」
「はい! まだ良くわかりませんけど、面白いと思います!」
「そっか」
好奇心に瞳を輝かせるお糸ちゃんを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
「よーし。じゃあ今度は、御飯を炊くよ」
「はい!」
米の研ぎ方はおりょうさんのを見ていただろうから、炊く時の水や火の加減を、お糸ちゃんにじっくり教えてあげようと思う。
「御飯だよー」
「「「はーい!」」」
ゲルの真ん中で腕輪に収納していた釜と鍋を出しながら言うと、遊び回っていたちびっこ達が、俺を取り囲むようにして座った。
「良太。汁はあたしが」
「助かります」
おりょうさんが近寄って、御飯を盛る俺の横で猪の汁の盛り付けを手伝ってくれる。
「ところで、頼華ちゃんと白ちゃんは、なんで疲れた顔をしてるの?」
行儀良く、御飯と汁の器と箸を受け取っていくちびっこ達の向こう側で、頼華ちゃんと白ちゃんが力無く床に座っている。
「どうやら余には文才が無いようで、良い名が浮かびません……」
「俺もだ……」
「あー……」
どうやらネーミングに悩んでしまったようだ。
「という事は、黒ちゃんは?」
「あたい? 全部考えたよ。な!」
「「「はい!」」」
黒ちゃんが名付けた男の子らしい数人が、元気良く返事した。
「参考までに、なんて名付けたのか聞かせてくれる?」
「おう! 樹! 焔! 大地! 鉄! 潮だよ!」
(ん? これは何か法則が……)
「黒ちゃん。もしかして五行?」
「おう! さすがは御主人! あたいが黒で白もいて、御主人が持ってる刀が巴だからね!」
太極(無極)から陰陽、五行に至るという古い中国の思想があるのだが、その中の五行とは、木、火、土、金、水で、万物を構成する元素と言われてる。
「成る程なぁ。いいじゃないか」
中々に中二心の溢れるネーミングだ。黒ちゃんやるな。
「おりょうさんは、お糸ちゃん以外には名付けたんですか?」
「あたしかい? えっと、お糸ちゃんに、結ぶと書いてお結ちゃん、朝と夕の蜘蛛は縁起がいいって言うんで、お朝ちゃんとお夕ちゃんだよ」
おりょうさんは糸と蜘蛛に関連させてまとめたみたいだ。これはこれでいいセンスだと思う。
「じゃあ、残りは頼華ちゃんと白ちゃん、頼んだよ」
黒ちゃんが男の子五人で、おりょうさんが女の子四人なので、残りが男の子五人と女の子六人だ。二人に考えて貰うのには丁度いい。
「「ええー……」」
俺に念を押された頼華ちゃんと白ちゃんは、心底うんざりといった顔をしているが、まだ名前を付けてもらっていない子供達は、食事を受け取りながらも、わくわくを隠しきれないといった感じだ。
「じゃあ、頂きます」
「「「頂きます」」」
特に教えた訳では無いが、紬や玄を始め、ちびっ子達は俺に習って頂きますと言ってから箸を取った。
「おいしー♪」
「あっつ!」
人数が多いだけあって、凄く賑やかな食事風景だ。献立に関しては概ね好評のようだが、まだ人間の身体の扱いに慣れていないのだろう、箸の扱いに手こずっている子が多く見受けられる。
「主人! おいしいです!」
不器用に箸を使いながら、お糸ちゃんが笑った。いつの間にかおりょうさんの隣に陣取っているところを見ると、やはり名付けてくれた相手なので親しみを感じているのだろう。
「お糸ちゃんが手伝ってくれたおかげだよ」
「おや。そうなのかい?」
「あ、あたしは何も!」
お糸ちゃんは顔を真赤にして否定する。
「ええ。味見をして貰いました」
「そうかい。良くお手伝いしたねぇ」
「……」
おりょうさんが頭を撫でながら褒めるが、真っ赤になったお糸ちゃんにはリアクション不能のようだ。
「お前らー! いっぱい食べて、いっぱい鍛えて、御主人のお役に立つんだぞ!」
「「「はいっ!」」」
俺の名付けによる変質とは違うのだろうけど、おりょうさんとお糸ちゃんのように、黒ちゃんが名付けた五人も、性格や性質みたいな部分が少し引っ張られているように感じる。
(この分だと、おりょうさんの名付けた子達は料理や裁縫なんかのコンストラクト系で、黒ちゃんの名付けた子達は戦闘や肉体労働担当って感じになるのかな?)
まだ想像の域だが、おそらくそれ程外れてはいないだろう。
「さて、明日からなんだけど」
夕食を終えて、俺達一行と紬、玄とでこれからの里に関しての話し合いを始めた。
ちびっ子達には話の邪魔をしないならという条件で、膝に座ったり身体によじ登ったりというのは許可してある。なので話し合いに参加しているメンバーには、数人のちびっ子達が群がっている。
「作り方はある程度わかっただろうから、大きさの違うゲルを、あと数棟建てよう」
約束したので、両肩に一人ずつちびっ子を載せて、時折手で持ち上げてやったりしながら話を続ける。
「わかりました。用途としましては?」
紬が返答をするが、俺に相手をして貰っている子達を、少し羨ましそうに見ている。
「今のところはみんな身体が小さいけど、成長したらあっと言う間に手狭になるから、住居だけでも今のうちに増やした方がいいと思う」
紬にはこう言ったが、それ程急ぐ必要も無いとは思っている。
「あとは、自給体制を整えないとね……食料確保のために、山に棲む獲物を狩ろう」
元蜘蛛である紬達は天性のハンターなので、教えれば獣道に糸で罠を張ったりして、すぐにでも成果を上げるだろう。
「出来れば、猪なんかを生かしたまま連れ帰って、飼育も考えたいね」
「あの、獲物はいくらでもいるので、その都度調達すればいいのでは?」
「うん。そうなんだけど、季節によって獲物の数も肉の状態も変わるからね」
各自の身体が小さいとは言っても、里は二十人以上の大所帯なので、ここは安定を目指した方がいいだろう。
「何人かは知り合いの所で、勉強して貰う事も考えてるんだ」
「勉強、ですか?」
紬は不思議そうな表情をしている。俺の言っている意味がわからないようだ。
「うん。例えばだけど、お糸ちゃんは料理に興味を持ったみたいだし。玄は、何かやってみたい事はあるかい?」
おりょうさんの膝に座っているお糸ちゃんを見てから、玄に視線を移す。
「お、俺はここを護ります!」
「うん。それも大事な役目だけど、外に出て色々と識る事も大切なんだ」
玄の懸念もわからなくは無いのだが、現状では俺や紬の許可無く、外部から里へ無断で侵入するのは不可能だ。
「まあでも、玄には少し戦い方なんかを教えて、暫くはここに逗まるのがいいか」
「はい。私一人では不安ですので」
俺の言葉に、心配そうな顔の紬が頷いた。




