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待ち合わせ

「やあっ!」


 シュルシュルシュル……


「はっ!」


 お糸ちゃんが気合と共に投擲したブーメランは、綺麗な軌道を描いて飛行して戻り、見事にキャッチされた。


「すっかり上手になったね」

「本当に上手になりましたね」

「有難うございます!」


 俺とブルムさんが感心するくらいに、お糸ちゃんは何度か練習をしただけで、ブーメランの投擲もキャッチも直ぐに上達した。


 お糸ちゃんの表情に飛んで戻ってくるくるブーメランに対する恐怖心は感じられず、純粋に楽しんでいるように見える。


「良太っ!」

「おはようございます、おりょうさん」

「兄上っ!」

「ご主人!」

「頼華ちゃんと黒ちゃんも、おはよう」


 少し前から気配を感じていたおりょうさん達が、手を振りながら駆け寄ってきた。


「お待たせしちまったねぇ」

「お糸ちゃんと遊んでましたから、退屈はしませんでしたよ」

「しゅ、主人……」


 相手がおりょうさん達だからか、本当の事を言っただけなのにお糸ちゃんは萎縮してしまっている。


「ブルムの旦那と、お糸ちゃんも待たせちまったねぇ」

「いえいえ。そんな事は」

「そ、そんな事はありませんっ!」


 俺と一緒にお糸ちゃんの遊ぶ微笑ましい姿を見ていた見ていたブルムさんは、確かに退屈している様子では無かった。


 一方のお糸ちゃんの方は、おりょうさんの済まなそうな表情を見て、恐縮してしまっている。


「ん? お糸ちゃん、そいつは良太が作ってくれたおもちゃかい?」

「は、はい」


 お糸ちゃんが手に持っているブーメランの存在に、おりょうさんは直ぐに気がついた。


「良太。こいつはどういう物なんだい?」

「ブーメランて言う、外国の狩猟用の道具を参考に作りました」

「外国の狩猟用の道具!? りょ、良太様、それは一体どの様な!?」

「……落ち着きなさい、ロスヴァイセ」


 おりょうさん達に少し遅れて、愛馬に跨ったブリュンヒルド達が追いついてきたのだが、ブーメランの話題を聞きつけたロスヴァイセが、下馬しながら興味津々にお糸ちゃんの手元を見つめている。


 そんな落ち着きを失ったロスヴァイセを、ブリュンヒルドが下馬しながら溜め息交じりに窘め、他のワルキューレ達も続いて下馬した。


「も、申し訳ございません!」

「そんなに気にしてはいませんよ」


 珍しい物、特に武具関連をロスヴァイセが好きというのは知っているし、直ぐに謝罪してきたので反省の気持ちは伝わってくる。


「実際にちょっとやってみましょうか」


 俺は四枚羽の、頼華ちゃん用に作っておいたブーメランを取り出した。


 卍という文字を崩したような形状に作った四枚羽のブーメランは、我ながらかなり異様だと思う。


「ん? お糸ちゃんの以外にも作ったのかい?」

「ええ。他の子達の分も作って、里に戻る白ちゃんに持っていって貰いました」

「そうかい。そいつは子供達が喜びそうだねぇ」


 予想通りだが、おりょうさんは特にブーメランを欲しがったりする事は無かった。


「じゃあやってみますね」


 おりょうさん達が来た方向にはブリュンヒルド達も居るので、向かって右手側の開けた方角にブーメランを持って構えた。


「よっ! と」


 シュルシュルシュル……


「おやまあ」

「おお!?」

「まあ!」


 俺が投擲したブーメランが弧を描いて飛び、そして戻ってくるのを見ている、どこかのんびりしたおりょうさんの声に、頼華ちゃんとロスヴァイセの驚きの声が重なった。


 パシッ


 戻ってきたブーメランを手でキャッチすると乾いた音がしたが、特に痛かったりはしない。


「い、今のは、トール様のミョルニルと同じ!?」

「同じじゃ無いですからね!?」


 北欧神話の雷神トールが使う、魔法のハンマーであるミョルニルと飛行する時の動きが似ているのか、ロスヴァイセが変な事を言いだした。


「し、しかし、回転しながら飛んで手元に戻るという今の動きは!」

「ミョルニルは確か、狙った相手に命中しても戻ってくるんですよね?」

「え、ええ」

「これは当たったら、戻っては来ませんから」


 トールのミョルニルだけでは無く、大神オーディンのグングニルも投じて命中しても手元に戻ってくると言われているが、生憎と木を削っただけのブーメランに、そんな神様の武器みたいな性能がある訳が無い。


(それにミョルニルと同じだったら、素手なんかで扱える訳が無いって事は、ロスヴァイセさんなら知っているだろうに……)


 トールのミョルニルは威力がある代わりに扱うのも難しいらしく、力帯である『メギンギヨルズ』と、戻ってきた時に受け止める為の『鉄の手袋』が必要だったりする。


「で、ですが。魔法も掛かっていないのに戻ってくる道具を作れるなんて……やっぱり良太様は凄いです!」

「えー……」


 ロスヴァイセは高く評価してくれているが、こんな素人の工作のブーメランを大袈裟に言われると少し居心地が悪い。


(科学的な事をロスヴァイセさんに言っても理解してくれるかどうか……そもそも俺が、ちゃんと説明出来るかも怪しいしな)


 ブーメランの構造的に発生させる揚力とか歳差運動とか、そういう物を俺が説明出来るかというと、ちょっと自信が無かったりする。


(それに揚力って考え方も、実は嘘だしなぁ……まあ、どうでもいいんだけど)


 実は翼の形状で発生する揚力というのは、良く考えれば出鱈目だというのがわかるのだが、そんな理屈と関係無しに飛行機は飛んでいたりするので、割とどうでもいい事だったりする。


 世の中には、目に見えているのに解明されていない事というのは山程あるのに、そのままにしておいても困らないのだ。


「はい。これは頼華ちゃんの」


 妙な考えに支配されそうになった頭を切り替えて、頼華ちゃんに無事に飛んで戻る事が実証されたブーメランを差し出した。


「えっ!? こ、これは余のなのですか?」

「そうだけど、要らなかった?」


 差し出したブーメランと俺とを何度か見比べるばかりで、何故か頼華ちゃんはブーメランを受け取ってくれなかった。


「い、いえ! 決してそんな事は! 兄上、有難うございます!」

「うん」


 仕方が無いから自分用にするかと思ったところで、頼華ちゃんは半ばひったくるようにしてブーメランを掴み取った。


(子供達に作ったって言ったからかな?)


 里の子供達のお姉さんという位置づけだと、頼華ちゃんは自他共に認められているので、自分の分のブーメランは無いと思ったのかもしれない。


「こっちは黒ちゃんにね」

「えっ。あたいのもあるの!?」

「うん。頼華ちゃんのもそうだけど、みんな少しずつ形を変えてあるから」


 黒ちゃんに渡したブーメランは、変形の三枚羽だ。


「あ、本当だ! 良く見ればお糸のとも違う形してるっ!」

「おお! ではこれは、余の専用という事ですね!」

「って事は、あたいのこれも専用だ!」

「そ、そうだね……」


(こりゃ二人の分のブーメランも、作っておいて正解だったな……)


 黒ちゃんも、少し驚いていた頼華ちゃんも、嬉しがり方が尋常じゃない。


 もしも作っておかなければ頼華ちゃんも黒ちゃんも、表面上は平静を装っていても内心では不満が募り、いずれは子供達が不幸な目に遭う事になっていたかもしれない。


 そう考えると、この件を予想して忠告してくれた白ちゃんには感謝しか無い。


「鈴白さん。そろそろ出発しませんか?」

「あ、そうですね」


 移動先の大坂で商談や買い物にどれくらいの時間を使うかは不明なので、あまり出発前に時間を掛けるべきでは無いだろう。


「えー……兄上、是非とも試しに投げてみたいのですが」

「あたいもー」

「あんたらねぇ……そんなのは里に戻ってから、幾らでも出来るだろ?」

「「は、はい!」」


 直ぐにでもブーメランを試してみたかった頼華ちゃんと黒ちゃんだが、呆れたようなおりょうさんの言葉を聞くと、あっさり引き下がった。


「ところでブリュンヒルドさん」

「な、なんでございますか?」


 急に呼ばれたからか、ブリュンヒルドは声を上ずらせながら返事をした。


「お糸ちゃんが一緒に行くのは、おりょうさんから伝わったと思うんですけど、大坂に行く戦乙女(ワルキューレ)さんの人数は増やさなかったんですね?」

「ああ。その事ですか。はい。我等の愛馬は多少重さが増える程度は気にしませんし、移動力にも影響は出ませんから」

「成る程」


 どうやら俺の予想通り、体格の良いワルキューレの愛馬達は、乗り心地はともかく三人乗りくらいではビクともしないらしい。


 愛馬自慢をするブリュンヒルドの顔は、実に誇らしげだ。


「それじゃお糸ちゃんは、誰と一緒がいいかな……」


 無論、俺と同乗でも構わないのだが、少しでも窮屈な思いをさせないようにと考えると、体格的に小柄な頼華ちゃんか黒ちゃんと一緒の方が、お糸ちゃんには良い気がする。


「ではお糸よ。余と一緒に乗るが良い」

「は、はいっ!」


 俺が考えるまでも無く、頼華ちゃんがお糸ちゃんとの同乗を申し出てくれた。


 大坂に行くメンバーの中ではワルキューレ達を別にすると、一番乗馬の腕前が良くて慣れているのは間違い無く頼華ちゃんなので、お糸ちゃんも安心して乗っていられるだろう。


 尤も、空を駆けるワルキューレの馬に、普通の乗馬テクニックが関係するかは謎だが……。


「それじゃ俺は……」

「良太様は、勿論ですが私のグラーネに同乗して頂きます!」

「あ、はい」


 どうやら俺には、ブリュンヒルドのグラーネに乗る以外に選択肢は無いらしい。


「ブルム様は、私のシスルにお乗り下さい」

「お世話になります、ジークルーネ殿」


 ブルムさんはジークルーネの、おりょうさんはロスヴァイセの、頼華ちゃんはお糸ちゃんと一緒にオルトリンデの、黒ちゃんはヘルムヴィーゲの、それぞれの愛馬に同乗する事に決まったようだ。


「他の戦乙女(ワルキューレ)さんは里で待機ですね?」

「はい。後は午後からですが、シュヴェルトライテに頼永様、ヴァルトラウテにドラン様のお迎えを頼んであります」

「となると、里に残るのはグリムゲルデさんとゲルヒルデさんですね」

「はい。グリムゲルデは城壁のような防御力を誇りますし、ゲルヒルデの槍の腕前は私に匹敵します。里には白様や夕霧様や天様もいらっしゃるので、護りは万全だと言って良いと思います」

「そうですね」


 防御特化型らしいグリムゲルデと槍での戦闘に長けているゲルヒルデに、ブリュンヒルドは全幅の信頼を置いているみたいだ。


 里には京から戻った白ちゃんも居るし、攻撃となると決め手には欠けるが、(エーテル)の吸収が使える夕霧さんと、認識阻害や幻術系が得意である天が居るので、確かに護りは万全と言えるだろう。


「何はともあれ、出発しましょうか。っと、その前に、皆さんの愛馬にこれを」


 俺は作っておいた馬用のサーコートを取り出し、ブリュンヒルドに差し出した。


「まあ! これを我等の愛馬にでございますか!?」

「ここに居ない戦乙女(ワルキューレ)さん達の分も作りましたので」

「お手数ではございますが、それは出来ましたら良太様の御手から、ゲルヒルデ達にお渡し下さればと」


 この場には居ない三名のワルキューレの分のサーコートも渡そうとしたら、ブリュンヒルドに断られた。


「私の手からよりは良太様の御手からの下賜の方が、あの者達も喜ぶ事でしょう」

「下賜とかそんな、大仰な物じゃ無いんですけどね……」


 ジークルーネには注文されたバスローブとか結構な数と種類の衣類を渡しているのに、未だに下賜とかの扱いなのは何故なのか、ちょっと理解に苦しむ。


(……少しインフレ気味になるくらいに、ワルキューレさん達に衣類を渡すべきか?)


 (エーテル)を込めた蜘蛛の糸の衣類の質が高いのは俺も認めるのだが、ブリュンヒルドを始めとするワルキューレ達に、ここまで特別な扱いを受けるのは少し問題だ。


 要するに俺の作る衣類が希少価値が高いから下賜とか言われてしまうので、いっそ全てのワルキューレに戦闘用から普段着まで、ひと通り作ってしまえば変わるのでは、という話だ。


 京に戻るまでの週末を使えば、要望を訊きながらワルキューレ全員分の衣類を造るのは、不可能では無いだろう。


「お糸ちゃん、持ち上げるよ?」

「は、はいっ!」


 少し緊張気味のお糸ちゃんを、既にオルトリンデと頼華ちゃんが座っている、馬用のサーコートを羽織ったヤールンファクシの鞍の上に持ち上げた。


 馬用のサーコートは耳と目と口の周り、それに四肢の膝から下以外はすっぽり覆う形で、首や胴などの数箇所を縛って移動中にバタついたりしないようになっている。


「お糸、移動中はここに掴まっているが良い」

「は、はい!」


 座っている鞍の場所の高さに緊張気味のお糸ちゃんは、頼華ちゃんの指示に従って前側にあるサドルホーンというパーツを両手でギュッと掴んだ。


「ブルムさんは……もう乗ってるか」


 お糸ちゃんだけでは無く、背の低いブルむさんにも乗る時に補助が要るかと思ったが、既にジークルーネの手助けを受けて鞍に跨っていた。


「さあ良太様! お乗り下さい!」

「あ、はい」


 頬を紅潮させ、妙に気合の入っているブリュンヒルドがグラーネを示す。


「よっ、と。ブリュンヒルドさん」

「はい♪」


 先にグラーネに跨った俺が上から手を伸ばすと、嬉しそうにブリュンヒルドが手を取った。


「全員……外套は着てますね」


 馬だけを目立たなくしても意味が無いので、騎乗した全員を見回して外套を着ているかを確認した。


「りょ、良太様。上空は冷えると思いますので、少し寄り添っても宜しいでしょうか?」

「構いませんけど、外套は防寒も出来るんですが……」


 どういう場面でも着用出来ないと困るので、俺が作った外套は熱くても寒くても大丈夫なようになっている。


 そもそも酷寒地で崇められているワルキューレが、呼吸に影響の出ない程度の高度で、寒く感じるのかどうかという話なのだが。


「「むぅ……」」

「ひゃっ!」


 乗馬しながら近づいて来て、俺達の横に並んだ頼華ちゃんと黒ちゃんに一睨みされると、ブリュンヒルドは小さく悲鳴を上げながら俺から身体を離した。


 と言っても馬上の事なので、身体を離すにも限界はあるのだが。


「さ、さあ。出発しましょうか」

「そ、そうでございますね」


 横に並んだ頼華ちゃんはお糸ちゃんの教育にも良くないし、これ以上場の雰囲気が悪くなる前に出発しようと促すと、ブリュンヒルドも慌てて追従した。


「ブルムさん。大坂の港の近くの、人が居ない辺りに降りればいいですよね?」

「ええ。近くには畑地もありますから、目立たずに降りられるでしょう」

「わかりました。では、出発」

「「「はっ」」」


 俺の号令で手綱を握るワルキューレ達が一斉に愛馬の腹を蹴り、駆け出すように促した。


「それっ」


 停まらない程度に軽く手綱を引くと、グラーネは坂を登るように少しずつ高度を上げていく。


(何度見ても、不思議な光景だよなぁ……)


 ロスヴァイセのグラーヌスで同じ様に空を駆けたのだが、あの時は夜だった事もあって風景がはっきりとは見えなかったのだが、今は昼間なのでかなり遠くまで見渡す事が出来る。


 ペガサスのように翼も無い馬が蹄の音を立てながら空を駆けるというのは、体験するとかなり異様だ。


 とは言うものの、俺も部分变化(ぶぶんへんげ)で翼を出して飛べるし、その翼もペガサスの翼も、羽ばたく事によって揚力を得ている訳では無いのだが……。


(みんなは……ついてきてるな)


 後方を振り返ると、外套の効果で周囲に溶け込んでいるのでかなり視認し難いが、他の五騎もちゃんと続いて飛行をしているのがなんとか確認出来た。


(なら……)


 ピシッ!


 軽く手綱を振るってグラーヌスの背を叩き、速度を上げるように指示する。


(お、おお……)


 空を駆けるグラーヌスの体感速度は相当な物で、あっという間に風景が流れ去って行く。


(もっと速く……って言いたいところだけど、お糸ちゃんも居るしな)


 多分だが現状は時速にすると五〇キロくらいで、元の世界で俺が乗っていた、少しスポーツ寄りのタイプの自転車で目いっぱいくらいの速度だ。


 ワルキューレ達の愛馬は地面の反発で推進している訳では無いので、揺れも少なく乗り心地は良くて安定しているのだが、ワルキューレと頼華ちゃん以外は乗馬での速い移動に慣れていないと思い、これ以上の速度アップは控える事にした。


 そんなに急がないでも地形を無視して現在の速度を維持して進めば、一時間ちょっとで大坂に到着する。


「ブリュンヒルドさん。グラーネと他の馬達はこのくらいの速度だと、連続でどれくらい駆けられますか?」

「この程度の速度でしたらまだ余力がありますから、一、二時間は大丈夫です」

「わかりました」


 途中で一度くらい休憩を入れようかと考えていたが、どうやら大坂に直行してしまっても問題は無さそうだ。

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