カレー風味ざるうどん
「では良太殿。早速その、水を使った付与とやらを……」
「頭領。ちっといいですかい?」
余程興味を持ったのか、頼永様が付与を試したいみたいなのだが、正恒さんから待ったが掛かった。
「む? 正恒殿、何か?」
「いやね、今日は移動もあって腹が減っちまったんで、長引きそうなら俺だけでもいいから、なんか食わせて貰えないかと思いましてね」
まだ昼にはなっていないが、昼食を始めてもおかしくは無い時間にはなっていた。
茶と茶請けは出されていたが、その程度では正恒さんの腹の足しにはならなかったようだ。
「これは気が付かなかったな……それでは一度話を区切りまして、皆さんも御一緒に食事にしましょうか」
「では頭領。私は……」
「あれ? 雫様は同席されないのですか?」
昼食の話が出た途端に、雫様が頼永様に断りを入れて、胡蝶さんの助けを借りて立ち上がった。
「ええ。このところの季節による湿気と、大きくなったお腹のお蔭で、どうにも食が進みませんで……」
「それは良くないですね」
来ている作務衣が快適さを保ってくれているので、俺自身は気候の変動に無頓着になっているのだが、言われてみれば暦の上では梅雨に入ってもおかしくない時期だし、海沿いの鎌倉は少し湿度が高い気もする。
「兄上……」
「うん。頼永様、雫様。良ければ昼食は、俺と頼華ちゃんに作らせて貰えませんか?」
「えっ!? そ、それは構いませんが、戦の世話になるばかりか、本来はおもてなしされる側の良太殿に……」
「え、ええ……」
頼永様と雫様は、俺達の申し出が予想外だったのか、お互いに顔を見合わせて困惑している。
「お気になさらずに。それに、今日の訪問の目的の一つでもありますので」
「訪問の目的、ですか?」
「ええ。ちょっとお手数なのですが頼永様と、正恒さんも一緒に厨房まで来てくれませんか」
「ふむ……」
「良さん、またなんか面白い事をしようってんだな?」
「それは見てのお楽しみという事で」
結局この場にいる全員が、厨房に移動して昼食の支度を見る事になった。
「うどん、ですか……」
「あ。もしかしてうどんは、食事としては良くなかったでしょうか?」
気温が少し高めなので塩の量を少し少なめに調整した水で小麦粉を捏ね終えて纏めた俺を見て、頼永様が難しい表情をする。
(江戸時代の武家や将軍様みたいに、食べられない物とかありそうだもんなぁ。失敗したかな?)
江戸時代の武家は下賤だとされている鰻や鮪などは食べなかったし、更に位が上の将軍となると、例えば鳥類は鶴、雁、鴨以外が食膳に上がる事は無かったと言われる。
「いえ、そういう訳ではありません。ただ我等の食事は領民が税として収める物や献上品で賄われているので、あまり食べた事が無いというだけです」
「ああ、成る程」
(言われてみれば頼華ちゃんも、蕎麦がきは食べた事があって好物だと言っていたけど、蕎麦切りに関しては江戸の竹林庵で食べたのが初めてだったのかもしれないな)
元の世界の江戸時代の将軍様の食事に比べれば少しは緩いみたいだが、領民に慕われている源家に献上される物は上質だろうし、更に料理人が厳選して調理をしてから食膳に上がるので、結果として庶民的な食事内容にはならないのだろう。
(家宗様が大前の鰻を贔屓にしてくれてたのも、その辺に原因があるんだろうなぁ)
味その物も評価してくれていたのだとは思うが、江戸の徳川家の頭領である家宗様の食事事情も源家と大差は無いだろうから、知らない味覚を求めて庶民の店に出向いていたのだろう。
「……良し。頼華ちゃん。俺はつゆの方を作るから、後は任せたよ」
「お任せ下さい!」
「お待ちを、良太殿。うどんを延ばして切るというのも、それなりに難しいのでは?」
「そうだぜ良さん。腰は十分にありそうだが、あんまり不揃いじゃなぁ」
頼華ちゃんの腕前を信用していないらしい頼永様と正恒さんは、はっきりとは口にしないが、どうして俺が仕上げをしないのかと言いたいらしい。
「ふふふ……父上、正恒、ここで新兵器の出番なのだ!」
「「「新兵器?」」」
椅子に座って見学している雫様も含めて、頼華ちゃんの方を注目する。
「これが、製麺機だーっ!」
「「おおっ!?」」
「まあっ!?」
それなりの大きさがある金属で構成された無骨な機械を、頼華ちゃんが虚空から取り出したのを見て、ドラウプニールを知らない人々の間から驚きの声が上がった。
「では兄上、始めます!」
「うん」
俺は竈に鍋を置くと、頼華ちゃんを見守りながら材料を切り始めた。
「うりゃあああぁ!」
「な、なんと! 綺麗に生地が延ばされていく!?」
「ははぁ……動く金属の棒の間を通して、生地を延ばすのか」
均一の厚さに延ばされていく生地を見て驚く頼永様とは対象的に、正恒さんは製麺機の構造や可動部などを職人の目で分析している。
「これで延ばす作業は完成です! お次に……」
ロール状に巻き取られた生地をセットし、切り刃の方に生地の先端を差し入れてからハンドルを回すと、等間隔の細い麺が出来上がっていく。
「成る程な。こいつを使えばお姫さんでも、失敗無くうどんを作れるって事か」
「お姫さん言うな。それに今回はこれを使ったが、余も少しくらいなら料理も出来るのだぞ!」
「ほぅ? それは本当ですか良太殿」
頼華ちゃんの言う料理云々に関して、頼永様が興味深そうに真意を問うてきた。
「ええ、本当ですよ。料理によっては一人で出来ると思います」
まだ目分量で作ったり、ありあわせの材料でなどのアドリブは無理だが、漫画に出てくる料理下手なキャラのように味見をしないとか、メインの味付け以上に隠し味をとか頼華ちゃんは考えないので、無難になってしまう反面、食べられないような料理を作ったりする事も無い。
順調にうどんを作っている頼華ちゃんを横目で見ながらつゆの支度を終えた俺は、食後のデザートの調理に取り掛かった。
「それでは、頂きます」
「「「頂きます」」」
頼永様の号令で、昼食を開始した。
「これは……匂いで咖喱だとは思っていましたが、うどんと合わせるとは」
「前に作った時と同じように、辛味の強い物と、抑えた物を用意しましたので、お代わりの時にはお好みをお伝え下さい」
俺が頼華ちゃんの協力を得て作ったのは、スライスした猪の肉と長葱、素揚げにした茄子とポーチドエッグを具にした、カレー味のつゆで食べるうどんだ。
ワルキューレ達の耐性もわからないので、最初は全員分をマイルドな辛さのつゆにしておいた。
「むぅ……洗って締めた冷たいうどんに、熱い咖喱味のつゆがこれ程合うとは」
「刺激的な風味にこの辛さ……良太殿。久しぶりに眠っていた食欲が湧き上がって来ましたわ!」
庶民的なカレー風味ざるうどんなのだが、頼永様と雫様の食べる姿には気品を感じさせる。
「うむ! 我ながらコシのある、良いうどんになったと思います!」
「うん。良く出来てるよ」
ほぼ機械任せではあるのだが、頼華ちゃんなりに食べ易い長さで切ってくれたりしてある。
「こんな、香辛料をたっぷり使った料理なんて……それに朝のお料理と同じ猪の肉なのに、まるで違う味わいに! 良太様、素晴らしいです!」
「口に合って良かったです」
箸に慣れていないと思って用意したフォークを使って、ブリュンヒルドは少量ずつうどんを口に運んでいる。
「御飯と一緒に食べてもおいしいんですよ。その内作りますから」
「はいっ!」
こっちの世界の北欧では香辛料は貴重品なのか、ブリュンヒルドはカレーに感激している。
「断面の四角い、少し太めのうどんは食ったんですけど、これくらいの太さのも旨いですね」
「ああ、讃岐うどんですね。同じ小麦粉を捏ねて延ばした物なのに、太さとか柔らかさとかつゆとかに、結構地域性があるんですよ」
「へぇ。それは色々と食べてみたいですね」
呟いたオルトリンデは、向こうの世界に滞在中に使い方を覚えたのか、器用に箸を使って日本人のように音を立ててうどんを啜った。
「……良太様。もしかしてこの汁にも、朝お使いになった昆布というのが使われていますか?」
「咖喱の風味が強いのに、良くわかりましたね? ええ、旨味を増す為に入っていますよ」
蕎麦屋のカレー南蛮のように鰹出汁を効かせたかったのだが、ワルキューレ達には生臭く感じるかもしれないので、今回も猪の肉から出る味と昆布の出汁を合わせ、少量の醤油を隠し味に入れて小麦粉でつゆにとろみを付けた。
(ロスヴァイセさんの食べ方は、味わうと言うよりは分析してるっぽいな)
鋭敏な味覚も持ち合わせているのだとは思うが、それ以上にロスヴァイセは口の中のセンサーをフル稼働させて、味わうと言うよりは料理を構成している素材を分析しているように見える。
そして驚いた事に、ロスヴァイセは既に箸の使い方を習得したらしく、うどんを摘み上げる所作も凄く様になっている。
「良太様。無論の事、お料理もおいしいのですが、あの機械も素晴らしいですね!」
「ああ、それは俺も思ったぜ。良く見りゃ構造的には難しく無さそうなんだがな」
「丁度良かった。頼永様、今回の訪問の理由の一つは、これを鎌倉で広められないかという提案なんです」
ロスヴァイセと正恒さんが良いタイミングで話題にしてくれたので、頼永様に製麺機の話題を振った。
「先程の機械をですか?」
「ええ。うどんなら季節なんかによっての塩加減を間違えなければ、蕎麦でも水回しのやり方を覚えれば、専門の職人じゃなくても、あの機械があれば作る事が出来ます」
「成る程……初期投資は少し大きくなるかもしれないが、長く修行をしなくてもうどんや蕎麦の店を開く事が出来ると」
食べる手を止めて、頼永様は製麺機の活用に関して思いを馳せている。
「ちゃんと修行をした職人さんの打つ物には、それはそれで良さがあると思いますけど、手打ちは体力も必要なので打てる量が限られますししね」
「ふむ……それに大量に作れるという事は、客に安価に提供出来るという事ですね?」
「そこまで読めますか……流石だなぁ」
「何を仰っているのやら。良太殿こそ、そこまでお考えだったのでしょう?」
俺が詳しく提言をするまでも無く、頼永様の頭の中では既に鎌倉での産業に活かす事まで考えが及んでいるらしい。
「後はあの機械を使って、うどんや蕎麦の乾麺を作って、長期保存の出来る食料を作れたらと思うんですが」
「成る程……実に興味深い話ですね」
「あの、お話中に申し訳ないのですが……良太殿、お代わりを頂けますか? 辛口の方で肉を多めに」
俺と頼永様の会話に、気がつくとうどんもつゆも綺麗に食べ終えている雫様が割り込んだ。
「雫……」
「で、でもあなた。おいしいんですもの……」
頼永様に窘められて、乙女のように頬を染める雫様だが、どうやら食欲には抗えなかったようだ。
「まあまあ、頼永様。雫様、茄子は食べ過ぎると良くないので、控え目にしておきますね」
『秋茄子は嫁に食わすな』なんて、言われるくらいに、茄子は取り過ぎると身体を冷やすと言われているので、妊婦である雫様は控えた方がいい食品だ。
「良太殿のお気遣い、痛み入ります……」
「いえいえ。その分、肉と卵をどうぞ」
温泉卵も追加したつゆと、食べ終わった器にうどんを盛り付けて雫様の前に置いた。
「良さん、俺にも貰えるかい。奥方の食えない分の茄子は、俺が引き受けるぜ」
「まあ! 正恒殿は意地が悪い事」
(さすが親子。こういうところは頼華ちゃんに似てるな)
正恒さんのちょっとした冗談に、雫様が可愛らしく頬を膨らませるのを見て、そんな事を考える。
「む! 兄上が何か、失礼な事を考えた気がします!」
「っ!? そ、そんな事は無いよ?」
(す、鋭いな……)
向こうの世界で長い時間を一緒に過ごしたからか、俺のちょっとした表情の変化などを、頼華ちゃんは読み取ったみたいだ。
「兄上! 余にもお代わりをお願いします! 肉もうどんもたっぷりで!」
「はいはい」
「良太様、あたしにも貰えますか?」
「あの、良太様……私にも」
「わ、私もいいですか?」
「勿論ですよ」
頼華ちゃんに続いて、オルトリンデは堂々と、ブリュンヒルドとロスヴァイセは遠慮がちにお代わりを申し出てきた。
「はぁ……久々にお腹いっぱいになるまで食べました。良太殿には感謝を」
お腹の辺りを押さえながら、雫様が満足そうに溜め息をついた。
「ありがとうございます。でも俺だけじゃなくて、頼華ちゃんも褒めてあげて下さい」
「勿論ですわ。ありがとう、頼華」
「はいっ! あの、母上」
「なんですか?」
「お腹に触っても良いでしょうか?」
少し離れて生活していたからか、それとも元々がこれくらいの距離感なのかはわからないが、雫様の大きくなっているお腹を見ながら、頼華ちゃんが小声で尋ねる。
「ふふ。そんな遠慮をしないで、好きになさい」
「はいっ! わっ!? う、動きましたよ!?」
「姉であるあなたの事がわかったのかしらね? これだけ元気だと男の子かしら」
「おお! では余の弟ですね!」
気の早い話をしながら、頼華ちゃんは期待に瞳を輝かせている。
「食後のお茶請けを用意しましたので、良ければどうぞ」
「むっ! あ、兄上、それはもしや!?」
鍋を食べる時に使うような、浅めで幅の広い小鉢に盛り付けられたデザートを見て、頼華ちゃんの目の色が変わった。
「うん。材料が手に入ったから、再現を試みてみたよ」
「おお、それは素晴らしい! では早速!」
「皆さんもどうぞ」
「良太殿。これは以前にも作って下さった、ぷりんと同じ物では無いのですか?」
「そうなんですが、少し材料と調理法を変えてあります。味の方も違ってますので」
以前にお世話になった時にもこの屋敷でプリンを作っているので、俺がわざわざ宣言したのと、頼華ちゃんが驚いている理由がわからなくて、頼永様は当惑しているのだ。
「あら、これはもしかして?」
「良太様、頼華様、これは前に食べたあれですか?」
一匙口に運んで、ブリュンヒルドとオルトリンデは、味の記憶が蘇ったようだ。
「むむ! 兄上、舌触りや硬さなどは完璧だと思いますが、惜しむらくは風味が足りませんね!」
「こっちでは、香り付けの材料が手に入らないからね」
俺が再現をしたのは、ブリュンヒルドとオルトリンデも交えて会食をした、イタリアンなファミリーレストランのプリンだ。
頼華ちゃんの言うように舌触りや硬さは、昨晩の内に猪の骨や皮から抽出したゼラチンで調節をして、味の方はカラメルの濃度などを店の物に近づけた。
しかし頼華ちゃんの指摘した風味、バニラだけはこっちの世界での調達は現時点では難しそうだし、代替品も思い浮かばなかったので、材料由来の香りしか感じられないのだ。
「良太殿と頼華が何を不満に思っているのかはわかりませんが、以前に作って頂いた物と比べると、私には格段においしく感じるのですが」
「本当に。前に頂いた物よりも硬く感じますが、こちらの方が卵や牛の乳、砂糖の味がはっきりと感じられて」
「俺もこっちの方が、ほろ苦さが利いてて好きだぜ」
頼永様と雫様だけでは無く、正恒さんからもお褒めの言葉を貰えた。
「卵なんて、茹でるか焼くかだと思っていましたが、こんな物が……」
「口に合いませんでしたか?」
ロスヴァイセが匙を握り締めて、難しい表情をしている。
「いえ、そうでは無くてですね……ブリュンヒルド様。我等の調理人には一度、はっきりと物申さねばならないと思うのですが?」
「そうですね。良太様にアク取りなども教えて頂いた事ですし」
「昆布って北欧にもありますかね?」
などと、ワルキューレ達はヴァルハラの食生活の改善を、料理人に叩きつける為の打ち合わせに入った。
「ところで良太殿」
「なんでしょうか?」
プリンを食べ終え、上品に口元を拭いた頼永様から声が掛かった。
「先程の製麺機に関してや、頼華や戦乙女の方々との会話の端々に、我等の計り知れない物が伺えるのですが、私の気の所為でしょうか?」
「それは……申し訳ないのですが話をする前に、胡蝶さんには席を外して貰ってもいいでしょうか?」
「は? で、ですが……」
給仕をしてくれていた胡蝶さんが、どうすればいいのかと頼永様と雫様の言葉を待っている。
「胡蝶。少しの間なら大丈夫ですから」
「……畏まりました」
「あ、胡蝶さん。厨房に料理人の方達と、胡蝶さんの分のプリンを作ってありますから」
「えっ!? あ……お、お気遣い感謝致します」
パッと明るい表情になった胡蝶さんなのだが、仕事中というのを思い出したのか、恥じ入るように頭を下げて退出していった。
「良さん。俺は構わないのかい?」
「正恒さんに隠し事というのは、俺には心苦しいので」
愛刀の巴を打つ時に協力してくれた鍛冶の師匠であり、何度も泊めて貰っている正恒さんにこれ以上自分の事を隠すのは、心情的に無理になっている。
では胡蝶さんはと言うと、打ち明けてしまっても構わないとは思うのだが、忍びという仕事をしている関係で、余計な情報を手に入れるのは今後に支障があるのでは無いかと思ったのだ。
「先ずですけど……俺はこの世界の人間じゃ無いんです」
「「「!?」」」
俺の隠していた事実を知らなかった、頼永様、雫様、正恒さんが息を呑んだ。
こっちの世界に来てから、向こうの世界に頼華ちゃんとおりょうさんと行って帰ってきて、そして今日までの出来事を掻い摘んで話した。




