掏摸集団
那古屋の治安維持を担っているのも織田家なので、必然的に俺達は織田屋敷に連れて行かれ、事情聴取を受ける事になったのだ。
取り調べに使われている部屋には俺と黒ちゃんと白ちゃん、目の前に座っている役人の男性と、聴取の内容を書き留めている別の役人の男性、そして入口付近に警備要員と思われる、短い槍を持った男性が立っている。
「お前さんと連れのお嬢ちゃん達が捕まえたのは、確かに掏摸と、その元締めだった。お手柄だな」
そして予想通りに、掏摸は単独犯では無く、抜き取られた財布を手から手へと伝えて元締めの元へと運ばれるという方式だったのだ。実行犯を調べても証拠が残らないという、実に巧妙な手段だ。
黒ちゃんが捕まえた初老の男が集団の元締めで、幼い男の子も無理矢理手伝わされていたとかでは無く、幾度も犯行に手を染めていたという話を聞いて、なんとも言えない複雑な心境になった。
(やれやれ……)
人助けのためだから仕方がないとは言え、また厄介事に巻き込まれたので、俺は心の中で溜め息をついた。
「えーっと。名前は鈴白良太で、住まいは江戸。身元保証人は……おいおい。伊勢の織田朔夜様ってのは冗談だろ?」
「あの、これが保証になるって言われたんですが……」
俺は懐から、朔夜様から預かった小柄を取り出して、役人に手渡した。
「こ、この紋は……本当に、朔夜様の!?」
小柄に刻み込まれている織田家の家紋を確認して、役人の男性の目が驚愕に見開かれた。
「えっと、本当は門番の人に渡すはずだったんですが……こっちは朔夜様から預かった書状です」
「ちょ、頂戴します……」
小柄を見せてから態度が一変した役人の男性は、俺が取り出した書状を恭しく両手で受け取ると、慎重に開いて読み始めた。書状の内容自体を俺は知らないが、特に問題は無いだろう。
「要件は承知致しました。では御所望の牛の乳はここへ運んで参りますので、暫くお待ち下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
急に言葉使いまで変わった役人の男性は、俺に小柄を返却してから一礼すると、他の二人の男性を伴って部屋を出ていった。
「朔夜は、織田家の中では高い地位にいるのだな」
役人の男性の小柄を見てからの態度の豹変ぶりは、白ちゃんも気になっていたみたいだ。
「そうだね。松永様が姫って呼ぶくらいだし。兄弟姉妹がどれくらいいるのかはわかんないけどね」
「そういうのなんて言うんだっけ……腐っても姫?」
「黒ちゃん、あまり大きな声で言っちゃダメだってば……」
俺も少しは思っていたが、織田の本拠地で言うのは不味い。
「それにしても、俺は実行犯にしか目が行っていなかったが、共犯者の存在に目をつけるとは……さすがは主殿だ」
「ほんとだよねー!」
白ちゃんと黒ちゃんは、両腕を組んで、うんうんと頷きあっている。
「いや、そんな……と、ともかく、街の人に迷惑を掛けている連中が捕まって良かったよ。黒ちゃんと白ちゃんが手伝ってくれたおかげだね」
もしも俺だけだったら、二人くらいまではなんとか出来たかもしれないが、怪しい人間がいても五人までは対処が出来なかったと思う。
「御主人の役に立ったー?」
「うん。凄くね」
「主殿のために働くのは当然だ」
「でも、ありがとう」
小さな子にするように、黒ちゃんと白ちゃんの頭を優しく撫でると、二人共猫のように目を細めて、俺のなすがままになっている。
「はにゃぁぁー……ご褒美うれしいぃ……」
「ぬ、ぬぅ……主殿の手からは、何か怪しい成分でも出ているのか……全く抗えん……」
白ちゃんの言葉を聞いて自分の手を凝視するが、特に気も出ていないのが確認出来たので頭を撫で続ける。
「お待たせ致しました。御所望の牛の乳を持って参りました」
聴取をした役人の男性に続いて、大きな木の樽を二つ載せた台車を、顔からしてかなりの力を込めている感じの男性が部屋の中へ運び入れた。
「酒用の七十二リットル樽が二つになります」
鏡開きなんかに使う四斗樽というやつだと思うが、翻訳機能がリットルに換算してくれたみたいだ。
(樽の重量まで含めれば百五十キロは超えてるか……そりゃ重いよな)
台車を運んできた男性の苦労を、心中で察する。
「ありがとうございます。ここでは、毎日これくらいの量は採れるんでしょうか?」
朔夜様は数十頭の牛を繋養していると言っていたが、雌牛の割合や、その中でも乳を出すくらいの年齢の牛の数は聞いていない。
「あと一樽くらいは採れますが、仔牛用の分と酪を作る分に使っています」
「二つの樽の分は、通常は織田屋敷の方では不要という認識で宜しいですか?」
「ええ。それで間違っていません」
仔牛が成長したら、もう少し消費量も増えるのかとは思うが、今日明日の話では無いだろう。
「では、明日以降も牛の乳を頂きに上がりますから、用意をお願い出きますか? 樽は洗って返却しますので」
さすがに樽ごと頂戴するのは気が引けるので、どこかで調達しようと考える。
「は、はあ……ですが、鈴白殿は伊勢に滞在しているのですよね? 明日以降はどうやって……」
「それは、朔夜様にも説明していないのですが……お聞きになりたいですか?」
疑問に思われるのは当然なのだが、迷惑をかける気は無いので、ここは煙に巻かせて貰おう。
「い、いいえ! 朔夜様が許可を出されているのは、鈴白殿を信用なさっての事。我々も深く詮索は致しません!」
俺の言葉で、勝手に機密事項か何かと勘違いしてくれたみたいなので、今後は追求されるような事は無さそうだ。
「ありがとうございます。明日以降は俺の代わりにこの子達のいずれかが来ると思いますから、宜しくお願いします」
「はっ! お任せ下さい!」
とんだ時間を食ってしまったが、お蔭で明日以降はスムーズに事が運ぶだろう。
俺は腕輪に樽を収納して、役人の男性達の見送りを受けながら、織田屋敷を後にした。
「すいません。お待たせしました」
「おお、鈴白さん。いえいえ、そんなにはお待ちしていませんよ」
ブルムさんは木の板に「午後から開店します」と木炭で書き込んで、藁のむしろの道に近い方に置くと、両隣の露店の店主に会釈してから俺達に近づいてきた。
「さて、昼は何を召し上がります?」
「実は那古屋には初めて来たんです。だから何か、ブルムさんのオススメがあればと思うんですが」
ブルムさんの出身地は大陸の西部なので、那古屋は地元では無いのだが、良く行く店などはあると思うので、ここは丸投げにした。
「ふむ……鶏鍋のうまい店がありますが、そこでいいでしょうか?」
「いいですね、鶏鍋。じゃあすいませんが、案内をお願いします」
「わかりました。こっちです」
ブルムさんの先導で、俺達は熱田神宮方面へと歩き始めた。
鍵前という料理屋の小上がりの座敷に、俺達とブルムさんは落ち着いた。店内はほぼ満員で、料理のいい匂いが漂っている。
「ご、御主人……まだ!?」
箱火鉢に置かれている、肉と野菜と豆腐がグツグツと煮えている鍋を、黒ちゃんが食い入るように見つめている。その表情からは、まだかまだかという心の声が聞こえてきそうだ。
「そろそろいいかな? では、頂きます」
「「「頂きます」」」
なんとなくの俺の号令で、食事を開始した。
「うん。鶏の出汁で煮た肉も野菜もうまいな」
「出汁が濃厚だけど、いい塩加減であっさりいけるでしょう?」
「ええ。絶妙ですね」
ガラから取った出汁は濃厚なのだが、ブルムさんの言う通りに飲める程度の塩加減に仕上げてあるので、食べ飽きる感じも無い。
「お待たせ致しました。味噌炊きです」
二人前くらいの量の鶏鍋を食べ終わった頃合いで、同じ鶏を味噌で味付けした鍋を店員が運んできた。
「ふむ。濃い色だが、田楽と同じで味自体は濃過ぎたりはしないのだな」
「味噌と鶏肉って合うんだねー! うまーっ!」
味付けが塩から味噌に変わった以外は具材も同じなのだが、全く違う料理に感じるのは不思議だ。
「お待たせ致しました。すき焼きです」
食べる勢いが衰えず、やっと腹具合が落ち着いてきたくらいのタイミングで、注文した最後の品がやってきた。鶏肉のすき焼きだ。
「この、生卵に絡めて食べるというのは故郷には無い食べ方なんですが、今ではすっかり気に入ってます」
ブルムさんは微笑みながら、小鉢に落とした卵をかき混ぜる。
「という事は、卵かけご飯なんかも?」
「ええ。まだ納豆は苦手ですが……」
苦笑しながらブルムさんは、溶き卵を絡めた鶏肉を頬張った。
(鶏肉のすき焼きは初めてだけど……肉自体に歯応えがあって味が濃くて、うまいもんだな)
現代のブロイラーよりも旨味を感じる鶏肉は、甘辛の醤油味の割り下にも負けなていない。
締めにはきしめんを、それぞれの鍋に入れて食べた。
「雑炊なら最初の鶏鍋が一番美味しかっただろうけど、こうやってきしめんを入れると、鍋と同じで色々楽しめるな」
汁気が多めの雑炊には、味噌鍋とすき焼きの煮汁は少し濃過ぎるが、きしめんだと丁度いいくらいだった。
「うむ。八丁味噌は麺類でもいけるのだな」
「あたいはすき焼きのが一番好きー!」
「私はやはり、鶏鍋の出汁で食べるのがいいですねぇ」
四人での食事だったので、色んなメニューを試してみたのは正解だったようだ。
しきりに遠慮するブルムさんの分の勘定を俺が払い、食後は近くの甘味処の二階の座敷に移動した。
「さて、どこからお話をしましょうかね……」
給仕の女性が出ていったところで、俺は口を開く。
俺と白ちゃんの前には水ようかん。黒ちゃんとブルムさんの前には餅入りぜんざいと、それぞれの分のお茶が置かれた。
「では、このお二人が、ドランの奴の義理に娘というのは?」
やはりブルムさんは、この件に関してを一番訊きたかったようだ。
「それなんですが……信じ難い内容ですけど、これから話す事は全て真実です」
「ふむ? わかりました。私も長く旅を続けて様々な経験をしておりますから、かなり不思議な事でも受け入れましょう」
ブルムさんもドランさんと同様に、故郷である大陸西部からこの国まで到達している時点で、並では無い数々の経験をしているのだろう。
「さっき、ブルムさんが気がついたドランさんが作った靴なんですが、実は使われている素材が、この子の物でして……」
「な、なんっですって!? ドランの奴めは、こんな可愛らしいお嬢さんの皮を剥いだと申されるのか!?」
「あ、いや……説明が難しいな……」
今の俺の説明では、ブルムさんが誤解するのも無理はなかった。
「まずは前提なんですが、この二人は、実は人では無いんです」
「……は?」
(まあこういう反応になるよな)
ブルムさんはポカンと口を開け、笑顔でぜんざいを食べる黒ちゃんと、上品に楊枝で切り取った羊羹を口い運ぶ白ちゃんを交互に見ている。
「もう何百年も前に、京の都でこの国の英雄に倒された妖怪が、この二人の正体です」
「し、しかし、妙な気配は一切感じませんよ!?」
「倒されてバラバラにされて、どういう経緯なのかはわからないと言っていましたが、ドランさんの手に渡って靴に加工され、それを俺が買い取って暫くしたら復活したんです」
「それは、なんとも……」
俺の説明にリアクションが出来ないようで、ブルムさんが口籠る。
「復活したこちらが……そういえば紹介していませんでしたね。黒ちゃんです」
「おう! 宜しくね!」
「あ、ああ。宜しく……」
幸せそうにぜんざいの餅を頬張る黒ちゃんに圧倒されたように、ブルムさんはなんとなく挨拶を返している。
「説明を続けますね。復活した黒ちゃんの気配を辿って、こちらの……白ちゃんといいますが、俺達の前に姿を現したという訳です」
「主殿に紹介に預かった、白という」
「ど、どうも。しかし鈴白さん。お二方は、どう見ても人間にしか……」
話の流れ的に、俺が嘘を言っているとは思っていないようだが、ブルムさんは訝しげな表情で俺達を見ている。
「黒ちゃん、白ちゃん。ちょっと部分变化してみて」
「おう!」
「これで良いか?」
黒ちゃんはぜんざいの椀を持っている左手を虎の前足に变化させ、白ちゃんは楊枝を置いて右手を翼に变化させた。
「!? し、失礼。少し触っても宜しいか?」
「おう!」
「どうぞ」
椀を置いて、黒ちゃんが左手を差し出し、白ちゃんも右手を差し出した。
「これは……幻術の類では無いですね」
ブルムさんはしげしげと眺めながら、黒ちゃんの虎の前足の肉球を突っつき、白ちゃんの黒い羽を撫でる。
「俄には信じ難いですが、信じるしか無いのでしょうな……それで、どうしてこのお二人が、ドランの義理の娘に?」
「作品というのは作者の子供のような物、という話をしたら、故郷を離れて暮らしているドランさんの琴線に触れたようでして。以来二人を、実の娘のように可愛がってくれているんです」
ドランさんが俺の事も義理の息子のように思ってくれているというのは、この場で説明する事も無いだろう。
「そういう事ですか……まあこれだけ可愛らしい子達であれば、頼んででも娘にしたいという、奴の魂胆もわかりますわ」
「魂胆って……」
ドランさんの感情が純粋な物なのかは俺にもわからないが、俺が店を訪ねる時に黒ちゃんと白ちゃんがいないと、あからさまに落胆するのは事実だ。
「少し釈然としない物はありますが、良くわかりました」
(釈然とはしないんだ……)
ブルムさんの釈然としない物は、おそらくは黒ちゃんと白ちゃんの事では無く、ドランさんに対する感情的な物だと思うので、口には出さないでおく。
「話は変わりますが、ブルムさんはドランさんと旅を?」
「ええ。大陸の東端までは同行していましたが、ドランは旅の中で手に入れた素材の加工を始めたので、商人である私は一足先にこの国へ渡りました」
「商人と言いますと、ドランさんのような素材のですか?」
「いいえ。今は外国産の食材を取り扱っておりますが、業務内容としては何でも取り扱います」
業務内容からすると、ドランさんの使っている「萬屋」という屋号は、ブルムさんの方が相応しい感じがする。
(でもまあ、ドランさんの店も革製品がメインというだけで、かなり手広くやってるか)
革製品以外にも、交易品のエルフ製の外套に各種食材、石鹸もドランさんの店で買ったのだ。
「当然ですが、さっき露店で見た赤茄子も売り物なんですよね?」
「ええ。ですが赤い見た目が鮮やか過ぎるのか、今のところはこの国の人相手ですと、時々観賞用に売れる程度ですね」
元の世界の昭和初期くらいには、日本でもトマトを受け入れられたようだが、まだこっちの世界の日本人は食べようとは思わないみたいだ。
「では赤茄子を始めとして、欲しい物を挙げますので、在庫があれば購入します」
「わかりました。何を御入り用でしょう?」
「えーっと……」
俺はこっちの世界に来てから必要を感じた物と、使い切ったり少なくなったりしている物を列挙していく。
「赤茄子に、芋と玉葱、それと石鹸ですか。今でしたら全部取り扱ってますよ」
「そうですか。どれくらいの量がありますか?」
じゃが芋は残りが少なく、玉葱は使い切ってしまったので、ここで手に入るのなら本当にありがたい。
石鹸は、江戸を出る前に追加購入した分が手付かずだが、椿屋さんも朔夜様も気に入っているみたいなので、買って帰って分ければいい。
「芋と玉葱は、二十キロ程の箱入りが二箱ずつですね。赤茄子は潰れやすいので、平たい箱に十二個入りにした物が五箱です。石鹸は百個入りの箱が三箱になります」
ブルムさんは懐から取り出した、小さな紙の束を捲りながら確認してくれている。俺が考えていたよりも手持ちの在庫が多いのはありがたかった。
「じゃあ全部頂きます」
「ぜ、全部ですか!? そりゃこちらは、商売ですからありがたいですが」
「ええ。赤茄子と玉葱は、まだこの国では入手困難なので。ところで、扱っている野菜類はどこかで栽培を?」
露店では鉢植えを見たが、まさか全部をあの方法で栽培している訳では無いだろう。
「長崎と大坂に栽培を依頼している農家がありましてね。主にこの国に住む外国人向けに出荷しています」
「売っているのも、長崎と大坂でですか?」
「あとは、ここ那古屋と神戸ですね。中心部の商店で探してもらえれば、扱っている物を見つけられると思います」
この辺は元の世界と同じく、外国人居留者が多い土地という事だろう。
「良い事を聞きました。移動先でそれらの土地に立ち寄る事がありましたら、利用させて頂きます」
「移動と仰いますと、伊勢にお参りに行かれて、江戸に帰るのでは無いのですか?」
「とりあえずは大坂を目指してますが、そこから先は成り行きで……」
隠す事でも無いのだが、自分のノープランぶりを披露するのがちょっと恥ずかしかったので、最後の方は声が小さくなってしまった。
「と、ところで、他に何か扱っている商品で、オススメの物とかはありますか?」
「オススメですか。旅をお続けになるのでしたら、役に立つ物がいいですよね……乾燥させた玉蜀黍の実がありますが」
「玉蜀黍ですか。量はどれくらいでしょう?」
玉蜀黍なら、様々な料理の具材に使えるし、挽いて粉にしても使える。
「二十キロ入りの麻袋で五袋あります」
「ではそれを……二袋下さい」
「わかりました。これはおまけなんですが……」
俺達と同じ福袋だと思える袋から、ブルムさんは口を縛った小さな麻袋を取り出した」
「これは?」
「これも玉蜀黍なんですが、炒ったりして熱を加えると、弾けて白く膨らむ種類です」
(ポップコーン!? 思わぬ物が手に入った)
爆裂種の玉蜀黍があれば、頼華ちゃん達に作ってあげるおやつにバリエーションが付けられる。
「御主人、それっておいしいの?」
「料理には向かないんだけど、ちょっと変わったお菓子になるよ」
「お菓子!」
「今度作ってあげるから、楽しみにしててね」
「おう!」
(牛乳から作った生クリームとバターがあるから、塩味だけじゃなくて、キャラメル掛けなんかも……って、キャラメルを作ってあげられるじゃないか!)
キャラメルポップコーンからじゃなければ、キャラメルその物を思い出せない程度に、俺自身が菓子に飢えていないようだ。
「では代金ですが、芋と玉葱が一箱で銅貨五十枚。赤茄子が一箱で銅貨十枚。玉蜀黍が一袋で銀貨一枚です。少し高いのは申し訳ないのですが……」
米と比べると玉蜀黍は、主食として食べるには確かに少し高いのだが、他の農産物よりは作付面積が少ないだろうから仕方がない。
それに乾燥させてある物だから、実際に食べる時には倍とは言わないまでも、元の状態よりは遥かに食べごたえがあるだろう。
「ところで、ブルムさんもお使いのその福袋ですが、在庫があったりはしますか?」
俺は代金分の硬貨を取り出しながら、ブルムさんへ尋ねた。
「標準的な物が二つならありますよ。それと、容量を少し拡張している物もあるのですが……」
出来れば、一緒に旅をするメンバー各自分の福袋が欲しいと思っていたので、ブルムさんに尋ねてみて正解だったようだ。
「拡張した物に、何か問題でも?」
「問題では無いのですが……いや、やはり問題か。価格設定の方が、ちょっと……」
「それは、高いという事ですか?」
安くなるという事はほぼ考えられないのだが、念のために訊いてみた。
「ええ。標準的な福袋でも決して安くは無いので、買う方は限られるのですが……」
ドランさんから買った時には金貨一枚だったので、確かに簡単に購入出来る類の物では無い。
「能力的には約四倍の物が、金貨五枚になります」
「それは、確かにちょっと……」
通常の福袋が二百キロ程度を収納出来るので、拡張してある物は約八百キロを収納出来るという事だ。
「ですが容量を増やしただけでは無く、共有機能を追加してあります」
「共有機能?」
ブルムさんが聞いた事の無い単語を口にした。
「この福袋に他の福袋を入れてから取り出すと、内容物と容量を共有出来るようになるんです」
「ええっ!? 内容物の共有って、それは離れていても出来るんですか!?」
「ええ。効果は一週間で切れるので、週に一度は容量の大きい方へ入れる必要がありますが」
「それでも、凄い効果じゃないですか!」
内容物の共有が可能なら、いざという時のために食料品を分散して収納してあるのを、集中管理出来る。
(あ、でも、プライベートな物もあるから、共有するのは黒ちゃんと白ちゃんのだけにしておいた方が良さそうだな……)
おりょうさんと頼華ちゃんと福袋の共有をすると、衣類なんかも目にする事になるので、やめておいた方が良さそうだ。
「ちょっと高いけど……買います」
「えっ!? い、いいんですか?」
「はい。これ、代金です」
すっかり買う前提で頭の中であれこれ考えていたし、能力を考えると金額には納得出来る。俺はブルムさんに代金分の金貨を渡した。
(遠隔で物のやり取りが出来るようになったけど、さっきの牛乳の樽みたいな物は、入れられないというのは惜しいな)
樽の大きさだと袋の口に入れられないので、残念ながらこっちで福袋に入れて伊勢で受け取る、という訳には行かなそうだ。
(あれ? 待てよ……)
少し危険なやり方ではあるが、楽に運搬出来そうな方法を思いついた。だが、それは後で試す事にする。
「それでは、本日は色々とお買い上げありがとうございます」
ブルムさんを露店まで送り、購入した商品を受け取ると、丁寧に頭を下げてお礼を言われた。
「こちらとしても、欲しかった物を色々と買えたので助かりました」
元の世界の織田家の領地も、楽市楽座の導入などで商業活動は盛んだったが、こっちの世界の那古屋は、想像していた以上に賑わいを見せている。
ちゃんとした店舗を構えている商人も多いが、ブルムさんのような露天商も数多いので、参入し易い制度が整っているのだろう。
(でもまあ、真面目に商業活動している人達のすぐ側で、楽して金を得ようとする輩がいたりするんだよね……)
掏摸集団を思い出して、少し心が重くなる。
「主殿、用は済んだのなら帰るか?」
「そうだなぁ……出掛けたついでに、変えの着物でも見ていこうかな」
こっちの世界に来る時に貰った作務衣には防汚機能が付与されているが、着たきりスズメというのも変な目で見られかねない。
「ついでに、黒ちゃんと白ちゃんの着物も買おうか」
「き、着物なんて、そこら辺で見れば実体化出来るし」
「そ、そうだぞ。これ以上主殿に散財させるのは……」
二人は気を操って身に纏い、衣類を着てるっぽくしているだけだし、一度非実態化してから実体化すれば汚れなども綺麗になるのだが、衣食住を提供するのは、主人、主と呼ばれている俺の甲斐性だ。
「まあそう言わずに、普段着る物と、寝間着でも」
「! そ、そうだね。寝間着は要るよね!」
「う、うむ。寝間着を脱がすという楽しみを、主殿に与えなくてはな……」
「あの、二人共、何言ってるの?」
脱がすために衣類を買おうと言った訳では無いのだが、二人共勘違いをしているようだ。




