欠陥都市
「こほん……何度も話を逸らせて申し訳ありませんが、京がどうして欠陥都市であるというのを、今から御説明致しますね」
「お願いします」
全く無駄な話では無さそうというのはわかるのだが、それでも未だに用件まで辿り着かいないのは自分でもどうかと思ったのだろう、白面金毛九尾はわざとらしい咳払いをして姿勢を正した。
「実は……現在の京は長岡京を参考に、実質場所だけを移動して造られたと言えるくらいに、同じ設計思想なのです」
「……」
(一度失敗しているのに、同じ設計思想? どういう事なんだろう……)
長岡京も平城京も設計思想が間違っていなかったのなら、そのまま永く都としての役割を果たしているはずだ。
心の中で思う事はあったが、また脱線するのは嫌なので、白面金毛九尾の次の言葉を待った。
「長岡京も現在の京も、碁盤の目構造なのはご存知ですね?」
「ええ。それは勿論」
「では、どうしてそういう構造になっているのかという理由は、ご存知ですか?」
「? 風水都市として設計してあるので、そういう構造に従って道路なんかを整備しただけでは無いのですか?」
四角い枠組みの都市の中を、敢えて複雑な構造にする必要が無かったのではという、俺自身の京の構造への考察はその程度だ。
(ヨーロッパの城郭都市なんかは、わざと複雑な構造にしてるみたいだけどなぁ)
ヨーロッパでは街の門から城まで、わざと直進出来ないような構造に都市を設計してある。
これは騎馬の軍勢などに一気に攻め込まれなくするする為で、街の構造自体を城の防御に使っているというのがその理由だ。
「そうお考えになるのが普通なのですが……実は碁盤の目の構造は、帝の御座所を呪術的に守護する為の物なのです」
「えっ!?」
(街と同時に帝を守護するのは、風水による四神配置だけじゃ無かったのか!?)
江戸の街も江戸城の鬼門や裏鬼門を抑えて、呪術的に守護するような設計になっているが、複雑に張り巡らされた道路や水路の構造などは、ヨーロッパの街に近いと言える。
「……あ!? もしかして碁盤の目の構造の縦横の構造って、九字の呪法!?」
「おわかりになりましたか? そうです。九字切りと言われる物です」
密教僧や修験者などが使うのが、「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」と唱えながら、刀印という形にした手で空中に格子状に線を描くのが九字切りである。
「確かに九字切りは、戦勝や護身の為に用いる物なのですが……」
「何か他の使い方でも?」
白面金毛九尾の表情が曇ったところを見ると、この九字切りの用い方が原因の一つなのだろう。
「その……修験者が山に修業に入る際に、九字を切るのはおわかりになりますか?」
「わかりますけど……それって修行の成功と、我が身を護る為では無いのですか?」
「それも間違ってはいないのですが、実際には俗世から、修行の場である山という、別の世界へ入る為の儀式なのです」
人里での生活から切り離される修行場の山を、別の世界と考えると、確かにそういう儀式をするというのは理に適っていると言えるだろう。
(でも、それの何が悪くって、京に影響があるって言うんだろう……)
白面金毛九尾の言う、九字切りと京の街の構造的な問題というのが、ここまでの説明ではいまいちピンと来ない。
「……あっ!? も、もしかして、別の世界って!?」
(以前に黒ちゃんと白ちゃんが、三条のどこかに自分達の出入り出来る場所があるって言ってたな……)
鵺である黒ちゃんと白ちゃんが、出入り出来る場所……物凄く嫌な想像が、俺の脳裏を過った。
「おそらくは貴方様のお考えの通りだと思います。京は建築的、呪術的な構造によって、異層、異界への門を開いてしまっているのです」
「……」
(やっぱり、そういう事なのか……)
自分の想像が正解を導き出していたのだが、あまり良くない方向なので、白面金毛九尾に肯定されても嬉しくもなんとも無い。
(でも、これで黒ちゃん達の言ってた事や、京都にはあの世に繋がってる井戸があるとかいう迷信が、信憑性を帯びてきたどころか、本当だったって裏付けられちゃったな……)
以前から、なんで風水都市の京都で、怨霊や妖怪に関する逸話が多いのかと思っていたのだが、どうやらこういう事だったらしい。
しかし真相が判明したからと言って、俺がここに呼ばれた理由も含めて、なんの解決にもならなそうなのだが……。
「その……嫌な話が続いてしまうのですが、四ツ辻には異界への門が開くというのはご存知ですか?」
「話くらいは……」
四つ辻というのは日本の怪談話で、あの世とこの世が出会う場所と言われている。
「碁盤の目構造ですので、京は四ツ辻だらけです……しかも平面的には、四神相応で封じられていますし」
「妖や鬼の類の出てくる場所で、京はいっぱいって事ですか!?」
京を守護しようとする呪術的構造は、実は妖や鬼を外に出さない様な効果を発揮しているという事になる。
「そういう事です。ですので、耐えきれぬ程になると、かつての羅城門のように……」
「あー……」
京都の南にある羅城門は大風で倒壊したと言われているが、白面金毛九尾の言葉を信じるのならば、霊的な圧力のような物が耐えきれぬ程にいっぱいになり、針を刺された風船のように弾けてしまったようだ。
「まあ疫病や洪水などに悩まされて都市機能を失った長岡京に比べれば、門の倒壊くらいですんでいる京は、まだマシなのかもしれませんが……」
「でも、またいつ同じ様な事が起きないとも限りませんね……」
里に関わる前の旅行者という身分であれば、話を聞いただけならば京には近づかないだけで済ませていたかもしれないが、ブルムさんや沖田様という決して関係性が薄くない人が住んでいる場所だ。
もしも俺に何か出来る事があるのならば、手を貸すのを渋ったりするつもりは無い。
「ん? あの、帝の御座所って、昔と現在では違いますよね?」
現在の御座所は、元の世界の京都御所と同じ、東側の鴨川に近い場所にある。
「ええ。ですがかつては、都の北辺に配置されておりました」
「もしかして……御座所の場所が移動してるのに、厄介な呪術的な構造だけが残ってるんですか?」
「そういう事になりますね……」
(なんというか、酷い話だなぁ……)
御座所は九字の呪法から外れはしたのだが、京という都市自体の欠陥構造は改善されていないまま、現在に至っているのだ。
「でも、そもそもなんで俺なんですか? だって白面金毛九尾と言えば、日本三大妖怪って言われてるくらいの……」
多少の厨ニ的知識はあるが、京なんて都市の規模の呪術的な構造をなんとかしろなんて言われても、現代の高校生の俺なんかには荷が重い案件だ。
「あー……でも、私って長生きしている意外には、実は大した事ありませんよ?」
「そうなんですか!?」
(でも確かに、白面金毛九尾が強大な術を使ったとかって逸話は無いんだよな……あれ? 後の二つも、実はそんなに派手なエピソードって無いぞ?)
日本三大妖怪は、人によってセレクトが違ったりするのだが、一般的には酒呑童子、白面金毛九尾、大嶽丸と言われている。
酒呑童子は大江山に棲み着いて悪事を働いていたのを、源頼光とその配下によって退治されている。
大嶽丸は鈴鹿峠を根城にしていて、峠を通る旅人などを襲っていたが、鈴鹿御前の手引きによって坂上田村麻呂によって討伐された。
この大嶽丸は復活して再び田村麻呂に挑んだり、神通力の秘められた剣を持っていたりと少し派手なのだが、強い野盗の類なだけと言えなくも無い。
そう考えると白面金毛九尾も、殺生石のエピソードを別にすると上皇を病気にしたりとか、外見以外は地味である。
(なんだろう。雷を伴って出現する鵺の方が、派手な感じが……ヒューマノイドタイプじゃないとダメなのかな?)
別に三大妖怪に異議を唱えても仕方が無いのだが、なんとなく考えさせられる。
「長生きをしていますので、それなりの術は使えますが……後はこの胸くらいしか、自慢する物はございません」
「そ、そうですか……」
(まあ……この胸は誇っていいんじゃないのかな)
身体を動かす度に重々しく揺れる白面金毛九尾の胸は、コンプレックスになっていないのであれば誇ってもいいと思う。
「京の構造的、呪術的な状況はわかりましたが、それを俺にどうしろと?」
「えっと……貴方様御自身が強大な気を保有されている方であり、同行者の皆様も尋常では無い方々ばかりでしたので、御相談すればなんとかなると思いまして」
「……具体的な案は無い、と?」
「恥ずかしながら……」
白面金毛九尾は、気の量的に目立つ俺にとりあえず声を掛けてきただけで、なんとノープランだったのだ。
「うーん……でもなぁ、出入りする術が全く無いんじゃ」
当初の計画とは違うのだと思うが、京を囲む結界は、ある程度の効果を発揮しているのは間違い無い。
「あ、全くではありませんよ」
「……へ?」
考えあぐねている俺に、白面金毛九尾が意外な事を言った。
「私が狐の元締めをしている事は、先程お話致しましたね?」
「ええ」
元締めというのがどういう意味なのかはわからないが、確かにそういう話は聞いている。
「私は眷属である狐を貸し出しているのですが、その貸し出した狐は、どういう訳か京に入る事が出来るのです」
「……強引な手段でなければ、京に入る事が出来ると?」
「そのようです」
狐を貸し借りして何をするのかは不明だが、貸し出された狐は京に入る事が出来るらしい。
(でも……言われてみれば黒ちゃん達や里の子供達も入れるんだから、抜け道はあったって事か)
詳しい条件は不明だが、京の結界は色々な意味で完璧には程遠いようだ。
「だとすると……貴方は俺と一緒に京に入る事は出来るのでは?」
「そうかもしれませんが、だからといって中にいる眷属達を外に出せるのかというと……」
「あー……」
(そりゃまあ、そうだよなぁ……)
そんなに簡単に出せるのなら、白面金毛九尾が俺に相談する必要なんか無いのだ。
「都市の構造的な物が問題とは言っても、壊す訳にもいかないしなぁ……」
風水に則った設計が結界を形成しているのだから、一番簡単な方法はそれを壊す事だ。
しかし、特に不自由を感じずに生活している人達がいるので、無闇に破壊活動をする訳にも行かない。
「あ!」
「何か思いつかれましたか!?」
「ええ。でもなぁ……」
巴であれば、目に見えない結界を破壊できるのでは無いかと思いついたのだが、街中で刀を振るうのは非常に良くない行いだ。
決して無意味な行為では無いのだが、それはこちらの都合であって、説明したとしても理解して貰うのは難しいだろう。
(……沖田様に相談するか?)
一応の信頼関係は築けていると思うので、京の治安維持をしている沖田様に相談すれば或いは、とか考える。
「……試してみる価値はあるのかな?」
「よ、宜しければどういう事をされるつもりなのか、お伺いしても?」
「実行に移すかは決めかねているんですけど……」
俺の所有する巴という刀の特性と、鎌倉で鵺の白ちゃんの呪詛のような物を、実際に祓う事が出来た事を白面金毛九尾に掻い摘んで説明した。
「た、確かにその刀ならば……でも、京で刀を振るうのも、問題がありますね」
「ええ。ただ、京都の守護職の方に知り合いがいるので、その方の監督の元でならと、思うんですけどね」
(でも、説明したところで沖田様が、街中で刀を振るうのを納得してくれるかどうか……)
魔術や呪いが実際に効果を及ぼすこっちの世界なので、話せばわかってくれるかもしれないのだが……。
しかし、なんと言っても平安京が築かれた頃からの結界の話なので、沖田様に説明するにしてもかなり時間を費やす事になるだろう。
(巴の事も、話しちゃっていいのかどうか……)
京の安全を取り戻せて、白面金毛九尾の眷属である狐達を解き放ってあげたいという気持ちはあるのだが、巴の効果が知られていいのかと、少し考えてしまう。
「協力するにしても、出来ればひっそりとやりたかったけど……そうも言っていられない、か」
「ご、御迷惑をお掛け致します! 私の方で出来る限りの御礼はさせて頂きますので……も、もしも御所望でしたら、この身体も差し出しますので!」
「あ、そういうのは結構です」
少し芝居掛かった仕草で、白面金毛九尾が着物を肩からずらしたりするが、俺はきっぱりと断った。
「えー……」
「なんで残念そうにしてるんですか……」
俺の拒絶を受けて、白面金毛九尾はあからさまに不満そうな表情をしている。
「これでも少しは自信があったのですが……あ、もしかして貴方様は、少し変わった趣味の?」
「違いますよ! あの、これでも将来を誓った相手がおりまして……」
初対面の相手に個人情報を漏らすのはどうかと思うのだが、特殊な趣味の持ち主だと誤解されるのは御免だ。
「あら、そういう事でしたのね。でも、英雄色を好むとも言いますし……ねぇ?」
「ねえと言われましたもね……」
(別に英雄じゃ無いけど……相手は一人じゃ無いんだよね)
心の中で独り言ちながら、白面金毛九尾の流し目をスルーした。
「あの、この件は持ち帰ってもいいですか? 身内に京の事とかに詳しい者もいますので、相談してお返事します」
詳しい者というのは言うまでも無く、笹蟹屋で留守を預かってくれている白ちゃんの事で、もしかしたら京の結界なんかについても知っているかもしれない。
「はい。こちらは貴方様にお頼みする立場ですので、即時に断られないだけでも有り難いです」
真面目な表情に戻った白面金毛九尾は、俺に向かって頭を下げた。
「……あの、そちらからの依頼とは関係無い事なんですが、ちょっと質問があるんですけど」
「はい? 私にお答え出来る事でしたら、何なりと」
俺の問い掛けに、白面金毛九尾は小首を傾げながら応えた。
「白面金毛九尾さんのその姿って、元々からの物なんですか?」
身内である黒ちゃんと白ちゃんは、鵺の姿から人間の形に变化しても、元の姿の名残があった。
それは表皮のや瞳の色だったり、黒ちゃんの場合には尻尾の蛇が残っていたりした。
日本人の外見とは掛け離れているが、それでも白面金毛九尾の外見は、派手ではあるが人間離れは……していないと考えそうになったが、透き通るような肌と金糸のような巻き毛は、十分以上に人間離れしている。
「白面金毛九尾さんなんて、そんな他人行儀な……どうぞ私の事は、お好きにお呼び下さい」
「そう言われましてもね……」
(名前からすると、白さんとか呼べばいいのかもしれないけど、それだと白ちゃんと被るしな)
肌の色はともかく、同じ名前に白が入っているにしても、あまりにも印象の違う二人を比べて、心の中で苦笑する。
(白がダメなら……女性で金さんっていうのもあんまりな感じがするしなぁ。じゃあ九さんか?)
色々と考えるが、何れにしても女性を呼ぶのに相応しい感じには思えない。
「えっと、呼び方の方はとにかくとしまして、私の外見についてですが」
「ええ」
「では、元の姿に……」
「え……おお!?」
白面金毛九尾の身体が少し輝きを放ったかと思ったら、座布団の上に小さな狐が座っていた。
おそらくだが成獣の狐よりは小柄なその身体は、輝くような純白の毛皮で覆われていて、九本の尻尾が密生している。
(なんだこの可愛い生き物!? デフォルメされたマスコットキャラみたいじゃないか!)
子狐くらいの体躯なのに、それなりの太さの九本の尻尾が窮屈そうに生えているので、物凄くアンバランスな可愛さがある。
「あ、あの……」
「はい?」
狐の姿に変わった……というか、元に戻っても会話は可能なようで、返事をしながら首を傾げている。
その首を傾げる姿が、なんとも愛らしい。
「ちょ、ちょっと尻尾とかに、触ってもいいですか?」
「構いませんが……では失礼しまして」
狐の顔なので表情の変化は読み取れないが、なんとなく俺に対して不審そうにしながらも、白面金毛九尾はピョンと座卓に飛び乗ってこちらに近づいてきた。
「どうぞお好きに」
「で、では……おおおぉ!」
座卓の上で向きを変え、俺に向かって差し出された白面金毛九尾の尻尾は、言葉に出来ないような気持ち良さだった。
(こ、これは……毛足は短いけど、なんとも滑らかな肌触りで、ツヤッツヤだなぁ。凄く癒やされる……)
黒ちゃんの虎の脚もかなりの威力だったが、白面金毛九尾の尻尾も勝るとも劣らない。
「こ、こちらが本当の姿ではありますが、人間の殿方に、こちらの姿の方が喜ばれたのは初めてです……」
「そうですか? こちらの姿も、かなり魅力的ですけど」
普通に考えれば、尻尾が九本もある狐というのは異常なのだとは理解しているが、個人的には小柄な身体以外には特に違和感は抱かないし、その小ささも含めて可愛らしいと思う。
「まぁ……あ、凄く優しい撫で方……」
「……」
俺が尻尾を撫でるのに合わせて、白面金毛九尾が小刻みに身体を震わせているのを、ここまで案内してくれた女の子がじっと見つめている。
(こ、この視線は……やばいか?)
特に表情の変化は無いし、相変わらず言葉は発しないのだが、俺と白面金毛九尾へ送ってくる視線が、少し痛く感じる。
「あ、ありがとうございました。とても綺麗な毛並みですね」
「あ……えっと、お粗末さまでした」
少し名残惜しそうにしていたが、白面金毛九尾は狐の姿のままでペコリと頭を下げて、座卓の上を歩いて座布団の方へ戻って行った。




