母乳
なんとか2月中に新作をアップ出来ました
ら、来月もなんとか……
「く、黒ちゃん?」
「おう?」
「念の為に訊くけど。その……黒ちゃんは母乳が出る様になるの?」
(子供が出来たら育てるのに、母乳が必要なのは当たり前なんだけど……)
以前に、その気になれば子供が出来ると黒ちゃんが言っていたのを覚えている。
その時点では子供の育て方なんかに思い至らなかったのだが、それは当然ながら母乳などに関してもだ。
「おう! 試してみた事はまだ無いけど、多分だけど出来るよ!」
「出来るんだ……」
黒ちゃんの口振りからすると、通常の女性が妊娠して母体になる事で授乳可能になるのとは違って、意図的に母乳が出る様にするみたいだ。
「んっとね。御主人みたいに色々と物の造りなんかを知らないから、無の状態から自前の気での合成とかは出来ないと思うんだけど、食べた物を赤ん坊を育てるのに必要な状態にして、与える事は出来ると思うんだ!」
「そうなんだね」
(黒ちゃんは母乳って言ってるけど、根本的に違う物と思った方が良さそうだな)
母乳は血液が乳腺によって変化して生み出される物なのだが、黒ちゃんの場合は食べた物の中から子供の生育に必要な栄養を抽出して、栄養ドリンクみたいな感じで与えるらしい。
だからもしかすると黒ちゃんの場合は胸からでは無く、例えば指先からとかも与えられるのかもしれないのだが……。
「ちょっと試してみようか? 樹! 少し強めに吸ってみろ!」
「は、はい! ん……」
(一体何が……)
黒ちゃんに言われるままに、樹君は薄いピンク色の突起に吸い付いた。
「……あ、甘い! 黒姉様。さっき食べた、あいすくりーむってお菓子の味がします! すっごくおいしいです!」
「おう! 大成功だな!」
口を離した樹君は不思議そうな表情で、自画自賛をする黒ちゃんの胸を見つめている。
「アイスクリームって、猪口齢糖の味の?」
「そ、そうです! 冷たくはありませんけど、少し苦くて甘い、あの味です!」
「そうなんだ」
(黒ちゃんは食べた物を分解して気に変換してるのかと思ってたんだけど、別の状態に還元する事も出来るんだな)
未来の世界の猫型ロボットみたいに、食べた物を体内の原子炉でエネルギーにしているのかと思っていたが、流石は黒ちゃんと言うか、かなり応用が効くみたいだ。
「でもねー。食べた直後くらいじゃなければ、乳にして与えるのは難しいかも」
「そうなんだ?」
「おう! 御主人の御飯もお菓子もおいしいから、早く次を食べられる様に、準備をしなきゃいけないからね!」
「そ、そう……」
(食べた端から気にしちゃってるのかな? だとしたら、そりゃいっぱい食べるよな……)
食べ物を消化と言うか、分解して気に変換しているみたいなのだが、黒ちゃんにとっては活動に使うエネルギーにするという事では無く、次の食事の為の準備という意味合いが強いらしい。
(確かに黒ちゃんがいっぱい食べても、お腹が膨れてるのは見た事が無いしな)
見た目にはしっかりと口の中で料理を味わって飲み下しているのだが、黒ちゃんや白ちゃんの食事は、人間の俺達がしている栄養補給としての食事とは根本的に違うのだ。
(それにしても、チョコレート味か……)
チョコレートは甘いだけでは無く独特の苦味があるのだが、様々な物を食べる経験を積んでいない子供は苦い味のする食べ物を、毒だと認識してしまう事があるのだ。
そういう意味では黒ちゃんの体内で生産される母乳もどきの味としては、チョコレートフレーバーは相応しく無い様に思われるのだが……。
(でも、樹君はおいしそうに飲んでるから、問題無いのかな?)
先にアイスクリームでチョコレートの味を知っているからなのか樹君は、おいしそうと言うのを通り越して、夢中になって黒ちゃんの胸から出ている物を飲んでいる。
(黒ちゃんが食べた物の味に出来るって話だから、チョコレート以外のフレーバーでも造れるんだろうけど)
後でデザートに苺を出してあげる予定だけど、苺が好きな子供は多いのでフレーバーとしては喜ばれるかもしれない。
(って、なんで俺は、黒ちゃんの出す母乳もどきの味の事を真剣に考えてるんだ……)
何時の間にか頭の中が、黒ちゃんの母乳もどきの考察でいっぱいになっていた。
「ねえねえ御主人」
「ん?」
そんな俺は、黒ちゃんからの呼び掛けで我に返った。
「御主人も飲む?」
「……へ?」
黒ちゃんが自分の胸を指差しながら、とんでもない提案を俺にしてきた。
「こっちは樹が使ってるけど、もう一つ、吸える場所が空いてるからさ!」
「えーっと……」
にこやかに笑う黒ちゃんは、樹君が顔を伏せているの右側とは逆の左側の、まだ下着に包まれている胸を指し示した。
(黒ちゃんは俺が『じゃあせっかくだから』、って言うとでも思ってるのか!?)
確かに樹君が夢中で吸い付いているのとは反対側の黒ちゃんの胸は空いているのだが、だからといって俺も、という訳には勿論行かない。
実行する以前に、幼児と一緒に少女の胸に吸い付いている自分の姿を想像したら、恐ろしくシュールだった。
「……俺は遠慮しておくよ」
黒ちゃんは一応は好意で言ってくれているんだろうから、無視するのは失礼だと思って遠慮をする言葉を絞り出した。
「そう? やっぱ御主人は、猪口齢糖味じゃ駄目かー」
「いや、あの。味がどうとかじゃ無くってね」
どうやら黒ちゃんは俺が遠慮しているのは、味が好みと違うからだと思っているらしい。
「むぅ……あたいはあんまり好きじゃ無いけど、御主人の為に珈琲味とかを出せるようにしないと!」
「あのね……」
決意漲る表情になった黒ちゃんは、樹君を胸に吸い付かせたままで、グッと力強く拳を握り締めた。
「はい、みんな。お待たせ」
「「「わぁ!」」」
なんとか入浴を終えてから厨房に向かい、用意してあったアイスクリームと苺を盛り付けて運んで居間の座卓に並べると、子供達から歓声が上がった。
「何か、鮮やか過ぎるくらいに赤い色の果実ですね」
「そうですね」
柔らかな白色のアイスクリームに添えられた真っ赤に熟した苺の色は、天后には綺麗と感じるのを通り越すくらいに、色鮮やかに映っているらしい。
「あ、でも。凄く甘酸っぱい良い香りがしますね」
苺の放つ甘酸っぱい芳香に感じ入っているのか、天后は長いまつ毛を伏せている、
「香りだけでは無く味も良いので、天后さんも是非味わって下さい。さ、みんなもお上がり」
「「「はい! 頂きます!」」」
風呂上がりのデザートに興奮しながらも、子供達は行儀良く両手を合わせてからスプーンを手に取った。
「ちょっと酸っぱいけどあまーい!」
「冷たくて甘くておいしー!」
苺とアイスクリームとを食べ始めると、子供達の興奮は最高潮に達した。
「御主人! この赤い苺って言うの、これからはいっぱい食べられるの!?」
「少し育つ様子を見ながらになるけど、多分食べられるようになると思うよ」
思いの外、早期に収穫出来た苺だが、里での水耕栽培は始めたばかりなので、どれくらいの周期で次の収穫が出来るのかは未知数だ。
しかし、里では病虫害の心配は殆どしないでも良さそうなので、栽培に使う水の管理と液体肥料のやり方さえ間違え無ければ、苺の収穫量が極端に減ったりする事は無いだろう。
「そっかー! あたいも水やりには関わってるんだから、いっぱい実がなる様に張り切っちゃうよ!」
「あはは。確かに黒ちゃんの力も、苺の収穫量には大きく関わってるね。でも、無理はしない程度でね?」
「おう!」
元気良く返事をした黒ちゃんは大きく口を開けて、皿に残っていた苺を放り込んだ。
子供達以上に苺の味を喜んでいる黒ちゃんの期待を、裏切らないで済むといいなと心から思う。
「それでブルムさん。お話というのは?」
デザートを食べ終えた子供達を寝かしつけ、居間には俺とブルムさんと黒ちゃん、そして天后だけが残った。
ブルムさん用に酒とつまみを用意して、一杯目を飲み干したのを見計らってから話を切り出した。
「おっと。これは申し訳無いです。つい酒の味に、心を奪われてしまいましたな」
バツが悪そうに頭を掻きながら、ブルムさんが苦笑しした。
「もしもアーサー陛下の許可が得られたらの話ではありますが、ブリテンに行ってみませんか?」
「それは……」
一転して表情を真剣な物にしたブルムさんの発言は、かなり返答に困る内容だった。
「質問に質問で返してしまって申し訳無いんですが、どうしていきなりそんな事を?」
転移門を利用させて貰って故郷にという話には、あまり乗り気では無さそうだったブルムさんが、俺にブリテン行きを誘ってくる理由がわからない。
「それ程難しい理由はありませんよ。私もブリテンには行った事が無いというのと、出来ればこれから商売をする相手の国を、直接この目で見てみたいと思っただけです」
「成る程」
アーサー王やケイ卿を通して、既に幾つかの蜘蛛の糸の製品やガラス器などの取引をしているのだが、ブルムさんとしてはブリテンという国その物を、目で見たり肌で感じたりしたいという事なのだろう。
この辺は俺には良くわからないが、世界を巡って商売をしてきたブルムさんなりの感覚みたいな物があるのかもしれない。
「商売の為ではあるのですが、鈴白さんも行ってみたら色々と見聞を広げる事が出来るのではありませんか?」
「それは……確かにそうですね」
俺が里に定住する気が無いのは、こっちの世界の様々な場所や人や物を見てみたいという好奇心が捨てきれないからだ。
そう考えるとブルムさんの申し出を断る理由は、俺には無いと言える。
「でも、ブリテンかぁ……」
「おや。気が進みませんかな?」
「そういう事では無いのですけど……」
(少しずつあちこちの土地を見ながら、漫遊みたいな感じで移動するつもりだったんだけど。いきなり数千キロも離れたブリテン行き、しかも直行どころか転移でだもんな……)
日本から数千キロも離れているブリテンは、感覚的には地の果てと言っても過言では無い場所だ。
当然ながらこっちの世界のブリテンにも行ってみたいなと思っていたが、それは先ず海を渡って大陸に到達して、そこから騎乗なり徒歩なりで、西進しながら諸国を巡るという考えだった。
(いきなり見知らぬ土地に行っても、こっちの世界ならそんなに危険は無いと思うんだけど。それでも少し不安なんだよな)
あまり強権を振るうような国の運営をすると、間接的にではあるが神仏による審判が下るので、それ程政情に不安がある国家というのはこっちの世界には無いと思える。
それでも自分達の常識とは違う信仰や思想によって統治されているような国家というのはあるかもしれないので、あまり楽観視も出来ないのだが。
(ワルキューレ達の愛馬での移動くらいなら、旅の楽しみと時間の短縮が合致するんだけど、転移門は便利な代わりに風情も何も無いからなぁ)
ワルキューレ達の愛馬に乗っての移動というのはかなり非常識ではあるのだが、地形を無視してかなりの高速が出せるので、物見遊山の旅ではバランスの良い手段だと思える。
常識的な馬やラクダでへ騎乗しての移動や徒歩ではスピードは期待出来ないが、その分だけあちこちを見物したり、情報を収集しながら移動先の危険を避けられるという利点はある。
一方、転移門を使うと数千キロの距離を、高速を通り越して瞬間移動出来るのだが、その分だけ旅を楽しむというのとは程遠い状況になってしまうし、時間の短縮になる代わりに予期せぬ危険に、唐突に遭遇してしまうかもしれないのだ。
(と言っても、転移門で移動する場所はブリテンの、恐らくは騎士クラスが警護しているだろうから、転移後に即攻撃を受けるみたいな事は起きないだろうけど)
日本側の転移門の設置場所が御所の中なのだから、ブリテン側の方がセキュリティの緩い場所というのは考えに難いので、恐らくだがキャメロットの城の中か、悪くても都市の中のかなり厳重に護られている場所だと思える。
そう考えるとブリテンに転移した途端にトラブルに巻き込まれる可能性は、皆無だと言っても良いだろう。
「仮に転移門を利用させて貰えるとしても、それはブリテン側と御所の調整みたいな物が済んでからの話ですよね」
「そう言われてみればそうですな、私とした事が、少し気が急いていたようです」
自嘲気味に笑ったブルムさんは、場を誤魔化すように酒杯を口に運んだ。
「そう言えば里に、ブリテンの方をお招きするんでしたね」
「ええ」
「歓待すれば、転移門の利用に便宜を図ってくれますかね?」
「あー……」
自分的に忘れたい事柄だったのか、ブルムさんに言われるまでアーサー王やトリスタン卿が里に来る気になっているというのが、すっかり頭の中から抜け落ちていた。
「でもその前に、沖田様が里に来るんですけどね」
「そういえばそうでしたな。あの方は子供好きのようですから、里は極楽みたいな場所に思うかもしれませんね」
「あはは……」
態度や行動からもわかるのだが、ブルムさんが言う通りに沖田様は無類の子供好きだ。
そんな沖田様にとって、可愛らしさと利発さを兼ね備えている子供達が大勢居る里は、確かに天国のような場所に思えるかもしれない。
「……」
「黒ちゃん?」
「な、なんでも無いよっ!?」
「そうは見えないんだけど……」
ついさっきまで、苺とアイスクリームの味に御満悦だった黒ちゃんなのだが、沖田様の話題が出た途端に蒼白になった顔を引き攣らせている。
「沖田様は悪い人じゃ無いと思うよ?」
「それはわかってるよ! 飴くれたし! 御主人と一緒に戦ってくれようとしたし! でもねっ!」
「黒ちゃん。小さい子達が寝てるから」
「あっ! ご、御免なさい!」
ヒートアップして少し声が大きくなっていたのを注意すると、黒ちゃんは素直に謝ってきた。
「黒ちゃんが沖田様に、色々と思うところがあるのはわかるんだけどね」
「うぅー……あいつにはなんか逆らえない感じがするし、妙に腕っぷしが強いんだよぉ」
「確かに、沖田様は強そうだよね」
(沖田様はこっちの世界で出会った人の中だと、五本の指に入るくらいには強そうだよな)
現段階で一番強いのは言うまでも無くアーサー王で、戦っている姿は見ていないが、次点がトリスタン卿だろう。
続いて頼永様、家宗様、沖田様が、いずれも戦っている姿は見ていないのだが、普段の物腰などから同格くらいの強さではないかと思う。
伊勢の朔夜様や北条の頭領の時頼も相当に強いのだが、先に挙げた五人に比べると少し劣っているというか、まだまだ発展途上だろう。
「あんな女、御主人がさっさと手篭めにしちゃえばいいのに!」
「……は?」
手篭めという言葉の意味がわかっているのか、黒ちゃんがとんでもない事を言いだした。
「黒殿。鈴白さんが沖田様を手篭めにするという事は、奥方にするという意味ですよ?」
「あっ!」
「気づいて無かったの!?」
どうやら黒ちゃんの言う手篭めというのは性的な意味では無く、戦って負かして言う事を聞かせる状況の事を指すらしい。
「ね、姐さんや頼華はともかく、あの女まで入ると……」
「いやいや。入らないからね?」
現代の日本人の俺の感覚だと、おりょうさんと頼華ちゃんの二人を娶るというだけでも悩ましいのに、有難くも困った事に俺に思いを寄せてくれてるっぽい女性が多い。
(沖田様は綺麗だけど……)
武人の強さの中に凛とした女性らしい部分を持っている沖田様は、確かに魅力的だが……黒ちゃんの言葉で、妙に意識をしてしまう。
「まあ。主様に新たな奥方様が。色々とお好みなどを伺わなければなりませんね」
「新たな奥方じゃありませんからね!?」
どう見ても茶化している感じでは無いので、天后は至って本気で沖田様が俺の新たな奥さん候補になると思っているらしい。
「黒殿が心配する程、鈴白さんが移り気で多情な方だとは私は思っていませんが」
「ブルムさん……」
孤立無援かと思っていたが、同性だけあってブルムさんは俺の味方のようだ。
「しかし……」
「?」
手酌で酒を注ぎながら、ブルムさんが重々しい感じで言葉を吐き出した。
「鈴白さんにその気が無くても、先方、沖田様の方はどうだかわかりませんなぁ」
「……へ?」
注いだ酒を一息に飲み干してからのブルムさんの呟きは、俺を驚愕させた。
「何しろ沖田様は、鈴白さんとアーサー陛下の戦いを、間近で見ていたのですから」
「あ……あー……」
これまで沖田様には、気による治療以外は俺の能力は見せて来なかったのだが、アーサー王との戦いに於いては加減する余裕が無かった。
沖田様が頼華ちゃんや伊勢の朔夜様と同じような思考をするとは限らないが、英雄王と戦える俺を見て意識が変わっている可能性は否定しきれない。
(沖田様が俺を異性として認識する? 流石にそれは自意識過剰だと思いたい……)
俺も男なので、沖田様のような美人から好意を寄せられて悪い気はしないが、黒ちゃんとブルムさんの考え過ぎであって欲しい。




