同類
「……」
トリスタン卿が円卓の騎士最強と聞いてから、頼華ちゃんが落ち着きを無くしている。
(頼華ちゃん。トリスタン卿と立ち会いをしてみたいんだろうけど、駄目だよ?)
(うっ! わ、わかっております!)
念話を送って確認すると、背後に『ギクッ!』という擬音が見えそうな程に動揺が表情に表れたので、俺が何も言わずにいたら、立ち会いを申し込んでいただろう。
(……いつになるかわからないけど、トリスタン卿が里に来る事があったら、その時には相手をして貰うと良いよ)
(本当ですか!?)
(うん)
源家を出奔している頼華ちゃんと、国賓の一人であるトリスタン卿が人目につく場所で立ち会いをしたら、どっちが勝っても負けても周囲への影響が大きくなってしまう。
しかし場所が外界から隔絶されている里ならば内々の事として済ませられるし、多分だがトリスタン卿も、この国の武人の事が気になっているだろうから、受け入れてくれるのではないかと思っている。
「では御依頼の品に関しましては、通行証が届きましたらお届けに上がります」
「うむ。頼んだぞ」
子供達以外の全員で店の出口までアーサー王一行と沖田様を送り出しに来て、別れ際に言葉を交わした。
(前金を貰っちゃったしなぁ……)
この時点でもあまり気は進んでいないのだが、過分な前金を頂いている以上は、出来る限り高いクオリティの物に仕上げるつもりではいる。
(でも、付与系はやめておこうかな)
意味のある文字を織り込む事による付与は強力なのだが、今回はあくあまでも質の高い衣類の依頼を受けただけなので、余計な能力の付与を施す必要は無いだろう。
そんな事をしなくてもブリテンの円卓の騎士団は、間違い無くこっちの世界のヨーロッパ最強の戦闘集団なのだし。
「鈴白。急がせて済まんが、なるべく早めに頼む」
「畏まりました」
改めて頼まれてしまったが、沖田様の衣類は一度作った物の予備なので、気の量は必要だが手間の方は掛からないので楽だ。
「世話になったな。又会おう」
「はい。又」
ぶっきらぼうな感じではあるが、初対面時の冷たい印象は今のアーサー王には無い。
「鈴白殿。お世話になりました」
「この先の旅の、御無事をお祈りしております」
一国の政治の中枢に居るとは思えない程に、ケイ卿は気さくな人柄だ。
「なんとか暇を見つけて、里とやらにお世話になりに行きますので」
「こちらは構わないですけど……」
いたずらを見咎められないようにする子供のように、小声で話し掛けてくるトリスタン卿は、俺が知っている最強というイメージからは程遠い。
「「「……」」」
かなり長い間頭を下げ、一行の姿が人混みに紛れて見えなくなった頃に、俺達は顔を上げた。
「「「はぁぁー……」」」
店の暖簾をくぐったところで、またもや俺とブリュンヒルド以外の一同が、まるでそれまで止めていたかのように、長々と息を吐き出した。
「も、もしもあの、あーさーって王様が里に来たら、相手をすんのは良太に任せるからね」
「それは構いませんけど……」
俺はあまり感じなかったが、アーサー王の感情の起伏に合わせての気配の変化というのに、おりょうさん達はやられてしまったようだ。
「兄上。あの沖田とやらが里に来た時に、立ち会っても良いですか?」
「いいよ。思いっきりやって御覧」
「有難うございます!」
(里なら怪我をしても直ぐに対処出来るから、まあいいか)
沖田様は俺ともやりたいと言っていたので、これで頼華ちゃんには駄目と言っても納得しないだろう。
それならば周囲に影響が出ないようにと約束をした上で、頼華ちゃんにも立ち会いの許可を出してしまおう。
「主殿」
「どうかした?」
ここまで黙っていた白ちゃんが話し掛けてきた。
「あの、とりすたんとかいう、騎士と言ったか? あれはなんだ?」
「なんだって言われても……」
白ちゃんの質問は漠然とし過ぎていて、俺には何を知りたいのか見当がつかない。
「言い方が悪かったな。あいつは強いのか?」
「それはあたいも思った!」
アーサー王に円卓の騎士最強と言われたトリスタン卿だが、白ちゃんと黒ちゃんの二人には、そういう風に感じられなかったらしい。
「あたしにゃあの、とりすたんって御方は、良太の同類に思えたんだけどねぇ」
「姉上もですか? 実は余もです!」
「私もそう感じました」
「わたくしもです」
おりょうさんと頼華ちゃん、それにブリュンヒルドと天は、白ちゃんと黒ちゃんとは感じ方が違ったようだ。
「それは、どういう事だ?」
「御主人と同じな訳無いじゃん!」
「黒……どう説明したもんかねぇ」
白ちゃんと黒ちゃんに、どう説明すれば良いのか、おりょうさんが頭を悩ませている。
「あの、宜しいですか?」
「遠慮しないでいいよ、ぶりゅんひるどさん」
「有難うございます、りょう様」
控えめに手を挙げたブリュンヒルドに、おりょうさんが話すように促した。
「あの、トリスタン卿は良太様と同じ様にお強いのですけど、殺気を出されていないのです」
「それはわかるが……」
「白様。良太様も普段は強さを表面にお出しになっていらっしゃらないですが、お強いですよね?」
「む……そういう事か」
「はい。円卓の騎士というブリテンの武人であるのに、逆にトリスタン卿は気配が無さ過ぎるのです」
「「あー……」」
アーサー王程あからさまに気配の変化を表に出さないまでも、実力のある武人というのは常人とは違う気配を、多かれ少なかれ身に纏っている。
トリスタン卿の場合はアーサー王にブリテン最強と言われたのに、戦う者の気配を感じなかったので、その不自然さにおりょうさん達は気がついたのだった。
ブリュンヒルドの説明を受けて、白ちゃんと黒ちゃんも漸く納得した顔になった。
「なんて言うのか……強い筈なのに強さを感じないっていうところが、あの御仁の底が知れないところかねぇ」
「そう、それです! 流石は姉上です!」
我が意を得たりと、頼華ちゃんがおりょうさんの言葉を褒め称えている。
「皆さん。ここで話をするのも何ですから、居間に戻りませんか?」
「「「あ……」」」
アーサー王達が帰って色々と気が抜けていた俺たちに、ブルムさんが苦笑しながら申し出た。
「ん……ブルムの旦那、お言葉は有り難いんですがねぇ。あたしらはぼちぼち里に戻りますから」
「そうですか?」
「ええ。本当は今日はこっちに来る予定じゃ無かったんで、昼の支度も夕霧さんに押し付けて来ちまいましたからねぇ」
「それは……」
大変そうな状況を想像したのか、ブルムさんが絶句してしまっている。
(確かに夕霧さんの負担は大きそうだけど……まあ大丈夫かな?)
実際には夕霧さんだけでは無く、志乃ちゃんや太陰も手伝ってくれてるだろうし、ブリュンヒルド以外のワルキューレ達も料理が出来ない訳では無い。
それに、こちらに人数が割かれている分だけ料理を作る量も減っているので、そこまで大変でも無いだろう。
「っと。帰る前に、良太」
「なんですか?」
店の奥の方に移動しようとしたところで、おりょうさんが振り返った。
「こいつを置いてくから、後で子供達に食わしてやっとくれ」
「これは……」
おりょうさんがドラウプニールから取り出したのは、一口では食べ切れないくらいの大きさの、真っ赤に熟した苺だった。
「良太達が出掛けた後で水耕栽培の小屋を見に行ったら、こんなのが鈴生りになっててねぇ」
「そ、そうですか……」
(恐るべし、夕霧さんと天さん……)
二人の『おいしくなーれぇ』が効果があったとは思いたくないのだが、収穫された苺の実という現実を目の前に突きつけられているので、決め台詞はともかく加護の力の方は信じない訳には行かない。
「一人一粒ずつ食えるくらいは余裕で実ってたんで、こっちでもおやつか食後にでも出してやっとくれ」
「わかりました」
苺という新たな味覚を、きっと子供達は喜んでくれるだろう。
「そいじゃあたし達は、里に……」
「おりょうさん。俺も行きますよ」
別れの言葉を告げようとしたおりょうさんを、途中で遮った。
「なんで、って……そういやあの沖田って御仁の、衣類を作るんだっけねぇ」
「そうなんですよ」
普通の衣類を作るだけならば笹蟹屋でも構わないのだが、ドラウプニールを使って気を目一杯に込めるとなると、里じゃ無ければ色々と不都合がある。
「それじゃあたいも一緒に行くね!」
「え? 黒ちゃんには、子供達を見ていて貰おうかと思ってたんだけど……」
ブルムさんと天后も居るが店の方の仕事もあるし、黒ちゃんは子供達に慕われているので、一時的にだが里に行くとなると寂しがるかもしれない。
「でもでもぉ! それじゃ御主人がこっちに戻る時に、誰か連れてくるの?」
「いや。俺一人で帰ってくるけど?」
なんで黒ちゃんがこんな事を言いだしたのか、俺にはわからない。
「だってぇ。里の外に出る時に一人で行動しちゃ駄目だって、御主人が言ったんだよ?」
「あ」
(そういえばそうだった……)
基本的に里の外に出る時にはツーマンセルでと申し合わせたのに、言い出しっぺの俺がその事を失念していたのだった。
単独行動を心配する原因だった予知夢に関しては、黒ちゃんが痛い目にあったものの解決したのだが、だからといって『もういいよ』という訳にも行かない。
「だからぁ、あたいも一緒に行っていいよね?」
「……ブルムさん。申し訳ありませんが」
「ははは。後の事は私と天后殿に任せて、行って来て下さい。でも、子供達が不満に思うかもしれませんから、なるべくお早めに」
「わ、わかりました」
実際に子供達が不満を漏らしたりはしないと思うが、それは口に出さないだけで溜め込んでしまう事も考えられる。
子供達の聞き分けが良いというのを言い訳にしないで、ブルムさんが言う通り出来るだけ早めに戻って、黒ちゃんと一緒に構ってあげるのが良いだろう。
「じゃあ手早く片付ける為にも、行きましょうか」
「そうだねぇ」
「それじゃブルムさん。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ」
笑顔で軽く手を振るブルムさんと、丁寧に頭を下げる天后の見送りを受けて、俺達は店の外に……出るのでは無く、奥にある蔵に移動をする。
「なんか少し気疲れしたんで、里に入るとホッとするねぇ」
「全く。姉上の仰るとおりです」
「「「……」」」
おりょうさんと頼華ちゃんの言葉に、黒ちゃんと白ちゃんが無言で頷いて肯定を示している。
「「?」」
いつも神様の相手をしているブリュンヒルドと、安倍晴明という偉大な陰陽師の母親であり、自身も神狐と呼ばれる存在の天は、アーサー王の感情の起伏による気配の変化も平気だったからか、おりょうさん達の心境がいまいち理解出来ていないっぽく、首を傾げている。
「おりょうさん。俺はここで作業をしますから」
「ん? こんなところでかい?」
霧の結界を抜けて里に入ったばかりの場所で俺が作業をすると言ったので、おりょうさんは少し驚いたようだ。
「腕輪を使うと周囲の気を集めちゃいますから、畑の作物の傍ではやらない方が良いかと思って」
「言われてみりゃあ、そうだねぇ」
里のある場所は京に繋がる龍脈の上にあるので、空間を漂っている気を集めたくらいでは影響は無いかもしれないが、念の為に育てている農作物の傍や、蜜蜂達の巣箱の近くなどではドラウプニールを使わない方が良いだろう。
「わかったよ。終わったら直ぐに笹蟹屋に戻るのかい?」
「ええ」
「そいじゃ、ちょっとだけ……」
「お、おりょうさん!?」
口元に笑みを浮かべたおりょうさんが、そっと俺に抱きついて額を胸に押し付けてきた。
「……今朝、ちゃんとお別れをしたってのに、京で良太が戦ったって聞いて心配になっちまってねぇ」
「おりょうさん……」
「むむ! とうっ!」
「ら、頼華ちゃん!?」
おりょうさんに張り合うというのとは違うと思うが、軽くジャンプをした頼華ちゃんが、俺の首にしがみついてきた。
「いけませんか?」
「いけないって事は無いけど……」
「では、少しの間だけ、このままで」
「うん……」
(おりょうさんだけじゃ無く、頼華ちゃんにも心配掛けたしな)
今日の笹蟹屋行きの順番が黒ちゃんで、偶々一緒に来たのが白ちゃんだったというだけであり、もしもおりょうさんと頼華ちゃんが一緒に来ていれば、肩を並べてアーサー王と戦っていただろう。
黒ちゃんと白ちゃんが頼りないとかでは無いのだが、おりょうさんと頼華ちゃんが共に闘ってくれたとしたら、凄く頼もしく感じた事だろう。
しかし、もしかしたらアーサー王の斬撃を受けていたのがおりょうさんか頼華ちゃんだったと考えると……色んな意味で穏便に済ませる事は出来なかったかもしれないし、冷静さを欠いた俺は返り討ちに遭っていたかもしれない。
「えっと……俺としても名残惜しいんですけど、このまま腕輪を使うと危ないので」
直接触れたりしなければ大丈夫だとは思うが、あまり近くに居るとドラウプニールに気を吸収される可能性も考えられる。
「わかったよ。あたしもあんまりもたもたしてると、夕霧さんに尻を叩かれちまうかもしれないしねぇ」
「そんな事はされないと思いますけど……」
夕霧さんは怒っても怖いと言うよりは可愛らしい感じだし、おりょうさんの尻を叩くなんて、命知らずな行為はしないだろう。
「……なんか良太が、失礼な事を考えてる気がするねぇ」
「そ、そんな事はありませんよ!?」
(鋭いな……)
万が一にも念話で伝えたりしないように気をつけながら、俺は心のなかで呟いた。
「余も、夕霧に母上の世話を押し付けてしまっておりますので、名残惜しいですがそろそろ」
「それは悪かったね。雫様と夕霧さんにも宜しく言っておいてね」
「はい!」
ひときわ大きな声で返事をした頼華ちゃんは、最後にギュッと強く抱きついてから地面に降り立った。
「ではわたくしも、子供達の世話に戻りますわね」
「私も、葡萄の世話に戻ります」
「天さん、ブリュンんヒルドさん。お世話を掛けました」
「そんな……他ならぬ貴方様の為ですから。では、失礼致します」
「失礼致します、良太様」
おりょうさんと頼華ちゃんに続いて、天とブリュンんヒルドも一礼してから去っていった。
「さて、と……」
「済まん。主殿……」
この場に黒ちゃんと一緒に残っていた白ちゃんが、唐突に頭を下げてきた。
「済まんって、何が?」
「本来ならば俺が主殿の矢面に立たなければならんのに、全く役に立たなかった」
「別に俺の代わりに白ちゃんを前にとかは、考えてないんだけどね」
白ちゃんは俺を主殿とか呼ぶが、別に主従関係だとは思っていないので、当然ながら矢面に立たせるなんて気も無い。
「普段は偉そうな事を言っているのに、怖気づいてしまったし……」
「いや。今回は本当に、相手が悪かったんだと思うよ?」
白ちゃんも大妖怪と呼ばれる鵺なのだが、その気になればヨーロッパ全域を支配下に置けそうな英雄王と伝説の剣の組み合わせが相手では、ちょっと分が悪いだろう。
「しかし、まだ幼い樹は、主殿の為に立ち向かったぞ」
「あれは……助かりはしたけど、本当なら絶対にやっちゃいけない事なんだよ?」
樹君の投じたブーメランのお陰でアーサー王に隙きが出来て、鞘を弾き飛ばせたのは事実なのだが、偶々上手く事が運んだだけだ。
最悪の場合は樹君も他の子達も、エクスカリバーの餌食に……そう考えると、とてもじゃ無いが良くやったとか褒めてあげる事は出来ない。
「だから、もしも白ちゃんが俺の前に出て、代わりにアーサー王の剣を受けるとか言い出してたら、褒めるどころか怒ってたよ?」
「主殿……」
(俺は少し叱ったつもりだったんだけど……なんで白ちゃんは瞳を潤ませてるんだろう?)
俺の為に自分を犠牲にとか考えている白ちゃんを、少しだが咎めるつもりで話をしていたのに、何故か頬を薄っすらと染めて、潤んだ瞳でこちらを見ている。




