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サウナ

「えっと……良太様。『あれ』に関しては、特に後処理などははなさらないのですか?」


 ロスヴァイセの言う『あれ』というのは、夜で遠いにも関わらずに見えている、白く波打つ琵琶湖の湖面の事だ。


「……まあ、大きな音以外には被害は無さそうなので、謎の怪現象という事にしておきましょう」


 電磁加速させた純鉄の進路上にも着弾点の周辺にも民家などの建物は見えないし、夜間という事もあって漁船や渡し船なども航行していたりもしないので、推測ではあるが被害は無いと考えられる。


 発射場所である現在地の岩山も、琵琶湖からはキロ単位で離れているので、まさか実行犯がこんなところにいるとは誰も思わないだろう。


 夜中に発生した轟音で飛び起きた人もいると思うが、俺達が琵琶湖を渡る時にちょっかいを出してきた、大鯰の仕業とでも勘違いして貰おう。


「ロスヴァイセさん、今夜はここまでして里に戻りましょうか」


 だが、万が一も無い訳では無いので、早々にこの場からは離れた方がいい。


「はい。では、どうぞ!」

「……わかりました」


 行きと同じくロスヴァイセがグラーヌスを示すので、俺は鞍に跨って彼女を引っ張り上げた。



「そうだ。ロスヴァイセさん。あなたの個人的な意見で構わないんですけど、里にあったら便利だと思う施設とか道具なんかはありますか?」


 ふと気になったので、里へ向けてグラーヌスで空を駆けながらロスヴァイセに訊いてみた。


 一般的に言う人間と同じカテゴリーに入れていいのかはわからないし、人の世とヴァルハラでの生活は大分違うとは思うのだが、少しでも里で快適に過ごして貰う為に意見の聞き取りは必要だと思ったからだ。


「それは、なんでも宜しいのですか?」

「全部を叶えられるかはわかりませんが、出来る限りは希望に沿いたいとは思ってます」


 例えば食事の全てを洋風にしろと言われても、それを子供達に強いる訳には行かないので、毎日は無理だという返事をするしか無い。


「でしたら、サウナが欲しいです!」

「サウナ、ですか?」


 寝泊まりする場所か食事についての要望が来るかと思っていたが、ロスヴァイセは思いっきり無邪気な笑顔で、予想外の返答をしてきた。


「そうです! 里にある温かなお湯に浸かるお風呂も気持ちがいいのですけど、骨の髄から汗をかくようなサウナと、その後で飛び込む水風呂は最高なんです!」

「は、はぁ……」


 サウナと水風呂について瞳を輝かせながら、ロスヴァイセが熱く語る。


「サウナ用の小屋はすぐにも出来ますけど……中を高温に保つ炉みたいな物があればいいんでしたっけ?」


 まだ木材には比較的余裕があるので、サウナ用の小屋を作る程度なら問題無い。


「ええ。そこに水を掛けて水蒸気を発生させたりして、中の温度を調整するんです」


 何度か利用した事があるのだが、俺が使ったサウナは室内に炉は無かったので、石を焼いたりという方式では無く、おそらくは電気などを利用していたのだろう。


「薪で火を焚く方式だと時間も掛かりそうだし、換気の問題もあるけど……そこは授かってる権能で、なんとかなるか」


 授かっている不動明王の権能での炎は、熱を発生させるが物を燃やさないという使い方も出来る。


 燃焼という反応をせずに熱を得られるので、当然ながら空気が汚れるという事も無いから、出来るだけ密閉する必要があるサウナの熱源にはピッタリだろう。


「水風呂ですけど、里の西側にある小川を利用っていうので大丈夫ですかね?」


 現在の風呂と隣接させるようにした方が、サウナも入浴という観点から言えば使い勝手が良さそうなのだが、ワルキューレ達全員が一度に利用出来るサイズの方が良さそうだという事を考えると、サウナの小屋だけでもそれなりの面積と容積の建物になってしまう。


 その上で水風呂までもとなると、現状の風呂場に隣接させる状態で建設すると周辺スペースの問題で、里の更なる拡張が必要になってしまうだろう。


「小川があるのですか?」

「ええ。戦乙女(ワルキューレ)さん達の宿舎の、すぐ近くにありますよ」


 ワルキューレ達の宿舎は小川を背にするように建っているからか、引っ越し初日という事もあって、ロスヴァイセは存在に気が付かなかったようだ。


「まあ! それはなんて嬉しいお話なのでしょう! 私達の中には湯船に浸かるよりは、サウナと水風呂だけの方が喜ぶ者も多いでしょうから」

「そういうものですか?」


 寒さの厳しい北欧では、サウナで新陳代謝を高めるというのも生活の知恵なのかもしれないのだが、日本人式の深めの浴槽に浸かるのに慣れている俺には、ちょっと理解し難い感覚だ。


「はい。北欧には湖が多いので、水風呂では無く湖水に飛び込んだりもしますので、水が綺麗でしたら小川でも十分です!」

「なら、大丈夫だと思います」


 里の西側を流れる小川には、水温が低くて綺麗じゃなければ棲息出来ないと言われるイワナが泳いでいるし、見た目にも凄く澄んでいる。


 小川の深さは中程まで行っても二メートルも無い程度であり、流れも極端には早くないので、水風呂代わりに使っても問題は無いだろう。


「でも、この辺にはサウナの必需品の、白樺が生えていないのですよね……」


 一転して表情を曇らせながら、ロスヴァイセがポツリと呟いた。


「白樺って……そんなに重要なんですか?」

「ええ。サウナで使う薪は白樺というのが定番ですし、利用中に身体を叩いて代謝を促すのに、白樺の枝を束ねた物を使うんです」

「成る程」


(白樺か。入手出来なくは無いけど……ちょっと手間だなぁ)


 白樺は寒い地域の樹木なので、関東以北や信州の標高の高い場所などにしか生えていない。


 蜘蛛の里から出て行動出来る範囲から、白樺の生えている地域までは極端に遠くは無いのだが、入浴に使う物を入手する為だけに出向くと考えると、ちょっと労力に見合うとは言えそうに無い。


「白樺の生えている地域は教えますから、どうしても欲しいという事でしたら、調達は自分達でお願いします」


 しかし、サウナに愛着があるワルキューレ達が、白樺を欲しいと思うのを止める気は無いので、その辺は彼女達の自主性に任せる事にする。


「はい! ああ、今から楽しみです!」

「ははは……」


 まだ相談の段階なのだが、既にロスヴァイセの中ではサウナの設置は決定事項になっているみたいなので、出来るだけ早く小屋を作る方向で動こうと思う。



「到着、っと」


 里の入り口近くに降り立ったグラーヌスの頭を軽く撫でてから、俺は地面に飛び降りた。


「えいっ!」

「おっと!」


 石切り場の時と同じく、グラーヌスからひらりと身軽に飛び降りたロスヴァイセを受け止める。


「今夜は長く突き合わせちゃって、すいませんでしたね」

「いいえ! とっても楽しいひと時を過ごさせて頂いて、ありがとうございました!」

「そんな……」


(まさか、礼を言われるとは思わなかったなぁ)


 そう思った俺の目に映るロスヴァイセの表情は、本当に感謝しているという感じだ。



「どうもありがとうね、グラーヌス」

「世話になったね」


 ブルルル……


 ロスヴァイセに続いて礼を言うと、グラーヌスは興味無さそうな風を装って喉をの鳴らした後で、俺達の方に頭を寄せてきた。


「いい子ね。さ、もうお帰りなさい」

「わ!?」


 グラーヌスはロスヴァイセに頭を預けたままの状態で、フレイヤ様や天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様が去った時と同じように、その場で塩の塊に変化して崩れ去った。


(ワルキューレだけじゃ無くて、騎馬の方もこうなるんだなぁ……)


 死んだ訳では無いとわかっているのだが、ほんの少し前まで自分を乗せてくれていたグラーヌスが一瞬で塩と化したのを見て、複雑な心境になった。


「ロスヴァイセさん、眠いですか?」

「大丈夫です。今夜は良太様に様々な素晴らしい物をお見せ頂きましたし、その上サウナまで作って下さると聞けば……はぁぁ、(たかぶ)りますわぁ」

「そ、そうですか……」


 グラーヌスが目の前で塩と化してしまった事については、ロスヴァイセは特に気にした様子は無く、上気した頬に手を当てて夢見るような笑顔で熱く語りながら、艶めかしい溜め息をついている。


「眠いかどうかを尋ねたという事は、まだこれから何かなさるのですか?」

「おりょうさんや子供達が協力して、皆さんの寝間着や布団は作りましたけど、さっきロスヴァイセさんに作ったような、日常で使う衣類を用意しちゃおうかと思いまして」


 とりあえず寝る支度の為に最低限の下着に寝間着、寝具類を手分けして用意して貰ったのだが、起きてから着る物や着替えが無いのに気がついたのだ。


(下着の替えは……俺達は出掛けちゃうから、紬辺りに丸投げするとしても、全員分の服と靴下なんかは要るよなぁ)


 今後は女性用の下着に関してはごく親しい相手にしか作る気は無いので、今回は出掛けてしまうおりょうさんや頼華ちゃんには任せられないが、同姓同士でなんとかして貰うつもりだ。


 下着以外の衣類は、デザインを考えるのが面倒なので全員分の作務衣と、靴の生活に慣れているだろうから靴下を、色や柄違いで用意しようかと思っている。


「まぁぁ……良太様の寛大な御心に感謝を」

「そこまでしないでもいいですから……」


 ロスヴァイセが大袈裟に跪いて頭を下げるが、そんな身分じゃ無いのでやめて貰う。


「良太様をお手伝いする事は出来ませんが、せめてお傍で見守らせて頂きますね」

「いや、それは……そうだ。サウナの小屋を作っちゃいますから、汗を流してきては?」


 サウナの小屋自体はすぐに設置出来るし、熱源に関しては考えがある。


「まあっ! そ、そうですか?」


 少し遠慮している感じが伝わってくるが、それでもロスヴァイセはサウナの持つ魅力には逆らえないようだ。


「それじゃ、先にサウナを設置しちゃいますね」

「はいっ!」


 今まで以上に元気よく返事をするロスヴァイセに内心で苦笑しながら、里へ向けて霧の中を歩き始めた。



「こんな感じでいいですかね?」

「はい! 凄く素敵……」


 天沼矛(あめのぬぼこ)システムを起動して、早速作り上げたサウナ小屋を前にして、ロスヴァイセがうっとりとしながら呟いた。


 サウナ小屋は中で壁で仕切られている脱衣所と、小川に向けて伸びている通路側の二箇所に出入り口が設けられている。


 異世界の中にある里を流れる小川が氾濫する事は無いと思うのだが、念の為に高床式の構造にして、通路の両端には里の方と小川の方に繋がる階段がある。


 内部は通路と反対側の壁沿いが、サウナに良くある階段状に腰を掛けられる構造になっていて、通路側の入口近くに熱源になる炉を置いた。


 石組みで作られている炉の中には丸石が積み上げられていて、その内の幾つかに手持ちの(たがね)で不動明王の種子である『カーン』を彫り込み、(エーテル)を送り込めば熱が発生するようにした。


 種子を彫り込んだ石には(エーテル)を永久消費で込めて、持続時間分の(エーテル)を送り込めば発熱を始め、送り込んだ量を使い果たせばオフになる仕組みにした。


 (エーテル)の永久消費とは言っても、里の拡張に使用した量に比べれば微々たる物だし、ドラウプニールで回復を出来るので全く問題は無い。


「凄い……お手軽に使える上に、安全面まで考えられているなんて!」

「小さい子もいますからね。もし入りたいって言い出したら、お手数ですけど面倒を見てあげて下さい」


 後で子供達には注意する予定だが、サウナの利用も小川で泳ぐのも、年長者がいない場合には原則禁止にするつもりだ。


 サウナでは張り合って体調を無視して長く利用する子もいそうだし、ただ泳ぐだけならばそれ程は心配しないのだが、サウナで熱くなった直後だと体調を崩す可能性もあるからだ。


「はいっ! では早速……」

「脱衣所があるんだから、この場で脱がないで下さい!」


 温度が上昇し始めた炉の前でロスヴァイセが、我慢しきれないと言わんばかりにドラウプニールを操作して下着姿になったので、俺は脱衣所に繋がる扉を指差しながら背を向けた。


「はっ! も、申し訳ありません!」

「いいですけど……俺は来客用の建物の応接室にいますから。あ、これ使って下さい」


 俺は以前に作り置きしておいた、大小のサイズのタオル代わりの布をロスヴァイセに渡した。


「ありがとうございますっ! では三セットくらいで切り上げてから、伺いますね」

「ははは……」


 三セットというのは、熱くなって水に飛び込んでというローテーションを三回繰り返すという事なのだろう。


(砂時計とか、買ってくれば良かったかな?)


 俺は温度が上がり始めたサウナ小屋を後にしながら、そんな事を考えた。


 サウナの室内には利用時間の目安になるように、壁に時計が設置されている事が多いのだが、こっちの世界ではデジタル式は望めないし、アナログ式が手に入ったとしてもデリケートなので、サウナ内の環境に耐えられないだろう。


 こっちの世界でもガラスが皆無な訳では無いので、探せば砂時計くらいは入手出来るかもしれないのだが、向こうの世界の百均で買っておけば良かったかなと、今更ながらに考えた。


 しかしサウナの設置を頼まれるなんて、向こうに滞在している間には思いつきもしなかったのだから、砂時計の購入など思いつかなかったのは、仕方の無い事ではあるのだが……。



「……これで良し、と」


 ロスヴァイセの分を除くワルキューレ八名分の作務衣と、これはロスヴァイセの分も含む靴下を人数×三足分を、糸を操作して作り上げた。


 作務衣は派手にならないように寒色系の濃淡色違いにしたが、靴下の方は白無地だ。


「後は……」


 サウナの利用で着替えが必要になるロスヴァイセの、下着と寝間着の作成に取り掛かった。


 特別扱いをするつもりは無いのだが、一度脱いだ下着や服を再度身に着けるのは抵抗があるだろうと思い、様々な検証に突き合わせたお詫びとして作る事にした。


「……あ。ロスヴァイセさんは、藤沢にも付いてきたいって言ってたんだっけ」


 藤沢の正恒さんの家に立ち寄った後で俺は鎌倉に向かう予定なのだが、探究心の強いロスヴァイセが付いてくると言う事が予想出来る。


 その場合、特に断る理由も無いので同行を許可すると思うのだが、ロスヴァイセには身の回り品が何も無いので、準備する必要があるのだ。


「ワルキューレ達の日用品も必要だよな……手分けして調達するしか無いか」


 来客用や、現在使っている物が破損した時の事を考えて、食器類は百均で十組程を買い込んで来てある。


 しかし歯磨き用の房楊枝など、細かな日用品も人数の増加で消費が多くなるので、思いついた時に買い足しておいた方が良さそうだ。


「只今戻りました! とーっても気持ち良かったです!」

「お疲れ様です」


 時間を(わきま)えて小声ではあるが、ツヤツヤになった肌に薄っすらと汗を浮かべたロスヴァイセは、元気溌溂という言葉を体現するような笑顔だ。


 貫頭衣の寝間着姿なので、剥き出しの長い脚の白さが眩しい。


「えっと……ロスヴァイセさん」

「はい?」


 少し遠慮がちに声を掛けると、ロスヴァイセは不思議そうに俺を見てくる。


「飲み物を持ってきますから、良ければこれ。着替えです」

「え……こ、これはお気遣いを頂きまして!」


 新たに作った作務衣と貫頭衣の寝間着、その上に小さく畳まれた布、下着が載っているのを確認して、全てを察したロスヴァイセは真っ赤になった。


「じ、実はこの下って、何も……」

「そういう報告はいいですから……それじゃ」

「は、はいっ!」


 寝間着の下は何も着けていないとロスヴァイセが言い掛けたのだが、途中でそれを遮って軽く手を挙げた俺は、隣の厨房に向かった。



「どうぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 仕込んでおいた氷が出来上がっていたので、麦湯の入った湯呑に浮かべて差し出すと、まだほんのりと頬を染めているロスヴァイセが、礼を言って手に取った。


 見た目の格好は貫頭衣の寝間着と、さっきまでと変わらないのだが、俺が厨房に行っている間に着替えは済ませたのだろう。


「はぁ、おいしい……サウナに入ってたっぷり汗を流した後で冷たい飲み物なんて、最高ですね!」


 喉を鳴らして湯呑の半分くらいを一気に呑んだロスヴァイセは、表情を輝かせた。


「それは良かった。そうだ、サウナの脱衣所と通路の脇にでも、飲み水の容器を置いた方がいいですね」


 現代のサウナのように、休憩所にウォーターサーバーが設置してあるなんて事は無いので、水瓶でも置いて常時水分補給を出来るようにした方がいいだろう。


「何から何までお気遣い頂いて……水は切らさないように私が責任を持ちますので、お任せ下さい!」

「宜しくお願いします。あと、俺の方からも言い聞かせますけど、子供達だけでサウナを利用しないように注意してあげて貰えますか」

「わかりました! 我々が正しいサウナの利用法を教えますので!」

「お、お手柔らかに……」


 ロスヴァイセが胸を張って請け負ってくれたが、気合が入り過ぎに感じた俺は少し引き気味だ。


(まあ身体に悪い物じゃ無いから、いいのかな?)


 娯楽が少ないこっちの世界で、楽しみが増えるのなら何よりだ。


「それでは良太様。私もそろそろ寝床に入りますね」

「長々とお付き合いして下さって、ありがとうございます。良い夢を」

「ええ。良太様も」


 自分以外のワルキューレ達の衣類をドラウプニールに仕舞ったロスヴァイセは、穏やかな笑顔で就寝の挨拶をしながら立ち去った。


(……もう寝直すって時間でも無さそうだな)


 俺の体内時計では、夜明けまでにはまだ二時間くらいはあると告げているのだが、様々な検証の結果を思い起こして頭が冴え、寝直す気分では無くなっている。


「……食事の支度でもするか」


 新しく買ってきた調理器具や食器類を厨房に出すという作業もあるし、徐々に慣れていって貰うつもりではいるのだが、ワルキューレ達の食事は皆の物とは味付けを変えようかと思っているので、その分の時間が必要だ。


 俺は流しで洗い物を済ませると、来客用の館を出て食堂の建物へ向かった。

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