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身代金

「き、金貨で百枚って、そんな額にですか!?」


 かなりざっくりとした換算ではあるのだが、現在の通貨で一億円くらいに相当する額を家宗様に告げられて、俺は大いに焦った。


「北条家の伝来の太刀であるからなぁ。しかし太刀の鬼丸国綱に対して支払う額は、今言った半分くらいであると思うがな」

「ん? それはどういう事ですか?」


 要するに鬼丸国綱自体の価値は金貨五十枚相当だという事になるのに、どうして北条が俺に支払うのが金貨百枚になるのか、家宗様の言っている意味がわからない。


「先ずは額の根拠であるが、鬼丸国綱のような伝来の太刀というのは、本来は世の中に出回る物では無いのだ。それはわかるな?」

「まあ、はい」

「製作者や由来などを考えるとその価値は計り知れんので、実際に幾らになるのかなど見当が付かんのだが……だからといって返還してくれたお主に提示する額が金貨十枚や二十枚では、北条が名を下げる事になるのであるよ」

「あー……」


 名のある人物が所持していた、由来がはっきりしているような刀や太刀は、殆どの場合は美術館や寺社など保有していて、個人蔵の物であっても余程の事が無い限りは、流通する事は考えられないと言えるので、仮に金額を付けるとしたら完全に言い値になってしまうのだ。


 以前にネットで調べた時に、北宋時代の名工が打った太刀が二千万円くらいで取引されていたが、それはかなり例外的な物だと思える。


 家宗様の言う金貨で五十枚という額は、北条が鬼丸国綱という太刀に対して、少なくともこれくらいの価値は見出しているという事なのだろう。


「えっと、では残りの金貨五十枚は、どういう事なのですか?」

「お主、真剣での立ち会いなのに、みっともない姿を晒しながら負けを認めぬ時頼(ときより)殿を、斬り殺さずにいたであろう?」

「それは……はい」


 時頼(ときより)にも頭領として負けられないとかの理由があったのはわかるのだが、確かにみっともないとは思っていた。


 しかし、それを理由に人を傷つけるどころか、斬り殺すなんて考えは俺には無い。


「残りの額は北条の頭領である、時頼(ときより)殿の身代金よ」

「あー……そういう事ですか」


 北条の頭領の助命の金額が金貨五十枚というのが、多いのか少ないのかは俺には判断出来ないが、少なくとも鬼丸国綱よりも少ない額というのは、体面的に困るのだろう。


「頭領である時頼(ときより)殿の身代金としても、伝来の太刀の値段としても、余の個人的な感想を言わせて貰うのならば、それぞれが金貨五十枚ずつでは少ないとは思うのだがな」

「そうですか?」


 こっちの世界で金貨五十枚という額を稼ぐのは不可能では無いのだが、職業にもよるが年単位が必要だと思われるので、俺には少ないとは思えない。


「まあ命の値段に金貨五十枚というのは、領主であるという見栄よ」

「そういう物ですか?」

「うむ。仮にであるが余の為の身代金ならば、徳川家は最低でも金貨で百枚は出すぞ。尤も余なら、人質として捕らえれらた時点で自自刃するがな」

「そ、そうですか……」


 武人としての名誉という事なのか、家宗様は自刃という言葉を平然と口にした。


「しかし今回の敗戦によって、北条は伊豆半島近海の水先案内の収入も見込めなくなる。鬼丸国綱と時頼(ときより)殿の身代金で金貨五十枚というのは、あくまでも予想額ではあるのだが、北条が領地の運営に支障を出さずに支払える、目一杯くらいであろうな」

「な、成る程……」


 家宗様の意見に頼永様が何も言わないところを見ると、庶民の俺にとっては金貨百枚というのは大袈裟に感じるが、領主である時頼(ときより)の助命と鬼丸国綱の返還に対しては妥当な額なのだろう。


「北条が実際に幾ら積むかはわかりませんし、多少の日数も掛かるでしょう。その分とは別に、源からも今回の働きに対しての礼金を、良太殿と戦乙女殿達にお支払いします」

「頼永様、それは……」


 お互いに敬語で話してはいるのだが、俺の中での意識は頼永様と雫様は既に義理の両親なので、そういう相手の為に何かをしたからといって、報酬を要求するような事は考えていない。


「駄目ですよ良太殿。私共は家臣も家族と同じく考えておりますが、たとえ家族ではあっても働きには、報奨を持って報いなければなりません」


 微笑みながらではあるのだが、雫様が毅然とした態度で言ってくる。


(まあ仕えている武人に対しての信賞必罰というのは、領主としては当前なんだろうけど……)


 忠誠心だけで人を従わせるというのが難しいのは、俺にもわかっている。


「しかし……」

「だ・め・で・す。それに良太殿が受け取ってくれませんと、戦乙女の方々が受け取りを拒むのでは?」

「う……」


 片目を閉じた雫様に、ちょっときつめに言われてしまった。


 固辞したいところではあるのだが、確かに雫様の言うように俺が受け取りを拒否したら、ワルキューレ達が自分もいりませんと言い出すのは目に見えている。


(ブリュンヒルドさん達が貰える筈の物が、俺の所為で貰えなくなるのは悪いしなぁ……)


 フレイヤ様の指令で、ワルキューレ達は俺の配下という扱いになっているので、雫様の言う通り、名目上ではあるが上位にいる俺が受け取りを拒否した物を受け取るとは考え難い。


「……わかりました。有り難く頂戴致します」

「そうです。それで良いのです」


 下げた頭を戻して見た雫様は、満面の笑顔だった。


「失礼致します」


 会話が途切れたタイミングで、部屋の外から男性の声で呼び掛けがあった。


「何か?」

「はっ。徳川の頭領様の家臣の方が、そろそろ帰参の時間だと申されております」


 頼永様が問い質すが、どうやら家宗様のタイムリミットのようだ。


「む。仕方が無いのぉ……頼永殿、世話になった」

「いえいえ。こちらこそ戦で公正な審判をして頂き、感謝しております。今度来られる時には、是非ごゆるりと」

「そう出来れば良いのだがなぁ」


 江戸の領主ともなると、たまに近場で食べ歩きをするくらいは出来ても、鎌倉まで遠出する程の時間を取るのは難しいのだろう。


 頼永様の言葉に、家宗様は苦笑している。


「鈴白。面白い物を見せて貰った上に、馳走になったな」

「お粗末でした」


 思わぬところで再開した家宗様に、無様な姿を見せずに済んで良かった。


「そち、おるとりんでと申したか? 又な」

「はい」

「うむ。では皆の衆、さらばだ」


 オルトリンデが良い返事をしたので、約束を忘れていないと確認出来た家宗様は、御機嫌な様子で退出した。


「良太殿。蜘蛛達の里の事が漏れぬように、会話には気をつけておりましたが、家宗殿には内密なのですね?」

「ええ。江戸でお世話になりましたし、信頼していない訳では無いのですが、あまり多くの人に知らせようとは思っていませんので」


 蜘蛛の里の中へ立ち入るのを許可する相手以外には、今のところは家宗様であろうとも教える気は無い。


「そうだ。頼永様と雫様を里に御招待し、その上で滞在して頂きたいと思っているのですが……」

「む? 良太殿、何か問題でも?」

「頼永様と雫様をお招きするのには何も問題は無いのですが、領主とその奥方が遠出をするのに随伴が、雫様の場合には身の回りのお世話をする人間がいないのは、おかしいですよね?」

「む……」

「あ……」


 頼永様も雫様も源家の中では最強の武人なので、護衛が必要だとは思えないのだが、領主とその奥方という地位に就く者としても体面として、出掛ける際には供回りがいるのは当然なのだ。


 その上、身重の雫様には日常生活を快適に過ごす為の、世話をする人間も必要だ。


「兄上。母上の世話ならば余が致しますし、里には夕霧もおりますから」

「ああ。言われてみれば、夕霧さんは元々は源家で働いてたんだよね」


 江戸の鰻屋の大前での手伝いを頼んでいた以外は、常に雫様の傍には胡蝶さんがいたので、夕霧さんが同じような役割で源家に雇われていた事を失念していた。


(俺は力仕事くらいしか手伝えないだろうけど、おりょうさんを始めとした女手は、里には多いんだったな)


 場合によってはしっかりと口止めをした上で頼永様に許可を得て、胡蝶さんに雫様の世話係として来て貰う事も考えていた。


 だが元は武家の出で作法も会得しているおりょうさんも里にはいるし、天達にも手伝いをお願いすれば、頼華ちゃんと夕霧さんが雫様の世話に忙殺される事も無いだろう。


「頭領様の行き帰りに関しましては、お見えになる前日にでも正恒様の御自宅に連絡を入れて頂ければ、我等の内の誰かがお迎えに上がるように致しますが」

「戦乙女殿が騎馬で迎えに来て下さるという事でしたら、私の方は問題ありません」

「では、頼永様がお見えになる時には、そのように。ブリュンヒルドさん達には、お手数を掛けますけど」


 鎌倉から正恒さんの家のある藤沢までは決して遠くは無いのだが、それでも徒歩移動となるとそれなりに掛かるので、騎馬で送迎が出来るワルキューレ達の存在は有り難い。


「お、お手数などと、そんな勿体無い! 我らの事は存分にお使い下さいませ!」

「いや、そんなには……」


 ある程度はワルキューレ達を機動力と労働力として見込んではいるが、そんなに酷使するつもりは毛頭無い。


「それと、これはお願いなのですが……」

「ほう? 良太殿のお願いとあらば、大概の事は聞くつもりではおります。なんなりと仰って下さい」

「いや、そんなに大それた事を言うつもりは無いんですが……」


 俺が将来的に娘婿になるからなのか、頼永様が随分と大盤振る舞いする事を申し出てくれたのだが、逆に恐縮してしまう。


「実は里は結構大所帯になっていまして、定期的にそれなりの量の食料を調達しなければならないんです」

「という事は、食料の調達がなさりたいと?」

「そうです」


 今のところは子供達は大人の半分程度しか食べないのだが、人間と同じだという前提での話ではあるのだが、成長期に入った時の食料の消費量の事を考えると、ちょっと恐ろしい物がある。


(頼華ちゃんは例外だと思いたいけど……希望的観測は危険だよなぁ)


 まさに成長期の頼華ちゃんは、食事のメニューによっては俺の倍くらい食べる事もあるので、子供達が同じ様になるとすると、主食である米の消費速度がとんでもない事になるだろうと予測出来る。


「成る程。雫がお世話になる事ですし、私も出来るだけ里には顔を出したいとは思っておりますが、政務がありますので月に一度か二度くらいが関の山でしょうし……そうだ。依頼があったら正恒殿の家にお届けして、代わりに受け取って頂くというのはどうでしょうか?」

「えっと……」

「おう。俺は構わねえよ。支払いに関しは、その場でなけりゃ駄目って事は無いんだろ?」


 俺が顔を向けると、正恒さんは気軽に請け負ってくれた。


「支払いに関しては月に一度、纏めて行えば良いでしょう。とは言え、雫がお世話になっている間に関しては、ある程度はこちらでお持ちしましょう」

「それは……」


 非常に助かる話ではあるのだが、その為に御二人を招いたような形になってしまうのが、ちょっと心に引っ掛かってしまう。


「良太殿。お食事は私も頂くのですし、夕霧や、娘とは言え頼華の手も煩わせるのですから、里の備蓄や労働力をそれだけ割くという事になるのですよ? こちらから対価をお支払するのは当たり前です」

「う……」


 睡眠時間を削ったりしないように、雫様のお世話は手分けをして行って貰うつもりだったのだが、当然だがその役割の者は行動が制限されてしまう。


 天やワルキューレ達が加わって人の手が増えたが、仕事を手伝って貰う訳には行かない雫様と世話役の事を考えると、その分の補填が食料でされるのは有り難い話ではある。


「良太殿は頼華だけでは無く、里という場所の面倒も見ていて立派だとは思いますが、庇護下の者達への責任を考えるならば、得られる利益をわざわざ逃す事も無いでしょう」

「そう、ですね……」


 俺がやれない事を頼華ちゃんや夕霧さんやおりょうさん達にお願いするのに、その分の労働の対価を断るというのは、色々な意味で良くないだろう。


 ついさっき、戦での恩賞の話で反省したばかりだと言うのに、反省が活かされていない自分にちょっと落ち込む。


「……では、雫様の滞在中の費用は食料という形で、有り難くお受けします」

「はい。米と味噌に……今の時点で何か思い浮かぶ物はありますか?」

「魚介類をお願い出来ると有り難いです。後は野菜なども」


 幸いな事に肉に関しては貯蔵庫にある分と、不思議な猪であるセーフリームニルのお陰で不足する事は無さそうだし、天が仕入れてくれるという鶉も増やす予定だ。


 里の中を流れる川でイワナやヤマメは獲れるのだが、そこに海の魚の干物が加われば、食卓がバラエティー豊かになるだろう。


 野菜は限られた種類を栽培し始めたばかりなので、どれくらい収穫出来るのかもわからないので、ある程度の量は購入して賄うしか無いのだ。


「あ。頼永様は御自分の騎馬で移動をすればいいですけど、雫様の分の馬が足りませんね」


 里の食料調達の話が落ち着いたところで、正恒さんの家までの移動に関してという、目前の問題があるのに気がついた。


 正恒さんの家から鎌倉に移動する際には、二人ずつワルキューレ達の馬に分乗すれば良かったのだが、頼永様は普通の馬に騎乗して移動して貰うとして、身重の雫様は空中を駆ける事が出来る、ワルキューレ達の愛馬じゃ無ければ移動に不安がある。


「それならば余が馬を借りて、自分で騎乗して移動しましょう」

「いえ。それですと頼永様がお帰りの際に、その馬を戻す者が必要となります」

「言われてみれば、そうだな」


 源家の所有している馬に、頼華ちゃんが乗って移動するのは良いアイディアだと思ったのだが、ブリュンヒルドの言う通り、帰りに頼永様が空馬を引いて行くか、別に面倒を見る者を用意する必要がある。


「では余が、父上の馬に同乗を」

「いえ。ここは私の仲間を一人、呼び寄せましょう」

「そんな事が出来るんですか?」


 頼永様が娘の頼華ちゃんと同乗して移動するのを嫌がるとは思えないが、日本の馬と比べるとワルキューレ達馬の方が体格に優れている。


 里にいるワルキューレを呼んで、その愛馬を使って移動が出来るのならば、源家の馬に余計な負担を掛けなくて済むだろう。


「我等の最上位に位置するフレイヤ様は、ウルド様やスクルド様を含めて全ての戦乙女(ワルキューレ)を、世界のどこにでも自在に呼び出す事が出来るのですが、私も配下である八名に関しては呼び出す事が出来るのです」

「成る程」


(運命の三女神のウルドとスクルドがワルキューレっていうのは、本当だったんだな)


 名前のあるワルキューレの中に、北欧神話の運命の三女神である、過去を司るウルド、未来を司るスクルドの名前があるのは知っていたが、名前は同じだが同一の存在なのかというのは判明していなかったのだ。


 三女神の内の現在を司るヴェルダンディはワルキューレでは無いのか、という素朴な疑問が残るのだが、現在を司ってるんだから他の仕事なんか出来るか、とかいう単純な理由かもしれない。


(総騎士団長がフレイヤ様で、二柱の女神が副将って感じみたいだな。となるとブリュンヒルドさん達は小隊かな?)


 人間の世界の騎士団や軍隊と同じ、戦闘単位や編成だとは限らないが、あまり間違っていないのではと思う。


「では、ジークルーネを呼びましょう」

「ジークルーネさんですか?」


 てっきり昨日の朝、オルトリンデと一緒になって聞き分けが良くなかった、シュヴェルトライテかヘルムヴィーゲを呼ぶのかと思っていたが、おりょうさんに怒られてすぐに反省の色を見せていたジークルーネを、ブリュンヒルドが指名した。


「良太様が何をお考えなのかはお察し致しますが、あの者達は外に出さずにおいた方が、反省が促せるでしょう」

「はぁ……」


 どうやらブリュンヒルドの中ではシュヴェルトライテとヘルムヴィーゲは、まだ反省が足りないという認識らしい。


「頼永様、奥方様。私の配下の者はすぐにでも呼び出せますが、移動をされる御用意の方は宜しいですか?」

「そうですね……私の方は今回は一晩だけお世話になる予定ですので、持って行く物もそれ程は無いのですが、少し仕事の指示を与えてからにしたいので、一時間後では如何でしょう?」


 領主である頼永様が短い間でも不在になると政務が滞るだろうから、色々と申し合わせをしておく必要があるのだろう。


「私もそれまでに、身支度を済ませてしまいますので」

「雫様。衣類などは必要に応じて作りますので、本当に最低限だけ御用意を頂ければ結構ですから」


 男と比べて女性の場合は、身の回り品だけでも多いのは理解しているのだが、どれだけ万全だと思っていても不足する物はあるのだから、あまり現時点であれもこれもと持って行かなくてもと、個人的には考えている。


「そうですね。ですが多少荷物が多くなりましても、良太殿に頂いたこれがありますから」

「そう言えばそうでした」


 雫様が悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、ドラウプニールを指差すのを見て、多少の荷物に関しては問題にならないというのを思い出した。


「では、私と雫は少し席を外しますので、それまではごゆるりとお過ごし下さい」

「「「はい」」」

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