紬
「危害を加えないって誓いは守るけど、他の蜘蛛達にも、それは言い聞かせてある?」
これから、直接白い蜘蛛の身体に触れて治療をするつもりだが、危害を加えるとみなされて、襲いかかられたりしたらたまらない。
「……失念していた。今、言い聞かせたので大丈夫だ」
(……危ないところだったな)
襲いかかられたところで、多分問題にはならないと思うが、出来るだけ穏便に事を運びたい。
「では……」
切り飛ばされている部分を中心に、手をかざして気を少量送り込んでみたが、どうも上手く行かない。
「……これは難しそうだな」
「どうしたんだい?」
「それが、薄緑……蜘蛛切に傷つけられた部分の気の欠損が、送り込むだけでは治らないみたいなんです」
一応は治療効果はあるのだが、すぐに元の悪い状態へと戻っていってしまうのだ。
「これは、一種の呪いだな……」
「何か手段は無いのですか?」
俺が難色を示すと、頼華ちゃんが我が事のように表情を曇らせる。
(御先祖様の関わった事だから、頼華ちゃんも気になるみたいだな)
源氏の負の遺産とも言えるこの蜘蛛を、頼華ちゃんの為にもなんとかしてあげたい……俺は荒療治をする事を決意した。
「少し手荒な治療をするが、他の蜘蛛を暴れさせないでくれるか?」
「手荒とは?」
「呪われていると思われる、患部を斬り落とす」
「な!? や、やはり我らを根絶やしに!?」
「まあ落ち着け」
蜘蛛のこの反応は、予想の範囲だ。
「俺がその気なら、今頃お前は生きていない」
「……それもそうだな」
ゼロ距離にまで接近を許している時点で逃げ場など無い事を、俺が説明するまで蜘蛛は忘れていたようだ。
「俺の見立てでは、蜘蛛切に切られた部分自体が、回復が出来ない元凶になっている。本来なら、ある程度の欠損くらいは時間の経過で治るはずだろう?」
この辺は、一般的な尺度で考えていいのかはわからないが、妖怪なので通常の生物よりは回復力も高いと思われる。
「そういう事なのか……だから、斬り落とすと?」
「そうだ。先ずは肢で試してみて、身体の方はその後だ」
肢の方は、既に欠損している部分をもう少し切断するだけなので、大きく生命力を削る事は無いと思うが、身体の方は下手をすると生死に直結する。
「……わかった。一度は諦めた命だ。お前を信用して任せよう」
観念したように白蜘蛛が呟くと、周囲にいた子蜘蛛達が少し後ろに下がった。
「じゃあ、なるべく切る部分を、少なくするように気をつける」
「頼む」
俺は巴を抜き放つと、白い蜘蛛の切断されている肢に切っ先を向けた。
(あれ。もしかして、切らなくても行けるかな?)
ふと、巴の能力を使えば、呪われた部分を切断しなくても大丈夫かな? という考えが浮かんだ。
(こう、黒い刀身で、呪いの気、陰気を壊せば……)
微かな抵抗が切っ先に感じられた後、凝らした目には禍々しい色の呪われた気が破壊され、細かな粒子になってやがて消え去るのが確認出来た。
「あっ!?」
「もしかして、痛かったりしたか?」
白い蜘蛛が声を上げたので、何かしくじったのかと思って訊いてみた。
「い、いや。切られた肢にわだかまっていた、不快感のような物が霧散したのだ。身体自体も軽く感じる」
「そうか。ここは上手く出来たみたいだな」
巴で破壊した部分を見直しても、呪いが元に戻っているような事は無かった。
「なら、他の部分も……」
(こういう能力になるようにと、想念して打って名前を付けたんだけど、何百年もの呪いを簡単に……)
強力だと思っていた呪いを、巴があっさりと破壊するので、俺自身が怖くなってきた。
「どうだ?」
「お、おお……元通りとまでは行かぬが、立ち上がれるくらいには回復したようだ。礼を言うぞ!」
言葉だけでは無く、欠損したり傷ついたりしている部分以外には、活力が戻ったように見える。
「後は身体の細かい傷だが、続けるか?」
重大な欠損部分の呪いが祓われたので、これで急に容態が悪化するような事は無いだろうと思い、蜘蛛に確認する。
「もうさ、信用したんだったら、御主人の配下になっちゃえば、一気に治るんじゃないの?」
「俺もそう思うぞ」
黒ちゃんの意見を、白ちゃんが支持する。
「俺はお前が治って、この里って呼ばれる場所を自分で守護すると言うのなら、それでも構わないんだが」
配下が欲しいという理由で身体を治している訳では無いし、里の管理というのも面倒そうな気がする。
「……永きに渡る傷を癒やしてくれた者を、我の主人と仰ごう。我の忠誠、受けてくれぬか?」
「……わかった。だが、あまり俺から何かを命令する事は、無いと思うぞ?」
命令を受ける事に喜びを感じる者も世の中にはいるので、あまり期待させては悪いと思って、予め言っておいた。
「なんとも、我らの主人になる方は、欲が無いようだ」
「そうだぞー! あたい達も、あんまり命令されないんだから、新参が簡単に命令貰えると思うなよー!」
「あの、黒ちゃんは良くわからない張り合い方しないでね?」
命令を受ける事に喜びを感じる存在が、すぐ近くにいる事を確認させられた。
「なんと! 繋がりを感じるとは思ったが、我が主人は大妖怪である鵺を従えているとは! 何故に行動を共にしているのかが謎だったが、そういう事か……」
なんか白い蜘蛛は、黒ちゃんの言葉から色々と自分の中での疑問を納得させていっているみたいだ。
「主殿が優しくて良かったな。喧嘩を売るなら相手を選ぶ事だ」
「まさに。あなた方だけでも勝てる気がしないのに、里の為とは言え、その主人たる方へ戦いを挑むとは……我ながら命知らずであった」
「あー……とりあえず、続きをしようか」
なんか持ち上げられ過ぎて居心地が悪いので、続きをしようと促す。
「では主殿。そいつに名を与えてやれ」
「名を与えちゃったら、変質するよね?」
名前を与えて、白ちゃんが今の姿になったの時の事を思い出す。
「……まあ、いいのではないか?」
「そんな軽く!?」
猫顔の鳥の姿から人型になるのは、白ちゃんにとっては一大決心だったんじゃないのかと思っていたが、実は俺が思っていた程の事では無かったのかもしれない。
「私自身は、この蜘蛛の姿にも誇りは持っていますが、祖先が望んだ訳では無いのです」
「ん? どういう事?」
配下になるのを承諾したからか、白い蜘蛛の俺に対する言葉使いが丁寧になっている。
「我らの祖先は、この国でひっそりと暮らしていた異形の民族なのですが、元は人に近かったと言われています」
「そうだったのか……」
「しかし、人とは異なる姿の我らの祖先は迫害を受け、いつしか土蜘蛛、山蜘蛛と呼ばれ始め、その呼び名に込められていた言霊による物か、姿形が今の我らのように変質していったのです」
この説明通りだとすると、もしかしたら体表の顔は妖怪だからでは無く、元の姿の名残なのかもしれない。
「じゃあ例えばだけど、人の姿になっても構わない?」
「ええ。ですが、ずっとこの姿で暮らしていましたので、人の姿で主人のお役に立つには、時間が掛かるでしょうけど……」
(なんにせよ、この図体じゃ、役に立つって言われてもなぁ……)
この姿で人里に出たら、巨体というだけで大騒ぎになってしまう。この里の中以外では、基本は人型でいて貰おう。
「それにしても、名前か……」
蜘蛛で白い身体辺りから発想するのが良いのだろうけど……やがて、一つの名が浮かんだ。
「紬、というのはどうかな?」
紬とは、絹を撚り合わせた糸で織った、独特の風合いを持っている生地の事だ。
「紬って、あの織物の紬かい?」
「ええ。外国の伝説で、織物の上手な蜘蛛が出てくる物があって、そこからの発想です」
この伝説の蜘蛛というのは、下半身が蜘蛛で上半身が女性のアラクネの事だ。
アラクネを日本語っぽくアレンジしてもいいかと思ったが、織物の一種で女性の名前でもおかしくないという事で紬とした。
ネーミングの発想としては、糸を吐き出すという蜘蛛の性質のに、紡ぐという意味も掛けている。
だが、これはあくまでも人前で称する名前であり、黒ちゃんと白ちゃんと同じように、俺だけが知る真の名が必要だ。
(通り名は紬だが、俺とお前だけが知る真の名は、綾霧だ)
蜘蛛の耳がどこにあるのかはわからないが、体表の顔の位置から見当をつけ、顔を近づけて囁いた。
綾も柔らかく伸縮性がある織物の一種で、有名なのは絹織物の綾であるビロードだ。
その綾に、不思議な霧と白い蜘蛛のイメージを掛け合わせ、里を守護する者の意味で綾霧と名付けた。
「紬。それが私の新たな名ですね……」
「わっ!?」
紬と名付けた蜘蛛の姿が、目の前でドロっと溶けたようになった。
「ちょ、ちょっと良太!? 大丈夫なのかい?」
「び、びっくりしました!」
ショッキングな光景に、おりょうさんと頼華ちゃんが顔を引き攣らせている。
「大丈夫……かな?」
白ちゃんの時の変化にも驚いたが、身体の大きさがかなり違うので、自信が無くて返事なのに疑問形になってしまった。
「うっ……っく……」
溶けた身体は流れ落ちたりはしないで、一気に凝縮し、人の形を取ると目の前に横たわった。
「っ……はぁ……こ、これが、人の身体……」
頼華ちゃんと同じか、少し年下くらいだろうか? だが、妙に色気のある少女が、おぼつかない足取りで立ち上がった。
「っ!? ふ、服着て、服!」
「……は?」
人間体になった紬は、何言ってんだこいつ? という表情で俺を見ている。
「私達は服などという物は、身に着けませんので」
「いいから! じゃあ、最初の命令だ!」
幼い容姿で少し呆れた感じの表情をする紬は、ちょっと前まで敵対していた事もあって、妙に気に障る。
「め、命令っ!? 承知致しました!」
命令という言葉に敏感に反応した紬は、どうやったのか身体中から糸を発し、服とは呼べない程度の長い布を巻き付けたような格好になった。
「よ、よし……慣れない内は仕方ないけど、人の姿をしている時には、人と同じ格好や仕草を心掛けるように」
「畏まりました……」
服を着ろと言った時には不服そうだったのに、どこで覚えたのか、紬は胸の前に手を当てて礼なんかをする。
「……俺に不満があるんなら、今からでも主従関係を解くけど?」
「!? し、失礼致しました! 平に御容赦を……」
再び紬は、恭しく頭を下げた。
(やっぱりか……)
外界から閉ざされている、この里という場所で生活していても、永い時を生きていた紬には、ある程度の人間の風習なんかの知識はあるのだろう。
だが、意図は不明だが、紬はわざと知らない振りなんかをしていたのだ。
「貴様……兄上が優しい態度を取っているからといって、侮っていい理由にはならんぞ!」
「ひいっ!」
紬の態度が気になったのは俺だけでは無かったようで、頼華ちゃんが薄緑を抜いて、切っ先を紬に突きつけた。
「兄上の手で蜘蛛から人の姿になったが、呪いの効果が無くなったかどうか、その身で試してみるか?」
「た、大変失礼を致しました! 二度とこのような態度は致しません!」
頼華ちゃんの発する気迫から生命の危険を感じたのか、紬は土下座して額を地面へ叩きつけた。
「……そこまでするのであれば、最初から尊大な態度など取らねばいいだろう」
紬の変わり身の早さを見て、白ちゃんが呆れたように呟く。
「すいません。ちょっと身体が回復したので、調子に乗りました……」
「あんたの軽率な態度で、里に棲む他の連中を危険に晒すってのかい?」
「うっ……」
(長年生きて知識はあるようだけど、知恵の方はイマイチ回らないみたいだなぁ……)
おりょうさんに指摘された部分が痛いのか、紬が言葉に詰まる。
「……次は無いよ?」
「ひいっ!? も、勿論でございます!」
俺が侮られた事が相当に頭にきたのか、黒ちゃんが明確な殺意を発すると、紬を始め、里で暮らす蜘蛛達が、一斉に身体を震わせ始める。
「紬、覚えておけよ。主殿は優しい御方だが、俺達はそれ程優しくは無いぞ?」
「わ、わかっております! 何卒、ここは私の命に免じて、里の者達には寛大な御配慮を……」
「兄上が救った命を、勝手に投げ出すな!」
「は、はいぃっ!」
頼華ちゃんに一喝されて、紬も蜘蛛達も、見た目にもガクガクと身体を震わせている。
「はぁ……もういいよ。紬は、今後は気をつけるように。じゃあ、色々と話しをしようか」
本当に紬が態度を改めるのかは、実際の行動を見るしか無いので、この場でこれ以上追求しても仕方がない。
「ん?」
ガタガタ震えていた黒い大蜘蛛と、周囲にいた子蜘蛛達が、気が付くと紬のように身体が溶けたようになっていた。
「こ、これは一体?」
「もしかして、紬に引っ張られたのではないか?」
「引っ張られた?」
白ちゃんにはこの現象に心当たりがあるようだが、俺には良くわからない。
「紬が主殿の配下になって人の姿になり、これまでの姿で暮らす必要が無くなったという状態に、明確な思考のない蜘蛛達が引っ張られたのではないか、という事だ。あくまでも推測だがな」
「そういう事なのかなぁ……」
疑問はあるが、溶けたようになった蜘蛛達が、どういう姿に変化するのかを見守るのが先だ。
「わはーっ!」
「ええっ!?」
元の姿の何十分の一くらいの、五歳くらいの小さな男の子の姿になった黒蜘蛛が、歓声を上げて俺の脚に抱きついてきた。
「「「わぁーい!」」」
「えええっ!?」
「ど、どうなってんだい!?」
黒蜘蛛だけでは無く子蜘蛛達も、やっと立ち歩きが出来るくらいの年齢の子供の姿になって、俺やおりょうさん達へ群がってきたのだった。
「おおお!? こら触るな! 薄緑を抜こうとするんじゃない!」
「にゃあぁぁぁ!? お、お尻に胸っ!? そ、そこは触っちゃダメだってばぁ!」
「……主殿との間に作る前に、子持ちになってしまったようだな」
頼華ちゃんと黒ちゃんは、手加減しないと不味いという意識が働いているのだろう、モミクチャにされながらも、抵抗らしい抵抗をしないでいる。
白ちゃんは面白くなさそうに、突進してくるのを躱したり、軽く抱き上げたりしたりと、表情とは裏腹に適度に相手をしてやっている。
「つ、紬! 落ち着かないからやめさせて!」
実害は無いのだが、落ち着かない事甚だしい。
「は、はいっ! 全員整列!」
「「「はぁーい!」」」
まるで訓練されているかのように、黒蜘蛛だった少年を左端に配し、四列横隊で整然と集合した。
(見易くなったな……黒蜘蛛を入れて四十一人か)
整列したので、一列に十人ずつが横隊になっているのがわかった。プラス黒蜘蛛で四十一人だ。
「……緩急が凄いな」
見た目は幼い元蜘蛛達だが、不満そうな表情を見せている者は無く、正面を見据えて整列している。
「えーっと……とりあえずみんなも、服を着てくれるかな?」
ビシッと整列しているのだが、紬の時と同じくみんな全裸だ。
「「「はいっ!」」」
俺への返事を唱和すると、これも紬と同じく糸を発すると、服とは言えない布を巻き付けた姿になった。
「……兄上、御飯でも食べませんか?」
珍しく、頼華ちゃんが疲れた顔で俺に尋ねてきた。
「あたしも頼華ちゃんに賛成だよ」
「あたいも!」
「俺も少し疲れた気がするな」
気疲れもあるが、朝食からの時間経過を考えると、食事のタイミングとしても悪くない。
「わかった。紬、俺達は食事にしようと思うけど」
「ここには、皆様にお出し出来るような物はございませんが……」
「ん? 別に何かを出せって意味じゃ無いよ」
もしかしたら紬は、自分達が食事を出すのは当然という認識だったのかもしれない。
「そういえば、この里で食べる物ってどうしてるんだ?」
霧に覆われているので、どれくらいの広さがあるのかは不明だが、建物なんかは見当たらない。
「我々は肉食ですので、この霧で得物を里の中に取り込んで食べていました」
「ああ、そういう使い方か」
どうやら里の管理を司る紬には、霧をコントロール出来るみたいだ。そしてその霧で得物を里の中に迷い込ませ、捕食していたのだろう。
「足りない分は、そこの黒蜘蛛に出向かせて、直接狩ってこさせておりました」
紬の言葉を聞いて元黒蜘蛛の少年は、えっへん! と、言わんばかりに胸を張った。
「……念の為に訊くけど、人は襲ってた?」
「人は、食べる場所が少ないので……たまに」
「そ、そうか……これからは人は襲わないように」
「はい」
旅人の失踪が相次げば、京都か尾張の方から捜索隊などが派遣されてくる可能性もあるので、人間である俺の倫理観とは別の問題で、やめさせた方がいいだろう。
「肉食って事だけど、生じゃないと食べられないかな?」
「食べると言いましても、人とは少し違う方法で摂取していましたので……」
「あれ? 蜘蛛って血を吸うんじゃ無いの?」
特に調べた訳では無いのだが、漠然とした知識でそう思っていた。
「吸うというのは間違っていないのですが、血では無いのです」
「ん? どういう事?」
「消化液を食べ物の方に送り込んで、溶かして吸い込むという食べ方をしていました」
「うわぁ……」
この辺は生物によって様々なので仕方ないのだが、ドロドロにして吸っている光景を想像すると……ちょっと素直に受け入れるのは難しい。
「ですが、この姿になってどうなるのかは、正直わかりません」
「まあ、そうだよね。幾つか食べ物を出すから、大丈夫そうなら食べてみて」
「はい」
手早く大量に出来そうな物と考えて、蕎麦粉と玉蜀黍の粉に卵を割り入れて水で溶き、それぞれ薄焼きにして、腸詰や燻製肉、乾酪や野菜なんかを包んだ物を作った。
クレープや、トルティーヤで包んだブリトーと呼ばれる物だが、手で持って食べられる。人数分の食器が無いという事を踏まえて、必然的にこういうメニューになってしまった。
「おおお……香ばしい玉蜀黍の皮の中で、乾酪が溶けて、これはおいしいですね!」
「人数が多いから鍋にでもするのかと思ったけど、器がいるからねぇ。こいつは考えたね」
簡単な料理なのだが、頼華ちゃんとおりょうさんからお褒めの言葉を頂けた。
「紬、他の子達も、食べられる?」
「ええ。人の口では、こういう風に味を感じるのですね……」
「蜘蛛の時には違ったの?」
「本能的に、こういう生き物から、こういう風に摂取するというのを行っていただけですので」
「そ、そうか……」
蜘蛛に限らず殆どの生物の栄養補給は、そんなやり方が当たり前だと思うが、なんとなく殺伐とした物を感じてしまう。
「「「おいしー!」」」
「そ、そう? 良かったけど……」
小さな手で、無邪気に食べる子供達を見ていると、和むと同時に数の多さに圧倒されてしまう。
「小さい子がいっぱいいるけど、ここでは新たに生まれる子は多いの?」
食事をして少し落ち着いたので、紬に訊いてみた。
「あの子達は、私が魂分けして生まれたので、厳密には新たに生まれたというのとは違います」
「ん? それはどういう?」
「生殖可能にまで成長している個体は私だけでして、相手がいない状態でした。ですから、里の防備を考えて
、魂を切り離して生み出した、言わば分体のような物です」
「ああ、そういう事か」
生殖という生々しい言葉は無視して、紬の話から必要な部分だけを抜き出して耳を通した。
「でもそれじゃあ、紬が死んでたら、里が外敵に脅かされないにしても、滅んじゃってたんじゃないの?」
「そうですね……ですが、もしかしたらこの子達の中から、生き延びて成長する者がいるかもと、僅かな望みに賭けておりました」
傷ついていた紬が魂分けをするのは、残り少ない命を削るという事なので、一か八かの大博打だったのだろう。
(紬が死んでたら、統率力を失って里から出た蜘蛛達は、各個撃破されちゃってたろうなぁ……)
普通の人間よりは強そうな子蜘蛛達だが、相当な強運の持ち主でも無ければ、生き残る事は出来なかっただろう。
「ん? でもさ、こうやって治ったんだから、分けた魂を戻していいんじゃないの?」
「さて、それはどうかな?」
「白ちゃん?」
何故か紬では無く、白ちゃんが口を挟んできた。
「主殿に名付けて貰って紬が変質したので、こいつらも引っ張られた訳だが、その際にこいつら自体が変質してしまった可能性が高いぞ」
「そうなの!?」
白ちゃんに指摘されて驚いたが、確かに有り得る事だ。
「でも、試してみましょうか……」
紬が視線を向けると、車座になって食事をしていた子供達の内の半数程が立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
「なんか様子が変だね?」
食事を続けている子供達は、何が起きているのか興味津々という感じで瞳を輝かせているが、こっちへ歩いてきた子供達は、目に光が宿っていないように俺には見える。
「この子達には、私が主人にお仕えする事になっても、自我が芽生えなかったようです」
「じゃあ、あっちにいる子達は、元には戻らないんだね?」
「ええ。言う事は聞きますが、もう私とは別の個体とみなしていいでしょう」
食事を続けている子供達は二十人。
男の子が黒蜘蛛を含む十一人、女の子が九人だ。
「では、統合してしまいますね」
「えっ!?」
近くまで来ていた子供達が、紬に向けてダッシュしたので驚いたが、なんの抵抗も無く吸い込まれた。身に纏っていた布ごとだ。
「統合したら気の保有量が跳ね上がったね」
紬の存在感が、急に膨れ上がったように感じる。
「はい。主人に治して頂いた事も併せて、数百年ぶりに自分を取り戻せたと実感しております」
穏やかに微笑む紬は、年齢相応とまでは行かないが、見た目とは正反対の大人びた雰囲気を漂わせている。
「ねえねえ御主人」
「黒ちゃん、どうかした?」
蕎麦粉のクレープで腸詰めと乾酪を巻いた物を頬張っていた黒ちゃんが、紬と話していた俺の袖を引っぱった。
「紬もだけど、ここの連中って人の姿になったのなら、隠れ住む必要無いんじゃないの?」
「あ……」
今までは異形だという事で、人の棲む場所へ出て行けなかったが、人の姿になれたのだから、今後は里に固執する事も無いと、黒ちゃんが何気無く核心を突いてきた。
「そう、だよね」
姿が人で、人と同じ物も食べられるのだから、里の外でも生活する事は可能だと思える。
「仰る事はわかりますが、急には無理です」
「それは、どうして?」
「私もですが、人の常識をわかっておりません」
「あー……」
長く生きている紬ですら、人と蜘蛛との常識にギャップがあるのだから、姿が人になったばかりの蜘蛛達に、いきなり人に混じって暮らせというのは無理がある。
「まあ、少しずつ色んな事を覚えて、経験を重ねていくしかないか」
お姫様暮らしだった頼華ちゃんも、鎌倉から出て暫くは見る物がみんな珍しい状況で落ち着かなかったから、子供達にもじっくり学習させる必要があるだろう。
「そういえば主殿。紬を配下にして、新たに使えるようになった力があるのでは無いのか?」
「ああ、部分变化みたいな?」
黒ちゃんと白ちゃんの使える能力を、俺も使えるようになったというのを知ったのは、随分と時間が経ってからだった。
「部分变化って、何の事だい?」
おりょうさんが、俺と白ちゃんのやり取りに首を傾げた。
「浦賀から船に乗る時に、おりょうさんが海に落ちそうになった時の事を覚えていますか?」
「そ、そりゃあ、ねえ……」
俺が白ちゃんの翼を背中から生やして宙に浮き、海に落ちそうになったおりょうさんを助けたのだ。
「あ、もしかして……」
「そうです。あれは白ちゃんの力の一部を俺が借りて使っている状態でして、それを部分变化と言います」
そのままのネーミングなので、俺が説明を終える前に、おりょうさんは気が付いたみたいだ。
「あれは、白が良太に力を貸していたんだと思ってたよ」
「という事は、兄上は羽を生やしたり出来るのですか!?」
「うん。こんな感じに」
向かい合ったおりょうさんと頼華ちゃんには、背中側の羽よりはわかり易いだろうと思って、差し出した右手を虎の前脚に变化させた。
「ええぇっ!?」
「な、なんと!?」
予め説明をしてたのに、おりょうさんと頼華ちゃんが驚いている。まあ無理もないが。
「さ、触っても大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ。別にここだけ意思を持っている訳じゃ無いですから」
俺に確認してから、おりょうさんがそっと手を伸ばしてきた。
「わぁ……ふわふわだねぇ。肉球の感触なんか、猫そっくりじゃないか」
もしかしたら猫好きなのか、表情を蕩けさせたおりょうさんは、变化させた俺の手を、熱心に観察しながら撫で擦っている。
「お、おりょうさん、くすぐったいですよ……」
「あ! ご、ごめんね。つい、感触が気持ち良くって……」
我を忘れていたのか、俺が声を掛けるとおりょうさんは真っ赤になり、名残惜しそうに手を離した。




