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ゲル

「ま、いいか……」


 なんにせよ、やる気が出たのは良い事なので、紬達は黒ちゃんに任せようと思う。


「おりょうさん、京に入って宿を取る予定でしたが、とりあえず今夜はここに泊まろうかと思いますけど」

「ああ、いいんじゃないのかい? 生き死にって話にはもうならないだろうけど、このまま放り出すのはねぇ」

「余も、それでいいと思います!」


 おりょうさんに確認をとったら、頼華ちゃんも賛意を示してくれた。


「しかし、泊まるのは構わないと思うんだが、ここには小屋の一つも無さそうだぞ」

「そうなんだよね……」


 蜘蛛達が暮らすのには不便は無かったのだろうけど、視界に入るのは所々草の生えた平地と、周囲を囲むように木々が見えるだけで、その先は霧に閉ざされて見通せない。


「糸で色々と作れるから、不自由は無いようにするよ」


 天幕や地面に敷く物、掛布くらいは、色柄なんかを気にしなければすぐにでも作れる。


「それもそうか……だが、俺達が出ていった後の生活も、少し考えてやった方が良いのではないか?」

「それは俺も考えてるんだけど……」


 この里にこのまま蜘蛛達が棲むのは問題無いと思うが、人の姿になったのだから、例えば畑を耕して野菜を栽培したり、時折人里に降りて、必要な物を買ったりしてもいいのではないかと考えている。


 急に風習を変えるのは難しいかもしれないが、徐々に食生活なんかも、人間に近づけていって欲しいと考える。そうすれば人の世の中溶け込んで、行きて行く事も出来るだろうから。


「まあ、いきなり街中に行っても戸惑っちゃうだろうから、少し勉強が必要だろうなぁ……」

「俺達の場合は、主殿との江戸での生活で、色々と識る事が出来たからな」


 多少、常識外れの行動を取る事もあった白ちゃんと黒ちゃんだったが、江戸の鰻屋の大前で働きながらの生活の中で、色々と学習してくれたのだった。


「おりょう姐さんと頼華にも、何かと助けられたしな」

「おや、えらく殊勝じゃないかい?」

「白! もっと褒めてもいいぞ!」


 白ちゃんの感謝の言葉に対してのおりょうさんと頼華ちゃんの反応が、それぞれらしい感じで面白い。


「そ、それでしたら我が主人よ、私に一つ案がございます!」

「こらーっ! 紬、もっと背中を真っ直ぐにしろ!」

「はっ、はいぃっ!」


 基本という事で、子蜘蛛達と一緒に馬歩をやらされている紬が、黒ちゃんに姿勢を注意されて背中を伸ばした。


「鍛錬中悪いけど、紬の言う案というのは?」

「は、はい! この子達は独立した存在になってしまいましたが、先程試したら、蜘蛛を生み出して使役し、感覚を共有出来る事を確認しました!」

「いつの間に……」


 簡単な食事の後は布を織ってたのに、その間に紬は、能力の検証を自分なりに行っていたのだ。


「蜘蛛を生み出すね……わっ!? で、出来た!?」


 右手を開いて上に向け、載っているイメージをしてみると、本当に蜘蛛が出現した。


「えっと、こんな感じで……くっ!?」


 蜘蛛と糸で繋がり、紬の言う感覚の共有を行った瞬間、凄まじい違和感が俺を襲った。


「りょ、良太っ!?」

「兄上っ!?」

「主殿っ! おい、紬。その感覚共有とかいうのは、危ないのでは無いか!?」

「ひぃっ!? そ、そんなはずは無いのですが……」


 俺が頭を押さえて呻いたので、みんなが心配してくれた。特に白ちゃんは紬に食って掛かっている。


「い、いや。紬が悪いんじゃなくて……く、蜘蛛って、目が八個もあるもんだから、驚いちゃって……」

「「「ええっ!?」」」


 目が八個という言葉に、驚きの声が重なった。


「そ、そりゃあ、二つの目ん玉の人間が、いきなり八個とかになったら……ねぇ?」

「ええ……しかも、かなり後方とかも見えるから、なんか凄く気持ち悪くって。それに加えて、自分自身の目から見える光景も……」


 八個の目はそれなりの動かせるので、恐ろしく広がった視界から個々の情報が入ってくる。それに加え、自分の目でも物を見る事が出来るので、3D酔の酷くなったような感覚に襲われたのだ。


(蜘蛛の目から見た自分と、自分の目で見た蜘蛛なんて、世にも珍しい状況が発生したな……)


 普通なら、ビデオカメラでも用いなければ有り得ないケースなのだが、自分同士でお見合いである。しかも八個の眼球で、少しずつ違う角度から見たり出来るのだ。


「そ、想像出来ませんが、確かに気持ち悪そうです……」


 俺の説明を頭の中で想像しているのだろう、おりょうさんと頼華ちゃんが同意を示してくれる。


「成る程。人間の視界との差異で、脳が驚いたのだな。でもまあ俺も黒も、視界の変化に関しては苦労したがな」

「そ、そうなんだ?」


 手先の使い方などに多少戸惑っていた印象はあったが、白ちゃんと黒ちゃんも視界の変化に戸惑っていたらしい。


「俺は猫の目だったし、黒は猿だが人間とは違って四つ足だったから、普段の目の位置からして違ったからな」

「そっかー……」


 数センチのヒールのある靴を履いただけでも、目の位置に慣れるまでは違和感があるのだから、白ちゃんと黒ちゃんの感じていたギャップは相当だったろう。


「便利だけど、俺にはうまく使えそうに無いな……」

「そ、そうですか?」


 紬には、俺の言っている事が理解出来ないみたいだ。


「逆に紬は、蜘蛛の視界から今の見え方になって、なんとも無いの?」

「え? そ、そういえば、特に意識もしていませんでしたね……」


 目玉の数が増えたり視界が広い状態から減る分には、狭まって不便はあるだろうけど脳の負担は軽くなるので、それ程は違和感を感じないのだろう。


「ん? そういえば、糸をあれだけ精密に動かせるという事は、もしや糸にも自分の身体のような感覚があるのか?」

「そうだね。手や指くらいには動かせるかな?」


 糸を使ってどの程度の事が出来るのかは今後、要検証である。


「ただ、自分と繋がって操っている時には、白ちゃんの言う通りに感覚があるんだけど、織り上げて糸を切り離すと、もう別の存在になっちゃうんだよね」

「髪の毛や爪のような物か?」

「そう、かな?」


 髪の毛や爪を自由に切り離せたりはしないが、概ね白ちゃんの考えている通りだろう。


「はい、やめ!」

「「「はぁー……」」」


 俺達の会話中も続けていた紬達の馬歩の姿勢が、黒ちゃんの号令で一斉に解かれた。


「少し休憩したら、次行くからねー!」

「「「はいっ!」」」


 かなり長い時間馬歩を続けていたので、普通なら相当にきついはずなのだが、子蜘蛛達は元気いっぱいだ。


「なあ、主殿」

「ん? どうしたの白ちゃん?」


 紬や子蜘蛛達の方を見がなら、白ちゃんが話し掛けてきた。


「紬だけでは無く、他の奴らにも名前を与えてやってはどうだ?」

「うん。けど、俺が与えるのはなぁ……」


 面倒を放棄するつもりは無いのだが、既に黒ちゃんと白ちゃん、そして紬が加わったので、正直なところ、これ以上は俺の直属のような存在を作りたくないのだ。


「どうせなら一軍の将にでもなればいいのに」

「何を相手に戦うんだよ……」


 夢はでっかく、みたいな事を白ちゃんは言うが、五人で旅をしているだけでもいっぱいいっぱいな人間には無理な相談だ。


「とにかく、俺が名付けると変質しちゃうだろうから、言い出しっぺの白ちゃんが名付けしてあげなよ」

「お、俺が!?」


 俺の言う事が凄く意外だったようで、珍しく白ちゃんが動揺をはっきりと顔に現している。


「でも、白ちゃんだけじゃ大変だよね。おりょうさん、頼華ちゃん、黒ちゃんも、子供達の名前、考えてあげて」

「「「ええっ!?」」」


 子供達の様子を見守っていておりょうさんと頼華ちゃん、そして黒ちゃんが、揃って驚きの声を上げた。


「あ、あたしが名前を?」

「あ、兄上、無理です!」

「名前かー。一郎、次郎、三郎……」

「おりょうさんも頼華ちゃんも、そんなに深刻に考えないでも……黒ちゃんは、もう少し真剣に考えようね?」


 おりょうさんや頼華ちゃんみたいに一大事として捉えるのも困ったものだけど、黒ちゃんのはちょっと安直過ぎだ。決して、一郎さんと次郎さんと三郎さんという名前が悪い訳では無いが……。


「し、しかしっ! 俺が考えるよりは、やはり主殿が……」

「仮に俺が考えるにしても、全員分は無理だよ。でもまあ、黒蜘蛛だった子は俺が名付けるかなぁ……」


 戦いに発展した訳では無いが、黒蜘蛛とは縁が出来た気がするし、人型になった際に、真っ先に俺に抱きついてきたのがあの子だった。


「という訳で、一人頭五人分の名前、考えて下さいね」


 俺が一人分引き受けるので、誰か一人は四人分で良い。


「「「ええー……」」」


 おりょうさんと頼華ちゃんと白ちゃんの口から、一斉に溜め息混じりの声が漏れた。


「そうだな……ちょっとおいで」

「?」


 元黒蜘蛛の少年に呼び掛けると、俺の方を見ながら自分を指さしている。


「そうだよ。おいで」


 笑顔になった少年は、てててっと俺のもとに走り寄ってきた。


「いいかい。君に名前をあげる。今日から君は(げん)だ。そして、俺と君だけが知る名前は……」


 少年の耳元で、真の名が「無玄(むげん)」であると囁いた。


 紬が、糸を織り成すイメージだったので、この子にはエントロピーの無と色の黒と(くろ)を掛け、真の名を無玄とした。玄は弓などの弦にも掛けてある。


 無玄は無限にも掛けてあるのだが、無と玄という、共にエントロピーや陰を意味する文字と併せ、陰陽の太極も意味する。


(相反する物を内包して、玄がどうなるのかはわからないけど、より人間らしくなって欲しいなぁ……)


「玄……」

「わっ!?」


 そんな事を考えていると、眼の前の玄が自分の名を呟き、動きが止まったと思ったら蜘蛛の姿から人型になった時のように、全身がドロっと溶けたようになった。


「……」


 暫く成り行きを見守ると溶けた物が凝縮し、玄の面影のある、少しだけ成長した姿の少年がそこに立っていた。


「えっと……玄、だよね?」


 さっきまででも元気のいい少年だったが、はきはきとした受け答えをする上に、瞳には知性の輝きがあるように見える。


「うん! 兄ちゃん、いい名を与えてくれてありがとう!」

「に、兄ちゃん?」

「あ、あなた! 我が主人に対して不敬ですよ!」


 玄の態度を馴れ馴れしいと思ったのか、紬から注意の声が飛んだ。


「はっ! も、申し訳ありません!」


 体育会系というか軍隊調というか、身体が少し大きくなってもそういう教育が生きていたようで、玄が俺に向かって深く頭を下げた。


「紬、そんなに厳しくしなくても……」

「いいえ! 我らの救い主と言える主人に対し、不敬な振る舞いは許されません!」


 当初の自分の振る舞いの事は棚に上げて、紬が玄に厳しく当たる。


(俺としては、フレンドリーな方がいいんだけどな……)


 兄弟がいない俺は、頼華ちゃんや玄のような子に兄と慕われるのは嬉しいのだ。


「まあまあ。失礼な事をされたら気分は良くないけど、親しく接してくれるのは構わないよ。勿論、紬もね」

「わ、私もでございますか!?


 紬が。ぱあっと表情を明るくする。


「……わきまえろよ?」

「ひいっ!? も、勿論でございます!」

 

 傍にいた黒ちゃんが、ジト目でポンっと肩に手を置くと、紬が飛び上がらんばかりに驚いている。


「いや、本当に気楽に……」

「主殿、何事にも順序という物があるのだ」

「白の言う通りです! 紬の奴は早速兄上の腕に抱かれるという栄誉に預かったのですから、当分は放置で良いのです!」

「あー……」


 紬が糸を出し過ぎて、倒れそうになったのを俺が受け止めたのが、どうやらみんなには面白く無かったみたいだ。


「そうだぞー! 紬は良くて六番目なんだからな!」

「ろ、六番目でございますか?」

「その話、まだ生きてたの!?」


 正室がおりょうさんで、頼華ちゃんが側室筆頭。次いで黒ちゃんと白ちゃんが同列で次席と三席、その次に、どうやら伊勢の朔夜様が入っているようだ。


(なんだかんだで朔夜様にも、そこそこ好意的なのかなぁ)


 風呂場で俺に迫るという暴挙に出た朔夜様に対し、黒ちゃんと白ちゃんは明確な殺意を抱いていたのだが、俺が言い聞かせた効果もあったのか、伊勢を出るまでに心境の変化があったみたいだ。


「ふふふ。紬も精進すれば、いずれは兄上と入浴くらいはしてもらえるようになるであろう!」

「あの、なんか入浴を報奨みたいに言わないで欲しいんだけど……」


 胸を張った頼華ちゃんが、紬に対して誇らしげに言い放った。


「ほ、本当でございますか!? よーし……」

「だから、なんで紬はやる気になってるのかな……」


 湯屋やプライベートで利用出来る風呂ならば、別に紬と一緒の入浴を拒否する気は無い。


「入浴しようにも、ここには風呂は無いしなぁ」

「無ければ作れば良いのではないのか?」

「作る……うーん」


 こっちの世界でも主流っぽい木造建築は、継ぎなどの高度な技術が盛り込まれている上に、気象状況で変化する木材を用いるので、建てるにはかなりの職人芸を要求されるのだ。


(正恒さんのところみたいに、温泉でも湧いてればなぁ)


 温泉が湧いているなら、湯船を整備して露天風呂とかでもいいのだが、この場所で風呂に入ろうと思ったら、浴場の建物と湯を沸かす為の施設が必要だ。


(でもまあ今日のところは、たらいにお湯で済ます感じかな)


 行水の出来る大きなたらいがあるので、権能で湯を沸かして風呂代わりにし、順番で入浴すればいいだろう。ちびっ子達ならば数人まとめて澄ませばいい。


「風呂も含めて、ここで建物を作るとすると、現実的なのは日干し煉瓦かなぁ」

「なんだそれは?」


 日本ではあまり一般的では無いので、白ちゃんは日干し煉瓦がどういう物かわからないようだ。


「外国なんかでは結構使われてるんだけど、砂や土に、藁を混ぜ込んで乾燥させた塊だよ」


 かなりざっくりとした説明だが、間違ってはいない。


「それを積み上げるのか? なんか脆そうな気がするのだが」

「んー、高い建物にする時には、俺も使わない方がいいと思うけど、二階建てくらいには普通に使われてるよ」

「簡単な割には、凄くいいではないか」


 白ちゃんの言う通りなのだが、材料的には日本でも揃えられるのに普及しなかったのは、地震が多いから倒壊の危険性を考えてではないかと思う。


「あ、でも布が織れるんだから、ゲルって手もあるのか」

「ゲルって、それも外国の物かい?」


 聞き慣れない単語なので、おりょうさんが気になったみたいだ。


「ゲルというのは草原の国の遊牧民が家にしている、移動先で分解組み立てが出来る家です」


 モンゴル語ではゲルだが、中国語では同じものが(パオ)と呼ばれている。


「家を分解するのかい!?」


 キャンピングカーなんか知らないだろうから、おりょうさんが驚くのも無理はない。


「草の生えている場所へ移動しながらの生活ですからね。数人の家族が暮らすゲルを、二時間程度で分解組み立てが可能だという事です」

「うーん……話を聞いてるだけだと、いまいちピンとこないねぇ」


 ゲルどころかテントの類も見た事は無いだろうから、おりょうさんの想像が及ばなくても仕方が無いだろう。


「えーっと……こんな感じです」


 石盤を取り出して、簡単にゲルの外観を描いて、横に比較用のサイズの人を描き足した。


「こんなに大きいのかい!?」

「俺も、これ程とは想像していなかった……これを二時間でというのは、かなり早い気がするな」

「まあ、慣れもあると思うけどね」


 五分で展開出来るという少人数用のドーム型テントでも、慣れていなければそれなりにセッティングには時間が必要になる。


「とりあえずはこのゲルを模した物を、数棟作ればいいんじゃないかと思うんだけど」


 贅沢言わずに雑魚寝で、子供達だけなら一棟でも足りそうな気がする。


「そうだな。これならここで調達出来る材料で作れるだろう」


 日干し煉瓦に使う藁などの建材も無いし、手持ちの道具類では左官作業も出来ないので、消去法でゲルもどきの設置に決定となった。


「えーっと、寸法はこんな感じで、これに被せる布と敷布の寸法……」


 決して得意ではない、なけなしの数学知識を導入して、ゲルに必要な数値を割り出す。


「紬。念の為だけど、周囲に生えてる木は切り倒しても大丈夫?」

「はい。たまにぶら下がったりするのに使っておりましたが、特に差し支えはございません」

「ぶら下がってたんだ……」


 蜘蛛の習性みたいな物なのか、人間の俺には紬の言葉を理解するのは難しい。


「それはいいとして、紬以外の子達には、糸で布を織る事は出来るかな?」


 ゲルには服とは比較にならない程の面積の布が必要になるので、俺と紬だけで無理とは思わないが、出来れば協力が欲しい。


「主人! 俺は作れるよ!」

「お。玄は出来るか。結構量が必要だよ?」

「任せて下さい!」


 小さい身体の玄は、精一杯に胸を張った。


「じゃあ玄には、一番大きな敷布をお願いしようかな」

「はい!」


 張り切る玄だが、もし完成させられなくても、途中から俺が引き継げばいいので、出来るところまでやらせてみよう。


「我が主人よ。色柄の無い単純な形の物ならば、この子達にも作れます」

「そうか。ならば鍛錬は一度中断して貰って、俺の指定する寸法の布を作ってくれるかな」

「「「はい!」」」


 ちびっ子達も玄に劣らず、元気いっぱいだ。


「じゃあ……この糸を張った範囲の布を作ってくれるかな。玄はこっちね」


 地面に屋根になる部分、壁になる部分のパーツの形に糸を張り、紬と子供達に指定する。円形は難しいと思ったので、ゲルは六角形にした。


 玄には地面に糸で描いた六角形を示し、クッション性を考えて少し厚めにと指定した。


「じゃあ俺は木を切り出しに行くから、頼華ちゃんと黒ちゃんと白ちゃんに手伝って貰おうかな」

「はい!」

「おう」

「承知した」

「あたしは、どうしてればいいんだい?」


 刃物の扱いと力仕事なので、必然的におりょうさんはメンバーから除外された。


「おりょうさんには、夕食の支度をお願いしたいんです。人数が多いので大変ですけど」


 メニューに贅沢を言うつもりは無いのだが、純粋に量が多いので下拵えだけでも一苦労だろう。


「献立はどうするんだい? 御飯は炊くとして……」

「あとは猪の汁でいいんじゃないかと。漬物もありますし……あ、忘れてた。黒ちゃん、俺の手伝いはいいから、買い物をお願い」


 昼食の時に不足していた物があったのを思い出した。


「おう! で、何を?」

「御飯用の茶碗と汁椀、それと箸を人数分より多めにお願い。それと売ってたら、大きな釜と鍋も買ってきて貰おうかな」


 とりあえず銀貨を十枚取り出し、黒ちゃんに預けた。足りないという事は無いだろう。


「買うのはどこでも、黒ちゃんの行き易い場所でいいからね。買った物は、入るものは福袋に」


 徒歩なら琵琶湖畔の大津辺りが適当だと思うが、黒ちゃんなら京都も知っているだろうし、もしかしたら界渡りで伊勢へ行く方が早いかもしれないので、その辺は任せた。


「おう!」


 返事をした黒ちゃんは、一目散に駆け出す。 


「おりょうさん、下拵えしながら時々、福袋の中を確認して下さい」

「わかったよ」


 食事に必要そうな材料を腕輪から移し、おりょうさんに大袋を預けた。


「誰か、おりょうさんを水のある場所へ案内してあげてくれるかな?」

「はーい!」


 女の子の一人が元気良く手を挙げた。正直なところ、紬と玄以外は、男女以外の区別がつかない。


「おや、元気でいい子だね。じゃあ案内をお願いしようかねぇ」

「はーい♪」


 おりょうさんが大袋を持った方と逆の手を差し出すと、嬉しそうににっこり笑った女の子も小さな手を伸ばし、お互いに握りあった。


(おりょうさんの、ああいう姿もいいなぁ……)


 小さな子の手を引くおりょうさんは母性を感じさせ、完璧に若奥様という風情だ。


「主殿。姐さんに見惚れるのは構わんが、作業を始めないとな」

「あ、そ、そういう訳じゃ……」

「む! 兄上、早く行きますよ!」

「えっ!? ら、頼華ちゃん、そんなに引っ張らなくても行くってば!」


 白ちゃんに指摘された俺の手を、仏頂面になった頼華ちゃんが引っ張って歩き始めた。



「この木がいいかな。比較的真っ直ぐだし」


 曲がりくねった木では支柱にするのには向かないので、見た感じが真っ直ぐな木に目をつけた。幹の太さが五十センチくらいの樫の木だ。


「あ、兄上!? 樫の木は文字の元になっている通り、凄く堅いのですよ?」


 他の種類の木にした方がいいと、頼華ちゃんは言いたいようだ。


「まあ、なんとかなると思うよ」

「お、斧では無くて巴ですか!?」


 木を切るのだから当然斧だと頼華ちゃんは思っていたようだが、巴を鞘から引き抜いた俺を見て目を見開いた。


「まあ、刃毀(はこぼ)れしたり折れたりはしないと思うから、試しにやってみるよ」


 多分だが、巴の破壊は俺もに出来ないと思うので、叩きつけるような使い方になってしまうが大丈夫だろう。


「ここから、こんな感じで……」


 巴の刃渡りよりは幹は太くないが、出来るだけ切っ先に近い部分で切りつけたいので、何度か刃を当てる寸前で止めながら、斬撃の軌道を頭の中でシミュレートした。


(多く材料に取りたいから、出来るだけ水平に……)


 斧で木を伐採する時には、倒す方向に大きき切込みを入れ、反対方向からも入れて折るように倒すのだが、そうすると斜めになっている部分が出来て無駄になるので、切り口を水平になるように切るつもりだ。


 吸って、吐いて、吸って、吐き切る寸前で息を止める。


「……ふん!」


 一気に巴を横薙ぎにした。斬撃の途中で刃が止まってしまうような事は無く、振り抜く事が出来た。


「え……切れてな……わああっ!?」


 切れてない、と言おうとした頼華ちゃんが樫の木に触れると、手を付いた箇所と反対方向にぐらりと傾き始めた。


「これは……木の奴め、頼華が触れるまでは、自分が切られた事に気が付いていなかったようだな」

「そ、そうなのかな?」


 おそらくは白ちゃんの指摘通りなんだろうけど、俺自身にも、振り抜いた巴にほんの僅かにしか抵抗が感じなかったので、切れているのかは自身が無かったのだ。


「ふわぁー……断面が真っ平らではないですか!」

「むぅ……このまま座卓の天板にでも使えそうだな」


 頼華ちゃんと白ちゃんが言うように、樫の木の根側の断面は、毛羽立ちも無く(かんな)で仕上げでもしたかのようになっている。


「ま、まあ、使うにしても、ちゃんと乾燥させないとね! 柱用の木にしても、本当はそうしたいんだけど」


 半ば呆れている二人を誤魔化すように、俺は早口でまくしたてた。しかし、木材を乾燥させてから使いたいというのは本音でもある。


 伐採したばかりの木は水分や油分を多く含んでいるし、種類によっては香りが強過ぎる物もあるので、出来れば数ヶ月は乾燥させるのが、本来は望ましい。


「今日作る物がダメになるまでに、次を作ればいいんだけどね」


 あくまでも急場凌ぎの家を作るだけなので、余った建材などをちゃんと乾燥させておいて、次はもっと良い状態で作ればいいだけだ。そして次に作る時には、布を使うのに拘る必要も無い。


「じゃあ、先ずは枝を払っちゃおうか。頼華ちゃん、白ちゃん、お願い」

「わかりました!」

「承知した」


 頼華ちゃんは薄緑を抜いた。白ちゃんには俺の戦斧(バトルアックス)を使ってもらう。


「むん!」

「っ!」


 頼華ちゃんは細い枝であれば、薄緑の一振りで切り払っていく。一方白ちゃんも、巧みに戦斧(バトルアックス)を振るって確実に枝を払っていく。


「こんなもんかな……」


 さすがに三人がかりなので、枝払いはすぐに終わった。


「ちょっとここだと作業し難いから、もう少し平らな場所へ動かそうか。白ちゃん、上から押してくれるかな」

「それはいいが、動かすと言っても……」


 幹の太さが約五十センチ、切断面から幹の先までは約二十メートルくらいあるので、重量もそれなりにある。白ちゃんは二人ではどうにもならないだろうと言いたいようだ。


「多分大丈夫だよ」

「そ、そうか?」


 珍しく、少し不安そうな顔をしながらも、白ちゃんは木の先端の方へ向かった。


「兄上、何をされる気なのですか?」

「何をって、動かさなきゃならないよね?」

「そうですが……」


 頼華ちゃんも、不安そうな顔で俺を見ている。


「まあ、なんとかなるでしょ……よっと」

「「!?」」


 幹周りが太くて持ち難いが、なんとか手を差し込んだ俺は、浮かせた木を右肩に担いだ。


「な……な……」


 頼華ちゃんが俺を指さして口をパクパクさせている。


「あ、主殿……」

「ん? 白ちゃん、押してくれないと」


 白ちゃんも呆然としたまま動かないので、押すように催促した。


「あ、ああ……くっ!」

「おおっと。さすがに思い通りには動かせないな」


 白ちゃんが押し出してくれたので、傾斜のある位置から木を動かし始めたのだが、長さと重さに斜面を進む勢いが加わるので、方向などを調整するのが中々大変だ。


「この辺でいいかな。白ちゃん、ありがとう」

「むう……主殿の出鱈目さには慣れたつもりだったが、どうやらまだまだ過小評価だったらしい」

「ええ……片浮かしだし、白ちゃんが押してくれたからだよ?」


 白ちゃんが大袈裟な事を言い出した。元の世界では力持ち大会で、六百キロを超える丸太を持ち上げた人なんかもいるのだから、それ程大した事では無いだろう。


「兄上! 余には浮かすのも無理ですよ!」

「ははは。頼華ちゃんなら軽いってば」


 武人である頼華ちゃんならば、それ程苦も無く行えるだろうと、俺は見当をつけている。


「後先考えずに(エーテル)を目一杯使えば話は別ですが、そんな事をしたら寝込んでしまいます!」

「そ、そう?」


 必死の形相で頼華ちゃん自身がそう言うのだから、本当なのだろう。


「頼華ちゃんも、出会った頃と比べたら、相当に強くなってると思うんだけどなぁ……」

「その点は否定しませんが、兄上を尺度にして考えるのはやめて下さい!」

「うむ。そこは頼華の言う通りだな」

「ええっ!?」


 頼華ちゃんに言われるのはまだしも、自分と同類だと思っていた白ちゃんに言われるのは、相当にショックな出来事だった。


「俺や黒も確かに強くなってはいるが、主殿の成長速度には遠く及ばんよ」

「むぅ……」


 白ちゃんも、あまりお世辞などをいうタイプでは無いので、本当の事なのだろうと納得するしか無かった。

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