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戦力分析

「宜しければお茶請けにどうぞ」

「おお。寝起きなんで、甘い物はありがてえ……これは、餅なんかとは違って、包んである柔らかいのも甘いんだな」


 話を始める前に、松永様が代官所の下働きの人の言ってお茶を用意してくれたので、作ってストックしてあった陽鏡(ひかがみ)(仮)を出したら喜ばれた。


「松永様はお酒を召し上がるので、苦手ではと思ったのですが」

「ん? 俺は甘いとか辛いとかじゃなくて、うまいかどうかの区別しかしねえんだよ。だから酒も甘味も、うまけりゃ好きだぜ」


 言いながら松永様は早速一個平らげ、お茶を飲んでから二個目に取り掛かった。


「じゃあ、お話しますが、ここだけの話でお願いします。椿屋さんも」

「わかったぜ」

「わかりました」


 最初の頼華ちゃんとの出会いから、成り行きで戦った事はそのまま話したが、俺が周天の腕輪を使って退けた事は隠し、無我夢中で攻防を繰り広げて引き分けたと説明した。


「いやもう、自分でもどう戦ったのか憶えていなくて……」

「引き分けだって、あの「鬼姫」相手になら大したもんだが……」


 つい先程の頼華ちゃんにより朔夜様の蹂躙劇を見ているので、松永様がそう思うのも無理はない。


「死に物狂いだったから、呆れて許してくれたんだと思いますよ」


 この辺は周天の腕輪を使って、後先考えずの力任せという、死に物狂いの戦い方だったのは本当なので、嘘は半分くらいだろう。


「その後で和解しまして、頼華ちゃんのお父上である源の頭領と、御縁が出来たという訳です」

「死にもの狂いでも偶然でも、あの「鬼姫」と引き分けたんなら、本人も頭領も放って置かないってのはわかるぜ」

「おせんを斬りつけた者を捕縛した手際も、見事だったと聞いておりますが、それだけお強ければ当然ですなぁ」


 とりあえずここまでは松永様と椿屋さんに、話の内容を怪しまれてはいないようだ。


「それで、なんで一緒に旅をしているんだ?」

「頼華ちゃんのお父上の頼永様から、俺の元で社会勉強をさせたいと仰せつかりまして」

「そいつは……なんでなんだ?」

「お姫様ですから、鎌倉では甘えが出るという事で、先ずは旅に出る前に、俺が開店を手伝った江戸の料理屋で、住み込みで働く事になりまして」


 この辺は全て真実なので、話していても後ろめたさがなくて気が楽だ。


「み、源のお姫様が、料理屋で働いていたのでございますか!?」

「ええ。結構楽しそうにしてましたよ。でも、一人で着付けが出来ないとか、お姫様らしいところはありましたけど」


 椿屋さんが驚くのも無理は無いが、思い起こせばお姫様育ちの頼華ちゃんが「もうやだ!」とか「働きたくない!」とか言い出した事は一度も無かった。


(でも、鎌倉では鍛錬ばかりで退屈していたみたいだから、頼華ちゃんにとっては江戸行きは渡りに船だったのかも)


 暇つぶしに作業場を襲撃される正恒さんや、それにつきあわされる頼親さんの話を聞いているので、本当にそんなに自由が無かったのかは謎なんだが。


「それで、旅に出たのは完全に俺の都合なんですけど、あの、これは本当に内密に願いたいんですが……頼華ちゃんのお母上の雫様が御懐妊されまして、後の事は気にしないでいいから行って来いと」


 実際には、旅に出る俺は頼華ちゃんを連れて行く気が無かったのに、雫様の御懐妊で後顧の憂いが無くなったからという理由で、その場で一緒に行く事が決まったんだが。


(頼永様と雫様は頼華ちゃんがいなくても跡取りの問題は無いとは言っていたが、それでも娘がかわいくない訳は無いので、出来れば無事に旅を終えて帰したいから、今日の朔夜様との対決みたいなのは、今後はやらないで欲しいものだけど……)


 即死のような状況じゃなければ自分で対処出来るとは思うが、あまり能力を過信していても、思わぬところで足元を掬われかなねない。


「無理にお姫さんに、入婿を探さないで良くなったって訳か。でもよ、鈴白。鎌倉の頭領が一緒に旅に出させたのは、お前に紐を付けたかったんだと思うぜ」

「えっ!? そ、そうなんでしょうか?」

「鈴白様と御一緒なら安心とはお思いでしょうが、それだけでは頭領様は、大切な御息女を旅には出さないでしょうなぁ」


 俺疑問に思ったが、松永様の意見を椿屋さんに肯定されてしまった。


(うーん。でもなぁ……仮にだけど、頼華ちゃんの希望通り側室主席なんて、許されないよなぁ)


 嫌いじゃないどころか、俺も頼華ちゃんに好意は持っているので、将来的に結ばれる可能性はあるのだが、源家に加わって領地運営……うん。無いわ)


 時には政治的な判断という奴で、残酷な選択を強いられる事もあるから、俺は絶対に為政者になんかはなりたくない。


「それで、偶然とはいえ旅の途中で伊勢に来て、人助けと料理指南か? お前さんは、普通の人生は送れそうにないなぁ」

「お世話になっている私が言うのもなんですが、松永様の仰る通りですな」

「そ、そうなんでしょうか……」


 自分でも思っているのだが、改めて指摘されると、どうにも運命という奴に翻弄されているのを実感してしまう。


 思い起こせば、いきなり掏摸(すり)にあったり、猪や熊や美少女剣士と戦ったり、鯨を倒したり、妖怪を調伏したり……確かに普通とは言い難い。それ以前に、元の世界では死んでいるんだが。


(でもまあ、おりょうさんや頼華ちゃん、黒ちゃんや白ちゃんとも会えたし、江戸でも鎌倉でもいい人たちといっぱい知り合って楽しい事もあったから、五分五分よりはいい事の方が多かったかな?)


 半ば無理矢理いいとこ探しをして、心を落ち着かせた。


「ところで話は変わるんだが、うちのお姫さんが、鎌倉のお姫さんに敵わないって、鈴白には最初からわかっていたみたいだが、なんでだ?」

「松永様も闘気(エーテル)が視えていたみたいですから、わかったんじゃないんですか?」


 俺が朔夜様を治療している時の発言で、松永様が(エーテル)視る事が出来るのは確認済みだ。


「まあ視えはするんだが、俺の目には、それ程の違いがあるようには……」

(エーテル)の強度と内包量は、明らかに頼華ちゃんの方が上だと、俺の目には映ってました」


 朔夜様の闘気(エーテル)を刀身に纏った斬撃が、頼華ちゃんの防御を突破出来なかったので、二人の間には明確な事実として大きな差がある。


「でも、仮に闘気(エーテル)と技量が互角でも、朔夜様が頼華ちゃんに勝つのは難しかったと思いますよ」

「そりゃあ、いったい?」

「鈴白様、どういう事でございますか?」


 一般的な武人ならわかるのかもしれないが、尾張織田に所属する松永様や、武人ではない椿屋さんにはわからないようだ。


「頼華ちゃんは源家を始めとする、鎌倉で主に崇められている、八幡神様の御加護を受けてますから」

「あー……」

「そういう事でございますか」


 俺の言いたい事を、どうやら松永様も椿屋さんも理解してくれたようだ。


「着ているのは普通の着物で、互いの得物も、まあ互角と言っていいと思うので、これは大きな差だと思います」


 織田家伝来の刀の実休光忠と、物語に登場するレベルの太刀である薄緑は、どちらも名高くはあるが、別に雷を起したり刀身から炎が吹き出したりする訳では無い。


「祭祀も執り行っているので、源家の方達は一般の領民よりも八幡神様の強い加護を受けていると思いますが、その中でも頼華ちゃんは特別な寵愛を受けていますから」

「だが実際は、技量的にも闘気(エーテル)的にも、うちのお姫さんは頼華姫の敵じゃ無かった、か……」

「そうですね……」


 少し失礼な話だが、正直なところ朔夜様の事は、戦う相手としては俺は驚異認定をしていなかった。武士では無いので正々堂々となんか考えていないので、(から)め手ならば双方共に怪我をしないで決着出来たろうと思う。


 だが、どういう手段でも勝ってしまうと、朔夜様の婿の条件を満たしてしまうので、周囲に迷惑を掛けないように、穏便に伊勢から離れる事を考えていたのだが……。


「そういえば頼華姫が、鈴白ならうちのお姫さんなんぞ小指でって言っていたが、そっちの話の方はどうなんだ?」

「それは私も気になっておりました。それと、頼華様が側室主席で、ございましたか? そうなると正室におなりになる方は、相当に……」

「そうだよなぁ」

「ははは……」


(松永様と椿屋さんが疑問に思うのは当たり前なんだけど、どう答えたものか……)


 単純に((エーテル)による増幅分を含む)パワー比較なら俺の方が上だとは思うが、戦闘技術おなら頼華ちゃんの方が上だろう。だが、戦闘とはそういう物だけで決着する訳では無いのだ。


「一度だけでもいい勝負をしたので、頼華ちゃんは俺を評価してくれているだけだと思うんですが……それと、正室とかって話は置いておいて、俺達の中で一番年上なので、おりょうさんに遠慮しているんだと思いますよ」


 純粋な戦闘力で言うなら、おりょうさんは一行の中で最弱だとは思うが、黒ちゃんをひと睨みで(すく)ませる眼力の持ち主だし、勿論、俺だって勝てる気はしないので、ヒエラルキーでは頂点に君臨していると言っていいだろう。


(王様が必ずしも最強でなければならない訳じゃない、っていうのと同じかな。いや、イメージ的には西遊記の三蔵法師御一行が近いか?)


 孫悟空に当たる自分が空も飛べないのは締まらないな……なんて、バカな事を考えている場合では無い。


「そういう事か……だがよ、あの姐さんも、多分だが腕に覚えがあるんだろ?」

「その辺は俺も詳しくは……ただ、例えばですけど朔夜様と戦いになった場合、剣術同士じゃないので、そこも加味しておりょうさんの方が有利かなぁ」


 おりょうさんの方は対剣術の訓練もしていそうだが、果たして朔夜様の方はどうだろうか? 仮に戦ったとしたら、その辺が勝敗を決する事になりそうだ。


「あの姐さんは、剣術使いじゃ無いのか?」

「無手の体術だそうですよ。闘気の使い方も独特です」

「ほほぅ。それで、あとの二人は?」


 話に口を挟まずに、モグモグと陽鏡(ひかがみ) (仮)を頬張っている黒ちゃんと、背筋を伸ばしてお茶を飲んでいる白ちゃんの方を、松永様が立てた親指で示した。


「……俺の連れの二人の方が強いですね」


 お世辞を言っても仕方がないので、冷徹な分析結果を松永様へ伝えた。


 黒ちゃんと白ちゃんと立ち会わせろと言われても、今の所、二人にあまり印象の良くない朔夜様を、殺さない以上の手加減が出来そうに無い。


 申し込まれたら固辞するつもりではあるが、万が一にもやらざるを得ない場合を考えて、下手に隠すのをやめた。


「もしかしたら、頼華姫よりも強いのか?」

「えっ!? それは……」


 頼華ちゃんと、黒ちゃんと白ちゃんが訓練以外で戦うという事態は、あり得ない話なので頭の中でも考えた事が無かった。


(一対一ならパワーは五角くらいか? 黒ちゃん達には元の妖怪の姿や、部分 变化(へんげ)なんかを使っての多彩な攻め方があるけど……でも、初太刀が入れば頼華ちゃんかな?)


 どちらかが死ぬまでとかいう前提なら、おそらくは黒ちゃんと白ちゃんの方が生存率は高そうだが、スタートダッシュでダメージを入れたら、頼華ちゃんがアドバンテージを取りそうに思う。


「ちょっと、俺にもわかりませんね。勝負は時の運でもありますから。その辺は松永様もわかりますよね?」

「まあな。転んだり、武器が壊れたりする事もあらぁな。しっかしよ、お前ら……尾張を攻めに来た、鎌倉の先遣隊じゃねえんだよな?」


 ジロリと、松永様が俺達を睨みつけてくるが、黒ちゃんも白ちゃんもどこ吹く風だ。俺もあまり気にはしない。


「それなら、古市で人助けなんかしませんよ……」

「ま、そりゃそうだな」


 松永様に疑われても仕方のないくらい、過剰な戦力の一行なのだが、降りかかる火の粉を払うくらいしかする気は無いのに、なんでこうなった? というのは、俺自身が一番思っている。


「そ、それにしても知らぬ事とはいえ、源の御息女と、その婿殿へ軽々しく教えを請うなどと、失礼を致しまして……」

「婿じゃないですよ!?」


 ここまでの会話で、どうして椿屋さんがそういう結論に達して頭を下げてくるのか……何か説明の仕方が間違ったていたのだろうか。


「あの、俺も頼華ちゃんも、今までと扱いが変わるというのなら、申し訳ないですが椿屋さんとは、この場限りでお別れします」


 元々、伊勢には長く滞在する気は無かったし、各種の鰻の料理に関しても、以降は貞吉さんに任せても問題が無いだろう。おりょうさんにお願いした接客と、頼華ちゃんにお願いした作法の方は、どうかはわからないが。


「し、しかしですね。今まででさえ、源のお姫様に作法を教わったり雑用をさせたりと、随分な御無礼をしている訳でして……」

「じゃあ、お店に置いてある物は好きに処分して下さって構いませんから。お世話になりました」


 どうやら椿屋さんはこれまでとは俺達への態度を改めるようなので、貞吉さんには悪いけど、店に戻るという選択肢は無くなった。


 椿屋さんの店舗に置きっぱなしになっている物で、特に貴重品は無かったはずだから、朔夜様へ貸している外套さえ回収すれば、今すぐにでも出発する事は出来るだろう。


「そ、それは、あまりにも殺生なお申しで……」

「鈴白は、案外と容赦ねえな」

「俺達の方が合わさなきゃいけない理由が、ありませんよね?」

「まあ、そうだな……」


 お殿様扱いでおそるおそる接してくる相手に、何かを教えるなんて俺には無理だ。


「良い風呂でした!」

「戻ったよ。大きな風呂があって、贅沢だねぇ」

「多くの者が利用するので、必要に応じて大きなだけですが」


 入浴を終えて、頼華ちゃん、おりょうさん、朔夜様が戻ってきた。三人共着替えているが、袴は履いていない。


「おりょうさん、頼華ちゃん、椿屋さんへ何か荷物は置いてある?」

「あたしゃ、黒の福袋に全部入れてあるから、無かったと思うけど」

「余も、白の福袋に入れてあります!」


 二人共、特に重要な物を置いてきたりはしていないようだ。まあ最悪の場合でも、頼華ちゃんの薄緑と路銀だけあれば、大きな問題は無いのだが。


「事情を知った椿屋さんが、これまでとは態度を改めるという事なので、別に宿を取るか、伊勢を出ようかと思います」

「ああ。そりゃ仕方ないねぇ」

「わかりました!」


 予想通り、おりょうさんと頼華ちゃんは、あっさりと納得してくれた。


「っと、忘れるところだった。黒ちゃん、後で椿屋さんに行って、貞吉さんから頼んでおいた鶏を受け取ってきて貰えるかな」


 頼んでおいた五羽分ともなると、それなりの金額になるし、食材が無駄になってしまうのは忍びない。


「おう!」

「ま、待って下さい! どうか御再考を!」

「……何がどうなっている?」

「実はですね」


 入浴していて現状を把握していない朔夜様の耳に、松永様が口を寄せる。


「あー……す、鈴白、殿。椿屋を出るというのなら、この代官所へ滞在してはくれぬかな?」

「……それは、俺達を捕まえるという事ですか?」

「ち、違う! そうではなくて……自分の未熟さを思い知らされたので、出来れば教えを請いたいのだ」

 

 料理の次は、剣の教えと来たか……教師役になる頼華ちゃんへ、チラッと視線を送る。


「余は構いませんよ。代官があの程度の腕前では、伊勢の治安が心配ですし!」

「ぐぬぬ……」


 半泣きで朔夜様が歯噛みしている。言い返す事が出来ないのが、更に悔しさを増しているようだ。


「でもさ、剣術って教わったからって、そんなに急激に腕前が上がる物なの?」

「さて? 余の場合は、意識して修行をしていませんでしたので」

「あー……」


 おそらくだが、物心ついた頃くらいから頼華ちゃんは、頼永様と雫様による英才教育を受けて、周囲の人も同じ様に修行をしていたから、本人としては日常生活を送っていただけにしか感じていないのだろう。


「でも、その点は朔夜様も同じなんじゃないんですか?」

「自分では、日々の修行を怠っていたつもりは無いのだが……」

「この辺は、実際の修行内容を見てみないと、余にもなんとも言えません」

「まあ、そうだよね」


 同じ競技をやっていても、指導者とかによって練習方法が違うのは当たり前だ。


「引き受けてくれるのなら、今、この時より、師と弟子という扱いをしてくれて構いません! どうか、この通りです……」


 縁側に立っていた朔夜様は、建物の外の地面に降りて跪いた。


「ひ、姫!? 何もそこまで……」

「姫と言うな。それと松永。この件に関しては、お前は黙っていろ」


 武家のお姫様であり、伊勢の代官でもある朔夜様がここまでするのは、並の覚悟では無いのは俺にもわかる。


「頼華ちゃん、どうする?」

「どうするも何も、結局は兄上次第ですよ?」

「ええ……」

「鈴白殿、お願い致す!」


 さっきは少し言い難そうにしていたが、俺の名に「殿」を付けての朔夜様の懇願からは、真剣さが伝わってくる。


「……頼華ちゃん、修行の終了の、とりあえずの目処は?」

「そうですね……闘気(エーテル)を使わない木刀の打ち込みを、真っ向から受け止めて無傷、というところでは?」

「……それは、難易度高くない?」


 俺は自動的に防御(と攻撃を反射)するし、頼華ちゃんの場合も傷一つつかないが、朔夜様の場合は大半のダメージは通らないが、完全防御となると厳しそうで、今のままだと痛みや衝撃は感じてしまっているだろう。


「一対一なら正面だけに集中出来ますが、背後から不意に攻撃を受けても大丈夫な程度まで強化しなくては、役には立ちません」

「それはまあ、そうかなぁ……」


 俺のように反射まですると、おりょうさんを海に落としてしまいそうになった件とかからも、(いささ)か過剰だが、ある程度までの攻撃なら無視しても大丈夫ならば、複数対一になっても戦いに集中出来る。


「それに、余の監督による鍛錬に加え、兄上の料理があれば、すぐに国元の頼親程度の強さにはなるでしょう!」

「頼親さんって、相当に強かったよね!?」


 確か頼永様の話では、頼華ちゃんの相手が出来るのは、頼永様御自身と雫様だけで、頼親さんはその次くらいだったはずだ。そんな源家の若手のホープとでも言える人が目標って……。


「でもさ、敵対している訳じゃ無いけど、他の領地の武人を強くするのって、大丈夫なの?」


 伊勢のある尾張は鎌倉とは隣接していないが、他の領地の武人を強くするというのは、普通は問題があると思う。


「ははは。少しくらいは強くなってもらわなければ、張り合いがありませんよ。それに、仮に戦になったところで、伊勢があるとは言え、こんな田舎は要りません!」

「ぐぬぬ……」

「言いたい放題だなぁ……」


 頭を下げたままの朔夜様から苦しげな呻き声が聞こえ、松永様も呆れたように呟くが、ちゃんとした反論は出来ないでいる。


「……おりょうさんは、構いませんか?」

「なんであたしに決断を委ねるのかはわからないけど……まあ、いいんじゃないのかい?」


 反対でも賛成でもない、程度の答えが返ってくるかと思っていたが、意外な事におりょうさんは了承のようだ。


「その、ね……源の屋敷のよりは殺風景なんだけど、ここの風呂は、広くて中々快適なんだよ」


 少し言い辛そうにしていたが、おりょうさんは代官所にお世話になってもいいという理由の、なんとも意外な答えを教えてくれた。


「……そういう事ですか」


(了承の決め手が風呂か……)


 こういう、打算でもなんでもない理由での決定をしてくれたおりょうさんに、俺はなんか嬉しくなった。


「な、なんで笑うのさぁ!」

「すいません。悪気は……わかりました。特に期限は設けませんが、ここにお世話になります」


 顔を真赤にして抗議してくるおりょうさんが可愛過ぎて、悪いとは思いつつもニヤニヤしてしまう。


「っ! か、かたじけない……松永。早速だがお客人の部屋を整えろ!」

「はっ!」


 頭を下げた姿勢のままの朔夜様の命を受け、松永様が一礼してから立ち去った。


「で、では、鈴白様と手前共は、これっきりと……」

「代官所にお世話になっても俺にはする事が無いので、身体に良さそうな料理を作るつもりですけど、朔夜様、構いませんか?」

「それは、こちらとしては願ってもない事ですが……」

「ありがとうございます」


 厨房が使えるのは何かと助かるので、朔夜様の許可が得られて良かった。


「俺が料理を作るのを、誰かが見ていても別に問題は無いですよね?」

「……? そ、それはそうですね」


 俺の言っている事が、朔夜様にはイマイチ伝わっていないようだ。


「頼華ちゃん、朔夜様に教えるのは剣術だけ?」

「いえ。これまでの言葉使いや振る舞いからすると、どうせ礼儀作法も疎かになっているだろうと思いますから、その辺も叩き込んでやろうと考えております」

「っ!」


 跪いて頭を下げたままの朔夜様の身体が、大きくビクッと震えた。どうやら頼華ちゃんには、俺の意図が伝わっているみたいだ。


「おりょうさんは、滞在中はどうします?」

「あたしにゃ、やる事は無さそうだから、部屋に引き篭もってるよ」

「朔夜様。提供される部屋は好きに使って構いませんよね?」

「それは、勿論ですが……」

「……あっ!」


 やっと椿屋さんが、俺達が何を考えてやり取りをしているのかに気がついたようだ。


「そ、そういう事で……鈴白様、皆様、誠にかたじけなく……」

「……椿屋。代官所への出入りは許可するが、娘達の服装はちゃんとさせるのだぞ?」

「畏まりました……」


 朔夜様の方も察してくれたようで、椿屋さんを始めとする、店の人達が代官所へ出入りするのを認めてくれた。実はこの点だけはどうしようかと思っていたのでホッとする。


「じゃあ、早速ですけど厨房を使わせて頂けますか?」

「松永……は、いないので、私が御案内致します」


 身体を起こして着物に付いた砂を払った朔夜様の先導で、俺達は厨房へと向かった。



 案内された厨房は思っていたよりは小さめだが、職員の大半は通いであり、代官所で暮らしている人数自体は朔夜様と松永様を含めても少ないので、宴席などがあっても十分間に合うとの事だ。それでも椿屋よりは大きいが。


「当分の間、宴席の予定などは無いので、御自由にお使い下さい」


 代官である朔夜様の姿を見て、厨房で働いていた人達が、一斉に直立不動の姿勢を取る。


「ここにいるのは五人ですが、下働きの中にも料理が出来る者が五人程おりますので、忙しい時にはここで手伝います」


 宴席と言っても代官所ではそれ程大規模な物は開かれないので、このくらいの人数でも十分に間に合うらしい。


「助手が必要でしたら、好きにお使い下さい。この方は私の客人だ! この方の言う事は私の言葉だと思って従うように!」

「「「はい!」」」


 朔夜様の号令に、厨房で働いている人達は揃って返事した。


「いや、別に手伝いは……ところで、俺が朔夜様の食事も作るって事でいいんですか?」

「何を今更。腕前には疑う余地が無いので、楽しみにしておりますよ」


 微笑む朔夜様が尊敬の眼差しで俺を見てくる。なんとも劇的な態度の変化だ。


「あの、俺の料理は、お武家様の食事みたいな、ちゃんとした感じの物では無いんですけど、大丈夫ですか?」


 武家の食事と言っても普段の物は、懐石料理のように難しい作法などは無いと思うが、俺にはそこまでの知識は無い。


「その点は心配しないでいいぜぇ」

「松永様?」


 俺達の部屋の手配が終わったのか、松永様が厨房の入り口に立っていた。


「俺もお姫さんもうまい物は好きだが、別にうるさい事は言わねえよ。でなきゃ、鰻なんか食いに行く訳ねえだろ?」

「それもそうですね……」


 下魚という扱いの鰻を食べに来たのが、料理屋では無く遊郭という時点で、ある程度までならお構い無しなのは本当なのだろう。


「今夜の献立は、ちょっと変わった物なんですよ」

「……そんなにか?」


 鰻の料理人の俺の言う事だからか、松永様が難しい表情をする。


「今のところは、一人を除いては好評なんですけど……口に合わない事を考えて、別の物も用意しますので」


 おりょうさんのリクエストの咖喱(カレー)が苦手なのは、言うまでも無く白ちゃんの事だ。


「ここにお世話になる事にはなったけど……黒ちゃん、貞吉さんのところへ、鶏を受け取りに行ってもらえるかな?」


 ちょっと予定は変わってしまったけど、咖喱(カレー)は鶏ベースの物にしよう。鶏の価格がわからないので、とりあえず銀貨を五枚持たせる。


「おう!」

「念のために、俺達が使わせてもらっていた部屋に、忘れ物とかが無いかを確認もしてきてね」


伊勢から一目散に逃げ出す必要は無くなったので、念のための確認を黒ちゃんへお願いした。


「わかったー! 任せといて!」

「では、私も一度店の方へ戻ります」

「椿屋、わかっているとは思うが……」

「心得ております、お代官様」


 様々な件での口止めだろう朔夜様の言葉だが、客商売を長くやっている椿屋さんは、ちゃんと察しているようだ。


「それじゃおっちゃん、一緒に行こうか?」

「これはありがたい。それでは同道をお願い致します」


 申し出に嬉しそうな笑顔になった椿屋さんは、黒ちゃんと一緒に代官所を後にした。


「さて、と……おりょうさん、蕎麦じゃなくてうどんは打てますか?」

「うどんかい? 蕎麦よりは繋がり易いから、出来るよ」


 なんとも頼もしい言葉がおりょうさんから返ってきた。


「うどんとは言っても、ちょっと材料の配合が違うんですけど、お願い出来ますか」

「そりゃ構わないけど……」


 俺が余程変な事を頼むと思っているのか、おりょうさんがちょっと怯んでいる。


(まあ、うどんと言いつつ、うどんとは似て非なる物を打って貰うんだけど……)


 異世界物では定番になりつつあるアレを、遂に再現する時が来たのだ。


 承諾が得られたので、黒ちゃんが戻ってくるまでの間に料理の下拵えと、おりょうさんに打って貰う予定の物の粉の配合を始めた。

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