紋章入りパンツ
「むぅ……」
「あの、なんで黒ちゃんは抱きついてきたのかな?」
俺を見つめ続ける白ちゃんにから何かを感じ取ったのか、黒ちゃんがコアラの子供みたいに俺に抱きついてきた。
「黒ちゃん。これから腕輪を使うから、離れてくれないと」
「えー……」
「えーって言われてもね」
気生命体である黒ちゃんや白ちゃんが俺にくっついたままでドラウプニールを発動させると、もしかしたらではあるが吸い込まれてしまうかもしれない。
「……」
「黒ちゃんに離れてって言ってるのに、なんで白ちゃんまでくっついてくるの?」
「だ、駄目か?」
「普段なら別に構わないんだけどさ……」
黒ちゃんに対抗心を出したという事では無さそうだが、何故か白ちゃんまでが俺に抱きついてきた。
(……ま、いいか)
二人がどういう心境なのかはわからないが、無理に引き離したりすると悲しませてしまうかもしれないので、暫くの間は気の済むようにさせておく。
「……これで良し、と」
幸いにも黒ちゃんと白ちゃんは五分程で俺を開放してくれたので、それからドラウプニールを使って気を集め、沖田様からの依頼品の衣類一式と、これも依頼品の湯呑の見本を作り上げた。
陶器の湯呑には白釉の上にダンダラ模様を施し、誠の文字を入れてある。
「ねえねえ御主人」
「何かな?」
作業中は黙ってみていた黒ちゃんが、瞳をキラキラさせながら俺に話し掛けてきた。
(なんか嫌な予感が……)
黒ちゃん自身に邪気や悪気が感じられる訳では無いのだが、こういう時は大概、俺にとっては難しかったり恥ずかしかったりするお願いである事が多い。
「あの女のを作ったんだから、あたいにも御主人お手製のぱんつが欲しいなー、って」
「えー……」
(や、やっぱりか……)
衣類の製作途中、特に下着の時に黒ちゃんが興味深そうに見ていたのだが、どうやらその時から『お願い』をするつもりだったようだ。
「女性用の下着は紬に頼むか、黒ちゃんなら自分でも作れるよね?」
里に来た当初は蜘蛛を従えたので能力を得た俺か、蜘蛛だったこの里の住人達にしか糸を操れなかったのだが、今では能力の譲渡をしているので黒ちゃん達にも糸を操る事が出来る。
無論、糸を操るのにも上手い下手があり、保有している気の量によって質も違ってくるのだが、黒ちゃん達はドラウプニールを持っているので質に関しては問題無い筈だ。
「でもでも、御主人が作ったぱんつが欲しいのぉ!」
「これまでに何枚もあげてるよね?」
糸を操れるようになった当初は、俺が里の住人全て分の下着類を作っていたのだが、その時に黒ちゃんにも様々なデザインの物を相当数作って渡してある。
「でもぉ……そ、そうだっ!」
「何?」
俺の言う事が正論なので、旗色が悪そうなかおをしていた黒ちゃんだが、何かを思いついたらしい。
「か、形代と一緒に、履いてるぱんつが切れちゃったから、新しいのが欲しい!」
「……は?」
どうやらこれが、黒ちゃんの考えついたアイディアらしい。
「えっと……黒ちゃん?」
「ほ、ほんとだもん! そ、その証拠に……」
「わっ!? く、黒ちゃん!? 脱がないでもいいから!」
九分九厘嘘だとは思うのだが、黒ちゃんが作務衣の下を引き下ろそうとしたので、慌てて両肩を抑えて動きを止めた。
「仕方が無いなぁ……それで、色とか柄とかに注文はある?」
ここで適当なデザインの下着を作って『はい、どうぞ』って渡しても、リテイクを食らう可能性が高いので、黒ちゃんからしっかりと聞き取り調査を行う。
「んっとね……あ、そうだ!」
良いアイディアが浮かんだのか、黒ちゃんがポンと手を打った。
「あの、とりすたんとかいう奴の、紋章ってあったでしょ?」
「ああ、これ? って、まさか……」
トリスタン卿に預かった紋章入りの短剣をドラウプニールから取り出した俺は、嫌な予感が一層強まったのを感じた。
「その紋章を……」
「いやいやいや。それは良くないって、黒ちゃん」
「えー……」
「紋章っていうのはその人の家柄とかを象徴する物だから、あまりふざけた使い方をしちゃ駄目なんだよ」
黒ちゃんがトリスタン卿に対して悪意がある訳では無いと思うが、それでも下着の柄に使うというのは良くない。
「でも御主人。あたいのぱんつで、あいつの外套を作る時の、練習をしておいたら?」
「む……」
トリスタン卿のマントを作る本番前に、練習とをしておくというのは悪くないアイディアだ。
マントの練習がパンツというのは、如何な物かと思うが……。
「それにぃ、どうせあいつがあたいの履いてるぱんつを見る機会なんか無いんだから、いいでしょ?」
「それは……」
(確かにトリスタン卿が、黒ちゃんのパンツを見る機会は無いだろうけど……)
いずれはトリスタン卿が里に来る機会もあるかもしれないが、黒ちゃんと混浴をする事は無さそうなので、そうなると確かにパンツを見られる事も無いだろう。
「黒を擁護する訳では無いが、あの男はその程度の事を気にはしないのでは無いか?」
「そうかもしれないけど……」
これがアーサー王の王冠の紋章とかになると大問題に発展しそうだが、確かにトリスタン卿ならば黒ちゃんが自分の紋章入りのパンツを履いているのを見ても、笑って済ませてくれそうな気はする。
「はぁ……わかったよ。その代わり、絶対にトリスタン卿本人と、ブリテンの人達に見られる事が無いようにしてね?」
現代とは違って黒ちゃんがミニスカートとかを履く機会も無いだろうから、ここまでが壮大な伏線で結局はラッキースケベ発生、みたいなフラグが立ったりはしないだろう、と思いたい。
「良ければ白ちゃんのも作ろうか?」
「い、いいのか?」
「いいよ」
別に白ちゃんが物欲しそうにしていたとかでは無いのだが、この場に居るのに黒ちゃんの分だけを作るというのは、なんとなく不公平な気がしたのだった。
「白ちゃんも、なんか色と柄とかの注文はある?」
「そうだな……あの、けいとかいう男の紋章……」
「白ちゃんまで!?」
黒ちゃんがトリスタン卿の紋章をリクエストしてきたと思ったら、白ちゃんがケイ卿の紋章とか言い出した。
「さっきの黒の話では無いのだが、あの男からも外套の注文とかを受けているかと思ってな。どうせなら俺のぱんつを、主殿の練習台にして貰おうかと考えたのだが」
「特に注文は受けてないけど……」
(ケイ卿にも色々と骨折りをして貰ってるから、御礼に作るっていうのは良いかもしれないな)
ケイ卿の紋章の見本などは受け取っていないのだが、青字に二本の銀の鍵が並んでいるデザインはシンプルで見栄えがしたので、良く覚えている。
アーサー王の代理として、旅をする間は王冠の紋章の入ったマントを身に纏えるケイ卿だが、本国に戻ったら返上して自分の紋章の入った物を着けるようになるだろうから、これまでの礼として作ってプレゼントするというのは良いかもしれない。
その練習台が女性用のパンツというのは、知られたら相当に問題になりそうではあるが……。
「……とりあえず作ってみようか」
「おう!」
「うむ」
妙に期待の込もった視線で見てくる黒ちゃんと白ちゃんの前で、俺はトリスタン卿とケイ卿の紋章入りパンツという謎な物を作る羽目になったのだった。
「ねえねえ御主人。似合う?」
「この場で着替えなくてもいいのに……」
本当の意味で着替えたのでは無く、ドラウプニールを使ってのクイックチェンジではあるが、今の黒ちゃんは作務衣の下を履いていない状態で、トリスタン卿の紋章が入ったお尻の側を俺に向けて見せている。
(なんとなくサッカーチームとかのマークっぽいな)
トリスタン卿の紋章は緑地に金色の立ち上がった獅子という如何にも外国っぽい感じで、サッカーのチームのマークとしてユニフォームの胸とかに刻まれていてもいかしくない。
日本の家紋とかが女性用のパンツに入っていると、なんとなくネタっぽく感じそうだが、外国の紋章はなんとなくお洒落に見える気がするから不思議だ。
(それにしても、刺激が強いなぁ……)
まだ顔にはあどけなさが残っているのにアンバランスに成熟している黒ちゃんのヒップは、下着を履いているとは言っても俺には刺激的が強過ぎる。
「主殿。俺の方はどうだ?」
「白ちゃんまで……ああ、うん。似合ってると思うよ」
青地に金の鍵のケイ卿の紋章入のパンツを着けている姿は、白ちゃんの名前通りに透き通るような白い肌と相まって目にも鮮やかだ。
(黒ちゃんが履いていると下着、って感じだけど、白ちゃんだとレーサーパンツみたいに見えるな)
決して黒ちゃんが太っているとかでは無いのだが、引き締まっていて小ぶりな白ちゃんのヒップはアスリーテスっぽいので、今どきの陸上競技をする女子のウェアのようにも見えるのだ。
実際に競技に臨む女子のレーサーパンツには、模様なんか入ってはいないのだが……。
「とりあえず二人共、つあんと服を着てね」
「えー……」
「黒ちゃんにはなんの不満があるのかな……」
外部の人間から見られるという心配は無いのだが、里の住人には下着丸出しの二人と俺が一緒にいる姿は見られる可能性はあるのだ。
子供達は食堂で勉強中なのか、幸いな事に今のところは気配や視線を感じはしないのだが。
「主殿。俺と黒の下着で試作をしたのだから、とりすたんとけいの外套を作ってしまってはどうなのだ?」
「あんまり時間を掛けていられないんだけど……それも悪くないか」
子供達が首を長くして俺と黒ちゃんを待っているかもしれないが、今日中ならばトリスタン卿とケイ卿にマントを渡す事が出来るかもしれない。
渡すには帝の座す御所に行かなければならないし、警備が厳重だろうから行っても渡せるとは限らないのだが。
「じゃあ、それだけやってから京に戻るね」
俺は早速、ドラウプニールを弾いて回転させた。
「御主人。このままあいつらのとこに行くの?」
マントを作り終え、白ちゃんに別れを告げて霧の結界の中に歩み出したところで、俺の腕に自分の腕を絡めている黒ちゃんが訊いてきた。
「うーん……とりあえずは笹蟹屋に戻ろうか」
前は通った事があるが、御所は一般人が気軽に尋ねられる場所では無いだろうから、行くにしてもブルムさんに話をしてからの方が良さそうな気がする。
「なら、結界を抜けたら界渡りだね?」
「そうだね」
「おう!」
(斬られた後遺症とかは無さそうだな)
数々の逸話のあるエクスカリバーで斬られたので、知り合った当時の天のように、黒ちゃんの身体にも呪いのような効果が残ってしまったいるかも考えていたが、結構時間が経過しても平然としているので大丈夫そうだ。
エクスカリバーには呪いのような効果が無かったのか、それとも形代が役に立ってくれたからなのかはわからないが、黒ちゃんが元気で何よりだ。
「ただいま戻りました」
「ただいまー!」
「「「おかえりなさい!」」」
界渡りで笹蟹屋の蔵に戻った俺と黒ちゃんが子供達の居る部屋に顔を出すと、熱烈な歓迎を受けた。
「お帰りなさいませ。主様、黒様」
「留守を預かってくれて有難うございます」
「勿体無きお言葉です」
(天后さんは相変わらず、丁寧と言うか堅いなぁ)
身内しか居ない時の天后は、徹底して俺に対して臣下の礼とも言える態度を取る。
外見上の年齢が天后は俺よりも少し上なので、下にも置かないような扱いを受けると、ちょっと居心地が悪い。
「えっと……ブルムさんは店の方ですか?」
「はい。今は結様に商いに関する事を教えていらっしゃいます」
言われてみれば、子供達の中にお結ちゃんが居ない。
「じゃあ、俺はちょっとブルムさんに用事があるから、黒ちゃんはみんなと遊んであげていて」
「おう! でも、そろそろ晩御飯の買い物じゃ無いの?」
昼食後にアーサー王一行と話をしたり、一度里に戻ってあれこれしていたので、まだ少し早くはあるが確かに黒ちゃんが言う通り、そろそろ夕食の買い物に行く時間だ。
「ブルムさんとの話を済ませたら、買い物に行こうか」
「おう!」
「はい!」
黒ちゃんと、今日の当番の樹君が手を挙げながら返事をした。
「ブルムさん。ただいま戻りました」
「おかえりなさい、鈴白さん」
「主人! おかえりなさい!」
「ただいま、お結ちゃん」
ブルムさんと並んで座って帳簿とにらめっこをしていたお結ちゃんが、パッと顔を上げて迎えてくれた。
「今日はこれくらいにしましょう。お結ちゃん。みんなと遊んでおいで」
「はい! ブルムおじさん、有難うございました!」
「はい。お疲れ様」
ペコリと頭を下げて立ち去るお結ちゃんを、ブルムさんが微笑みながら見送る。
「こちらに来たという事は、何か私に御用ですかな?」
「そうなんです。実は、トリスタン卿とケイ卿の外套を作ったんですが」
「それはまた、お早いですな」
さっきの今でマントを作って来たと告げると、ブルムさんは目を丸くしている。
「今日中ならブリテンに戻るトリスタン卿と、伊勢に向かうケイ卿に渡せるのではないかと思いまして」
「成る程。確かに」
俺が急いだのを察してくれて、ブルムさんがポンと膝を叩いた。
「それで、問題なのはトリスタン卿達の滞在している場所なんですけど」
「御所、ですな……」
ブルムさんが入ったことがあるのかどうかはわからないが、御所がどういう場所なのかは十分に心得ているようだ。
「いきなり行って、入れてくれないまでも、荷物を渡すのをお願いするくらいは出来ますかね?」
「さて。私も納品とかをした事はありませんので……そんなに無体な扱いは受けないとは思いますが、受け付けてくれるかどうかはわかりかねますなぁ」
「それはそうですよね」
もしかしたらブルムさんは、御所に納品とかをした経験があるかと一縷の望みを掛けたのだが、そんなに都合が良くは無かった。
「……あ」
「な、何か良い思いつきでも?」
藁にも縋る思いで、ポツリと言葉を漏らしたブルムさんに尋ねた。
「鈴白さん。トリスタン卿から、短剣をお預かりしていましたよね?」
「え? ええ。これですね」
ブルムさんに問い掛けられた俺は、ドラウプニールからトリスタン卿から預かった短剣を取り出して見せた。
「御所の門衛にそれを見せて事情を説明すれば、ただ内容を伝えるだけよりは聞く耳を持って頂けるのではありませんか?」
「それは確かに」
御所の門衛が外国からの賓客の紋章の知識までを持っているかはわからないが、見た目にも立派な物なので、とりあえず確認するくらいはしてくれるかもしれない。
「重要な場所を護っているのですから、鈴白さんが嘘をついていないかを確認する方法くらいは、持っているかもしれませんしね」
「成る程」
こっちの世界では神仏の名に掛けて宣誓する事によって、偽証をするのが非常に困難になっている。
もしも神仏に宣誓をした上で偽証をすると、ほぼ間違い無く罰が当たるのだ。
「確かにブルムさんの仰る通りに、これを見せれば話が通る可能性は高そうですね」
「でしょう? もしも無理でしたら、後日沖田様にお願いすれば良いですしね」
「そうですね。俺も少し気が急いていたみたいです」
不幸な出会い方をしてしまったが、話をするとアーサー王はケイ卿が心から使えるだけの人物であると感じられた。
そのアーサー王の家臣であり、気さくに接してくれるケイ卿やトリスタン卿には妙に親近感が湧いたので、俺の作る衣類が役に立てばと思い、少しでも早く二人に渡したくなっていたのだった。
「そろそろ夕食の買い物にも出るのでしょう? そのついでくらいの軽い気分で行ってきてはどうです?」
「わかりました。では黒ちゃんと樹君と一緒に、買い物ついでに行ってきます」
「はい。お気をつけて」
ブルムさんに言われて、気が付かない内に入っていた妙な力みが抜けた俺は、黒ちゃんと樹君と合流する為に店の奥に向かった。




