二刀流
(……結局、この自称菅原道真も平将門も、京の出来損ないの結界の副産物なんだろうなぁ)
出口の無い京の結界の中で恨みを持ったまま亡くなった人の魂が、似たようなこの世への未練を持った同士が寄り集まって、目の前のような姿に育ってしまったのだろう。
(こんなのがいるくらいなんだから、そりゃ内圧で羅城門が吹っ飛ぶくらいはするよな……)
この地に都が制定されて数百年経過するのだから、その間に京の中だけでも朝廷に恨みを持ったまま死んだ人間は数知れない程いただろう。
「うぬぬ……何奴だかは知らぬが不遜の輩なのは間違い無い! 予が成敗してくれるわ! ふんっ!」
憤怒の形相そのままに、自称管公が巨大な拳を俺に向けて叩きつけてきた。
「……」
全く戦わずに済むとは思っていなかったので、予め外套の下で握っていた巴の鯉口を切ると、抜刀から切り払ったりはしないで、そのまま無造作に切っ先を前方に向けた。
「な、なんだとぉっ!?」
霊的にも物理的にもダメージのありそうな自称管公の攻撃だったが、巴に触れた瞬間から、拳が煌めく粒子のようになって空中に散乱していった。
「くっ! どうやら貴様も、その刀も只者では無いようだな!」
気で形を構成しているだけの存在なので、巴によって散らされた自称管公の手は、あっという間に復元された。
しかし、拳から肘くらいまでを構成している気を一度に失ったので、大幅なパワーダウンをしている事だろう。
「うーん……話し合いの余地があって、成仏する気があるんだったら見逃そうと思ったけど、無理そうだよね?」
敵わないと悟って解散してくれるのなら、本当に見逃してもいいとは思っているのだが、寄せ集まった上に年月を重ねて、個々の意識なんか残っていなさそうなのが非常に面倒だ。
「うむ。ここは一思いに息の根を止めてやった方がいいだろうな」
「な、何を言っておる!?」
俺と白ちゃんの話している内容をようやく理解したのか、ここに来て初めて自称管公の表情に、焦りの色が浮かんだように見える。
「喜べ。我が主殿は慈悲深いので、貴様の事を迷わずに成仏させてくれるみたいだぞ」
「な、な……」
これから我が身に起こるであろう事を想像したのか、自称管公は俺達を指差して口をパクパクさせているが、最後に残ったプライドが邪魔をしているのか、それでも逃げようとはしなかった。
「それじゃあ、さようなら」
「ま、待て!」
部分变化の翼から気を噴出させ、一息に自称管公との距離を詰めた俺は、握った巴を技も何も無しに振り下ろした。
「ぐ、あ……」
「白ちゃん。逃げようとしてるみたいだけど、取りこぼしが無いように気をつけてね」
「承知している」
俺の肩口からの袈裟懸けの無造作な一閃で、かなりのダメージを受けたと思える自称管公は、その巨大な姿を維持するのが困難になってきているように見える。
元が集合体だからバラバラになって逃げられたりすると厄介なので、その事を注意したのだが白ちゃんの方では先刻承知のようだ。
「おい。逃げようとするなら俺が食ってしまうが、それよりは主殿に成仏させられた方がマシだぞ?」
恐らくは白ちゃんに食べられると、魂としての存在では無くなって転生も出来なくなると思われるが、管公を自称していた集合体に、そういう判断がつくのかは相当に怪しい。
(最初はドラウプニールを使う事も考えたけど、そこまではしないでも良さそうかな?)
周囲のエネルギーを気に変換して、無限に装着者に供給してくれるのがドラウプニールの機能だ。
恐らく自称管公の近くで発動させると、吸い込まれて気に変換されてしまうので、白ちゃんに食べられるのと同じ運命を辿る事になるだろう。
(気に変換されるし、かなり自我がおかしくなっているとは言っても、元が人の魂なのを自分に供給されるというのは、あまりいい気分じゃ無さそうだけど……)
実際には体内を満たした気は、体外に放たれて光ったような外見になるので、留まっている時間は限り無く一瞬に近いと思うが、それでも出来ればあまり用いたくない手段だ。
「さーて……あんまり気乗りしないけど、どんどん行こうか」
「や、やめ……」
多分、凄く不機嫌な顔をしているだろうなと思いながらも、最初の尊大な態度が無くなりつつある自称管公の身体の隅々へ巴を振るい続ける。
「……やっぱり巴だと、楽だけど面倒だな」
ただ振るうだけで怨霊を霧散させられので楽と言えば楽なのだが、軌道の上下五センチずつくらいの範囲にしか呪いを破壊する効果が及ばないので、高層ビルの窓拭きをしているような気分になってくるのだった。
「あ、あ……」
「主殿。どうやらこの辺が限界のようだな」
「みたいだね」
言葉にならないような声を上げている自称管公は、既に全身の七割くらいを消失しているので、存在を意地しているのも困難な様子だ。
「最後は俺に任せてくれ」
「あー……そうだね。お願いしようかな」
ボロボロになって今にも崩れそうな自称管公の残骸を、巴を使って最後まで綺麗にするのは難しそうだし、かと言ってドラウプニールを使うのも躊躇われるので、ここは申し出てくれた白ちゃんの滋養になって貰う事にしよう。
気の毒な感じもするが、管公を自称して朝廷や京に迷惑を掛けた存在なのだから、最後に少しでも有効活用出来るのは悪い事では無いだろう。
(輪廻の輪から外れちゃうのは良くなかったのかもしれないけど……この辺は今度確認しよう)
俺が元いた世界とこっちの世界で転生を繰り返す事によって、魂を鍛えると聞いているので、ごく一部ではあるが白ちゃんが取り込んでしまったのは、もしかしたら不味いのかもしれない。
しかし逃してしまうと、また同じ様な存在が発生しないとも限らないので、俺自身の判断という事で説明をして、何か罰があるなら甘んじて受けようと思う。
「主殿。向こうはまだ終わっていないようだぞ」
「む……」
白ちゃんに言われて、頼華ちゃんと黒ちゃんが相手をしていると思われる、自称平将門の方を見てみると、巨体を揺るがしながら手を前に出したりしている最中だった。
(まだ攻防中か……)
「白ちゃん。急いで頼華ちゃん達の方へ行くよ!」
百鬼夜行を任せた白面金毛九尾の方も少し気になるが、大きな騒ぎにはなっていないので、当分は大丈夫だと判断する。
「あ、主殿!」
「お先に!」
白ちゃんが静止する間も無く、俺は背中の翼に意識を集中して、大量の気を送り込んで噴出させた。
ドンッ!
(ありゃ……ちょっと気を送り過ぎたかな?)
気の防御壁があるので、俺自身には空気の抵抗はそよ風程度にしか感じないのだが、一気に加速した所為で周囲に乱気流が発生したようで、通過してから暫くすると、衝撃波と共に家や商店のなどの立て付けの悪かった屋根や看板などが舞い上がった。
「おっと!」
「うひゃあっ!?」
「にゃああっ!?」
(しまった……そりゃこうなるよな)
一気に狭まった視界の中に、俺や白ちゃんと同じ様に部分变化で飛んでいた頼華ちゃんと黒ちゃんが迫ったので急制動を掛けると、前方で圧縮された大気の層が二人を弾き飛ばしそうになったので、慌てて手を伸ばして掴まえた。
(界渡り以外の時にも、少しは飛ぶ訓練が必要だな……)
部分变化による飛行は、基本的には界渡りと上昇時にしか使っていなかったので、翼に込める気の量と加減速時の周囲への影響というのが頭から抜け落ちていた。
界渡りで使う空間では通常の空間と様々な法則が違うので、急加速、急制動を掛けても慣性に影響はされないし、進行方向前方の大気が圧縮されたりもしないのだ。
おりょうさんと頼華ちゃんに飛び方を教えた時に、気による推力を絞り気味にと言った自分が、情けない事にこの体たらくである。
「お、驚きました……」
「うにゃああぁ……」
「ごめん。驚かせちゃったね……」
頼華ちゃんも黒ちゃんも驚きに目を回しているが、俺と同様に気の防御壁があるので、ダメージは負っていないようだった。
「わ、我が主ながら、なんという……元々の空を飛ぶ能力は、俺の物なのに……」
少し遅れて到着した白ちゃんが、何やらブツブツと呟いているが、今はそれどころでは無い。
「手こずってるみたいだね?」
「我ながら情けない話ですが……斬っても斬っても手応えが無くて」
頼華ちゃんが手にしているのは源家の伝家の宝刀である薄緑。
しかし妖怪相手になら絶大な威力を発揮する薄緑するではあるが、どうやら自称将門公には効果が薄いようだ。
(平氏相手なら、義経が壇ノ浦の合戦で使ったっていう車太刀があれば良かったんだろうけど……)
徳川に仇なすと言われる村正と同じく、平氏の滅亡の要因にもなっている車太刀は、正に天敵と言える存在だろう。
「まあ、無い物ねだりをしても仕方がないよね……という訳で、ここは俺に任せてくれるかな」
「お願いします、兄上!」
「御主人やっちゃえー!」
「主殿、存分に」
「くくく……たかが人間風情に、何が出来ると……」
頼華ちゃんと黒ちゃんの歓声に続いて、まだ余裕ぶっている自称将門公は、どっかで聞いたようなセリフを述べた。
「えーっと、お仲間なのかは知らないけど、同じような事を言ってた自称管公は、ついさっき消滅したので」
「な、なにっ!?」
俺に言われて、さっきまで自称管公のいた辺りを見て、自称将門公に焦りの色が浮かんだ。
(やっぱり、こいつも自称か……)
やったのは朝廷に対する反乱なので褒められた事では無いのだが、それでも平氏の総大将として軍勢を率いていた本物の将門公ならば、人間風情と言っていた者の言葉一つで、こんなに取り乱す事は無いだろう。
「なら、遠慮無く……ふんっ!」
「がっ……」
ともかく的が大きいので、特に狙ったり技を使ったりしなくても、巴をなるべく広い範囲を薙ぎ払うように振るだけで、自称将門公を構成する部分が霧散していく。
(こういう時、漫画とかアニメなら、頭から一直線に唐竹割りとかしちゃうんだろうけど……実際には出来ないよなぁ)
そもそも相手が生命体では無いので、中心線に斬撃したところでダメージにならなそうだ。
気で刀身を延長させるという手もあるが、背後の建築物への影響等を考えると、単純に手数を増やす方が良さそうだ。
(という訳で……)
「頼華ちゃん。薄緑を貸してくれる?」
「? それは構いませんが……」
左手だけで巴を保持すると、訝しい表情をする頼華ちゃんから薄緑を受け取って右手で保持した。
(薄緑。少し力を貸してくれ)
心の中でではあるが、太刀に話し掛けるなんて非常に厨ニっぽいなとか考えながら、右手の薄緑に気を流す。
俺の呼び掛けに応えるように、その名の通り淡く緑色の光を刀身から発した太刀を、巴と一緒に二刀流で自称将門公に向けて縦横に振るう。
巴の方は触れるだけで呪いなどを崩壊させる能力があるが、薄緑の方は気を纏わせて、力技で自称将門公を構成している部分を粉砕している。
「ぐおぉ……」
「これは……なんとか出来なかった余が言うのもなんですが、哀れな物ですなぁ」
「なんか落書きみたいだね?」
「主殿、そろそろか?」
「そうだなぁ」
見ている三人の言う通り、自称将門公もさっきの自称管公のように、巴と薄緑の斬撃で身体を構成している部分が消失したので、後は任せる事にした。
「白ちゃんはさっきのように。黒ちゃん、細かな部分を逃さないように、壊すか食べるかしちゃって。頼華ちゃん、とどめを!」
楽をしようというのでは無く、頼華ちゃん達にも達成感を味わって貰う為に、最後の仕上げの指示を出した。
「うむ!」
「おうっ!」
「はいっ!」
白ちゃんは足先を鋭い猛禽の物に、黒ちゃんは両腕を虎の前脚に部分变化させ、頼華ちゃんは俺が差し出した薄緑を受け取って、各自が猛然と襲い掛かった。
二刀を結構雑に振るっていた事もあって、さっきの自称管公の時程は念入りに壊していなかったので、自称将門公の残滓を処理するには、三人掛かりでやって貰って丁度いいだろう。
白ちゃんが鷹が襲い掛かるように猛禽の爪で蹴散らし、黒ちゃんが獲物を捉えた虎のように爪で引き裂きながら掴まえて齧りつき、頼華ちゃんはかなりの量の気を纏わせた、光り輝く薄緑で斬りつける。
(自称管公と共に、京を荒らした自称将門公だけど……こうなるとちょっと哀れだな)
俺は巴を鞘に納めながら、自称将門公の無残な姿を見て、諸行無常という言葉を噛み締めた。
「兄上! 終わりました!」
最後に薄緑を一閃させてから納刀した頼華ちゃんは、物凄く清々しい笑顔で俺に近づいてきた。
(将門公なんか自称してるのが相手だったから、鬱憤が溜まってたのかなぁ)
かつての平氏の武将というだけで、現在の源氏の頭領の娘の頼華ちゃんには色々と思うところはあったのだろうけど、そんな相手を攻めあぐねていた事が、かなりストレスになっていたようだ。
「あんまり旨くなかったけど、食い尽くしてやってスッとした!」
「まあ、悪霊っていうか怨霊だしね」
言葉とは裏腹に、黒ちゃんは満足そうにお腹をポンポンと叩いている。
「主殿。白面金毛九尾の方を見に行かないで大丈夫か?」
先に自称管公と戦っていた白ちゃんは、二人と比べると冷静だった。
「そうだね。心配は無いと思うけど、行ってみよう」
「はい!」
「おう!」
「承知した」
この場に駆けつけた時のような無茶な加速はしないが、それでもそこそこの速度で空を飛んで、俺達は朱雀大路を北上した。
「ああっと。白面金毛九尾のところへは俺と頼華ちゃんで行くから、黒ちゃんと白ちゃんは、さっき俺が壊しちゃった屋根とかを、出来る範囲で片付けておいてくれるかな」
移動を開始しようとした早々に、大事なことを思い出した俺はみんなに待ったを掛けた。
大きな災害にはなっていないが、衝撃波と乱気流の影響で少なからず影響が出ている。
「えっと……被害が大きそうな家とか商店には、程度に合わせて玄関先にこれを」
金貨と銀貨を数枚掴み出し、黒ちゃんと白ちゃんに分配した。
「さっき倒した奴らの被害を受けないようにしてやったんだから、必要無いんじゃないの?」
俺が渡した金貨と銀貨を見ながら、黒ちゃんが首を傾げる。
「俺もそう思うんだが」
「そこはほら、俺が慌てなければ出なかった被害だから、ね?」
白ちゃんも微妙に納得していない顔だ。
(仮に、被害が出ない程度に急いだだけでも、頼華ちゃん達の窮地には間に合ったからなぁ……)
俺が寸秒を惜しんだ為に起きた被害なので、さすがにこのまま見過ごしてしまうのは心が痛むのだ。
「わかったー! 白と手分けして、すぐに合流するよ!」
「うむ。主殿、頼華、また後でな」
「頼んだよ。じゃあ頼華ちゃん、行こうか」
「はい!」
再び外套のフードを被り直した俺達は、それぞれの目指す方向へと移動を開始した。
「あれは……本当の狐火って奴かな?」
「ほほぅ。白面金毛九尾の奴め、中々上手い具合に事を運んでいるではないですか!」
頼華ちゃんが評したように、百鬼夜行の妖の集団を、白面金毛九尾は点々と灯る狐火と、分身とも言える自身の姿そっくりの式神で、朱雀大路の路上で動きを封じ込めていた。
「でも、動きは停めてるけど攻め手には欠けるみたいだね」
「そのようですね! では加勢しましょう!」
自称将門公との戦いの鬱憤が発散されていないのか、まだ頼華ちゃんは戦闘への意欲が失せていないみたいだ。
「手こずってますか?」
「あ、貴方様! 手こずっていると申しますか……」
百鬼夜行の動向を見据え、身構えていた白面金毛九尾は、俺と頼華ちゃんの姿を目にして一瞬ホッとしたたが、すぐに表情を翳らせた。
「どういう事ですか?」
「その、同じ妖ですので、出来れば穏便に済ませたいとも思っていたのですが、閉塞された京での生活が長かった所為か、既に動物的な感情しか持ち合わせていない者がおりまして……」
「あー……」
白面金毛九尾に説明されて、狐火と式神に包囲されている内側を見ると、里の者達と同族だと思える蜘蛛の妖怪の姿もあった。
しかし周囲の妖達と同じく、閉じ込められている事に対する怒り以外の、知性のような物が感じられない。
「……最後に一度呼び掛けてみて、それでも芳しい反応がなければ、その時は」
「それしか無いのでしょうねぇ……」
どうやら俺が言うまでも無く、白面金毛九尾の中では結論が出ていたようで、その表情には諦念が現れている。
「と、その前に。御自身の眷属は確保出来ましたか?」
京の結界に閉じ込められていた、白面金毛九尾の眷属を自由にするというのが今回の主眼なので、その安否が確認出来る前に行動に移してしまっては本末転倒だ。
「それでしたら……ほら。ちゃんと御挨拶なさい」
「「「……」」」
状況が状況だし、小柄なので気が付かなかったが、白面金毛九尾の背後の足元から、小さな子狐が数匹姿を現した。
(おお! なんて可愛い!)
妖怪なので野生の狐とは勿論違うのだとは思うが、かなり小柄な体躯の子狐達の中には毛色が白っぽかったり、尻尾が二本とか三本に分かれている個体がいたりする。
「お?」
その内の一匹が、てててっと前に出て俺に近づくと、頭を脚に擦り付けてきた。
「もしかすると……この間の子かな?」
「……」
俺を見上げた子狐は、肯定するようにこっくりと頭を縦に振った。
この作品の投稿を始めて丸一年になりました
まだまだ良太の物語は続きますので、今後も宜しくお願い致します
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