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おりょうさん

 入る時には気にしてなかったが、竹林庵というらしい屋号の蕎麦屋に戻った俺は、店主と交渉したおりょうさんの案内で、店の二階の六畳ほどの座敷に通された。床の間があり、座卓も座布団も中々上等そうな物が揃えられている。この部屋も、謎の照明で明るい。


「はぁー……なんか妙な展開になって疲れたなぁ」


 おりょうさんがお茶を淹れてくれてから部屋を出て行き、階段を降りていく足音が遠ざかると、長い溜め息と共に、そんな言葉が口から漏れ出た。


 湯呑みを片手に窓辺に腰を下ろし、街道を行き交う人々を何の気無しに眺めていると、ある事に気がついた。それは一般人にも武家らしい人の中にも髷、ちょんまげを誰も結っていないという事だった。適当に切ったという感じの髪型とも言えないヘアースタイルが多い。


 女性の方も江戸時代に流行ったような島田髷とか丸髷みたいな人はいないが、総じて長く伸ばしているように見える。


 そして驚いたのだが、ひと目でこの国の住民ではないと思われる金髪だったり茶色い髪の毛だったりする人が往来を行き交っていた。それもかなりの数。


 良く観察をすれば外国人だけでは無く、明らかに一般人とは身体的特徴が違う、エルフやドワーフと思われる者達までもが歩いていた。


「ん!?」


 そんな雑多な歩行者達、外国人らしい者達とエルフとドワーフと思われる者達の足元を見ると、履いているのは間違い無く靴だった。分類的には編み上げのブーツで、ロングタイプもショートタイプもある。

 

(これは、外国人向けの靴屋はあると見て良さそうか? 最悪でも、修理をしてるところはありそうだな……それにもしも市販品が無くても、オーダーなら……)


「それにしても、あれって何だったんだろう……」


 あれとは、スリの徳蔵が自分にぶつかって来た時に、危ないと思った瞬間、弾き飛ばしたようになった現象についてだ。


「んー……ヴァナさん、いいですか?」

「はい。なんでしょう?」


 俺が何も無い空間に向かって呼び掛けると、普通の人間サイズのヴァナさんが、座卓を挟んだ向かい側に現れた。和室に佇む欧風美人のヴァナさんは、背景との違和感が半端じゃない。


「あの、見ていたと思うんですけど、あのスリの人が、俺から弾き飛ばされてみたいになったあれって、なんなんでしょう?」

「ああ、あれはですねー、リョータ様の防御本能みたいな物が、現象となって発動したんですね」

「防御本能? でも、今まではそんな事は出来ませんでしたよ?」


 自慢じゃないが、自分には格闘技とか護身術みたいな物の心得は無い。しかし、あれは体術の類というよりは、まるでバリアーとかみたいだったが……。


「それはですね、この世界に来る前に、お身体の方をこの世界に合わせて再構成させて頂いた、というのはお話しましたよね?」

「ええ。もしかして、そのせいなんですか?」

「そうなんですが、実は私の方も驚いているのですよ……」


 ヴァナさんが言うには、俺にはこの世界で相当に肉体や精神を鍛え上げている人と同等の、内包する力があるらしい。その力を仮に「気」としておく。


「リョータ様には、何か心当たりはございませんか?」

「そう言われても……あ、もしかして」

「?」

「実はですね……」


 俺自身には、間違い無く体術なんかの心得は無い。しかしそれは、道場に通って教わった事が無いという意味である。


 オタク傾向、というよりは中二傾向が強かった俺は、漫画などで興味を持った中国拳法や気功なんかを、本やネットで情報を収集し、飽きもせずに数年に渡って独自に鍛錬を行なっていたのだ。


「あー、そういう事でしたか……リョータ様は『功夫(クンフー)』の概念はおわかりですね?」

「中国武術の考え方の、修業によって積み重ねられていく威力なんかの蓄積、で、いいんでしたっけ?」

「はい。元の世界では目に見えた形ではわかりにくい物ですが、こちらの世界では修行や実戦で得た経験が、成長として能力に反映しやすくなっています。先天的や後天的な要素で、個人差はありますけど」

「ははぁ……」


 中国武術は大雑把に分けると北派と南派に別れる。例外はあるが、北派は柔らかい動きで、長年に渡って内面を鍛え、南派は鋭く強い動作で、短期間に修行の成果が得やすい傾向がある。


 空手のように拳を固く鍛えるのは嫌だったし、実戦の機会なんか無い方が良いと思っていたので、なんとなく格好いいという、他人からしたら良くわからない、そして自分でも良くわからない理由で、それでも実戦向きだと言われている太極拳、八卦掌、八極拳なんかの基礎や、套路(とうろ)と呼ばれる型を、ひたすら繰り返した。


 まさかその成果が、こんな形で現れるとは思って無かったんだが……。


「それってもしかして、RPG的な?」


 訓練や実戦を重ねてレベルやスキル、パラメーターが上昇をするって事で良いのだろうか? 

 

 俺はヴァナさんに確認してみた。


「概ね、その考え方で間違っていません。ここのような人が多くて、犯罪などの取り締まりをする専門家がいるような場所では、それ程治安が悪くありませんけど、町の外はどうなっていると思います?」

「それは……普通に考えたら危険ですよね?」


 RPG的な考え方だと町から出て距離が長くなれば野盗やモンスターと遭遇しやすくなり、森や山岳地帯なんかに入れば更に脅威は増していく。


「ご想像の通りです。町の外で農業や猟で生計を立てていらっしゃる方は、御自身でそういった脅威を排除出来るだけの力を持っているという事です」

「スーパー農夫にスーパー猟師ですか……」


 だが確かに、畑を荒らす害獣もいれば、こっちの世界には妖怪なんかの、所謂モンスターも出没するのだ。RPGのNPCは戦闘力が無いという設定が殆どだが、実際には都市の外に住んでる開拓民にもある程度の戦闘力が無ければ、あっという間に全滅してしまうだろう。

 

「安全な町の外は脅威でいっぱいですから、旅をするだけでも危険ですので、そういう土地に住んでいる方達となりますと、相当な実力者であると思って間違いありません」

「成る程……」


 その考えで行くと、スリの徳蔵は荒事で生計を立たていたんだろうから、それを苦も無く制圧したおりょうさんは、見た目と違ってかなりの実力者って事か……元々そんな気はないけど、怒らせないように気をつけようと思う。


「その事と、この世界での統治形態によって、農夫や猟師、それに魚を捕る方の漁師は、かなり裕福な上に社会的地位が高いです」

「ん? それはどういう?」 


 イマイチわからずに首を傾げた俺は、ヴァナさんに訊いてみた。


「それはですね……あ! お話の途中ですが、失礼しますっ!」


 そう言うなり、ヴァナさんの姿は空間に溶けるように消え去った。同時に、階下から上がってくる足音が聞こえてきた。


「失礼します」


 外からひと声かけてから、作法通りに障子を開けて、おりょうさんが入ってきた。


「お腹減ったでしょう? あたしの仕事はまだ終わらないから、先に食事して、もう少し待っててね」


 おりょうさんは笑顔で、座卓の上へ幾つもの料理を並べていく。


「どうぞ、ごゆっくり」


 そう言い置いて、おりょうさんは部屋を後にした。



「これは……素朴だけどうまいな」


 俺は早速、おりょうさんの手で並べられた料理に箸をつけた。


 浅蜊のむき身と葱と豆腐の煮物、小松菜と海老を包み込んだ白玉の吸い物、味をつけたシャコを混ぜ込んだ品川飯など、素朴なメニューだが実に洗練されている。


 しかし、現代風の食事に慣れた人間にとっては、夕食の献立としては絶対的に脂っ気が足りなく感じる。


 食べ終わって食後のお茶を飲んで二時間ほど過ごしていると、仕事を終えたおりょうさんが部屋にやってきた。


「お待たせ、と言いたいところだけど、お腹が減ったからもう少し待っててね」

「ええ。俺の事は気にしないで、ごゆっくり」

「それじゃ遠慮なく、頂きます」


 おりょうさんは笑顔で、盆に乗せて運んできた自分の食事取り掛かった。


 湯気を上げる小鍋で煮えているのは浅蜊の剥き身とぶつ切りの葱だけで、他には大根の漬物があるだけだ。


 おりょうさんは鍋の中身を汁ごと茶碗のご飯にかけて食べ始めた。なんとも豪快で、気持ちのいい食べっぷりである。


「はぁ……おいしかった。ごちそうさまでした」


 実に満足そうな笑顔で、おりょうさんは両手を合わせた。


 手早く食器を盆に乗せて階下へ持っていくと、戻ってきて俺の湯呑みへお茶を淹れ直し、自分の分のお茶も淹れた。


「それで、あたしに訊きたい事っていうのは?」

「実は俺は、凄い田舎から出てきてまして、ここに限らず常識に疎いんですよ」

「うんうん。それで?」


 おりょうさんは頷きながら、興味深そうに俺の話に聞き入ってくれている。


「だから町中で言ったりやったりしたら駄目な事があるかもしれないし、必要な買い物をしたりするのに店とかも知らないんですよ」

「そういう事を、あたしに教えて欲しいって訳だね?」

「そうです。出来れば今日だけじゃなく、少しの間お願いしたいんですが、どうでしょう?」

「あたしは構わないんだけど、店の仕事もあるしねぇ……」

「勿論、今日の分とは別に、お礼はしますから」


 あんまり気前良く金を使うのは考えものだが、これは必要経費の範囲だろう。


「うーん……そのお礼とは別に、店の方へ少し入れて貰う訳にはいかないかい?」

 

 少し難しい顔をしながら、俺に問い掛けてくる。慌ただしくて気がついていなかったが、彫りが深く切れ長の目が印象的なおりょうさんは、凄く美人だ。


「それは、幾らくらいですか?」


「そうさね……銀貨一枚くらいかねぇ」

「ああ、それくらいでいいんでしたら」


 金貨と言われても出すつもりではいたが、想定よりもかなり低い額だったので、俺は財布から銀貨を二枚取り出して、座卓の上に置いた。


「一枚は、おりょうさんへのお礼の分です」

「……あんた、凄い田舎から出て来たって割には、随分と金持ちなんだねぇ?」


 あ、もしかして対応を間違えたのかな? おりょうさんが疑いの眼差しを向けてくる。


「まあ、深くは詮索しないよ。誰でも知られたくない事ってのはあるだろうから」

「そうしてもらえると……」


 どうにか納得してもらえたみたいだ。じっと俺を見据えながら、おりょうさんは卓上の銀貨を手に取った。


「でも、その前に……しっ!」

「えっ!?」


 人差し指と中指の間に挟んだ銀貨を、鋭い呼気を放ちながら、おりょうさんが俺に向かって投じた。


 しかし、スリの徳蔵の時のように、危ないと感じた俺の本能によってなのか、銀貨は身体に届く事も無く、音もたてずに弾かれた。


「……金を持ってる上に、ある程度の心得もあるみだいだね。わかった。お前さんの気が済むまで、付き合ってあげるよ」


 今までに無かった人の悪い、しかし、色気のある笑みを浮かべたおりょうさんは、俺に弾かれて手元に戻った銀貨を、器用に空中で掴み取った。


「こいつは……あんた、心得があるどころじゃなく、只者じゃあ無かったんだね」


 なんで急にそんな事を言いだしたのかと思い、おりょうさんがしげしげと見ている銀貨の形が、丸くなく歪んでいるのに気がついた。


 自分の力でそうなった事に驚いたが、良く考えてみれば歪んでしまうくらいの力で、おりょうさんが俺に向けて銀貨を投じたのだ。


「今夜は長くなりそうだから、ちょっと準備してくるね」

「あ、はい」


 ここに世話になるのに、礼金を渡した時以上に機嫌が良さそうなおりょうさんは、鼻歌を歌いながら階下へ下りていった。



「あんたも呑むかい?」

「あ、俺は酒は……」

「そうかい? もう元服はしてるみたいだけど。それじゃあ、独りで呑ませて貰うとするよ」


 一応、酒器は二人分用意されていたが、俺が断ったので、おりょうさんは手酌で呑み始めた。


 肴は大根の漬物だけのようで、まだ製法が未熟なのか、大きな徳利から盃へ注がれた酒は、少し白濁している。


「それで、先ずは何から訊きたいんだい?」

「そうですね……出来れば靴が欲しいんですけど。もしこの辺に専門店が無ければ、ある場所か、でなければ革用品を扱っている店を教えて欲しいんですけど」

「靴ねぇ……ちょいと遠いけど、一応は心当たりががあるから、そこに案内するよ。他には?」


 俺の返事を待つタイミングで、おりょうさんは盃の酒を呑み干し、新たに注いだ。


「じゃあ常識的な事を教えて下さい。盗みや暴行は当然御法度でしょうけど、他にやっちゃいけない、言っちゃいけないみたいな事があれば」

「そう難しい事は無いと思うけどねぇ……この辺は徳川様のお膝元だけど、酔っぱらいが冗談で悪口言った程度じゃ、咎められる事も無いし」


 記憶にある江戸時代よりは、必ずしも武家が格式張っていて、普通に暮らしている人達に対して権力を振りかざしたりはしていないようだ。


 そもそもこの辺を徳川家が治めているといっても、将軍家として全国を統括していてそのしたに武家が存在しているという訳では無く、あくまでも地方領主の一つとしてだった。


 しかし、統治している場所の行政や司法は、領主とその配下達が担っているらしい。


 ただ、ここが大きな違いなのが、重い税や年貢を課さない代わりに、治安維持や街道の整備のような案件以外は、有料の依頼という形を取る事が多いらしい。


 これは領地の運営などで入ってくる税収などが少ないので、何か問題が発生した場合には実費が掛かってしまうからだという。


「刑罰なんかは領主の裁量に任されるんだけど、取り調べに関しては公平で公正に行われてるよ。この点に関しては身分の上下も、金持ちかどうかも関係無いからねぇ」

「それは良い事だと思いますけど、そんな風に出来るもんなんですか?」


 現代だと状況や物的な証拠、そこに取り調べによる自白や裁判での証言など、罪状にもよるがかなりの積み重ねが無ければ判決が下されない。


「そりゃあねぇ、悪事を働いた輩に神仏に誓いを立てさせてから尋問すれば、全部白日の下に晒されちまうからねぇ」

「あー……」


 仮に誓いを立てる事を拒んでも、その場合は後ろ暗いところがあると自白しているようなものなので、この世界では誤認逮捕はあるかもしれないが無実の罪で刑に服す事は無く、犯人は言い逃れは出来ないという訳だ。


「関東は大きく分けて、徳川、源、北条が分割して統治してるんだよ。もっとも、北の方は徳川麾下の水戸までで、そこから先は奥羽の藤原の支配下だけどね」


 俺の知る歴史上の人物と同じかはわからないが、東北一帯は藤原家が、北陸は加賀の前田家が、それぞれ統治しているらしい。


 朝廷も存在するが、神道系、それも天津神の祭祀を司るだけで政治や軍事的な影響力は殆ど無いのだが、神仏への信仰による現世利益のある世界なので、人々の朝廷への尊崇の念と支持は非常に高いという事だ。


 朝廷を統べる帝の座す御所は京にあり、天津神信仰の中心は伊勢神宮にある。そういう理由で文化の中心は京に、観光の中心はお伊勢参りになる。


 天津神以外の神道系の神様、国津神の祭祀は出雲大社で執り行われ、かつては一大勢力を誇っていたが、信仰と言えども流行があるので、仏教の流入によって衰退してしまったらしい。しかし依然として根強い信者がいるので、こちらも朝廷同様無視できない影響力があるという事だ。


「藤沢から鎌倉の一帯を源が治め、小田原、箱根の西との境目辺りを北条が治め、関東は三竦みの状況さね。他にも各地に、どこにも属さない集団や個人はいるけどね」


 おりょうさんが楽しそうに笑いながら言った。領土の大きさから徳川の一人勝ちで、普通に考えれば源と北条はいつ攻め滅ぼされてもおかしくないように思えるが、実際はそういう訳にはいかないらしい。


 何故なら戦争になった場合、この世界では文字通り一騎当千の人間を投入すれば、戦局をひっくり返す事が可能だからだ。そしてそういった武人がいるので、戦争は大規模戦にはならないのだ。


「徳川様配下のお武家様は平均値は高いらしいんだけど、飛び抜けている方はいないんだそうだよ。とは言っても、ちょっと腕に覚えがある程度じゃ、足元にも及ばないみたいだけどねぇ」


 興が乗ってきたのか、おりょうさんの手酌のペースが上がっていく。


「対して源は少数だけど、かなり腕の立つのが数人。それとこれが大きいのが、刀工集団の『相州伝』を抱え込んでいるって事だねぇ」


 実際の歴史においては謎が多いが、正宗を代表とする相州伝という業物を生み出す刀工集団は、この世界においては別格の存在になっているらしい。これは相州伝を含む五箇伝を始めとする、全ての優秀な刀工に共通しているようだ。


 何故別格か? それは一騎当千の武人の使用に耐えられる武器が、優秀な刀工でなければ作れないからだった。


(それにしても、確か相州伝を含む五箇伝は、鎌倉時代くらいの刀工集団だったはずだけど、こっちの世界ではまだ存在しているのか……)


「さっき、お遊びであんたに放った銀貨を見ればわかると思うけど、戦える人は、ああいうのが普通に出来るんだよ。でも、強さは人によってマチマチだけどね」


 別の事に思考が行っていた俺に向けて、おりょうさんは懐から取り出した銀貨を、卓の上に置いて滑らせた。


「……」


 手に取って見た銀貨は、かなり高いところから落としたりしてもそうはならないだろうと思えるほど、円形のはずの端の一部が、が真っ直ぐに変形していた。


 ひとしきり銀貨を眺めた俺は、卓上に置いておりょうさんの方へ滑らせた。


「あたしの見立てでは、一番強い源のお武家さんには敵わないまでも、この辺であんたをどうにか出来る奴は居なそうって感じなんだけどねぇ……あんた、いったい何者なんだい?」


「それは、ですね……」


 自分が強いという実感はあまり無いのだが、この事に関してはヴァナさんへしたのと同様に、どういった種類の鍛錬を行っていたのかをおりょうさんに説明した。


 他の世界から来たという事も、その点に付随する所持金の多さも説明してもわかってもらえないかもしれないので省く事にする。


「という訳で、ど田舎で暮らしていたので、他にする事が無かったから鍛錬ばかりしていたんですよ」

「それで、それだけの強さを身に付けたってのかい? まあ、一応は筋は通ってるけどねぇ」


 口ではそう言っているが、おりょうさんの俺に対する眼差しは、思いっきり疑わしい物だった。


「まあ、全部は説明してくれてないみたいだけど、大きな嘘も吐いていないみたいだからいいさね」

「そう言って頂けると……それに、自分の事を棚に上げますけど、おりょうさんだって、相当に謎が多そうですよ?」


 俺の言葉に、盃を口に運びかけたおりょうさんの手が止まり、にぃーっと、口の端を吊り上げた。凄く悪役っぽいが、色気のある笑顔だ。


「あたしかい? あたしもあんたと同じように、東北のど田舎から面白い事が無いかって、ここまで出てきたんだよ。もう、三年くらいになるかねぇ……」


 ふっと、遠い目をしながら、おりょうさんは盃を干した。


「あ、もしかして、悪い事言っちゃいましたか?」


 俺の言葉に、おりょうさんは目を丸くした。


「……あっははは! あんた、優しいんだねぇ。いや、ちょっと故郷の碌でも無い事を思い出しちゃっただけだよ。さ、いい具合に酔っ払ったし、ぼちぼち寝ようかね」


 豪快に笑ったおりょうさんは、盃を置いた。


「そうですね。なんか色々あって疲れましたよ」

「ふふっ。朝御飯が出来たら起こすから、ゆっくりおやすみ。あ、部屋の明かりは『消えろ』って言いながら、頭の中で部屋の中が暗くなるのを思い浮かべれば消えるから。点ける時は『灯り』って言えばいい」


 なんだその、現代日本のスマート家電みたいな照明は。


「はい。おりょうさんも、おやすみなさい」


 酒器と座卓を片付けたおりょうさんが階下へ下りてから、俺は押し入れから布団を引っ張り出して敷いた。布団は新品では無さそうだが、使い古されている感じではなく清潔そうだ。


「……消えろ」


 頭の中で部屋が暗くなるのをイメージして呟くと、本当に照明が消えた。消えなかったら虚しいなと思っていたので、ホッとした。


「おやすみなさい……」


 誰に言うともなく俺は呟くと、横になって目を閉じた。

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