焼き茄子
遂に400話です
区切りの話数にメインが食べ物というのが、自分らしいと言うか……
「んー……論より証拠。この場で作ってみましょうか」
「この場でって、そんなに簡単に出来るもんなのかい?」
「普通なら無理なんですけどね」
ドライフルーツを作るには天日なり機械なりで乾燥させ、その為の時間が必要になってくる。
「こんな感じに切って……あとはこいつで水分を抜きます」
「ああ。その手があったんだねぇ」
ドラウプニールから取り出した俎板と包丁で手早くスライスした苺から、これもドラウプニールで水分を吸収していく。
おりょうさんもついさっき、自身がドラウプニールで湯上がりの髪の毛を乾燥させていたのを思い出したようだ。
「……保存は効きそうだけど、果実特有の瑞々しさは味わえなくなっちまうねぇ」
「まあ、そこは仕方がありませんね。でも、思っているよりも風味は残っていますよ。さあ、味見をどうぞ」
鮮やかな赤い色はそのままだが、水分が抜けて軽く波打っている形状を見ると、既に果実と言うよりは苺チップスと呼んだ方が相応しい感じになっている。
「……本当だ。少しばかり弱くなってるけど、苺の甘酸っぱい香りは残ってるんだねぇ」
鼻の側に寄せたドライ・ストロベリーの香りを、おりょうさんが確かめている。
「わぁ……こいつは菓子として食っても、十分以上に上手いねぇ」
「でしょう?」
パリッという音を立ててドライ・ストロベリーを食べたおりょうさんが、目を丸くしている。
元の世界で母親が果実酒を作るのにドライフルーツを用いて時に、少し余った分を試食させて貰った。
フルーツの生のフレッシュ感と水分は無くなっていたのに、味と香りは乾燥した事によって凝縮されていた事に驚いたのを思い出した。
「このまま食べても良いし、酒に漬け込んでも風味が溶け出して旨いらしいですよ」
「そうなんだねぇ」
(とは言え、俺は飲んだ事が無いんだけど)
梅酒くらいなら、母親が水で薄めて飲ませてくれた事があるが、ドライ・フルーツを使った果実酒は、実際に口にした事は無かったりする。
「苺や他の果実なんかは生で食う以外に、そんな感じに加工するとして、この大量の赤茄子はどうするんだい?」
「潰しただけのピュレなんかは便利なので作るとして、香辛料を入れて煮詰めてケチャップなんかを作ってもいいですね」
(自分で言っておいてなんだけど、ケチャップはあんまり使わないかもしれないな)
ケチャップは俺が元居た世界ではポピュラーな調味料なのだが、人によって使用頻度が結構違ってたりする。
フライドポテトにケチャップを添えるのはファーストフードやファミレスでは良くあるのだが、個人的には既に塩味が付いている物に更にケチャップを使う気はあまりしない。
しかし、味のバリエーションが多くなるのは悪くないし、使ってみたら口に合う者も居るかもしれないので、ウスター系のソースと同時にケチャップを試しに作ってみようとは思っている。
「里の赤茄子は甘くて栄養もあるので、これから暑い時期になりますから水場に浮かせておいて、好きに食べて貰ってもいいかもしれませんね」
梅雨を過ぎると気温が上がるので、当然ながら発汗が促されるのだが、水分を補給すると同時に失われた塩分も摂らなければならない。
しかし、塩分も摂り過ぎれば身体には良くないのだが、その辺を調整してくれるのがカリウムを豊富に含んでいるトマトだったりするのだ。
トマトやトマトジュースを摂る際に塩をたっぷり使う人がいるが、含有されているカリウムの効果で塩分が体外に排出されるのである。
胡瓜などにも含まれているカリウムだが、逆に食べる時に適度に塩分を一緒に摂らないと、今度は身体の方が不足を補う為に、塩気のある物を食べたいという欲求に駆られる事になったりもする。
「ああ。そいつは良さそうだねぇ。でも良太、赤茄子ってのはいっぱい食っても大丈夫なもんなのかい?」
「ん? それはどういう?」
何事も過ぎれば良くないのだが、おりょうさんが唐突にそんな事を言ってきた。
おりょうさんの様子からすると、心配の内容はカリウムの過剰摂取とは別件のように思える。
「ほら。良く秋茄子は、嫁に食わすなって言うだろ?」
「ああ。身体を冷やすし、アクが多いので気をつけろって言われてますよね」
漢方の考え方では茄子は身体を冷やす効果があるので、嫁、特に妊婦には食べさせない方が良いと古くから言われている食品である。
「でも、生っぽい食べ方をしなければ、茄子も殆どアクの心配はいらないんですけどね」
「そうなのかい?」
「ええ。火を通す調理法なら、ほぼ大丈夫と言って良いと思います」
茄子のアク抜きは水か塩水に晒すという方法なのだが、これは変色を防ぐという意味が強く、切ったり皮を剥いたりしてから直ぐに焼いたり炒めたりする分には必要が無かったりする。
料理には詳しいおりょうさんだが、これまで当たり前だと思っていた事柄に関しては、深く考えずに信じていたようだ。
「身体を冷やすって方も、そんなに心配をする必要は無いと思いますよ」
「え? でも、昔からそう言われてるんだよ?」
「多少はそういう事もあるでしょうけど……どうしても心配なら身体を温める食品や調味料を使うって手もありますし」
例えば蕎麦は身体を冷やす効果があると考えられている食品なのだが、唐辛子などの身体を温める調味料を加える事によって中和する事が可能だ。
この考え方を応用すると焼き茄子に摩り下ろし生姜を添えたり、麻婆茄子のような調理法にすれば身体を冷やさずに食べる事が出来る。
「秋の茄子はおいしいので、嫁に食べさせなければ自分の分が多くなるというずるい考えが、実際の理由だって聞いた事がありますよ」
「そうだったのかい!?」
「え、ええ……」
自分的な常識が打ち砕かれたからなのか、おりょうさんが物凄くショックを受けた表情をしている。
「ま、まあ、食べ過ぎとかは何でも良くありませんから、気をつけるのは悪い事じゃ無いと思いますよ」
(季節の恵みをつい食べ過ぎちゃうって気持ちは、良くわかるんだけど……)
俺が元居た世界とは違って、こっちの世界では空調などを使って一年中食べられるような物は少ないので、夏から秋にかけて収穫出来る茄子などを食べ過ぎてしまうというのは、ある程度は仕方が無い事だと思う。
「そ、そうだよねぇ? 旬の時期の茄子は、どう調理しても旨いからねぇ」
「そうですね」
(実は茄子は、小さい頃はそんなに好きじゃ無かったんだよな……)
自分の記憶で最初に茄子が食事に出たのは、自宅で焼き肉をしている時だった。
肉以外にホットプレートで焼かれているキャベツやもやし、子供が苦手だとされる人参も多少の癖は感じたが特に問題無く食べられたのだが、茄子に関してはちょっと違っていたのだ。
初めて口にする茄子から変な風味などを感じて苦手になった訳では無く、逆に殆ど味らしい味を感じ無かったのが原因だったりする。
肉や他の野菜と同じく、タレにつけてから口に運べばどうという事は無いのだが、殆ど味のしない茄子という食材に積極的に箸を伸ばそうという気には、暫くの間はなれなかったのだった。
その後に母親が茄子を様々な料理にして食卓に出してきたので、当時はかなりうんざりした思いで箸を伸ばしていた。
しかし、茄子は風味に乏しい代わりに調味料や油脂類との親和性が良く、市販の合わせ調味料のお陰で家庭料理でも定番になっている麻婆茄子や、他の夏野菜と一緒にカレーの具にして出されている内に、いつの間にか好きな食材の一つになっていたのだった。
「ああ。話をしてたら、茄子の丸煮や生姜を添えた焼き茄子なんかで、冷やした酒を飲りたくなっちまったねぇ」
おりょうさんは茄子の料理と酒の組み合わせを、心の中で反芻しているらしく、少し出した舌で唇を舐めた。
「丸煮はともかく、焼き茄子はそんなに手間も掛かりませんから、良ければこれから作りましょうか?」
丸のままを網の上で転がしながら焼いたり、薄切りにして少量の油で焼くやり方があるが、どちらにしても直ぐに茄子に火が通るので、調理そのものはそれ程は手間が掛からない。
「そ、そうかい? でも、こんな夜中に食って飲んじまっちゃ……」
「それなんですけど。おりょうさん、眠いですか?」
「え? そりゃまあ……って。なんか眠くなってないねぇ」
「そうですよね」
元々、こっちの世界に来る際に再構築された身体は疲労などは感じ難いのだが、今の状態はいつも以上に絶好調で、目が冴えている感じさえしている。
ドラウプニールで気が満たされた時に似たような状態になるのだが、もしかしたらおりょうさんも同じじゃないかと思い、確認をしてみたのだが、どうやら予想通りだったようだ。
「いつも夜明けにゃ起きてるから、普段なら疲れて無くても今時分には眠くなるんだけど……」
「えーっと……多分だけどさっきの接吻が、原因だと思います」
「あ……あー」
里の作物を異常繁殖させ、愛の女神であるフレイヤ様を惹きつけてしまった程の、気の循環からの周囲への放出なのだから、俺とおりょうさんにドラウプニールを使った時以上の充填がされているのは、当然といえば当然だ。
少し考えれば帰結する事なのだが、俺もおりょうさんも照れ臭さからか、事実から目を背けていたのかもしれない。
そして改めてキスから始まった現状を再認識して、お互いに見つめ合って真っ赤になった。
「お、俺は眠くならないから、色々と作業でもしちゃおうと思いますけど、おりょうさんは飲んで眠くなったら、そのまま寝ちゃって下さい」
「そうかい? 茄子を肴に一杯飲ってそのまま寝ちまうなんざ、最高の贅沢だねぇ」
「そうですね」
(冬に炬燵に入ってる時に、そのまま眠るのと同じような感覚なのかな?)
俺はまだ酒は飲まないので良くわからないが、飲む人間からすると酔っ払ってそのまま寝入ってしまうというのは凄く気持ちが良いらしい。
だが、身体の事を考えるのならば、酔っ払ってそのまま眠ってしまうよりは、しっかりと水分を補給してからにして欲しいと考えてしまう。
「それじゃ行きましょうか」
「うん!」
身支度を整えた俺とおりょうさんは、連れ立って厨房の建物へと向かった。
「はい、どうぞ」
「こいつは旨そうだねぇ。でも、簡単なもんでいいって言ったのに、こいつは随分と手が掛かってるんじゃないのかい?」
「そんな事はありませんよ」
丸のまま穴を開けて焼いた物と、薄切りにして網焼きにした、湯気を上げる茄子の盛り付けられた皿を並べると喜色を浮かべたおりょうさんだったが、一転して難しい表情になってしまった。
「薬味はこの間造った受け皿付きのおろし器でおろしたので、全然大変じゃ無いんですよ」
「そうかい?」
盛り付けを丁寧にしたので、パッと見だとそれなりの料理に思えるのだが、実際には丸のままの方にはおろし生姜と削った鰹節を上から掛け、網焼きの方にはおろし生姜を添えて出しただけだ。
「ええ。それに調理を始めて出すまでに、時間も掛かって無いでしょう?」
「言われてみりゃあ、そうだねぇ」
茄子は丸のまま焼く方でも火の通りが早いので、仕上げに皮を剥いて薬味や器の用意をしてもそれ程時間は掛からない。
おりょうさんは俺の説明を聞いてその事を思い至って、納得してくれたのだった。
「ついでに、この辺も一緒にどうぞ」
旨いとは言っても茄子だけでは飽きるかと思ったので、小鉢に盛り付けたもやしと水菜のナムルをおりょうさんの前に並べた。
「すまないねぇ。そいじゃ、さっそく頂くとするよ」
「あ、最初の一杯は注ぎますよ」
「おやそうかい? そいじゃ頼もうかねぇ」
「はい。どうぞ」
「ありがと。そんなもんでいいよ」
徳利から注がれた京で買った清酒が、酒盃の七部目くらいになったところで、おりょうさんが俺を止めた。
「ん……はぁ。なぁんか色んな事があった日だったけど、風呂とこいつで幾らかは憂さが晴れたねぇ」
「それなら良かったです」
実際には今の時点でもおりょうさんに心配を掛けているのだとは思うが、笑顔でこう言って貰えるとかなり救われる気分になる。
「ところで、良太は何をするんだい?」
「実は以前から考えていたんですけど、里の中の建物の材質の変更をしようかと思いまして」
「材質の変更? っつーと、向こうにあった鉄筋こんくりーととかいう奴にかい?」
「それも考えたんですけどね」
俺が元居た世界に行った時に、建材の主流がコンクリートだというのをおりょうさんも知ったので、こういう意見が出てきたのだろう。
「日本にはコンクリートの元になる石灰岩の埋蔵量が多いんですけど、その辺の山とかを勝手に掘る訳にも行きませんし」
「まあ、それは確かに」
日本には石灰岩が埋蔵されている山が多く、調達が容易な素材ではあるのだが、里で必要な規模の量をと思うと大規模な掘削を行わなければならない。
作業自体は俺の手で行えるとしても、掘り出す場所の持ち主との折衝や周辺への配慮などを考えると、頼永様に頼んで公共事業にでもして貰うしか無さそうに思える。
その辺の細かいところまで理解してくれたのかはわからないが、おりょうさんは俺の説明に頷いている。
「でも、そうすると何を使うんだい? 前に言ってた日干し煉瓦か、ろーまん・こんくりーととかって奴かい?」
「どっちもちょっと……」
里の建物をなんとかしようとしていた時に、建材の候補として挙げた日干し煉瓦をおりょうさんは覚えていたらしい。
ローマン・コンクリートに関しては、俺の知らない間に向こうの世界に滞在した時に、ネットででも調べたのだろう。
「でも、どっちも材料の調達や製法も楽だろ?」
「そうなんですけどね」
日干し煉瓦は土と粘土と藁、ローマン・コンクリートは火山灰と石灰と火山岩と海水が原料なので、おりょうさんが言う通り、どちらも日本国内での材料調達は容易だ。
「日干し煉瓦もローマン・コンクリートも、建物を高くしたり強度を維持するには、それなりの厚みを持たせなければならないんですよね」
「ふむふむ」
俺の話に聞き入りながら、おりょうさんは少量の醤油を掛けた焼き茄子を口に運び、軽く酒盃を傾けた。
コロセウムなどの巨大建築物の建材に使われて、現在までその姿を保っているくらいの強度のあるローマン・コンクリートだが、幾ら頑丈だとは言っても壁などにはそれなりの厚みを持たせなければならず、これは同じ事が日干し煉瓦にも言える。
現状で皆が住んでいる寮や来客用の館を、内部の居住スペースの広さを維持したままローマン・コンクリートや日干し煉瓦で建てようとすると、現在よりも外壁の位置がかなり広がってしまう事が予想されるのだ。
「ってーと、良太にはもっと良い建材の心当たりがあるのかい?」
「そうですね。多分ですけど大丈夫だと思います」
「ん? 多分ってのは、どういう事なんだい?」
「実は……材質的な強度は高いと思うんですけど、恐らくはこれまで建材に使われた事が無い素材なんですよ」
「……え?」
俺の言葉が余程意外だったのか、おりょうさんの箸を持つ手が止まった。
「……良太がそんなにいい加減な物を使うとは思っちゃいないけど、大丈夫なのかい?」
「多分ですけど、問題ありません」
「ふぅん……そいで、その素材ってのは?」
少しだけ眉を伏せたおりょうさんが、酒を注ぎながら訊いてきた。
「これですよ」
「こいつは……なんなんだい?」
俺がドラウプニールから取り出して渡した灰色の板状の素材を手に取って見ると、おりょうさんが首を傾げた。
「これは笹蟹屋の石窯に使っている素材と同じ物ですよ」
「ああ! 言われてみりゃあ」
俺の説明を聞いて、おりょうさんがポンと膝を打った。
コン、コン――
「確かに丈夫そうだけど……」
「勿論ですけど、これで建物の全てを造ろうって事じゃありませんからね?」
「え? でも、良太の世界じゃ、こんくりーと打ちっ放しとかってのもあったじゃないか」
「そうですけど……」
何時頃からか建物の天井や壁などに内装材を使わずに、コンクリートを剥き出しの状態にしたままの、打ちっ放しという家屋が流行し始めた。
「でも、コンクリートは強度や気密性は高いんですけど、土壁や木材と比べると湿気が籠もり易いんですよ」
「そうなんだ?」
「ええ」
コンクリートで作られた家屋は、サッシなどと併せる事におって気密性が高まるのだが、予め対策を講じておかないと結露などの問題が発生する。
流し込む事によって様々な形状になり、強度もあるコンクリートではあるのだが、良い事ずくめという訳には行かないのだ。
「じゃあ、こいつをどういう風に使うんだい?」
「屋根と外壁、それと室内の床と壁の内側に使います」
「ん? なら、建物の内側の目に見える範囲の大部分は、木のままって事かい?」
「そうなりますね」
ざっくりした俺の説明だったが、おりょうさんは直ぐに理解してくれた。
木造建築と聞くと火災に弱く、建物自体の強度もあまり無いように思われがちだが、コンクリートなどと比べると構造重量の軽減が出来、大きな地震にも耐えて数百年を経ている建物がある事などを考えると、日本という国に向いている建築方法だと言える。
なので、一部の圧縮した土の素材に置き換える積りではあるのだが、里の各建物は基本は現在の木造建築のままという事になる。
今回は2ヶ月近くお待たせしてしまいましたが
次回は少しでも早く更新出来るように努力します
御感想、御評価の方、宜しくお願いします




