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天国と地獄

「そ、そうだ! 頼華ちゃん、洗って欲しいって言ってたよね!?」

「えっ!? そ、それは申しましたが……」


 黒ちゃんと一緒に、湯船にも浸からずに呆然と成り行きを見守っていた頼華ちゃんが、急に水を向けられて驚いている。


「さあ、洗ってあげるから、そこへ座って!」

「は、はい!」

「……逃げたか」


 白ちゃんがボソッと何かを言ったような気もするが、俺は湯船から出て頼華ちゃんの傍へ向かった。


「ううぅ……御主人が頼華を選んだよぉ」

「少し待っててくれれば、黒ちゃんも洗ってあげるよ」

「ほんと!?」


 テンションが低下して俯いていた黒ちゃんだが、洗う約束をしてあげたら、ぱあっと表情が明るくなった。


「それじゃ洗うよ」

「はい!」


(この身体のどこに、あれだけのパワーとバネが潜んでるんだろうな……)


 既に何度か洗ってあげた事はあるが、その度に、この一見すると華奢にも見える頼華ちゃんの身体のどこから、爆発的なパワーと敏捷性を生み出すのかと不思議になる。


(まあ俺も、その辺は人の事は言えないか……)


 自分も含めてこの里の住民の中で、外見通りの力しか持っていないのは夕霧さんだけだ。


 その夕霧さんにしても、忍としての修行は受けているので、普通に町中で生活している人間に比べれば、力もあるし戦う能力にも長けているはずだ。


「兄上! 髪も洗って頂いて宜しいでしょうか?」

「ん? ああ、いいよ」


 少し意識が逸れていたが、振り返った頼華ちゃんに声を掛けられて我に返った。


(長い髪だから、自分だけで洗うのは大変そうだよな)


 頼華ちゃんの髪の毛は腰くらいまでの長さがあるので、洗って流すだけでも一苦労しそうだが、実家にいた時には使用人が、旅に出てからはおりょうさん達が手伝っているのだろう。


「それじゃ、まずは流すから目を瞑っててね?」

「はい!」


 長い頼華ちゃんの髪全体に行き渡るように、軽く梳きながら湯を掛けていく。


「洗うから、目は瞑ったままでいてね」

「はい!」


 手で石鹸を擦って泡立ててから、頼華ちゃんの長い髪をマッサージするような感じで、しかし強くはしないように気をつけながら洗っていく。


「頼華ちゃんの髪は綺麗だね」


 本人に自覚は無いみたいだが、頼華ちゃんの髪は癖が無くて実に艷やかだ。


「そうですか? ありがとうございます!」


(一緒にしたら怒りそうだけど、小さい子の髪の毛みたいだな)


 幼児の髪の毛はあまり手入れをしなくてもサラサラのツヤツヤだが、頼華ちゃんの髪質は似たような感じがする。


 一緒に行動していて、櫛で梳いたりする以外には特別な手入れをしているようには見えないが、そうは思えない程に綺麗な髪の毛だ。


「流すから、まだ目を開けないでね」

「はい!」


 桶で汲んだ湯を掛けて泡を流すと、頼華ちゃんの髪は洗われた事によって更に艶を増したよう見える。


「はーい、終わったよ」

「ありがとうございます! 実にさっぱりしました!」

「それは良かった」


 言葉通りにさっぱりした表情で、頼華ちゃんが頭を下げてきた。


「それじゃ次は黒ちゃんを……」

「兄上! 前は?」

「前は、おりょうさんも洗わなかったんだから……」

「むぅ……」

 

 頼華ちゃんが少し不満そうな顔をするが、おりょうさんの時も遠慮したのだから、そこはわかって欲しい。


「仕方無い。前は自分で洗います!」

「仕方無くなんだ……」


 おりょうさんと張り合うのは愚かだと察したのか、多少不満そうではあるが頼華ちゃんは引き下がった。


「そうそう。洗い終わったらゆっくり温まってね」

「はい!」


 それ程御機嫌は損なわれなかったようで、頼華ちゃんは自分で身体を洗い始めた。


「よーし! あたいの番だね!」

「なんでそんなに気合入ってるの?」


 洗うのは俺なのだが、何故か黒ちゃんのテンションがマックスだ。


「おう! あの妙な女に弄くり回された感触を、御主人に上書きして貰うんだ!」

「昨日の話なのに、まだ気にしてたの?」


 京の関所を出る時に、ダンダラ模様の羽織を着た新選組っぽい女性に抱きつかれ、思う存分可愛がられてしまった事を言っているらしい。


「……妙な女?」


 女というキーワードに反応した頼華ちゃんが、身体を洗いながら振り返った。


「それじゃ洗い始めるよ」

「おう♪」


 頼華ちゃん程では無いが、それでも黒ちゃんも小柄で華奢に見える身体をしている。


「うーん。気持ちいいー♪ あ、そうだ。あの女には、頼華も気をつけた方がいいぞ!」

「……へ?」


 どうやら頼華ちゃんは、俺の近くに知らない女性が出現した事を危惧して振り返ったようだが、まさか黒ちゃんから自分自身の事を気をつけろと言われるとは、思っていなかったみたいだ。


「そ、その妙な女というのはいったい!?」

「おう! 急に抱きついてきたと思ったら、身体中弄られた!」


 首の辺りを洗うと、黒ちゃんはくすぐったそうに目を細めている。


 (エーテル)で身体を構成されている黒ちゃんが、本当にくすぐったいのかは謎だが。


「あ、兄上!?」

「本当なんだよね……」


 黒ちゃんの正体もパワーもスピードも知っている頼華ちゃんは、まさかと思ったようだが、そこに関しては俺も同感だ。しかし、事実は事実だ。


「まさか黒の動きを封じるとは……世の中は広いな」


 身体を洗うのも忘れたように、頼華ちゃんが考え込んでいる。


「でも、関所にいたからお役人ぽいし、悪い人じゃ無さそうだよ」

「そうなのですか?」

「おう! 弄くり回されたけど、飴くれた!」

「もしかしてその女性ってのは、あの池田屋の前で会った人かい?」


 十分に温まったのか、湯船から出てきたおりょうさんが、お糸ちゃんと並んで傍に立っていた。


「ええ。あの人に、黒ちゃんが気に入られちゃって」

「まあ黙ってりゃ黒も、可愛い顔をしてるしねぇ」

「むー! 黙ってればって、姐さん酷いよ!」


(おりょうさんの言う事も、わからなくは無いけど……)


 黒ちゃんは外見的には、親しみ易く可愛らしいタヌキ顔の少女なのだが、表情や行動が快活を通り越してエネルギッシュ過ぎるので、慣れない人間にとっては近寄り難いのではないかと思う。


「主殿、そろそろ背中を流すか?」


 こちらも湯船から出てきた白ちゃんの場合は、一見すると清楚で物静かな感じなのだが、近づいてみると抜き身の刀のような、独特の迫力のある美貌を持っている。


「その前に、白ちゃんも洗おうか?」

「むぅっ!? い、いいのか!?」

「いいのかって……なんで?」


 別の初めての事では無いし、洗ってくれると言うのなら、その前に御礼の意味でと申し出ただけだ。


「自分で洗うのなら、それでも構わないけど……」

「ぜ、是非ともお願いしよう!」


 自分で洗う方がいいのかと思ったが、そうでも無かったようだ。


「それじゃ黒ちゃん、頭は自分でね」

「むー。仕方ないなぁ」


(この場合は、俺が悪いのかなぁ……)


 本当に「やれやれ仕方ないなぁ」といった感じに、黒ちゃんが俺に向かって肩を竦めた。


「それでは兄上! お手を煩わせました!」

「うん。しっかり温まってから出てね」

「はい!」


 身体を洗い終わった頼華ちゃんが、俺に一礼してから湯船に歩いていった。


「さてと、それじゃ白ちゃんを……なんで夕霧さんは、そこに立ってるんですか?」


 白ちゃんを洗おうと、手拭いで石鹸を泡立てていると、そんな俺の傍に立って、夕霧さんがじっと見つめている。


「あ、あははぁ……並んでればぁ、良太さんに洗って貰えるのかと思いましてぇ……ダメですか?」

「構いませんけど、そこに立って見ていなくても……」


 見られているとどうにもやり難いし、この浴場は竹垣はあるが屋根は無いので、初夏になりつつある時期とはいえ、夕霧さんが身体を冷やしてしまわないか心配だ。


「いいんですかぁっ!?」

「え、ええ……」


 夕霧さんが前のめりになって問い質してきたので、少し圧を感じて身体を引いてしまったが、思わず視線が手拭いで隠されている胸元に行ってしまった。


「主殿。夕霧は特別に、前も洗ってやってはどうだ?」

「いや、それは……」

「っ!?」


 白ちゃんがからかうように言うと、夕霧さんは俺に向かって胸を突き出しているような格好になっていたのに気がついて、息を呑みながら胸元を手で隠した。


「ははは。それでは主殿、お願いしようかな」

「う、うん」

「……」


(やり難いな……)


 からかわれた事で意地になっているのか、夕霧さんは近くに座り込んで、俺が白ちゃんを洗うのを見守っている。


「はい、終わったよ」


 黒ちゃん同様、どの程度あるのかは不明だが、一応は背中側の首から腰までを隅々まで洗い上げて、ぽんと肩の辺りを叩いた。


「なんだ、もうおしまいか」

「なんだって……ちゃんと洗ったからね?」


 相変わらず白ちゃんは表情が乏しいので、どこまで本気で言っているのかはわからないが、これまでの経験からすると、多分だが冗談だろう。


「まあいい……そろそろ夕霧が、痺れを切らしそうだしな」

「っ!? そ、そんな事は無いですぅ!」


 夕霧さんは否定しているが、白ちゃんを洗っている間に思いっきり視線は感じていた。


「夕霧さん、お待たせしました」

「っ! べ、別にお待ち……してましたけどぉ」


 視線を逸らすが、夕霧さんは待っていた事は否定しなかった。


「なら、早速始めましょうか」

「お、お願いします……」


(なんか凄い緊張感だな……)


 おりょうさんを洗っている時に感じた、視線の集中砲火も凄かったが、夕霧さん一人から放たれている緊張感も負けていない。


「そんなに緊張しないで下さい。優しくしますから」

「はい……」


 肩の辺りに手を置くとガチガチに張り詰めていたので、耳元で軽く囁くと、夕霧さんは俺の言う通りに力を抜いた。


(おりょうさんとも頼華ちゃんとも違う、柔らかい肌だな……)


 それなりに鍛えているはずだし、白ちゃんがからかうように太っている訳では無いのだが、夕霧さんの肌はどこを押しても、指が沈み込みそうな程に柔らかだ。


「……主殿、明らかに俺の時よりも念入りだぞ?」

「えっ!? そ、そうだった?」

「うむ」

「……」


 白ちゃんに言われて気がついたが、真っ赤になりながらも夕霧さんが何も文句を言わないので、腕を持ち上げたりしながら感触を確認しつつ、かなり念入りに洗う作業に没頭していたようだ。


「じゃ、じゃあ夕霧さん、終わりましたので」

「はいぃ……ありがとうございますぅ」


 恥ずかしいのか、顔を少しだけ振り返らせた夕霧さんは、消え入りそうな声で礼を言ってきた。


「それではお待ちかねの、主殿の番だな」

「お待ちかねって……」


(俺から望んだんじゃ無いんだけどなぁ……)


 とか思ったりするが、全く楽しみにしていなかったと言うと嘘になるので、口には出さない。


「主殿なら大丈夫だと思うが、強かったら言ってくれ」

「うん」


 白ちゃんが俺に敵意を向けてくる事は考えられないので、(エーテル)の防御は働かない。


 結果として、あまり力を入れられると肌が大変な事になってしまうかもしれない。


(まあ、大丈夫だと思うけど……)


 少しくらいは我慢するつもりで、白ちゃんが背中から湯を掛けてくるのに任せる。


「では始めるぞ」

「うん。お願い」


 (エーテル)で構成されている白ちゃんや黒ちゃんとは違うが、基本的に殆ど代謝の無い自分の肌から垢は出ないんじゃないかと思うが、それでも入浴して洗うのは気持ちがいいものだ。


(さすがにここでは、下手な事はしてこないと思いたいけど……)


 まだ里に浴場が無かった頃に、黒ちゃんと白ちゃんに半ば襲われるような感じになったが、すぐ傍に夕霧さんもいるし、まだ子供達も数人残っているので、あまり妙な事はしてこない……と、信じたい。


「あ、あのっ! 良太さんっ!」

「夕霧さん、何か?」


 自分の身体も洗わずに、傍で成り行きを見守っていた夕霧さんが、振り返って声を掛けてきた。


「あ、あたしも御礼にぃ、良太さんの事をぉ……」

「?」

「ははーん……夕霧、良かろう」

「って、何が?」


 何かもじもじしながら、夕霧さんが視線を送ってくるのだが、俺にはわからない何かを白ちゃんは察したらしい。


「で、ではぁ……失礼しますぅ」

「って、夕霧さん!?」


 にじり寄ってきた夕霧さんは、俺の腕を取って手拭いで擦り始めたのだった。


(うわぁ……)


 当然ながら夕霧さんは、自分の手拭いを使っているので、身体を隠す物が何も無い。


 その上夕霧さんは、俺に面と向かっている状況なので、当然ながら……心の中で呻いてしまった程、動く度に胸が揺れまくっている。


「あー! あたしも主人洗うー!」

「「「あたしもー!」」」

「ちょ! みんな落ち着こうね!?」


 五人程残っていた女の子達が、俺に飛びつくようにしながら群がってきた。


「おお、貴様ら中々感心だ。心を込めて主殿を洗うんだぞ」

「ちょ、白ちゃん!?」

「「「はーい!」」」


(ぬぅ……夕霧さんと子供達相手じゃ、力ずくで振り払う訳にも……)


 背中を白ちゃん、右手を夕霧さん、そのたの部分に女の子達と、俺は完全に動きを封じられてしまった。


(白ちゃんは(いかずち)で……いや、感電の恐れがあるか)


 ダメージを与えない程度の(いかずち)が妙な作用をして、白ちゃんを気絶させられる事は実証済みなのだが、水気の多い風呂の中での使用は躊躇われた。


 (エーテル)によっての具現化なので、白ちゃんや黒ちゃんや俺の使う(いかずち)が、直接効果を作用させる以外に電気と同じ特性を持っているかはわからないが、子供達に危険が及ぶかもしれない状況での使用は出来ない。


(詰んだな……)


 逃亡手段を考えたが、強気に出ると子供達に被害が及ぶので、どうやら諦めるというのが最善のようだ。


「主殿、痒いところなどは無いか?」

「別に……」

「りょ、良太さぁん。強過ぎたりしませんかぁ?」

「だ、大丈夫です」

「主人ー! お手々挙げてー!」

「ああ、はいはい……」


(長く感じるなぁ……)


 洗われ始めてから数分しか経過していないが、体感では恐ろしく長く感じる。


「そ、そろそろ終わりでいいんじゃないかな……」

「そ、そうですねぇ。綺麗に出来たと思うんですけどぉ、如何ですかぁ?」

「えーっと……いいんじゃないでしょうか」


 上目遣いに夕霧さんに訊かれたが、多少洗い残しがあろうが、早くこの状況から開放されるのが先決だ。


「背中の方も終わった。では流すぞ」

「ありがとう」


 白ちゃんが終了宣言をして、桶に汲んだ湯で流してくれた。


(やっと終わりか……)


 心の中で盛大に溜め息を付きながら、俺はホッとした。


「えー! まだー!」

「もっとー!」

「あの……もういいよね?」


 白ちゃんや夕霧さんと違って、群がっている女の子達は洗うと言うよりは、俺の身体のあちこちを触ったりぺちぺち叩いたりしながら、自分との身体的特徴の違いを確かめているって感じだ。 


「「「主人ー、ダメですかー?」」」

「あー……出てから遊んであげるから、それじゃダメ?」


 突き放すのも可哀想なので、妥協案を出した。


 初夏だし、オープンエアだが浴場内は温かいとは言え、身体を長時間濡らしたままなのは、子供達には良くないだろう。 


「良太。あたしも洗ってあげるよぉ」

「兄上! 余もお洗いします!」

「えー……」


 終わりにしようかと思っていたら、先に身体を洗い終わって湯船で温まっていた、おりょうさんと頼華ちゃんが近づいてきた。


「さぁて、腕によりを掛けなくっちゃねぇ」

「兄上! 頭を洗わせて頂きます!」

「……宜しくお願いします」


 おりょうさんと頼華ちゃん相手に逆らえる訳も無く、俺は軽く頭を下げた。


「「「……」」」


 序列の問題なのか、俺が終わりにしようと言っても聞かなかった女の子達が、おりょうさんと頼華ちゃんが近づいてくると、自然に大人しくなって距離をとった。


「おや、ちょっと胸板が逞しくなった気がするねぇ」

「そ、そうですか?」


 正面に回ったおりょうさんが、石鹸を泡立てた手拭いで胸を洗ってくれながら、そんな事を呟いた。


(こ、これはやばい……)


 息が掛かる程の距離なので、視線をどこに逸しても、おりょうさんの柔肌が目に入ってしまう。


 そんな状況の中、間近で揺れるおりょうさんの胸に、俺の目は釘付けになっていた。


(夕霧さんの胸とは、違った揺れ方をするんだなぁ……)


 同じ女性ではあるが、柔らかく波打つように揺れる夕霧さんの胸と、弾むように揺れるおりょうさんの胸の差を見ながら、俺は感慨に耽っていた。


「兄上! 湯を掛けますので目を瞑って下さい!」

「あ、はい……」


 心の中では困ったと思いつつも、おりょうさんの揺れる双丘から視線を外す事が出来なかったが、頼華ちゃんの言葉に従って瞼を閉じた。


「それでは……」

 

 ムニュ……


「ん!? ちょ、頼華ちゃん!?」


 頼華ちゃんの手の感触を頭に感じたのと同時に、背中に何か丸みを帯びた、温かく柔らかい物が押し付け


られた。


(こ、これは……)


 大きさ的には控えめながらも、明確に弾力で主張しているのは、紛れもなく頼華ちゃんの胸の膨らみだ。


「そ、そんなに押し付けなくても……」

「し、しかしですね、身長差の関係で、こうしないと兄上の頭に手が……」


 目が開けられないので推測でしか無いが、俺の背中側で精一杯に背伸びをしている頼華ちゃんの姿が思い浮かんだ。


(変な意図は無かったのか……)


 黒ちゃんと白ちゃんが色仕掛け的に胸を押し付けてきた時と今回とでは、どうやら状況が違うようだ。


(そもそも頼華ちゃんが、そんな真似をする訳が無いか)


 頼華ちゃんに決して色気が無いという訳では無く、もしも求愛行動を見せるとしたら、彼女の場合はもっとストレートに行うだろうという事だ。


「それなら、俺が少し身体を倒せば……」


 前傾して頭の位置を下げて、頼華ちゃんが横に回れば、俺の頭に楽に手が届くようになるだろう。


 ムニュッ……


「「……あ」」


 前傾して、顔が柔らかい物に埋もれた感覚を味わった俺と、自主的にでは無いが味わわせたおりょうさんの声が重なった。


「……」


 すぐに離れなければと脳は訴えているのだが、思考と行動が一致せずに、俺は身体を起こせないでいた。


「……」


 何故かおりょうさんも、無言で身体を小刻みに震わせているのだが、俺の事を引き剥がすような事もしないで、じっと息を殺している。


「ら、頼華ちゃん。折角だから、あたしと一緒に良太の頭を洗おうかねぇ」

「はいっ!」

「えっ!?」


 驚いている間におりょうさんと頼華ちゃんの手が、俺の頭の上で動き始めた。


「頼華ちゃん、もう少し耳の周辺なんかも念入りにねぇ」

「はい!」


 おりょうさんの指示に、頼華ちゃんが嬉しそうな返事をしたと思ったら、的確に言われた箇所に手が伸びてきた。


「こ、これが正妻の余裕ですかぁ……」

「……」


 近くで見守っているらしい夕霧さんの声が聞こえたが、俺は無言でなすがままになっていた。


 天国のような、地獄のような時間は、まだ終わらない。

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