神器
「……驚くべき事ではありますが、確かに良太殿がこの世界の住人では無く、技術の進んだ世界から来たと言われれば、様々な事が納得出来ますね」
「料理だのポンプだの、知ってても不思議は無かった、って事か」
驚きから立ち直り、頼永様と正恒さんが呟いた。
今日に至るまでに様々な出来事があったので、どうやらホラ吹き男扱いされてのバッドエンドは回避されたようだ。
「それにしても良太殿、頼華」
「「はい?」」
「婚約の事を、どうして今まで話さなかったのかな?」
「ええ、本当に」
「「そ、それは……」」
笑顔ではあるが頼永様と雫様から、冷たい空気が漂ってくるような錯覚を覚えた。
「ですが父上、母上! 鎌倉に戻ってみれば戦だと聞き、とても話せるような流れでは無かったではないですか!」
「む……」
「そ、それは……」
両親に臆する事無く、頼華ちゃんは俺の言いたかった事を代弁してくれた。
「あの、言い訳に聞こえるかもしれませんが、俺も頼華ちゃんも婚約の報告や、製麺機とかの提案をしようと思って訪問したので、戦に関しては全く知らなくて。それに領内が慌ただしい中で、言って良いものなのかと……」
多少は婚約の報告に尻込みしていたというのもあるのだが、こっちの世界の戦というのを詳しく知らないので、言うのが躊躇われたのも本当だ。
「これは我等の方が悪かったな。良太殿……いや婿殿、頼華。申し訳無い」
「この通りでございます」
源家の棟梁である頼永様と、大きなお腹を窮屈そうにしている雫様が、俺と頼華ちゃんに向かって手をついて謝罪した。
「おやめ下さい、御二人とも」
「そ、そうです! 特に母上、お身体に障ります!」
面子を重んじる武家の、しかも頭領が頭を下げるというのは、最大級の謝罪である。
人払いをしてあるが、胡蝶さんが残ってたりしたら度肝を抜かれただろう。
「頭領に奥方。良さんもお姫さんも困ってるから、それくらいにしといた方がいいぜ」
「うむ……重ね重ね済まん、婿殿」
「俺の事を婿殿って言って下さるのでしたら、そういうのは無しに願います」
そこまで失礼な事をされた自覚は俺の方には無いし、いつまでも舅と姑になる人達に頭を下げさせておくなんて精神衛生上に良くない。
(頼華ちゃんが俺の両親に同じ事をされたら……泣いちゃうだろうな)
両親が気に入っているのと同じかそれ以上に、頼華ちゃんの方も好いてくれているので、多分だが盛大な謝罪合戦に発展するだろう。
「これは……婿殿に早速一本取られましたか」
「それにしても、頼華を娶って下さる気になって頂けたのは嬉しいのですが、りょう殿がいないのは残念ですね」
「江戸の店の方に、料理を教えに行くって言ってましたので。でも、いずれ必ず一緒に伺いますので」
江戸の竹林庵に新しいレシピを伝えに行くというのも決して嘘では無いと思うのだが、おりょうさんは頼華ちゃんと一緒に、頼永様と雫様に婚約の報告をするのが心苦しかったのだろう。
「しかし、他の世界ですか……頼華。良太殿の御両親に、失礼は無かったのだろうね?」
「無論です!」
頼永様が心配そうに呟いた言葉を、頼華ちゃんが自信を持って否定した。
「兄上の御両親は素晴らしい方々でして、余や姉上の事を本当の娘のように扱って下さいました!」
「俺が一人っ子なので、娘が出来たようで嬉しいと言いまして……」
両親は自分の事も大事にしてくれてはいると思うのだが、やはり華のあるおりょうさんや頼華ちゃんからお父様、お母様などと呼ばれれば嬉しくなってしまうだろう。
「そうだ。詳しい作法を知らないのですが、これを頼永様と雫様にお納め頂きたいんですが」
俺は二つの金色の腕輪、ドラウプニールを卓上に置いた。
「これは金ですか? 良太殿、このような高価な贈り物は、結納の品としても過分ですよ」
「本当に。それに頼華は源の家からは外れる扱いですので、お気を遣われなくても」
「これ、見た目は金の腕輪なんですけど、それだけでは無いんですよ」
飾り気は無いが金の腕輪と言うだけで高価なのは確かだから、頼永様も雫様も受け取るのに難色を示している。
「それだけでは無い、ですか?」
「ええ。これはこちらの戦女神の方達を統べる、愛の女神であるフレイヤ様から俺が借り受けている、神器や神宝と呼ばれる物の複製品です」
「「じ、神器!?」」
別に驚かせるつもりは無かったのだが、頼永様も雫様もショックを受けている。
(でもまあ、普通は驚くか)
三種の神器の草薙の剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉と同等の物なのだから、驚くのも当然といえば当然だ。
「そ、そんな物ならば、尚更受け取る訳には……」
「いえ。俺の義理の両親になる方達の安全の為ですので、どうあっても受け取って頂きます」
「「良太殿……」」
俺の方に譲る気は無いと感じ取ってくれたのか、頼永様と雫様からは、少なくとも拒否をする空気は消え失せた。
「……その、これがあれば我等が安全になるのですか?」
「ええ。俺の大事な人達には、同じ物を持って貰ってます」
「父上、母上! 当然ですが余も持っております!」
頼華ちゃんは作務衣の袖を捲って、手首に嵌っているドラウプニールを誇らしげに見せた。
「む……その安全というのに関しての、説明を伺いましょうか」
「ええ。その腕輪は、ドラウプニールと言いまして……」
頼永様と雫様にドラウプニールの収納と着替えと物質の抽出、そして最も重要な、装着者に気を無限に供給してくれる機能の説明をした。
「無限に気を……」
「そうです。だから光り輝いている状態ならば、実質的に傷つけられる心配はありません」
「それは……確かに神器、神宝と呼ばれるに相応しい機能ですね」
「なんと頼もしく、敵が使うならば恐ろしい腕輪なのでしょう……」
一通りの説明を聞いて頼永様と雫様は、感心しながらも呆れている。
「兄上。論より証拠では?」
「それもそうだね。じゃあ実際に使って見せますね」
頼華ちゃんの言うように、実際に目の前で使って見せるのが良いと思ったので、俺はドラウプニールを弾いて回転させた。
回転するドラウプニールは周囲の熱を気に変換して俺に供給し、余剰分が光になって身体から溢れ出した。
「おぉ……良太殿の身体が光り輝いて」
「まぁ……なんて神々しい」
神々しいとか言われると照れてしまうが、確かにおりょうさんや頼華ちゃんが使っている姿を見ると、女神様や天使のように見える。
「素敵……」
(……勘弁してくれ)
濡れた瞳のブリュンヒルドが、俺を見つめながらうっとりと呟いたのだが、美女の口から出ている言葉でも御免被りたい。
「あまり人前で使って欲しくは無いんですけど、窮地に陥った際には使うのを躊躇わないで下さい」
「わかりました、確かにこれ程の物であれば、奪ってでもと考える輩はいるでしょうからね」
気を無限に供給をされるという事は、気を用いる戦闘の技無限に使い続けられるという意味なので、武人であれば喉から手が出る程の品だろう。
「でも、個人の気に対応しているので、奪っても金の腕輪としての価値しか無いんですけどね」
「そうなのですか?」
「ええ」
ドラウプニールを使って光り輝いている状態ならば、実質的に奪う事は不可能なのだが、万が一が発生したとしても、最初に気のパターンを登録した者以外が使う事は出来ないのだ。
「すげぇもんだなぁ」
「あ。忘れてましたけど、これ、正恒さんの分です」
「あ?」
自分の前に置かれたドラウプニールを見て、正恒さんが反応に困っている。
「いや、良さんよ……俺は戦う人間じゃ無いんだがな?」
「鍛冶の作業にも、気は使いますよね?」
「まあ、そりゃそうなんだけどよ……」
自分がその作業を行ったから良く分かるのだが、刀匠が打つ刀に心血を注ぎ込むというのは、こっちの世界での気を込める事と同義なのだ。
鍛冶師としての腕前は当然として、作刀の段階でどれだけの気を込めたのかが、完成時の切れ味や強靭さを左右する。
「これで、正恒さんの渾身の一振りを打って下さい」
「良さん……わかった。有り難く受け取るぜ」
「はい。その代わりになんですけど……」
「ん?」
ここで交換条件を持ち出すのはフェアな行いでは無いのだが、話をするタイミングとして切り出す事にした。
「俺がいま滞在している場所に鍛冶場を作る予定なので、炉とかの設置の指導と、鍛冶の方も教えて貰えればと思うんですが」
「ああ。良さんが関わってなけりゃ信じらんねぇ話だが、土蜘蛛の末裔の里とか言う場所か」
「俺が関わって無ければって……まあ、そうなんですよ」
今日に至るまでの一連の話と、正恒さんの手にも渡っている衣類があるので、里の事はあっさりと信じて貰う事が出来たようだ。
「それで、良ければなんですけど、戦が無事に終わったら、頼永様と雫様も里に来ませんか?」
「「えっ!?」」
二人共驚いているが、その理由が俺には心当たりがある。
「し、しかし、良太殿。我等は土蜘蛛を退治した源氏の末裔ですよ?」
やはりというか、頼華ちゃんの佩刀である薄緑の別名、蜘蛛切の由来になった土蜘蛛退治が、頼永様と雫様には気掛かりだったのだ。
「その点は頼華ちゃんが里に滞在している時点で、言っても仕方が無い事ですよ」
蜘蛛の里の霧の結界に迷い込んだ切っ掛けは、里を護る紬が頼華ちゃんと、その佩刀である蜘蛛切の別名のある薄緑を察知して撃退しようとした事に端を発する。
その後に敵意が無い事を示し、傷ついていた紬を癒やして名を与えた事によって友好関係を築けたのだが、何故か俺が蜘蛛達の主人というポジションになってしまった。
「言われてみれば確かに……」
「ですが、私はこの通りの状態ですので」
頼永様は納得したみたいだが、身重の雫様は移動自体に気が進んでいないようだ。
「雫様の移動に関しては俺も悩んだのですが……ですがその点については、彼女達が解決してくれますので」
「「「えっ!?」」」
この流れで自分達に水が向けられるとは思っていなかったのか、ワルキューレ達が一斉に驚きの声を上げた。
「皆さんの愛馬達ならば、空を駆けられるから安全にお運び出来ますよね?」
「あ……ああ、そういう事ですか! ええ、勿論です。頼華様の御母上には、快適な移動を提供する事をお約束致しましょう!」
地形効果などの障害を無視して移動出来る、天を駆ける馬の主であるブリュンヒルドは、我が意を得たりと胸を張った。
(ワルキューレの愛馬が空を駆けられるっていうのを、昨晩の内に知れて良かったな)
頼永様と雫様夫妻を里に招待というのは以前から考えていたのだが、雫様が妊娠中というのがネックになっていた。
俺が抱えて飛んで移動するくらいは訳も無いのだが、人妻への行為としては良いとは思え無いし、おりょうさんや頼華ちゃんからも反対意見が出るだろうというのも容易に想像出来る。
おまけに絶対に落としたりしないようにするつもりはあるのだが、抱えて運ぶのは傍から見たら安定感には乏しいので、強要する訳にも行かないのだ。
その点で馬ならば、座っての移動になるので安定しているし、雫様も見ている方も安心出来るだろう。
「空を駆ける馬とは……いや、しかし、御使様ならば当然であるのか」
「蜘蛛の里は外界から隔絶されている場所なので、恐らくは世界で一番安全です。温泉もあるし、いいところですよ」
「里にお越し下さるのでしたら、母上のお世話は余が致しますので!」
「まあ……」
この屋敷で暮らしている間は、使用人達に世話をされる方だったからか、頼華ちゃんの言葉を聞いて雫様は驚くと同時に、様々な感情の混じった眼差しで見つめている。
「ふむ……私は公務があるので長期の滞在は難しいが、雫はお世話になっても良いのではないのか?」
「そうですね。では明日の戦が済みましたら、お世話になります」
「「「明日!?」」」
(そ、そういえば詳しい日程を利いて無かったけど……それにしても明日とは)
どうやら北条との戦は明日という、とても急な話だったようだ。
「その戦で、北条の方から選抜される武人についての情報というのは無いのですか?」
一度話を中断して、席を外して貰っていた胡蝶さんを呼び戻すのと同時にお茶が淹れ直され、戦についての話を再開した。
「一人は北条から下田の守護を命じられている、清水正次です。此度の戦は、その清水の役職も関わっておりますので」
「そういえば聞き忘れていましたけど、戦には双方から申し出る条件を掛けて行うんですよね? その条件というのを、差支えがなければ聞かせて貰えますか?」
「勿論です。今回は北条が鎌倉で生産を開始した塩を、瀬戸内から仕入れる半額で納めろと言ってきましてね」
「それは幾らなんでも……」
関東以北でも塩の生産はしているのだが、質も量も瀬戸内の十州塩田には敵わず、遠く離れているのに輸入に頼らざるを得ない状況になっている。
瀬戸内の塩の価格の大部分が輸送費だと考えると、もしも負けた場合には北条はタダ同然で塩を手に出来るという事だ。
「そんな馬鹿げた条件でも、受けるんですか?」
「此方が勝てば、下田沖からの水先案内の権利を放棄すると言ってきまして。それが先に名前を出しました、清水に関わりがあるのです」
「水先案内の権利と言いますと?」
イタリアのヴェネチアは周辺に浅瀬が多いので、水先案内人が先導をしないと座礁してしまうという話を聞いた事があるが、外洋に面している下田沖にそういう人間が必要だとは思えなくて、頼永様に訊いてみた。
「水先案内と言えば聞こえは良いのですが、実際には航行中の船に通行料を要求し、拒否すれば襲い掛かって無理やり徴収するというやり口です」
「ああ、成る程……」
有名な村上水軍が瀬戸内海で同じ方式で巨万の富を得ていたのだが、どうやら北条は西と繋がる陸路の箱根を抑えるだけでは無く、海路でも同じ様な事をやっているらしい。
「凪になっている時や、修理や補給などが必要な時の寄港でだけ儲けようとしてくれればいいのですが……こちらが勝てばそんな権利を放棄すると言い出したので、受けざるを得なくなりました」
確かに、下田の水先案内の権利が北条から開放されれば、浦賀水道を支配している源家は自由に関西と移動出来る航路を確保する事になるのだが、北条から要求される塩の量によっては財政が傾くかもしれないのだ。
「一応は塩の生産も順調ですので、予想される北條からの要求量を考えても、赤字方向には行かないと思いますので、負けたとしても殆ど失う物は無いと考えています」
「……仮に俺達が助成をしなくても、頼永様なりには勝算と、負けたとしても大丈夫だったという事ですか?」
「まあ私以外の者達で清水だけをなんとか出来れば、後は北条の頭領だけですので」
話を聞く限りでは、その清水という武人と北条の頭領が飛び抜けて実力があるらしい。
そうなると確かに頼永様の言う通りに、実質は大将同士の一騎打ちに持ち込めるという事だ。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん? 何か?」
何か意見があるのか、オルトリンデが手を挙げた。
「ここまでのお話を聞いていますと、頼華様が出奔されたのが切っ掛けでの戦というお話ですから、頼華様は選抜される中には含めない方がいいのでは無いですか?」
「あー……確かにそうかもしれませんね」
「それは……おるとりんで殿の言われる事にも一理ありますな」
「ど、どういう事ですか? 兄上、父上?」
領地の一大事であり、身重の雫様の代わりに戦う気満々だった頼華ちゃんは、話の内容が理解出来ずに俺と頼永様に説明を求めている。
「出奔した筈のそなたが代表として出る事になれば、北条は我等が頼華を嫁に出したくないばかりに、嘘の証言をしたと取りかねないだろう?」
「む……」
(確かに輿入れを望んだ北条からすれば、出奔したのを理由に断った頼華ちゃんがいるのを確認したら、嘘の言い訳をして断ったって取るだろうなぁ……)
頼永様から説明を受けて黙り込んでしまったところを見ると、頼華ちゃんも事態が飲み込めたようだ。
「では頼永様を大将として、他は俺と戦乙女さん達が出るという事で」
「そうなりますか。婿殿とお客人に迷惑をお掛けしますが……」
「良太殿、戦乙女の方々、宜しくお願い致します」
「わかりました」
「「「全力を尽くします」」」
頭を下げてくる頼永様と雫様に、俺とワルキューレ達も頭を下げた。
「それで、話を戻しますが。清水という武人の戦い方はわかりますか?」
「なんでも大力を誇るらしく、相手を防御の上からでも叩き伏せるような戦い方をするそうです」
「そうですか……」
話だけを聞くなら雑な戦い方に思えるが、北条が抱える武人ならば、技を超える力の持ち主なのかもしれない。
「そういう戦い方をする相手でしたら、私がお引き受けしましょう」
「ロスヴァイセさんが?」
初対面の時に複数の武器を身に帯びていたのを見ているが、防御用には小型の盾のバックラーしか無かったので、少し不安が過ぎった。
「良太様。我等の中ではグリムゲルデが防御には最も秀でているのですが、相手の出方を伺いながらの戦いならば、ロスヴァイセの右に出る者はおりません」
「成る程」
グリムゲルデが巨大なタワーシールドを持っていたのは強く印象に残っているが、どうやら戦闘スタイルも印象そのままの、防御特化のタイプらしい。
ロスヴァイセはグリムゲルデとは逆にオールラウンダーのようで、相手の戦い方やレンジに応じて武器などをセレクトして対応するタイプなのだろう。
「ん? 小型の盾はブリュンヒルドさんも装備していましたよね?」
「私は、相手に先んじて攻撃をするのが得意でして」
「あたしの戦い方は、さっき聞いた清水って野郎と似た感じですね」
どういう状況でもそれなりに戦えると思うワルキューレなのだが、やはり得意分野はあるようで、それが初対面時の装備に表れていたのだろう。
ブリュンヒルドはリーダーらしく槍を突き込んで先陣を切り、オルトリンデは両手に持ったバトルアックスを縦横に振るって戦うというのが得意のスタイルらしい。




