ロールキャベツ
「おせんと鈴白を呼んだ件なんだが、察しは付いてるだろうが、あの事件についてだ」
以前に取り調べに使われた部屋で松永様と向かい合い、俺の隣におせんさんが座っている。
「例の事件を起こした野郎に沙汰が下りてな。財産没収、遠島五年、尾張から十里(四十キロ)四方所払いだ」
死者が出ていないので量刑は妥当だと言えるが、医者という手に職があっても、尾張からの所払いは相当に苦労するだろう。
「それでだ。没収した財産の内、一割は領主である織田家が貰い受けるが、残りは被害者であるおせん、お前の物となる」
まだ傷害保険なんて無いだろうから、これはおせんさんにとっては良い制度だ。心的な傷は金では癒せないのだが……。
「あの、私は怪我を負いましたが鈴白様に治して頂けましたので、そのお金は全額、鈴白様にお渡し下さい」
「おせんさん!?」
金額がどれくらいかを聞く前に、おせんさんがとんでもない事を言い出した。
「私が働いている椿屋は大店ですので、給金も良いのです。旅をされる鈴白様には、お金は必要ですよね?」
元の世界と違って、妓楼で働いているからといって店に借金があるという訳でも無いので、おせんさんの言っている事は本当なのだろう。
椿屋さんがあくどい事をしているとは思えないし、芸妓のお藍さんに悲壮感が見えない点からも、その辺は明らかだ。
「俺はそれ程、金銭には困っていないんですが……」
那古屋でかなり散財したが、旅に必要な物ばかりを購入したので、無駄に使ったという気はしていない。しかも手元には、まだかなりの額があるのだ。
「私をお救い下さった鈴白様に使って頂ければ、これほど嬉しい事はございません」
「しかし……」
別に持っていても困る物では無いという事なら、俺ではなくおせんさんが持っていてもいいと思うのだが……。
「鈴白、おせんがここまで言ってるんだから、受け取っておけよ。いらねえんなら、賽銭でもお大尽遊びでも、好きにすりゃいいんだからよ」
「お大尽遊びって……」
大金が手に入ったらお大尽遊びという発想が出るのが、なんとなく松永様らしく感じる。
「……わかりました。ですが全額は受け取りません。おせんさんにも幾らかは受け取って貰います」
「えっ!?」
俺の返しは予想外だったらしい。おせんさんの顔に動揺が見えた。
「それでダメなら、全額を寄進します」
半分脅しのようになってしまているが、全額を俺が貰うのは、どう考えても間違っている。
「……わかりました。では、織田家が貰い受けた残りの一割を私が受け取りますので、残りを鈴白様に」
「……」
おせんさんが一割というのは随分少なく感じるが、こちらの条件を受け入れてくれたので、俺がこれ以上何かを言う事は出来ない。
「……では松永様、それで手続きをお願いします」
「わかったぜ。そら。こいつが書類で、おせんに一割だな」
相当に腕の良い医者だったのか、書類の内容を確認すると、処分した土地家屋に書物や薬剤を換算した合計と現金を合わせると、金貨で五十枚を超えていた。織田家が持っていく分は端数無しで、金貨五枚だ。
「じゃあおせんさんに、金貨を五枚」
「鈴白様、多いですよ?」
「……生憎と、細かい持ち合わせが無くて」
押し問答になるのが目に見えたので、おせんさんが続く言葉を口にする前に、端数を大幅に切り上げて五枚の金貨を手に握らせた。
(しかしここに来て、金貨を四十枚以上って……)
人助けの結果とは言え、明らかな不労所得が入ったおかげで、手持ちの金額がこっちの世界に来た時よりも増えるという状況になってしまった。
(……とりあえず、一枚は天照坐皇大御神様への賽銭にしよう)
非常に不本意ではあるが、俺は受け取った金貨を仕舞った。
「おせんさん、今からでも構いませんから、もう少し……」
代官所の門を出たところで、俺はおせんさんをもう一度説得する。
「鈴白様から見た私が、どのように映っているのかはわかりませんが、これでも結構余裕のある生活をしているのですよ?」
おせんさんの雇用形態が住み込みか通いなのかまでは知らないが、給金以外に食事は出ているので、条件は決して悪くないのだろう。
「鈴白様にはお連れ様も大勢いらっしゃいますし、何かと物入りでございましょう?」
「それはそうなんですが……」
五人で行動すると、宿に泊まったり食事に入ったりすれば、一人の時の五倍以上の金額が必要になるので、いずれは路銀を工面しなくてはならないだろう。
伊勢では最初の二日間以外は椿屋と代官所に滞在しているので、福袋や食材の購入費以外は節約出来たのが地味に大きい。
「お金はいりません」
「ですが……」
「私を旅にはお連れ頂けないでしょうけど、せめてお金だけでも鈴白様のお役に立つなら……」
事件の際に助けた俺に対し、おせんさんが吊り橋効果で好意を寄せてくれているのはわかるのだが、古市に定住する訳にも行かないので、想いを受け入れる事は出来ない。
「おせんさんのお心遣い、ありがたく頂戴します」
「はい……伊勢の古市に、こんな女がいた事だけ、覚えておいて下さいまし」
頭を下げたおせんさんは、早足で去っていった。
「話は終わったのかい?」
おせんさんと別れて、俺が使っている部屋に戻ると、おりょうさんが待ち構えていた。
「ええ。おせんさんを助けた事件の犯人に沙汰が下ったので、関連した俺が呼ばれました」
「そうかい。そいで良太は、この後はどう過ごすんだい?」
「特に決めていませんけど……最後にもう一度、内宮へ参詣に行こうかなぁ」
明日は宴会の食材の仕入れの打ち合わせがある。参加する人数が人数なので、準備も始めた方がいいだろうから、参詣に行くなら今日が最後のチャンスだろう。
「なら、あたしも一緒に行っていいかい?」
「それは勿論、構いませんよ」
頼華ちゃん達の姿が見えないが、みんなで出掛けているのだろう。
「じゃあ行きましょうか」
「うん!」
俺が手を差し出すと、おりょうさんが笑顔で握ってきた。
作法と手順に従って、俺とおりょうさんは内宮の本殿の前に到着した。静謐で清々しい雰囲気の漂う、いつ来ても気持ちの良い場所だ。
「ようこそお出で下さいました。良太さん」
音が途絶え、現実世界と隔絶された感じがしたと思ったら、次の瞬間には天照坐皇大御神様が目の前に立っていた。
「いつも多くの御寄進を頂きまして、誠にありがとうございます」
「いえ、そんな……」
罪を負った人の元にあった金なので、寄進する事によって少しでも浄財になればという、ある意味打算的な考えが入っているので、俺は恐縮するしか無い。
「あの、これは新しく作った菓子になります。宜しければ」
持参した菓子を和紙の上に載せ、両手で捧げるように天照坐皇大御神様へと差し出した。
「いつもながらの見事な出来栄えですね。はぁ……お菓子に込められている、良太様の御心を感じますわぁ」
実体を食べられない天照坐皇大御神様は、菓子の上に手をかざして喜色を浮かべている。ありがたい事に、今回も御気に召して頂けたようだ。
「今年はもう何も奉納されなくても、満足出来るくらいに堪能させて頂きました!」
「そ、そうですか?」
過分な評価だとは思うのだが、天照坐皇大御神様に言われて、純粋に嬉しさが込み上げてくるのを感じる。
「良太さんは、もうじき旅に出られてしまうのですね?」
「ええ。元々、こんなに長く伊勢にいるつもりではありませんでしたし」
「私としては、永住して欲しいくらいなのですけどね……」
「そ、それは……」
神の身である天照坐皇大御神様の言う永住が、どういう事を意味するのかを考えてしまう。
「仮に住むにしても、俺一人でここに戻ってきた時に、でしょうね」
一人旅だったらそれも良かったかな、とか少しだけ思わなくもないが、隣で祈りのポーズのままでいるおりょうさんを始め、旅の連れ合いをほっぽり出す事は出来ない。
「その日が来るのを、長い目でお待ちしております。何せ私には、永遠に近い寿命という武器がありますから」
えっへん、という感じで、天照坐皇大御神様が胸を張る。
「永遠では無く、永遠に近いなんですか?」
神様だから当然のように不老不死なのかと思ったので、俺は天照坐皇大御神様に尋ねてみた。
「人々に信仰されている内は、不老不死ですよ。ですが、忘れ去られた存在になっている神仏も、数限りなくいますので」
人がいて信仰が始まり、時代が推移して行く間に廃れ、忘れ去られた神仏は、実質的に死を迎えるという事なのだろう。
「姿や名前を変えて残る信仰もあるのですが、それはもう別の存在と言ってもいいでしょう」
新たな信仰形態や文明によって、古い物が都合良く解釈されて書き換えられた例は、元の世界でも多々あった。
「もしもそんな事になっても、俺は……俺だけは、天照坐皇大御神様の事を決して忘れません」
「はぅっ!」
俺の言葉を聞いて天照坐皇大御神様が、仰け反りながら変な声を出した。
(あ……なんか今のって、プロポーズっぽかったな)
俺の考えを肯定するかのように、天照坐皇大御神様が、両手で頬を押さえながら恥ずかしそうに身を捩っている。
気の所為か、身に纏っている後光に少し赤い色が含まれ、柔らかくなったように感じる。
「も、もう……良太さんのそのお言葉で、私はあと二千年は戦えますわ!」
俺の一言で、西暦と同じくらいの期間を戦えると言われるのは、大変な名誉というよりは恐れ多い事態だ。
「こ、こほん……失礼。少し興奮してしまいました」
わざとらしく咳払いをした天照坐皇大御神様の後光からは、赤っぽい成分が抜け、いつも通りの威厳を含みながらも温かい物に戻った。
「この伊勢で、良太さんとお会いする機会は暫く無さそうですが、私を祀る社は国中にありますから、宜しければ旅の合間に詣でて下さいませ」
「はい。必ず」
「良太さんの旅の前途に、幸多からん事を」
始まった時と同様に、唐突に隔絶された世界は元に戻った。
「良太は、随分と早くお祈りを終えたんだね?」
お祈りを済ませたおりょうさんが、手を合わせていない俺を見て呟いた。
「もう、何度目かの参拝ですから」
元々、内宮でも外宮でも個人的な願いをしてはいけないので、必然的にお祈りはシンプルになる。
「帰る前に、お茶でも飲んでいきましょうか?」
「ああ。そりゃいいねぇ」
俺の申し出に、おりょうさんは嬉しそうに腕を絡めてくる。
「素朴だけど、なんかホッとする味だねぇ」
伊勢に来た初日に入った、青福というのぼりの出ている茶屋の縁台に腰掛け、餡餅を食べながらおりょうさんが呟いた。
「もしかして、牛の乳や乳酪を使った菓子類は、おりょうさんの口には合いませんでしたか?」
試食の時にはおいしそうに食べてくれていたが、もしやという気持ちが頭を過った。
「そんな事無いよ。でも、牛の乳や乳酪を使った菓子屋料理は、濃厚な物が多いだろう? だから食うんなら、一日おきくらいがいいねぇ」
どうやら口には合っているが、食べ飽きないように味覚に変化が欲しいという事だったようだ。
「逆に今までは、菓子といえば小豆餡、料理といえば醤油か味噌を使う物ばっかりだったから、良太のおかげで色々食べられて助かってるよ」
流通している食材の問題もあるのだが、和洋中が混在している現代の日本と違って、どうしても食事や間食のバリエーションは乏しくなってしまう。
「俺の場合は、好きでやってるだけなんですけどね」
「す、好き!?」
湯呑を両手で持ったまま、おりょうさんが俺を見つめている。
(あれ。話の流れ的に、そういう意味に取られたか?)
料理をするのが好きという意味で言ったのだが、頬を染めているおりょうさんは、別の捉え方をしたみたいだ。
(まあ、そっちの好きも間違ってはいないから……いいかな)
必ずしも、おりょうさんの勘違いという訳でも無いので、俺は敢えて訂正はしないでおいた。
「今夜の食事で、何か食べたい物はありますか?」
「宴会に向けて良太は大変だろうから、今日と明日は適当で構わないよ?」
「そういう訳には……」
ついさっき料理と菓子を褒められたばかりで、いきなり手を抜く訳にはいかない。
「でもねぇ。良太はいつも凝り過ぎなくらいだよ?」
「うっ!」
おりょうさんの指摘通り、最近は食材の充実もあって、朝食以外は凝り気味だなと自分でも思っていた。
「頼華ちゃんや黒なんかは、良太が作る物なら多少は手を抜いてても、大喜びで食べると思うけどねぇ」
「それは俺も思いますけど……たまたま厨房を使える場所に逗留してますから、出来るだけおいしい物を食べて欲しいんですよね」
旅先では宿の料理か、自炊するにしても設備の問題で、簡単な物しか作れない場合が多いと考えられるので、それ以外の場所では出来る範囲で、おいしい物を作ってあげたい。
「あたしから言わせれば、咖喱味の焼き飯を、更に卵で包むなんてのは、凝り過ぎってよりはやり過ぎに思うけどねぇ」
「ははは……」
実はオムライスは、最後の卵で包む行程以外は一度に作業を行えるので、人数分の魚を焼いたりするよりは楽かもしれないのだが、おりょうさんには相当に凝った料理に思われているようだ。
「それで、今夜はその丸っこい野菜を使うのかい?」
参詣からお茶の流れのまま、おりょうさんが夕食作りを手伝ってくれる事になった。
「これを使うんですが、半分は咖喱にしようかと思います」
おりょうさんの言うところの丸っこい野菜、キャベツをまな板に置いた。
「今まで咖喱に、葉物の野菜って使ってたかい?」
「あー……ちょっと説明が難しいので、作りながらでいいですか?」
現代では千切りキャベツを添えた咖喱なんてメニューもあるが、今回はそういう物を作る訳では無い。
「先ずは、芯の周りに切込みを入れて……」
キャベツの芯をぐるりと取り囲むように包丁を入れ、切った部分をくり抜く。
「えっ!? 丸茹でにするのかい!?」
湯が沸騰している鍋に、芯をくり抜いたキャベツを丸ごと入れたので、おりょうさんが目を丸くしている。
「丸のまま入れましたが、そのまま茹でるんじゃ無くってですね……」
(キャベツを丸ごと煮込んで作る咖喱っていうのも、それはそれでうまそうだな……)
大きく切れ目を入れたキャベツに、ベーコンやコンビーフを詰め込んで煮込む鍋は実際にあるので、アレンジすればおいしい咖喱になりそうだ。
芯をくり抜いた部分に菜箸を入れ、湯の中でキャベツを揺すると葉が一枚ずつ剥がれていく。
「この、バラバラになった葉を使うのかい?」
「そうです」
ザルに上げたキャベツを一枚ずつ開き、白くて硬い部分を削ぎ切りにしていく。
「おりょうさん、挽き肉に調味料を入れますから、手で混ぜて下さい」
「任しときな」
猪の挽き肉に塩、胡椒、酒、醤油、卵、削ぎ落として刻んだキャベツの白い部分、玉葱の微塵切りを加えた物を、おりょうさんに混ぜてもらう。
その間に俺は鍋にバターを溶かして、にんにく、玉葱を炒め、薄切りにした鹿肉に塩と胡椒を振って焼き色を付ける。
「良太。こんなもんでいい?」
「ええ。いい感じです。じゃあこの具を葉で包んで下さい。小さい葉は、二枚使って……」
お手本に、おりょうさんが万遍無く混ぜてくれた具を、軽く一掴みくらいの量をキャベツの葉で包む。ロールキャベツだ。
「この要領で、あと二玉分くらい作りたいんですけど」
一人に二つずつくらい行き渡るように作りたいのだが、キャベツ一玉で出来るロールキャベツは十個分くらいなので、お代わりも考えるとあと二玉分くらいは作る必要がある。
「味加減がさっきの通りでいいなら、あたしにお任せだよ!」
「おりょうさんなら安心ですから、お願いしますね」
頼もしい笑顔を見せてくれるおりょうさんにロールキャベツ作りを任せ、俺は別の作業へ移る。
さっきまでの鍋に、一口サイズに切った人参、じゃが芋を入れて炒め、小麦粉を振り込んで更に炒め、種を取って角切りにした赤茄子を加え、鍋の中身の半分を別の鍋に移す。
両方の鍋に少なめに水を入れて煮立て、片方には更に赤茄子を加え、塩、胡椒、砂糖、少量の醤油、酒を入れて味を調える。
もうひとつの鍋にも水を少なめに入れ、煮立てながら咖喱用の香辛料のミックスを入れて煮立てる。
「良太、こっちはそろそろ出来上がるよ」
「ありがとうございます。じゃあ、こっちも始めましょう」
おりょうさんが作ってくれたキャベツの包みを、あまり深くない鍋に敷き詰め、被るくらいの水加減で、軽く塩、胡椒を入れ、火に掛けて蓋をして煮込んでいく。
「これで、ほぼ出来上がりです」
「下拵えはそれなりに手間だけど、鍋に入れた後は楽な料理だねぇ」
「ええ。今回はこの煮込みと咖喱に入れますけど、この葉に包んだやつは、鍋に入れてもうまいですよ」
現代ではロールキャベツは、おでんや鍋の具の定番になっている。
「こっちはそろそろいいかな?」
ロールキャベツは本来なら、仕上げに煮汁に味付けをしたりする。
「今回は、この煮汁を……」
少なめの水加減で煮ていた二つの鍋に、ロールキャベツの煮汁を注ぎ足す。
「ははぁ。この煮汁にもいい味が出てるから、それを利用しようってんだね?」
「そうです。おりょうさんにはお見通しですね」
煮汁を足した分薄まるので、味見をしながら調味料と香辛料を足し、咖喱じゃない方の鍋には仕上げに生クリームを加える。
「これで出来上がりです」
炊きたての御飯と共に運べば、夕食の準備は完了だ。
「鈴白様、この赤いのは?」
平皿に盛られた御飯の上に掛けられた、ドロッとした赤い物を指差しながら、朔夜様が尋ねてくる。
「この間、汁物に使った赤茄子で、鹿肉を煮込んだ物です。御飯に合いますよ」
「そ、そうですか? この、上に載っている俵型の物はなんでしょう?」
疑わしそうな表情で、朔夜様が今度はロールキャベツを指差した。
「猪の挽き肉を、葉物の野菜で包んで煮込んだ物です。この間の丸めて焼いた物とは、また違う味わいになってます」
ロールキャベツの中身と、ハンバーグとメンチと肉団子はほぼ同じ材料だが、味わいは大分異なる。
「余達の皿には、二種類掛かってますが?」
辛い物が苦手な朔夜様と、咖喱が苦手な白ちゃんの皿には、赤いハヤシソースだけが掛けられている。
俺を含む他の人間の皿には、真ん中を境目にして左側にハヤシソース、右側に咖喱が、それぞれロールキャベツの上から掛けられて、鮮やかな彩りを見せている。
「赤い方は朔夜様のと同じで、咖喱の方はこの間説明した、赤茄子を味付けに加えて作った物だよ」
「おお! 早速作って下さったんですね! 朔夜、早く号令を!」
一気に食欲が増したらしい頼華ちゃんが、朔夜様に食事の開始を催促する。
「はい。では、頂きます」
「「「頂きます」」」
朔夜様の号令で、皆が一斉に匙を取って食べ始めた。
「こ、この赤茄子で煮込んだ鹿の肉、互いに味を引き立て合ってますね!」
独特の風味のある鹿肉をトマト味で煮込んだハヤシソースは、朔夜様の口に合ったようだ。
「おおぉ……赤茄子が入った事によって、更に複雑味と旨味を増しております!」
こういう正確な分析をするのが、頼華ちゃんがただの食いしん坊とは違うところだ。
「辛味が少し穏やかになってるのも、赤茄子の所為かい?」
「そうですけど、辛さが物足りなかったですか?」
香辛料の量はこれまでと変えていないが、赤茄子の旨味で味がマイルドになっている。
「これはこれでおいしいよ。でも、もう少し刺激は欲しいかねぇ……」
「次は赤茄子を入れた辛口も作りますよ」
変に遠慮をされるよりは、おりょうさんのように要望をはっきり言ってくれる方が、作り手としてはありがたい。
「御主人、煮込んだ挽き肉もおいしいけど、この葉っぱ、甘みがあっておいしいね!」
「この間の汁にも入れてあったんだけど?」
「あれもおいしかったけど、材料の味が全部混ざっちゃってたから!」
「ああ、成る程」
材料を全部刻んで煮込んだミネストローネは、材料同士の相乗効果がある代わりに個々の主張は弱まってしまうので、キャベツ自体の味はそれ程感じなかったのだろう。
「この赤い汁からも、肉を包んである野菜の味がするのは気の所為か?」
「別鍋で煮込んだ汁を、仕上げに入れてあるんだけど……そこまでわかるの?」
頼華ちゃんの分析にも驚いたけど、隠し味にと思ったロールキャベツの煮汁にまで気がつくとは、白ちゃんの舌は機械並みだ。
「あの……辛さが抑えられているのでしたら、咖喱を少し頂けますか?」
「抑えてあると言っても、今までよりはというくらいなんですが……」
朔夜様に興味を示してもらえたのは嬉しいが、辛さへの耐性がどの程度なのか把握出来ていないので、ちょっと腰が引けてしまう。
「朔夜、余の皿から味見をするがいい!」
「よ、宜しいのですか?」
頼華ちゃんからの申し出は思いも掛けない物だったのだろう。朔夜様は驚きを隠せないでいる。
「うむ! 盛り付けたはいいが、やっぱり食べられないというのでは、兄上に失礼だからな!」
「で、では少しだけ……あう……や、やっぱり辛い……でも、これはおいしさも感じますね」
匙でほんの少しの量を、頼華ちゃんの皿から掬って食べた朔夜様は、口を半開きにして辛さをやり過ごそうとしているが、以前のように涙目になったりはしていない。
「口に運ぶ時に、御飯の量を多めにすれば、それ程でも無くなると思いますけど。どうしますか?」
「鈴白よ、それよりはこっちの赤いのと混ぜて食えばいいんだよ」
見れば松永様は、カレーとハヤシソースを匙で半々の割合で掬い取って口に運んでいる。
「ああ、その手もありましたね」
「今みたいなやり方じゃなくて、最初から混ぜて食っても、これはこれでうまいぜ」
言うが早いか松永様は、皿の上で二色のソースと御飯を混ぜ合わせ、更にロールキャベツも削り取って口へ運んだ。
「うん、うまい」
「す、鈴白様。お代わりに両方をお願い致します」
松永様の食べ方が余程おいしそうに見えたのか、朔夜様は喉を動かしながら皿を差し出してきた。
「兄上! 余は今度は咖喱だけでお代わりを下さい!」
「あたいは赤い方だけでお代わりー! 葉っぱで包んだのはまだある?」
「はいはい。ちょっと待ってね」
各々が好きにアレンジしてのお代わりが殺到したので、二つの鍋とロールキャベツは、あっという間に食べ尽くされた。




