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麗華ちゃん御立腹

「おいしー!」

「主人ー。これってなあにー?」

「これはねぇ、お餅と小豆の餡だよ」


 京では食べなかったのか、小豆餡を塗った餅は子供達には初体験だったようだ。


「……」

「あの……おりょうさん?」

「はわっ!? な、なんだい?」

「いや、何って程の事じゃ無いんですけど……」


 子供達の賑やかで和やかな、おやつの時間の風景とは対象的に、おりょうさんの周囲にはなんとも言えない緊張感が漂っている。


(からかった訳じゃ無いんだけど……ちょっとやり過ぎだったのかな?)


 頼華ちゃんを初めて呼び捨てにした時も、かなり恥ずかしがっていたけど、おりょうさんの反応は更に激しかった。


「おりょう姐さん、主人。これってあたしでも作れますか?」


 近くに座っていたお糸ちゃんが、料理好きらしい好奇心で、餡餅に興味を持ったみたいだ。


「そうだなぁ……これはお店のを買ってきた物だから、ここまで上手に出来るかどうかはわからないけど、今度作ってみようか?」


 小豆の煮加減や甘みを引き出す塩加減など、本職には敵わないと思うが、それ程大幅な失敗をする事は無さそうな物だし、挑戦するのは悪くないだろう。


(パンも作れるようになったから、餅だけじゃなくてアンパンとかを作ってもいいな)


 これからの暑くなる時期には、抹茶を掛けたかき氷に乗せて、宇治金時にしてもいい。


「俺は小豆を煮るのに慣れてないけど、おりょうさんなら出来ますよね?」

「……へ? あ、な、なんの話だい?」


 うわの空で、皿の上の餡餅を楊枝で何度も突き刺していたおりょうさんは、どうやら俺達の話を聞いていなかったらしい。


「……ダメなんですか?」

「わぁっ! お糸ちゃん!?」


 おりょうさんの反応を拒絶と受け取ってしまったらしいお糸ちゃんは、表情を歪めて涙を滲ませている。


「ああ、よしよし……」


 今にも泣き出しそうなお糸ちゃんの座っている席に近づいた俺は、抱き上げてあやした。


「おりょうさん……」

「ご、ごめんよ、お糸ちゃん……ちょいと考え事をしてただけなんだよ」


 泣く子には勝てず、我に返ったおりょうさんは自分に非があったのを認め、俺の腕の中のお糸ちゃんに謝りながら頭を撫でている。


「あたしゃ小豆を煮るのは得意だから、教えるのは任しときな!」

「……本当ですか?」


 少し怯えを含んでいるような表情で、お糸ちゃんがおりょうさんの様子を窺っている。


「本当だよ。でも小豆は、前の晩から水に漬けとかなきゃならないから、今すぐにって訳にゃ行かないけどねぇ」

「そうなんですか!?」


 口調も表情もいつも通りに戻ったのを子供心に察したのか、まだ少し涙で濡れている顔を上げて、お糸ちゃんがおりょうさんの言葉に聞き入っている。


(もう大丈夫そうだな)


 抱いていたお糸ちゃんをおりょうさんに渡して、俺はそっとその場を離れた。



「御主人ただいまー!」

「戻ったぞ」

「二人共おかえり」


 おやつの時間から一時間程後、黒ちゃんと白ちゃんが戻ってきた。


 俺とおりょうさんとお糸ちゃんは、厨房で夕食の支度をしているが、子供達はおやつの後の夕食までの時間は、自由に過ごしている。


「今夜の御飯は御主人の!?」

「そうだけど、俺が手を入れるのは少しだけだよ」


 伊勢に出向いたので、今夜は買い求めてきた食材を、軽くアレンジしただけにするつもりだ。


「使う出汁はお糸ちゃんに任せたしね」

「うぅ……責任重大です」


 湯を沸かしている鍋の前で、小さな手を一生懸命に動かしながら、お糸ちゃんが鰹節を削っている。


「あたしと良太が味見をするから、そんなに気負わなくっても大丈夫だよぉ」

「そ、そうですね!」


 リラックスさせようと考えておりょうさんが声を掛けたんだと思うが、お糸ちゃんはより真剣な表情になって、削り器の上で鰹節を動かし続けている。


(……まあ、大丈夫だよね?)


 おりょうさんの言う通り俺達で味見をするし、いま取っている出汁は煮物や吸い物などの(かなめ)に使う訳では無いので、多少の味加減の失敗は問題にならないだろう。


「ところで二人共、江戸と鎌倉はどうだった?」

「おう! 頭領も奥方も元気だったよ!」

「そっか」


 御懐妊のわかった雫様の姿を、俺が最後に見てから二ヶ月近くになるが、どうやら健やかに過ごされているようだ。


「御主人の作った着物を、すっごく喜んでた!」

「それは良かった」


 最大パワーの(エーテル)を用いて作った衣類は、肌触りだけでは無く外気や陽光の影響も少なくしてくれるので、暑くなるこれからの時期も快適に着る事が出来る。


 頼永様の執務だけでは無く身重の雫様にとっても、ある程度は助けになるだろう。


「それと、源平碁を何組か注文したいって! はい、これ!」

「どれどれ……」


 黒ちゃんから手渡された封がされた手紙を開くと、丁寧な挨拶から始まって。源平碁を始めとする商品の発注と、黒ちゃんに持たせた物の一覧、そして俺宛の私的な内容が書かれていた。


「あー……頼永様には気を使わせちゃったなぁ」

「どうかしたのかい?」

「これです……」

「?」


 俺は持っている手紙に書かれている、私的な文面の一部を指差した。


「……ぷっ! あっははははは!」

「ね、姐さんどうしたの?」

「そんなにおかしな事を、頭領が書いてきたのか?」


 おりょうさんが突然吹き出して呵々大笑し始めたので、黒ちゃんと白ちゃんが訝しげな表情になってしまった。


 事情を知っている俺は苦笑しただけで、お糸ちゃんはおりょうさんに何が起きたのかと、キョトンとしている。


「だ、だってぇ……頼華ちゃんが大飯食らってるだろうから、黒に食費を持たせるって……あー、おっかしい」

「そんなに笑わなくても……」


 余程ツボに入ったのか、おりょうさんは涙を流しながら笑い続けている。


(この場に頼華ちゃんがいなくて良かったな……)


 頼華ちゃんはおやつの後、数人の子供達にせがまれて武術を教えている最中だ。


「そいで、これは正恒から」

「正恒さんから?」


 黒ちゃんが、こちらは封などはされていないが、折り畳んだ手紙を差し出してきた。


 鍛冶師の正恒さんにも、作業衣や耐熱の手袋などを黒ちゃんに持っていって貰ったが、意外と言っては失礼だが、手紙などを預かってくるとは思わなかった。


「……正恒さん、感謝します」


 正恒さんの手紙にはぶっきらぼうな文章で、黒ちゃんに鋤や鍬などの農具や、金槌やヤットコなどの鍛冶道具を、中古だから使ってくれと、持たせてくれた旨を記してあった。


「黒ちゃん、お金は……」

「おう! 頭領が塩の代金は要らないって言ってくれたんで、御主人から預かった分を正恒に渡してきたよ!」

「黒ちゃん、良くやってくれたね」


 俺は黒ちゃんの頭を、念入りに撫でた。


「おう! えへへぇー♪」


 預かってきてくれた物品を、この場で出して確認した訳じゃないので全容は掴めないのだが、中古と言えども無償では正恒さんに申し訳ないので、黒ちゃんの気遣いには感謝するしか無い。


 頼永様には塩の件では借りを作った形になってしまうが、源平碁その他の納品の際に、その辺は生産をしようと思う。


「それじゃ悪いんだけど、金物は鍛冶小屋に、塩は貯蔵庫に出しておいてくれる?」

「おう! っと、その前に。これはここで使うよね?」

「これは……」


 黒ちゃんがドラウプニールから出したのは、木の鞘に入った小さな包丁、小出刃だった。


「おやまあ。こいつは子供が使うには、丁度いいねぇ。正恒の旦那に感謝だね」

「本当に……」


 小出刃は大きな物より取り回しがし易いというだけで、別に子供用では無いのだが、それでもお糸ちゃんくらいの体格の子には、普通サイズの出刃や柳刃なんかと比べると、格段に扱い易いだろう。


「お糸ちゃん。後で研いであげるから、これから包丁はこれを使うといいよ」

「ありがとうございます!」


 やはり大人用の包丁は使い難いと思っていたのか、俺が鞘に入った包丁を手渡すとお糸ちゃんは、ぱぁっと花が咲くような笑顔になった。


「藤沢に住んでる鍛冶師さんが作った、凄くいい包丁だから、料理の腕前が上がるね」

「はいっ! うふふ……」


 元気に返事をしたお糸ちゃんは、鞘から少しだけ出した包丁の刃に、真剣な表情で見入っている。


(な、なんかちょっと、危ない感じだな……妖刀とかじゃ無いよね?)


 お糸ちゃんの包丁を見る表情は、真剣を通り越して少し魅了されているような、妙な熱を含んでいるように思えるのが少し気になる。


「そいじゃ行ってくるね!」

「うん。お願い」

「おう!」


 黒ちゃんは笑顔で、外へ出ていった。


「俺は徳川の頭領から、これを預かってきた」

「ありがとう」


 頼永様と同じように、家宗様からも手紙が白ちゃんに託されていた。


「手紙に書いたと言っていたが、樽で五個、牛の乳を預かってきたぞ」

「成る程……やっぱり牛乳も乳製品も、そんなに消費は出来ないみたいだね」


 江戸で牛乳や乳酪(バター)、生クリームなんかを利用した料理を試食して貰って、家宗様は概ね気に入ってくれていたようだが、やはり食生活が急激に変化するという事は無かったのだろう。


「伊勢で朔夜様に、酪農が成功しているか確認するのを忘れてたから、助かったよ」

「忘れてた? 主殿にしては珍しい事もあるな」

「まあ、ちょっとね……」


 朔夜様のプロポーションの、主に胸に嫉妬した頼華ちゃんのお蔭で、それどころじゃなかったとは口に出せない。


「そうだな……一樽は湯煎してそのまま、一樽は撹拌して分離した分を取っておいて、もう一樽も撹拌して、その後に乳酪(バター)にしよう。あとの二樽は料理に使おうかな」


 季節外れになってしまうが、牛乳があればホワイトシチューが作れる。具に使う肉は、まだ売る程ある。


「主人。その撹拌って、あたしにも出来ますか?」

「出来るけど……料理って言うよりは力仕事なんだよね」


 生乳を撹拌して油脂分を分離させて生クリームを取り、そこから更に撹拌して乳酪(バター)を作るのだが、ひたすら根気と腕力の要る作業である。


「主殿。出来上がるまでやらせなくても、作業に関わらせるくらいは構わんだろう」

「言われてみれば……それもそうだね」


 無論、最初から最後まで自分で作って完成させられれば嬉しいと思うが、作る作業に関わったというだけでも、達成感は得られるだろう。


「じゃあ食事以外の時間を使ってやるから、お糸ちゃんには大変かもしれないけど、その時には手伝って貰おうかな」

「はいっ!」


(実際にやり始めて、音を上げちゃわないといいけど……)


 期待に瞳を輝かせるお糸ちゃんを見ていると微笑ましくなってくるが、顔を真赤にして泡立て器で掻き回している姿を想像すると……。


「それと、な……主殿に、徳川の頭領から預かってきた物があるのだが」

「ん? 牛乳以外にも何かあるの?」

「う、うむ……年老いて死んだ、力仕事に使っていた牛を、な……」

「う、牛!?」


 何やら話が、怪しい方向になってきている。


「角や皮は、武具や装飾品などに使うらしいのだが、他は持て余しているらしくてな」

「話はわかったけど、だけどなんで俺に?」

「頭領が言うには、「あの者ならば欲しがって、何か有効に使うのではないか?」と言われて、俺もそう思ったのでな」

「あー……」


 今までは煮立てて固形分を抽出した酪を作る以外には廃棄していた、牛乳を利用した製品を俺が作ったので、家宗様は牛そのものもと思ったのだろう。


「そうは言っても老牛じゃ、肉は固くて食べられないんじゃないかなぁ」


 内臓類や舌、尻尾やスジ肉などは、若くても年老いていてもそれ程品質に差は出ないと思うが、通常消費する部位はかなり固くなっている事が考えられる。


「俺に言いながらも、既に主殿は利用法を考えているのではないか?」

「む……」


(白ちゃんには読まれてるか……)


 老牛ではあるが、こっちの世界の日本では滅多に手に入らないと思われる牛肉である。


 供養の意味も込めて、最大限に有効利用したいと思うのは人情というものだろう。


「はぁ……解体するだけでも時間が掛るだろうから、とりあえずは白ちゃんが持ったままでいてくれるかな」

「うむ。承知した」


 やっぱりな、とでも言いたげに、白ちゃんが俺を見ながらニヤリと笑った。


 ガシャン!


 その時、俺達が話をしていた厨房の隣の食堂から、何かを落としたような音が聞こえてきた。


「なんだろう?」


 子供達の鳴き声とかは聞こえてこないので、怪我をしたとかは無さそうだが、気になるので食堂に通じる木戸を開けて中の様子を伺った。


「うー……夕霧嫌いっ!」

「れ、麗華ちゃん……」


 木製ベンチの上に立ち上がって両手を握りしめた麗華ちゃんが、膨らませた頬を真っ赤にさせながら身体を震わせている。


「「……」」


 近くに座って源平碁をやったり、観戦していたらしい子供達は、麗華ちゃんの事を呆然と見守っていて、床にはひっくり返った源平碁の盤と駒が散らばっていた。


「夕霧さん、何が?」

「あ、あはははは……それがですねぇ……」

「主人ー! 夕霧がいじめるー!」


 ピョンとベンチから飛び降りた麗華ちゃんは、俺の立っている場所まで走り寄って、脚に抱きついた。


「いじめるって……」

「い、いじめるつもりは無かったんですけどぉ……」


(なんか読めてきたな……)


「麗華ちゃん、何があったか話して御覧?」


 大凡(おおよそ)の予想は出来たが、本人の言い分を聞くのは重要だ。


 俺は麗華ちゃんを抱き上げて、可愛らしい膨れっ面を覗き込んだ。


「夕霧が……夕霧が勝たせてくれないのぉ……」

「あー……」

「……」


(やっぱりそういう事か……)


 麗華ちゃんの言葉と、困ったような顔をしながら盤と駒を拾い上げている夕霧さんから、真相が導き出せた。


 何度やっても源平碁で勝てない麗華ちゃんが、癇癪を起こして盤をひっくり返したのだ。


(ルールは簡単だけど……やっぱり経験の少ない子には厳しかったのかな?)


 思考が柔軟な子供の頃から触れ合っていれば、どんどん強くなっていくと思うのだが、そこまで行くのに麗華ちゃんが耐えられなかったのだ。


「ん? あの、もしかして夕霧さんって、囲碁とか将棋が得意だったりしますか?」

「え? あぁー、お偉い方の暇つぶしのお相手をする必要もありましたからぁ、遊戯の類は一通り叩き込まれたんですよぉ」

「あー……」


(麗華ちゃん、相手が悪かったね)


 お偉い方の相手という事は、勝つ必要は無いがそこそこ張り合いが無ければすぐに飽きられてしまうので、腕前と共に絶妙な駆け引きが要求されるだろう。


 おっとりした雰囲気にのんびり口調の夕霧さんは、実は頭脳ゲームに関しては、かなりのエキスパートだという事が判明した。


「勝てなくて悔しかったのはわかったけど、それでも夕霧さんに失礼な事を言ったり、盤をひっくり返したりしたのはいけないね?」

「っ! はい……」


(一応、悪い事をしたって自覚はあるみたいだな)


 癇癪を起こしての衝動的な行動だとしても、麗華ちゃんの中にはちゃんと罪悪感はあったらしい。


「ごめんなさい……」

「うん。良く言えたね。でも、俺にだけじゃなくて、ちゃんと夕霧さんにも謝ろうね?」

「うぅ……ごめんなさい」

「い、いいんですよぉ!」


 俺に抱かれたまま、麗華ちゃんが身体を捻って頭を下げると、夕霧さんは動揺しながら両手を振っている。


「でもぉ、もう夕霧とはやらないぃっ!」

「えぇー……」

「そ、そう……」


(礼儀とプライドは別なのか……)


 謝りはしたが、麗華ちゃんは意外と負けず嫌いだったようで、どうやっても勝てない夕霧さんとは、源平碁で遊びたくないと宣言してしまった。


「りょ、良太さぁん……」

「こればっかりは、俺に言われてもなぁ……」


 夕霧さんが手を抜けば、麗華ちゃんが満足出来るという事では無さそうなので、この二人の間で再び源平碁をプレイするのは難しいかもしれない。


(何か他の遊びで、子供でも勝てそうな物……あ)


 手元にある材料で、なんとかなりそうな物が頭に浮かんだ。


「麗華ちゃん、夕霧さん。ちょっとだけ待ってて下さい」

「ふぇ?」

「なんですかぁ?」

「おりょうさん、釜の面倒をお願いします」


 頭に浮かんだ物を形にする必要があるので、自分がやると言った手前申し訳ないが、炊飯中の釜の面倒をおりょうさんにお願いした。


「任しときな」

「すいません」


 快く請け負ってくれたおりょうさんに頭を下げて、麗華ちゃんを床に下ろした俺は、作業の為に鍛冶小屋へ向かった。



「おろ? 御主人どうしたの?」


 鍛冶小屋に行くと黒ちゃんが、正恒さんから預かった工具類をドラウプニールから出して並べている最中だった。


「ちょっと作りたい物が出来てね。お、こいつは丁度いいや」


 正恒さんの本業は刀鍛冶だが、必要とされてあらゆる種類の打刃物を扱っているので、黒ちゃんが言っていた農具や鍛冶道具以外にも、様々な物を持たせてくれていた。


「こういうのって、専門の職人が作るはずなんだけど……正恒さんは正真正銘の天才だな」


 黒ちゃんが道具類を並べている休憩用の小上がりに俺も座って、その種類の多さに舌を巻く。


「そうなの?」

「うん。そうそう」


 俺が(かんな)を手にしながら呟くと、黒ちゃんが興味深そうに訊いてきた。


(のこぎり)もあるけど……時間短縮だな」


 それ程大きな物では無いが(のこぎり)もあるのだが、時間が掛かるのでここは巴を取り出した。


「こう……こう……こう……」


 厚さが五ミリ、横が一センチ、長さが十センチくらいの直方体を、巴で樫の端材から大量に切り出していく。


 次に(かんな)で表面を綺麗に削って、大きさが同じになるように、しかしわざと厚みを少し不揃いになるように調整する


「黒ちゃん、悪いけどこれを塗ってから磨いてくれるかな?」


 大きさを揃えた木片の表面を整えるのに、蜘蛛の糸で作った布と、炎が使えるので必要無いのだが、念の為に持っている蝋燭を取り出した。


「おう!」


 偶然居合わせただけで作業をして貰うのは少し気が引けるが、快諾してくれた黒ちゃんに磨き作業を任せ、俺はパーツを量産し続ける。



「ありがとう。黒ちゃんのお蔭で早く終わったよ」

「おう! でもこれって、なんなの?」


(確かに、知らない人間から見れば、ただの大きさを揃えた木片でしか無いよな)


 黒ちゃんのもっともな疑問の言葉に、俺は苦笑した。


「じゃあちょっと、やってみようか」

「?」


 不思議そうな顔をする黒ちゃんの前で、俺は表面処理が終わった木片を揃えて重ね始めた。

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