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親バカ

「こんにちわー」

「おや鈴白さん、いらっしゃい」


 萬屋の店主、ドワーフ族のドランさんが、髭面に笑顔を浮かべて迎えてくれた。


「黒ちゃん、白ちゃん。こちらこのお店、萬屋の店主さんのドランさん。色々良くして貰ってる人なんだ。御挨拶して」

「おう! 黒です! 宜しく!」

「白という。主殿が世話になっているのなら、俺が世話になっているのも同じ。宜しく頼む」


 多少態度や物言いに問題はあるが、二人は俺の言う通りにドランさんへ挨拶した。


「今日はまた、可愛らしいお嬢さんと、綺麗なお嬢さんをお連れで。あの時のお嬢さんとは、もう別れてしまったんですか?」

「ちっ、違いますよ!? それに、あの人とも、この二人とも、そういう関係では……」


 ドランさんの言葉に、つい取り乱してしまった。


「ああ。それは失礼しました。でも、あのお嬢さんの方は、どう見ても鈴白さんに……それに鈴白さんの方でも、随分と高価な品をプレゼントされていたじゃないですか」


 この店に同行してもらった時に、おりょうさんに鵺の革の靴をプレゼントしたのをドランさんは知っているし、この間買った二着の外套の内の一着が、誰の物になっているのか察しているのだろう。


「あれは……お世話になった感謝の品です」

「そうですか。詮索するような事を言って、申し訳ありません」

「いえ……」


(いっそ「全員俺の女だ!」とか言えれば楽なんだろうか……って、無理無理)


「それで、今日はどういった御用向きですか?」


 バカな事を考えていたが、俺はドランさんの言葉で現実に引き戻された。


「えーっと、どの話から始めようかな……まずは石鹸からかな」

「良ければ中でお掛けになって話しませんか? どうぞ」


 ドランさんが笑顔で店内を示す。


「あ、そうですね。お邪魔します。二人とも中に入ろうか。勝手に商品とかに触らないように、気をつけてね」

「おう!」

「承知した」



「石鹸は、お気に召しましたか?」

「ええ。良過ぎて、色んな所から引き合いが来ましてね」


 ドランさんに勧められて、小さなテーブルを囲んで全員が椅子に座り、話を始めた。


「引き合い、ですか?」

「ええ。ドランさん、実はですね……」


 俺は石鹸を使ってもらって、周囲の人達、特に鎌倉の源家の奥方様、雫様に気に入られた事を話した。


「それで、予想以上に消費量が多いので、俺個人で追加で買いたいのと、源の奥方様から購入の要望がありまして」

「み、源の奥方様からですか?」


 ドランさんが驚きに目を見張る。


(まあ、そりゃ驚くよな……なんて、他人事のように考えている俺も、当事者なんだけど)


「いまのところ、石鹸の在庫はどれくらいありますか?」

「そうですね……先日お売りした、百個入りの物があと三箱です」

「では差し支えがなければ、それは全部俺が買い取ります」

「わかりました。追加の発注をしておきますのが、どう急いでも次の入荷は二ヶ月後くらいになりますので、その点は覚えておいて下さい」

「わかりました」


(手持ちは使ったり配ったりで、残りは五十個くらいだから……一箱を俺が持っておいて、二箱を雫様に届ければ、当面は大丈夫だろう。雫様の消費量がどれくらいかはわからないけど)


 多少の不安は残るが物自体が無いので、これ以上は考えても無駄だ。


「もしも、ドランさんの方で試してもらいたかったり、売り込みたい商品があるようでしたら、俺が仲介しますから言って下さい」

「それは、私の方としましては非常に助かりますが……鈴白さん、源の奥方様とお知り合いだったのですか?」

「ええ。ちょっとした御縁で……」


 頼華ちゃんとの遭遇からの一連の出来事は、長くなるので割愛しよう。


「ところで鈴白さん。間違っていたら申し訳ないのですが……」

「どうかしましたか?」


 何やら、ドランさんが黒ちゃんを不思議そうに見ている。


「いえね、私も客商売なので、人の顔を覚えるのには自信があるのですが、そちらの可愛らしいお嬢さんの顔に見覚えは無いはずなのですが、どうも初めて会ったような気がしなくて……」

「あー……」


 ドランさんには、自分の手掛けた靴の材料の革の元になっている黒ちゃんから、何かを感じているようだ。


「あの、ドランさん、実はですね……」

「?」


 あまり広める事では無いとは思うが、今後は源家とも取引を始めるだろうドランさんには、ある程度事情を知っていてもらう必要があると思って、俺は黒ちゃんと白ちゃんの事を説明し始めた。


「私も、旅の途中で色々なモンスターと戦いましたが……妖怪変化とは言いますけど、この可愛らしいお嬢さんと、綺麗なお嬢さんがねぇ」


 驚いたと言うよりは呆れたような顔で、ドランさんは店内の商品を物色している黒ちゃんと白ちゃんを見つめている。


「まあ、そう思いますよね……黒ちゃん、ちょっと来て」

「なんだ御主人?」


(それ程驚かせる事も無く、それでいてドランさんにわかり易い形で黒ちゃんが元は鵺だとわかるようにするには……)


 いきなり目の前で、本来の鵺の姿になってもらうのはドランさんへの刺激が強すぎると思うので、ちょっと考えてから黒ちゃんへお願いした。


「尻尾を見せてくれる?」

「おう!」


 俺の願いを聞き届け、背中を向けた黒ちゃんは、蛇の尻尾をお尻から生やした。


「噛まないように注意して、ドランさんに見せてあげて」

「おう! 触ってもいいよ!」

「こ、これは! 実体があるので、幻術の類では無さそうですね……いや、こんな子が鵺の正体だったとは、驚きました」


 鎌首をもたげて、舌をチロチロ出す蛇の頭を撫でながら、ドランさんは俺と黒ちゃんを交互に見ている。


「あの、身体をバラバラにして、靴に加工した私に復讐しに来たとかじゃ無いんですよね?」


 少し不安そうに、俺と黒ちゃんへドランさんが視線を送ってくる。


「それは……どうなの、黒ちゃん?」


 違うとも言いきれない思ったので、俺は黒ちゃんの方を見た。


(あ、でも、復讐したいって言い出したり……しないよね?)


 少しだけ心配たが、いざとなったら白ちゃんと二人がかりで止めよう。


「復讐? こんないい御主人に売ってくれて、感謝してるぞ!」

「普通は、どんな形でも売られたら、怒るもんじゃ無いの?」


 丸く収まりそうだったが、思わず俺の口から疑問が出た。


「良くない者に買われてたら、怒ったかもな!」


 黒ちゃんの物の考え方は、恐ろしい程シンプルだ。


「という訳で、誰にとっても良い取引だったようです」


 結局、俺の方でもそんな風に結論付けるのが良さそうだと思って、ドランさんへそう告げた。


「そうですか……黒ちゃん、白ちゃん、お菓子は好きかね?」

「お菓子!?」

「まだそれ程食べた事が無いのだが……」


 人一倍食事をした後に、お客さんから貰ったお菓子も残さず食べたというのに、ドランさんの言葉に黒ちゃんの目の色が変わった。白ちゃんの方は、人間体になってからの事を真剣な表情で振り返っているみたいだ。


「ちょっとお待ち下さいね」


 店の奥に行ったドランさんは、五分程待つと盆に色々載せて戻ってきた。


「ちょっと懐かしくなって作ってみました。口に合えばいいですけど……」


 人数分の取っ手付きの茶器に、急須では無くティーポットから鮮紅色のお茶が注がれる。


「これは……もしかして紅茶ですか?」

「ご存知ですか? そうです、紅茶(ブラックティー)です」


(そういえば、紅茶は日本風な呼び方で、本当はブラックティーっていうんだっけ?)


 俺が記憶を呼び起こしている間に、小さなテーブルの上に各自の分のソーサーに載ったカップと、お世辞にも形の良くない、クッキーのような物が出された。


「どうぞ。レープクーヘンです」


 目の前に置かれた皿の上の、歪な円形のクッキーのような物からは、甘い中にスパイシーな香りが混じっている。


「ふぉぉ……ご、御主人、これ食べていいのか!?」


 レープクーヘンを凝視し、涎を垂らさんばかりの黒ちゃんだが、それでも俺の許可が出るまで根気強く待っている。


「ちゃんとドランさんに、頂きますって言ったらね」

「うん! ドランさん、頂きます!」

「俺も頂こう」

「頂きます」

「どうぞ、召し上がれ」


 目を細めるドランさんの前で、黒ちゃんは猛然とレープクーヘンを手に取って齧りついた。俺と白ちゃんも食べ始める。


「へぇー……こんなのを手作りするなんて、ドランさんは料理が上手なんですね」


 一口食べると深い甘さの中に、蜂蜜と香ばしいアーモンドと香辛料の風味が広がる。


(レープクーヘンって、確かヘンゼルとグレーテルのお菓子の家の素材だったっけ? これでもクッキーとかじゃなくて、ドイツではケーキに分類されるんだよな)


 日本のお菓子には無い風味は、紅茶に良く合った。


「よして下さい、こんな物で……旅を快適にするには、何事も自分で出来ませんとね。ほら、残りもお上がりなさい」


 謙遜したドランさんは、残っていたレープクーヘンを俺達三人に勧める。


「それにしても、この子が……」


 ハグハグと、幸せそうに口へレープクーヘンを頬張っている黒ちゃんを見ながら、ドランさんが嘆息した。


「言うなれば、黒ちゃんはドランさんの娘みたいな物ですよね」


 自分の作品を子供だと考えれば、黒ちゃんは間違い無くドランさんの娘という事になる。


「娘? そうか。娘か……」

「ならば、俺もドラン殿の娘か?」

「えっと……そうなるのかな?」


 表情の変化は少ないが、追加で貰った分のレープクーヘンも黙々と食べていたので、白ちゃんのお気にも召したようだ。


(俺の方でも黒ちゃんと白ちゃんの詳しい関係はわかってないんだけど……姉妹みたいなもの、で、いいのかな?)


「そうかそうか。お嬢さんも私の娘か。ならば二人共、今後は遠慮無く遊びに来なさい」

「そうか。親というのが良くわからんが……ならば今後は、親父殿と呼ぼう」


 エーテル生命体みたいな存在には親子という概念が無いのか、白ちゃんは首を傾げたが、ドランさんとの関係を否定する事は無いみたいだ。


「あたいは、とーちゃんって呼んでいいか?」

「おうおう。好きに呼びなさい。では私も、黒と白と呼ぼうかね」


 すっかり好々爺と化してしまったドランさんは、黒ちゃんと白ちゃんにデレデレだ。


「えっと……ドランさん。話の続き、いいですか?」

「おっと! じゃあ二人は、話をしている間は、好きに店の中を見ていなさい」

「おう!」

「わかった」


 席を立って、それぞれ興味を惹かれた物を見に歩いていく二人を見ているドランさんからは、笑顔が消える事は無かった。



「では肉の方も、少しは供給してもらえそうなんですね?」

「ええ。でも鎌倉の奥方様が、猪肉を揚げた物に御執心でして……」

「ふむ。シュニッツェル(カツ)は、うまいですからね」


 ドランさんの言うシュニッツェル、カツレツは肉に衣を付けて揚げ焼きにした物なので、俺が雫様に作った、天ぷらのようにたっぷりの油で揚げた物とは異なるのだが、そこは重要では無いのでスルーした。


「場合によっては、狩りに出る事も考えてます」


 俺自身も肉のストックは必用なので、消費によっては狩猟をしての補充も考えなくてはならない。


「いっそ、猪や鹿を捕まえて、繁殖させる事も視野に入れる必要があるかもしれませんけど」

「……奥方様は、そんなにですか?」

「ええ……」


 多分だが、猪の繁殖プランを立案したら、雫様は乗ってくると思う。


「繋養した物と野生の物では味や質が違いますが、安定供給はされますね。もし実行に移す場合には、私も一口乗りますよ」

「ドランさんまで!?」

「そりゃあ、ねえ? いっその事、鈴白さんの主導で、牛や羊なんかも繁殖させてくれませんか?」

「土地も持っていない人間に、随分と無茶を言いますね?」


(でも、肉食への意識も、俺の知っている江戸時代とは少し違うみたいだし、考える余地はありそうだな……)


 個人レベルでは難しそうだが、源家に協力して貰っての長期計画なら、産業としても見込めそうな気はする。


「ポンプの件では協力を取り付けられたみたいですし、あながち荒唐無稽な話でも無いと思いますが?」

「うーん……話すだけは話してみます」


(仮に実現するとなると、大規模な巻狩りで、獲物を殺さずに捕獲か……俺一人じゃ無理だけど、黒ちゃんと白ちゃんがいれば不可能では無いかな?)


 ドランさんへは否定的な事を言ったが、羊や山羊の調達も含めて、頭の中ではプランを構築し始めていた。


「じゃあ石鹸が入荷したら、黒ちゃんか白ちゃんに言付けて下さい。俺もちょくちょく顔を出すようにしますけど」

「わかりました」

「それと、この間買った外套なんですが、在庫があれば追加で買いたいんですけど」

「ほう? お気に召してもらえましたか?」

「ええ。それで、黒ちゃんと白ちゃんの二人と、他に目立たないようにしたい知り合い……ドランさんには話しておいた方がいいか。詳細は省きますけど、実は源のお姫様が、お忍びで江戸に来てましてね」

「えっ!?」


(まあ、普通は驚くよね)


 ドランさんの反応を見て、俺は心の中で独り言ちた。


「上手い具合に街中では目立たずに行動出来ているんですが、鎌倉と江戸の行き来の時に、人目につかないに越した事はないので」

「ああ、そういう事ですか。ちょっとお待ちを……」


 使い終わった茶器や皿を載せた盆を持って、ドランさんは店の奥へ歩いていった。黒ちゃんと白ちゃんは、と思って首を巡らせると、店内に置かれた雑多な物を、興味深そうに見たり手に取ったりしている。


「お待たせしました」


 ドランさんは、手に三枚の外套を抱えて戻ってきた。


「以前にお売りした物と同じデザインですが、色違いです」


 ドランさんの言う通り、俺の薄い灰色とおりょうさんの濃い緑の物とデザインは同じだが、艶の無い黒、濃い灰色、濃紺の三色だ。


「では、代金を……」

「おっと。鈴白さん、一枚はお買い上げ頂きますが、後の二枚は……黒、白、おいで」


 店内をうろうろしていた黒ちゃんと白ちゃんを、ドランさんが呼び寄せた。


「おう!」

「なんだ、親父殿?」

「これは私からだ。良かったら使いなさい」


 黒ちゃんに黒い物を、白ちゃんに濃い灰色の物を、それぞれ手渡した。


「ドランさん!?」

「鈴白さん。父親らしい事をさせて下さい」

「し、しかしですね……」


 幾らするのか知っているので、はいそうですかと了承するのは難しい。


「その代り、娘達の事を、くれぐれも宜しくお願いします」


 ドランさんが、俺に向かって深々と頭を下げてきた。


「その点に関しては、ドランさんに言われるまでもありませんが、俺に出来る限りの事はします」

「信頼していますよ。もう鈴白さんも、私にとっては息子のような物ですからね」

「いつの間にそんな事に!?」

「娘が主人、主と言っているのですから、ねえ?」

「そ、それは……」


(考えてみれば、俺が靴を買った時点で、嫁に出したんだと言われても……)


「わ、わかりました……俺の方の接し方は変えませんけど、今後も宜しくお願いします」


 これ以上抵抗しても墓穴を掘るだけになりそうなので、ドランさんの言う事に従っておく事にする。


「ええ、ええ。どうぞ今後も御贔屓に」

「凄いなこれ! 見た目には白の姿が捉え難くなったぞ!」

「ふむ。こういう物を技術的に作り出せるのか……」


 ドランさんの対応に戸惑いっている俺を他所に、黒ちゃんと白ちゃんは、貰った外套の着心地や性能を検証している。



「ほら、これも持っていきなさい」


 話を終えて店先に出たところで、ドランさんが黒ちゃんと白ちゃんに、俺には見覚えのあるガラス容器を手渡した。


「これは?」

「金平糖っていうお菓子だよ」

「お菓子!」

「まだあるから、食べ終わる前に、また遊びに来なさい」

「おう!」

「承知した」


 黒ちゃんは見た目にも嬉しそうに、白ちゃんは淡々とドランさんに返事をしている。


「ドランさん、そんな事を言うと、明日にでも来ますよ?」

「ふふふ。それが狙いですからね!」


 何故か自慢げな口振りで、ドランさんが不敵な笑みを浮かべる。


(言い切っちゃったよこの人!)


 故郷を離れて遠い異国の地で暮らしているのだから、親と慕う可愛らしい二人に来て欲しい気持ちはわからなくもないが、だからって食べ物で釣らなくても、とは思う。


「……鈴白さん、白の好きな物はなんでしょうね?」

「それは俺にも……とりあえず咖喱(カレー)は苦手になってしまったみたいです」


 小声でドランさんが訊いてきたので、俺も小声で応えた。でも、二人には聞こえてそうだけど……。


「成る程。調査が必用ですね……」

「あの、そんな事しなくても、遊びには来ると思いますよ?」


 俺の方でも行くようにと言うつもりではあるので、遠出しなければ二人がドランさんの元を訪ねる頻度が低くなる事は無いと思う。本当にいざとなったら、二人には界渡りという移動手段もあるし。


「いやいや。来てくれたなら、それはそれで歓待したいじゃないですか!」

「ははは……」


(これが親バカって奴か、とは思ったが、口には出さないでおこう)


「じゃ、じゃあドランさん、今日はこの辺で」

「とーちゃん、じゃあな!」

「親父殿、失礼する」


 挨拶をして立ち去ろうとした俺に、黒ちゃんと白ちゃんも踵を返そうとする。


「ああ、行ってしまうのか二人共……鈴白さんにイヂメられたら、いつでも私のところに来ていいんだからね?」

「イヂメたりしませんよ!?」

「はっ!? こ、これは失礼……鈴白さん、またのお越しをお待ちしてます」

「ええ。また……」


 ちょっと今後の付き合いを考えたくなったが、ドランさんは得難い存在なので、親バカの発言という事で納得しておこう。それはそれで問題なんだけど……。



「時間はまだあるけど、移動時間を短縮するかな……黒ちゃん、白ちゃん、ちょっと急ぐから、それぞれ武器に戻ってくれる?」

「主殿、街中ならばそれ程の移動速度は出さないだろう? ならば我らなら付いていけるぞ」

「そう?」

「おう! 御主人の全速力じゃなければ、なんとかなるぞ!」


 流石にと言うか、二人共人間形態でも、運動能力は優れているみたいだ。


「それじゃあ後から付いてきて。っと、目立たないように、さっきの外套を着てね」

「おう!」

「承知した」


 二人が外套を着たのを確認して、俺も自分の物を取り出して着用してから、薬研堀を目指して走り出した。



「着いたなっと……二人は?」


 走るのをやめて外套のフードを跳ね上げ、後ろを振って目を凝らすと、ほんの少しだけ景色が揺らいでいるのが目に入った。


「ううう……おいてけぼりにされるところだった……お腹減った」

「ぬ、ぬぅ。見失わないのが精一杯だった……」


 被っていた外套のフードを脱いだので、息を切らした黒ちゃんと白ちゃん二人の顔が現れた。事情を知らない人間が見ていたら、揺らぐ景色の中から突然、人が出現したように見えた事だろう。


「酷いぞ御主人! 街中では全速力は出さないんじゃ無かったのか!?」

「出してないんだけど……」


 思っていたよりも身体が自在に動くので、バスケットボールのオフェンスの様な感じで、街中を歩く人の間を縫うように移動したのだが、ちょっと調子に乗り過ぎたみたいだ。なんか涙目になってる黒ちゃんに猛抗議されてしまった。


「あ、あれで全速ではないとは、なんと恐ろしい我が主よ……」

「捨てられるのかと思ったよ! うわーんっ!」


 息を整える白ちゃんに袖口を掴まれ、盛大に泣き出してしまった黒ちゃんに抱きつかれる。


(目立たないように外套を着て走ったんだけどな……)


 走っている最中は目立たないという作戦はうまく行っていたはずだが、美女と美少女に動きを封じられている格好で、うち一人は大泣きしているんだから、嫌でも目立ってしまっている。


「ああ、黒ちゃん、泣かないで……俺が悪かったから」

「うぅー……あたい達を捨てたりしない?」


 涙で顔をグシャグシャにしながら、黒ちゃんが上目遣いに訊いてくる。


「最初から捨てたりしようなんて思ってないってば」


 突き放す訳にもいかないので、少しでも目立たないようにフードを被り直しながら、黒ちゃんを抱き寄せて頭を撫でてやる。


「よせ、黒。主殿の能力を見誤った我々にも落ち度があったのだ。これでは捨てられても仕方がない」

「やっぱ捨てられちゃうのーっ!? うわぁーんっ!!」


 泣き止みそうかなと思った黒ちゃんは、白ちゃんの話を聞いて危機感を抱いたのか、俺を逃すまいと懸命にしがみついて号泣した。


「白ちゃん……」

「む……すまん主殿。しかし、自らの未熟を感じているというのは本心だ」


 白ちゃんには都を騒がせた大妖怪としてのプライドみたいなものがあるのか、単純に人間である俺に追い付けなかったという事実が恥ずかしく感じているみたいだ。


「二人共、まだ人間の姿に慣れていないだろうから、未熟とか思わないでいいから。それと、この先どういう事になるにしても、二人だけは置いていかないよ」


 この世界に於いての黒ちゃんと白ちゃんの存在自体が、ある程度俺に依存しているので、死ぬかこの世界を去るかするまでは、二人を放り出したりする気がないというのは本心だ。


「……ほ、本当にぃ?」


 鼻をすすりながら、僅かに顔を上げた黒ちゃんが、恐る恐る俺に訪ねてくる。


「ほんとほんと。信じられないなら……観世音菩薩様か、八幡神様に誓おうか?」

「いや。そういう神仏に誓うよりは、我らの名付け親としての主殿として誓ってくれ」


(えーっと……どういう風に言えばいいのかな?)


 こういう場合は神仏に誓ってって言う方が、楽だし相手の信用も得られると思ってたので、咄嗟に何を言っていいのかが思いつかなかった。


「…汝等、黒雷、白雷は、常に我、鈴白良太と共にあり。そして我、鈴白良太は、常に汝等、黒雷、白雷と共にあり……こんな感じでいいかな?」

「「……」」


 即興で考えたので、どう受け取られるかとドキドキ物だが、二人からは何のリアクションも無く、ポカーンという感じの表情で、目を丸くして俺を見つめている。


(なんか思いっきり、結婚の誓いみたいな事を言っちゃったから、引かれたのかなぁ……)


 二人の視線と静寂が怖い、そう思っていたら、黒ちゃんと白ちゃんの表情が、ぱあっと明るくなった。


「おうっ! あたいはいつも、御主人と一緒だぜ!」

「そ、そこまで俺の事を想ってくれていたとは……とりあえずは、江戸が主殿の物となるように動くか?」

「動かないでいいからね?」


 黒ちゃんは日頃から明るい笑顔を見せてくれているけど、白ちゃんまでが今までに見た事が無いような、清々しい笑顔を浮かべている。話している内容は、非常に剣呑だけど……。


「これで、御主人か俺達のどっちかが死んでも、ずっと一緒だな?」

「うむ。後顧の憂いは全く無くなった。最早死地でも我らを止めることは出来ん」

「……へ?」


(も、もしかして俺、やっちまった……のか?)


 思い返せば常に共にありという内容には、一切の制限が入っていない。この世界で、とかだけでも入れておけば、俺が死ぬか元の世界に帰れば、二人は解き放たれたかもしれないのに。


(これだと、俺が死ぬか帰る時にうまくやらないと、二人を連れて行く事になっちゃうのか?)


 実体でも非実体でも黒ちゃんと白ちゃんの存在は、元の世界では持て余す事になるだろう。


「これからは御主人の言う事なら、何でも聞くからな! お菓子貰っても全……は、半分あげる!」


 半分に未練を残してしまう辺りが黒ちゃんらしい。しかし、この場合は俺が半分のお菓子に敗けた事を気にしたほうがいいのだろうか。


「我らに命じれば、この世界を手中に収めるなど容易いだろうに……主殿は欲の無いお方よ。いや、それとも、世界どころではない、もっと大きな物を……」

「俺にはそんな野望とか、無いからね?」


 黒ちゃんは俺の事は父親とか兄みたいな感じの慕い方をしてくれてるっぽいけど、白ちゃんの方は俺を魔王にでもして、その副官とかにでも納まりたいんだろうか? 支配とか、興味無いんだけどなぁ。


「よぉし! 御主人の用事を済ませよう!」

「時間を短縮するために急いだのというのに、主殿には悪い事をしてしまったな。では参ろうか」

「その前に、黒ちゃんは顔を綺麗にしないと」


 ついさっきまで泣いていたとは信じられない程の、お日様みたいな笑顔になった黒ちゃんだが、涙と鼻水で凄い事になっているので、俺は手拭いを取り出した。


「それには及ばないぜ、御主人!」

「ん?」


 俺の前で、一瞬だけ煙のようになった黒ちゃんは、次の瞬間にはまた実体化して目の前にいた。


「あれ、綺麗になってる?」


 半分くらい顔を覆っていた涙と鼻水は、綺麗さっぱり無くなっていた。


「おう! 非実体(エーテル)化すると、汚れなんかは全部無くなるんだ!」

「ああ、そうなんだ」


(非実体(エーテル)から実体化するのは、毎回身体を再構築しているって事なのかな? だったら理屈としては、汚れが無くなるというのは理解出来るな)


 一度身体が無かった事になれば、表面が汚れていようが関係無いだろう。


「だったら、お風呂なんかは入らないでいいだろうから、便利だね」

「風呂は風呂で入りたい! 御主人と一緒に!」

「そうだな。身体構造的に、主殿の背中を洗う者は必要だろう」

「え……い、いや、その為に手拭いとかもあるんだし」


 湯屋は男女混浴だけど、子供の面倒を見ている親とか以外で、洗うのを手伝うというのはあまり見た事が無い。お姫様な、自分を洗うという行為自体が良くわかってない頼華ちゃんは例外だけど。


「ずっと、一緒って言った……」

「だから、黒ちゃんはこんな事で泣かないでね?」


 それ程強く拒否をした訳では無いのに、黒ちゃんが目に涙を溜めている。


「俺の手如きでは、主殿の手拭い代わりにはならないか……な、なら、ささやかではあるが、この胸で……」

「いや、そういうのはいいからね?」


 既に内容が背中を流すのでは無く、別の種類のプレイに発展してしまっている。


「はぁ……とりあえず湯屋では各々が自分で身体を洗う。これは絶対ね? 大前の浴室か、他に人がいない場所でなら、背中を流してもらおうかな」

「おう! 今から楽しみだぜ!」

「承知した。では早速今夜にでも……」


 黒ちゃんはともかく、白ちゃんが不穏な発言をしているので、今夜は一人にならないように気をつけよう。

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