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戦乙女

(なんと言うか、凄い変わり様だな……残念感が半端じゃない)


 現れた当初は硬質な印象のキリッとした、如何にもな感じのワルキューレだと思ったのだが、今は頬を紅潮させて口元を緩め、ハアハアと息を荒げながら潤んだ瞳で俺を見つめている。


「あの……フレイヤ様?」

「困りましたね。帰らせるのは簡単なんですが……ここはいっそ、もっと混乱させるのも吉かもしれません」

「ええっ!?」


 現状でも相当なカオスで、おりょうさんと頼華ちゃんは目を回しそうになっているくらいなのだが、フレイヤ様は更に盛ろうとしている。


「ちょ! お待ちを!」

「いらっしゃい! 戦乙女(ワルキューレ)達!」


 さっきブリュンヒルドを呼び出した時のようにフレイヤ様が虚空に呼びかけると、今度は複数の魔法陣が空中に描かれた。


「ええー……」


(こんなのがもっと出てきちゃうのか!?)


 召喚の魔法陣が複数という事は、失礼な言い方だがブリュンヒルドみたいな残念なのが、複数出現するという可能性があるのだ。


「「「フレイヤ様の命に従い、戦乙女(ワルキューレ)、参上致しました」」」

「っ! あ、あなた達、良く来ましたね」


(ん? ブリュンヒルドの様子が変わった?)


 髪型や体型などは様々だが、肌や目の色などに明らかに北欧系の特徴を持つ、八人のワルキューレがフレイヤ様に向かって一斉に跪いた。


 恐らくだがブリュンヒルドは、新たにやって来たワルキューレ達に対して、体裁を繕ったのだろう。


(場所が風呂場じゃなければ、壮観なんだろうけどなぁ……)


 ブリュンヒルドと同じ様に鎧兜に身を固め、女神に対して跪いている見目麗しい戦乙女の姿というのは、普通ならば見入ってしまう絵物語のような光景なのだが、その場所が湯気の漂う風呂場というのがなんとも締まらない。


「あなたが鈴白良太様ですね? 私はゲルヒルデと申します。以後お見知りおきを」

「ど、どうも。宜しくお願いします」


 俺よりも長身で、長い髪の毛を束ねて左の肩から前に流しているアダルトな雰囲気のゲルヒルデと名乗ったワルキューレは、スパイクの付いている円形の盾と、ブリュンヒルドが持っているのよりも少し長い槍を携えている。


「おっす! あたしはオルトリンデ! 細かい作法なんかは苦手だけど、力仕事や戦いなら任しといてくれ!」

「はあ……」


 肩口で切り揃えられた金髪に、思いっきり戦いの邪魔になりそうな大きな胸で鎧を内側から押し上げているオルトリンデは、両腰にそれぞれ一丁ずつの戦斧(バトルアックス)を帯びている。


「ヴァルトラウテです。フレイヤ様の仰せのままに、あなたに従います」

「宜しくお願いします」


 長短二本の剣を腰に帯びている、長い髪の両サイドを細い三つ編みにしているヴァルトラウテは、最初の印象のブリュンヒルデに似ている、生真面目な女戦士という印象で、真っ直ぐに俺の瞳を見つめている。


「シュヴェルトライテです。宜しくお願いします」

「宜しく」


 セミロングの髪のシュヴェルトライテは短い槍を携えて短剣を腰に帯び、どこかおどおどした態度で俺に挨拶をしてくる。


「ヘルムヴィーゲです♪ 宜しくお願いします♪」

「あ、はい」


 歌うような調子で挨拶をしてきたヘルムヴィーゲは弓と矢筒と剣を帯び、長い髪を三つ編みにして纏めていて、オルトリンデほどでは無いが大きな胸が自己主張をしているが、何と言っても特徴的なのは、頭の芯に響き、蕩かすようなソプラノボイスだ。


「ジークルーネです。宜しくお願いします」

「宜しく」


 肩と腰の中間くらいまでの長さの髪で、槍と円形の盾を携えたジークルーネは、幼いようにも成熟しているようにも見える不思議な雰囲気の持ち主で、どことなくフレイヤ様と似ている感じがする。


「グリムゲルデです。必ずやあなたをお護り致します」

「宜しくお願いします」


 短髪で小柄なグリムゲルデは護るという言葉通りに、自身の身長と同じくらいのタワーシールドと、こちらも長大な槍を携えている。


 体格からすると大盾も長槍もグリムゲルデには合っていないように思えるのだが、どちらも地面に付けずに軽々と保持しているので、見かけよりも力があって扱いにも習熟もしているのだろう。


「……ども。ロスヴァイセです」

「ど、どうも……」


 ウェーブの掛かったセミロングの髪のロスヴァイセは、手にしている槍とバックラー以外に、剣、短剣(ダガー)手斧(ハンドアックス)、棘付きの鉄球が鎖で繋がれているフレイルと、複数の武器を身に帯びている。


 ぶっきらぼうな態度ではあるが、ロスヴァイセは深く頭を下げて挨拶をしてきたので、礼儀自体は弁えているようだ。


「しっかし、あんたがブリュンヒルド姉さんの認めた相手ねぇ」

「はぁ……」


 興味津々といった感じにオルトリンデがニヤニヤ笑いながら、不躾な視線で俺を観察している。


「ん。でも強そう」

「本当に。良い歌の題材になって下さりそうです♪」


 ヴァルトラウテは真剣な表情で、ヘルムヴィーゲは何故かウキウキとした様子で俺を見つめている。


「あなた達、良太さんに対して不敬ですよ」

「「「はっ!」」」


 それぞれ個性も態度もバラバラのワルキューレ達だが、フレイヤ様には絶対服従というのだけは決まっているようで、声に反応して一斉に跪く。


「フレイヤ様。良様の命令に従うのは約束しますから、せっかくこんな場所に喚ばれたのですから、あたし達も入浴させて頂けませんか?」

「りょ、良様?」

「ふむ……こう申しておりますが良太さん、如何でしょうか?」


 オルトリンデの俺の呼び方に戸惑っている間に、フレイヤ様に入浴の承認を求められた。


「俺も気になってましたので、いいんじゃないでしょうか」


 ブリュンヒルデを筆頭に、現れたワルキューレ達は全員、脚元まで鎧で固められているので、その姿自体は格好いいのだが、風呂には恐ろしく不似合いだと感じていた。


「さっすが良様! 話がわかるぜ!」

「ちょ! この場で脱いじゃうんですか!?」


 言うが早いかオルトリンデは、どういうカラクリか一瞬で装備類を消すと、束縛から解き放たれた胸を大きく揺らしながら、俺の背中をバンバン叩いた。


「では私も遠慮無く……りょ、良太様。お背中お流し致しますね」


 こちらも気がつくと全裸になったブリュンヒルドが、色っぽく流し目を送ってきながら、俺に躙り寄ってくる。


「やったー!」

「わーい♪」

「お風呂ー!」


(蜘蛛の里だった場所が、いつの間にかヴァルハラになってしまった……)


 それぞれ個性的ではあるが、金髪美女の集団が入浴している光景は、とてもじゃ無いがここが日本であるとは信じられない。


 本来は景色に馴染むはずのおりょうさんと頼華ちゃんと天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様が、人数比の関係で異質に見えるという不思議な状況になっている。


「頼華様。お背中お流し致しますね」

「どうぞ我等にお任せ下さい」

「む? では世話になるか」


 ゲルヒルデとジークルーネが湯船の脇で跪きながら呼び掛けると、鎌倉の屋敷では使用人に世話をされての生活だった頼華ちゃんは、ごく自然に立ち上がって二人に洗われる事を承諾した。


(俺と、周囲の人間の話は予めフレイヤ様に聞いていたのかもしれないけど……)


 俺とおりょうさんは入浴の手伝いなどと言われても、煩わしく感じてしまうだけだが、世話をされるのに慣れている頼華ちゃんに、物腰が丁寧なゲルヒルデとジークルーネが担当するというのは、絶妙な配置に思える。


「っかぁー! 気持ちいいなぁ♪」

「っはぁ……お湯がいっぱいのお風呂も、いいですねぇ♪」


 飛び込むように湯船に浸かったオルトリンデと、歌うように気持ち良さを表現するヘルムヴィーゲが、うっとりと目を細めている。


「……ちょいと姉さん方」

「「「っ!?」」」


 ブリュンヒルドと頼華ちゃんお世話を焼いているゲルヒルデとジークルーネを除くワルキューレと、既に湯船に浸かっているオルトリンデとヘルムヴィーゲ、そしてフレイヤ様と天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)が、おりょうさんにひと睨みされて縮み上がった。


「この国の生まれじゃないから仕方が無いのかもしれないけどねぇ、風呂に入るにも、作法って物があるんだよ。そこんとこわかってんのかい?」

「「も、申し訳ありません!」」


 湯の飛沫を巻き上げて慌てて立ち上がったオルトリンデとヘルムヴィーゲが、直角に腰を曲げて頭を下げた。


「ったく……フレイヤ様はともかく、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様はこの国の神様なのに、いきなり湯船の中に現れなさりましたよね?」

「は、はいぃっ!」


(さすがはおりょうさん)


 例え神様が相手でも無作法は許さないと、おりょうさんは鋭い眼光で天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様を射抜いた。


「はぁ……もう入っちまったのは仕方が無いけど、まだ入ってないあんたら、作法ってのを教えるから、あたしのやる通りにしてみな」

「「「はいっ!」」」


 オルトリンデとヘルムヴィーゲに続こうとしていたワルキューレ達は、おりょうさんに言いつけられて全裸のままで、直立不動の姿勢を取った。


「そっちの二人も、しっかりとやり方を見てるんだよ?」

「「はいっ!」」


 湯船の中で立ち上がったままだったオルトリンデとヘルムヴィーゲの二人は、おりょうさんに言われて背筋を伸ばした。


天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様に教える必要は無いですけど、フレイヤ様にはちゃんと教えておいて下さいよ」

「か、畏まりました!」


(神様が畏まっちゃったよ……)


「……」


 おりょうさんと天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様とのやり取りに、俺が苦笑を噛み殺していると、隣りにいるブリュンヒルドが、その様子を呆然と見つめている。


「それじゃ俺はお先に……」


 おりょうさんによる日本式の入浴のレクチャーが始まり、頼華ちゃんの補助を任せても大丈夫そうなので、異常に女性率、しかもいつもの子供主体では無い状況に精神への圧迫感が半端では無いので、俺は早々に退散を決め込む事にした。


 ブリュンヒルドの意識も俺から逸れているので、今が離脱する絶好のチャンスである。


「あ! 良太さん、駄目ですよぉ!」

「くっ!?」


 フレイヤ様の手から、何やら紐状の物が伸びて俺の足首に絡みついた。


(ぬ? こ、これは……)


 細いので引っ張れば振り解けそうに思うので、フレイヤ様の声が聞こえないふりをして逃亡してしまおうかと足を進めようとするが、どういう訳か身動きが取れなくなってしまった。


「うふふ。さすがの良太さんでも、このグレイプニールには敵わないようですね」

「グレイプニールって、そんな神話級の物を持ち出さないで下さい!」


 グレイプニールは巨大な狼の姿をした、ロキの子供の怪物であるフェンリルを捕縛出来た紐状のマジックアイテムだ。


 後にテュールの腕を食いちぎり、オーディンを丸呑みにした程の怪物を捕縛出来るアイテムを、なんでフレイヤ様は俺相手に持ち出してきたのか……。


「それは置いておいてですね、まだ先程の話が途中ですので落ち着いてこちらへ来て下さい。りょう様と、頼華様もお願い致します」

「あたしもですか?」

「わかりました!」


 掛り湯から、手拭いを湯に浸けない、長い髪の毛はまとめるなどの作法を教えていたおりょうさんと、隅々まで綺麗に洗われた流された頼華ちゃんが、フレイヤ様に名を呼ばれて振り返った。


「ささ。良太様、参りましょう♪」

「……わかりました」


 フレイヤ様に言われて逃げずに入浴すると知ったブリュンヒルドが、そっと控えめに俺の肩に手を置き、湯船の方に歩くように促してくるので、仕方無く逆らわずに歩き出した。


「それじゃ、話の続きですね」


 終わるまでは逃して貰えそうにないので、おりょうさんと頼華ちゃんが両隣に来て湯に浸かったのを確認してから、フレイヤ様に話を進めるように催促した。


「もう。良太さん、そんなに急かさないで下さい」

「はぁ……」

「……」


 ハァハァ……


 フレイヤ様が悪戯っぽく微笑むが、背後から聞こえる、ブリュンヒルドの物と思える息遣いが気になって落ち着かない。


「それでは再開致しますね。私や天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)、ここに来たワルキューレ達の身体は、人の世で活動し易いように構成してありまして、食事も出来れば汗もかくように出来ています」

「はい」

「「……」」


 おりょうさんと頼華ちゃんは説明を聞いて、フレイヤ様と天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様、自分の手近にいるワルキューレ達の身体を観察している。


「良太さんの世界に行く際に、良太さんには元の身体にお戻り頂いて、りょう様と頼華様のお二人には、我々のような身体をあちらの世界で使って頂きます」

「えっと、俺の時の逆だと思えばいいんですね?」

「そういう考え方で、間違っていません」


 元の世界の俺の身体はそのまま残っていて、中身の魂だけがこちらの世界の今の身体に乗り移っている状況なのだが、おりょうさんと頼華ちゃんも今の身体はそのままに、向こうで用意された身体を用いるという事になる。


「あの、時間的な問題はどうなるんでしょうか?」


 俺の場合は、元の世界の死んだ日時に殆ど誤差無く戻すという話だったが、体感ではこっちの世界に来てから数ヶ月は経過しているのだ。


「それもあって先程、良太さんが立ち去るのを待って頂いたんです」

「ん? それはどういう事ですか?」

「御三方には、このままここから良太さんの世界へと行って頂こうと思います」

「「「えっ!?」」」


 これは俺も予想外だったので、おりょうさんと頼華ちゃんの驚きの言葉に自分の物も重なった。


「外の方々には今日は随分と長湯だな、久々の三人水入らずだし、とか思われている内に、あちらの世界に行ってお戻り頂きます」

「そこも俺と逆って訳ですね」

「そうなりますね」


 この辺はこっちに戻ってきた時に、所謂パラドックスが起きないようにとフレイヤ様が考えてくれているのだろう。


「さて、御三方をあちらの世界へお送りする際の注意する点と、幾つかの守って頂きたい約束をお話致しますので、良くお聞き下さい」

「「「はい」」」


 口元を引き締めて、フレイヤ様が真剣な表情になったのを見て、俺もおりょうさんも頼華ちゃんも、背筋を伸ばして言葉の続きを待った。


「先ず良太さんの場合ですが、元のお身体は今程は性能が良くないという点をお忘れ無く」

「はい。まあそうでしょうね」


 現在の再構築されている身体は、飲食した分のほぼ全てがエネルギーに変換され、排泄の必要が無いという優れ物だ。


「ですが、蓄積された(エーテル)と、授けられた加護や権能はそのままですので、その点もお気をつけ下さい」

「わ、わかりました……」


(って事は、(エーテル)の防御もそのままか。炎や雷、蜘蛛の糸が使えるのは、いざって時に役に立ちそうだけど)


 この身体になって、悪意を持った相手から攻撃を受けると、自動的に防御反応がされるようになっている。


 そして食事や鍛錬で得られた(エーテル)が、圧縮貯蔵されて相当な量が蓄えられているのだ。


「りょう様と頼華様の場合は、ほぼ今の身体と変わらないと思って下さい」

「「はい」」

「あちらの世界での身体は使い捨ての器のような物なので、どれだけ怪我をしたりしても、こちらに戻った時点で関係が無くなります。とは言え痛みはあるので、くれぐれも無茶はなさらないように」

「「はい」」


(俺の今の身体も、同じなのかな?)


 性能がいいので、元の世界でもこの身体を使いたい気もするのだが、さすがに全てが都合良くは行かないだろう。


「次に。天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の協力で、あちらの世界での活動資金を用意しました」

「「「活動資金?」」」

「ええ。用意しなければりょう様も頼華様も、良太さんのお財布にお世話になるだけでしょう?」

「「「う……」」」


 俺も含めて、全くそこまで考えが至っていなかったので、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様に指摘されて唸るしか無かった。


「とりあえず、良太さんの口座に、懸賞で当たった事になっている現金十万円と、百万円まで使えるデビットカードを用意致しました」


(さすがは神様というか、デビットカードとは随分と現代的な物を)


 口座に入金されている額が限度額という買い過ぎの抑止になり、盗難に遭った場合には被害を少なく出来るデビットカードは使い勝手がいい。


 そこに加えて、現在は殆がカード決済で買い物が出来るとは言っても、まだ現金支払いのみの店舗もあるので、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様の気遣いは非常に有り難い。


「「じゅうまんえん? でびっとかーど?」」


 聞いた事の無い金額の単位と意味不明の単語の出現に、おりょうさんと頼華ちゃんが揃って首を傾げている。


「お二人には、向こうの世界に行く際にある程度の常識的な知識を入力しますので、意味は後で確かめて下さい。詳しくは良太さんが教えて下さるでしょう」

「「わかりました」」


 不明な事が不明のままだが、二人は頷いた。


「あちらに滞在する期間は最大で一ヶ月として下さい。途中で資金が尽きても、追加はありませんので」

「まあ、当然ですね」


 おりょうさんと頼華ちゃんプラス俺の小遣いが、一月で百十万だと思うと多く感じるが、宿泊費まで含むと考えると、自由に使える金額はそれ程は多く無いのだ。


「最後に、あちらで買った物のこちらへの持ち込みはある程度までは許可しますが、材質的に残ってしまうような物や、文化的に影響が出てしまいそうな物は、極力お控え下さい」

「あー……わかりました。気をつけます」


 材質的にというのは、例えば菓子類のビニールやアルミ包装などは、こっちの世界では再現不可能だし、生分解されない物を持ち込まれると困るという事だろう。


 ガラス瓶や紙の包装は、それ自体は大丈夫でも、表面に印字されている内容表示などは良くないように思える。


「この里の中に持ち込んで外に出さずに、利用した後は消却して下さるという事でしたら、多少は目こぼし致しますが……」

「それは有り難いです」


 滞在の実費がどれくらい掛かるかはわからないが、出来れば野菜の苗や種、買える限りの砂糖などを買って帰りたいと考えていたのだが、パッケージの問題は感じていたので、消却すれば見逃して貰えるというのならば、あまり気にしないで済む。


「良くわかりませんけど、その辺は良太に聞いて気をつけます」

「わかりました!」


 後でしっかり説明する気だが、おりょうさんも頼華ちゃんも、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様に返事をした。


「りょ、良太様! もしもの時には駆けつけますので、どうぞお気軽に喚び出して下さいませ」

戦乙女(ワルキューレ)って気軽に喚び出していい物じゃ無いですよね!?」


 潤んだ瞳のブリュンヒルドが、両手を握り締めながら俺に訴えてくるが、別に元の世界を征服しに戻る訳では無いのだ。


「いやいや。是非とも気軽に喚んでくれよ。戦場を駆け回るのも、酌をするのにも飽き飽きなんでさ」

「オルトリンデ。あなたはお役目をなんだと……」

「も、申し訳ございません」


 フレイヤ様が鋭い視線を向けると、オルトリンデは態度を一変させて頭を下げた。


(成る程、ワルキューレの本音か……)


 役目自体はきっちりこなしているようだが、殺伐とした戦場を駆け巡るのも、アインヘリヤルに給仕するのも、長く努めているので飽いているのだろう。


 その証拠に、俺を見つめ続けているブリュンヒルド以外のワルキューレ達の表情には、オルトリンデの言葉に多かれ少なかれ肯定的な様子が見える。


「そういう事が無いといいんですけど、困った事が起きたら頼らせて貰いますね」

「「「はっ!」」」


 一応のリーダーであるブリュンヒルドに向けてそう言うと、ワルキューレ達は一斉に頭を下げた。


「では、お送りしますね」

「良太さん、りょう様、頼華様、お気をつけて」

「「「行ってきます」」」


 フレイヤ様と天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)様の見送りの言葉に返事を返したところまでは覚えているのだが、そこで俺の意識は急激にロストしていった。


「あ、戻ってくるまでの間に、俺の身体に変な事は……」


 最後まで言い切る前に、俺の意識は完全にブラックアウトしたのだった。

 次回から、書いている人間も全く想定していなかった、まさかの現代編です。

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