試作グローブ&マント
「さて。話に区切りがついたから、そろそろ出掛けようかねぇ」
「あ、おりょうさん。出掛ける前にこれを」
俺は夜の内に作っておいた物の一つを、おりょうさんに渡した。
「これは……良太。前に作ってくれた手袋は、駄目になって無いよ?」
「そうなんでしょうけど……これは色々と力を付与してあるので、出来ればこっちを使って下さい」
戦う時に得物を使わないおりょうさんの為に、打撃の威力を増すが拳を痛めないように純鉄の粉末を封入した、相手を掴んで投げる事も出来る指ぬきグローブを渡したのだが、これは昨日のロスヴァイセと一緒に検証した文字による付与を施してある新作だ。
具体的には気を込めて編み上げる際に、見た目には目立たないように付与に使う文字を織り込んである。
通常時は見えないのだが、気を送り込むと文字が浮かび上がるのは水と筆による付与と同じだ。
「炎や雷を使う時に、気の消費を抑えながら効果も高まりますし、防御にも使えますよ」
簡単に使い方と、どういう効果を付与してあるのかを、おりょうさんに説明した。
「へぇぇ……そいじゃ、せっかく良太が作ってくれたんだし、道中はお守り代わりに着けとくよ」
「そうして下さい」
黒ちゃんと白ちゃんにブルムさんまでいるので、仮に野盗なんかが出ても相手の方が気の毒な結果になると思うのだが、少しでも安全度は上げておいた方がいいだろう。
「むぅ……御主人、あたいらには何も無いの?」
「御免ね。その内に衣類の方は全部、換装する予定だから」
これはその場凌ぎで言っているのでは無く、旅用の装束は全員分を付与を施した物に置き換えていくつもりだ。
「おりょうさん。俺はもう少しやる事があるので、先に出発して下さい」
おりょうさん達、江戸へ向かうメンバーと一緒に結界の外まで行きたかったのだが、鎌倉組の準備が整っていないので、それを終えるまではことらは出発する事は出来ない。
鎌倉は藤沢からはそれ程は遠くないのだが、江戸までは約四十キロあるので、俺達に付き合わせるとおりょうさん達の後々の行動に支障が出てしまうだろうから、先に出発して貰うのだ。
「うふふ……そいじゃ良太、お先に出掛けるよ」
早速、手に着けたグローブを嬉しそうに見ながら、おりょうさんは出発の挨拶をしてきた。
「御主人、いってきまーす!」
「主殿、行ってくる」
「鈴白さん、行って参ります」
「「「いってらっしゃい」」」
挨拶の言葉を口にしながら江戸への遠征組が出発し、残った者達がそれを見送った。
「兄上。やる事というのはなんですか? お手伝い出来るのでしたら……」
「有難う。でも手伝って貰う程の事じゃ無いんだ」
頼華ちゃんが気を利かせて申し出てくれたが、現時点では俺にしか出来ない作業なので断りを入れた。
「っと、その前に。ロスヴァイセさん、これを」
「えっ!? 私ですか?」
自分に振られると思っていなかったのか、ロスヴァイセが自分を指差して確認してくる。
「ええ。ロスヴァイセさんの髪の色は目立つので、移動中はこれを」
「これは……」
俺がロスヴァイセに手渡したのは、おりょうさんのグローブと同じく夜の内に作っておいた、地味なグレーの試作品のフード付きのマントだ。
「おりょうさんに渡した手袋みたいに、防御と認識阻害の付与を施してあります。通常時でも、かなり目立たなないと思いますけど」
「凄い……それに軽い」
保温効果も考えてそれなりに厚みもあるのだが、ロスヴァイセの言うようにかなり軽量に作ってあるので、移動時に負担にならないようしてある。
「……兄上、余の分は?」
「さっき黒ちゃんにも言ったけど、少し待ってね。さて、後はオルトリンデさんの分を作らないと」
「むぅ……」
頼華ちゃんは不満そうではあるが、自分にはこれまで使っていた外套もあるし、ワルキューレ達の容姿が目立つというのもその通りだと思っているみたいなので、食い下がってきたりはしなかった。
「……ん? 兄上、何故に外套を二つ作っているのですか?」
「こっちはオルトリンデさんの。こっちは……どうぞ」
「えっ!?」
布の面積は大きいが形状が単純なマントを二枚同時に作り上げ、その内の一つを差し出すと、ブリュンヒルドが驚きに目を丸くしている。
「あ、あの……これは私の分なのですか?」
「さっき、一緒に行きたいって言ってましたよね?」
「き、聞こえていらっしゃったんですか!?」
頼華ちゃんが被せ気味に会話を断ち切ってしまったのだが、ブリュンヒルドの言いたい事は聞こえていた。
「ええ。それに、戦乙女の指揮官であるブリュンヒルドさんが同行した方が、説明がし易いので」
ワルキューレ達の内の誰が同行しても驚かれそうなので、ロスヴァイセとオルトリンデだけでは無く、リーダーであるブリュンヒルドが一緒の方が、俺や頼華ちゃんとの関係を頼永様へ説明するのが楽だろうと考えて、同行を申し出たのだった。
「靴は今までの物を履いて貰うしか無いんですけど……」
「じゅ、十分どころか過分な配慮でございます。嬉しい……」
「そんな……」
渡したマントを抱きしめるようにしながら涙を浮かべるブリュンヒルドを、どう扱っていいのか困ってしまう。
「そ、それじゃ、俺達も出掛けようか?」
「そうですね! 征くぞ皆の者!」
「「「はいっ!」」」
知らない者が見たら頼華ちゃんがリーダーだと勘違いしそうな程に、ワルキューレ達は号令に従って一斉に返事をした。
「後の事はお願いします」
「お任せを。もしもこの地に害を成すような者が現れましたら、悉く蹴散らしてみせましょう」
「……程々に」
頼もしくゲルヒルデが請け負ってくれたのだが、頼もし過ぎてオーバーキルにならないかが心配だ。
「行ってきます」
「「「行ってらっしゃいませ」」」
里の出口まで揃って送ってくれそうなのをなんとか押し留めて、食堂で挨拶を交わしてから俺達も出発した。
「……凄いな。本当に藤沢の山の中だ」
以前に猪や鹿の巻狩を行った時に、正恒さんの家の奥の方まで足を伸ばしたのだが、その時に見た風景が目の前に広がっている。
「兄上……もしや自信が無かったのですか?」
「そういう訳じゃ無いんだけど……」
考えてみれば、これも夜の内に検証しておけば良かったのだと、疑わしそうに頼華ちゃんに言われて、今頃になって後悔している。
「おお! 懐かしの正恒の家ですね!」
「そうだね」
数分歩くと、数ヶ月程度ではあるのだが懐かしさを覚える、正恒さんの工房兼自宅が見えてきた。
「正恒、余だ! おるか!」
走り出した頼華ちゃんが、家に向けて叫んだ。
「朝っぱらから煩えなぁ……よう、良さん」
「こら正恒! 余を無視するな!」
「おはようございます、正恒さん。御無沙汰しまして」
頼華ちゃんの頭越しなのは申し訳ないとおもうのだが、俺は数カ月ぶりに再会した正恒さんと挨拶を交わした。
「むっきーっ! 兄上まで!」
「まあまあ……」
頼華ちゃんが可愛らしく胸の辺りをポカポカ叩いてくるが、無論だが本気じゃないので痛かったりはしない。
「良さん、さっき姐さん達も顔を出したんだが、一緒じゃ無かったんだな?」
「ええ。おりょうさん達は江戸に向かって、俺達は鎌倉に向かうんですけど……ところで正恒さん、今日は予定は?」
「ん? 急ぎの仕事は無いが、何かあるのかい?」
「出来れば正恒さんも一緒に、鎌倉に来て欲しいんですよ」
「そりゃ構わねえが……」
俺の真意を確かめるかのように、正恒さんが視線を送ってくる。
「鎌倉の新しい産業の為に、正恒さんにも協力して欲しいんですよ」
「新しい産業ってーと、最近やり始めた塩の生産みたいなのかい?」
「塩に関してはもう少し効率化させられる方法があるので、それを頼永様に提案するつもりです」
「ふむ……」
俺の言葉を聞いて、自分の技術的な部分が必要だという事を悟ったのか、正恒さんが神妙な表情をする。
「ところで良さん。そっちのお連れさん達は紹介してくれねぇのか?」
「ああ、そうでしたね。こちら、大陸の西の方から来たブリュンヒルドさん、オルトリンデさん、ロスヴァイセさんです」
「「「はじめまして」」」
俺が紹介をしたので、三人は被っていたマントのフードを脱いで顔を晒し、正恒さんに挨拶をした。
彼女達がワルキューレだというのを正恒さんに秘密にする気は無いのだが、後で頼永様や雫様も交えた場で説明しようと思っている。
「こりゃあ……会った事はねぇが、天女様って感じの姐さん方だなぁ」
「そ、そうですね……」
(感じたままを言ってるんだろうけど、正恒さん恐るべしだな)
輝く金髪に抜けるような白い肌に碧い瞳、日本人とは明らかに違う顔立ちを見ての感想を正恒さんは口にしただけなのだが、ワルキューレは天女と同じと言ってもいい存在だ。
偶然だとは思うのだが、正恒さんがいきなり核心を突いてきたので内心で焦る。
「宜しくお願い致します」
「宜しくぅ!」
「よ、宜しくお願い致します! あの、正恒様は、良太様の鍛冶の師匠だと伺っておりますが……」
ブリュンヒルドとオルトリンデに続いて挨拶をしたロスヴァイセは、我慢しきれないといった感じで正恒さんに質問を浴びせた。
「師匠とか、そんな上等なもんじゃねぇんだが……確かに鍛冶を教えたよ」
「まぁぁ……あ、あの、何か作品を見せて頂く訳には!?」
「落ち着きなさいロスヴァイセ。今日は私達は、良太様のお供なのですよ?」
「はっ!? そ、そうでした! 大変失礼致しました……」
ブリュンヒルドに注意されて我に返ったロスヴァイセは、俺に向けて深々と頭を下げた。
「失礼って事は無いんですけど、後で時間を作りますので少し我慢して下さい」
「は、はいっ!」
一度身体を起こしたロスヴァイセは、再び頭を下げた。
「良さん。出掛けるのに支度をするんで、ちっとばかし時間をくれるかい?」
「勿論ですよ」
「そこの、ろすゔぁいせとかいう姐さんよ」
「は、はいっ!」
自分のした事を咎められるかと思ったのか、正恒さんに呼び掛けられてロスヴァイセがビシッと背中を延ばして気を付けをした。
「俺が支度をしてる間は、道具類に触ったりしなけりゃ、中を好きに見てくれて構わねえからよ」
「あ……はいっ!」
正恒さんの言葉が予想外だったのか、ロスヴァイセは一瞬何を言われたのか理解していない感じだったが、すぐにぱあっと表情を明るくした。
「正恒さん。俺はちょっとやる事があるので、外で待ってますから」
「了解だ」
手をひらひら振りながら正恒さんが家の中に入っていき、後にロスヴァイセが続いた。
「兄上、何を?」
「ちょっと材料の調達をね」
「材料、ですか?」
「うん」
「「?」」
疑問顔の頼華ちゃんとブリュンヒルドとオルトリンデを連れて、俺は家の近くを流れる川に向かった。
「まあ。ここはお風呂なのですね!」
「へぇぇ。里の風呂もいいけど、こういうのも風情があるなぁ」
石の転がる河原だと思っていたら、その一角で湯気が上がっているのに気がついて、ブリュンヒルドとオルトリンデが驚いている。
「兄上。温泉でも汲みに来たのですか?」
「まあ、見てて」
頼華ちゃんが首を傾げる中、俺は河原の縁まで歩くと、そこでドラウプニールを指で弾いた。
「……おお。やっぱり里の川よりも幅があるから、埋蔵量も多いんだな」
「それは……金属ですか?」
「うん。鉄だよ」
里を流れる川から集めた純鉄が底を尽きそうなのと、これから鎌倉で提案する内容には鉄が必要なので、ここで集めておく。
(と言うのは建前なんだけどね……)
里の川で集めた純鉄が新たな建物の冷蔵庫を作るのに使用したので、使い切ってしまいそうだというのは本当なのだが、実は俺の元いた世界に滞在している間に、多量に集めてきたのだった。
元いた世界の自宅近くの多摩川の底には、最近は大分綺麗になったとは言え堆積している鉄以外にも、投棄された空き缶やスクラップなどの金属類が多量に沈んでいたので、掃除も兼ねて集めてきたのだった。
その時にふと思い立って、別の金属を集められないかと試した見たところ、驚いた事に銅、そして金が取れた。
銅も金も、恐らくは投棄されている家電製品から抽出したのだと思うが、以前に汚泥の中に金が含まれていたというのをテレビ番組で観た事があるので、ひょっとすると堆積しているヘドロの中に含まれていたのかもしれない。
「川の底には、こんなにも鉄が沈んでいるのですね」
「うん。この方法を使うと無駄が出ないんだ」
「無駄ですか?」
「うん。実は製鉄って多量の木炭を使うのと、精錬する段階で使えない成分がいっぱい出るんだ」
俗にノロと呼ばれる製鉄に際して出る残滓だが、例えば銑押しというたたら製鉄法を用いる場合には、木炭と砂鉄を十八トンずつ使用して、得られる鋼が約三百キロ、銑鉄が四トンで、残りがノロになるというデータが、元の世界にいる間にネットで調べたデータで表れていた。
「それに、この方法で集めた鉄は、不純物が入らないから錆びないんだよ」
「さ、錆びないのですか!?」
「うん。でもね、俺の元いた世界の技術でも純鉄は精錬出来ないから、詳しい性質はまだわからないんだ」
水の場合でも飲料水と純水では性質が変わるので、もしかしたら錆びない以外の性質もあるのかもしれないのだが、現代の技術でも金と同じで純度百パーセントには出来ないので、検証そのものが不可能なのだ。
「これだけあればいいかな」
手で持った感じで、二十キロくらいの鉄の塊が出来たところで、俺はドラウプニールの回転を止めた。
「短時間で随分と集まりましたね!」
「そうだね。本当はもっと欲しいところだけど、全部を純鉄で作る必要も無いから」
「そうなのですか?」
「うん。通常だと錆び易い箇所に純鉄を使って、耐久性を上げられればと思ってるけど、ドラウプニールが無ければ精錬出来ない金属じゃね」
「「「あー……」」」
錆に強く耐久性があればと思って、今回は提案する予定の機械の一部のパーツを純鉄で制作する予定なのだが、ドラウプニールが無ければ精錬出来ない金属では、今後鎌倉でパーツの交換や整備をする際に困るのだ。
それがわかったので、頼華ちゃんとブリュンヒルドとオルトリンデは、声を揃えて納得顔になった。
「それじゃ戻ろうか」
「「「はい」」」
俺達は正恒さんの家を目指して、河原を歩き始めた。
「おう、良さん。丁度良かったな」
「出掛ける準備は整いました?」
俺達が家の入口近くまで歩いたところで、風呂敷包みを身体に括り付けた正恒さんとロスヴァイセが出てきた。
「まあ、な。姐さんにあれこれ訊かれたんで、良さん達を待たせちまったかと思ったんだが」
「も、申し訳ありません!」
正恒さんが苦笑しているところを見ると、どうやらロスヴァイセは鍛冶の為の施設や道具類について、質問攻めにでもしてしまったのだろう。
「別に作業中じゃ無ければ、構わねぇけどな」
「え……あの、だとすると、実際の鍛冶の作業を見せて頂く事は出来ないのですか?」
当たり前だがロスヴァイセは作業場や道具類だけでは無く、実際の日本式の鍛冶を見てみたいのだろう。
だから正恒さんに作業風景を見せて貰えないという会話の流れに、疑問と落胆の表情を浮かべている。
「ロスヴァイセさん。この国の鍛冶の神様の金屋子様は女神様で、作業場に女性が入るのを嫌うらしいんですよ」
「そうだぞ! 兄上が作業をした時には、余と姉上も追い出されたのだからな!」
「そ、そんな……」
鍛冶場の見学にかなり期待が大きかったのか、ロスヴァイセの落ち込み様は見ていて可哀想な程だ。
「正恒さん。ある場所に鍛冶場を作るつもりなんですけど、そこで作業する時に見せてあげるというのは大丈夫ですかね?」
正恒さんの作業場で無理をして貰う訳には行かないので、里の作業場に設ける予定の鍛冶場で試せないかと思って訊いてみた。
「俺は鍛冶師としては金屋子様は祀った方がいいと思うし、その上で作業場に入れるとなると……まともなもんが出来ないかもしれないぜ?」
「そうかもしれませんけど……」
「あ、あの、良太様。私の為にそこまでして頂かなくても……」
「いや。俺自身も、ちょっと検証してみたいんですよ」
それは教義的な物や男尊女卑的考え方以外で、実際に神仏が女性を嫌って出来が左右されるのかという事をだ。
不遜な行為だとは思うのだが、こっちの世界に来てお世話になっている神仏がそんなに狭量だとは思えないので、怒らせてしまうかもしれないという危険を孕みつつも試してみたいのだ。
「正恒さんは、鍛冶場を作る時に指導だけしてくれればいいですから」
「おいおい。そこまで言われちゃ俺だって、逆にやってみたくなってくるじゃねぇか」
「えー……」
思っていたのとは違う反応、なんと正恒さんはニヤリと笑ったのだった。
「俺も金屋子様に感謝の気持はあるんだけどよ、自分の腕前にもそれなりに自信はあるんで、神様の助力が無けりゃ打てないのかって考えちまってよ」
「ああ、成る程」
正恒さんは神様のくれた幸運や偶然という要素を排して、自分の知識と腕前だけで最高の作品が作れないかと考え、実際に試してみたくなったのだろう。
正恒さんは神様を蔑ろにしようというのでは無く、根っからの鍛冶師であり、そしてチャレンジャーであるという事だ。




