猪カツ
「さて、侵入してくるであろう、鵺への対策ですが……」
ぐー……
真剣な表情で頼永様が話しだした途端に、誰の物か、お腹が鳴った。
「……」
「あ、兄上!? 余ではありませんよ!?」
なんとなく見てしまった頼華ちゃんが、顔を真赤にして俺に必死に弁解する。
「……失礼。私です」
「えっ!?」
まさかの頼永様のお腹の音だった。
「どうも靄のせいか、このところ食欲も落ちていましたので……それが無くなったからでしょう。急に空腹に
襲われましてね」
頼永様が、少し恥ずかしそうに苦笑いしている。
「では、時間もいいですから昼餉にしては?」
正恒さんの家から鎌倉まで、前回よりも移動に時間が掛かったが、到着してから現在までで、一通りやる事
を終えて、体感で今の時刻は十一時くらいだと思う。
「それが、料理人も何人か臥せっておりましたので、碌な食材が無いようでして……」
「あー……」
その上、臥せっていた人達は食欲が無いから、お粥くらいしか食べられなかったのかな? なら食材を仕入れたりもしないか。
「良太。まだ食欲の無い人もいるかも知れないから、そんな時にうってつけの食べ物があるじゃないさ」
「うってつけの物って……あれですか?」
「うん。あれ」
「兄上、姉上、あれとは?」
「良太殿?」
俺とおりょうさんのやり取りを聞いて、頼華ちゃんと頼永様が首を傾げている。
「別に作るのはいいんですけど……頼永様、ちょっと食材を買い出してきますので、少しの間お待ち頂けますか?」
「それは構いませんが……また良太殿にお世話になってしまいますな」
「そこはお気になさらずに。それよりも、お口に合うかの方が気になって……」
おりょうさんの言うあれ、カレーが、源家の人の口に合うのかどうか……まあ食べてもらってから考えるか。
幸いな事に昨日は、正恒さんとおりょうさんがカレーを気に入ってくれたみたいだから、燻製を使わなかった。だから、いざとなったら燻製を使った煮込み料理を作ればいい。
「それでは、少しお待ちを」
「あ、良太。あたしも一緒に行くよ」
「兄上。私も行きます!」
「それじゃ行こうか。あ、頼永様。もしも具合の良くない人が来ましたら、すぐに戻りますので、お待ち頂いて下さい」
「わかりました」
こうして俺達三人は、鎌倉の街へ買い出しへと出掛けた。さて、なんのカレーを作ろうか……。
「そこのイカと浅蜊を下さい。海老もいいな……あ、そこの細長いのは?」
「こいつかい? これはマテ貝だよ。並べちゃいるが、あんまり売れねんだよな……」
若宮を出たところで、以前に嘉兵衛さんがやっていたのと同じ辻売りの魚屋さんがいたので、丁度良いので呼び止めて、扱っている物を見せてもらった。
「それはどうしてですか?」
「食えばうまいんだが、浅蜊や蜆があるのに、わざわざ買わねえのさ」
「ああ、そういう事……」
これは手押しポンプの件と同じで、他の物で間に合っているので、新規に導入するのを躊躇ってしまうという事なんだろう。
「食うんだったら、買った物のオマケに付けるよ」
「それはありがたいです。じゃあこれで」
オマケのマテ貝を入れても格安の勘定を支払って、厨房から借りた木の桶に入れてもらった。
「昨日の夜みたいに、肉を入れるんじゃないのかい?」
「ええ。魚介類で作ってもおいしいんですよ」
「兄上、一体何を作るんですか?」
「咖喱っていう、外国から伝わった食べ物なんだけど、ちょっと説明が難しいな……」
こっちの世界の料理を把握している訳ではないが、時代背景や文化から、似たような料理は無いんじゃないかと思う。
「おりょうさんは、肉の方がいいですか?」
「良太がおいしいってんなら、魚介でいいさね」
「あんまり手間は変わらないんですけど……なら昨日のとは、少し違うものを作りましょう」
「……あんたも好きだねぇ」
「ははは……」
おりょうさんの指摘通り、好きでやっているのでまったく苦にはなっていない。
「あ。昨日は随分辛そうにしてましたけど、これから作るのは、少し辛さを控えめにしますか?」
「え……う、うーん……じ、実は食べ終わってから、もう少し辛いのも食べてみたいかな、とか思って……」
(あれ、これはもしかして、おりょうさんは激辛に目覚めつつあるんだろうか?)
「そういう事だったら、少しずつ辛さの違う物を作りましょうか」
「な、なんだか悪いねぇ……」
言葉では悪いと言っているが、おりょうさんの表情は、明らかに期待に満ちている。
「兄上、余は全部の種類を食べたいです!」
「……程々にね?」
「程々にしときな」
昨夜の事があるので頼華ちゃんに注意すると、当事者のおりょうさんからも、実感の籠もった言葉が掛けられた。
幸いな事にと言っていいのか、胡蝶さんが聞き込みをしてきた限りでは、領地内で鵺が原因で具合が悪くなったと思われる人はいなかった。どうやらピンポイントで若宮を狙ったみたいなので、こちらも対処がし易い。
「良太。御飯はどれくらい炊く?」
「そうですね。念の為に、その釜で炊けるだけで」
「一升炊きなんだけどね……でもまあ、昨日はあたしも随分食べたっけ」
各種の鰻料理を食べてから、カレー味ハッシュポテトと蕎麦粉で作ったパンもどきでカレーを食べてから、カレーライスをお代わりしたのを思い出したみたいだ。
「とりあえずは頼永様と頼華ちゃんと、一緒に食べる俺達だけを考えれば、足りるんじゃないですか?」
「四人で一升……食っちまいそうだけどね」
「そう、ですかね?」
カレーは刺激物だし、頼永様や頼華ちゃんが受け入れるかどうか……でも、ちょっと量が不安になってきた。
「昨日の物を基準にして、もう少し辛いのと、少し抑えめのと、三種類を作ります」
猪肉を入れたカレーを、昨日のカレーを中辛として、唐辛子を少し増やた香辛料を入れた物を辛口とした。
こっちの世界に来てからまだトマトや林檎なんかにお目に掛かっていないので、そういった材料を加えて甘口を作るのは断念せざるを得ないので、ドランさんに貰ったチョコレートがまだ半分くらい残っていたので、唐辛子を控えめにした香辛料を入れたルーに、数粒入れて味を見た。少量だし、媚薬効果は出ないだろう……と、信じたい。
厳密には甘口では無くて辛さ控えめになったカレーは、チョコレートで少しの甘さと苦味、コクがプラスされて、香辛料が減った事による深みを、良い具合にカバーしてくれた。
猪のカレーの方は、昨日と同じく猪の骨を煮出してスープを取り、にんにくと生姜、玉葱の微塵切りと肉を炒めて小麦粉をまぶし、スープで煮込んでから三種類の辛さのルーに仕上げる。
魚介の方は海老の頭と殻を、にんにくと生姜の微塵切りと共に綿実油で炒めて香りを出し、浅蜊とマテ貝を加えて酒を振り、貝が開いたら一度火から降ろし、海老の頭と貝を取り出す。鍋に残った香りの移った油で玉ねぎの微塵切りを炒めて、食べやすい大きさに切ったイカと海老を加え、小麦粉を振り込んで少し炒めたら水を加えて煮込み、ルーを入れて味を整え、最後に殻から外した貝を入れる。
カレールーの仕込みが終わったところで、猪肉のロースをスライスして、パン粉が無いのでお麩を砕いた物を代りにして衣を付け、猪のラードで揚げてカツにした。
「これは……なんとも形容のし難い料理ですね」
「目と鼻がツーンとします……」
一番味がマイルドだと思うシーフードカレーの甘口を前にして、頼永様と頼華ちゃんのファーストコンタクトの反応は、正恒さんとおりょうさんの時と似たり寄ったりだった。
「まあ頭領様もお姫様も、食ってご覧なさいって。頂きます」
躊躇している頼永様と頼華ちゃんを尻目に、木の匙を取ったおりょうさんはカレーを食べ始めた。
「うん。昨日のよりも優しい味だね。魚介にはこれくらいの方がいいのかもしれないけど……良太、お代わり。一番辛い奴で」
あっと言う間に一杯目のカレーを食べ終えたおりょうさんが、俺に向かって皿を差し出してくる。
「はい。あの、食べ過ぎにはくれぐれも……」
「わ、わかってるよぉ!」
おりょうさんは顔を赤くしながら、お代わりの辛口カレーの皿を受け取った。
「むぅ……良太殿が作った物だし。では、頂きます……」
「頂きます……」
おりょうさんの食べっぷりを見ていた頼永様と頼華ちゃんが、匙を手に取った。なんか一大決心をしたみたいな表情なんだけど……まあ無理もないか。
「おぉ……こ、これはなんとも刺激的な……し、しかし、何故か不思議と次を食べたくなる……良太殿、少し辛い方を頂けますかな?」
「なんか変な味と香り……兄上。お代わり下さい。今度は肉の入ったのが食べたいです」
昨日の夜の正恒さんとおりょうさんと似たような、未知の味に戸惑いながらも、頼永様と頼華ちゃんもお代わりを要求してきた。
「頼永様にはこれを……頼華ちゃん、肉を揚げたのがあるけど、載せる?」
「お願いします!」
猪のカツは十枚揚げてある。一度ずつお代わりをして少し各自のペースが落ち着いたのを見計らって、俺も辛口カレーにカツを載せた物を食べ始めた。
「こ、この肉、この間食べた、煮たり焼いたりしたのもおいしかったけど……うっま!」
極上のトンカツよりも贅沢な、猪肉を猪のラードで揚げたカツの味に、頼華ちゃんが目を丸くしている。正直に感想を言ってくれるのは嬉しいけど、お姫様っぽさは皆無だ。
「……うん。わかってはいたけど、うまいな」
俺も昨日食べているのでカレーの味は確認していたが、猪のカツが予想を遥かに上回ってうまい。
(今度、分厚く切ってカツだけで食べてみようかな……)
そんな事を考えるほど肉と、甘い脂身の味がたまらない。
「うっ……この匂いは、いったい何事ですか?」
「雫? 起きて大丈夫なのか?」
「母上!?」
声のした方を見ると、胡蝶さんを伴った雫さんが入り口に立っていた。香辛料の匂いに顔をしかめている。
「この匂いは、その食べ物からですか?」
「そうだ。良太殿が作って下さった、咖喱という不思議な食べ物だ」
「不思議と申されますと?」
「むぅ……説明は難しい」
隣に座った雫さんへの説明は諦めたのか、頼永様はカレーを掬った匙を口に運んだ。
「良太殿。私にも頂けますか?」
「えっ!? それは構わないんですが、ちょっと刺激があるので、病み上がりには……」
「別に、身体に悪い物は入っていないのですよね?」
「ええ。成分的には身体に良い物ばかりですけど……」
(和漢薬の材料が殆どだし、消化が悪い物は入ってないから……風邪で喉がやられているんじゃないから、問題無いかな?)
「では、一番味が穏やかな物を……胡蝶さん」
「畏まりました」
俺はシーフードカレーの甘口に、御飯を少し控えめに盛って胡蝶さんに渡し、雫さんの前に運んでもらった。
「頂きます……っはぁ……これは、なんとも経験した事の無い……」
お口に合いませんか? そう言おうとしたが、雫さんが次から次へと匙を口に運び始めたので、俺は言葉を飲み込んだ。
「兄上、今度は辛いのも食べてみたいです! それと肉を揚げたのを載せて下さい!」
「良太。あたしにも辛いのと、肉の揚げたのを」
「わかりました。おりょうさん、辛口は平気でしたか?」
「うん。なんかもうね、これからは蕎麦を手繰る時にも、七色をこれでもかって、ぶっ掛けちまいそうだよ」
予想通り、おりょうさんは激辛好きな人になってしまったみたいだ。
「……獣の肉を揚げた物ですか?」
普段馴染みの無い食材なので、雫様がカツを見て渋い顔をしているが、頼華ちゃんは我関せずと言った感じで、嬉々としてカツとカレーの載った匙を口に運んでいる。
「まあまあ。雫、せっかくなので頂いてみようではないか」
「あなた……」
「良太殿、私にもその肉を揚げた物を、一番辛くない咖喱でお願いします。雫、口に合わなければ、私か頼華が食べるさ」
「そうですね……では良太殿、私にも。一番辛いのでお願いします」
「わかりました」
どうも女性の方に辛いカレーが受けているみたいだ。
「え……な、なんですか、この味は!?」
「!? し、雫様!?」
カレーの掛かってないカツだけを口に運んだ雫様が、突然声を荒げた。
「口に合いませんでしたか?」
「そうではありません。な、なんて冒涜的な味……」
猪の脂の味の事をいっているのか、プリンを食べた時の胡蝶さん以上に、雫様が蕩けた表情をしている。
(うまいけど、そんなにか? でも頼華ちゃんも、魚の揚げ物をを随分喜んで食べてたから、まだまだこういう食べ方は贅沢なんだろうな)
正恒さんが天ぷら蕎麦を食べて喜んでいたのも思い出して、俺はそう結論づけた。
「あの、良太殿。今お手持ちの猪の肉と脂を、全て買い上げたいのですが」
「えっ!? しかし、それは……」
食べたりドランさんに譲ったりしたけど、まだ各部位を合わせて猪の肉は四十キロ以上、脂は八キロ以上はあるが……。
「あの、俺も肉は食べるので、全部というのは……」
「っ! し、失礼致しました……」
「雫。少し落ち着きなさい」
「そうですよ母上」
「くっ……」
頼永様はともかく、頼華ちゃんに注意されるとは思っていなかったのか、雫様が悔しそうに歯噛みする。
(猪の肉にこんなに執着するとは、雫様の意外な一面だな……でも、親しみ易さが湧いた気がする)
「あの、雫様。この料理に使う部位を、とりあえず五キロほどと脂をお渡ししますから。いま出している厚みなら、相当な枚数が作れると思いますよ」
「……お心遣い、感謝致します。つきましては、料理人か胡蝶に、詳しい作り方の御説明をお願い致します」
「わかりました」
(なんか雫様の命で、この辺の猪が狩り尽くされそうなそうな気がしてきたな……)
「あの、雫様」
「なんでしょう、良太殿?」
「正恒さんが持っている伝手で、ある程度は猪や鹿の肉を入手出来ると聞いていますので、相談してみては如何ですか?」
「なんと! それは名案です! 頼親! おりますか!」
「ここに……」
雫様が手を鳴らしながら呼ぶと、部屋の外に控えていたらしい、頼親さんが入ってきて膝をついた。
「……畏まりました」
雫様に耳打ちされた頼親さんは、頭を下げると部屋から出ていった。
(何を命じられたのかは丸わかりだけど……頼親さん、お気の毒に)
もしかしたら、猪の肉を入手してくるまでは、頼親さんは帰ってこられないのでは? そんな考えが頭を過ぎる。
「あの、良太殿……お代わりをお願い出来ますか? 肉の揚げたのを載せて」
肉を確保出来て安心したのか、雫様がお代わりを要求してきた。
「構いませんけど……」
「雫。そこまでは構わないが、病み上がりなのだから少し控えなさい」
「そうですよ。あたしも昨日食べ過ぎて、暫く苦しんだんですから。あ、良太、あたしにもお代わり。魚介の辛口で」
懲りているのかいないのか、雫さんに注意をしたおりょうさんが皿を差し出してきた。
「おりょうさん……」
「こ、これで終わりにするからぁ……」
俺の言葉の意味をわかっているが、欲求には逆らえないみたいで、皿を引っ込める気は無さそうだ。
胡蝶さんに、少しだけ余った甘口シーフードカレーを味見に渡すと、恐ろしい事にカレーもカツも御飯も、皆で綺麗に食べきってしまったのだった。
「く、苦しい……」
「良太殿が、散々注意していたろう……」
正座の姿勢を維持するのが苦しそうな頼華ちゃんを、頼永様が窘める。
「まったく、この娘は……」
後から来たけど同じくらいのカレーと、カツは頼華ちゃんよりも多く食べているのに、雫様は平然としている。
「つい食べ過ぎる気持ちは、わかるけどねぇ……」
おりょうさんは昨日の経験が生きたのか、苦しくならない程度の丁度良い頃合いで、食べるのをやめたみたいだ。
「それにしても、この咖喱って料理は、食べると身体が火照るねぇ……」
「本当に……」
おりょうさんの言葉に雫様が同意する。良く見れば、表情は平然としているけど、薄っすらと顔が赤い。
「あの、それなら入浴をなさっては? おりょうさんと頼華ちゃ……頼華さんも」
「ああ。それはいい。雫、頼華、良太殿のお言葉に甘えて、行ってきなさい。りょう殿も」
「……では、そうしましょうか」
「お、帯を解けるなら、行きます……」
「ちょいと、大丈夫かい?」
おりょうさんに助け起こされながら、頼華ちゃんも立ち上がって、雫さんの後について部屋を出た。お付きの胡蝶さんも一緒にだ。
「なんというか、妻と娘がお恥ずかしいところを……」
「いえ、そんな……」
頼永様が申し訳無さそうな顔で、俺に頭を下げてくる。
「頼永様に相談したい事がありましたので、丁度良いといえば丁度良いです」
「ほう? 相談とはどのような事でしょう?」
俺は手押しポンプの件を話した。
「成る程。それは便利そうですね。確かに、量産体制を整えて価格が安定しなければ、民達が手を出すのを躊躇ってしまうでしょう」
「ええ。出来れば共同で使っている井戸にだけでも、設置出来ればとは思うのですが」
「わかりました。試験的に作って共同井戸に設置して、民達からの要望の声が多くなったら、私共の主導で広めていこうと思います」
使って利便性がわかれば、買う気になる人も出てくるだろう。そこを源家である程度コントロールぢておけば、価格が暴騰するような事は無くなる。
「宜しくお願いします」
「ははは。我々にとっても水汲みは重要で重労働ですからね。時間が短縮されるだけでも、費用辺りの効果は絶大でしょう」
水汲みに時間が掛からなければ、その分、他の作業などに時間を使う事が出来る。頼永様はこの辺を説明しなくても察してくれるので話が早い。
「只今戻りました」
「はぁ。いいお湯だった」
「帯を締め直して、苦しくなくなりました!」
後でポンプの詳しい構造の図面を起こすと申し合わせた、頼永様との話の区切りのいいところで、入浴に行っていた雫様達が戻ってきた。
「すっかり顔色が良くなったようだね、雫」
「ええ。これも良太様の作って下さった、咖喱のおかげです」
「そう言って頂いて、恐縮です」
咖喱よりは、猪のカツのおかげなんじゃ……とか思ったけど、勿論口には出さない。
「良かったら咖喱の作り方も説明しておきましょうか?」
「それはありがたいでいですが、材料の入手が難しそうですなぁ……」
輸入品や、遠方から取り寄せる物もあるだろうから、高価なだけでは無く、入手困難品もあるだろう。
「その件に関しては、宜しければ数回分作れるだけの材料を置いていきます」
「なんと! 良いのですか?」
「ええ。実はこの間お邪魔した時に入手した、竜涎香と交換みたいな形で材料を仕入れましたので」
「しかし、それでは良太殿だけが負担する形に……」
「ですから、数回分だけです。以降は、俺が仕入れをした薬研堀の薬種問屋、長崎屋さんに話をしておきますから、継続しての取引は独自にお願いします」
和漢薬の材料自体はまだかなりの量があるが、試行錯誤しながら調合できた物が、現段階ではそれ程残っていないのだ。
「わかりました。何から何までありがとうございます」
長崎屋さんにもお世話になっているから、源家と取引が出来るようになれば、多少は御恩返しになるだろう。
「では、鵺に関しての話ですけど。頼華ちゃ……頼華様、お手伝い願えるかな?」
「ああ、良太殿。気にしているようだが、我々しかいないところでは、頼華の事は好きにお呼び下さい」
「しかし……」
「兄上。その辺を言い出しましたら、余も兄上を鈴白殿とお呼びしていない時点で、問題なのですよ」
「あー……わかった」
言われてみれば、だった。
「えっと、なんとなく頼華ちゃんにお願いしそうになりましたけど、源の一統の中で、弓が得意なのはどなたですか?」
「太刀ならば私ですが、弓ならば一番は頼華で、二番手が頼親ですね」
ちなみに雫様は薙刀の達人で、その腕前は他を寄せ付けないどころか、源家歴代最強の呼び声もあるそうだ。
「じゃあ、やっぱり頼華ちゃんに助けてもらおう」
「何か良くわかりませんが、お任せ下さい!」
なんとも、頼もしいんだか不安にさせるんだか良くわからないけど、どこまでも頼華ちゃんっぽい明快な返事だ。




