クリスタルガラス
「どうぞ」
造ったばかりのティーカップに竹の茶漉しを使って紅茶を注ぎ、ソーサーごと夕霧さんと天の前に置いた。
「良い香りがしますねぇ……良太さん。以前に頂いた時にはぁ、砂糖と牛の乳を入れて飲みましたけどぉ、これもですかぁ?」
ソーサーごと持ち上げたカップを顔に近づけて持った夕霧さんは、紅茶の香りを嗅いでから尋ねてきた。
「以前に……ああ。夕霧さんを初めて里に招待した時に、お出ししましたね」
「はぁい」
まだ里には水場と、急場凌ぎで建てたゲルくらいしか無かった時に、夕霧さんに紅茶を振る舞ったのを思い出した。
「あの時のお茶と比べると、これはそれ程渋味は無いですから、そのまま飲んでもおいしいと思います。でも甘い方が良ければ砂糖や蜂蜜、それにこのクリームなんかを入れると、また違った味わいになりますよ」
以前に夕霧さんが飲んだのはドランさんから貰った紅茶で、産地や銘柄は不明だがダージリン系だと思われる。
今日出したのは雲南で栽培と加工をされた紅茶で、色鮮やかなのに渋味が少ないのが特徴だ。
「ではわたくしは、最初はこのまま頂きますわ。ん……まあ。以前に頂いた同じ色のお茶も良い香りでしたが、こちらは渋さは感じませんのね」
「あれ? 天さんに以前に……あ。笹蟹屋でお出ししたんでしたっけ」
「はい。京の結界を解いて頂いた翌日ですわ」
不完全な京の結界を破壊した翌日、志乃ちゃん達を連れて笹蟹屋にやって来た天に、ドランさんから頂いた紅茶を振る舞ったのを思い出した。
「じゃあぁ、あたしもぉ……ふわぁ。これ、おいしいですねぇ。天さんが言ってるみたいにぃ、果物みたいな香りがするのにぃ、全然渋く無いですぅ」
「気に入ってくれたみたいですね」
向こうの世界から持ち込んだ雲南の紅茶は渋味が少なくて、おりょうさんと頼華ちゃんのお気に入りでもあるのだが、天と夕霧さんの口にもあったみたいだ。
「里に茶の木を植えたようですけど、このお茶をお作りになるのですか?」
「このお茶とかって決めている訳では無いんですけど、試しに加工してみようかなとは思ってます」
「えっ? あの、加工と申されますと?」
「ん? あ、もしかして、天さんは番茶とかとこのお茶は、種類が違うと思ってますか?」
「そ、そうでは無いのでございますか?」
「あー……」
(相当に永生きしてる天さんでも、こういう認識なのは意外だな)
番茶は若く無い三番茶や四番茶、育ち過ぎてしまって煎茶には向かない葉などを使われているが、基本的な製法は煎茶と変わりは無い。
現代では少し調べればこの程度の事は直ぐにわかるのだが、こっちの世界では茶の栽培や商いに携わったりする人間でも無ければ知らないか、興味が無いのだろう。
「抹茶が特別な栽培の仕方をしているのくらいは、わたくしも存じておりますが……」
「このお茶は栽培に関しては、特別な事はしていないと思いますよ」
現代の中国の茶処である雲南で栽培されているので、特別では無いと言っても地勢の影響などを受けて上質だとは思うのだが、それでも日光を遮って育てる抹茶みたいな手間は掛けていないだろう。
「いい機会だから、他のお茶もお出ししましょうか」
陶土と陶石があっさりと見つかってしまったので、この後の行動に余裕が出来たどころか、里に戻ってしまっても良くなったのだ。
しかし少なくとも今日の夕方までは里に戻る必要も無いので、のんびり過ごしてしまっても良いだろうと、他の種類のお茶の提案をしたのだ。
「え……あの、それは貴方様やりょう様達で、お楽しみになる為の物なのではございませんか?」
「そうなんですけど、まあいいじゃないですか」
おりょうさんがワインの出し惜しみをしなかった姿を見て、俺も元の世界から持ち込んだ食品類を出すのを、極端に制限する気が無くなった。
無くなってしまうのは残念ではあるが、それはそれで仕方が無い事だと割り切るしか出来ないのだから。
「でもぉ、さっきのお茶にお砂糖とかを入れてぇ、味の変化を見たかったんですけどぉ」
「このまま仕舞っておきますから、お代わりは後で幾らでも」
「わかりましたぁ」
夕霧さんと天には、ドラウプニールの内部では時間が止まっていると説明してあるので、残念そうにした後で納得してくれた。
「んー……御二人ともどうせですから、少し待って貰えますか?」
「構いませんけどぉ?」
「貴方様がそう仰るのでしたら、お待ちしますが」
(えーっと……確か朱泥は、鉄分が多いからあの色になるんだったよな?)
中国の茶器に良く用いられる、朱泥という釉薬を用いずに焼かれた物があるのだが、型から入るのも悪くないと思い、造れるかどうか試してみる事にした。
「なんかぁ、随分と可愛らしい大きさのなんですねぇ」
「これはさっきとはまた違う、外国の茶器です」
夕霧さんの言う通り、いま造っている中国茶用の朱泥の急須も茶碗も、日本の物や紅茶用のティーセットと比べると小振りで可愛らしい。
「……漏れないとは思うけど」
日本では朱泥の器というと常滑焼などが有名なのだが、今回はさっき掘り出した、恐らくは信楽焼に用いられる物と似た性質の陶土に手持ちの鉄を混ぜ込んで素材として、なんとか赤い発色を出す事が出来た。
しかし備前の土などと違って、無釉の焼締めに適しているかどうかは不明なので、湯を注いだら漏れ出してしまう事が考えられる。
(念の為に……)
朱泥の茶器が使えなかった時の事を考えて、少し形状は違うが同じくらいの容量の物を磁器でも造った。
「……大丈夫、かな?」
朱泥っぽく加工した陶土で造った急須に湯を注いで暫く様子を見たが、持ち上げて底を確認しても漏れ出たりはしていなかった。
「良太さん。それは何を試してるんですかぁ?」
「こっちの表面がざらざらしている器は素焼きと同じなので、水漏れが無いかの確認です」
陶磁器の釉薬は表面を滑らかにして、注がれた物の水分が漏れ出さないように施すのだが、実は焼き物の種類によっては釉薬を掛けても、実用上は殆ど問題が無いが完全には漏れを止められない場合がある。
しかしその漏れを完全に防げないお陰で、朱泥の器の場合には茶の香りが染み込んで深みを与え、萩焼の場合には七化けと呼ばれる、長年使う事による表面の色の変化が起こるので、決して悪い事ばかりでは無い。
「お待たせしました。用意が整いましたので、お茶を淹れますね」
朱泥もどきの陶土で、急須や湯呑以外の中国茶用の道具も造り終えて準備が整った。
「「はい」」
茶壺と呼ばれる小さな急須と湯呑、他に煎茶には用いない器などを、夕霧さんと天が興味深そうに見ている。
「ええっ!? な、なんか随分と乱暴な淹れ方なんですねぇ」
「別に乱暴な訳じゃ……」
茶壺と茶海と呼ばれるピッチャーやサーバーの役割を果たす物に湯を掛けて温め、次いで茶壺に葉を入れて溢れる程に湯を入れるのを見て、夕霧さんが目を丸くしている。
(でも確かに、ちょっと荒っぽいか)
日本の茶道は逆に優雅過ぎるが、中国茶の淹れ方は煎茶や紅茶の淹れ方と比べると、確かに荒っぽいかもしれない。
蓋を閉じた茶壺の上から湯を掛けながら、そんな事を考えた。
「あら貴方様。それは直接、湯呑には注がれないのですか?」
抽出した茶を小さな湯呑にでは無く、温めておいた茶海に注ぐのを見て天が訊いてきた。
「一煎目と二煎目を合わせて、茶の濃さを均等にするんです」
「成る程」
煎茶ならば湯呑に注ぎ分ける時に量と濃さが均等になるようにするのだが、茶海という器を使って二段階にして同じ事をしているという説明で、天は納得してくれた。
「ん? 良太さん。こっちのぉ、空の器はなんの為に置いてあるんですかぁ?」
茶海から茶の注がれた細長い器の隣に、何も注がれていない少し大き目の器が並んでいる理由を、夕霧さんが尋ねてきた。
「こうして下さい」
細長い器に丸い器を被せ、上下を反転させた。
「えぇー。お茶を入れ替えちゃうんですかぁ?」
煎茶などの日本の茶では有り得ない光景を見て、夕霧さんが驚いている。
「俺もおかしなやり方だなとは思ってるんですけど、こうして飲む前に香りを楽しむという作法なんですよ」
先に茶を注いでいたが今はひっくり返した事によって空になっている、聞香杯と呼ばれる茶の香りを楽しむ為の器を手に取って、鼻の下に近づけた。
(ん……甘さを感じる良い香りだな)
それ程高級な茶葉では無いが、元の世界から持ち込んだ凍頂烏龍茶は良い香りがする。
「な、成る程ぉ?」
「貴方様が仰るなら……」
俺の表情を見て、別に騙している訳では無いと思ったらしい夕霧さんと天は、同じように器を被せて上下を反転させた。
「……変わったお作法ですけどぉ、確かに香りを楽しめますねぇ。このお茶は軽く焙じてあるんですかぁ?」
「発酵を止めるのに、少し焙じてありますね」
烏龍茶などの青茶に分類される茶は、収穫して天日干しをした後でドラムのような機械の中で回転させて半発酵状態にして、その後で釜炒りをして発酵を止めるという加工をする。
日本の焙じ茶程の深煎では無いのだが、似た香りを感じるのはこの加工の為だ。
「これは……先程のお茶とは違う味ですが、こちらも渋さは感じずに甘く香ばしいですわね。あのように熱い湯で淹れたら、濃く渋くなりそうなものなのですけど……」
「全部同じ種類の茶の葉を使っているのに、違いがあって面白いですよね」
日本の煎茶ですら、産地と加工法でかなりの違いがあるのだから、外国の茶と違うのは当たり前といえば当たり前なのだが、
「はぁ……良太さん、お代わり頂けますかぁ?」
「どうぞ、ご遠慮無く」
「わ、わたくしにも頂けますか?」
「どうぞどうぞ」
一般的な湯呑よりも小さな器なので直ぐに一杯目を飲み終わった夕霧さんに続いて、天も遠慮がちにお代わりを要求してきた。
「……不思議なお茶ですわねぇ」
「天さん、何か?」
「あ、いえ。大変結構なお茶なのですが、既に三煎目ですのに濃くも、逆に薄くもならないので不思議に思っていたのですわ」
「そうですね。加工の仕方の差なのかと思いますけど、このくらいの量なら、あと五煎はおいしく飲めると思いますよ」
「「五煎!?」」
(やっぱり驚くよな)
煎茶や紅茶だと二煎目以降は濃くなったり、逆に薄くなるのが常なのだが、質の良い青茶は何故か安定した濃さで七煎程度までは安定して抽出されるのだ。
「少し多めに淹れておきますので、お好きに飲んで下さい」
「「はい」」
二人の器にお代わりを注いでから、二煎分を茶海に注いでおいて、俺は別の作業に取り掛かる。
(さて、上手くいくかどうか……)
陶器、磁器と成功したので、俺は陶石を用いて次の段階の加工品を作る作業に取り掛かった。
(成分さえ合ってれば出来る筈だけど……)
今度は黒と白の両方の石に手をかざし、成分の抽出を行ってからイメージした形にしていく。
「……特に脆かったりって事は無さそうだな」
「良太さん、それはぁ?」
「これですか? 硝子で酒器を試作してみました」
石に含まれるガラス質を抽出して、気を送り込んで成形して、小さなグラスを造ってみた。
見る人によって、ガラス製のぐい呑ともショットグラスとも取れる、飾り気の無い酒器だ。
「貴方様。手に取って見せて頂いても宜しいですか?」
「どうぞ」
俺が差し出した小さなグラスを、天は両手で受け取った。
「……硝子って、こんなに透明な物でございましたか?」
暫くの間、光にかざしたりしながら色んな角度から観察した天は、自分が知っているガラス器との違いに首を捻っている。
「硝子を作る素材に混じり気が無いのと、透明にする為に少し混ぜている成分があるんですよ」
「透明にする為の成分でございますか?」
「ええ。鉛です」
石に含まれているガラス質を抽出、成形するだけでも十分かなとは思ったのだが、クリスタルガラスの製法を真似て微量の鉛を混ぜてみた。
鉛は火成岩、要するにマグマが冷えて固まった岩石の中に含まれているので、含有量はともかく火山列島である日本でなら、探せばそこら中で見つかる。
「貴方様。鉛の毒は身体を蝕むと聞いているのですけど……」
「確かに鉛の器とかを長期に渡って使うと、体内に毒が蓄積されますね」
自然排出量を超える鉛が体内に蓄積されると、頭痛や発熱や嘔吐などの中毒症状が出る。
ローマ皇帝のカエサルは晩年、頭痛や目眩などの症状に悩まされているが、原因は当時ローマの水道管や調理器具に使われていた鉛による中毒症状では無いかという説がある。
「えっ!? で、ではこれも!?」
「それは大丈夫です」
クリスタルガラスには鉛が含まれているが、使用中に成分が溶出したり、破損した器から毒性のある物質が飛散したりする事は、ほぼあ有り得ないという研究結果が出ている。
(いざとなれば、ドラウプニールがあるしな)
元居た世界に戻った時に、電車内で女性に不埒な行いをしていた男性の体内から、鉄分のみを抜き取る事に成功しているので万が一、鉛の中毒症状が出たりしても、ドラウプニールで有害物質を除去する事が可能だ。
「貴方様がそう仰るのでしたら……それにしてもこれは、見事でございますわね」
「良ければそれは、天さんに差し上げますよ」
「「えっ!?」」
何故か天だけでは無く、夕霧さんまでが驚いた顔をしながら声を上げた。
「りょ、良太さぁん! 天さんだけで、あたしには何も無いんですかぁ!?」
「で、でも夕霧さんって、あまりお酒は好きじゃ無いですよね?」
「むぅ……」
飲めはするのだが酒によって好き嫌いがあった筈なので、そこを指摘すると夕霧さんは唸ってから押し黙った。
「それに天さんに一つ差し上げましたけど、里で酒を飲む皆さん用に何種類か用意するつもりですから」
いま造った小振りな酒器は清酒や強いスピリッツなどを飲むのに使って貰おうと考えているが、他にもワイングラスやロックグラス、酒以外の飲み物用のグラスなんかも造ろうかと考えている。
「な、なぁんだぁ」
「えー……」
「あの、なんでそんなにがっかりしてるんですか?」
夕霧さんはホッとした顔をして、何故か天は凄く落胆している。
「貴方様からわたくしへの、特別な贈り物なのだと思っておりましたのに……」
「そう言われましても……」
天にも色々と世話になっているので、お礼をしたい気持というのはあるのだが、それは夕霧さんやワルキューレ達に対してもなので、特別扱いをするという事は考えていない。
第一、俺にはおりょうさんと頼華ちゃんという婚約者が居るので、天だけでは無く他の女性達に関しても、特別扱いをするというのは色々と良くないだろう。
「良ければ夕霧さんもどうぞ」
「いいんですかぁ?」
「勿論ですよ」
気は消耗するが、元では全く掛かっていないので夕霧さんに進呈しても問題は無い。
それに、天だけに渡しておくと後々の火種になりそうなので、夕霧さんには悪いのでが牽制の意味もある。
「貴方様。この酒器は非常に見事なのですけど、材料を抽出した後の残骸は随分と残りますのね」
「そうなんですよね」
ガラス質の多いと思われる光沢のある石を選んでいるのだが、それでもかなりの重量の石からの抽出量は思ったよりも多くない。
とは言え、既に発見されている陶石の鉱山から勝手に掘る訳には行かないし、含有量は多くないがほぼ手つかずのこの場所の石からなら、トン単位のガラス質の抽出は可能だろう。
「硝子質を取った後の残骸は、適当に固めておきましょうね」
ガラス質を抽出した岩石は、結合力を失って粉々になっているので、このまま放置すると風で飛散するかもしれない。
もしかしたら残骸の中に後で使う成分が含まれているかもしれないので、持ち帰りはしないが纏めて板状にしてこの場所に置いて行く事にする。
「もし良ければやり方を教えますから、御二人も造ってみますか?」
「「えっ!?」」
夕霧さんと天が驚いているが、二人共、五行の土の属性をその身に宿しているし、保有している気も里の住人の中ではトップクラスなので、コツを掴めば出来るだろうと俺は確信している。
「俺が素材を用意して造り方を教えますから、試しにやってみて下さい」
「た、試しにでしたらぁ……」
「貴方様がそう仰るなら……」
夕霧さんと天は顔を見合わせて、とりあえず試す事を承諾してくれた。
「材料を調達しますから、お茶でも飲んで少し待ってて下さい」
「「調達?」」
「ええ」
立ち上がった俺は、以前に風呂用の石を切り出した場所に向けて移動する為に、部分变化で背中に翼を出して、空に浮かび上がった。




