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巻狩り

「それじゃあ、始めましょうか。黒ちゃん、白ちゃん、頼んだよ」

「おう!」

「承知した」


 鰻屋、大前が開店してからひと月。準備段階から働き詰めだった嘉兵衛さんに店を休む事を進言して受け入れられて、三日間の休業という事になった。


 俺は休みを利用して、藤沢宿から少し山道を入ったところにある、刀工の進藤正恒さんの住まいのある場所で、大規模な巻狩りをする事にした。


「ふふふ……久し振りに、腕が鳴りますなぁ」

「あの、ドランさん。主目的は生け捕りですからね?」

「わかっておりますよ」


 今回は江戸で革製品その他を取り扱う「萬屋」の店主、ドワーフ族のドランさんも、愛用の戦斧(バトルアックス)を持って参加している。


 メンバーは他に、おりょうさん、頼華ちゃんと胡蝶さん、黒ちゃんと白ちゃん、そして俺と正恒さんだ。


「御主人、行ってくるね!」

「うまく追い立ててこよう」

「いってらっしゃい」


 黒ちゃんは山の木立の間に駆け出し、白ちゃんは背中から生えた黒い翼を羽ばたかせて飛び立った。


「白は、あんな事も出来るんですね……」


 黒ちゃんと白ちゃんが人間では無い事は知っているドランさんだが、黒翼の天使のように空を飛ぶ白ちゃんを見て呆然としている。


「いつもは、普通の女の子にしか見えませんけどね」

「そうですねぇ。綺麗な顔立ちなんかは、人間離れしてますがね」

「ですね」


 俺とドランさんは、顔を見合わせて苦笑する。


(始めるよー!)

(主殿、準備は良いか?)

(うん。始めて)


 ずっと一緒にいると誓いを立ててから、俺と黒ちゃんと白ちゃんの間でリンクのようなものが確立されたようで、遠く離れていても心の中で会話出来るようになっていた。お互いに心の中が筒抜けかと言うとそんな事は無くて、意図的に伝えたくない事は隠しておくことも可能だ。


 他にも、離れた場所から俺を目標にして、召喚獣のように瞬時に呼び寄せる事が可能になった。逆は無理だけどかなり便利だ。


「お二人さん。お話中だが、来たようだぜ」


 正恒さんに言われて、作業場兼正恒さんの自宅である小屋の裏山の方から、地響きのような物が聞こえてくるのに気がついた。同時に、かなりの数の鳥が空へと飛び立つ。


「どうやら、黒と白はうまくやったみたいだねぇ」

「そのようですね。頼華ちゃん、胡蝶さん、捕縛は任せますね」

「わかりました、兄上!」

「お任せ下さい」


 黒ちゃんと白ちゃんに、猪や鹿が生息している辺りで殺気を発してもらって、俺達が待ち構える方まで追い立ててもらうというのが今回の作戦だ。


 俺とおりょうさんが獲物を転倒させて、頼華ちゃんと胡蝶さんが縛り上げる。正恒さんとドランさんは、取りこぼしが無いようにするのと、逆襲に転じた獲物に備える。


「これはまた、凄ぇ数っぽいな」

「この山に、こんなに棲んでいたんですね……」


 正恒さんの呆れたような言葉通り、猪、鹿、熊、兎を取り混ぜて百匹くらいの動物が、正に暴走という感じで俺達へと向かってくる。


(さすがは大妖怪、鵺ってところかな)


 黒ちゃんと白ちゃんの発している、遠く離れていても肌を刺すような濃密な殺気を感じながら、俺は心の中で呟いた。


「考えていても仕方がないねぇ……良太、やるよ!」

「はい!」


 今日は動き易い袴を履いたおりょうさんが構えを取ったので、俺も先頭を走ってくる大きな猪に正対する。


「そおいっ!」

「はっ!」


 俺は猪、おりょうさんは鹿を、同時に後方に投げ飛ばした。すかさず、頼華ちゃんと胡蝶さんが脚を縛り上げる。


「くっ……小さいのは捉えにくいね!」

「今回はそっちが主目的ですから、出来るだけ逃さないで下さい!」

「わかってるよ! 任しときな!」


 猪や鹿の幼獣は的が小さく、不規則な動きをする上に数が多いので、おりょうさんも手間取っている。それでも、今の所は取りこぼしがないのはさすがだ。


「良さん、でかいだけの奴は倒しちまうぜ!?」

「お願いします! ドランさんも!」

「お任せあれ!」


 今回の巻狩りの主目的は肉の調達以外に、繁殖用に若い個体を雌雄それぞれ入手する事である。大きく年老いた個体は食用にはあまり向かないのだが、全く利用出来ない訳ではないので仕留める。


「ふん!」


 少し可哀想ではあるが、突っ込んできた熊は問答無用で、頭部への一撃で倒した。



 唐突に、激しい動物達の足音と鳴き声が途絶え、周囲が静寂に包まれた。


「終わった、かな?」

「ちょっと疲れたねぇ……」

「兄上、これ以上獲物が来ても、繋いでおく綱がありません……」

「ふぅ……」


 連続で野生動物の相手をしたので、おりょうさんと頼華ちゃんと胡蝶さんの顔には汗が浮かび、疲労の色が濃い。


「うむうむ。肉は硬そうだが、内臓は楽しめそうだね」

「こりゃ止め刺しだけでも大変だな……」


 ドランさんは嬉々として、正恒さんは数の多さにうんざりといった表情で、生け捕りにする以外の獲物へ、とどめを刺している。


「御主人ー! 役に立ったー!?」

「出来る限りは追い立てたが、主殿、どうだった?」


 黒ちゃんは木々の間を駆け抜け、白ちゃんは上空から翼を羽ばたかせながら戻ってきた。


「二人共、良くやってくれたよ。ありがとう」

「本当か!? やったー!」

「その言葉、何よりの褒美だ」


 笑顔でバンザイしながら喜びを表現する黒ちゃんとは対象的に、白ちゃんは慎ましく微笑みながら頬を染めている。


「良太のお願いだからって、少し張り切り過ぎだけどねぇ……」

「まったくよ、この山の全部の動物が来ちまったんじゃねえのか?」

「ま、まあ、猪なんかは、山を幾つも越えて走るっていうから、大丈夫……かな?」


 想像を遥かに超える獲物の数に、おりょうさんと正恒さんが愚痴をこぼす。


(確かに、山の生態系がどうにかなっちゃうかなぁ……)


 少し不安ではあるが、同じ事を何度も繰り返すつもりは無いので、時間を置けば接している近隣の山から、新たな猪や鹿が入ってくるだろう。


「鈴白さんとお嬢さんのおかげで、毛皮も状態の良い物に仕上がりそうです。それにしても、素手で投げ飛ばすとは……予め聞いていなければ信じられませんでしたよ」

「ははは……」

「あたしのは武術だけど、良太は特別だよ。一緒にしないどくれ」

「おりょうさん!? ら、頼華ちゃんは、同じ事出来るよね?」


 俺と同様に闘気(エーテル)を攻防に使える頼華ちゃんに同意を求めた。


「私は得物無しでは、動物には立ち向かえませんよ」

「頼華ちゃんも!?」


 仲間だと思っていた頼華ちゃんからの、思わぬ拒絶の言葉に目の前が真っ暗になった。


「まあ、なんだ……良さんは最初に会った時から人間離れしてたから、今更これくらいで驚くのは、な……」

「正恒さん……」

「成る程……これくらいでないと、黒と白の主人にはなれないんですね」

「ドランさんまで!?」

「御主人って、まだ人間だったのか?」

「ははは。黒、普通の人間に、我らが負ける訳が無かろう」

「そうだよな!」

「二人まで……」


 人間離れしていっている自覚が無かった訳ではないが、改めて皆から指摘されて、俺はがっくりと膝をついた。



 俺が獲物の運搬。正恒さんが止め刺しと血抜き。ドランさんが皮剥ぎという分担で作業を河原で行った。


「ううむ。これ程大量だと、加工するにも塩の量がバカにならんな……」


 血抜きの終わった熊の皮を剥いでいたドランさんが、唸るように呟いた。熊以外に猪も鹿も、繁殖させる以外に間引く数だけでも、数十匹単位なので凄い作業量だ。運搬が終わったので、俺も皮剥ぎを手伝う。


 黒ちゃんと白ちゃんが、万が一にも逃げないように軽く威圧している状況で、おりょうさん、頼華ちゃん、胡蝶さんは、捕獲した獲物の口を縄で結び、数頭ずつをひと繋ぎにしている。


「正恒さん、塩って高いんでしたっけ?」


 最初にここを尋ねた時に、藤沢宿で塩も買ったが、それ程高いとは感じなかったと思う。たまの料理程度だと消費量が少ないので、まだ補充しないで済んでいる。


「まあ、砂糖や香辛料に比べりゃ高くはないな。だが毛皮の加工に使うくらいだと、な」


 脱脂した毛皮に揉み込むだけでも、キロ単位の塩が必要らしい。確かに食用とは使用する量が桁違いだ。


「日常生活程度なら気にならない価格ですが、もう少し入手が容易だといいんですけどね」

「そうですか……」


(言われてみればだけど、元の世界での定番おかずの塩鮭が無いのって、塩が貴重品だからか?)


 干物にも塩は使われているが、海水程度の濃度になる分量しか使わないので、塩蔵品程の量は必要としない。


「塩は他の領地から買う交易品だから、この近辺で生産出来るんだったら、少しは安く手に入るんだろうけどな」

「この辺では、塩の生産はしてないんですか?」

「ああ。瀬戸内の辺りに『十州塩田』ってのがあってな。大坂も江戸も、主にそこから塩を買っているのさ」


 正恒さんの言う十州塩田とは、播磨、備前、備中、備後、安芸、周防、長門、阿波、讃岐、伊予の、瀬戸内海に面した土地にある塩田の事で、干満の潮位差が大きなこれらの地域の入浜式塩田で生産される塩が、ほぼ市場を独占しているらしい。


「塩か……あ」


(頼永様にお願いしてある、アレが完成すれば……)


「良さん、どうかしたのかい?」

「もしかしたら、この近くで塩が生産出来るかもしれません」


 人力になってしまうが、入浜、揚げ浜式よりは容易に塩を生産出来る方法があるのを思い出した。


「そいつは本当か?」

「ええ。でも、俺だけでは無理なので……捕まえた獲物を鎌倉に運びますから、その時にでも頼永様に相談してみます」


 資金的には、手持ちもまだかなりあるが、入浜式や揚げ浜式程では無いにしても、塩の生産にはそれなりの施設が必要だ。しかし、何よりも必要なのは施設の用地なので、俺個人では最初からどうにもならない。


(塩の入手が容易になるなら、多くの領民を抱える頼永様も助かるよな?)


 公共事業レベルの事に源家を巻き込むのが、良いのか悪いかは悩みどころだが、人間に必要不可欠な塩の入手が手軽になるに越したことはないだろう。


「俺も塩が安く手に入るなら助かるから、期待してるぜ、良さん」

「私もです。鎌倉から江戸なら輸送費を考えても、今までよりはかなり安くなりそうですしね」


 原価はわからないが、確かに輸送費はバカにならないだろう。というより、瀬戸内で生産された物を購入しないとならない程度には、大坂でも江戸でも塩が不足しているという事だ。


「うまくいくかどうか……ともかく、相談するだけはしてみます」


 一度話を区切り、俺は皮剥ぎの作業へ戻った。



 切りの良いところで獲物の解体を終えて、縄で繋いだ猪と鹿を引き連れた俺達は、正午を少し回ったところで、鎌倉の鶴岡若宮に到着した。


「これはまた……大猟ですね」


 間引いたのと、正恒さんの家で飼う数頭以外でも、猪の雄が五匹に雌がニ十匹。鹿の雄が五匹に、雌が三十匹。


「それでは猪は、繁殖を試してみます」


 繁殖するには広い土地が必要なので、この先は源家に丸投げだ。猪は雑食なので、多分うまくいくだろう。


「宜しくお願いします。鹿の方は、正恒さんの家で解体するには数が多かったので……」


 鹿は大きくてもそれ程大変では無いが、この時期は薄いと言っても猪は脂肪を残すように皮を剥がなくてはならないので、多くの処理しきれなかった血抜きしただけの物は、俺の腕輪や福袋に収納して運んだ。


 解体した一部の肉は正恒さんの消費用と、長く時間の掛かる燻製用に置いてきた。


「ははは。鹿は使い途が多いですから、無駄無く利用させて頂きます」


 鹿は皮や角が武具などの素材になるので、もしかしたら肉以外の部位の方が喜ばれているのかもしれない。


「枝肉の方は、まとめて厨房の方へ届けておきます」


 所謂マタギ勘定という、巻狩りの参加人数で分けた肉は、猪も鹿もかなりの量になったので、当分の間は肉に困る事は無さそうだ。その中から頼華ちゃんと胡蝶さんの取り分は、全て若宮に置いていく。


「助かります。雫がすっかり肉好きになってしまいましたので……」

「ははは……」


 雫様が肉好きになった原因が俺なので、頼永様へは乾いた笑いを返すしか出来なかった。



 厨房に届けた肉の一部、猪のロース肉をスライスして皿に並べられた物を、各自の前に置かれた小さな炭火コンロで炙る。冬のように脂肪層は厚く無いが、間引いた中でも肉の質の悪くない物を選んだ。


「はぁ……猪は、ただ焼いただけでも、おいしいですねぇ」


 網焼きにして、大根おろしと醤油だけで食べる猪に、雫様が溜め息を漏らした。ただ食事をしているだけなのに、物凄く色気がある。


「ふむふむ。こういう食べ方は初めてだが、おいしいものですなぁ」


 入手した肉類は、焼くにしても煮込むにしても洋風に調理して食べていたらしいドランさんが、器用に箸を使いながら感心したように頷いている。


「ドラン殿には、石鹸の件でもお世話になっているのに、今回のお骨折り、感謝します」

「いやいや。私は鈴白さんに誘われて参加しただけですから。それに久々に野で獲物を相手にして、気が晴れました」

「ははは。今後も何かとお世話になると思いますが、宜しくお願いします」

「こちらこそ」


 頼永様とドランさんは、お互いに頭を下げた。



「頼永様。先日相談しましたした、ポンプの方はどうなってますか?」


 昼食後、残っていたカステラの包み二つを切り分けてお茶請けに出したところで、頼永様に尋ねた。


「型を試作して鋳造した物が五基、完成しております。御覧になりますか?」

「お願いします」


 待つ程の事も無く、藁のむしろに包まれた青銅製の手押しポンプが、使用人の男性二人掛かりで運ばれてきた。


「たらいに汲んだ水で試しましたが、性能的には問題無さそうです」

「そうですか。だったら、これを使った塩の生産を提案したいのですが」

「塩の、生産?」


 俺の言葉を聞いて、頼永様が片眉を跳ね上げ、湯呑を口に運ぼうとした雫様の手が止まった。


「わかり易く説明しますと……」


 俺は取り出した石盤に概念図を書き込んだ。


「ポンプで汲み上げた海水を、竹などで作った(すだれ)のような形状の物の上に流して、太陽熱と風で濃度を上げる作業を繰り返して、最後に煮立てて水分を蒸発させれば塩が取れます」


 最も単純な形式の物を説明したが、水を流す部分や施設の立地などを考えれば、もう少し効率も良くなるだろう。


「ほほぅ。揚げ浜式の人の手を使っている部分を、ポンプに置き換えるのですね?」

「はい。それと施設が立体的になるので、それ程広い敷地を必要としませんし、風を利用出来るので、あまり季節に左右されずに生産が可能です」


 この辺は神仏から授けられる権能などを利用すれば、もっと効率を上げられると思う。


「ただ、難点が考えられます」

「その、難点とは?」

「鉄よりはマシだと思いますが、青銅製のポンプが、海水で錆び易くなると思います」


 実際にどれくらいの耐用性があるのかは試してみないとわからないが、真水を汲み上げるのに使うのと比べれば確実に寿命は短くなると考えられるので、予め話しておいた。


「しかし、ポンプの制作、施設維持の費用を考えても、同じ作業を人力でするのに比べれば、効率も利益も上がりそうですね」

「それは、確実だと思います」


 初期投資と維持費用が必要ではあるが、他の領地からの交易品の塩を買う事を考えれば、遥かに安価に生産出来るだろうし、万が一流通を止められた場合は、文字通り死活問題にもなるので、領地内で生産出来るようになるというのは絶対的な強みになる。


「早速、施設を建設する場所選びを始めとして検討に入りたいと思います。しかし、まさか鎌倉で塩の生産が可能になるとは……」


 おそらくは汲み上げた海水を散布して蒸発させる、揚げ浜式なら出来ない事は無いのだろうが、実施していない理由は、労力と購入費用の分岐点だからだろう。


「塩が大量に生産出来るようになれば、麦と大豆があれば、醤油や味噌も……なんて素晴らしい」


 捕らぬ狸の、ではあるが、雫様も塩の生産が軌道に乗った後の計画を考え始めているようだ。


「難しい技術は要らないですが、日照が良くて海風が良く吹く場所の選定が重要ですね。後は、河口付近は避けた方がいいです」


 生活排水を河川に流すのが常識なので、現代と比べればかなり水質がいいとは思うが、河口付近を取水場所にするのは避けた方が無難だろう。


「わかりました。しかし海へ注いでいるのは滑川くらいですから、それ程場所の選定は難しくはならないでしょう。材木座の辺りが適当かなとは思っております」


 材木座と言うと、俺には海水浴場が真っ先に思いつくが、当たり前だが地名の由来になった材木座という、木材取引の行われた場所があったのだ。


「明日いっぱいは手が空いていますので、何か御手伝い出来る事があれば言い付けて下さい。何も無ければ今日の獲物の皮剥ぎと解体をしています」

「私にも、何かありましたら遠慮無く申し付けて下さい」


 俺に続いて、ドランさんも協力を申し出てくれた。


「ありがとうございます。これから臣下の者達と話し合いをしますので、今日のところはお疲れでしょうから、ゆっくりとお過ごしください」

「ありがとうございます」

「あの、良太殿……」


 そう言って頼永様が立ち去ろうとした時に、雫様から声が掛かった。


「なんでしょうか?」

「あの、この家主貞良(カステラ)というお菓子は、良太殿はお作りになれるのでしょうか?」

「あー! それ、あたいも気になってたんだ!」

「聞いたら、材料的には手に入る物ばかりなんだろう?」


 ここぞとばかりに、雫様からの質問に黒ちゃんとおりょうさんが乗ってきた。


「うーん……似たような物は、出来なくもないという感じです」


 何よりもオーブンが無いし、材料の配合も良くわかっていない。


「材料を調達致しますので、試作をお願い出来ませんか?」

「それは、構わないですが……そんなにお気に召しましたか?」

「ええ、とっても! まったく、少し社会勉強をしても、こういう物をお土産にとは、頼華どころか胡蝶も考えが及ばないとは……」


 笑顔から一転して厳しい表情になった雫様が、頼華ちゃんと胡蝶さんに苦言を呈する。


「うう……は、母上、誠に申し訳なく……」

「気が利きませんで……」


 涙目の頼華ちゃんと、頭を下げた胡蝶さんが雫様へ謝罪する。


「ははは。奥方、他家の教育に口は挟みたくありませんが、お嬢様はまだ幼いですから、その辺で。家主貞良(カステラ)ではありませんが、私も幾つか土産を持参しておりますから」

「まあ! 重ねてのお気遣い、ドラン殿にはかたじけなく……」


 怒っているという程でも無かったのだが、雫様はドランさんの言葉を聞いて、優雅に一礼した。


「それじゃあ、俺は厨房をお借りしますから、ドランさんは……」

「私は皮剥ぎと解体の続きをしてましょう」

「そうですか。黒ちゃん、白ちゃん、ドランさんの手伝いは出来る?」


 一人でやるには数が多いし、良い機会だから黒ちゃんと白ちゃんに、ドランさんへ親孝行してもらおう。


「おう!」

「ではやるとするか、親父殿」

「鈴白さん……よぉし。黒、白、行こうか!」


 俺の考えが伝わったみたいで、ドランさんは気合の入った表情で、黒ちゃんと白ちゃんと共に屋敷の外へ向かった。


「そいじゃ頼華ちゃんは、あたしとお風呂に入ろうか?」

「はい、姉上!」


 頼華ちゃんのお付きの胡蝶さんも、当然のように後に続いた。


 こうして、夕食までの時間は各自で過ごす事になった。



「えーっと……卵三個に、粉と砂糖を合わせて様子を見るか」


 詳しい分量が不明なので、生地の具合を見ながら他の材料を加えていって微調整しよう。


「水飴が調達出来なかったけど、蜂蜜で……ハニーカステラというのがあるくらいだから、大丈夫だろう」


 少しずつ蜂蜜を加え、焼く時に生地が貼り付いてしまうのが怖いので、本来のカステラには入らないバター、の代わりに、癖のない綿実油を少し入れる。


「こんなもんかな?」


 すくい上げた生地がリボン状に流れ落ちる程度になったので、焼き加減さえ間違えなければ、材料的にも大きな失敗はしないだろう。俺は卵他の分量を石盤に書き込んだ。


「あとは、ごく弱火で……」


 炭火を用意してもらって、フライパンのような底の浅い鉄鍋に薄く油を引いて熱し、生地を流し込んで蓋をしてじっくり焼き上げる。


「裏返して、粗熱を取って……」


 膨らんで、表面が少し乾いたのを確認して裏返すと、綺麗な焼き色がついていた。粗熱を取って再び蓋をして、今度は軽く焼いて完成だ。作り方だけなら、ほぼホットケーキだが、ベーキングパウダーは入っていない


。それでも結構膨らんでいる。


(目分量でも、なんとかなるもんだなぁ……仕事でも料理をしてるから、スキルレベルがアップしてるのかな?)


 鍋をひっくり返して、焼き上がったカステラをまな板に載せた。


「どうぞ、味を見て下さい」


 焼き方を見物していた数名の料理人達に、切り分けて味を見てもらう。


「頂きます……卵の風味が凄いですね。砂糖を入れ過ぎにも見えましたが、思ったほどは甘さがしつこくない」

「この表面の綺麗な焼き加減が難しそうですが、練習すればなんとかなりそうです」


 即席カステラを食べた人達は、実際に焼くのを見ていたのもあるが、あっと言う間に分析を完了したようだ。


「それじゃあ、俺が生地を作りますから早速、試し焼きをして下さい」

「これは鈴白様、厳しいですな」

「俺よりも、雫様の評価の方が厳しいと思いますよ?」

「それは違いないですね。ではここで叱られておいて、雫様にはお褒め頂けるようにしなくては」


 和やかな雰囲気で、屋敷の料理人達による試作が始められた。



「それでは、頂きます」

「「「頂きます」」」


 頼永様の号令で、着席した全員が両手を合わせてから夕食を開始した。雫様からの強い要請で、メニューはカレーになった。具はじゃがいもと玉ねぎと人参。肉は鹿を使って、これも雫様の御要望の猪肉のカツが載っている。


「ううむ。鹿肉の風味が香辛料に負けてしまっているが……しかし、これはこれでうまいですね!」


 ドランさんには話はしたが、実際に食べてもらうのは今回が初めてだが、気に入ってもらえてみたいだ。


「確かにドランさんの言う通りなんですけど、この調理法だと少し癖のある材料でも、ほぼ間違いが無いんですよね」

「鈴白さんの仰る事、わかりますよ。このシュニッツェル(カツ)も、ちょっと変わってますが、うまいもんですなぁ」


 ドランさんには揚げ焼きのカツレツと、天ぷら方式のカツとの違いがわかるみたいだ。


「主殿。やはり俺にはこの料理は……」

「うん。無理しないでいいよ。残りは俺が食べるから、白ちゃんにはこっちを」


 これまで一切、食べ物の好き嫌いを言わなかった白ちゃんだが、苦しめられたカレーの香りだけはダメみたいなので、俺は予め用意しておいた、鹿の腿の燻製を使ったポトフ風のスープと、カツを別皿で出した。


「……白のそれ、うまそうだな」


 白ちゃんの前に置かれたスープの盛られた皿を、木の匙を咥えた黒ちゃんが、羨ましそうに見ている。


「黒ちゃんも食べる?」

「おう!」

「あ、鈴白さん。私にも下さい」

「兄上、私も欲しいです!」

「良太殿。咖喱(カレー)はもう結構ですので、私もにその汁物を頂けますかな?」


 黒ちゃんに続いて、ドランさん、頼華ちゃん、頼永様もスープを御所望だ。


「胡蝶。咖喱(カレー)のお代わりを。猪の揚げた物を載せて」

「あたしにも咖喱(カレー)のお代わりを。辛いのね」

「畏まりました」


 雫様とおりょうさんは、脇目も振らずにカレーに集中しているようだ。


「あの、雫様、おりょうさん、程々に……」

「っ! わ、わかってはいるのですが、この料理は、つい……」

「わ、わかってるよぉ……」

「お待たせ致しました」

「「!」」


 一応、俺の声は聞こえたみたいだが、運ばれてきたカレーのお代わりを目にした瞬間、意識を持っていかれたようだ。


「頼永様……」

「……飯の量は程々に用意致しましたので、大事には至らないでしょう」


(食事で大事に至りそうって……もしかして俺は、とんでもない料理を提供してしまったんだろうか?)


 漫画で読んだ真っ黒いカレーみたいな、変な習慣性が出るような素材は使ってないはずなんだが、少し心配になってしまう。


(まあ頼華ちゃんは育ち盛りだし、おりょうさんも大人びてるけど、まだ年齢的には成長期だろうから、いっぱい食べても大丈夫だろう。黒ちゃんと白ちゃんは、身体構造からして謎が多いんだよな……)


 白ちゃんはそれ程量を食べないが、黒ちゃんは放っておけば際限無く食べ続ける。


(最大の謎は、雫様だな。あの細い身体の、いったいどこに……)


 前回カレーを振る舞った時には、病み上がりにも関わらずに、カツを載せて軽く三杯お代りをした。


(頼華ちゃんは、まだ身体自体が小さいとは言え、食べ過ぎで苦しそうにしていたのに、雫様は平然としていたんだよな……)


 スープを盛り付けながら、俺は雫様へチラッと視線を送る。


「胡蝶。咖喱(カレー)のお代わりを。猪の揚げた物を載せて」

「畏まりました」

「雫……」

「こ、これで終わりにしておきますので……」


 頼永様に呼び掛けられ、雫様が恥じ入ったように口元を手で隠す。


(大量の肉が手に入って、長崎屋さんから和漢材料が納入されたら……大丈夫かな?)


 さすがに毎日カレーという事にはならないと信じたい。


「……」


 ちょっとふくよかになった雫様を想像しかけて、その不敬な考えを頭を振って追い払ってから、俺は中断していた食事を再開した。



「うー……ちょっと苦しい」


 帯の上からお腹を押さえた頼華ちゃんは、座っているだけでも苦しそうだ。お茶の注がれた湯呑にも手を付けていない。


「あなたも学習しませんね……」

「おいしいものですから、つい……」


 注意されたにも関わらずの食べ過ぎに呆れている雫様から見つめられて、頼華ちゃんが顔を逸らす。


「その様子じゃ、試作品は食べられそうにないかな?」

「御主人、頼華の分はあたいが食べる!」

「あ、兄上! 家主貞良(カステラ)なら食べられます!」


 甘い物は別腹と言うが、大丈夫なのかと思ってしまう。


「黒ちゃん……頼華ちゃん、今は食べられなくても、ちゃんと取っておくよ?」


 黒ちゃんの言う事は放っておこう。


「だ、大丈夫。食べます……」

「そこまで言うなら……」


 命にかかわる訳ではないので、そこまで執念を燃やさないでもと思うんだが、本人の意志を尊重しておこう。


「お土産に持参した物とは明らかに違いますけど、そこは御容赦下さい」

「わかっておりますとも、良太様。それでは頂きますね」

「頂きまーす!」

「黒ちゃん、待った!」


 雫様に続いて、待ってましたとばかりに黒ちゃんが食べ始めようとしたのを静止する。


「ご、御主人!?」

「黒ちゃん。さっきの頼華ちゃんの分を自分に、というのは見逃せない。同じ事を自分が言われたら、どう思う?」


 少し厳し過ぎる気もするが、親しい人達だけとしか同席しないという事は無いので、しっかりと教え込んで置かなければならない。


「うっ! ご、ごめんなさい……」

「俺にじゃないでしょ?」

「ら、頼華、ごめんなさい……」


 どうやら表情からすると、カステラのお預けを喰らったからというだけでは無く、十分に反省しているようだ。黒ちゃんは素直に頼華ちゃんへ向けて頭を下げた。


「兄上、もういいですから」


 頼華ちゃんも特に怒っていないようで、黒ちゃんからの謝罪を受け入れた。


「黒ちゃん、今後は気をつけてね? さ、食べてもいいよ」

「うん! 頂きます!」


(妹とかがいると、こんな感じになるのかな?)


 本来なら、年齢的にも俺はこういう点を注意される側のはずなんだが、なんかすっかり保護者の心境になってしまっている。


「良太殿。この風味は蜂蜜ですか?」


 口に合わなかった訳では無さそうだが、雫様が目を丸くしながら俺に尋ねてくる。


「おわかりですか? 水飴が調達出来なかったので、代わりに入れてみたんですが」

「蜂蜜で、更に甘さと風味が複雑になって……お土産とはまた違うおいしさになっております。これを作れたという事は?」

「ええ。作り方は料理人の方々へお伝えしましたので、今後はお屋敷で出せると思います」

「まあ! なんて素晴らしい……」

「他にも、少し変化をつけた調理法を説明しておきましたので」

「変化、とは?」

「同じ材料を蒸し器で蒸せば、焼き目の無い白い家主貞良(カステラ)が出来ます。他には、薄く焼いて小豆餡を挟んだり」


 当初は試作品として、蒸しカステラの方を出そうかと思ったのだが、型に使う紙が高価なので焼く方をセレクトした。


 薄く焼いて餡をというのは、京都のお山の名前が付いてたり、元の世界で国民的キャラのトレードマークになってるアレだ。


「この甘い家主貞良(カステラ)に、甘い小豆餡を挟むとは……な、なんて冒涜的な」


 ゴクリ……


 雫様の言葉に刺激を受けたのか、同席している数名の喉が鳴ったのが聞こえた。


「ご、御主人……」

「黒ちゃん、どうかした?」


 珍しい事に、目の前のカステラから意識が逸れているようで、食べるのを中断した黒ちゃんが俺に声を掛けてきた。


「い、今言った、小豆の餡を挟んだの……今度作って」

「いいよ。あ、でも、餡を作るところからか……」


 安請け合いしてしまったが、罐詰の小豆餡なんか売ってる訳が無いから、小豆を水に漬けるところから始めなければならない。


「ふむ。鈴白さん、今日は持ち合わせていませんが、店にジャムが幾つかありますから、良かったらお使いになりますか?」

「いいんですか? お安くは無いでしょう?」


 当然のように輸入品で、更に果物の砂糖煮であるジャムが安い訳が無い。


「その代り、うちの店で、ね?」


 黒ちゃんと白ちゃんを喜ばせたいという事で、ドランさんはジャムを提供してくれるみたいだ。


「そういう事でしたら。ありがたく使わせて頂きます」

「兄上、じゃむってなんですか?」

「果物を砂糖で煮詰めて作った、保存食だよ」

「それは、おいしいのですか?」

「うーん……それだけ食べてもそれなりにはおいしいけど、ドランさんの故郷で御飯代わりに食べる、パンというのに塗って食べる事が多いかな」


 一般的にはパンに塗ってという食べ方が思いつくが、江戸や鎌倉でパンは見掛けた事が無いし、仮に入手出来たとしても、口に合うかどうかがわからない。


「パンか……懐かしいですね」

「食べたいですか?」

「そりゃあ、ね。焼いたり蒸したりして、それっぽい物を作ったりはしますが……綺麗に膨らんだ、焼き立ての物が懐かしいですよ」

「そうですか……」


 天然酵母は、野菜や果物から採取して培養させる事が出来るが、石窯でも無ければパンを焼く事は出来ない。


「簡単な物で良ければ再現しますけど、本格的な物を作るとなると、料理じゃなくて土木工事が必要ですね……」

「そうなりますよねぇ……」


 ドランさんにはわかっているようだが、石窯は場所も必要だけど、利用して商売でも始めるのでもなければ、設備が大袈裟過ぎるのが難点だ。


(レンガを重ねただけ程度の炉でも、一般家庭では持て余しそうなんだよな)


 石窯設置は保留という事にしておこう。


「話に区切りはつきましたかな? では良太殿。塩の生産施設は、材木座と隣接している場所に決まりました」

「話が早いですね」


 源家の頭領である頼永様の発案なので、当然といえば当然なのかもしれないが、それだけ塩が重要だという事でもあるのだろう。


「材木座は、名前の通り材木を集積させておりますので、施設を造るのに必要な資材を運ぶ手間が省けるのと、材木を搬入、搬出する場所だけに、生産した塩を運び出すのに便利なのです」


 山で切り出した木材を川や海を利用して運んでいるので、隣接した施設で生産した塩を、同じ様に運搬しようとの考えだろう。


「現在は図面の作成に取り掛かっておりますが、おそらくはポンプの増産と共に、塩の生産施設も増やすと思います」

「それは……一大事業になってしまいますね」

「ははは。それでも、この若宮の普請などと比べれば、実用重視の造りですから、楽なものですよ」


 宗教建築は彫刻などの装飾が入ったりと、デザイン的にも大変なので、確かに実用的な施設とは、工事期間も費用も比べ物にならないだろう。


「土木工事や資材の運搬くらいなら手伝えるんですけど、今の時点ではお役には立てそうにありませんね」


 設計なんかは完全に門外漢なので、俺には口を出す余地が全く無い。


「良太殿の発案が無ければ、考え付きもしなかった事案ですよ? 源家と鎌倉が受けている恩恵は、今の時点でも計り知れません」

「いや、そんな……」


 なんとなく「言うだけ番長」のようになってしまっているような気がしていて、正直、心苦しくなっている。


「気に病まれるようでしたら、施設の普請をする者達への労いに、先程教えて頂いた菓子でもお出しします。そうですね、『鈴白焼き』とでも名付けまして」

「父上、それは良い考えです!」

「では、餡を入れた物は、そうですね……『良太巻』と名付けましょうか?」


 さすがの親子と夫婦のコンビネーションで、頼永様のとんでもない発案に頼華ちゃんが相槌を打つと、すかさず雫様からも嫌がらせのようなネーミングが提案された。


「勘弁して下さい……」


(嫌がらせとかじゃなくて、天然なのはわかってるんだけど……)


 次に鎌倉を訪れた時に、妙なネーミングの銘菓が発売されていない事を祈るばかりである。



「それでは、硬い話が終わったようですから、先程申し上げた土産を……」


 ドランさんは持参した福袋の中から、小さな木箱と、大小幾つかのガラス瓶を取り出した。


「これは、先日、鈴白さんには食べてもらいましたが、レープクーヘンという焼き菓子です。それとこちらですが、金平糖(コンフェイト)という砂糖菓子になります。最後に、これが葡萄酒(ヴァイン)です」


 新たに焼いたらしいレープクーヘンはかなりの量が木箱に入っている。金平糖は貴重品らしく、黒ちゃんと白ちゃんが貰ったのと同じ物が一瓶。少し表面がざらついているように見えるワインのボトルは五本だ。


「葡萄酒、ですか……」

「おや、お嫌いでしたか?」


 少し眉間にシワを寄せた頼永様を見て、ドランさんが尋ねる。


「嫌いとまでは言いませんが、商人が持ち込んだりした物を何度か飲んだのですが、酸味が強かっったり渋かったりで、あまりおいしいとは思えませんでした」

「私もです。外国の方とは、味覚が違うのかと思わされました」


 頼永様の言葉に、雫様も同意を示している。


(織田信長なんかは、外国の使節が持ち込んだ物を気に入ったと聞いた事があるけど、好き嫌いがあるのは当然か)


「ははは。私が持参した葡萄酒(ヴァイン)は、おそらくはその時に飲まれたのとは別物です。まあ騙されたと思って、一口だけでもお試し下さい」


 ドランさんは、これも持参したガラス製の脚付きのグラスにワインを注いだ。赤かと思ったが、白というよりは金と表現した方が良さそうなワインは、綺麗に澄んでいる。後で聞いたが、リースリングという寒冷地でも栽培可能な葡萄から醸造されているそうだ。


「それでは、少しだけ……」

「そうですね、ドラン殿からの、せっかくのお土産ですし……」


 頼永様と雫様は、グラスに注がれたワインを手に取ると、グラスに顔を寄せる。


「これは……商人の持ち込んだ葡萄酒もいい香りでしたが、まったく種類が違う。なんという、甘く柑橘類のような香り」

「微かに、蜂蜜のような香りもします……」


 飲む前の、グラスから立ち昇る香りは、頼永様と雫様のお気に召したようだ。


「それでは……こ、これは!? あ、甘い!? いや、甘いだけではなく、心地の良い酸味で、なんとも後味が爽やかな」

「まあ! この味……もしかして、甘露というのはこういう味の事を言うのかしら? そんな、例えようのない甘みが……」


 まだ酒を飲んだ事が無いので詳しくは知らないが、一口にワインと言っても味わいはかなり違うのだろう。


期待をしていなかった分、頼永様と雫様がドランさんの持ち込んだワインから受けた衝撃は大きかったようだ。


「そ、そんなにうまいのかい?」

「御主人、あたいも飲んでいい?」

「酒か……」


 おりょうさんと黒ちゃんと白ちゃんが興味を惹かれたようだ。


「ドランさん、おりょうさん達にも、少しいいですか?」

「ええ、勿論です。鈴白さんは?」


 俺も当然飲むのだろうと、ドランさんは思っていたようだ。


「俺は結構です。あ、もしかして、今日は紅茶は持ってきていたりは?」

「持ってきてますよ」

「じゃあ、俺と頼華ちゃんは、紅茶を頂きます」


(酒席になったら頼華ちゃんは退屈してしまうだろうから、飲まない俺が相手をしてあげないと)


「では良太殿。この焼き菓子と金平糖は、良太殿と頼華で」

「わかりました。頼華ちゃん、俺の部屋でお茶にしようか?」

「はい、兄上!」


 俺達がしていた話にも少し退屈していたっぽい頼華ちゃんは、お茶に誘ったら笑顔で立ち上がった。厨房に茶器とお湯を調達に行くついでに、何か酒のつまみをと伝えておこう。

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