見せパン
「頼華。幾ら何でもその格好は……破廉恥過ぎるのではありませんですか?」
「ですから、この者にとっても罰になるのです。刑罰の中に死罪になる前に市中引き回しという、民衆に晒し者にされる物がありますが、あれと同じです」
「そ、そうかもしれませんけど……」
昔の処刑には娯楽の要素もあったので、街中を罪人を引き回して晒し者にしてから実際の刑が執行された。
(こっちの世界では女性が脚を出すのって、恥ずかしい行為なんだろうなぁ)
ミニスカートが普及し始めたのは元の世界の大戦から二十年くらい経ってからだと言われているので、文化的にはかなり新しい。
それ以前は膝上丈どころか、くるぶしから上を見せるのは日本だけでは無く世界的に恥ずかしかったり、下品な行為だとされていた。
そういう常識がまかり通る世界で、俺が頼華ちゃんに言われて作った、膝上を通り越して少し前屈みになればパンチラどころかパンモロになってしまう丈のミニスカートは、着けていても半裸と変わりが無いように思えるだろう。
そんなコスチュームを見て雫様が嫌悪感を顕にするのは、仕方が無い事だと言える。
「むぅ。流石は兄上。直立していれば見えそうで見えないという、絶妙な丈の仕立てです!」
「褒められてる気がしないんだけど……」
出来上がったコスチュームの両肩の辺りを持って、頼華ちゃんは全体のフォルムを確認している。
一応は頼華ちゃんの注文通りに作ったのだが、俺の個人的な感覚ではこのミニスカートのメイド服というのは、完全にネタコスチュームだ。
(まあ、着心地自体は悪く無いと思うけど)
ネタコスチュームとは言え衣類なので、身体の動きを妨げたりはしないようにしてあるし、オルトリンデの体型を考えて立体的に作ってあるので、胸の部分がパツパツになったりという事も無い。
下着を見られるくらいの事をオルトリンデが気にするのかは不明だが、通常時で丸見えになってしまうような服を作ったら俺の感性が疑われてしまうので、ちゃんと考えて作った。
頼華ちゃん的には動く度に下着が見えたりした方が、オルトリンデの反省を促せると考えているようだが、服を作った俺に責が及ぶ可能性を考えて程々で勘弁して貰う。
「これは確かに扇情的……なのでしょうか?」
「それを俺に訊かれましても……」
気の毒な物を見るような目をしながら雫様が俺に問い掛けてくるが、おりょうさんや頼華ちゃんにこういったネタコスチュームを着せようなんて気は……少ししか無い。
「でもぉ、前掛け以外にもひらひらの部分が多くってぇ、脚が出るとこを除けばぁ、可愛らしい服ではありますねぇ」
「確かに、夕霧様のおっしゃる通りですわ。貴方様と二人っきりの時でしたら、着て差し上げますが?」
「いや、それは……」
夕霧さんにはミニスカメイド服に対しての偏見はそれ程無いようで、天に至ってはそんな機会は無いと思うが、着ても良いとまで言っている。
(しかし、不本意な出来だな……作った事が一番不本意なんだけど)
相変わらずデザインの能力の無い俺なので、ミニスカエプロンドレスのデザインは日本一の電気街にあるメイド喫茶のデザインを流用した。
なんで漫画やアニメからではないかと言えば、実際に服になっている物の方が二次元のデザインを三次元に置き換える手間が省けるし、背中側がどうなっているのかがわかり易いからだ。
元のエプロンドレスで使われていたファスナーは再現出来ないのでボタンに置き換え、そのボタンに関しては手持ちの木を使って、なんとかでっち上げた。
「と言う訳でおるとりんでよ。明日は一日これを着て、母上のお世話をするが良い」
「まあ、なんて羨ましい。良太様のお手製の服だなんて、光栄に思いなさい、オルトリンデ」
「出来る事なら変わって欲しいくらいですけど……」
(本心……なんだろうな)
俺に対して盲目的な想いを抱くブリュンヒルドは、例えそれが脚が出るネタコスチュームであっても、本気でオルトリンデを羨ましいと思っているのだろう。
羨ましがられている当のオルトリンデは、死んだような目をしているが……。
「ら、頼華様。流石にこれは……」
「これは、なんだと言うのだ?」
「恥ずかしい、です……」
(半裸で歩いたり混浴は平気なのに、ミニスカートは駄目なのか……良くわからない感覚だな)
里に来たばかりの頃に、太陽の光を有難がる北欧の民族の感性を持っているオルトリンデと数名のワルキューレ達が、上半身裸で歩いておりょうさんに雷を落とされた事があるし、俺と混浴しても別に恥ずかしがるような素振りを見せた事は、これまでには無かった。
そんなオルトリンデがミニスカートを履くのが恥ずかしいと言われても、俺には俄に信じる事が出来ない。
「兄上の服を着て恥ずかしいとは些か不遜だと余は思うのだが、今はそこは置いておこう。繰り返すがおるとりんでよ、そなたが恥ずかしいと思う格好をするのが罰になるのだ」
「うぅ……」
罰せられる原因が自分にあるのは承知しているので、頼華ちゃんに逆らう事が出来ずにオルトリンデが唸っている。
「……頼華。身の回りの世話をする者の脚が剥き出しというのは、私が落ち着かないのですけど」
(このコスチュームを着たオルトリンデさんが四六時中、自分の傍に居る……雫様の気持ちもわからなくはないな)
頼華ちゃんには全くそういう意図は無いと思うのだが、自分が恥ずかしいと思っているネタコスチュームのオルトリンデに世話をされる立場の雫様の事を思うと、気の毒としか言いようが無い。
ここが鎌倉の源屋敷では無く、身内以外にオルトリンデに世話をされている自分の姿を見られないというのが、雫様にとっては唯一の救いだろう。
「母上、御安心を。脚が剥き出しと仰っしゃりましたが、そこは兄上の世界。なんと膝の上までを覆う衣類が有りまして、この者にはそれを履かせます」
「それなら、まあ……」
雫様はホッとした表情になると共に、オルトリンデに憐れみの込もった視線を送る。
(ホッとするのは、まだ早いんだけどなぁ……)
確かに頼華ちゃんが言うように、その衣類を履く事で肌が剥き出しの部分は少なくなるのだが……。
「と言う訳で兄上。お願い致します」
「まあ、いいけどね……はい、これ」
「おお。なんという手際の良さに匠の技!」
「俺っていつの間に、この分野の匠になっちゃったの!?」
依頼された衣類と付属品を渡すと、頼華ちゃんがかなり不本意な褒め方をしてくれた。
「ううむ。この金属の連結部分の作りなど、正恒にも難しいでしょう」
「それは正恒さんが、構造を知らないだけだと思うんだけど……」
頼華ちゃんに言われて追加で作ったのはガーターベルトとストッキングで、ガーターの先端にあるストッキングと連結させる部分には、金属のパーツが使われている。
膝上までを覆う衣類という事ならばオーバーニーソックスでも良いようか気がするのだが、頼華ちゃん的にはミニスカートでもメイドはストッキングというイメージらしいので、指示通りに作った。
メイドが身に着ける物という事で、ガーターの方は華美にはしなかったのだが、レースで花の模様をあしらったデザインをセレクトした。
ストッキングは清楚な白色で殆ど飾り気は無いのだが、縁の数センチ幅の部分だけガーターと同じ花の模様のレースになっている。
「母上。この衣類を履くと、剥き出しの部分はここに僅かにしか無くなります」
「そ、それでも全部は隠れないのね」
予想したデザインとは大きく違っていたのだろう、現物を見せてくれながらの頼華ちゃんの説明に、雫様は引き気味だ。
「そうなのです! その、ほんの僅かに見える素肌の部分を『絶対領域』と呼んで愛でるのが、兄上の世界の文化なのです!」
「俺の世界の標準じゃ無いからね!?」
かなり世間的にも浸透している『絶対領域』だが、それでも元の世界の日本の、それも限定された範囲での文化だと思う。
「兄上。こうなると頭に付ける物や靴も必要かと思うのですが」
「ああ、はいはい。靴の方は布で、底は革を積層した物でいいよね?」
「十分だと思います」
敢えて作らないでいたのだが、頼華ちゃんの要請で頭に付けるブリムも用意した。
靴の方はアッパー部分を蜘蛛の糸の布でパンプス風に造り上げ、ソール部分は手持ちの鹿革を積層してそれっぽくローヒールに仕上げた。
「では、おるとりんでよ。明日の朝食以降はこの衣類一式を身に着け、常に母上の傍に居て世話をするが良い」
「はい……」
どこにも逃げ場は無いし、逆らえば最悪はヴァルハラに送還されてしまうので、オルトリンデはどんよりと落ち込んだ表情になりながらも、頼華ちゃんからメイドコスチュームを一式受け取った。
「はぁ……これを着てる時に脚元に子供達が来て見上げられたら、丸見えになっちゃうなぁ」
「えーっと……スコートでも用意しましょうか?」
「スコートってなんですか?」
「下着の上から履いて見ないようにと言うか、見えても大丈夫にする衣類です」
背の高いオルトリンデの脚元に子供達が来ると、確実に危惧している状況が発生してしまうだろう。
しかしメイドのコスチュームを着るというのは、オルトリンデが受ける罰なので回避出来ないから、所謂見せパンと呼ばれる類の衣類を提案したのだった。
「兄上。それは下着が見えるのと何が違うのですか?」
「えーっと……気分?」
実のところ俺も、スパッツやジョギングパンツの様な明らかに下着とは違う物で無ければ、重ね履きをしても見られたら恥ずかしいのではないかと思っている。
しかし履いている本人は見られても良いという認識だろうから、気分的には楽なのかもしれない。
「それにしても、さっきからうだうだと言っているが。そもそも貴様には羞恥心なんて物があるのか?」
俺も感じていた疑問を頼華ちゃんが、直球ど真ん中にオルトリンデに問い掛けた。
「ら、頼華様。自分が意図して脱いでいる時と、そうで無い状況で肌や下着を見られるというのは、別なんですよ」
「良くわからんが、そんな物か?」
(脱いで肌を見られるのは平気でも、服を着ているのに肌や下着が見えるのは駄目、という事か?)
オルトリンデの話を聞いている限りでは着るか脱ぐかの二択であって、想定していない状況で肌や下着が見える事になると恥ずかしいという事らしい。
「とりあえず作りましたけど、着けるか着けないかはオルトリンデさんにお任せしますので」
パッと見は下着と変わり無いのだが、少し布の面積が大きくて尻をすっぽりと包み込み、生地も少し厚めで飾り気の無い、パンツの上から履くオーバーパンツをオルトリンデに渡した。
オーバーパンツは白だと見えた時に逆に目立ちそうな気がしたので、色は少し濃い目のブルーにしておいた。
「おお、流石は兄上! これは一見すれば下着でありながらもそうでは無いという、実に狡猾な衣類です!」
「狡猾って……やっぱり褒められてる気がしないなぁ」
とは言え、見せパンを作って頼華ちゃんに褒めて貰おうとは俺も思っていない。
「兄上の書棚にあったらのべの、『超電磁砲』を使う人物の短ぱんとやらは既に個性になっているのですが、あれは色気は皆無ですので、ひろいんとしてはどうなのかと思うのです」
「あれは絶対に見せない為の衣類だからね」
頼華ちゃんが言う通り『超電磁砲』の使い手の少女は、色気の無い短パンと短髪がトレードマークなのだが、設定では中学生なので色気が無いのも当たり前かもしれない。
しかし『超電磁砲』が通うお嬢様学校には、とても中学生とは思えない程色気があったり、成人女性顔負けのプロポーションの生徒が居たりするので、そういう設定とは言ってもヒロインの一人と考えると、個性を出す為ではあっても少し不遇である。
「ではな、オルトリンデ。励めよ」
「ううぅ……あ、良太様。これ、家宗様からのお土産です」
「それはどうも。って、やっぱりか……」
泣きそうな顔をしていたオルトリンデが、ふと思い出したらしくドラウプニールから大きな木の樽を取り出したのだが、中身は見えなくても確実に牛乳だろう。
「あはは。風呂上がりの飲み物を、牛の乳で作っておいて良かったねぇ」
「そうですね」
予想通りの結果になって、俺とおりょうさんは顔を見合わせて苦笑した。
「ん? 姉上、兄上。その飲み物とはなんなのですか?」
蜜柑・オレを作っている場に居なかった頼華ちゃんから、尤もな疑問が寄せられた。
「完熟しちゃったから収穫した蜜柑の果汁と、牛の乳を混ぜておいしい飲み物を作ったんだよ」
「それは素晴らしい! では早速、入浴するとしましょう!」
「そうだねぇ」
「そうですね。っと、俺は今日は男湯に行きますよ? 男の子達の面倒も見ないと」
自然な流れでおりょうさんと頼華ちゃんに女湯に引っ張って行かれそうになるが、交互に男湯の方を利用しないと男の子達が拗ねてしまう。
「むぅ。子供達の事を考えれば、仕方がありませんか」
「今夜は女同士、水入らずと行こうかねぇ。夕霧さん、天さん。湯に浸かりながら、伊勢での話でも訊かせて下さいな」
「はぁい」
「喜んで、りょう様」
おりょうさんを筆頭に、女性の年長組が立ち上がった。
「お前もいつまでも服を睨んでないで、行くぞ?」
「はい……」
頼華ちゃんに言われて観念したのか、ずっとメイドコスチュームを睨み続けていたオルトリンデも、後に続いて食堂を出て行った。
「っと。すいませんブリュンヒルドさん」
「わ、私に何か御用ですか!?」
獲物を前にしてゴーサインを待つ猟犬のように、興奮した様子を隠さないブリュンヒルドが俺に顔を近づけた。
「え、ええ。少し御相談が」
「御相談などと仰らずに、良太様はただ私に『やれ』と命じて下されば良いのですよ?」
「そんな事、言えませんよ……」
偶に仕方が無くする事はあるが、俺は命令も命令口調も苦手だ。
「まあ……そういう奥ゆかしいところも素敵です」
「は、はぁ……」
何が彼女のテンションをそこまで爆上げさせてしまうのかは謎なのだが、綺麗な碧い瞳を潤ませながら、ブリュンヒルドが一心に俺を見つめてくる。
「えーっと……実は俺達が使える能力を、戦乙女の皆さんにも使えるように出来る事がわかりまして」
少し遠回りをしたが、本題に入る事が出来た。
「良太様達がお使いになれる能力と申されますと……糸を操ったりされるあれですか?」
「ええ。他に炎と雷の術と、身体の一部を獣のように变化させられます」
愛馬に空を駆ける事が出来るワルキューレには、部分变化で翼を出して飛行する能力は不要だろうし、もしかしたら単独で飛行も出来るのかもしれないので、ここでは言及しなかった。
「まあ! そんな力をお授け頂けるのですか?」
「多分、可能だと思うんですけど。それで、そういうのってフレイヤ様の配下である戦乙女の皆さんに、不都合とかが無いかを確認をしたかったんです」
これまでにワルキューレ達の衣類や武具に付与を行ったりしてきたが、外装に関しては取り替えれば問題が無いと思うが、北欧の神々とは違う系統の能力を使えるようになったりすると、何か不都合が起きるかもしれない。
そういった点をワルキューレ達のリーダーのブリュンヒルドと、出来ればフレイヤ様に確認しておきたかったのだ。
「不都合というのは特に無いと思われます。適性もありますが魔術に関しても、習うも習わないも各自に任されておりますから」
「そういう物なんですね」
与えられた装備はある程度揃っているし、命令系統はしっかりしているみたいだが、技術の習得とかに関しては各ワルキューレの自由裁量という事らしい。
「雷に関しては大神であるオーディン様やトール様のルーンを刻めば使う事は出来ますが、手段が多いのは良い事ですので」
「成る程」
「それに炎は、酷寒の地である北欧で簡単に用いる事が出来るのというのは非常に有用ですし、良太様程は上手に出来る訳がありませんが、自らの手で好きに衣類を作れるというのは、大変に有り難い事です」
「あー……」
(向こうで最初に見たブリュンヒルドさんとオルトリンデさんの衣類は、酷かったからなぁ……)
元の世界の滞在中に喚び出した時に見た、ブリュンヒルドとオルトリンデの鎧の下に着けていた衣類は、粗末な布に穴を開けて頭と腕を出しているだけの、服とも言えないような代物だったのを思い出した。
鎧で肌が傷つかないようにするという使用目的は果たしているのだと思うが、着心地は良く無さそうだし身体の動きを妨げそうであり、女性が身に着ける物という事を別にしても衣類としては失格だと思える。
(糸を操れるようになって、ヴァルハラでのブリュンヒルドさん達の仕事が増えないといいけど……)
男神はともかく、女神や同僚のワルキューレ達から衣類の作成依頼が殺到するのではないかと、少し心配になった。




