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百均

「ちょいと」

「な、なんですか?」


 おりょうさんが目を据わらせながら、俺の襟元をグイッと掴んで自分の方へ振り向かせた。


「あたしには言ってくれないのに、頼華ちゃんの事は随分と褒めるじゃないのさぁ」

「そ、そういう訳じゃ無いんですけど……」


 単に頼華ちゃんくらいの年齢の子の身に着けるような物だと、動き易いとか可愛らしいというポイントで見れば良く、大人の女性の物のようにセンスを問われないので気軽に言っていただけだ。


 それがおりょうさんからすれば、俺が頼華ちゃんばかりを褒めているように見えたのだろう。


「それじゃ、お詫びって訳じゃありませんけど、おりょうさんが選んだ靴は俺が履かせてあげますよ」

「えっ!? そ……そうかい?」


 俺の申し出は思い掛けなかったみたいだが、少し頬を赤らめながらもおりょうさんは満更でも無いようで、いそいそと並んでいる靴を何足か選び始めた。


「こ、この辺を試してみようかねぇ」


 展示してある靴の中から選んだ物を持ってきたおりょうさんは、試着用のマットの上にそれらを並べると、置いてある椅子に腰を下ろした。


「それじゃ」


 おりょうさんが選んだ三足の靴の中から、あまり飾り気の無い、ベージュのローヒールのパンプスを手に取った俺は壊れ物を扱うように、椅子に腰掛けたおりょうさんの足から履いているスニーカーを脱がせ、代わりにパンプスを履かせた。


「はわぁぁぁぁ……」

「ん? どうかしましたか?」


 反対側の足にも履かせているとおりょうさんが変な声を出したので、視線を上げると顔が真っ赤になっている。


 気の所為か、手にしているおりょうさんの脚も、少し震えているように感じる。


「な、なんでも無いよっ!」

「そ、そうですか? それなら立って、少し歩いて履き具合を確かめて下さい」


 手を離して立ち上がった俺は、おりょうさんの邪魔にならないように少し離れた。


「……足には合ってるみたいだねぇ」


 まだ少し顔が赤いが、立ち上がったおりょうさんは履いたパンプスを見て確認しながら一歩前に出た。


「そいじゃこれに……きゃっ!?」

「おりょうさんっ!」


 下を見ながらだったので歩調が乱れたのか、つんのめるようになったおりょうさんがバランスを崩して転びそうになった。


 俺は数歩の距離を一足飛びにして、なんとかおりょうさんが転ぶ前に抱きとめる事に成功した。


(う……おりょうさん、いい匂いがするな)


 前につんのめった事によって、空中にふわりと広がった髪の毛から、シャンプーとおりょうさん自身の甘い香りが広がって、俺の鼻をくすぐった。


「大丈夫ですか?」

「う、うん。ちと足がもつれただけで……ありがとう、良太」

「いえ……」


(えーっと……)


 特に足を痛めたとかでは無さそうなのだが、おりょうさんが俺の背中に回した手を、中々離してくれようとしない。


 俺の方から引き離すというのも変かなと思い、おりょうさんを抱きとめている時間がゆるゆると過ぎていく。


「兄上っ! この靴も……って、姉上が抜け駆けしていますっ!」

「ぬ、抜け駆け!?」

「ち、違うんだよ、頼華ちゃんっ!?」


 この靴も買っていいかと言いに来たらしい頼華ちゃんが、俺が抱きとめて支えているおりょうさんを見て、抜け駆けとか言い出した。


 その言葉を聞いて、おりょうさんが慌てて俺の腕の中から抜け出し、半歩下がった。


「むぅ……余の事も抱き締めてくれて、この靴を買って下さるのなら許して上げます!」

「いいけどね……」

「本当ですか!? では遠慮無く!」

「ぐっ……」


 遠慮無くというのがどういう意味だったのかは不明だが、両手に履き易そうな靴を持った頼華ちゃんが、半ば体当たりのような勢いで俺の腕の中に飛び込んできたので、少し息が詰まった。


「♪」

「むぅ……」

「あの、おりょうさん。キリが無いのでこれ以上は……」

「わ、わかったよぉ……」


 満面の笑顔の頼華ちゃんを抱き締めていると、今度はおりょうさんが面白く無さそうな顔をしているのだが、妙な連鎖は断ち切りたいのでここは遠慮して貰った。



「さて次は、昨日話した百均に行ってみましょうか」


 結局、おりょうさんも頼華ちゃんも、選んだ靴を全部買ってから店を出て、エスカレーターでショッピングモールの下のフロアに移動した。


「おお! なんでも百円で売っているという、正気を疑う店ですね!」

「正気を疑うって……まあ間違ってはいないかな」


 特許切れの技術を用いたり、流通を工夫して薄利多売をしていると聞く百均のショップだが、頼華ちゃんの言う通りこれが百円で? と、疑いたくなる商品が多い。


「でも、厳密には全部が百円じゃ無いんだけどね」

「そうなのですか?」

「うん。大きめな食器とか電化製品なんかの一部はね。それでも九割以上は百円だと思うけど」


 極稀に、百円では無く三百円とかの商品が置いてある事が無い訳では無いのだが、それでも一般的な感覚では安いと言えるだろう。


 逆に、商品によっては他の店の方が安かったりと、その場のノリで買い物をするのは危険だと、後で思い知らされたりする事もあったりする。


「ここだよ」


 さっきスーツケースを買った家電量販店に隣接している、かなり店舗面積の広い百均のショップに辿り着いた。


「これがみんな、化粧品に髪飾りなのかい!?」


 化粧品やヘアアクセサリーなどが所狭しと並んでいるのを見て、その物量におりょうさんは圧倒されているみたいだ。


「ぬぅっ!? こんなガラス器が百円なのですか!?」


 均一な厚さのグラスや酒器などを見て、頼華ちゃんが唸っている。


 他にも調理器具や工具、一見すると用途不明なアイディア商品などを見て、おりょうさんと頼華ちゃんは驚きっ放しだ。


「な、なんかちっと、驚き疲れたねぇ……」

「そうですね。少しお腹が減ってきました」


 何を買うかとか決める前にテンションが上ってしまった二人は、エネルギーを消耗してしまったらしい。


「ここは近いからまた来れますし、今日は何も買わないで帰りますか? そんなに売り切れる商品も無いですし」


 商品を手に取るのも止まってしまったので、おりょうさんと頼華ちゃんに訊いてみた。


 薄利で多売しなければいけない商法の店なので、余程売れ行きの悪い商品でもなければ、店頭から一時的に姿を消したとしてもすぐに補充されるだろう。


「んー……すぐに使いそうな物だけでも、買っていこうかねぇ」

「すぐに使いそうな物ですか?」


 てっきり帰ろうと言い出すかと思ったら、おりょうさんは少し思案してから買い物の続行を宣言した。


「うん。ほら、あたしと頼華ちゃんは髪が長いだろう? 纏めたりするのに良さそうな物が売ってるんで、そういう物だけでもねぇ」

「ああ、成る程」


 向こうの世界では長い髪を纏めるのに、適当に切ったり縫い合わせたりした布か、せいぜいが組紐くらいしか無いのだが、ここの女性用品のコーナーにはリボンにバレッタにカチューシャ、飾りつきのゴムにシュシュと、日替わりで付け替えても数週間くらい掛かりそうな種類の商品が売っている。


「物によっちゃ、向こうでも使えそうだしねぇ」

「そうですね」


 プラスチックや化繊の製品は駄目だが、金属製のピンや一部のリボンなんかは素材的に向こうの世界でも大丈夫そうだ。


「それと、こいつが欲しかったんだよねぇ」

「こんな物がこの値段とは、信じられませんね!」

「それって……鏡ですか?」

「そうだよぉ」

「あー……そうか。透明で平たいガラスは、かなり貴重ですね」


 おりょうさんと頼華ちゃんは凄く嬉しそうに、幾つもの種類が並んでいるスタンド式だったり折りたたみ式だったりする鏡を指差す。


 向こうの世界でもガラスは発明されているのだが、まだ吹きガラスが主流であり、透明で平たいガラスは、まだ殆ど出回っていないのだった。


 生産量の少なさもあって必然的にガラスは高価になり、鏡としての役割を果たす為に銀箔を貼り付けたりするので、益々庶民には手が出なくなり、主流なのは重くて映りの悪い銅鏡だったりする。


 そんな鏡が百円で買えるというのだから、おりょうさんと頼華ちゃんが興奮気味になるのも無理はないだろう。


「兄上。母上にお土産に買っていきたいと思うんですが、駄目でしょうかね?」

「う、うーん……雫様が個人的に使うくらいなら大丈夫、かな?」


(スタンドから外して、木枠でも付ければどうだろう? 鏡自体もガラスじゃ無いんだけど、そこはバレ無さそうだし)


 頼華ちゃんが手に取って見ているのは、プラスチックのスタンドで自立するタイプの鏡なのだが、雫様が自分の部屋で使う分には問題無いと思う。


 しかし本体の方はともかく、スタンドのプラスチックは向こうでは未知の素材のはずなので、解体して鏡だけ使うようにするか、向こうにもある素材、例えば木や金属などで枠を作れば誤魔化しは効きそうに思える。


「まあ、持ち帰って駄目って言われたら諦めましょう。ここには無いでしょうけど、念の為にガラスの鏡を買って帰ってもいいですし」


 ここのようなショップでは軽量で安価なプラスチックやアクリルの鏡しか扱っていないので、重くて割れ易いガラス鏡を買おうと思ったら、店を調べるところから始める必要があるだろう。


「でも、ガラスの鏡なんて高いんじゃないのかい?」

「多分ですけど、それ程でも無いと思いますよ」


(どちらかと言うと鏡に幾らまで出す、って感じになると思うな)


 百均のお蔭で感覚が麻痺しがちだが、例えば予算が一万円で買える鏡って話になれば、相当に大きな物が手に入るはずだ。


 ただ、運び易くない形状で壊れ物で軽く無いという性質なので、ある程度以下の大きさじゃなければ店頭から持って帰るのは難しいだろう。


 現在の身体でも重量物の運搬に関しては特に問題にならないのだが、大きな物を持って運ぶだけでも周囲への迷惑になるし、万が一にも落下させてしまう可能性を考えると、送料を支払っても専門の業者に注文して運んで貰う方が無難だろう。


 自宅に持ってきて貰った後はドラウプニールがあるので、運搬にも保管にも困る事は無くなる。


「そいじゃこいつを」

「いやいやいや。確かに大きい割には安いし、枠も無いので作り付けとか出来ますけど、俺の家にいる間は必要無いですよね?」


 おりょうさんが飾り気は無いが面積の広い大判ミラーを手に取ろうとしたので、慌てて思い留まって貰った。


「洗面所以外に母親の鏡台もあるし、玄関には姿見もありますよ?」

「むぅ……わかったよ。今回は我慢する」


 まだ未練はありそうながらも、おりょうさんは大きめなサイズの鏡を棚に戻した。


「わかって貰えて良かったです。またちょくちょく来ましょうね」


 俺も、一度に多数だと怪しまれそうなので、子供達用の包丁などを何度かに分けて買いに来ようと思っているので、今後この店には多く脚を運ぶ事になるだろう。


「兄上、お菓子は……」

「お菓子はまとめ買いするなら昨日の激安の殿堂か、近所のスーパーで大きなパッケージのを買った方がいいよ」

「むぅ……」


 俺がばっさり切り捨てると、頼華ちゃんは不満そうな顔をしながらも、納得したのか食い下がっては来なかった。



「さて、夕食はどうしましょうか? 家に帰って食べますか? それともこの辺の店でにしますか?」


 百均ですぐに使う物、とは言えかなり選ぶのと買い込むのに時間を掛けたので、既に夕方になっていた。


「そうだねぇ……これから買い物をして帰って支度をすると、結構な時間になっちまうかねぇ?」

「ちゃんと作るならそうですね。でも、出来合いの食べ物がいくらでもありますし、なんなら出前って方法も」


 惣菜類や冷凍食品で良ければ、買い物をして帰れば即夕食に出来る。


 自宅の周辺に蕎麦や中華の出前をしてくれる店というのは無くなってしまったのだが、定番のピザ店はあるし、最近ではある程度以上の合計金額になれば、ファーストフードを届けてくれるサービスなんかもある。


 宅配の食べ物も注文してから少し時間が掛かるが、帰宅時間を見越してスマートフォンで注文しておけば、待たずに食べる事が出来るだろう。


「良太。昼飯を食った後で入った、珈琲を飲んだ店に歩く間にあったとこは?」

「途中にあったとこ? って……ああ、あそこですか」


 その店は外から中の様子が見え難い造りになっているのだが、片仮名の店名は何を扱っているのかが非常にわかり易くなっていた。


 しかし、その店と同じ業種は向こうの世界にも存在するのだが、ネーミングとして変わっていたので、おりょうさんが興味を持って俺にあれこれ説明を求めて来たのだった。


「出す物にも店の中の造りにも興味があるんで、夕食にどうだい?」

「そうですね……今の時間なら、まだ混んでないかな?」


 実はその店、結構な人気があって、曜日と時間帯によってはかなりの待ち時間になるのだ。


 今日が土曜日という事もあり、あと一時間くらい後になると相当な混雑が予想される。


「すぐに夕食になるという事でしたら、余には依存はありません!」

「じゃあ夕食は、あの店にしようか」

「はい!」


 百均で買った物は多いのだが、片手で持てるくらいの量なのでそのまま持って行く事にするが、スーツケースの方は夕食後に回収すればいいので、預けたままで移動を開始した。



「へぇ……鮪って旨いもんだったんだねぇ」

「あー……やっぱり向こうじゃ、あんまり寿司ネタにはなっていませんでしたか」


 すんなりと入店した俺達は、四人掛けのボックスシートに座りながら、ゆっくりと回転していくレーンから様々なネタの寿司や、それ以外の食べ物を選んで取り上げて食べている。


 おりょうさんが気になった店とは、回転寿司だった。


「ふむ……こんくらいの大きさだと、寿司も食い易いねぇ」


 箸を使わずに手で摘んだ寿司に少し醤油をつけ、一口で味わったおりょうさんは、満足そうにお茶を飲んだ。


「確か寿司って屋台で売ってて、大きいのを食べ易いように切ったんでしたっけ?」


 知識としては江戸期の寿司の事は知っていたのだが、向こうの世界では食べる機会が無いままだった。


「そうだよ。でかいのを一貫って呼んで、切って半分にした一個を半貫って呼ぶのさ」

「今は、この小さいのを一貫とか呼んでますけど、それは間違いなんですね」

「そういう事になるかねぇ」


 最近ではテレビのグルメ番組などで、寿司屋の店主が小さな一個を一貫とか言う事もあるのだが、ちゃんとした教えを受けていないのか、それとも時代による言葉の変遷と受け取ればいいのか、自分自身も本などでたまたま知った事柄ではあるのだが、ちょっと気になるところではある。


「ところで、さっきの話の続きですけど、やっぱり鮪は寿司ネタとしては食べませんか?」

「そうだねぇ。上等で旨いのはあっさりした白身ってのが風潮としてあるんだけど、鮪は脂っこくてくどいって先入観があるんだろうねぇ」

「成る程」


(もしかすると大きな一貫だから鮪は脂っこくて、寿司ネタには合わないんじゃ? って、そんな単純な話じゃ無いか)


 脂が多い鮪でも、薄く小さく切ってあれば口当たりが柔らかくなるのではと思うのだが、それだと刺し身で食べたらおいしいというはずなので、この推理には粗があるだろう。


「でも、処理の仕方もいいんだろうけど、この食べ比べってので脂が少ないのから順々に食ってくと、大トロってのも悪くないってのがわかるよ。あたしの好みで言えば中トロ辺りがいいけどねぇ。それと、このネギトロってのは面白いねぇ」


 おりょうさんがいま食べ終わったのは、インドマグロの食べくらべセットという、赤身、中トロ、大トロ、ネギトロが盛り合わせになっている物だ。


 どうやら食べてみて、おりょうさんの苦手意識は少しは薄れたみたいだが、それでも鮪の脂の味の濃い部分は、好きとまではならなかったらしい。


「良太はこういう店には良く来るのかい?」


 お茶を飲んで一息つきながら、おりょうさんが訊いてきた。


「良くって程は来ませんね。でも、俺の父親が生の魚全般が苦手なので、寿司って言うと回転寿司になっちゃうんですよ」

「生の魚が駄目って……そいつは難儀だねぇ」

「中には食べられる魚もあるんですけどね」


 父親はイカやタコ、貝類などは大丈夫なのだが、基本的に生の魚は食べられないのだ。


 しかし、生に近い処理がされているスモークサーモンは食べられるので、逆説的にというのも変な話ではあるが、回転寿司の人気ネタの一つ、サーモンは好きだったりする。


 また、生は駄目だが焼いたり煮たりしてある魚は好きなので、家族の食事を作る母親にとっては微妙に厄介な存在だと思われているらしい。


「良太も生が駄目だったりは……昨日の夕食に鰹を食ってたっけねぇ」


 おりょうさんは、もしかしたら俺も生魚が駄目なのかもと思ったらしいが、昨夜の夕食のメニューは鰹のタタキと刺し身がメインだったのを思い出したみたいだ。


「食べられますけど、父親の影響であまり積極的では無くなっちゃってますね」

「そうだったのかい!?」

「出されれば食べますけどね」


 向こうの世界では、出されれば何でも食べていたので、おりょうさんの目からは俺に好き嫌いが無いように見えていたみたいだが、実は招かれた席でも刺し身とかがあまり出なかったという事もあって、苦手そうにしている姿を見られずに済んだのだろう。


「そそそ、そいじゃ、良太が苦手な食い物の店に連れてきちまったのかい!?」

「おりょうさん、落ち着いて……ちゃんとした寿司屋だと困ったかもしれませんけど、この形態だと好きなネタばかり食べられるから、大丈夫ですよ」


 おりょうさんに心配をさせてしまったが、寿司という食べ物は好きだし、スーパーなんかではあまりお目にかからない貝類なんかがあるので、回転寿司は好きだったりする。


「むぅ。この苺の甘酸っぱさに、くりーむがなんとも……うむ! この時期の鯛はいい味ですね!」

「頼華ちゃん、パフェと寿司を交互にってのはどうなのかな?」


 ヒラメの握りを食べた後で、苺が山盛りになったパフェを食べ始めたので、もうデザートなのかと思ったら、頼華ちゃんは平然と鯛の握りの皿を手に取り、口に運んだのだった。


「ちゃんと、淡い味の後で濃い味と、緩急をつけていますが?」

「いいけどね……」

「うむむ。この鶏の出汁の香りがなんとも……」


 回転寿司の各チェーンで流行っているラーメンを頼華ちゃんが注文し、運ばれてきた丼から立ち昇る香りを嗅いでいるのを見て、好きに食べさせるしか無いという事を悟った。


「おっ。来た来た」


 頼華ちゃんの醤油味とは違う、鯛の出汁の塩ラーメンが運ばれてきて、それをおりょうさんが嬉々として手に取っている。


「……おりょうさんもでしたか」

「そ、蕎麦屋としては、麺類は気になっちまうんだよ」


 俺の呆れたような言葉に、おりょうさんが慌てて取り繕っているが、確かに醤油のスープも鯛の出汁のスープも、回転寿司のメニューとは思えない程の、いい香りをしている。


 この後、俺は寿司を何種類か食べてから貝の味噌汁で締めたが、おりょうさんは、これも研究の一環らしく天ぷらうどんを追加し、頼華ちゃんは寿司を食べながらデザートを全種類制覇したのだった。

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