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排骨

なんとか新作を投稿

しかし次回以降は、結構間隔が空いてしまいそうです……

「んまい! 御主人、これ何?」


 適当に目に付いた茶屋の軒先の縁台に腰を落ち着けた俺達は、頼んだお茶と茶請けが来たので各自で楽しみ始めた。


 楊枝で突き刺した茶請けを口に運んだ黒ちゃんは、ひとしきりモグモグしてから満足そうに呟くと、俺に向き直った。


「これは羊羹だけど、長崎屋さんとかで出してくれた事は無かったの?」


 江戸の長崎屋で気に入られている黒ちゃんと白ちゃんは、お邪魔する度に食事やおやつを御馳走になっている。


 羊羹は日本に古くからある菓子なので、長崎屋さんでもお茶請けに出されて黒ちゃんも食べた事があると思っていた。


「んー。長崎屋では外国のお菓子っていうのを、良く出してくれるから」

「ああ、成る程ね」


(そういえばこっちの世界で家主貞良(カステラ)を初めて食べたのも、長崎屋さんだったっけ)


 長崎屋さんにとっては黒ちゃんと白ちゃんは特別な客に入るので、一般的な和菓子では無く外国の菓子を出してくれているのだろう。


 尤も家主貞良(カステラ)に関しては発祥はポルトガルのパン・デ・ローなのだが、かなり日本的なアレンジがされているので、既に外国の物というカテゴリーには入らない気もするが。


「……かなり複雑な甘さだな」

「御主人はおいしくない?」

「そんあ事は無いよ」


 何気無い俺の呟きが聞こえたのか、黒ちゃんが訊いてきた。


(おいしいんだけど、白砂糖の味に慣れてると重く感じるんだよな……)


 もしかしたら黒砂糖では無く精白してある砂糖を使っているのかもしれないのだが、元居た世界のように真っ白な砂糖が使われていないのは確実だ。


 ミネラル分が豊富な黒糖や低製糖の砂糖は、身体には良いし味に複雑さがあるのだが、どうしてもスッキリとした味わいにはならない。


「黒ちゃん。俺の残りで良ければ食べる?」

「おう! っと。(いつき)。御主人が残りをくれるって言ってるけど、食べるか?」

「え! い、いいんですか?」

「おう! お前はまだ小さいんだから、遠慮すんな!」


(おりょうさんが活を入れたのが、効いてるのかな?)


 フレンチトーストを作った時に余った卵液を使って作ったプリンもどきを、お糸ちゃんから貰おうとして頼華ちゃんと一緒におりょうさんに怒られた黒ちゃんなのだが、その時に言われた事が教訓になって、行動になって表れているようだ。


「もう一つ頼むから、(いつき)君はそれをお食べ」

「御主人?」

「主人?」

「これは俺からの、御所まで一緒に行ってくれた二人への御褒美だよ」


 子供達だけでは無く黒ちゃんも、俺との買い物を楽しみにしてくれているっぽいので、こっちの都合でそれを無くしてしまったお詫びだ。


「ねえねえ御主人。おまんじゅうも頼んでいい?」

「え? うーん……いいけど、夕食の前だからなぁ」

「じゃ、じゃあ、おまんじゅうは(いつき)と半分こにするから!」

「それなら……(いつき)君。おまんじゅうも食べて、夕食は入りそう?」


 黒ちゃんにとってはまんじゅうくらいは別腹だと思うが、ここであまり食べ過ぎると、(いつき)君は夕食が入らないのでは無いかと思う。


「えっと……黒姉さまと半分だったら大丈夫です!」

「そ、そう? なら……すいません。羊羹とまんじゅうを一つずつ追加で」

「はーい。少々お待ち下さいね」


 忙しく動き回っている店員に声を掛けると、柔らかく微笑みながら応じてくれた。


(少し無理してるっぽいけど……男の子をしたい(いつき)君の意思を尊重するか)


 自分が要らないと言うと黒ちゃんが食べられなくなってしまうと悟った(いつき)君は、多少の無理はするつもりなのだ。


(……(いつき)君の夕食の盛りは、控えめにしてあげようかな)


 格好をつけたい(いつき)君の思惑が黒ちゃんにバレないように、こっそりと協力してあげよう。

「うまいなー、(いつき)!」

「はい!」

「……お。あれは」


 黒ちゃんと(いつき)君が、仲良く注文したまんじゅうを食べているのを眺めながらほっこりしていると、目の前の通りに辻売りの野菜売りが店を広げていた。


(……夕食のメインの味が少し濃い目の予定だから、口直しに良さそうだな)


「ん? 御主人、もう行くの?」

「……」


 俺が腰を浮かせたので、黒ちゃんが残っていたまんじゅうを口に放り込み、(いつき)君もそれに倣ってまんじゅうを口に押し込んでいる。


「ちょっとそこで売ってる野菜を買ってくるだけだから、二人共慌てないでいいよ。黒ちゃんは(いつき)君が喉に詰まらせないように、見ててあげて」

「おう! (いつき)! 詰まりそうになったら言えよ!」

「……」


(喉に詰まったら、呼ぶのは無理だと思うんだけど……)


 そう思ったが、(いつき)君は呼び掛けた黒ちゃんに一生懸命頷いて見せているので、本当に喉に詰まったら手で引っ張るなりするだろう。


 俺は黒ちゃんに(いつき)君を任せて、買い物をする為に辻売りの野菜売りの方に歩き始めた。



「御主人。なに作るの?」

「猪の揚げ物を御飯に載せる、大陸風の料理だよ」

「それって、前に作ってくれた、卵でとじたみたいなの?」

「あれとは違うんだよ」

「ふーん」


 黒ちゃんのリクエストで俺が考えたのは、衣をつけて揚げた豚肉を甘辛いタレに浸けた料理、排骨(パイクー)だ。


 これまでにトンカツや、黒ちゃんが言った煮込みカツは作ってきたので、少し違う物をと考えた結果、導き出した料理が排骨(パイクー)だった。


 排骨(パイクー)は台湾などでは屋台や弁当の定番であり、御飯以外に麺に載せたりそのまま一品料理として出てきたりもする。


「俺が肉を揚げるから、黒ちゃんには御飯を炊いて貰って、(いつき)君は野菜を切るのと、タレの味付けもお願いしちゃおうかな」

「おう!」

「や、やってみます」


 黒ちゃんとは対象的に、料理の自信が無いのか(いつき)君の返事からは、少し元気が感じられない。


(いつき)君、慎重にやれば大丈夫だからね?」

「は、はい」

「先ずはこの野菜を、こんな感じの細切りに……」


 水洗いした小さな野菜、茗荷を、(いつき)君へのお手本に縦に繊切りにして見せた。


「少しくらい不揃いでも構わないから、俎板の上に載っている分を、全部こういう細切りにね」

「は、はい!」


 全部と言っても茗荷の数は十個程なので、それ程大変では無いだろう。


「よーし……」

「そんなに気負わないでも、大丈夫だから」


(……そんなに心配は無さそうかな?)


 自信が無いなりに(いつき)君は、上手な人間がするようなリズミカルな包丁の使い方などはしていないので、怪我の心配なんかはしなくても良さそうだ。


 とは言っても初心者には変わりないので、自分の調理をしながらも(いつき)君への注意は怠らない。


(肉の下味はこれで良し、っと。次に衣とタレを……)


 後で醤油をベースにしたタレに浸けるので、排骨(パイクー)にする肉への下味は塩、酒、砂糖と、中華のスパイスミックスの五香粉(ウーフェンシャン)なんか無いので、漢方の八角を砕いて混ぜ合わせた物に、軽く漬け込む程度だ。


 衣は溶き卵に小麦粉を混ぜただけの物で、タレは醤油、酒、砂糖、こちらにも八角を砕いた物を入れ、鶏のガラスープを加えて煮立てておく。


「御主人! 御飯は炊きあがるのを待つだけだよ!」

「主人! 野菜を切り終わりました!}


 黒ちゃんと(いつき)君は、同じタイミングで作業を終えたようだ。


「了解。なら黒ちゃんには、続けて汁物をお願いするよ」

「おう! で、どんなの作るの?」

「水から昆布を煮て、沸騰する寸前に鰹節を入れて一煮立ちしたら両方取り出して、(いつき)君が切ってくれた茗荷を入れて少し煮たら、塩と少量の醤油で味付けするんだ」

「おう! 後で味見お願いするね!」

「了解」


 竈に水を張った鍋を載せた黒ちゃんは、軽く水洗いした昆布を入れて煮立て始めた。


「主人。俺は何をすればいいですか?」

(いつき)君は俺と一緒に、揚げ物をやってみよう」


 中華鍋に猪のラードを入れて温度を上げ、その間に下味を付けた肉に小麦粉をまぶし、衣をつけて行く。


「そろそろいいかな?」


 木の菜箸を突っ込んで、出る泡の量で油温を確認した俺は、衣をつけた肉を投入した。


「二つ目の肉は、(いつき)君が入れて御覧」

「や、やってみます!」


 衣をつけた肉を持つ(いつき)君の表情には、緊張感が漲っている。


「油が跳ねると危ないから、そっとね」

「はい! そっと……」


 気合が空回りしそうだった(いつき)君に耳打ちすると、俺が言った通りに衣がついた肉を、そっと手で油に投入した。


「油に入れて暫くすると、出る泡の量が減って音が変わるから。そうしたら箸でひっくり返して、もう少し揚げたら出来上がりだよ」

「はい!」


 油の中で肉が泡を弾けさせているのが面白いのか、(いつき)君は鍋の中を食い入るように見入っている。


「そろそろ油から出そうか」

「はい! よ、っとと……」


 少し早めのタイミングで一枚目の肉は俺が油から出したが、二枚目の方は(いつき)君に任せた。


 しかし(いつき)君の小さい手では、大きめの排骨(パイクー)は少し扱い難いようで、中々油の中から引き出せずにいる。


「ちょっと箸では難しそうだね。これを使ってみて」

「はい! よいしょ!」


 俺が渡したのは竹を曲げて作った調理に使う挟む道具で、現代で言うトングと同じ様な物だ。


「……や、やりました!」

「うん。綺麗な色に揚がったね」


 トングも(いつき)君の手からすると少し大きいのだが、菜箸よりは力が入り易いので、今度は上手い具合に肉を引き上げる事が出来た。


 本当は鍋の上で軽く油を切った方が良いのだが、肉を引き上げるだけでいっぱいいっぱいの(いつき)君に、そこまで要求したりはしない。


「揚がってから少し置くと、油が切れて予熱で中まで火が通るから、そしたらタレに浸けて、切り分けたら完成だよ」

「はい!」

「えぇー!? ご、御主人。せっかく香ばしく歯応えありそうに揚がってるのに、それに浸けちゃうの!?」


 用意したタレは上からかけるか、それともつけダレだと思っていたのか、揚がった豚肉を浸けると黒ちゃんから、視線と一緒に抗議の声が飛んできた。


「これはこういう料理なんだよ。それに、揚げたカツを煮て卵とじにした料理の事をさっきはなしたけど、あれもおいしかったでしょ?」

「そうだけど……」


(排骨(パイクー)が初めてっていうのもあるけど、こっちではタレカツとかソースカツは作った事が無いからなぁ)


 揚げ物をタレや出汁に浸した料理は他にも多くあるのだが、食べた事の無い黒ちゃんには勿体無い行為に見えるようだ。


(近い内にタレカツを作ろうか。ウスター系のソースも、近々作ろうかとは思ってるけど)


 手元にある材料でタレカツの再現は可能だし、里で林檎の栽培を始めたのでコロッケなどのフライ料理用に、ウスター系のソースも作ろうかとは思っていたのだ。


 トリスタン卿から貰った棗椰子の種からの栽培が上手く行ったら、これもソースの味付けに役立つので、作る切っ掛けになりそうだ。


「なんならタレに浸けない状態の物も、出してもいいよ」


 揚げたてのカリッとした歯応えの良さを求める黒ちゃんの気持ちも良くわかるので、タレに浸けずに出sのは俺としては一向に構わない。


 しかし、肉の方には味付けと言うよりは臭み取りの為の下味が軽く付けられているだけなので、タレに浸けずにそのまま食べると、御飯のおかずとしては味が薄いかもしれない。


「んー……いいや。御主人が作る料理は、いつもあたいの期待以上だから!」

「そ、そう?」


(今回もそうだといいけど……)


 無論、いつもおいしく作るようにはしているのだが、それでも好みという物があるので、黒ちゃんが実際に食べてから感想を聞くまでは、期待に添えているのかが気になってしまう。


「そろそろ良いかな? じゃあ、タレに浸けるよ」

「はい!」


 俺と(いつき)君が揚げた最初の一枚ずつは、十分に油が切れて余熱で火が取った頃合いなので、用意しておいたタレに潜らせる。


(いつき)君、取り出して」

「はい! んしょっ!」


 (いつき)君が竹製のトングで、タレから引き揚げた排骨(パイクー)を俎板に載せた。


「これを食べ易い大きさに切って、出来上がりだよ」

「凄く旨そうです!」


 出来上がった排骨(パイクー)を見て、(いつき)君が瞳を輝かせている。


(この様子なら、(いつき)君のお腹の調子は心配しないでも良さそうかな?)


 茶屋でお菓子を食べてからそんなに時間が経っていないので、少し(いつき)君のお腹の具合が心配だったのだが、料理の作業によるカロリー消費と、香りなどで食欲が促進されたらしい。


(いつき)君。汁物の仕上げをするから、やってみようか」

「えっ!?」


 なんでかはわからないが、汁物の仕上げをすると言うと(いつき)君が驚きを見せている


「お、俺に出来ますか?」

「そんなに難しく無いよ。先ずはこの箸で、ゆっくりとでいいから鍋をぐるぐると掻き混ぜて」

「は、はい……」


 俺の言う事に従っているが、ほぼ出来上がっている汁物の鍋を、なんで箸で掻き混ぜるのかわからないと、言葉にはしなくても(いつき)君の顔に表れている。


「そうしたらこの溶き卵を、箸で混ぜたのとは逆の方向に回すようにしながら、箸に伝わせて流し込んで」

「わぁ! 卵が綺麗に広がって行きます!」


 料理が上手な人だと溶き卵を回し入れるだけで綺麗に広がるのだが、慣れていないとダマになったり、逆に薄くなり過ぎて濁らせてしまったりする。


 箸で掻き混ぜて渦を作ってから、逆方向に回しながら卵を流し入れると、慣れていない人間がやっても比較的綺麗に卵が広がるようになるのだ。


「これで汁物も出来上がったね。後は肉の付け合せを……」


 旨いが地味な色合いの排骨(パイクー)には、鮮やかな緑色の青梗菜(チンゲンサイ)を茹でて添えたりするのだが、こっちの世界の日本にはまだ白菜も渡来していないっぽい。


 手元に小松菜なんかも無いので、代わりに里で収穫したアスパラガスを茹でた物を切って添える。



「それでは、頂きます」

「「「頂きます」」」


 ブルムさんの号令で、夕食を開始した。


「これは、揚げた肉を煮込んであるのですか?」

「煮込むまではしていません。タレに潜らせているだけですよ」

「ほう? む……衣がタレの味を吸っているのに、少し歯応えが残っているのですな。それでいて味の染みている肉が、実に旨い!」

「お口に合ったのなら、良かったです」


 数々の肉料理を食べているブルムさんに褒められたので、まずまずの出来になったと思って良さそうだ。


「旨い! 御主人、これって変わった風味がするけど旨いね!」

「それは良かった」


(黒ちゃんが言ってり変わった風味は、八角かな?)


 中華風に煮込む料理などで良く入っている八角だが、江戸の薬種問屋の長崎屋で買って持っていた物を使ってみた。


 八角は独特の香りがするが、特に刺激的だったりはしないので、黒ちゃんの味覚にも合ったようだ。


「タレに浸けた肉だけど、それはどう?」

「うん! ブルムのおっちゃんも言ってるけど、思ったよりも揚げた肉のカリッとした感じが残ってるし、下味のついてる肉とはまた違った感じで旨いよ!」

「そう。いっぱい揚げたから、いっぱい食べてね」

「おう!」


(……こりゃ、余らなそうだな)


 少し多目に揚げたし、黒ちゃんと(いつき)君はおやつを食べたので、排骨(パイクー)と御飯は余るかなと思っていたのだが、どうやらそんな事は無さそうだ。


 黒ちゃんはともかく(いつき)君までもが、ちょっと心配になるくらいに旺盛な食欲を見せている。


(……ま、いいか)


 今日は食事の後で、おりょうさんが持ってきてくれた苺と、トリスタン卿から貰った棗椰子をデザートに出す予定なのだが、この分だとそっちの方も余る事は無さそうだ。

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