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キャラメル

「朔夜様、牛の乳から作ったお菓子です。味見用にお持ち下さい」


 夕食を終えて食器をまとめ、食後のお茶を飲んでいる朔夜様に、角切りにして片栗粉をまぶしたキャラメル二種を紙に包んだ物と、小皿に載せて木の匙を添えた、猪口齢糖(チョコレート)味のアイスクリームを出した。


「鈴白、俺には何も無いのか?」

「松永様も、同じ物をお食べになりますか?」


 キャラメルもアイスクリームも量はかなりある。


「甘い物以外には無いのか?」

「それでしたら……これをどうぞ」


 塩と咖喱(カレー)粉を振った二種類のポップコーンを、皿に盛り付けて松永様の前に差し出した。


「なんだこりゃ?」


 皿に盛り付けられた不定形のふわふわした物を見ながら、松永様は神妙な表情をしている。


「先程の汁物に入っていた玉蜀黍(とうもろこし)の中に、火で炒るとこういう風に弾ける種類があるんです」

「全然見た目が変わっちまってるが……ほう? なんか頼りない歯応えだが、塩気が効いてて酒には合いそうだな」


 数粒摘んで口に放り込んだ松永様のポップコーンの評価は、白ちゃんと同じ様に酒に合うかが決め手のようだ。


「これは同じ物を、その飴で絡めました」


 キャラメルに絡めたポップコーンを、幾つか朔夜様のキャラメルの包みに置いた。


「ありがとうございます。夕食後ですので、とりあえずはこの冷たいお菓子から……まあ。甘いですが少しほろ苦くて、食後の口直しにはいいですね。冷えた口にはお茶が心地良いです」


 バニラでは無くミルク味のアイスクリームに続き、今回の猪口齢糖(チョコレート)味のアイスクリームも朔夜様のお気に召したようだ。


 ごくり……


「あ、兄上! 朔夜だけで、余には無いのですか!?」


 アイスクリームを試食している朔夜様を指差して、頼華ちゃんが猛アピールしてくる。


「後でちょっと話があるから、その時に出すよ。という訳で、おりょうさん、後程部屋の方に行きますから」

「ああ。待ってるよ」


 黒ちゃんと白ちゃんに食器の片付けを手伝ってもらい、その後に厨房からおりょうさん達のの部屋へと向かった。



「話の前に、試作したお菓子です」


 おりょうさんがお茶を用意してくれていた座卓の上に、全員分のアイスクリームを出し、大きな皿に二種類のポップコーンを盛り付けた。


「これは各自の分を渡しておきますから、適当におやつに食べて下さい」


 二種類のキャラメルを各十粒ずつと、キャラメルを絡めたポップコーンの小さな塊も十粒ずつを、紙に包んで各自に渡した。


「渡したのとは別に、味見もしてもらおうかな」


 各自のアイスクリームの皿に、二種類のキャラメルを一粒ずつ置いた。


「ふぉぉぉ……た、食べてもいいですか!?」


 宝の箱を見つけたトレジャーハンターみたいな表情で、頼華ちゃんが各種のお菓子を見つめている。黒ちゃんは作るのを手伝ってくれて味見もしたので、今回は少し落ち着いているようだ。


「どうぞ。今回は黒ちゃんと白ちゃんも手伝ってくれたから、お礼を言ってあげてね」

「あ、あたいはほんの少しだけで……」

「主殿、手伝うと言える程には……」


 やはりというか、黒ちゃんと白ちゃんにとっては、俺の手伝いは当然という認識みたいなので、お礼を言われるような事では無いと思っているようだ。


「黒、白、ありがたく頂くよ」

「黒、白、兄上への協力、大義である!」


 なんとなく頼華ちゃんの言い方は、感謝というよりは家臣を褒める殿様みたいだ。


「「……」」


 それでも、自分達よりも上位の存在という認識なおりょうさんと頼華ちゃんに感謝を述べられて、二人は恐縮しているみたいだ。


(なんだろうな、この反応の違いは?)


 俺が褒めたりした時の黒ちゃんと白ちゃんの反応は、ちょっと失礼だが愛犬が主人に対するような嬉しそうな感じの物なのだが、おりょうさんと頼華ちゃんに褒められている恐縮している、今の姿の方が主従関係に見える。


「この冷たいお菓子の新作は、猪口齢糖(チョコレート)味かい?」

「ええ。秋になったら果物の風味の物も試そうかと思います」

「そりゃ楽しみだねぇ」


 笑顔でアイスクリームを口に運ぶおりょうさんを見て、さっきまでの考えはどうでも良くなった。


「冷たいお菓子もおいしいですが、この甘くて口の中で溶ける飴もおいしいですね!」

「おいしくて、とっても滋養があるんだよ」


 特別な材料は使っていないが、登山などでは猪口齢糖(チョコレート)と並んで古くから非常食に用いられている。


(まあ殆ど、砂糖の塊みたいな物だからなぁ)


 笑うと綺麗な白い歯が見えるので大丈夫だとは思うが、機会を見て頼華ちゃんの虫歯をチェックする必要がありそうだ。


「これが、今日の夕食の汁に入ってた、黄色いのと同じ物から作ったってやつかい……なんか不思議な歯応えだねぇ」

「軽くて面白い歯応えですけど、あんまり食べた気にはならなそうですね」

「これでお腹いっぱいにしようとか、思っちゃダメだからね?」


 かなり空気を含んでるので、ポップコーンはお腹には溜まらないが、溜まるまで食べたらカロリーが大変な事になりそうだ。


「こっちの飴を掛けた方は、少し食べ応えがありますね!」


 やはりというか、キャラメルを絡めたポップコーンの方が、頼華ちゃんのお気に召したみたいだ。


「それで、話ってのはなんだい?」


 一通りの味見を済ませて、一口お茶を飲んだおりょうさんが、湯呑を置きながら問い質してきた。


「えっと、ちょっと伺いたいんですが、おりょうさんの教えている接客と、頼華ちゃんの教えている作法の、それぞれの習っている人達の習熟の度合いはどれくらいでしょう?」


 質問に質問で返してしまったが、重要な事なのでおりょうさんと頼華ちゃんの答えを待った。


「椿屋さんに世話になってる頃から続けてるから、もうなんの問題も無いってくらいの腕前になってる人もいるよ」

「余の教えている方も、気を抜かなければ失礼にならない程度には上達しております。一番ダメなのは朔夜です!」


(朔夜様が一番ダメなのか……)


 おりょうさんと頼華ちゃんの答えは、ほぼ予想通りだった。朔夜様の事を除いては……。


「頼華ちゃん自身が試したからわかってると思うけど、朔夜様の鍛錬の終了に一応の目処が立ったので、接客と作法の方も同じ様な状況なら、そろそろ伊勢を発とうかと思うんです」


 伊勢を訪れた当初は、一泊だけして翌日には発つつもりだったが、思わぬ長逗留になってしまっている。


「急ぐ旅では無いんですけど、あまりずるずると長く居続けるのも……」


 ブルムさんと出会って食材を仕入れたり、牛乳を追加で入手したりと、長い滞在も決して悪い事ばかりでは無いのだが、何よりも今世話になっているのは伊勢の代官所であり、少なくとも定住するような場所では無い。


「まあいきなりは失礼になるので、発つにしても、二日後か三日後くらいを考えていますけど」


 椿屋さんにも挨拶をしなければならないし、出発前にもう一度、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様の祀られている内宮に参詣に行きたい。


「いいんじゃないのかい。二日くらい、のんびりとお参りでもしてから出発すれば」

「余には異存はありません!」

「あたい達は、残りの日は牛乳の加工をして過ごすよ!」

「うむ。旅の準備は任せてくれ」


 反対意見は出なかったので、三日後を目処に伊勢を発つという方針になった。


「明日の朝に朔夜様に話をして、午後からみんなで椿屋さんに挨拶に行くって感じでいいですかね?」

「いいんじゃなのかい。ついでに椿屋さんには、さっきのお菓子の試食分でも持って行けば」

「ああ、そうですね」


 俺達がいなくなった後も、伊勢で牛乳を使った食べ物が作れるようになるかは、牛を飼っている織田家の朔夜様次第なのだが、今のところは手応えは悪くない。



「朔夜様、ちょっとお話が」


 一夜明けて、朝食の席で俺は朔夜様に要件を切り出した。


「話とは、この後の鍛錬についてでしょうか?」


 朔夜様は食べ終わった茶碗を置いて、俺に向き直った。


「鍛錬も幾らかは関係するのですが。実は三日後を目処に、ここを発とうかと思っています」

「え……な、なにか粗相がありましたでしょうか? それとも、私の出来が悪いからですか? まさか、松永が何か……」


 朔夜様は視線を泳がせながら、心当たりを幾つか述べた後で、松永様をギロっと睨みつけた。


「あ、いや。良くして頂いてますし、朔夜様の上達も目覚ましいですよ。松永様も別に何も……」

「姫、とんだ言い掛かりですよ」


 心外というよりは、何かホッとしたような顔を松永様はしている。探られたら痛い腹があるのかもしれない。


「姫言うな。それに貴様は、何も失礼な事をしていないと言い切れるのか?」

「うっ……」


 最初に出会って取り調べを受けた時から、松永様の態度は良くも悪くも変わっていないのだが、朔夜様からすると、俺に対して失礼と映っているのかもしれない。


「本当に松永様が原因という事はありませんから。そうでは無くて、昨日、朔夜様が頼華ちゃんの攻撃を防げたので、修行の目標は達成したという事です」

「し、しかし、私はまだ未熟で……」

「朔夜、未熟なのは余も同じだ。修行は生涯を掛けて行うものだぞ」


 吸い物の椀を置きながら、頼華ちゃんが朔夜様に向かって微笑む。


「実のところ、朔夜様に俺達が教えられる事が無いんですよ」

「そ、そんな事は!?」

「朔夜様は、俺や頼華ちゃんになりたい訳では無いですよね?」

「それは……」


 尾張織田という大きな枠組みの中にいる朔夜様に、今までに身に付けた戦い方を捨てて、俺や頼華ちゃんの持っている技術を習得する事は出来ない。


「これからは基礎を続けながら、朔夜様なりの剣術を磨いて下さい」

「鈴白様……」


 感動の面持ちの朔夜様は、微かに涙を滲ませながら、熱っぽい視線を俺に送ってくる。


「朔夜。あと二日はここに滞在する。だから出発までは、みっちりと鍛えてやるぞ」


 さっきまでは穏やかに微笑んでいた頼華ちゃんだが、今はニヤリと、悪役のような笑顔を浮かべている。


「ひぃ! お、お手柔らかに……」


 そんな頼華ちゃんの笑顔を見て、朔夜様は表情を引き攣らせる。



「兄上。旅に出る前に、朔夜に剣術を見せてやって下さい!」

「いいけど……俺のは参考にならないでしょ?」


 朝食後に始めた鍛錬の、基礎の馬歩を終えた時に、頼華ちゃんが唐突に言い出した。


「朔夜に、今まで知らなかった高みを見せてやって欲しいんです!」

「私からもお願い致します!」


 お菓子を目にした黒ちゃんそっくりに、キラキラと瞳を輝かせながら朔夜様近づいてくる。


「無手であれだけの事が出来る鈴白様なら、剣術ならばさぞや……」

「あー……」


 どういう想像をしているのかまではわからないが、朔夜様の思い浮かべる俺は相当な達人のようだ。


「……片方だけにしようかな。頼華ちゃんはどっちがいいと思う?」


 俺の使える剣術は、今のところは示現流とんぼの構えからの斬り下ろしと、担ぎ技だけだ。


「示現流がいいと思います!」

「じゃあ、下がっててね」


 俺は腕輪を操作して、ホルスターに似たホルダーにセットされた状態の刀身の長い巴を、革のベルトで腰に装着した。


「鈴白様は、帯刀されたお姿も様になっておられますね」

「やめて下さいよ……」


 今は袴は履いているが、武人のように大小を差している訳では無いので、コスプレにしか見えないだろう。


「……」


 俺は無言で巴を抜き放ち、地面に深く打ち込んである、木の杭に藁を巻き付けてある的へ正対した。


「あれが、鈴白様の刀なのですね」

「うむ。兄上自ら打たれた、号「巴」だ」


 俺の集中を妨げないためだろう、朔夜様と頼華ちゃんが小声でやり取りしている。


「はぁー……すぅー……」


 大きく吐いた息を吸い込み、ゆっくり吐き出したところで止めて、刃を立てた巴の柄を右耳の横で、示現流のとんぼに構える。


「……っ!」


 頭に描いた軌跡を辿るようにして、巴を一気に斬り下ろし、走り抜けた切っ先を地面すれすれで止めた。


「「……えっ!?」」


 俺が巴の刀身を持ち上げたところで、朔夜様と頼華ちゃんの驚いた声が重なる。


「ええっ!? ひょっとして今、斬撃を放たれたのですか?」

「? ええ。そうですが」


 なんで朔夜様が、そんな当たり前の事を言うのか、俺には見当がつかない。


「的に切りつけた時の動きは、余にも見えませんでしたよ!?」

「えー……そんなバカな」


 達人の居合なんかでは、気がついたら抜き打たれていたなんて事もあるみたいだが。


「ちょ、ちょっと失礼致します……」

「ん?」


 朔夜様が近づいてきて、俺が斬り下ろした的を調べている。


「あれ? ちゃんと斬り付けたんだけどな……」


 目測を誤ったのか、地面に打ち込まれている的に斬撃の痕跡は見られない。


(そういえば、斬り付けた手応えが無かったような?)


 目測を誤ってはいないと思うのだが、藁が巻かれた木材を斬った感じはしなかった。


「え……」

「ん?」

「ええっ!?」


 朔夜様が手を触れると、突然巻かれている藁に斜めの線が現れたのに気がついた。頼華ちゃんが驚きの声を上げている間に斜めに滑り落ちると、尖った先が地面へ突き刺さった。


「なんだ。ちゃんと斬れてたのか」


 格好の悪いところを見せてしまったのかと思っていたので、少しホッとした。


「な、なんだ、って……こんな、剃刀で斬ったみたいな切り口、どうやって!?」

「ははは。朔夜、こんなのが出来るのは兄上だけだ」

「こんなも何も、最初と最後しか見えませんでしたよ!?」


 朔夜様は、的の切り口と頼華ちゃんと俺の間で、視線を行ったり来たりさせている。


「だから、参考にならないって言ったのに……」

「鎌倉の時は、余には剣筋は見えたのですが、まさか見えないとは思いませんでした!」


 頼華ちゃんの言う通りならば、ろくに巴を握ってもいないので剣術の腕前はともかく、身体能力は向上しているという事なのだろう。


「ら、頼華殿。お父上の頼永様も、鈴白様と同じくらいの使い手なのですか?」


 恐る恐るという感じで、朔夜様が頼華ちゃんに問い質している。


「ははは。朔夜、バカなことを言うな。父上は人間だぞ?」

「凄く失礼な事を言われた気がする!?」


 朔夜様の質問に愉快そうに答える頼華ちゃんが、とんでもない事を言い出した。


「冗談ですよ兄上。だが朔夜、ここまで出来る方が世の中にはいるのだと、心に留めておくがいい」

「はい!」

「むぅ……」


 色々と言いたいところではあるのだが、頼華ちゃんに綺麗にまとめられてしまった。



 昨日の夕食で作った海老入りの物と、追加で肉入りの物を作って浮かべた雲呑麺の昼食を追えて、那古屋に牛乳を取りに行って戻ってきた白ちゃんも合流し、久々に椿屋へ向かった。


「こんにちは」

「これは親方。皆様も御一緒で」

「「「親方、お疲れ様です!」」」


 裏口から店へ入ると、厨房の責任者の貞吉さんが笑顔で俺達を迎えてくれた。他の料理人も、手を止めて挨拶をしてくれる。


「お客様からの、料理の評価はどうですか?」


 貞吉さんが代官所に出向いて来た時には訊かなかったが、どうなっているのかは気になっていた。


「鰻は勿論評判がいいいですが、特に姐さんと一緒になって作る串揚げは大好評です」

「それは良かったです」


 ある程度の手応えがあったのがわかって、心底ホッとした。


「ところで、今日は椿屋さんはいらっしゃいますか?」

「ええ。帳場だと思いますが」

「では上がらせて頂きますね。あ、これ、試作したお菓子です。他の料理と併せて、作り方はここに」


 昨日までに作ったお菓子類を一通りと、レシピを記した紙の束を取り出して作業台に置いた。


「ありがとうございます。牛の乳が主な材料ですか……」


 一般的とは言い難い食材なので、貞吉さんは表情を曇らせる。


「代官の朔夜様が味を気に入って下さっているので、もしかしたら入手に便宜を図ってくれるかもしれませんよ」

「そ、それは本当ですか!?」

「確約は出来ませんが、多分」


 伊勢を発つまでには少し時間があるから、何か思い浮かぶようなら、朔夜様にもう少し乳製品をプッシュしてもいいかもしれない。


「それでは、失礼します」


 貞吉さんや料理人達に会釈して、俺達は店の奥へと向かう。



「こんにちは」

「これは鈴白様に皆様。ようこそお出で下さいました」


 帳場で算盤を弾いていた椿屋さんは手を止め、俺達へ向けて深々と頭を下げた。


「今日はどういった御用向きで?」

「少しお話があるのですが、お時間は取れますか?」

「大丈夫でございます。では応接室で」


 開いていた帳面を閉じて立ち上がった椿屋さんの先導で、応接室へ歩いた。



「良ければ、お茶請けにどうぞ」


 人数分の湯呑が置かれた座卓に、全員に少しずつ行き渡る程度の量のキャラメルと、猪口齢糖(チョコレート)コーティングした扁桃(アーモンド)を取り出して並べた。


「ふむ。これは不思議な甘さで……鈴白様、これの材料は入手し易いのでしょうか?」


 試食して興味を惹かれたらしい椿屋さんが、早速尋ねてきた。


「色の薄い飴の方は、那古屋の織田屋敷から牛の乳を融通して頂けたので作れました。猪口齢糖(チョコレート)の中の扁桃(アーモンド)は、高いけど手に入ると思いますが、猪口齢糖(チョコレート)自体は難しいんじゃないかと」


 仮に原料のカカオの状態で輸入出来ても、安定しておいしい猪口齢糖(チョコレート)の状態に加工するのには、かなりの試行錯誤が必要だと思う。


「そうですか……」


 椿屋さんが残念そうにしているが、こっちの世界では蒸気機関も外燃機関も作ろうとするとトラブルが発生するので、大量の物資の輸送に関しては、簡単に改善される事は無いだろう。


「これも牛の乳が手に入れば、作るのは難しくないですよ」


 猪口齢糖(チョコレート)の入っていない方のアイスクリームを小皿ごと取り出して、椿屋さんの前に置いた。


「これは……暑い時期には良さそうですね。かき氷や凍らせた果実などともまた違う味わいで。ふむ……」


 アイスクリームを口に運びながら、椿屋さんは何やら考え込んでいる。


「作り方は、貞吉さんに一通り伝えてありますので」

「お心遣い、感謝致します」


 食べる手を止めて、椿屋さんが頭を下げた。


「では、本題に入って宜しいですか?」


 試食と会話が一段落した判断して、椿屋さんに話を切り出した。


「何やら真剣な御様子ですね……どうぞ、お話を始めて下さい」


 背筋を伸ばして姿勢を正し、椿屋さんが話を聞く態度を示してくれる。


「では……椿屋さんの従業員の方々の接客と作法と、代官の朔夜様への武術の指導を終えたという認識に至りましたので、三日後を目処に伊勢を発とうかと思っています。今日はその報告に伺いました」

「左様でございますか……」


 俺が共に旅をする全員を引き連れて来たので、椿屋さんもある程度は内容を予想していたのだろう。用件を話しても落ち着き払っている。


「接客や作法の指導を受けた成果は、営業している中で出ていますか?」

「それはもう……接客に関しましては、「同じ金額を払うなら椿屋」というのが、お客様の間に知れ渡りつつあります」


 特定の芸妓を目当てに店に行く客も勿論いるが、「古市ならどの店がいい?」と訊かれた場合に、最初に名前が出る店になるのが理想なので、今のところは接客の改善が上手く行っているという事だろう。


「作法に関しましても、御利用下さるお武家様から、「口煩いのは野暮なので言わなかったが」と、心の内では注意したかった部分が直されたと、言われてしまいまして……」


 この辺は、武家としての教育を受けていない層に理解しろ、と言うのが本当は無茶なのだが、そういうところまで心配りをされれば当然嬉しいので、今後は強力な武器になるだろう。


「料理の方も、幸いな事に評判が良いようですね」

「ええ、ええ。お疲れの御様子でお見えになったお客様が、お食事をなさる内に元気を取り戻すので、娘達も料理人も驚いておりますよ」


 長旅の末に伊勢に詣でて、旅の土産話に精進落しで古市を訪れても、疲れている客も少なくないのだろう。そういう客の疲労回復や気分転の役に立つのなら、協力した事は無駄では無かった。


(松永様のように元気になり過ぎても、お藍さんを始めとする接客の女性は大変だろうけど……)


 松永様が鰻パワーで、お藍さんを寝不足の疲労困憊にしたのを思い出した。


「それで、椿屋さんに相談があるんですけど」

「相談でございますか? 鈴白様の申される事でしたら、大概の事はお聞きしますが」

「いや、それ程無理な事では……」


 この店では見慣れない料理を作った事は多々あるが、それ程無茶をした記憶は無い。


「明後日夜に、広い座敷を使わせて欲しいんです」

「座敷ですか? 勿論構いませんが、何をされるので?」


 当然といえば当然の質問を、椿屋さんにされた。


「伊勢でお世話になった椿屋さんを始めとする皆さんに、感謝の宴をと思っていまして」

「良太、そんな事を考えていたのかい?」

「兄上、初耳ですよ!?」


 おりょうさんと頼華ちゃんが驚いているのも当たり前で、昨日の夜に思いついて。今まで誰にも話していなかったからだ。


「さすがに私用で、代官所の応接室を使わせてもらう訳にもいきませんからね」

「まあ、そりゃそうだねぇ」


 おりょうさんが接客を、頼華ちゃんが作法を、それぞれ代官所の部屋で指導していたのだが、さすがに宴会をさせてくれと言うのは遠慮が無さ過ぎるだろう。


「良うございます。その代りと言ってはなんでございますが……」

「何か?」


 椿屋さんが、何か言いたそうだ。


「材料費はお出ししますので、一つ盛大に料理をお出し下さい」

「せ、盛大にですか?」

「ええ。その日は椿屋は休業致しますので、鈴白様御一行と朔夜様に松永様、そして当店の従業員全員分をお願い致します」

「ええ……」


 せいぜい十人ちょっとくらいの参加人数を想定していたが、椿屋さんの提案を受け入れるのなら、総勢は四十人を超えそうだ。


「……わかりました。精一杯やらせて頂きます」


 パーティーメニューみたいな料理を大量に作った事は今までに無いので、多少不安ではある。


「準備には、うちの料理人を好きにお使い下さい」

「えっ!? 一応、お招きされる側ですよ?」


 まだメニューは未定だが、俺と黒ちゃんと白ちゃんでなんとかするつもりだった。


「料理人は食べるのは勿論ですが、鈴白様のお作りになる姿を最後まで見たいと思っているはずですので」

「は、はぁ……」


(食べるだけでもいいんじゃないのかなぁ……)


 そんな事を考えながら、つい気の抜けた返事を椿屋さんにしてしまった。


「じゃあ、明日の日中に仕入れて欲しい物を相談しに、一度伺います」

「わかりました。貞吉に話しておきますので」


 思っていたよりも大事に発展してしまった宴会のメニューを考えながら、椿屋さんと挨拶を交わした。



「鈴白様」

「こんにちは、おせんさん。お出掛けですか?」


 裏口から椿屋さんを出て、通りまで歩いたところでおせんさんに出会った。


「代官所から、来るようにと連絡がありまして……」

「代官所からですか?」

「ええ。ですから、鈴白様達がお見えになっていると聞きましたので、宜しければ御一緒して頂ければと思いまして」

「構いませんよ。じゃあ行きましょうか」


 いつものメンバーにおせんさんを加え、代官所へ歩き始めた。



「そうですか、伊勢をお発ちになるのですね……」

「ええ。明後日の夜に、お世話になった方達を招いて宴を開きますから、おせんさんも是非参加して下さい」

「鈴白様のお作りになるお料理、楽しみにしていますね」

「期待に添えると良いですけどね」


 おせんさんの期待に少しプレッシャーを感じながら歩いていると、代官所の門前に辿り着いた。


「失礼致します。お呼び頂きました、椿屋のおせんと申しますが……」

「それじゃおせんさん、俺達はこれで」


 おせんさんが門衛に名乗り、代官所の中へ用件が伝えられると、松永様がやって来た。


「おう鈴白。丁度良いところに帰ってきたな。お前にも関連のある事でおせんを呼んだんだ。一緒に来てくれ」

「俺もですか?」


 俺とおせんさんの両方に関連する事柄と言えば、医者である男による刃傷沙汰の件だろう。


「なぁに。別になんか、お咎めがある訳じゃねえよ。さ、来てくれ」


 こっちの返事を聞かない内に、松永様はさっさと歩き始めてしまった。


「おりょうさん、用事が出来たみたいなので、ちょっと行ってきます」

「わかったよ。あたし達は適当に過ごしてるから、気にせず行っといで」

「ありがとうございます。おせんさん、行きましょうか」


 状況を察してくれたおりょうさんに礼を言い、おせんさんを促して松永様の後を追った。

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