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ブーメラン

「それで、そっちの三方に伸びてる奴も、やっぱり戻ってくるのか?」

「うん。試しに白ちゃんがやってみる?」


 俺は三枚羽のブーメランを、白ちゃんに差し出した。


「う、うむ。投げ方としては、主殿がやったような感じで良いのか?」

「うん。石とかを投げるのとはちょっと違うから、最初は上手く行かないかもしれないけど」


 つい慣れている投げ易いフォームでブーメランを投擲すると、角度がつかずに戻ってこないかもしれない

ので、失敗しても気にしないように白ちゃんに言い含める。


「とりあえず、あんまり力は要らないから。まあ、白ちゃんなら二、三回で出来るようになると思うけどね」

「俺をおだててどうするんだ? とにかくやってみるか」


 的を狙って当てるとかでは無いのに、白ちゃんが少し緊張気味だ。


「はっ!」


 シュルシュルシュル――


 回転しながら風を切るブーメランは、心配そうだった白ちゃん目掛けて戻り、見事に手でキャッチされた。


「ふぅ。なんとか上手く戻せて、掴めたな」

「お見事」


 お世辞では無く一度で投擲のコツを掴み、しかも三枚羽のブーメランをキャッチ出来る白ちゃんは流石だ。


「よし、遥。お前もやってみろ」

「は、はい!」


 白ちゃんが差し出した三枚羽のブーメランを、やや緊張気味の遥君が受け取った。


「遥君。あっちの蔵のに向けてやってみようね」


 上手い具合にブーメランが弧を描いて手元に戻ると良いのだが、まだ慣れていないと失敗する可能性が低くない。


 蔵ならば遥君の腕力で投じた木製のブーメランが当たったとしても、大した被害は出ないだろう。


「わ、わかりました。えいっ!」

「「あ」」


 フライングディスクと同じ要領だと思ってしまったのか、遥君はブーメランを角度をつけずにフラットな回転をさせてしまったのだった。


 俺と白ちゃんはブーメランの軌跡を目で追いながらも、どういう結果になるのかがわかるので、思わず声を出してしまった。


 カンッ!


「あ」


 乾いた音を立てて蔵の石組みの基礎に当たったブーメランは、遥君が声を発した直後に地面に落下した。


「う、うーん……角度が無かったのと、ちょっと思いっきりが良くなかったかな?」

「そうだな。遥、もっと力を込めて投じても大丈夫だぞ」

「は、はいっ! 俺、取ってきます!」

「あ……」


 取りに行く前に、鉤型の方のブーメランを投じて貰おうかと思ったのだが、俺が呼びかける前に遥君は駆け出してしまった。


「む? 主殿、何を作っているのだ?」

「大した物じゃ無いよ」


 俺が手の平の上で蜘蛛の糸を操っているのを見て、白ちゃんが声を掛けてきた。


「それは……弓懸(ゆがけ)か?」

「ちょっと違うけど、まあ似たような物かな。よし、完成、っと」


 大体思い描いた通りの物が出来上がったので、俺は糸を切り離して完成品を両手で広げてみた。


「遥君。今度はこれを手に付けてからやって御覧」

「これは……」

「これを付けてれば、返ってきた時に受け止めても、手が痛くならないよ」

「は、はいっ!」


(やっぱり、手で受け止めるのが怖くて、力を入れられなかったんだな)


 投げっ放しのフライングディスクとは違い、回転運動をしながら飛んで戻ってくるブーメランを初めて見て、恐らくは遥君の心に恐怖が芽生えてしまったのだ。


 そんな遥君の恐怖心を少しでも無くす為と、手への負担を減らす為に作ったのが、蜘蛛の糸で作ったプロテクターだ。


 プロテクターは白ちゃんが言った弓懸(ゆがけ)と言うよりは、指先が空いているミトンといった形状をしていて、手首のところを縛ってずれないようにした。


 指先が出ているのでブーメランを握り易く、手の平の部分を厚めに作って、キャッチに失敗しても痛くないような構造になっている。


「これで良し、と。さあ遥君、失敗しても構わないから、思いっきりやってみようか」

「はい!」


 俺が手首の辺りで結んでプロテクターを固定すると、やる気に満ちた表情になった遥君が元気良く返事をした。


(さあて、今度はどうかな?)


 遥君は、投擲する前の動作を何度も行っている。


「……行きます。えいっ!」


 やがて、決意を表情に浮かべた遥君は、さっきとは打って変わって、力強く腕を振ってブーメランを投擲した。


(お……)


 声には出さずにを見守っていると、遥君が投擲したブーメランは綺麗な弧を描いて戻ってきた。


「……あ」


 上手い具合に遥君の顔くらいの高さに戻ってきたブーメランだが、前に出した手に当たりはしたものの、掴み取るのには失敗して地面に落ちてしまった。


「す、すいません、主人!」

「なんで謝るの? 今回は上手く飛ばせたと思うんだけど」

「で、でも、せっかくこんなのまで作って貰ったのに、取るのを失敗しちゃって……」

「これは遊びなんだから、気にしないでもいいんだよ。それに、いきなり成功しちゃったら、上手くなる楽しみが無いでしょ?」


 無論、上手く投擲とキャッチが出来れば、嬉しいし気分も良いと思うのだが、この手の遊びは何度もトライアンドエラーをする事自体が楽しいという面もあるのだ。


「でも……」

「上手く戻ってきたのを捕まえられるようになったら、今度は遠くの的に当てるっていう遊びも出来るんだから、まだそれだけ楽しむ余地があるって事なんだよ」


 遥君の表情には、不満では無く俺に対して申し訳ないという気持ちが出ているので、気分をほぐしてあげられるように、努めて明るい口調で説明した。


「これは遥君にあげるから、今日から勉強や手伝いの合間に遊ぶといいよ」


 まだ遥君は小さいので、多少は遊びに重きを置いても良いと思うのだが、あまり勉強とかを疎かにしていると、俺が甘い顔をしても他の年長者から雷が落ちる可能性が高い。


「ほ、本当に俺が貰っちゃってもいいんですか!?」

「うん、勿論。でも、みんなと一緒に遊んでね。独り占めは駄目だよ?」

「はい!」


 嬉しそうに返事をした遥君は、ブーメランを大切そうに抱えた。


(これは、結局は全員分を作る事になりそうだな……)


 俺とした約束を遥君は守ってくれると思うのだが、渡したブーメランは自分の物だと思っているだろう。


 俺としては里の子供達の共有の遊具と思って作ったのだが、今更それを言って遥君が納得してくれるとしても、悲しませてしまう事になりそうだ。


(まあ、大した労力じゃ無いから、合間を見て作るか……あ、もしかしてブラシも?)


 里で作った風呂掃除用のブラシも、もしかしたら共有物だと思われていない可能性を考えると、人数分が必要に……ちょっと頭が痛いが、考えてみればサウナの方とかにも掃除用具は必要なので、遅かれ早かれ作らなければならなかったのだと思い直す。


「ところで主殿」

「ん?」

「あれはなんという名称なのだ?」

「あれって、あれ? えーっと……外国の道具でブーメランって名前だけど、確か『飛去来器』とかって和名もあった筈だよ」

「ほう」


 昔は何にでも和名を付けていたので、ブーメランも『飛去来器』と訳されていたのだが、それを告げると納得したのか、白ちゃんが感心している。


「成る程、飛び去って戻って来るから『飛去来器』か」

「良く考えてあるよね」


 それっぽく当て字だけをして和名にしてある場合もあるのだが、ブーメランの場合はその動きの方を由来にしてあるようだ。


「さて、そろそろ昼の支度に戻ろうか」

「そうだな」

「え……は、はい!」


 白ちゃんは俺の言葉に直ぐに同意してくれたが、遥君はもう少しブーメランの練習をしたかったのか、返事までに少し間があった。


 普段は里の子供達は聞き分けが良いどころか良過ぎるくらいなので、遥君のこういう反応は逆に子供らしさが出ていて嬉しくなってしまう。


「遥君。お昼を食べたら片付けは、今日は洗い物を手伝わなくてもいいよ」

「あ……はいっ!」


 一瞬、俺が何を言っているのかわからないという顔をした遥君だったが、意味を理解した瞬間にパァッと表情を明るくして返事をしてくれた。



「それじゃ、うどんの方は二人に任せるから」

「うむ。同じ長さに切って、打ち粉をしておけば良いのだな?」

「うん。遥君もお願いね?」

「はい!」


 寝かせておいた生地を延ばして切る作業は、白ちゃんと遥君にお願いする事にして、俺は他の調理に専念する。


 延ばすのと切る作業をするのに製麺機を出したので、多少の力と引き換えに技術は要求されないのだが、とにかく量が多いので何よりも根気が必要とされる。


「では遥。俺が支えてやるから、お前が取っ手を回せ」

「はい! 白姉さま!」


 白ちゃんに背後から抱えられた遥君が、小さな身体をいっぱいに使って製麺機のハンドルを回す光景は、年の離れな姉弟のようで非常に微笑ましく映る。


「さて」


 いつまでも白ちゃんと遥君を見て和んでいると、みんなの空腹が限界を迎えてしまうので、俺の方も作業を開始した。


「先ずは鍋で湯を沸かして、っと」


 うどんを茹でる為の湯を大鍋で沸かしてる間に、鉢に塩、醤油、酒、生姜、にんにく、砂糖を入れて混ぜ、そこに細切りの牛肉を入れて漬け込む。


 鉄鍋に牛脂と少量の胡麻油を入れて熱し、下味をつけた牛肉を強火で炒めて、仕上げに胡麻を掛け回しておく。


「主殿。初回分が出来上がったぞ」

「有難う。それじゃ早速茹でちゃおうかな」


 焼いた肉が冷めないようにドラウプニールに仕舞い、白ちゃんから受け取ったうどんを沸騰してきた大鍋の湯に投入した。


「よし。遥、良くやった。お前は少し休んでろ」

「わかりました! ふぅ……」


 二度目の製麺が終わったところで、白ちゃんは小さく溜め息を吐く遥君を床に下ろした。


 製麺機は手打ちと比べれば圧倒的に楽なのだが、それでも意外と力が要求される。


 遥君は意地を張ってもっと作業を続けると言い出すかと思ったのだが、どうやら白ちゃんの言葉をすんなり受け入れるくらいには身体に負担が掛かったようだ。


「主殿。次の分が出来上がったが」


 白ちゃんが大きな皿に載せられた、打ち粉の終わったうどんを示した。


「有難う。昼食で出す分はこれくらいで良さそうかな。残りは保存しておく分にしよう」


 白ちゃんが渡してくれた二回分のうどんで、今日の昼食の分は誰かがお代わりをしても足りそうなので、残りは予定通りに保存食の扱いにしようと思う。


「それでは、俺は残りを切ってしまうとしよう」

「頼むよ。そろそろいいかな?」


 初回の分のうどんがそろそろ茹で上がりそうなので、笊を用意してそこに鍋の湯ごと流し込むと、大量の湯気が上がった。


 桶に汲んだ水でうどんを洗うのだが、里のように厨房に流水は無いので、水が温まってぬめりが出たところで桶から捨て、ドラウプニールで空気中から水を術で冷やしながら桶に溜めて作業を続ける。


 洗い終わったうどんを笊で水切りして、二度目の茹で用と温め用の鍋で湯を沸かし始めた。


「主殿。こっちはそろそろ終わるから、良ければ手伝うが?」

「それじゃ白ちゃんには、茹でるのをお願いしようかな」

「うむ。任せてくれ」


 綺麗に切り終えて打ち粉をされたうどんは、後で仕舞う事にしてとりあえずは作業台に置いたままで、白ちゃんには二度目の茹でを担当して貰う事にする。


「主人! 俺も何かお手伝いします!」

「そう? じゃあ遥君は、丼と箸を用意してくれるかな」

「はい!」


 もう少し休んでくれていても良いのだが、遥君のやる気を削ぐ事も無いので、食器類の用意を頼んだ。


「主人! 丼とかはどこに置けばいいですか?」

「有難う。一つずつ俺に渡してくれるかな」

「はい!」


 遥君が手渡してくれる丼を鍋の湯で温め、洗った後で温め直したうどんを盛り付けてから、ドラウプニールに収納するという作業を繰り返す。


「主殿。そろそろかと思うのだがどうか?」

「そうだね。いいと思うよ」


 水で洗って締めるので少し長めに茹でても良いのだが、それでも十分に火は通っているので、うどんを出す事にした。


「洗うのも俺がやろう」

「助かるよ」


 うどんを洗うのを白ちゃんに任せたので、温めと盛り付けに専念出来る。


 一回目に茹でた分で、普通の量の五人前くらいあったので、盛りが少なめの子供達の分を考えると、二度目の分を合わせれば笹蟹(ささがに)屋に滞在している全員の分とは別に、何人かがお代わり出来る程度の量がありそうだ。


「洗いと冷やしが終わったぞ」

「有難う。受け取るよ」


 何度か上下させて水を切ったうどんを白ちゃんから受け取り、初回分を温め終わった鍋の中に投入する。


「白ちゃん。悪いんだけどブルムさんに昼食だって伝えてきて欲しいのと、天后(てんこう)さんの分を持って行ってくれるかな」

「ん? 天后(てんこう)は俺達と一緒に食わんのか?」


 白ちゃんから、尤もな質問が来た。


天后(てんこう)さんは店番をしてくれるから、俺達と一緒には食べられないんだよ」

「ああ、成る程な。承知した」


 天后(てんこう)の分だけ丼にうどんを盛り付けてつゆを注ぎ、付け合せや薬味などを載せた小皿と箸を用意して白ちゃんに運んで貰う。


「白ちゃん。運び終わったらそのまま居間に来てね」

「承知した」


 盆に丼その他を載せた白ちゃんは、暖簾をくぐって厨房から出て行った。


「遥君、俺達も行こうか」

「はい!」


 人数分の丼への盛り付けが終わった俺は、残りを笊のままドラウプニールに収納すると、遥君と一緒に居間に向かった。



「それでは、頂きます」

「「「頂きます」」」


 ブルムさんの号令で昼食を開始する。


「鈴白さん。これはこちらの具や薬味を自分で盛り付けるんですね?」

「ええ。具材の方に味付けがしてあるので、それでも足りない感じでしたら塩や唐辛子を入れてみて下さい」


 丼の中身はうどんと、薄味に調節した牛骨のつゆ、そしていちょう切りにした大根だけだ。


 そこにもやし、水菜、細切り大根のナムルと、少し濃い目に味付けして焼いた牛肉を自由に盛り付け、薬味のおろし生姜と葱を入れて食べる。


 牛骨の出汁を使って具材がナムルなので、うどんというよりはビビン麺とかに近いのだが、味付けにコチュジャンなどを使っていないので全体的にマイルドだ。


 子供達が食べる事を考えてナムルや肉などは辛くしないで、唐辛子などを後から入れる方式にした。


「ほう。では私は全部を少しずつ載せて、葱と生姜を多めに……おお! 薄味ですが、なんとも力が出そうな感じがしますな」

「長い時間煮込んだりはしていないんですが、牛骨は強いですね」

「ははぁ。これは牛骨の味ですか。同じうどんなのに、鰹や昆布のつゆで食べるのとは、別の料理にすら思えますね」

「そうかもしれませんね」


 ブルムさんの言う通り、鰹と昆布の出汁を使っていないだけで、うどんなのに和のイメージがかなり薄い料理になっている。


「む。主殿の言ったように、具材を少し入れて味を見てからで無ければ、塩や唐辛子を入れると濃くなり過ぎそうだな」

「その辺は好みの問題だけどね」


 牛肉だけでは無く、ナムルの方も単品で食べられる程度の味付けになっているので、つゆに入れて一緒に食べている内に、人によっては塩や唐辛子での味の調整が必要無くなるくらいには濃くなるかもしれない。


 白ちゃんの場合はブルムさんと比べると、付け合せの肉もナムルもかなり控えめの量を載せて、味の変化を確認していた。


「俺は主殿の言う事を聞いたので大丈夫だったが、頼華や黒なら、最初から具材や薬味をどっさり入れそうな気がするんだがな」

「あー……」


(頼華ちゃんと黒ちゃんは不本意に思うかもしれないけど、白ちゃんへの反論は難しいな……)


 頼華ちゃんと黒ちゃんの二人共、初めての食材や調理法だった場合を別にすると、俺の料理に信頼を寄せてくれているのだが、逆にその所為で自分の好みの味付けの物、今回で言えばナムルや牛肉などを最初から好きなだけ盛り付けて食べる可能性が高い。


 そこに更に、普通にうどんを食べる時と同じ様に薬味や唐辛子を入れると……食べられなくは無さそうだが、後で凄く喉が渇く事になりそうな気はする。


「……うん。(ほむら)君のうどんもおいしかったけど、遥君のも負けないくらいおいしく出来たね」

「あ、有難うございます!」


 決して硬いのでは無く歯を押し返してくるような弾力のある、お世辞では無く見事な出来のうどんになっている。


「昨日もうどんだったのか?」

「なんか今週は、昼は麺類って感じになっちゃってね。うん、牛骨は悪くないな。入手が難しく無ければなぁ」


 縁があって江戸の徳川家の頭領である家宗様から、御厚意で頂けている牛肉と牛乳だが、定期的に入手出来る訳では無いのが難点だ。


「そういえば主殿」

「ん?」

「徳川の頭領から押し付けられた牛の乳はどうする?」

「あー……」


 そういえば、そんな物があったのを忘れていた。

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