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拉麺

「先ずは粉の配合をやっておくか……」


 小麦粉と塩と水と卵と少量の油を、覚えている分量で配合した。


「卵が入るってのは、変わってるねぇ……」

「とりあえずこれで、伸す前までの工程をお願いします」

「任しときな」


 頼もしく請け負ってくれたおりょうさんは手を洗ってから、たすきを掛けて生地をこね始めた。


「香辛料を炒めるのは、ここじゃ無い方が良さそうだよな……」


 煮込む時にも匂いは発生するのだが、香りを引き出すための炒め作業の時の匂いは、煮込んでいる時の比では無いので、これまでは正恒さんの家の裏の河原で作業を行ってきた。


「俺は少し席を外すから、白ちゃんはここに用意した材料を切っておいてくれるかな」

「承知した」

「兄上。余にも何かする事はありますか?」


 白ちゃんへ、材料ごとの大きさを指示して厨房から出ようとした俺に、頼華ちゃんから声が掛かった。


「特には無いかな……夕食まで、何か朔夜様に指導したら?」


 炊飯は元々厨房で働いている人達に任せればいいので、頼華ちゃんに手伝ってもらう事は思いつかなかった。


「わかりました! では余達は夕食まで、鍛錬をするとしましょう!」

「よ、宜しくお願い致す!」


 朔夜様が頼華ちゃんに頭を下げるが、表情には何をやらされるのかという不安の色が浮かんでいる。


「俺も鍛錬場に向かおうかと思ってたから、一緒に行こうか?」

「はい!」


 元気いっぱいの頼華ちゃんと朔夜様と共に、俺は七輪と鍋を持って鍛錬場へと向かった。



「っ!? こ、この物凄い匂いは何事ですか!?」


 頼華ちゃんに、先ずは刀の握り方からチェックされていた朔夜様が、咳き込みながら口元を押さえた。


「あ、風向きがそっちに……すいません。夕食の献立に使う、香辛料を炒めているんです」

「こ、この刺激臭を出す物を、食べるのですか!?」


 ミックスした香辛料を炒めた香りに直撃され、朔夜様が信じられないという表情で涙ぐんでいる。


「なにおう! 兄上の作る料理に文句を言うのか!」

「も、申し訳なく!」


 頼華ちゃんの言葉で、朔夜様が反射的に直立不動の姿勢を取る。


「頼華ちゃん、誰にでも苦手はあるから……朔夜様、試しに一口食べてダメそうでしたら、別の物も用意しますから大丈夫ですよ。連れの中にも苦手な者がいますし」

「そ、そうですか。かたじけない……」


 いい機会なので咖喱(カレー)も、大量にある肉でカツも多めに作るつもりだが、余っても腕輪にストックしておけるので問題は無い。


「では鍛錬を再開するぞ! 先ずは習った剣術を見せてみろ!」

「はい!」


 その後は風のいたずらも無く、頼華ちゃんの監督による朔夜様の鍛錬が滞る事は無かった。



「御主人、戻ったよ! はい、頼まれてた鶏!」


 帰ってきた黒ちゃんが、厨房の調理台に羽を(むし)られた鶏を並べている。


「ありがとう。忘れ物は無かった?」

「おう! なんにも無かったよ!」

「そっか、ありがとう。それじゃ黒ちゃんにも、少し手伝って貰おうかな」

「おう!」

「親方、あっしもお手伝いしますよ」

「貞吉さん?」


 椿屋の厨房責任者の貞吉さんが、入り口から顔を出した。


「椿屋の夜の準備はいいんですか?」


 基本的にいつでも開いている椿屋だが、営業内容的にメインの時間帯は日が暮れてからだ。


「通り一遍の料理でしたら、あっしがいなくても問題ありません。それよりも、親方から一つでも多くの物を吸収しませんとね」

「鶏の料理を教えると言ったのは俺ですから、それは構わないんですが……」


 椿屋で一番腕の良い料理人が貞吉さんなのは間違い無いので、少しだけ不安に感じてしまう。


「じゃあ始めましょうか。それじゃ黒ちゃんは……肉を出すから脂身を取って形を整えて、その後は脂身を炒めて貰おうかな」


 ラードも補充したかったので、カツ用の肉のカットで出た脂身から作る手順を説明した。ついでに洗っただけで保管してあった猪の腸も取り出し、油を抽出すると共に油かすを作ってもらう。


「おう!」

「貞吉さんは、俺の後ろで手順を見ていて下さい」

「わかりました!」

「主殿、野菜の下拵え、終わったぞ」


 いいタイミングで、カレーと、これから煮込むスープ用の野菜のカットの完了を白ちゃんが告げてきた。


「ありがとう。それじゃ白ちゃんは、これから言う材料を、沸騰させないように煮込んでくれるかな」

「心得た」


 内蔵を抜いた丸鶏一羽と、荒くカットした野菜類を大鍋で煮込んでもらう。


「じゃあ貞吉さん、始めますよ」

「はいっ!」


 残った丸のままの鶏から内蔵を抜いて捌き、可食部を一口大に切ってから、骨や軟骨などの部分を洗ってから包丁の背で叩き、水から強火で煮込んでいく。すると、きれいな脂の浮いた白濁したスープが取れた。


「この白濁した汁で水炊きにしたり、味付けして御飯に掛けてもおいしいですよ」


 肉を入れる際に行う止め塩という、タンパク質が余計に溶け出さない手法と一緒に貞吉さんに説明する。


「これで完成ですか?」

「今日はこの汁で煮込んだ、ちょっと変わった料理を作ります。ただ、この伊勢では再現が難しいので、こういう料理もあるという事だけを教える形になるんですが……」


 香辛料は無理すれば入手できるが高価だし、添える猪肉は咖喱(カレー)以上に好みが分かれる食材だ。


「わかりました。今後の参考にはなると思いますので、しっかり勉強させて頂きます!」


 食べたり、人に出したり出来ないかもしれない料理だというのに……貞吉さんの向学心は見上げた物だ。


「じゃあ、煮込むまでの段階までやっちゃいましょう」


 人参はこっちの世界でも普及しているので、地域ごとの種類の差さえ考えなければ入手出来るのだが、咖喱(カレー)のベースになる重要な野菜の玉ねぎは、手元にある分を使い切ったらお終いだ。


 だが、ここでケチっても仕方がないので、にんにくと生姜の微塵切りの次に、適量をラードで炒める。


「ふむふむ。野菜と肉を油で炒めて、その後で鶏の出汁を加える、と……」


 鶏肉と、玉ねぎ以外の具材になる野菜を炒めて塩と胡椒を振り入れ、全体に小麦粉をまぶす。スープを加えてアクを取りながら煮込んでいく。


 咖喱(カレー)の具材に使った以外の残った鶏肉は、生姜をすりおろした物を入れた醤油に漬け込んでおく。


「煮えるまでの間に、もう一つの方の準備をします」

「これは、鶏の皮ですか?」

「ええ。これを炒めて、タレを作ります」


 捌く時に取り除いた鶏皮を、弱火で葱と共にじっくりと炒めていく。すると油が滲み出し、皮がどんどん縮んでいく。貞吉さんにはタレと言ったが、厳密には調味油だ。だがタレ的な使い方をするので、説明としては


問題無いだろう。


「これは何に使うんですか?」

「後で作る、麺料理に使います」


 貞吉さんの質問に答えながら鍋を火から下ろし、鶏皮と葱を除いた油を大きめの椀に移しておく。


「御主人、油取れたよ!」


 黒ちゃんが担当していた鍋を見ると、綺麗に澄んだ油で満たされていた。すっかり縮んだ腸は取り出され、油を切るために金網の上に置かれている。


「ありがとう。じゃあ黒ちゃんは休憩してていいよ。はい、どうぞ」


 手伝ってくれた御褒美に、黒ちゃんへアイスクリームを一つ取り出して渡した。


「お菓子!? やったー!」

「白ちゃんの方もそろそろ良さそうだから、休んでくれていいよ」

「肉を揚げる料理の下拵えが、まだ残っているのではないか?」


 塊のまま脂身を取られた肉をスライスして、小麦粉と溶き卵と、パン粉代わりの砕いた麸を付ける工程は、確かに残っている。


「そうだけど、俺一人でも……」

「手伝った方が早い。任せてくれ」

「なら、お願いするよ」


 椿屋で手伝いをお願いして料理に目覚めたのか、白ちゃんが積極的に手伝いを申し出てくれる。


「頼もしい姐さんですねぇ」

「俺の連れの女性は、みんな頼もしいですけどね」


 貞吉さんが白ちゃんを褒めてくれるが、他のみんなも得意分野それぞれで、頼もしい存在だ。


「この鍋には、香辛料を混ぜた物を入れてひと煮立ちさせて、火から下ろして食べる前に温め直します」


 鍋の三分の一くらいの量を別の鍋に取り分け、こちらの方には唐辛子を多めに入れて辛口に仕上げる。元の鍋の方は、甘口では無いが辛過ぎもしない程度の味付けになる。


 咖喱(カレー)は予熱で調理出来るから放置してもいいので、その間に他の料理に取り掛かる。


「良太。生地の仕込みは出来たよ」

「ありがとうございます」


 こねてからさらしに包んで少し寝かせて、表面に艶が出た生地がおりょうさんの手で出来上がった。卵の黄色が少し出ていて、見た目にもおいしそうだ。


「さすがはおりょうさん。完璧ですね」

「も、もう。おだてるんじゃないよ……」


 おりょうさんは頬を染めて照れているが、本当に見事な麺の出来栄えだ。


「じゃあ白ちゃんが下拵えをしている間に……生地を伸すので、作業台を空けるのを手伝ってもらえますか」

「わかったよ」

「はい」


 おりょうさんと貞吉さんと手分けして、作業台の上に広がっていた物を片付けたりまとめたりして、生地を伸すスペースを空けた。


 台の上に軽く打ち粉をして、長い麺棒で少しずつ生地を伸していく。


「ちょ、ちょっと良太。そんなに薄く伸しちまったら、うどんにするにゃ細くなり過ぎるよ?」

「大丈夫です。実はうどんと言っていましたけど、別の麺料理なんです」

「そうなのかい? これだと、蕎麦と同じくらいの太さだねぇ」


 おりょうさんの言う通り、このままの生地の厚みで切ると、麺は二ミリくらいの太さになる。


 伸して屏風畳みにした生地を、蕎麦用の包丁なんか無いので、菜切り包丁で等間隔に切り、一食分づつをまとめて、手で押し付けて縮れをつける。


「ちょ!? 良太、せっかく作った麺が、そんな事したら潰れちまうよ!?」

「大丈夫です。こうすると、麺に汁が良く絡むんですよ」

「そ、そうかい? まあこれまでも、良太の妙な料理の作り方から、うまいもんがいっぱい出来てるけどさ」

「妙な料理の作り方って……」


 知らない人間が見たら咖喱(カレー)の香辛料の調合なんかは、怪しげな薬でも作っているようにしか見えないかもしれないので、おりょうさんの言う事も否定はしきれない。


「……後は肉を揚げて麺を茹でれば、夕食の支度は完了です。おりょうさん、麺の方はうどんとかとは茹で加減が違いますけど、任せてもいいですか?」


 小麦粉の麺と蕎麦の違いはあるが、この手の物に関してはおりょうさん以上のエキスパートはいない。


「任しときな。何人前をを茹でればいいんだい?」

「そうですね……三人前くらいでいいかな?」


 咖喱(カレー)が苦手な白ちゃん用に一人前と、残りは貞吉さんと朔夜様と松永様の味見用に、二人前を分ければいいだろう。


「それじゃ俺は、揚げ物に取り掛かります」


 白ちゃんが下拵えしてくれた猪肉と、漬け汁から出して小麦粉をまぶした鶏肉を油で揚げる。猪の方は自家製ラードで、鶏の方は綿実油で揚げるから鍋も二つだ。


「へぇ……この油は独特の匂いがしますね」


 猪カツを揚げている方の鍋から立ち昇る香りを、鼻をひくひくさせながら嗅いでいる貞吉さんが呟く。


「苦手な感じの匂いでは無いですか?」


 クセの無い綿実油と違って、ラードの方は少し野性味も感じられる濃厚な香りがする。


「少し獣臭い感じはしますが、どういう訳か食欲が湧きますね。こっちの、醤油と生姜の匂いがするのもうまそうですが」

「良かったら味見をどうぞ」


 揚がって油を切るために、網の上に置いておいた唐揚げを一切れ、箸で摘んで貞吉さんの前に持ってきた。


「いいんですか? では……あっつ! すげぇ熱い肉汁が……で、でも、こりゃうめえや!」

「あー! 貞吉ズルいぞ!」


 味見をしている貞吉さんを指さして、黒ちゃんが不満を口にする。


「あのね、黒ちゃん……貞吉さんは料理をする人で、俺に教わりに来てるんだから、味見くらいは当然だよ?」


 いくらなんでも、この言いがかりは貞吉さんに失礼なので、黒ちゃんに注意する。


「ご、ごめんなさい! でもぉ……おいしそうなんだもん!」

「もう夕食になるから、少しだけ我慢したら、黒ちゃんにも食べてもらうよ」

「おう!」


 しょんぼりしていた黒ちゃんだったが、あっという間に御機嫌が直って笑顔になった。


「じゃあみんな揃って食べるから、頼華ちゃんと朔夜様を呼んできてくれる?」

「おう!」


 厨房の外へ、黒ちゃんがダッシュする。


「白ちゃんは、松永様にどこで夕食を食べるか聞いてきてくれるかな」

「承知した」


 厨房の人に松永様が居そうな場所を聞いて、白ちゃんが立ち去った。


「夕食になるか? なら、応接用の部屋へ運んでくれ」


 と思ったら、白ちゃんは松永様と一緒に戻ってきた。どうやら厨房を出た、すぐのところで出会ったようだ。


「わかりました。じゃあ手分けして料理と食器を運んで下さい。厨房の方の分は分けてありますから、辛いのが苦手なら麺の方をどうぞ」


 咖喱(カレー)は別鍋に、揚げ物も取り分けたので、後は御飯を盛り付けるか、麺を茹でれば食べられる状態になっている。


「「「ありがとうございます」」」


 厨房の人達に見送られて、俺達は応接室へ向かった。



 ふーっ、ふーっ、ふーっ……


「……あ、あの。少し休んでからの方がいいんじゃ?」


 所々着物が汚れ、顔には汗を浮かべて荒く息をつく朔夜様は、疲労困憊といった様子だ。


「だ、大丈夫です……」

「頼華ちゃん、やり過ぎちゃダメだよ?」

「それ程厳しくはしていないのですが……明日からはもう少し考えてみます」


 見ていないのでなんとも言えないところだが、頼華ちゃんがスパルタ過ぎないかが気になる。


「明日は、朝から鍛錬?」

「そうですね。朝食を済ませたらすぐに」

「その鍛錬には、俺も付き合うよ」

「おお! 良かったな朔夜。兄上直々の教えを受けられるぞ!」


 俺に申し出に、頼華ちゃんが目を輝かせた。


「ら、頼華殿の鍛錬だけでも厳しいのに、鈴白殿の教え……」


 何を想像しているのか、朔夜様の視線が盛大に泳ぎ始め、身体がガクガク震えている。


(頼華ちゃん、何をしたんだ……)


 鍛錬のメニューが凄く気になるので、その意味でも俺が参加した方が良さそうだ。


「さ、さあ。夕食にしましょうか。朔夜様と松永様は少し味見をして、ダメそうなら他の料理も用意してありますので」

「「どうも」」


 二人の声が重なり、同時に頭を下げてくる。


「では、頂きます」

「「「頂きます」」」


 俺自身も、久々の咖喱(カレー)が楽しみで、待ち遠しかった夕食が始まった。


「……」

「あの……朔夜様?」

「……これは、本当に食べ物なのですか?」


 じーっと、御飯にカツを載せ、咖喱(カレー)が掛けられた物が盛り付けられた皿を見つめながらも、朔夜様は手を付けないでいる。


「あまり食べ物では見ない色彩ですけど、味は悪くないと思うのですが」

「これは、ようするにぶっかけ飯か?」


 朔夜様とは違って、純粋に興味があるという表情で松永様が質問してくる。


「そのような物です。原型は外国の料理ですが」

「そうか……ん!? なんとも刺激的だが、不思議と飯に合うな! この揚げ物も……うめえな!」


 どうやら松永様には、問題無く受け入れられたようだ。


「っく……か、辛いですけど、なんとも複雑な旨味が……お、親方。残しゃしませんが、あっしにはこいつはきついようです」

「ああ……無理しないで、一休みしたら貞吉さんは、鶏の揚げたのと麺の方をどうぞ」

「お言葉に甘えます」


 汗を浮かべる貞吉さんは、お茶を飲んで一息ついている。


「……」

「朔夜ぁ! 兄上の料理を、食いもしないとは何事だぁっ!」


 木の匙を握りしめたまま、皿を見つけ続けるだけだった朔夜様を、頼華ちゃんが怒鳴りつけた。なんか急に体育会系になった気がする。


「っ!? し、失礼致しました!」

「いや、あの、本当に無理は……頼華ちゃん、言い過ぎだよ?」

「ですが……」

「い、頂きます……」


 ほんの少し、匙で咖喱(カレー)を掬った朔夜様は、震える手で口へと運んでいく。


「っかー……やっぱり咖喱(カレー)はうまいねぇ。この辛さがなんとも……」


 おりょうさんのおいしさの表現が、明らかに味の種類が違うのに、酒を飲んだ時と同じになっている。


「兄上、おかわり! 肉を揚げたのも下さい!」


 驚いた事に、あっという間に空っぽになった皿を、頼華ちゃんが差し出してきた。


「もう食べたの!? そんなに急がなくても、無くならないよ?」

「おいしいからです! この鶏肉を揚げた物もおいしいです!」

「出来るだけ、良く噛んで食べてね?」

「はい!」


 頼華ちゃんは健康的な白い歯をしているので、良く噛んでいるんだとは思うが……口は小さいし、細くてシャープな顎のラインだけど、噛む力が強靭なんだろう。


(少し煮込んだりしてあれば、鶏なんか骨ごとバリバリ食べそうだよな……)


 その光景を思い浮かべたら、なんか妙にエロティックだったので、軽く頭を振って想像を追い払った。


「か、からひ……」


 ふと見ると、朔夜様が半開きにした口から息を吐いて、泣きそうな顔をしている。


「ああ、辛過ぎましたか……朔夜様、食べるをのやめて、とりあえずこれをどうぞ」


 席を立って朔夜様のところまで歩いた俺は、腕輪からアイスクリームを取り出して手渡した。


(朔夜様への嫌がらせに、辛い料理を出したんだと思われていなければいいけど……)


 俺はなんとも思っていないのだが、意趣返しをしているとか受け取られないかが心配だ。


「こ、これは?」

「牛の乳から作ったお菓子です。口の中の辛さを和らげてくれますので」

「ん……ふわぁぁぁ! つ、冷たくて甘くて、濃厚だけど口の中で溶けていく!?」


 アイスクリームを一口食べて、目に見えて朔夜様の表情が明るくなった。それはもう、ぱぁっと華が咲くかのように。


 氷菓は既にあると思うが、まだ一般的ではない牛乳の加工品のアイスクリームは、朔夜様には未体験だったようだ。


「口の中はどうですか?」

「あっ!? い、言われてみれば……ありがとうございます!」

「朔夜様には、こっちをどうぞ」


 味見用なので、少し量を控えめに盛り付けた麺料理の丼を、朔夜様の前に置いた。澄んだスープに麺と白髪ねぎという、見た目にもシンプルだ。


「これはうどんですか?」

「うどんと似ていますが、拉麺(ラーメン)と言います」


 以前に調べたら、手で引き伸ばした物が拉麺(ラーメン)であり、切った物は違うらしいのだが、まあ問題は無いだろう。


 今回の麺には鹹水(かんすい)が入っていないので、お役所の都合上も拉麺(ラーメン)では無いのだが、店で出している物の中にも無鹹水の拉麺(ラーメン)はあるし、これ程定義が曖昧な料理も無いので、構成要素が揃っていれば構わないという事にした。


 拉麺(ラーメン)の構成要素と言えば、麺、スープ、タレ、油。具は無い物も存在するので、要素としては重要では無い。


 今回は無鹹水の卵麺に、丸鶏の澄んだスープ、タレは生醤油、油は鶏皮を葱と炒めて作った鶏油(チーユ)だ。極端に重層的な物は目指さなかったが素材自体が良いので、味見の段階では十分以上にうまく感じた。これが、こっちの世界の人へ受け入れられるかだが……。


「……と、鶏って、こんなに深みのある味でしたか!? でも、後味はすっきりして、疲れた身体に染み渡ります!」

「良かった。口に合ったようですね」


 猪や鹿よりは一般的とはいえ、元の世界の江戸時代と同様に魚寄りの食生活なので、少し不安があったが、


どうやら大丈夫だったようでホッとした。


「松永様は如何です?」

「むぅ……この揚げ物は、どっちもうまいなぁ。この咖喱(カレー)とかいうの、姐さん方が食ってるのは、もっと辛いのか?」

「え、ええ……」

「なら、俺にもその辛いのを、揚げ物と一緒にくれ。大盛りでな」

「わかりました」


 朔夜様と違って、松永様の方は咖喱(カレー)もお気に召したようだ。


「ついでに、その麺料理も貰えるか?」

「いいですけど、食べ過ぎないで下さいね?」


 とは言え、松永様は椿屋でも健啖ぶりを発揮しているので、あまり心配する事は無いだろう。


「兄上! 余にはその麺料理は無いのですか?」

「あたしも、気になってるんだけどねぇ」

「あたいも食いたい!」


 おりょうさんは麺打ちをしてくれているし、朔夜様が食べているのを見て、頼華ちゃんも黒ちゃんも拉麺(ラーメン)が気になったようだ。


「はいはい。茹でてくるから、少し待っててね。朔夜様も、お代わりいりますか?」

「お、お願い致します」

「俺もお代わりが欲しいので、一緒に行こう」


 啜る時に音は立てるが、それでもどこか上品さを漂わせて食べていた白ちゃんが、俺に続いて立ち上がった。


「そう? 助かるよ、白ちゃん」

「う、うむ……」


 お礼を言ったら白ちゃんが赤くなった。聞き分けもいいし手伝いもしてくれるしで、本当にいい子だ。

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