雷
「朔夜様、ちょっと相談したい事があるんですが」
満足そうな笑みを浮かべ、食後のお茶を飲んでいる朔夜様に話し掛けた。
「相談とは、どのような事でしょうか?」
「実は、牛の乳に関してなのですが……」
椿屋さんと、椿屋さんの厨房責任者である貞吉さんから、今後も乳製品を使いたいという要望がある事を朔夜様に伝えた。
「那古屋からの輸送を考えても良いと思いますが、長い目で見ると、この伊勢で牛を飼った方が良いのではないかと、俺は考えています」
福袋のような保管の手段を使えば、劣化無しで那古屋から伊勢まで牛乳を運べるが、輸送費と人員が必要になってくる。
「確かに、牛の乳を運ぶ人足という雇用が増えはしますが、道中の危険も考えられますし、天候にも左右されますね……」
この辺はさすがに伊勢の代官というところで、朔夜様は様々なケースでの経済効果を考えているようだ。
「私自身も、牛の乳を使った料理や菓子は好きですし未練がありますので……すぐにとは参りませんが、伊勢で牛を飼えるように、織田の本家に働き掛けてみましょう」
「ありがとうございます。牛の乳を用いた料理や菓子が、伊勢の新たな名物になるといいですね」
俺の作った料理や菓子が受け入れられて、伊勢に住む人達や、巡礼に来る人達の楽しみになれば幸いだ。
「あと、明後日の夜に、椿屋で宴を開きますから、出来れば朔夜様と松永様にも御参加願いたいのですが」
「宴、ですか?」
「ええ。お世話になった方達を招いてと思っていたのですが、椿屋さんに相談しましたら、店を休んでという事になってしまいまして……」
「ははぁ……」
状況を察して、朔夜様は呆れたように声を出した。
「鈴白様の心遣いを、椿屋め……わかりました。私は喜んで出席させて頂きます」
「勿論、俺も行くぜ」
「ありがとうございます」
朔夜様と松永様には代官と役人としての仕事もあるので、最悪の場合は欠席もあると考えていたが、快諾してもらえた。
「出来れば他の、鈴白様に関わっている者達も連れていきたいのですが、代官所を空にしてしまう訳にはいきませんので……」
厨房で働いている人達を始め、代官所で俺達に関わった人達も招ければとは考えていたが、治安維持も担っているので、全ての人が参加をする為に出払ってしまうと、色々と問題があるのだろう。
「松永、出席するのは構わんが、いざという時の事を考えて酒は控えろよ?」
「そ、そんな殺生な……」
宴なので、当然ながら酒のつまみに良さそうな物を中心に料理を作るつもりだったが、酒好きなのに飲めないというのは、松永様にとっては拷問のような状況になるだろう。
「そうだ。酒といえば……朔夜様、松永様、これを試して頂けますか」
俺は腕輪から大きめの瓶を取り出し、中を満たしている微かに濁りのある液体を、空になっている湯呑に注いだ。
「ん……ほんのりと甘酸っぱくて、少し口の中で何かが弾けて……これは爽やかな味でおいしいですね」
「こいつは酒なのか?」
「ええ。牛の乳から乳酪を作る時点で残った水分、乳清から作った酒です。凄く滋養があります」
鎌倉でも作ったこの酒は、地域によっては水で薄めて栄養補助飲料として子供も飲んでいる。
「本来は捨てる水分から、滋養に富んだ酒を造れるとは……これは是非とも、牛を飼わなければなりませんね」
「俺はもう少し強い方が好みだが……これはこれでうまいな。夏の暑い日に、グーッと飲みたい感じだ」
乳清から作った酒は、身体にピースな乳酸菌飲料の味に例える人もいるので、松永様の言う通りアルコールを受け付けない人で無ければ、夏場に冷やして飲むには最適だろう。
「でも、あまり日持ちはしないので、出来た物は数日で飲み切るか、蒸留しないとダメになってしまいます」
「その辺は、火入れをしない酒と同じですね?」
「ええ」
乳清の酵母の働きを活発にさせて酒にするのだが、いつまでも放置すると発酵が進み過ぎて、仕舞いには酸っぱいだけの液体になってしまう。
火入れをすると発酵は止まるが、今度は口の中で心地の良い発泡が無くなってしまう。早期に飲み切るか、火入れか蒸留をするか、どちらにしてもある程度で見切りをつける必要はある。
「その辺の注意点も含めまして、作り方は厨房の人達に伝えてあります。書面にもしてありますので」
「あの、教えを請うている身で言うのもおかしな話ですが、こんなに簡単に鈴白様がお持ちの知識や技術を、我々に伝えてしまって宜しいのですか?」
「と、言いますと?」
朔夜様が俺に言いたい事が、イマイチわからない。
「料理一つにしても、店でもお開きになれば一財産稼げそうな物ばかりですよ?」
「鈴白の作るもんが出るなら、姐さんのいない店でも通っちまいそうではあるなぁ」
「いや、そんな……」
仕入れから接客まで考えなければならない店の経営なんて、面倒過ぎるので俺は考えた事も無い。
「そうですねぇ。良太はあまりにもなんでも出来過ぎるから、たまに子供が産めちまうんじゃないかと思っちまいますよ」
「おりょうさん!?」
家事は一通りこなせるが、まさかの妊娠、出産が可能なのかと疑われるとは思わなかった。
「むぅ! 兄上を夫では無く妻にしようとは……さすがは姉上です。なんという鬼手!」
「頼華ちゃん、何言ってるの!?」
大発見みたいな事を言いながら、頼華ちゃんが感心している。
「御主人がお嫁さん!?」
「……」
「……あの、二人共?」
頼華ちゃんのとんでもない言葉を聞いて、黒ちゃんが瞳をキラキラさせて俺を見ていると思ったら、何故か白ちゃんがビシッとサムズアップしてきた。凄くいい顔で。
「す、鈴白様の……」
「朔夜様、鼻血が出てますよ!?」
何を想像しているのか、朔夜様の鼻腔から、一筋血が流れ落ちた。
「まあ、俺にはそういう高尚な趣味はねえんだが……」
「高尚な趣味ってなんですか!?」
松永様が、良くわからない事を言いながら、俺に視線を送ってくる。
「鈴白には、家庭を任せても大丈夫そうな感じはあるよな」
「な!」
松永様の言葉に衝撃を受けつつ、同席している人達を見回す。
「「「……」」」
すると、全員で申し合わせたかのように、俺が視線を送るとサッと目を逸らした。
「まったく、みんなして……」
誰も味方がいないと認識した俺は、憔悴しきった状態で食器を片付け、自分に割り当てられている部屋へ戻った。
「主殿、まあそう怒るな」
「そうだよー! あたいはやっぱり、御主人はお嫁さんより旦那さんの方がいいな!」
話があるので呼んでおいた白ちゃんは、宥めるような事を言いながらも、まだいい顔をしているし、黒ちゃんの言っている事は、俺には全然励ましになっていない。
「……姿消しちゃおうかな」
なんかもう、ちゃんとしたお別れとか宴会なんか、どうでも良くなってきた。いっその事、今からでも出発してしまおうかという考えが頭を過る。
「えーっ!? ごごご、御主人、ごめんなさあぁあぃーっ!」
俺の何気無い一言で大慌てした黒ちゃんは、コアラの子供みたいに脚まで絡みつかせて俺に抱きついてきた。
「あ、主殿っ!? まさかお隠れになってしまうと言うのか!? そ、それだけは……」
白ちゃんも俺を逃すまいとしているのか、脚元に縋り付いてくる。
(お隠れって……)
神様が死んだり、天に還る場合にお隠れという表現を使うのだが、姿を消すと言ったからなのか、なんで白ちゃんが俺を相手に、そんな事を言いだしたのかは良くわからない。
「いや、ちょっと色々と嫌気が差したけど……別にどこにも行かないよ?」
抱きつかれてはいるが両手は自由なので、右手で黒ちゃんの頭を、左手で白ちゃんの頭を、それぞれ撫でる。
「大体、俺がどこにいるのかはわかるでしょ?」
「そ、そうだけど……姿消しちゃうって言ったからぁ……」
顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、黒ちゃんは俺に抱きついて離してくれない。
「俺達の使う界渡りのように、別の界に主殿が行ってしまったりすれば、存在を感知出来なくなるのだ」
「あー……」
元々黒ちゃんと白ちゃんの棲んでいた気で構成されている世界では、隣接しているのにこっちの世界からは認識出来ないので、そういう意味で姿を消した事になるのだろう。
(神様のお隠れっていうのも、界とか次元とか位相とか、そういう物の違いで認識出来くなるって事なのかもしれないな……何度か経験している隔絶も、そういう物なんだろうか?)
始まりと終わりの時間差が無いので、隔絶による存在の有無を認識していないだけで、もしかしたら違う界にシフトしているのかもしれない。
「……まあ、ちょっと頭には来たけど、別に黒ちゃんと白ちゃんが悪いんじゃ無いって事はわかってるから」
「で、でも、ごめんなさいぃぃ……」
「どうしても主殿の腹の虫が収まらぬと言うのなら、この腕の一本くらい……」
「いや、本当にいいから……」
黒ちゃんからは反省の意思が痛いほど伝わってくるし、白ちゃんの場合は、今後は片腕で生きていくとか本気で言いかねない。
「俺としては、二人がいつまでもそうしている方が困るんだけど……」
「っ! はい! 泣き止みます!」
「っ! 主殿を煩わせる事はせんぞ!」
ボソッとした呟きに跳ね起きた二人は、瞬時に正座して俺の目を見据える。
「……明日以降の話をするけど、今すぐに何かをして欲しいって訳じゃ無いから、いつも通りにしてよ」
二人して両手を膝に置いてビシッと背筋を伸ばし、真っ直ぐな視線を送ってくるので、こっちの方が居心地が悪くなってくる。
「真面目に御主人のお話聞こうとしてるだけだよ?」
「真剣味が足らんか?」
「むぅ……」
黒ちゃんと白ちゃんは何もおかしな事は言っていないんだが、いつも通りには程遠い。
「はぁ……じゃあ二人には罰を与えるから、従うように」
「お、おう!」
「な、なんでも言ってくれ!」
(……なんで二人共、期待に満ちた表情をしてるんだ?)
俺が何を言うのかと困惑しているようにも見えるが、それ以上に罰を与えられるのを歓迎しているのかと思える程、黒ちゃんと白ちゃんの表情は期待で満ち溢れている。
「……じゃあ白ちゃんには、膝枕してもらおうかな」
「そんなのでいいのか?」
「じゃあやめ……」
「や、やるぞ! 絶対やるからな! さあ来いっ!」
やめようかと言おうとした俺の言葉を遮り、白ちゃんが自分の膝をパンッ! と、大きな音を立てて叩いた。
「それじゃ、お邪魔します」
「う、うむ……」
仰向けに寝っ転がって白ちゃんの膝に頭を預けると、柔らかな香りを感じた。
(気で身体が構成されてるはずだけど、体臭ってあるんだな……)
数着の着物以外は、身に纏っている物は気で外見を作っているだけなのだが、どういう訳か白ちゃんからは、フローラルな感じの体臭を放っている。それなりの期間を一緒に過ごしているが、固有の香りを自覚したのは初めてのはずだ。
(全くの無臭だと、逆に不自然だからかな?)
気配は消せば相手に察知されなくなるが、無臭というのは、それはそれで特色になってしまう。
「はぁぁぁ……癒やされるなぁ」
「あ、主殿は変わっているな……」
膝枕してくれている白ちゃんが、怪訝な表情で俺を見下ろす。
「白ちゃんは、自分の膝枕を過小評価している!」
「そ、そうか?」
以前に俺の手から何かが出ているという疑惑があったが、白ちゃんの膝からは明らかに癒やしの波動を感じる。
「むー……」
「ん?」
俺を膝枕しながら頬を赤らめている白ちゃんを、黒ちゃんが物理的に刺すような目で見ている。
「あ、あたいにはなんの罰も与えてくれないの!?」
「なんで罰を欲しがるのかな……黒ちゃん、おいで」
「えっ!?」
寝っ転がりながら両手を開いて自分を呼ぶ俺を、信じられない物でも見るような顔で黒ちゃんが凝視している。
「嫌なら……」
「いっきまーす! とうっ!」
「ぐふっ……」
一声気合を入れると、黒ちゃんは俺の上に、見事なフライングボディプレスを敢行した。リングの上なら一発KOだっただろう。
(……黒ちゃんにも体臭があるなぁ。なんで今まで気が付かなかったんだろう?)
機嫌のいい猫みたいに、俺の胸の辺りに身体を擦り付けてくる黒ちゃんからも、白ちゃんとは違うお菓子のような感じの甘い香りが漂ってくる。
「御主人、罰はこれだけ?」
「ん? じゃあね、両手を部分变化してくれる?」
「おう! これでいい?」
「お、おおお……」
俺に覆いかぶさっている黒ちゃんの両手が、人間サイズの虎の前脚に变化する。
「おおお……モフモフだ!」
「にゃああぁぁぁっ!? く、くすぐったぁい!」
フサフサ、モフモフの虎縞の毛皮を撫で、プニプニの肉球を心行くまで指先で味わう。
「ご、御主人は、あたいの胸とかお尻よりも、こっちの方が好きなの?」
「モフモフとプニプニは別腹!」
「そうなんだ……」
黒ちゃんから呆れている感じが伝わってくるが、ささくれだった俺の心にとって、今のこの状態は何よりの癒やしだ。
「そんなに虎の脚が気に入っているのなら、主殿が自分で部分变化させれば、いつでも触れるだろう?」
「ん? 俺が自分で部分变化って?」
聞き捨てならない事を、白ちゃんが言い出した。
「もしかして気がついていなかったのか? 船から落ちたおりょう姐さんを助けるのに、俺の翼を背中から出したろう?」
「ああ……でもあれって、緊急時だから白ちゃんが助けてくれたんじゃ無かったの?」
あの時は、白ちゃんが借りの住まいにしている鎖付き苦無の羂鎖の中から、俺の背中に気で翼を構成して助けてくれたものだとばかり思っていた。
「確かにあの時は俺が気を操作して翼を展開したのだが、その気になれば主殿にも出来るぞ」
「そうなの!?」
驚愕の事実を、白ちゃんがあっさりと肯定した。
「ああ。だが、俺達のように実際に变化させるのでは無くて、肉体の上に纏うような感じになるがな」
これは肉体や着ている物を構成している気の形状を変えられる白ちゃん達と、変えられない俺との違いによる物だろう。
「物は試しだ。黒の虎の脚へ、自分の腕を变化させてみればいい」
「……」
眼の前にある黒ちゃんの虎の脚と同じ形状になるように、頭の中でイメージする。
「わっ!?」
「出来ただろう?」
思いの外あっさりと、俺の右手が虎の前脚になった。
「これは……面白いな」
イメージに従って、引っ込んでいた爪を伸び縮みさせられる。
「ちゃんと感触もあるんだなぁ……」
触っている側の手にも爪の方にも、しっかりと身体の一部のような感触がある。
「こんな感じにも……出来るのか」
ふと思いついて、虎の前脚ではない普通の手の状態でも爪が出せるか試してみると、某ミュータント映画のキャラみたいに手の甲から爪を出したりする他、元々生えている爪の先を伸ばしたりする事も出来た。
「どうだ? これでいつでも、モフモフだったか? を、楽しむ事が出来るぞ」
「ふむ……」
「だ、ダメだよっ!」
虎の脚だけではなく、白ちゃんの翼などへの様々な变化を試していると、突然黒ちゃんが大声を出した。
「ご、御主人がモフモフするのは、あたいのだけっ!」
「黒ちゃん?」
「どうした黒?」
变化させていた部分の感触を確認していた俺の手を、黒ちゃんが取って自分の虎の前脚に導いた。
「うー……」
「いや、俺は状態を確認してただけだからね?」
黒ちゃんや白ちゃんは今の見た目の方が変身後であって、部分变化は元々の身体の一部に戻しているだけだから、当然ながら違和感は無いはずだ。
俺の場合は今までに無い手足の形状だったり、翼のような使った事の無い身体部位だったりするので、触った感触があるのかや、自在に動かせるのかというのを検証していたのだ。
「幾ら触ってて気持ちがいいからって、自分の身体を撫で回す趣味は俺には無いよ」
そういう人も世の中にはいるのかもしれないが、俺はナルシストでは無い。
「それに、見た目はあんまり変わらないけど、やっぱり黒ちゃんの毛並みの方が、触ってて気持ちいいしね」
「ほんと!? えへへー……」
機嫌が良くなったらしい黒ちゃんは満面の笑顔で、マーキングでもするかのように、身体のあっちこっちを俺に擦り付けてくる。
「むぅ……」
「白ちゃん?」
また御機嫌斜めになると困るので、黒ちゃんのしたいようにさせていると、面白く無さそうな顔で白ちゃんが俺を見下ろしている。
「黒、変われ」
「いいよー! 御主人分、いっぱい補給出来たから!」
「なんか吸われたの、俺?」
疑問に答える事無く、白ちゃんは俺の頭の両サイドを手で挟んでそっと畳に置くと、今度は黒ちゃんが俺の頭を自分の膝へ載せた。
「い、行くぞ……」
黒ちゃんに膝枕されている俺の左半身に、白ちゃんが遠慮がちに抱きついてきた。
「この間も一緒に寝たんだし、なんでそんなに緊張してるの?」
「む……明るい場所なので、な」
良くわからないが、白ちゃんにとっては大きな違いらしい。
「ところで、俺にも部分变化を使えるのが当然みたいに言ってたけど、そういう物なの?」
むしろ、なんで今までわからなかったんだ? くらいな感じに言われた気もする。
「俺達と主殿は魂の部分で繋がっているのだから、当然といえば当然だろう?」
「そういう物なのかもしれないけど……もしかして、他にも何かあるの? それと、俺に出来る事が二人にも出来たりするとかする?」
当然の疑問なので訊いてみた。
「多分だが、主殿にも界渡りは使えるぞ」
「そうなの!?」
予想外、と言うよりは予想以上の答えが白ちゃんから返ってきた。
「だが、俺達のように有名な寺社を目標に出来るのかはわからないから、もしも使うのなら当面は、今までに行った事がある場所だけを目標にしておいた方がいいだろう」
「あー……」
ただの方向音痴なら、余程の事が無ければ命には関わらないが、違う界で迷子にでもなったら文字通り命取りだ。
(まあ知っている場所へ界渡りで行けるだけでも、格段に便利だしな)
とりあえずは使えるかどうかを、那古屋辺りを目標にして試した方が良さそうだ。
「後は、あたいが使った、気を離れた相手に放つ「遠当て」かなぁ」
「あれは今まで使う必要が無かっただけで、主殿は元々使えたのではないか?」
「ん? 元々使えた?」
なんで白ちゃんがそう思ったのか、俺にはわからない。
「気を拳に込めたり刀身に纏わせたりしての攻撃というのは、それがわかり易いからだ。わかるな?」
「うん」
「離れた相手に放つと、拳などを伴う攻撃よりは威力は落ちるが、距離を取りながら戦ったり、意表をついたり牽制したりと、飛び道具特有の強みはある」
「まあ、そうだよね」
弓などとは違って、構えを取る必要が無いというのも強みだ。
「だから、元々気を使った戦いが出来て、更には強大な保有量の主殿には、遠当てが使えて当然だと認識していた」
「考えた事も無かったな……黒ちゃん独自の技だと思ってたよ」
元の世界でも、離れた相手を倒すという技の使い手はいるのだが、かなり怪しい検証しかされていないので、完全に物語の中の出来事という認識だった。
「当然、俺にも使えるし、主殿にも使えるだろう」
「でも、試すのも難しいよね?」
「そ、それは……」
おりょうさんが透過させた黒ちゃんの遠当てを防ぐのに、かなり無理をさせられた。その事を考えると、力加減が微妙な俺が使った場合、白ちゃんが口籠るくらいには周辺への被害が甚大になる可能性が高い。
「逆に、俺の使える技を、白ちゃんや黒ちゃんが使ったり出来るの?」
「出来る、と言いたいところだが、気の保有量の圧倒的な違いがあるので、劣化版という程度だな」
この辺は単純に、エンジンに例えるなら排気量の違いみたいな物なのだろう。
「あ、もしかしてだけど、俺が授かってる権能なんかも使えたりするの?」
「それは……」
「御主人の権能って、不動明王のだっけ?」
「うん。熱い火、というか温度調整と、熱くない火、それと清めの火だね」
幸いな事に、まだ清めの火を使うような事態は発生した事が無い。
「んーっと……熱くない火、出来た!」
「使えるみたいだね」
俺の視線の先、黒ちゃんの手の平に小さな炎が灯っている。
「じゃあ御主人も、あたい達の雷を使えるね!」
「二人共、そんなの使えるの?」
黒ちゃんと白ちゃんが、雷を使えるというのは初耳だ。
「あ、もしかして、雷獣って呼ばれてたり、雷を身に纏って現れるっていう伝承に関係あるのかな?」
「おう! 思いっきり気を込めれば、対象は黒焦げになるよ!」
「威力を調整すれば、殺さずに痺れさせるだけとかも出来るぞ」
説明しながら二人は、親指と人差指の間で、雷をスパークさせた。
「……」
中々凄い能力なのだが、この時俺は頭の中で、まったく別の事を考えていた。
(やばい。黒ちゃんが最初に出会った時みたいな、虎縞の毛皮を胸と腰に巻いた格好で「ダーリンのバカー!」とか言いながら雷を使ったら……)
某鬼娘そのままだなとか、我ながらバカな想像を巡らせていたのだった。
(でもまあ、雷は実用的な面もありそうだな)
攻撃に使うのは危険だが、川とかで魚を獲ったり、あくまでも緊急時にではあるが、心停止している人に電気ショックの代わりに使ったり出来そうだ。
「ん? 電気だよな……」
ふと、頭に閃いた俺は身体を起こした。
「ど、どうしたの御主人? あたいの膝枕、気持ち良くなかった!?」
「俺の身体はモフモフでは無いから、癒やし効果が無いのか……」
「あー……いや、そういう事じゃ無くてね。ちょっと試したい事が」
俺が不満があって身体を起こしたと勘違いしたらしく、黒ちゃんも白ちゃんも絶望的な表情をしている。
「俺の両肩に手を当てて、ごく軽く雷を使ってくれるかな」
「ええっ!? あ、危ないよ!?」
「だから、ごく軽くでお願いしたいんだけど」
(もしかして、レベルの高い魔法使いの、最低威力の攻撃魔法みたいな事になるのかな?)
意図しなくても、レベル分ダメージ増加とかのシステムなら仕方がないが、死ぬような事は無いだろう。
「まあ多少失敗しても怒ったりしないから、やってくれる?」
「むぅ……わ、わかったよぉ」
「黒、慎重にやれよ?」
俺の両肩に手を当てた黒ちゃんを、白ちゃんが真剣な表情で見つめている。
「や、やるよ……えいっ!」
「おっ!」
ビリっと、鋭い感覚が両肩に走り、筋肉が少し引っ張られうような感じがしたが、苦痛では無かった。
「黒ちゃん、今度は少し継続的にやってくれる?」
「ええー……わ、わかった」
仕方ないなぁ、という気持ちが伝わってくるが、黒ちゃんは渋々ながらも継続的な雷を肩に流してくれた。
「お。おおぉ……」
「ご、御主人!? 苦しいの!?」
「黒、慎重にやれと言っただろう!」
俺の溜め息のような声をどう受け取ったのか、狼狽えた黒ちゃんは雷を止め、そんな黒ちゃんを白ちゃんが叱責する。
「ああ、勘違いしないで。凄く気持ち良かったんだよ」
「「気持ち良かった!?」」
何を言っているのかわからない。口には出さなくても俺を見つめる二人の顔は、その言葉を雄弁に語っている。
「んー……按摩ってわかる?」
「身体のコリをほぐすとかいう、あれか?」
「ああ、それそれ。按摩も身体への刺激でコリをほぐすんだけど、原理的には一緒なんだよ」
知識として白ちゃんが知っていたので、説明が省けた。
「俺はあんまりコリは無い方なんだけど、それでも今の背中への刺激は、気持ち良かったんだよ」
「あたい達も、やったら気持ちいいかな?」
「えっ? う、うーん。どうだろうなぁ……」
人間とは身体構造が根本的に違う上に、固有能力として雷を持っているから、全く効果無しという事は考えられる。
「試してみる?」
「おう!」
俺の何気無い一言に、黒ちゃんはさっさと背中を向けて座った。
「じゃあ、やってみるね」
最小限の、と、頭の中で念じながら、黒ちゃんの背中に当てた手の平から雷を放つ。
バチッ!
「「あ……」」
想像を遥かに超えるスパークの音と閃光が、黒ちゃんの背中を中心にして起こった。咄嗟に何が起きたのか反応出来ない声と、不意打ちを受けた黒ちゃんの声が重なる。
「ふみゅぅ……」
「ちょっ!? 黒ちゃん!?」
くたっと、黒ちゃんが意味不明の声を発して、その場に崩折れた。




