甘やかし攻撃
「任せてきちまったけど、天さんは大丈夫かねぇ」
「天さんはそれなりに修羅場はくぐり抜けている筈ですから、大丈夫でしょう」
天が白面金毛九尾と呼ばれていた時期には、本人曰く無実の罪で陰陽師や武人に追いかけ回されていて、それでも生き延びたのだから、サヴァイヴァビリティは高い筈だ。
戦闘は苦手だという天の弁だが、アーサー王同様に長い時を生きているので、かなりの量の練り込まれた気を蓄積している。
追手に傷つけられた事で呪いのようになり、消耗していた天の気は、ドラウプニールを渡した事によって回復しているので、おりょうさん達の言うアーサー王の妙な気配とやらで参ってしまう事は無いだろう。
「もう心配は無いと思うんだけど、黒ちゃんは白ちゃんと一緒に里に戻って、新しい形代を作ってね」
「えー……御主人の御飯、食べられないのぉ?」
俺の指示を聞いた黒ちゃんは、あからさまに嫌そうな顔をする。
「黒。元はと言えばお前の不甲斐無さが招いた結果だぞ」
「いや、そんな事は無いと思うけど……」
十分に備えていたとしても、アーサー王のエクスカリバーの一撃を致命傷にせずに躱したり流したり出来るのかはかなり怪しいので、白ちゃんの黒ちゃんへの言葉は相当に厳しいと思える。
「主殿の言う通りに作っておいた形代のお陰で命が助かったのだから、それを新たに作り直すのは当然だろう?」
「う、うぅー……」
白ちゃんに言われて、黒ちゃんは悔しそうに唸っている。
「お昼が食べられない代わりに、夜は黒ちゃんの好きな物を作ってあげるから」
「ほんと!?」
「本当だよ」
一度は里に戻って形代を作って来て貰うが、今日は黒ちゃんが笹蟹屋で過ごす日だ。
黒ちゃんが里に行って戻って来ても、夕食の買い物と準備には十分に間に合うだろう。
「わかった! それじゃ白、行くぞ!」
「はぁ……では主殿、これにて」
「うん。二人共、またね」
急に機嫌が良くなって立ち上がった黒ちゃんに、そのあまりの切り替えの早さに呆れている白ちゃんが続いた。
「そいじゃあたし達は、昼の支度をしようかねぇ」
「はい!」
「そうですね。あ、ブリュンヒルドさん」
「なんでしょう?」
おりょうさんの号令で料理を開始しようと、頼華ちゃんが元気良く返事をしたところで、忘れてはいけない事を思い出したのでブリュンヒルドに声を掛けた。
「笹蟹屋に来た子供達には順番に手伝いをして貰っているので、今日の当番になってる子に声を掛けて来て貰えますか」
「畏まりました」
丁寧に一礼すると、ブリュンヒルドは子供達の居る部屋の方に歩いて行った。
「で、あーさー王の御要望の昼食には、何を作るんだい?」
「まだまだ手持ちにある鱪と、干し鱈を使おうかと思ってます」
フライにした鱪は里で大好評で、かなりの量が消費されたのだがそこはメーターサイズの魚だけあって、残っている量もかなり多い。
干し鱈に関しても、パンに塗って食べるブランダードくらいだと消費量も高が知れているので、どこかのタイミングで使おうと思って水で戻した状態の物を、ドラウプニールに入れてあったのだ。
「鱪は、やっぱり揚げ物かい?」
「そうですね。あのおいしさはアーサー王達にもわかって貰えそうですから」
「鱪のふらいと、たるたるの組み合わせは至高ですよね!」
前回の食事で余程気に入ってくれたのか、頼華ちゃんは鱪のフライと聞いて興奮の面持ちだ。
「じゃあ俺は干し鱈の方をやりますから、おりょうさんは鱪を。頼華ちゃんは卵を茹でてタルタルを」
「わかりました!」
「良太。黒と白から簡単に状況は聞いてるんだけど、手を動かしながらでいいんで、あーさー王と戦った時の事を、少し詳しく教えてくれるかい?」
「そうですね。説明します」
ドラウプニールから、下ろしてあるが切り身にはなっていない鱪と干し鱈、タルタルソースの材料の卵と玉ねぎなどを作業台の上に取り出してから、アーサー王との間に起こった事を話し始めた。
「ふぅん。幾つもの偶然が味方してくれたんだねぇ」
「本当にそうですね」
俺の状況説明を聞いて、おりょうさんが鱪の身に粉をまぶしながら、関心と呆れが入り混じった感想を漏らした。
予知夢っぽい物を見たので形代を用意したのだが、子供達の遊び道具として造ったブーメランや、京に出掛ける前日の夜にブリュンヒルドから『グラム』を渡されたという偶然が重なったお陰で、なんとかアーサー王を退ける事に成功したのだ。
「ブリュンヒルドさんには感謝しなきゃならないけど、樹君には少しお説教が必要だねぇ」
「俺も方からも言っておきましたから、樹君へのお説教は、程々にしてあげて下さい。助けられたのも事実ですし」
十分に言って聞かせて、樹君も納得して反省しているので、あまり畳み込むような事はしたくない。
「それにしても樹の奴め。白が動けなくなるくらいの相手を前にして、無謀ながらも攻撃を仕掛けるとは、少しは褒めてやらなければなりませんね!」
「そうだね。でも、調子に乗らない程度でね?」
説教もそうだが、褒める方も程々にしておかないと樹君の今後の為に良くないと思うので、頼華ちゃんに注意をした。
尤も、俺も状況によっては我を忘れる事があるので、あまり人の事は言えないのだが……。
「良太様。樹様をお連れしました」
「主人! おりょう姐さん! 頼華姐様! 来ました!」
どうやら今日のお手伝いの当番は樹君だったようで、又も偶然なのだが、話題にしていた当事者二名が揃って厨房にやって来た。
「何をお手伝いすれば良いですか?」
「私も、お手伝い致します」
「っと、その前に。先ずはぶりゅんひるどさん、それに樹君。二人のお陰で良太や黒、それに他の子達も助かったんだ。改めて例を言うよ」
「余からもだ! 二人共、良くやってくれた」
「「ええっ!?」」
調理の手を止めたおりょうさんと頼華ちゃんが深く頭を下げたので、ブリュンヒルドと樹君が激しく動揺している。
「りょ、良太様!?」
「しゅ、主人!?」
「感謝の意を現しているだけだから」
ブリュンヒルドも樹君も、自分たちの上位者だという意識の二人に頭を下げられたので、どうして良いのかわからずに、俺に助けを求めるような視線を送ってくる。
「あ。樹君には御礼を言ったけど、ブリュンヒルドさんにはまだでしたね。本当に助かりました」
俺もおりょうさん達に倣って、ブリュンヒルド達に向けて頭を下げた。
アーサー王の腰に帯びられていたエクスカリバーの鞘は、当然ながら身体を覆う気の防御下にあっただろうから、伝説に謳われる『グラム』のような名剣で無ければ、その防御を突破して跳ね飛ばす事は出来なかったと思われる。
そんな『グラム』を惜しげも無く俺に預けてくれたブリュンヒルドには、感謝しか無い。
「やややや、やめて下さいませ! りょ、良太様にそんな事をさせるなど、なんと恐れ多い!」
「しゅ、主人……」
ブリュンヒルドは完全に冷静さを失い、顔を真赤にして身体を激しく震わせている。
樹君の方はブリュンヒルドとは対象的に、驚きのリミッターが振り切れてしまったようで、慌てるのとは逆の放心状態になってしまった。
「おりょうさん。頼華ちゃん。もうその辺で」
「良太を助けてくれた事への感謝の気持は、伝わったかねぇ?」
「兄上の為でしたら、幾らでも頭を下げるのですが」
「十分だと思いますよ」
俺の為だと言ってくれるおりょうさんと頼華ちゃんの気持ちは有り難いのだが、このままだとブリュンヒルドと樹君の精神が保たなそうだ。
「さて、と。御礼は言ったから、今度はお説教だよ、樹君」
「え?」
「基礎だけで、戦いの心構えなどを教えていなかったのは、余の失敗だったかな」
「ええっ!?」
「あ、良太。後から追いつくから、暫くはあんたとぶりゅんひるどさんで、調理を進めといとくれ」
「兄上。少しの間、ぶりゅんひるどでお凌ぎ下さい!」
「あー……はい」
(可愛そうだけど、仕方が無いよね?)
さっきとは違う状況で樹君が萎縮してしまっているのだが、おりょうさんと頼華ちゃんの気持ちも理解出来るので、助け舟を出してあげる訳にも行かない。
「それじゃブリュンヒルドさん、こっちに」
「は、はいっ!」
ブリュンヒルドはチラッと樹君の方を見たが、俺の呼び掛けに応えて小走りに厨房の奥に移動してきた。
「これは、先日頂いたブランダードという料理ですか?」
「そうです」
材料と、牛乳の中で煮込まれている干し鱈を見て、ブリュンヒルドは里で食べたブランダードに思い至ったらしい。
「あのお料理は、素朴ですがコクのある味わいでおいしかったです!」
「それは良かった。今回はブランダードにもう少し手を入れた物も作ります」
「まあ!」
「具は、そうだな……丁度良いから、これを使おうかな」
干し鱈とじゃが芋とにんにくと牛乳を混ぜ合わせたブランダードを、グラタンっぽく焼こうと思ったのだが、ここに肉とかだと重くなりそうなので、里で今朝収穫したアスパラガスを使う事にした。
「ブリュンヒルドさん。この野菜をこうして……折ってから、穂先の方を塩を入れた湯で軽く茹でて下さい」
「かなり折れ残りが多く思いますが……宜しいのですか?」
「今朝、お糸ちゃんにも同じ事を言われたんですけど、折れたところから下側は繊維質が噛み切れないくらいで、口の中に残るんですよ」
「まあ! こんなに緑色で瑞々しいのに。でも、良太様が仰るのでしたらそうなのですね」
ブリュンヒルド達が崇められている地域では栽培出来る野菜が限られるらしいから、無駄は出したく無いのだろう。
「折った残りの方は、後でセーフリームニルにあげようと思ってますから」
「そうですか。それは喜ぶでしょうね」
(ヴァルハラでは、セーフリームニルにはどんな物を与えてたんだろう?)
肉を取る為に屠殺されても、その日の夕方には元通りになるという猪のセーフリームニルだが、その不思議な性質以外には、どうやって飼育されていたとかの記述が北欧神話には無い。
ブリュンヒルドにセーフリームニルの飼料について、詳しく訊いてみたい気もするのだが……予想を超える回答が来そうな予感がするので、この件はそっとしておいた方が俺の精神安定上に良さそうだ。
「樹君。良太を助けようって義侠心は見上げたもんだけど、ちっとばかし頂けないねぇ」
「ご、御免なさい……」
おりょうさんは口調は真面目だが表情や視線は優しいので、樹君が必要以上に萎縮してしまわないように気を使ってくれているようだ。
「うむ。姉上の仰る通りだな。里に戻ったら、ぼちぼち実戦形式の鍛錬も行うので、そこで少しだけ本気を出した余や黒達を相手に立ち向かえるようになるまでは、今回のような無茶はしないと約束せい」
「は、はい」
(それは……随分とハードルが高いなぁ)
頼華ちゃんの言う自分や黒ちゃんの少しくらいは、一般人では耐えられないレベルの殺気では無いかと思う。
事故が起きないように、その鍛錬とやらの前に俺が相手になって、頼華ちゃんと黒ちゃんの殺気を受けてみる必要がありそうだ。
「一人前だと認めるまでは、二度とやってはいかんが……樹よ! 良くやった!」
「は、はい?」
十分に手加減をしているが、それでも『パン!』と良い音を立てて、頼華ちゃんが樹君の両肩を叩いた。
叩かれた樹君の方は痛かったりはしなさそうだが、褒められるとは思っていなかったのか、状況を把握出来なくて呆然としている。
「本当に、良太を助けてくれて有難うねぇ。良い子、良い子」
「わわっ!? ね、姐さん!?」
今度は満面の笑みのおりょうさんにひょいと抱き上げられて、何度も頭を撫でられ始めた樹君は、真っ赤になってあたふたしている。
(二人共、実は褒めたくてうずうずしてたんだな)
他の子の手前、樹君の無謀な行動を咎めない訳には行かなかったのだが、おりょうさんも頼華ちゃんも、俺を助けてくれた礼だけを言わないように気をつけていた反動が、一気に出てしまったのが今の状況のようだ。
「今日の功労者の樹君は、お手伝いはしないで見てても構わないからねぇ」
「い、いえ! お手伝いします!」
「うむ! その意気や良し! では来るが良い!」
「はい!」
おりょうさんと頼華ちゃんは御褒美に樹君を甘やかそう考えていたようだが、本人が慌てて否定した。
「良太様。松葉独活が茹で上がりますが」
「あ、はい」
おりょうさん達が笑顔で樹君を構っているのを俺が見ている間にも、調理をしてくれていたブリュンヒルドのお陰で、アスパラガスが色良く茹で上がっている。
「残りの調理は俺がしますから、ブリュンヒルドさんは汁物の調理をお願いします」
「畏まりました。具材などはどう致しましょう」
「そうですね……揚げ物とかの味が濃い目の料理が多いので、野菜を使ってあっさりした物にしましょうか。これを細切りにして、出汁で煮込んで下さい」
人参と玉ねぎを取り出してブリュンヒルドに示した。
「おや樹君。上手だねぇ」
「あ、有難うございます!」
「中々良い手付きだぞ!」
(樹君……怪我とかしないといいけど)
鱪の身をスライスしている樹君を、おりょうさんが蕩けるような表情で見ているが、見られている方はガチガチに緊張している。
ちょっとした怪我くらいなら直ぐに気で治せるのだが、それでも樹君が緊張から手元を狂わせて痛い思いをしたら可哀想だ。
とは言え、当分はおりょうさんと頼華ちゃんの甘やかし攻撃は収まりそうに無いので、俺に出来るのは心の中で樹君の無事を祈る事くらいだ。
「お待たせ致しました」
「うむ。これは良い香りだな」
応接間の障子を開けると、アーサー王が待ちかねたと言わんばかりに少し身を乗り出して来た。
(長生きしてるって話なのに、以外に子供っぽいところのある方だな)
王侯貴族の礼儀作法が身に付いているだろうから、アーサー王もいきなり料理に手を出したりはしないが、かなり我慢をしているというのが見て取れる。
「では貴方様。わたくしは失礼致しますわ」
「天さん、お疲れさまです」
「いえいえ。それ程でも」
内心ではどうだかわからないが、優雅に微笑む天の表情には、接待による気疲れの調光は見えない。
「子供達の食事の面倒は、わたくしが見ておきますので」
「お願いします、天さん。助かります」
店番の天后を除く、笹蟹屋に来ている里の年長組の殆どが応接間に来ているので、食事中の子供達の面倒をどうしようかと思っていたのだが、天が自発的に申し出てくれた。
(今度、何かの形で労ってあげないとなぁ)
立ち去る天の背中を追いながら、俺はそんな事を考えた。
「見た事の無い料理ばかりだが、これは本当に魚の料理なのか?」
「この汁の出汁は鶏から取った物ですが、他は魚と野菜ばかりですよ」
「ふむ。そうか」
天ぷらとは表面の感じが違うフライや、干物と芋を練ってある料理を見て沖田様が不審そうにしているが、ちゃんと説明をしたら落ち着きを見せた。
「む? これはパンのようだが、随分と膨らんでいるな? それに柔らかそうだ」
「お国にパンは硬いのですか?」
「そうですね。もっと表面が硬いです」
「汁とかが無しで食べるのは辛いですね」
ワルキューレ達が里で焼いたパンを初めて見た時程では無いが、こっちの世界のブリテンの物とはそんなに違うのか、アーサー王だけでは無くケイ卿やトリスタン卿も驚いている。
「話してばかりいないで、食べて味の違いを確認してみちゃどうですかねぇ。おっと。お偉い方への言葉使いじゃありなせんでしたかねぇ」
「構わんぞ、婚約者殿」
「ま……」
アーサー王に俺の婚約者だと認識されて、おりょうさんが嬉しそうに照れている。
「公の場では弁えて頂ければ、我々も煩くは言いませんよ。何かとお世話になっていますしね」
アーサー王を嗜めるのかと思ったケイ卿の言葉は、予想とは違っていた。
「さあさ。また話し込んじまう前に、せっかくの熱々の御飯を頂くとしましょうねぇ」
「そうであるな。では、頂くとしよう」
「「「頂きます」」」
今年最後の投稿になります
来年は少し更新ペースが落ちるかもしれませんが……それでも、良太の旅はまだおわりませんので
今後も御愛読と評価をお願い致します!
それでは皆様、良いお年を!




