醸造棟
大変遅くなってしまいましたが、今年最初の投稿になります
本年も宜しくお願いします
「この辺でいいですかね」
おりょうさんと連れ立って里の中の野菜類の畑のあるエリアにやってきた俺は、大体の場所を示した。
「ここから里の奥に向かって伸ばせば、通行の邪魔になったり視界を遮ったりはしないと思うんですけど」
「そうだねぇ」
土に埋めて葱を白く育てる為の畝は、そんなに高くする訳では無いのだが、畝から飛び出している緑の部分は目の高さよりも上になってしまう事が予想出来る。
里の出入りが出来る場所は決まっているので、そこから奥の方までの移動に支障が出たり、出入りする者の様子が見えなくなると色々と具合が悪いのだ。
その辺を考えての場所や向きの提案だったのだが、良い感じにおりょうさんが同意を示してくれた。
「それじゃ早速……」
畝の造営は『天沼矛』であっという間の作業だし、葱もごく一般的な作物なので、作付けをするのになんの問題も無かった。
「これでよし、っと。おりょうさん、後の世話は任せますね」
「任しときな。収穫したら良太には、とびっきり旨い根深汁を食わせてやるからねぇ」
「それは楽しみです」
嬉しそうに腕まくりをするようなポーズをするおりょうさんを見ていると、こっちまで嬉しい気分になってくる。
「さて。俺は続けて建物の改良と拡張、その他の事をやっちゃいます。おりょうさんは先に休んでくれていいですよ」
時計など無いので正確な時間はわからないが、体感ではもう日付が変わっている頃だろう。
「そうつれない事をお言いじゃ無いよ。今夜はとことんまで、良太に付き合うからさぁ」
「え? でも、見てても面白くは無いと思いますよ?」
これから行うのは、畝を造る時と同じく『天沼矛』を用いての建物の構造材の置き換えと個室の面積の拡張、そして来客用の館の部屋数を増やす作業だ。
おりょうさんにも『天沼矛』使用時のサブウィンドウは見えるので、俺が何をやっているのかはわかるのだが、作業自体は見ていても、そんなに面白い物では無い。
「そんなの……ほ、惚れた相手の傍に居られるんだから、それだけで楽しいに決まってるじゃないか」
「そ、そうですか……あ、有難うございます」
「う、うん……」
ストレートな表現を受けて真っ赤になってしまった俺だが、それはおりょうさんも同じだった。
「じゃ、じゃあ、行きましょうか」
「うんっ!」
俺が曲げた左の肘を突き出すと、おりょうさんが嬉しそうに腕を絡めてきた。
「……これで最後ですね」
「終わりかい?」
「ええ」
来客用の館、浴場、厨房と食堂、サウナ小屋、ワルキューレ達の寮、水耕栽培の小屋、子供達の寮という順番に回って、構造材の置き換えと拡張が終了した。
そんなに広くない里の中での作業だが、それでも全てを終えるまでには1時間程掛かった。
「そいで、材料置き換えた分で余った木材ってのは、それなりの量になったのかい?」
「そうですね。それなりに」
構造材の置き換えによって特に断熱という面での効果が高まるのだが、恐らく一番効果があるのは、ほぼワルキューレ達専用になっているサウナ小屋だろう。
サウナ小屋は従来の状態でも可能な限りで断熱と気密性を高めていたのだが、木材と土壁では素材的な限界があった。
しかし、置き換えられたハニカム構造の内壁材と、貝殻構造の屋根と外壁材によって、これまでとは比べ物にならない程に断熱効果は高まっただろう。
(それにしても……思った程は木材が余らなかったな)
構造材の置き換えで出た木材の余剰分だが、同時に行った建物の拡張の際に必要な分が発生したので、頭の中で目算していた程は戻りが多く無かったのだ。
(でもまあ、子供達の木刀を造る程度には十分か)
とは言え、新たな建物を設置するとかでは無く、子供達の体格に合わせて五十センチくらいの長さの木刀を造る為なので、なんとか捻り出した余剰材で足りるだろう。
「良太。余った木材で木刀を造るってのは、ここでやるのかい?」
「んー。それでもいいんですけど、折角なので広げた部屋の中の様子を見がてら、屋内でやろうかと」
拡張に際しては、各建物の前に立って『天沼矛』のサブウィンドウを広げて行ったので、実際に内部がどういう状態になっているのかを確認していない。
(まあ、変な事にはなっていない……と、思うけど)
元の面積よりも部屋を狭くするとなると様々な問題が出たと思うのだが、広くする分には何も起きたりはしないだろう。
尤も、目が覚めると自分の部屋が広がっているのだから、全く違和感が無いという事にはならないだろうけど……。
婚約者ではあるのだが、深夜に女性の部屋への訪問というのも気が引けたので、おりょうさんの部屋では無く俺の部屋に二人で入った。
「こいつは……結構な広さだねぇ」
「そうですか?」
おりょうさんは入った部屋の中を見回すと、そう呟いた。
「独りもんや、夫婦二人で住むような長屋なんかは、もっと狭っ苦しいもんさね」
「良くは知らないんですけど、そうなんですね」
(時代劇なんかで見る長屋は、六畳くらいだったっけ?)
テレビの時代劇などで良く見る長屋は、おりょうさんが言うように確かに広くは無いのだが、そもそも物が少ないのでそんなに広さが必要では無いという事なのだろう。
「……子供達が使う事を考えたら、長さと重さはこれくらいかな」
木材に気を流し込んで変形をさせて、脇差しくらいの長さの木刀を成型した。
(あんまり硬くはしない方が安全なんだけど、折れたりするのもそれはそれで危ないしなぁ)
木刀を硬くすると、稽古ではあっても身体を打たれるとタダでは済まないのだが、打ち合った部分が折れ飛んだりするのも、周囲に対して危険になってしまう。
「おりょうさん。剣術の稽古をする時には、防具を着けるようにさせた方が良いですかね?」
「良太の世界じゃ、そうしてるんだったかねぇ」
「剣術じゃなくて剣道ですけど、まあそうですね」
剣術の稽古での危険の軽減の為に、防具や竹刀を着けて行う剣道に派生したと言われている。
大きな違いとしては、剣術では剣道で有効打として扱われる場所意外にも攻撃を行う、型や技が存在するところだろう。
「良太は防具を着けた稽古の方が良いと思うのかい?」
「実戦を想定すると、そうですね。でも、出来れば子供達が戦う事なんかが無い方が良いのですけど」
「うふふ。良太は優しいねぇ」
おりょうさんが呟きながら微笑んだ。
「でもねぇ。思うと思わざるとに関わらず、争いに巻き込まれる事はあるからねぇ。そん時に自分を守る術くらいは、子供達も身に着けといた方が良いとは思うねぇ」
「それは……そうですね」
おりょうさんの言う通り、自分が戦う気が無くても巻き込まれたり襲われたりする可能性は常にあるのだ。
そういう時に身を守る技術があるのと無いのとでは、命に関わるレベルで違いが出てくるかもしれないのだ。
「剣術だけじゃ無く、色々と興味を持つのは悪いこっちゃ無いんだから、あたし達に教えられる事は教えてやろうじゃないか」
「そうですね」
武術に限らず、料理に興味を持ったお糸ちゃんの様な例もあるので、里の中に教師や講師になれる人間が居る内容に関しては、子供達が教わりたいと言い出したら出来る限り意向に沿ってあげるのが良いだろうとは俺も考えている。
「それにしても……こいつで打ち合うのは、確かにちと危なそうだねぇ」
「やっぱりそう思いますか?」
俺が成形した木刀を手に持って、おりょうさんが難しい表情をしている。
「とりあえず頭と、両手両脚は保護しといた方が良いだろうねぇ」
「胴体は良いんですか?」
「胴には刀を持ってる腕を掻い潜らなきゃ、攻撃が届かないだろ?」
「ああ、成る程」
(おりょうさんに自分から言っておいて、俺の方でも剣術と剣道の違いの認識が甘かったな……)
剣道の防具は面、胴、小手がセットになっているのだが、この防具が身体を護っている箇所は、打てば一本を取れる場所と同義でもあるのだ。
無論、剣道でも胴を打つのは難しいのだが、鍔迫り合いや踏み込みから行ったりする洗練された技が編み出されている。
「でもまあ、胴を護る防具もありゃぁ、そこに攻撃しても大丈夫って事だし、稽古の幅は広がるじゃないか」
「そうですね」
(バランスが難しそうだけど、考えてみるか……)
ワルキューレ達が着けているような、チェインメイルと金属板の組み合わせの鎧は安全性は高いのだが、子供達には重過ぎる。
しかし剣道の防具と同じ程度では、木刀を使う稽古に使うには危険に思えるので、もう少し身体を覆う面積を増やしながら、動き易さと軽さを実現しなければならないだろう。
「良太、例えばなんだけど。さっき説明してくれた建材に使った、蜂の巣の形の構造材なんかは使えないのかい?」
「ハニカム材ですか……いけるかもしれませんね」
(外装材を薄いハニカムにして、蜘蛛の糸の内張りでショックの吸収と着け心地の良さを整えれば……)
外装のハニカムの素材については、幾つかの材料で重さや強度を検証しながら試作するとして、衝撃吸収と肌の保護を蜘蛛の糸の素材で行えば、かなり危険の度合いを減らす事が出来そうだ。
「とは言え、暫くの間は慣れる為の素振りと型の稽古だろうから、防具の出番はそんなに早くは無いと思うけどねぇ」
「言われてみれば……」
おりょうさんの言う通り、まだ基本もしらない子供達が実戦同様の打ち合いの稽古をするのは、教える頼華ちゃんも許したりはしないと思うので、防具が必要になる時期は相当に先の話だろう。
だが、防具そのものにかなりの試行錯誤必要になりそうなので、試作を開始するのは早い時期からの方が良いと思える。
「ん? そんなに長いのも、子供達に使わせるのかい?」
子供達が使うには少し長い、通常の刀と同じ七十センチくらいの木刀を俺が作るのを見て、おりょうさんが声を掛けてきた。
子供達の体格を考えると通常サイズの刀ではあっても、佐々木小次郎が使ったと言われている物干し竿みたいになってしまう。
「これですか? いえ。子供達が俺の作った木刀を使ってるのを見たら、何人かが自分も使いたいって言うんじゃないかと思いました」
「ああ。そいつはありそうな話だねぇ」
「それだけじゃ無く、教える側にも必要でしょうから」
「なぁるほどねぇ」
ブーメランという先例があるので、頼華ちゃんや黒ちゃん、それにブリュンヒルド辺りが木刀を欲しがるというのはありそうな話だと思い、今のような時間のある時に作っておこうと考えたのだった。
それに、子供達に剣術を教える側の頼華ちゃんが、真剣を使う訳にもいかないだろう。
(これも、念の為だな……)
まだ身重なので稽古に参加するとか言い出したりはしないと思うのだが、雫様が愛用している薙刀と、ワルキューレ達が使用している短槍と長槍も、木で成型して作っておいた。
グリップや重心の位置など、個人によって違ったりするのだが、その辺は訓練用の物だと思って納得して貰おう。
無論、リクエストが寄せられたら、それに応じたカスタマイズや新造はするつもりではあるが。
「武器なんかの類はこれで良いとして……」
「ん? まだなんかあるのかい?」
出来上がった木製の武器類を傍らに置いた俺に、おりょうさんが訊いてきた。
「さっき回収した葡萄の主な用途は、葡萄酒の醸造用じゃないですか」
「そうだねぇ」
少しは食用にも回す事になるのだが、そこは置いておこう。
「となると、醸造用の施設が必要になりますよね?」
「あー……確かに今の里ん中にゃ、醸造に使えるような場所は無いねぇ」
「そうなんですよ」
おりょうさんは、俺の言いたい事がわかってくれたようだ。
「葡萄酒だけじゃ無く、麦酒も醸造するって話が出てますから、そういうのに使う施設を新たに建てるしかないかな、と」
「でもぉ、建てるったってどこにだい? そりゃ今以上に、里の拡張は出来るんだろうけどさぁ」
「うーん……」
必要だと言い出したのは俺なのだが、増改築をした里の中に更に別の建物をとなると狭苦しくなるし、利便性も損なわれてしまうので、おりょうさんが言う更なる拡張を考えなくてはならないかもしれない。
「あたし達にはこいつがあるから醸造する場所が多少不便になったとしても、出来上がった酒樽なんかを運ぶのに苦労はしないんだけどねぇ」
「そうなんですけどね」
おりょうさんが言うこいつとは、俺の左の手首にも装着されているドラウプニールの事だ。
「ただ、子供達が手伝いなんかをしたがるだろうから、あんまり遠くになったりしない方が良いだろうけどねぇ」
「そこを考えませんとね」
里を拡張したところで、体力のある年長者には然程の苦労は無いと思うのだが、距離に比例して子供達の負担が大きくなってしまう事が予想出来る。
かと言って里の住人全員にドラウプニールをというのは、主に金銭面の問題で不可能だ。
「……日当たりとかの問題が出るかもしれませんけど、上に伸ばすしか無さそうですね」
「ん? 上に伸ばすって、どこをだい?」
「現在の貯蔵庫ですね」
冷凍庫と冷蔵庫を兼ねる、現在は主に肉類を保存している貯蔵庫は、里の初期の整備段階で設置したのと資材の関係などもあって、地上構造物では無く半地下になっている。
そんな貯蔵庫の地上部分には現在も入り口以外は何も無いので、その上に建物を増築してしまおうという訳だ。
「確かに、上で醸造した酒を、そのまま貯蔵庫に持っていけるってのは悪く無さそうだけど……」
「実際に、そういう形の醸造所もあるんですよ」
「そうなんだねぇ」
「ええ」
カリフォルニアの幾つかの有名なワイナリーは、四階建ての建物の最上階で葡萄の圧搾を行い、その下のフロアのタンクで発酵をさせ、更に下のフロアで樽熟成、そして最下層でボトリングをするという、合理的なシステムを構築している。
日本でも同じ様に、ビルの中で上から下に向かう形で清酒の醸造を行っている酒蔵があったりする。
「その建物の中に、麦酒を醸造する場所も造るのかい?」
「麦芽やホップを粉砕するのに水車を使うでしょうし、仕込みには大量の水が要りますから、水車小屋の上か横に少し増築すれば良いかな、って」
「ああ。成る程ねぇ」
俺の考えを聞いて、おりょうさんは納得してくれたみたいだ。
「ところで、増築する場合の資材の方は大丈夫なのかい? また木材が足んなくなったりとか」
「住む為の施設じゃ無いのと、断熱と頑丈さが求められますから、殆どはハニカムと貝殻の構造体で造るつもりなので、大丈夫ですよ」
生活をする為の建物だと硬くて頑丈なだけでは無く、吸湿性などを考えて内装などに木材を使う必要があるのだが、醸造用の施設に関しては何よりも作業や重量に耐える頑丈さが求められるので、殆どの建材には土を圧縮強化したハニカムとシェルを用いる予定だ。
「なんか、どんどん大事になっていくねぇ」
「す、すいません……」
呆れたようにおりょうさんが呟くが、全くその通りなので俺には詫びるくらいしか出来ない」
「なんで良太が謝るんだい? 酒はあたしや、戦乙女の姉さん方が申し出たんじゃないか」
「言われてみれば、そうですね……」
俺自身は酒は飲まないのだから、積極的に醸造施設を造る訳が無いのだが、ここ最近は物の作製や里の拡張や施設の増築などでちょっと調子に乗っていた感があるので、今回の件に関しても自分に責任があると思い込んでいたのだが、おりょうさんに言われて我に返った。
「そいじゃ早速、やっちまったらどうだい? どんな感じにするのかは、もう決まってるんだろ?」
「そうですね……ついでに水車小屋の方は、材料の置き換えもしちゃおうかな」
水車小屋は可動部分以外の殆どが木材で出来ているのだが、来客用の館や寮などの建物の作業の際に、材料の置き換えの候補から抜け落ちていたのだった。
「じゃ、いこ」
「はい」
おりょうさんに腕を取られた俺は、先ずは貯蔵庫の方に向かった。
「……こんな感じですか」
「……わかっちゃいたけど、大きいねぇ」
見上げながらおりょうさんが呟く通り、作業用という事で住居用の建物とは一つの階層の高さが違うので、醸造棟は四階建てという事もあって里の中では一番背の高い建物になってしまった。
「ともあれ、これで葡萄酒の醸造に取り掛かれるねぇ」
「まだ外側が出来ただけで、醸造用の道具類がありませんけどね」
最上階には葡萄を圧搾する為の施設があり、現在は大きなバスタブのような赤用と白用の槽が二つあるだけだ。
槽の底には絞られた果汁が下の階に向けて流れるように穴が空いていて、内部が果汁の酸で腐食したりしないように、蜘蛛の糸のメッシュで補強してある。
三階にも赤用と白用のかなり大きな発酵槽が設置され、やはり底には階下に出来上がったワインを流し込む為の穴が空いている。
醸造中の清潔を保つ為とワインの温度管理には大量の水が必要になるので、様々な醸造に使う道具類と共に、正恒さんに水を汲み上げるポンプを作って貰わなければならないだろう。
ストーリー的な進行が遅いですが、必要な描写ですのでその辺は御容赦を




