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織物

「りょ、良太……」

「どうかしましたか?」


 開放された手を、虎の前脚から元に戻した俺に、おりょうさんがもじもじしながら話し掛けてきた。


「と、時々でいいから、その……虎の脚、触らしてくれる?」

「えっ!?」

「だ、ダメかい?」


 上目使いになったおりょうさんは、期待の籠もった表情で俺を見てくる。


「た、たまになら……」

「ほ、本当かいっ!? うふふふ♪」


(そこまで好きだったとは……)


 凄くいい笑顔をするおりょうさんの猫好きは、俺の想像を遥かに超えているようだ。猫じゃなくて虎なんだけど、そこは然程問題にはならないんだろう。


「話を戻すが、紬は蜘蛛だから、蜘蛛と言えば糸か?」

「そう、なのかな。でも蜘蛛の糸って、そんなに使い途あったっけ?」


 大量に集めて束ねれば、人間を吊り下げられるくらいの強度があるというのは、研究者が実証しているというのを聞いた事がある。


「糸の使い方としましては、先ずは獲物を捕る為に張り巡らせたりするのですが、これには粘着力のある横糸と、粘着力の無い縦糸を用います」

「ああ!脚がくっつかない構造とかになっているとかじゃ無かったんだ!?」


 てっきり、蜘蛛自身は構造的な物か、肢から何かを分泌とかさせて、くっつかないようにしているのだと思っていた。


「ええ。巣の上を歩く時には、縦糸の上だけを歩くようにしているのです」

「成る程なぁ……あれ、という事は、糸の種類を選んで出せるって事?」


 縦糸の後で横糸を張り巡らせるから、 その時点で切り替えるという事なのだろうか? 俺は紬の言葉を待った。


「あの、もしかしてですが、粘着力のある糸を出すのを止めて、その後で粘着力の無い糸を出していると、我が主人は考えられておりますか?」

「あれ、違うの?」

「蜘蛛の糸を出す突起の先端近くには、更に複数の糸を出す小さな突起がありまして、用途に応じて違う種類の糸を出しているのです」

「縦糸と横糸は、用途も出している場所も違ったんだ!?」


 蜘蛛の生態について、知っているようで知らなかった。


「じゃあ、くっつく糸とくっつかない糸が、先ずは使えるって事だね!」

「そうなるのかな?」

「あとはそうですね……張った巣に獲物が掛かったかどうかは、自分から伸ばした糸に伝わる振動で知るのですが、その応用で、我が主人と間接的に話していました」


(要するに、糸電話だな……)


 弦を弾くような声で話をしていたのには、そういうカラクリがあったという事だ。


「他には、常にしおり糸という糸を伸ばしていて、落下しそうになった場合などには、命綱として作用します」

「常に!?」

「ええ。今は木の上ではありませんので、邪魔にならにように身に纏う布に引っ掛けておりますが」

「そ、そうか……」


 邪魔なら出さなければいいんじゃないかと思うが、この辺は種族的な特性みたいな物なのかもしれない。


「あと、これは全ての蜘蛛が行う訳では無いのですが、出した糸で風を利用して、空を飛んで移動する事があります」

「軽くて丈夫な糸だから、そんな事まで出来るのか……」


 聞けば聞く程、蜘蛛の糸は細くて軽くて丈夫だ。元の世界でも利用する為の研究が進められるのも頷ける。


「糸以外ですと、食事の話の時に出ました消化液と、獲物を捕らえる時に使う毒ですね」

「毒は、どれくらいの効果なのかな?」


 日本の蜘蛛には、人を殺す程の毒を持つ種類はいなかったはずだ。時折、外国の蜘蛛で強力な毒を持った種類が船荷とかから入り込んで、テレビで取り上がられる事があったのを思い出す。


「この身体になって、まだ使っていないので強さはわからないのですが……元々、獲物を仕留めるくらいの効果はありましたよ」

「そ、そうか……」


(やっぱり、普通の蜘蛛と妖怪を、同じ尺度で考えちゃいけないよな……そもそも、大きさからして違うんだし)


 霧を利用して誘い込む獲物というのは、おそらくは猪と鹿なんかじゃないかと思うので、それくらいの動物を殺傷するくらいの毒を、分泌出来るという事なのだろう。


「えっと、糸は、ある程度は操作出来るのかな?」

「我が主人よ、操作と言われますと?」

「巣と以外に、複雑な形に編み込んだり出来るか、って事なんだけど」


 今、紬達が服代わりに身に纏っている布は、見た目通りの布なのか、それとも単なる糸の集合体なのかが、俺には気になっていた。


「そこまでは、出来……そう、ですね」


 出来ないという否定の言葉が喉元まで出かかっていたみたいだが、紬の口からは肯定の言葉が呟かれた。


「あれ? でも、本来の私には、こんな事出来なかったはずなのですが……」


 首を捻った紬は、自分が発した糸を使って、瞬く間に三十センチ四方くらいの薄い布を織り上げた。


「我が主人よ、これで宜しいですか?」

「これは、凄くいい布じゃないのかな。ね、おりょうさん?」


 紬から受け取った布は非常に密な編込みで、蚕の繭から紡いだ物と蜘蛛の糸という違いはあるが、シルクのように滑らかな肌触りだった。


「こいつは上等だねぇ……んっ! こ、この布薄いのに、えらく頑丈みたいだよ!?」


 俺から受け取った布を、両手で持ったおりょうさんが左右に引っ張って撚るが、少し伸びたりはしても、ほつれたりする事は無かった。


「それに使った糸は、一見すると細いですが数本を撚り合わせた物ですので」

「今の間に、そんな細かい事をやったの?」

「ええ。何故か出来るのです」

「それは、主殿が付けた名による物ではないのか?」


 紬自身にも良くわかっていない能力の考察を、白ちゃんがしてくれた。


「紬って名前が、織物を得意にさせたって事?」

「名は体を表すという事ではないか? まあ、推測だがな」


(巴の例もあるし、おそらくは白ちゃんの推測どおりだろうなぁ)


 二つの相反する能力を混在させようと思って打ち、陰陽太極図と同じ意味の巴という号を付けて能力が定着したのと同じ事が、名付けによって紬にも起こったのだろう。


「この布で着物とかを作ったら、着心地が良さそうですね!」


 紬が作った布の肌触りを確認しながら、頼華ちゃんが目を輝かせる。


「そうだね……いや、大きな問題があるな」

「「な、何かダメなのですか?」」


 期待を打ち砕くような事を俺が言うと、頼華ちゃんと同時に紬が問い質してきた。


「うーん……ていっ」

「あ、兄上、何をっ!?」


 俺が取り出した柳刃を、紬が作った布に突き立てたので、頼華ちゃんが悲鳴のような声を上げた。


「……やっぱりか」

「「な、何がですか!?」」


 意外と気が合うのか、又も頼華ちゃんと紬の驚きの声が重なった。


「ほら、見て」

「んん? あ! こ、これは……」


 俺が柳刃で突いた布に、穴が開いたり破れたりしていないのに気が付いて、頼華ちゃんが目を丸くした。


「わかった? この布、凄い強度なんだよ。だから、普通の方法では仕立てられないと思うんだ」


 柳刃で刺す時に(エーテル)を込めたりまではしていないが、そこそこ本気で突いたのだった。


「鋏で裁断出来ないだろうし、針も通らないかもしれませんね……」

「そうなんだよね」


 アラミド繊維顔負けの強度だが、裁断と縫製が出来なければ、かなり用途は限定されてしまうだろう。


「我が主人よ。布の密度を落とせば、強度は下がると思いますが」

「ふむ……小さな物でいいから、作ってみてくれる?」

「はい」


 早送りの映像でも見ているように、十センチ四方くらいの面積の布を、紬が織り上げた。


「……これはこれで良い者だと思うけど、やっぱり肌触りは落ちるなぁ」

「も、申し訳ありません!」

「あ、いや。この場合は紬は悪くないんだよ。布の性質的な物だからね」


 糸が細くて織りが密になっていない分、滑らかさは失われている。その代わりに、麻のようなシャリ感が出来て、夏場などに着るにはベタつきが無くて良さそうだ。


「ん? 紬、もしかして、こういう布を織るだけじゃなくて、もっと複雑な形の物を織ったり出来る?」

「我が主よ、複雑と申しましと、どのような?」

「そうだな……例えば、俺やおりょうさんの着ているみたいな物とか」


 俺は動き易いいつもの作務衣で、おりょうさんはありふれた着物姿だ。


「えっと……こ、こんな感じで宜しいでしょうか?」

「おお……これは見事だ」


 紬は自分が身に纏っている布に、追加した糸で作ったパーツを継ぎ足すような形で、おりょうさんが着ているのと同じ、肌着、着物、帯、帯留めまでを作り上げた。


「これは布同士を私の糸で連結しましたが、その気になれば一本の糸で最初から最後までを形作る事も出来そうです」

「そ、それは!」


(まさかニットでは無く布の服で、ホールガーメントが!?)


 ニット製品では、パーツ分割をせずに織り上げたホールガーメントという製品がある。


 ベストなどの場合は、肩や両サイドを縫い合わる必要が無く、糸の量が少なくなるので必然的に軽くなり、抵抗になる部分が減る事で格段に着心地が良くなる技術だ。


「通常は縫い合わせてある部分を、織り方を変えてそれらしく作り、見た目の違和感を無くす事も出来ます」

「こ、こりゃあ凄いもんだねぇ……」


 紬の着物を触ったり、袖口の布をひっくり返したりしながら、おりょうさんがしきりに感心している。


「ですが……」

「紬、どうかした?」

「我が主人よ、少し、疲れました……」

「紬っ!?」


 紬の上半身が少し揺れたと思ったら、そのまま後ろにひっくり返りそうになったので、慌てて近寄って支えた。


「ごめん。病み上がりなのに、連続で色々やらせ過ぎちゃったね」

「いえ。我が主人の、お役に立てる事がわかりましたので……」


 俺の腕に抱かれた紬は、蒼白になっている顔で健気に微笑んだ。


「蜘蛛の糸自体、身体の中で作って出してるんだから、そりゃ消耗もするよね……」

「そうですね。それと(エーテル)で強度などを調整出来ますので、その分も少し……」

「そうか。なら少し補充しよう」

「え……ああっ!? な、なんという心地良さ! まるで我が主人に、身体中で愛されているよう……」


 抱き寄せた体勢のままで、消耗している(エーテル)を送り込むと、紬は恍惚とした表情になった。


「少しは回復したかな?」


 相当量の(エーテル)を送り込み、顔に赤みが戻った紬に問い掛けた。俺自身の(エーテル)の量には、まだ十分以上に余裕がある。


「はいっ! 我が主人よ、感謝致します!」


 目がぱっちりと開いて身体を起こした紬は、口調からも元気になった事が伝わってきた。


「なら良かった。それで、無理をしない範囲でいいんだけど、ここにいる全員分の、肌着だけでも作ってもらえないかな」

「一日で御二方分くらいでも、宜しいですか?」

「うん。それで構わない」


 インナーなら、人目には触れにくいので、多少作りが違ったりしても目立たないだろう。


(これで、防御力は格段に上がるな)


 一緒に旅をするメンバーが、通常の武器や攻撃で傷を受ける可能性は低いのだが、出来る範囲でネガティブな部分は消しておきたいと、常々考えていたのだ。


 紬の糸で織られた布製の服は、防御力が高いだけでは無く着心地が良いという、諸問題を一気に解決する夢のようなアイテムだ。


「あの、もしかしてなのですが、我が主人にも、同じ事は出来るのではないでしょうか?」

「えっ!? あー……腕を变化(へんげ)させたり出来るくらいだしなぁ」


 紬の一言で、訊くだけ訊いて、能力が使えるかを試していなかった事を思い出した。


「……紬はもう大丈夫だろうから、試してみちゃどうだい?」


 俺に抱かれた状態の紬に、おりょうさんが鋭い一瞥を送りながら、面白く無さそうに呟く。


「ひ、ひぃっ!? そ、そうですね。我が主人よ、お世話になりました。もう大丈夫でございます!」

「そ、そう?」


 おりょうさんから冷徹な視線を向けられた紬は、その意味を悟って跳ね上がるようになりながら、俺の腕の中から抜け出した。


「えーっと、こんな感じに……おお、出たな!」


 指先から出るように想念してみると、ごく細い糸が少し飛び出た。


「これがくっつかない糸で、これがくっつく糸……」


 紬の、糸の種類によって出す突起が違うという言葉を思い出しながら、人差し指からくっつかない糸、中指からはくっつく糸を出してみた。


「あれ、なんか変な感覚が……」

「どうかしたのかい?」

「出している糸から伝わる振動を、手で触れたり耳で聞いたりしているように感じるので、一度に入ってくる情報量が多くて、変な感じになるんです」

「はぁー……便利なのも考え物だねぇ」


 おりょうさんの言う通りだが、これは意図的に遮断も出来る事がわかったので、ノイズに悩まされる事にはならなそうだ。


「糸の操作は……こんな感じかな?」


 物は試しで、形の単純な靴下を織ってみた。靴を履いているのは俺とおりょうさんだけで、スペアが十足ずつあるから今のところは間に合っているのだが、ウールなのでこれからの時期には向かない。


 履いている鵺の革の靴自体にはサイズ調整、防刃、防汚、防寒、防水機能に、ある程度の自己修復機能が備わっているが、気温と湿度が高くなればウールの靴下では不快になる可能性が高い。


(あれ? 今頃思い出したけど、確かドランさんの店には、鵺の革の靴がもう一足あったよな?)


 ドランさんが作った鵺の革の靴のうち、サイズが小の物は頼華ちゃんにピッタリなのでは? という考えに、靴下を作っていて思い至ったのだった。


(江戸を出る時には、頼華ちゃんが同行するなんて思って無かったからなぁ……)


 当初は黒ちゃんと白ちゃんだけが同行者の予定だったので、頼華ちゃんの旅回り品に関して考えが及ばなかったのは、当然といえば当然なのだが……。


「白ちゃん。近い内に江戸のドランさんの元へ、買い物に行って欲しいんだけど」

「親父殿のところへか? それは勿論、構わんが」

「黒ちゃんにはこの間行って貰ったし、白ちゃんにも試して欲しい事があるんだよ」

「試す事?」


 もしかしたら、白ちゃんは界渡りの際に飛行を併用していないのではないかと思い、自分が那古野へ行った時の事を説明した。


「ははぁ……地形を蹴って飛び越えるのでは無く、飛んで更に加速するのか。成る程、これは早そうだ」


 頭の中であれこれ考えているところを見ると、白ちゃんは界渡りと飛行の併用を試した事は無さそうだ。


「でも、わかると思うんだけど、(エーテル)の消費量は多くなるから、行きで様子を見た方がいいと思うよ」

「わかった。そこまで考えてくれてありがたい」


 実際、界渡りの空間内で(エーテル)切れを起こしたらどうなるのかは不明だが、安全を考えるに越した事は無い。


「っと、話しているうちに出来たな」

「器用なもんだねぇ……」


 中々上手く編み上がった靴下を見て、おりょうさんが呆れたような声を出した。


「よ、っと……うん。履けるな」


 紬の名付けからのフィードバックがあったのか、強靭な糸を伸縮性のある編み方をする方法が頭に浮かんだので、その通りにやったら上手く行った。


 この靴下もホールガーメント方式で継ぎ目が無いので、凄く履き心地が良い。


「おりょうさんの分も編みますから、足を出して貰えますか?」

「えっ!?」

「今の靴下だと、これからの時期には暑いですから」

「そ、それはわかるんだけど……は、はい」


 何故か顔を赤くしながら、靴と靴下を脱いだおりょうさんは、俺の方に足を出した。


「……」


(日本人ぽくない、細身で綺麗な足だなぁ……)


 幅広、甲高の多い日本人に多い足とは違い、おりょうさんの足は身長の割には小さめで幅も細かった。


「りょ、良太。なんでそんなに見るのさ……」

「あ。す、すいません……」


 おりょうさんに声を掛けられるまで、黙ったままガン見してしまっていた。


「じゃあ、始めますね」

「ひゃっ!?」


 俺が差し出した手の先から出た糸が、剥き出しの足に絡みついて編まれ始めたので、おりょうさんが可愛らしい悲鳴のような声を上げた。


「どうですか?」

「わぁ……凄くすべすべした感触で、いい具合だよ!」


 あっという間に出来上がった靴下を履いたまま、おりょうさんが靴に足を通すと、笑顔で感想を聞かせてくれた。


「でも、靴下や肌着なんかは白でもいいけど、着物にするには白一色ってのもねぇ……」

「そうですね……」


 これは俺も考えていた。だから先ずは紬に、肌着を作ってくれるようにお願いしたのだ。


「んー……どう、かな?」


 蜘蛛の紬と違って俺が出す糸は、原理は不明だが(エーテル)を実体化させている物のはずなので、編み込んだりの操作以外にも出来るのでは無いかと思い、色が着くように想念してみた。


「お? 出来た、かな?」

「なんだい?」

「黒い色を着けてみたんですけど、変わってませんか?」

「どれどれ……あっ! 細いから重ねて見ないとわからなかったけど、確かに黒くなってるよ」

「本当ですね!」


 白い靴下の上に重ねて見ると、糸が黒くなっているのが、はっきりと確認出来た。


「だったら……これはどうかな?」


 人差し指、中指、薬指、小指から、それぞれ違う色を想念しながら糸を出してみた。


「これは赤、こっちは青」

「これは黄色、それに緑ですね!」


 おりょうさんと頼華ちゃんの目で、違う色にした糸を確かめて貰ったところ、どうやら成功したようだ。これで織った布に染色出来ない場合でも、色や柄を作る事が可能になるだろう。


 テレビと同じ方式で、極細の原色に染めた糸を組み合わせ、様々に発色させればいいのだ。


(確か染め物の技術が発達する前は、頭の中で職人さんが計算して、染めた糸で織ってたんだっけ?)


 図柄を移して布を染色するのが柄物の作り方の主流だが、それ以前には職人芸的に頭の中で糸を染めた位置を考えながら、柄を形作っていたというのを聞いた事がある。


 綺麗に柄を出すのは難しくなるが、面である布に着色するのでは無く、線である糸其の物が染色されるので、色落ちなどには非常に強くなるという利点がある。


「えーっと……おりょうさん、頼華ちゃん、ちょっとじっとしてて」

「な、なんだい?」

「兄上?」


 俺は二人の姿を視界に入れたまま、両手の人差し指を伸ばした。


「えっ? えっ!?」

「き、着物が、出来上がっていく!?」


(なんか我ながら、3Dプリンターみたいだなぁ)


 成形する素材は違うが、宙に浮いている縦糸の間を横糸が超高速で走り抜け、色柄付きの着物が作られて行く様は、まるでプリントアウトしているように見える。


「こんなもんかな……二人が着ている物を、複製してみました」


(糸の強度を増す以外にも、色を付けると(エーテル)の消耗も少し多くなるみたいだな……)


 二着同時という事もあるのだろうが、少し疲労感がある。


「す、凄い……見た目には全く同じだよ!? それでいて、この羽根みたいな軽さ!」

「お、おお……姉上の仰るように、風が吹けば浮かび上がってしまいそうに軽いです!」


 おりょうさんと頼華ちゃんは、受け取った着物を広げて観察したり羽織ったりと、興味津々だ。


「御主人すんげー!」

「さすがとしか言えんな……」

「ありがとう。二人の分も、後で作るからね」


 と、宣言はしたものの、自分に芸術的才能が無いのはわかっているので、おりょうさんと頼華ちゃんの時と同様に、今着ている物の完コピをするだけである。


(オリジナルで模様や図柄が作れる人は、本当に尊敬出来るよなぁ……)


 学校の美術の授業でも、写生は比較的得意だったが、モチーフ自由とか、オリジナルのロゴを考えるとかになると、悩んでしまっていつまでも実作業に取り掛かれなかった事を思い出す。


「あたい達の分!? で、でも、そんなの(エーテル)で適当に作れるよ?」

「俺達の為に、主殿に余計な労力は……」

「……欲しくないの?」

「「欲しいっ!」」


 俺が尋ねると、二人共即答した。


「「あっ!?」」


 二人揃って「しまった!」という顔をしながら、口元を押さえる姿がなんとも可愛い。


「「……」」


 恥じ入りながら赤面する黒ちゃんと白ちゃんを見て、俺は苦笑するしかなかった。


「あ、そうだ。白ちゃん、ちょっと実験に付き合って欲しいんだけど」

「構わんが、何をするんだ?」

「うん。ここにね……」


 俺は即席で糸を織り上げた布を、胸の前に貼り付けるようにして載せた。


「この間、おりょうさんに使った技で打って欲しいんだ」

「……正気か?」

「うん。わりと本気でお願い」


 白ちゃんが俺の正気を疑うのも無理はないのだが、必要な事なので重ねてお願いした。


「ど、そうしてそんな!? それなら、あたしが代わりに受けるよ!」


 (エーテル)の透過が出来るので、確かに俺よりはおりょうさんが受けた方が安全ではある。


「おりょうさん、あれを喰らうと、着物がダメになっちゃうじゃないですか」

「うっ!」


 しかし伊勢の代官所で、無残に着物が裂けた時の事を思い出したのか、おりょうさんが言葉に詰まった。


「俺のこの服は、ちょっとやそっとでは破れませんし、仮に破れても自己修復しますから」


 あまり性能を過信するのも考え物ではあるが、ほぼ身内しかいない状況ではあって、おりょうさんのあられもない姿を晒す訳にはいかないというのも理由だ。


「じゃあ白ちゃん、頼むよ」

「あまり気は進まんが……わかった」


 相変わらず霧に閉ざされているので、遠くを見通せないのだが、後方の安全を確認してから、白ちゃんと至近距離で対峙した。


「では……ふん」

「ぐっ!」


 防御に用いる(エーテル)が過剰だと、白ちゃんへ攻撃が跳ね返ってしまうのだが、どうやら少し匙加減を間違えてしまったようで、身体の芯に重い衝撃が来た。


「っくー……っはぁ……」

「だ、大丈夫か?」


 苦しくて蹲った俺を心配して、白ちゃんが寄り添ってきた。


「う、うん……大丈夫だよ」

「ならいいのだが……自分の手でやっておいて何だが、無茶をし過ぎだぞ?」

「そう、だね……」


 白ちゃんに心配を掛けたくないので、やせ我慢して笑顔を作った。


「でも、お陰様で実験は成功したみたいだよ」

「あ……」


 蹲った俺の胸から落ちた布は、かなりの威力の(エーテル)による攻撃にも耐えたのだ。


(多分だけど、周天の腕輪と不動明王の権能の同時使用でも、これなら大丈夫そうだな)


 藤沢の正恒さんの住まいで、不本意な形での頼華ちゃんとの戦いの際に使った、腕輪と権能の炎の同時使用は、思い通りの効果を発揮して勝利へ導いてくれたのだが、特殊な作務衣は無事だったが、インナーは燃え尽きてしまったのだ。


 この色んな意味で不幸な出来事を繰り返さない為に、常々解決策を模索していたのだが、やっと良い材料と製法に巡り合う事が出来たのだった。


「こんなに丈夫で動き易い布で着物を作ったら、おりょうねえさんの強さの度合いが跳ね上がるな」

「伝説の始まりかもね」

「な、何言ってんだいっ!」


 白ちゃんの冗談に相槌を打ったら、おりょうさんが真顔で文句を言ってきた。


「あ、あわわわわわ……」

「「「……」」」


 軽口を言い合っている俺達とは対象的に、白ちゃんの攻撃の威力を垣間見たからか、紬はガタガタ震えているし、里の子蜘蛛達はポカンと口を開けたままになっている。


「あ、あんな攻撃をまともに受けたら、それだけで消滅……」

「どーん!」

「やられたー!」


 紬はショックが大きかったのか、なにやらブツブツと口の中で呟いているが、子蜘蛛達は白ちゃんの技を真似る、所謂ごっこ遊びをキャッキャと笑いながら、攻め手と受け手に別れてやっている。


「おねーちゃんも、あれできる?」

「おねーちゃんって、あたい? 勿論、出来るぞ! よーし……」

「黒ちゃん、ダメだからね?」


 子蜘蛛の女の子に尋ねられて、黒ちゃんがその気になったみたいだが、力の加減が出来なそうなのでダメ出しをした。


「ぶー!」

「元々、簡単な技じゃ無いんだから、無闇に使っちゃダメだよ」


 頬を膨らませて抗議の姿勢を見せる黒ちゃんを、自分達の事は棚に上げてやんわりと宥める。


「でもぉ!」

「朔夜様だって、基礎からやったでしょ? だからこの子達が自分で出来るようになるまでは、絶対にダメ」


 元が人間ではない子蜘蛛達だから、教えれば浸透勁や遠当てなんかも出来てしまうという危険性もあるので、指導するにしても考える必要があるだろう。


「うー……じゃあ、基礎から教えればいいんだね!?」

「まあ、そうなるかな」


 実験の相手に自分ではなく白ちゃんを俺が選んだからなのか、今日の黒ちゃんは妙にやる気だ。


「よーし! じゃあ、強くなりたい奴は集まれー!」

「「「おー!」」」


 黒ちゃんが号令を掛けると、子蜘蛛達が紬に命じられた時と同じように整列した。


「……あの、紬もやるの?」


 見れば子供達に混じって、紬まで列に並んでいる。


「じ、自分の未熟さを思い知らされました! ですので、強くなる為の努力をしようと思います!」

「病み上がりなんだから、無視しないでいいのに……」

「そのように言って下さる我が主人を、御護り出来るくらいになりませんと!」


 背筋をビシッと伸ばした紬は、和風な見た目とは違う体育会系な感じで宣言する。


「紬、主殿を護るなどという考えは僭越だ。俺たちの役割は、あくまでも露払い程度だぞ?」

「白ちゃん……」

「はっ! 以後、考えを改めます!」


 白ちゃんの俺に対する見方が露呈したので、少し口を挟もうと思ったところで、体育会系から軍隊調になった紬の物言いに遮られた。

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