ホットケーキ
(この人はなんでも出来ちゃうなぁ。しかもかなりのレベルで)
元々は武家の生まれだと聞くおりょうさんは、その気になれば作法の類も完璧にこなすし、江戸で蕎麦屋を経営していただけあって世事にも通じている。
作法などは頼華ちゃんも徹底的に仕込まれているのだが、お姫様なので偶に物凄く世間ずれしている事もあるのだが、それはそれで魅力の一つだろう。
「頼華ちゃんとは話したんですが、おりょうさんも自分の興味があったりする事とかを調べて、そのガラスペンで書き写して向こうに持って帰れるようにして欲しいんですよ」
「ああ、蕎麦打ちや酒に関する事なんかは調べたかったし、役に立ちそうな情報は持って帰れればと、あたしも思ってたんだよ」
「なら、丁度良かったですね」
近代になってから打たれるようになった更科や、故郷や江戸周辺以外の蕎麦は知らなかっただろうから、おりょうさんとしてはネットで得られた情報は、今後試してみたりする為に向こうの世界に持って帰りたかったのだろう。
酒に関しても、様々な種類や飲み方を知ってしまったので、こっちで制限されている分、おりょうさんは向こうで色々とやってみたい事があるのかもしれない。
「それじゃ蕎麦と酒に関しては、おりょうさんに任せちゃっていいですか? 俺はそんなに酒には詳しくないので」
「任しときな。物によっちゃあ、向こうで作れないかとも思ってるんでねぇ。うふふ……」
「は、はぁ……」
何やらおりょうさんには野望があるようだが、あまり深く突っ込まない方がいいだろう。
「では余は、食べ物関係をまとめようかと思います! 特にうすたーそーすは、なんとか向こうで再現したいので!」
「ネットで調べると、自家製を作ってる人って結構多いんだよね。うん、じゃあ頼華ちゃんに任せようかな」
「はい!」
興味が無い分野だと作業する熱意が失われ易いので、頼華ちゃんが自発的に調べたい分野を担当して貰う方がいいだろう。
「それじゃ俺は、鍛冶とか農業なんかに関する事を調べて書き写そうかな。で、それぞれが担当する分野や、それに近い種類の物で調べて欲しい物とかを思いついたら、相談するって事で」
「うん。いいんじゃないかい」
「それで行きましょう!」
実際にはかなり面倒な作業になると思うのだが、二人は快く俺からの提案を受け入れてくれた。
「ところで話は変わると言うか戻るんですけど。二人共ガラスペンを使って、気になった点なんかがあったら、その都度教えて下さい」
「気になるって、凄くいいよ?」
「何か予想される問題でもあるのですか?」
おりょうさんと頼華ちゃんは、俺の言う事に首を傾げている。
「ガラスペンって、ペン先が一般的なガラスと硬質ガラスの物があるんですよ」
「うん」
「そうなのですか」
二人は興味深そうに、俺の話に聞き入っている。
「一般的なガラスは、向こうに持って帰るのも、再現するのも問題無いと思うんですけど、予想以上に摩擦なんかに弱かったりするかもしれないんですよ」
それなりに硬さがあるとは言っても、ガラスペンの先も使っていれば摩耗するので、実用を考えて硬質ガラスで作られている物も市販されていたりする。
鉛筆でも筆圧の強さで芯の硬さの好みが出たりするので、これまで筆を常用していたおりょうさんと頼華ちゃんにガラスペンを試して貰って、使用上の問題点や耐久性などを洗い出して欲しいのだ。
「んー。多分だけど、筆に慣れてるあたしや頼華ちゃんなら、そんなに押し付けて書かないから、凄く長持ちすると思うんだけどねぇ」
「姉上の仰る通り、紙の表面を撫でる程度で書けますから、恐らくは年単位の耐久性はあると思います!」
「成る程」
実践してからの意見なので、おりょうさんと頼華ちゃんの言う事には凄く説得力がある。
「ともあれ、使って貰って問題点があれば言って下さい。その上で問題無しと結論づけたら、向こうに何本か持って帰りましょう」
「えっ? でも良太ぁ。このぷらすちっくの軸は、向こうには持って帰れないんじゃないのかい?」
「実は今回は、二人に試して貰うのにペン先を交換出来る物にしたんですけど、軸まで含めた全体がガラスで出来ている物もあるんですよ」
元々ガラスペンは、溝を切ったガラス棒を軸の太さに引き延ばし、使い易い長さに切って先をペンの形状に加工した物だ。
ただ、溝を切ったガラス棒を均等に真っ直ぐ延ばす技術は非常に高度で、出来の良い製品は貴重品である。
ガラス棒を均等に延ばすのがどれくらい難しいかと言うと、現在では熟練の職人が二人掛かりでタイミングを合わせ、一メートル程度に延ばすのが限界だが、以前には片側を万力などで固定して、一人で十メートルくらい延ばせた、天才的と言うよりは驚異的な職人が存在したらしい。
「この筆記具を土産に出来たら、父上と母上がとても喜ぶと思います!」
「頼永様や雫様は、書類仕事も多いだろうからね」
書き味が軽いのも、紙一枚辺りに多くの文字数が書けるのも、領主としての仕事で扱う書類の量が多い頼永様や雫にとって助けになるだろうというのは、俺も思っていた。
「ブルムの旦那も、こいつで帳簿を付けたら楽だろうねぇ」
「そうでしょうね。そんなに高額じゃ無いので、他の物との兼ね合いも考えながらですが、多めに買っていければと思ってます」
硬質ガラスや、名人芸的なガラス棒の製品は言うまでも無く高額なのだが、ガラスペンはあまり需要の無い製品なので、仮に近場の店舗で予定数を揃えられなかったとしても、ちょっと足を伸ばして大型の文具店などを巡るかネットで探せば、購入自体は容易だ。
「ど、どうかな?」
金曜日の夜、合羽橋で購入した道具や、ネットで購入した粉が届いたので、おりょうさんが向こうの世界に戻る前に試したいという事で、夕食は更科の生粉打ちで蕎麦という運びになった。
おりょうさんはネットで粉の扱い方などを念入りに調べ、持ち帰る資料として書き写しながら出汁を取ったりつゆを作ったりと、準備は万端だった。
「うん、旨いですよ。芝の店と同じくらいには」
「余には少し、あの店の蕎麦と比べると滑らかさが足りない気がするのですが」
「えっ!? ほ、本当かい!?」
「それはあの店の蕎麦は機械打ちで、おりょうさんが手打ちだから、その差でしょう」
機械で蕎麦を延ばすのと比べると、人の手で棒を使ってだと、どうしても均等に力を入れられない部分が出てくるので、滑らかさという点では敵わないのだ。
「でも、噛んだ時の歯切れの良さは、おりょうさんの打った蕎麦の方がいいと思いますよ」
「それは余も思いました! 芝の店の蕎麦は、やや硬かったです!」
「そ、そうかい? なら良かったよ」
蕎麦にもある程度は歯応えが必要なのだが、機械による圧延だと均等に延ばされる代わりに、半ば無理やりローラーを通すので、歯応えを通り越してや硬く感じてしまう。
しかしこの硬さと言うかコシも、讃岐うどんやラーメンには求められる要素なので、人によっては喜ばれるのだから難しいところである。
「俺達に訊いてばかりじゃ無くて、おりょうさんも食べて確認しましょうよ」
「そうです! 兄上の揚げた天ぷらも頂きましょう!」
「そうだねぇ。そいじゃ……うん。我ながら旨いねぇ」
自身の苦労が報われたからか、おりょうさんは蕎麦を手繰った後で蕩けるような笑顔を浮かべた。
「……む? 兄上、この天ぷら、おいしいのですが」
「何か気になった?」
いかの天ぷらを一口食べてから蕎麦を手繰った頼華ちゃんが、不思議そうな表情で首を捻っている。
「大変結構な味なのですが……今までに食べた天ぷらと比べると、これ以上は無いというくらいに蕎麦とつゆに調和している気が」
「……あれ? 本当だねぇ。良太、またなんか、あたしらの知らない調味料でも使ったのかい?」
小海老のかき揚げを食べたおりょうさんも、頼華ちゃんと同じように首を捻っている。
「いえいえ。知らない調味料なんて使って無いですよ。むしろ、良く知っている物を使ったんです」
「「良く知ってる?」」
おりょうさんと頼華ちゃんは、声を揃えて疑問を口にした後で、箸で摘んでいる天ぷらを観察している。
「なんか、少し衣の色が……あ! もしかして?」
「衣の色? あ! もしや!?」
「わかりましたか?」
どうやらおりょうさんと頼華ちゃんは、同時に答えに辿り着いたようだ。
「「蕎麦粉!」」
「はい。正解です」
通常なら天ぷらの衣には、卵、水、そして小麦粉を使用するのだが、今晩の夕食の天ぷらには、蕎麦粉を使ってあるのだ。
「道理で蕎麦に良く合う。こいつは考えたねぇ」
「ありがとうございます。粘りが出ないから、普通に作る天ぷらの衣よりも扱い易いっていうのもあるんですよ」
天ぷらの衣は粘りの元であるグルテンを発生させないように、粉や水を冷やしたり氷を入れたり、材料をあまり掻き混ぜないようにしたりするのだが、蕎麦粉は元々グルテンが無いから、掻き混ぜる際に気を使う必要が無いのだ。
同じようにグルテンを含有しない米粉などもあるのだが、食べる時の調和を考えるなら、同じ素材の蕎麦粉を使うのがベストな選択だろう。
「むむ。蕎麦粉を使った天ぷらは口当たりも軽く、幾らでも食べられそうですね!」
「……程々にね?」
蕎麦は消化も良く、小麦よりは成分的にも身体にはいいのだが、それでも程度の問題だ。
「この天ぷらは、江戸の竹林庵でも出したいねぇ」
「向こうに戻ったら、顔を出しに行きますか?」
「旅に出る時に、後は全て任せると言ってきちまったからねぇ」
かなり繁盛していた蕎麦屋の竹林庵だが、おりょうさんは俺と一緒に旅に出ると決めた時に、全ての権利を放棄してきたのだから、顔は出し難いのかもしれない。
苦笑するおりょうさんの心中は複雑だろう。
「でも、新しい天ぷらの作り方なんかは、料理人なら知りたいと思いますよ」
店で出すかどうかは別にして、熱心な料理人なら新たな食材や作り方には関心は高いだろうから、聞く耳は持っているだろう。
「そうかねぇ……そいじゃ、鎌倉に行った後で、時間があったら」
「そうしましょう」
新たなレシピを伝授するという心情の方が勝ったらしく、おりょうさんは竹林庵に顔を出す決心が出来たようだ。
「それにしても天ぷらは、揚げ方以外にも衣でも味の良し悪しが出るんだねぇ」
「俺が発見したんじゃ無くって、本とかネットからの受け売りですけどね」
天ぷらに関しては他にも、炭酸水やビールを使うと揚げる際に泡が弾けてサクサクになるなどという裏技もあったりする。
ドラウプニールで作った重曹が炭酸水の代わりに使えると思うが、苦味が出てしまうかもしれないので試作が必要だろう。
「後でこの天ぷらの衣の作り方も、書き留めておかなきゃねぇ」
「書き留めておくといえば、おりょうさん、頼華ちゃん、ガラスペンの方はどうですか?」
使い始めて四日しか経過していないし、ここまでで二人から問題点が挙がってくる事は無かったのだが、いいタイミングなので訊いてみた。
「凄く楽に書けて、いい調子だよぉ」
「姉上に同じくです!」
どうやら懸念していた摩耗などによる耐久性に関しては、筆書きに慣れた人間にとっては問題にならないようだ。
「ですが書き味が良過ぎて、墨を擦る頻度が多くなっております!」
「ああ、そういう弊害もあるのか」
書き味の良いガラスペンで筆記ペースが上がった分、墨の消費も比例して多くなったのだ。
(市販品の墨汁や書液が使えないからなぁ……)
筆記用のインクは言うまでも無いが、学校の書道などで使う墨汁や書液は、硯と水で油煙墨を擦った物とは成分が違う。
墨汁も書液も、固まってしまわないようにしたり、早く乾いたりする為の科学的な成分が含まれているので、向こうに持ち帰る資料には使えないのだ。
「今のところは墨が切れたところで休憩を入れたりしておりますが、もう少し硝子ぺんに慣れてくると、調子が狂うかもしれません」
「その辺は仕方が無いかなぁ」
筆記の作業を始める前に、時間を掛けて墨を大量に擦って用意するという手段が、対応策としては考えられる。
擦った墨を長時間に渡って持ち越すのは良くないと言われているのだが、俺達にはドラウプニールがあるので、保存の問題はクリア出来る。
しかし、ドラウプニールを渡す予定の頼永様他の数名は別だが、ガラスペンによる筆記ペースが上がるのと墨の消費に関しては、便利さによる弊害として諦めて貰うしか無いだろう。
「ところで兄上。明日はどのような予定ですか?」
細切りにした人参のかき揚げを食べ終わった頼華ちゃんが訊いてきた。
「明日は隣の駅の、色んな素材を売ってるお店に行こうかと思ってるよ」
「色んな素材と仰っしゃいますと、米や麦などですか?」
「食材じゃ無いんだけど……ちょっと説明が難しいんだよな」
「難しいのですか?」
鱚の天ぷらを頬張りながら、頼華ちゃんは首を傾げた。
「もしかして、説明しきれないくらいに色々あるって事なのかい?」
「それで正解です」
「ふーん」
俺の説明も曖昧なので仕方が無いが、おりょうさんは微妙な反応をしながら、つゆの残った猪口に蕎麦湯を注いでいる。
「まあ、店の方には行ってのお楽しみという事で。その前に、ちょっと別のお楽しみもありますけど」
「なんか良くわかんないけど、期待しとくよ」
「余もです!」
おりょうさんは笑顔で蕎麦猪口を傾け、頼華ちゃんは残っていた蕎麦を綺麗に片付けた。
翌日、昼の少し前の時間に、最寄りの川崎から京浜東北線で一駅の蒲田に移動した俺達は、改札を抜けてすぐ眼の前のビルに入り、エスカレーターで上階に向かった。
「ここは……婦人服売り場だろ? またなんか、あたし達の衣類を買うのかい?」
「目的地が、この奥にあるんですよ」
男子高校生としては、女性の同行者がいるとは言え婦人服売り場など歩きたくは無いのだが、目当ての店はそんな場所の奥に位置しているのだ。
「席はあるかなぁ」
「ここかい?」
「ここですか?」
婦人服売り場のフロアの奥の目的の店、やや渋めの雰囲気の喫茶店を見て、おりょうさんと頼華ちゃんが驚いている。
老舗のデパートなどでは婦人服売り場のフロアに喫茶店がある事は珍しく無いのだが、おりょうさんと頼華ちゃんが衣類や靴などを買ったショッピングモールでは、飲食店の場所は集中していたので、なんでこんなところに喫茶店がと思っているのだろう。
「いらっしゃいませ。カウンター席で宜しいでしょうか?」
迎えてくれたウェイトレスの女性に言われて店内を見るとほぼ満席であり、四人掛けのテーブルだと待たなければならなそうだが、カウンターには空席がある。
「じゃあ、カウンターでお願いします」
「畏まりました。どうぞこちらへ」
ウェイトレスの女性に先導されて、俺達はカウンター席に向かい、腰を下ろした。
「特等席とは運がいいな」
「特等席なのかい?」
「四人掛けの席の方が、ゆったりと出来そうに思えるのですが?」
俺の言葉に、左側に座ったおりょうさんと、右側に座った頼華ちゃんが疑問を呈してくる。
「それはですね、この店の名物を作るところを、目の前で見られる場所だからなんですよ」
「「名物?」」
「ほら、あれです」
タイミング良く、カウンターのすぐ先に設置してある銅板の焼台で、この店の名物の生地が広げられた。
人によって意見はあるだろうが、恐らくは日本一おいしいホットケーキが、この店の名物だ。
「服の売り場なのに甘い香りがすると思っておりましたが、この店だったのですね! おお! 膨らんでいきます!」
銅板に落とされた丸いホットケーキの生地の表面に細かい泡が発生し、甘い香りを放ちながら膨らみ始めたのを見て、頼華ちゃんが大興奮している。
「頼華ちゃん、俺達の分の注文をしようか」
「はっ! そ、そうですね!」
いそいそとメニューを選び始めた頼華ちゃんを、ホットケーキを焼いている店員の男性も、店内の他の客達も、温かい眼差しで見ながら微笑んでいる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイトレスの女性が水の入ったコップを置きながら、注文を確認してきた。
「スタンダードのホットケーキと、コーヒーのセットを」
この店で一番オーソドックスな組み合わせのメニューだが、ホットケーキを味わうならば最適だと個人的には思っている。
「あたしはこの果物と組み合わせたのと、珈琲にしようかねぇ」
おりょうさんはカットフルーツとアイスクリームが添えられた、ホットケーキのセットをセレクトした。
「むむ……猪口齢糖、いやいや。小倉と果物? 腸詰めの付いたのも捨て難いし……」
メニューが写真付きなのが、余計に頼華ちゃんに選ぶのを悩ませてしまっているようだ。
笑顔を崩さずに頼華ちゃんを待っているウェイトレスの女性は、さすがにプロである。
「で、では、この小倉と果物とほっとけーきと、珈琲を」
「はい。畏まりました」
軽く頭を下げたウェイトレスの女性は、カウンター内に注文を通した。
「兄上、姉上! あれが余の分ですか!?」
「えーっと……そうじゃないかな?」
「そ、そうだねぇ……」
カウンターに手をついて身を乗り出し、銅板に新たに落とされた生地を頼華ちゃんが指差す。
そんな光景を、他の利用客がクスクスと笑いながら見ているので、俺もおりょうさんも少し肩身が狭い。
「ふぉぉ……なんとも見事な焼き色ですね! 兄上もお上手ですが、勝るとも劣らないのでは無いですか?」
膨らんでからひっくり返されたホットケーキの見事な焼き色を見て、頼華ちゃんが溜め息を漏らす。
「いやいや。俺を褒めてくれるのは嬉しいけど、この店の人に比べたらとてもとても」
店に気を使うとか謙遜とかでは無く、これは本心だ。
「そんな事は無いと思いますが」
「うーん。根本的な部分から違うので、比べる自体が失礼なんだけど……」
職業として毎日作っている人の腕前だけでも凄いのに、専用の銅板の焼台を使っているし、食材のクオリティも違うのだ。
そういうホットケーキと、素人が家庭で作っている物と比べる事自体が間違っているので、劣等感などを抱かずに純粋に楽しむ事が出来る。
「お待たせしました」
脈略も無い事を考えていると、ウェイトレスの女性が注文品を運んできて各自の前に置いた。
「では早速、頂きます!」
「「頂きます」」
言うが早いか、すっかり扱い慣れたフォークとナイフを取った頼華ちゃんは、上に乗っている少し溶け出したバターを塗り拡げると、慎重に食べ易い大きさに切り分け、上からシロップを掛けた。
「あー、むっ!」
フォークで刺した一切れを、大きく開けた口に運ぶと、頼華ちゃんは目を閉じてゆっくり味わう。
「こ、これは凄い……表面がカリカリで中がふわふわのホットケーキを、乳酪の豊かさとこの蜜が包み込んで、素晴らしい味わいです!」
「本当に、旨いねぇ……」
感激している頼華ちゃんとは対照的に、おりょうさんの方は深く静かにホットケーキの味に感動しているようだ。
「兄上。この蜜は、蜂蜜ともめーぷるしろっぷとも違いますね?」
「そうだね。カラメルだと思うけど」
香ばしいホットケーキに添えられたシロップは、甘さの中に微かに苦味を感じる。
「ん……ほっとけーきもいいけど、この店は珈琲も濃くて旨いねぇ」
「深い風味とこの濃さは、ほぼエスプレッソですよね」
オリジナルブレンドのこの店の珈琲は、エスプレッソに匹敵するくらい濃くて香り高いのだが、豆のブレンドのバランスが良いのか苦味が強過ぎないので、スイーツ類と合わせないでも飲み物単体としても楽しめるくらいのレベルの高さだ。




