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りょう

「……なんか色々ありましたけど、御礼申し上げます、鈴白様、頼華様」

「どう致しまして。お気に召したのなら、こちらも嬉しいです」


 作務衣から普段の服装、と言っても、俺が仕立て直した方に着替えた朔夜様と松永様に、代官所の玄関まで見送られた。


 朔夜様からは個人的に源平碁の高級品を二組、予約という形で発注を受けた。


 椿屋と違って代官所の職員の人達と遊ぶという訳にはいかないが、那古野の本家に出向く際に持参して、宣伝してくれると言ってくれている。


「俺からも礼を言うぜぇ。タダで着物を一揃え貰えた上に、代官の艶姿なんて、滅多にお目に掛かれない物を……」

「ま、松永ぁっ!」

「おっと。それと頼華姫、うちのお姫さんはあれこれ鬱屈としてますから、時々来て揉んでやって下さい」


 朔夜様は黙らせようと平手打ちを放つが、鮮やかに躱した松永様は軽口を続ける。


「揉む? 松永よ、それは武術の方か? それとも……」

「ら、頼華殿っ!?」


 頼華ちゃんが本気にするとは思わなかったのか、朔夜様が絶望的な表情で見てくる。


「それはもう、胸の方ですな」

「ふむ……」

「ま、松永ぁ! 貴様に私の胸の事を、あれこれ言われる筋合いは無いぞっ!」

「いいじゃないですか。おっと! どうせ使う相手もいないんですから」


 落ち着きを無くしているからか、朔夜様何度も追い打ちを掛けているのだが、その閃光のような、既に平手打ちでは無く手刀とでも呼んだ方がいい技を、口調と同じように軽やかに躱していく。


「むっ、胸を使うとは何だ!?」

「そんなの、色々とあるでしょう? はぁ。それじゃ今度、お藍にでも教えるように……」


 仕方ないなと言わんばかりに、松永様は朔夜様に肩を竦めて見せた。


「む? それは余も気になるな……」

「あーっと、頼華ちゃん、随分と長居をしちゃったから、帰ろうか?」


 松永様の言葉に関心を持ってしまったらしい頼華ちゃんの言葉を遮るように、俺は肩を抱いて歩き始めた。


「それでは朔夜様、失礼します。松永様、程々に……」

「兄上?」

「お、お気をつけて……」

「おう。またな」


 丁寧に頭を下げる朔夜様と、軽く手を挙げた松永様に会釈しながら、不思議そうな顔をする頼華ちゃんを抱えるようにして門に向かった。



「さて、さすがに内宮に参詣したりすると時間が掛るから、今日はこれで戻ろうか」

「はい! ですが兄上、里の者達に土産を買っていってやりませんか?」

「土産? 頼華ちゃんには、何か良さそうな物の心当たりでもあるの?」


 伊勢神宮の周辺で土産物と言っても、神社などに特有なお守りとかの類になってしまう。


「あの茶屋の餡餅があるではないですか!」

「ああ、あれか……」


 頼華ちゃんが言っているのは、伊勢の内宮の参道にあった「青福」ののぼりのある茶屋の、独特の筋目がある餡餅の事だ。


(京にいる間はどうだったか知らないけど、子供達にはあんまり、間食をさせていなかった気もするな)


 食べ過ぎは勿論良くないのだが、一度に大量に食べられないにしても、子供は食べた分だけエネルギーになり、成長する。


 一般的な子供の尺度が、元は蜘蛛の妖怪である里の子供達に、当て嵌められるのかはわからないが……。


「確かに子供が好きそうな味ではあるか……持ち帰りをさせてくれるかわからないけど、行ってみようか?」

「はい!」


(こりゃあ、子供達にと言っているけど、本音では頼華ちゃんが食べたいんだな)


 元気良く返事をして、意気揚々と歩く頼華ちゃんの姿を見て、俺は苦笑するしか無かった。



「おおっ! 里の入り口ですね?」

「お疲れ様。うん、少し歩けば里だね」


 まだ往復の二度しか行っていない界渡りを終えて、里の入口前で元の空間に戻った頼華ちゃんは興奮気味だ。


「兄上」

「ん? どうかした?」

「界渡りでは、里の中へ直接は入れないのですか?」


 手を取り合うような姿勢で界渡りでの移動を行っていたので、元の空間に戻っても間近にいた頼華ちゃんが、俺の事を見上げるようにしながら訊いてきた。


「えっ!? うーん……それは俺も思ってたんだけど、ダメみたいなんだよね」

「そ、そんなに驚かれるような事だったのですか!?」


 頼華ちゃんにしてみれば、なんで里の中のどこかに出なかったかと、思った事を口にしただけのようだが、いきなり核心を突かれた俺の方は驚いてしまったのだ。


「実は俺は界渡りでここへ戻るのは初めてなんだけど、お使いを頼んだ黒ちゃんと白ちゃんが、いつも里の外から歩いて戻ってくるから、おかしいなと思ってたんだ」

「そうだったのですか?」


 管理権限を持っている俺達には、里に侵入しようと近づいて来る者がいれば、どういう仕組みかは不明だがシステムが知らせてくれる。


 そして管理権限を持つ者が許可を与える、もしくは予め与えてあれば、基本的に里への出入りは自由になるのだ。


 しかし、既に出入りを自由にしてある黒ちゃんと白ちゃんが、どういう訳か遠隔地からの帰りに界渡りで里へ戻っても、一気に中まで入ってこない事に違和感を感じていたという訳だ。


「もしかしたら、里をあれこれ弄った時みたいに設定すれば、出来るようになるのかもしれないんだけどね」


 いつまでも里の外で話していても仕方がないので、俺は頼華ちゃんを促して、霧の中へ歩き始めた。


「では、そのようにされれば良いのでは?」

「うーん……」

「そ、そんなにも難しい案件でしたか!?」


 俺が立ち止まって腕を組み、難しい顔をしたのを見て、頼華ちゃんがおろおろし始めてしまった。


「そうなる……のかな? ほら、紬が俺達を敵だと勘違いして、霧の護りがあるのに里の招き入れる形になったでしょ?」

「ええ。それが何か?」


 俺が何を言いたいのかがわからずに、頼華ちゃんが可愛らしく首を傾げた。


「もしもだけど、界渡りで直接里に入れるようになって、そこから綻びが出来て、外部からの侵入者を食い止められないようになったりしないかなって。考え過ぎだと思うけどね」


 里のコンストラクトモードの仕組みの全容も良くわかっていないのだが、もしもシステムの隙きを突いて侵入してくるような存在が……そんなネットワーク犯罪者みたいな相手がいるとは思いたく無いが、どうにも気になってしまう。


「成る程、さすがは兄上です! 常に里や子供達の事をお考え下さっているのですね!」

「それはまあ。でも、考えてるのは里と子供達の事だけじゃ無いよ」

「えっ!? そ、それはどういう……」


 俺への褒め言葉に、足りない物があったらしいと思った頼華ちゃんは、目に見えて落ち着きを無くし始めた。


「どういうって、そんなの決まってるじゃないか」

「?」


 とりあえず、俺が怒ったりしていないと表情からわかったので安心したようだが、まだ言っている事が理解出来ずに目を丸くしている。


「里や子供達だけじゃ無くて、その……頼華ちゃんやおりょうさんも、大事だよ?」


 俺は頼華ちゃんの両腋の下に手を入れてヒョイッと抱き上げると、幼いながらも美しい顔に自分の顔を寄せた。


「ひゃっ!?」


 ボッ、と、燃え上がるように一気に顔を赤くした頼華ちゃんは、狼狽をしているが暴れるような事は無かった。


「あの、頼華ちゃん?」


(歯の浮くような事を言ったから、引かれちゃったかな?)


 元々、異性に対して気の利いた事が言えるような性格では無いのだが、それでも精神力を削りながら絞り出した言葉が、頼華ちゃんにどういう効果を及ぼしたのかがわからない。


(とりあえず、怒ったりはしていないみたいだけど……)


「……あにうえ」

「ん? なあに?」


 俯き加減の頼華ちゃんが、ボソッと俺の名前を呟いたのだが、言葉の全てを聞き取れたのか自信が無いので、聞き返してしまった。


「兄上っ! ううん! あなたっ! 大好きですっ!」

「わっ!?」


 抱き上げられた状態から、頼華ちゃんが俺の首に縋り付いてきた。


 不安定な状態になりながらも、俺は辛うじて転倒したりはせずに、、頼華ちゃんを落とさないようにしっかりと抱え直した。


「♪」


 これ以上無いってくらいに御機嫌な頼華ちゃんは、子猫のように俺の頬に自分の頬を擦り付けてくる。


「……うん。俺も好きだよ。頼華」

「はい……」


 俺の言葉に、溜め息混じりに応えた頼華ちゃんの表情と声には、今までのような幼さのある物とは違う、女性らしさい成分が含まれている。


(おりょうさんに、怪しまれないといいけど……)


 里を護る霧の中に、俺と頼華ちゃんがいるのは管理者権限を持っているおりょうさんに気付かれているはずだが、いつまでも動かない事を不審に思っているかもしれない。


(……ま、いいか)


 ここですぐに引き剥がすような事をすれば、おりょうさんだけでは無く頼華ちゃんまで敵に回してしまうかもしれないので、暫くの間は好きにさせてやろうと思いながら、俺は腕の中の恋人の頭を撫でた。



「えっと……頼華?」


 そろそろ五分程経過しようという頃になって、俺は腕の中の頼華ちゃんに話し掛けた。


「なんですか、あ・な・た……きゃっ!」

「……うん。ちょっとね」


 いつもの凛々しさは欠片も無いが、こういう頼華ちゃんも実に可愛い。


(やばい……傍から見たら俺達って、完璧にバカップルだよな)


 俺の方でも決して悪い気はしていないのだが、他人に見られたらと思うと、とてつもなく恥ずかしい気がしてきた。


「それで、なんなのですか?」

「うん……頼華の事を呼び捨てにするのは、当分の間は二人っきりの時だけでも、いいかな?」

「っ!?」


 ビキッ、と、空気の固まる音と、頼華ちゃんの背後に落雷が落ちたような錯覚を覚えた。


「どどど、どういう事なのですか!? もう余に飽きたのですか!? あなたーっ!?」

「頼華、落ち着こうね?」


(……事情を知らない人間が見たら、幼妻に浮気がバレた旦那の図だよな)


 俺に抱えられた状態なのもお構い無しに、頼華ちゃんが俺の胸ぐらを掴んで、ガックンガックン揺すってくる。


「落ち着いていますから、言い訳を聞かせてみれば良いのですわ!」

「うん。全然落ち着いてないよね?」


 何故か急にお嬢様みたいな口調になっている頼華ちゃんは、必死の形相からして落ち着い散るようには見えない。


「勿論、頼華に飽きるなんて訳が無いよ」

「で、では、何故なのですっ!?」


 当たり前だが、さっきの今で頼華ちゃんに飽きるなんて事がある訳が無いのだが、俺がはっきりと口に出したので、少しだけでが落ち着きを取り戻したようだ。


「その、ね……頼華を呼び捨てにするとなると、当然だけどおりょうさんもって事になるでしょ?」

「?」


 俺の言っている事が全く理解出来ないというのが、頼華ちゃんの表情にありありと出ている。


 もしも今の状況を漫画やイラストで描いたら、頼華ちゃんの背景には、はてなマークがいっぱいだろう。


「頼華を呼び捨てにするのも、あなたって呼ばれるのも少しは慣れたけど、おりょうさんをってなると、ね……」

「あ……あー……」

「わかってくれたみたいだね」


 ちゃんと言葉で示してくれた訳では無いが、頼華ちゃんの瞳に理解の火が灯った。


「な、成る程……それは確かに」

「でしょ?」


(今の頼華ちゃんとのように、おりょうさんと二人っきりにでもなれば……それでも難しいな)


 自分がおりょうさんを抱きしめているシーンは想像出来るし、実際にした事もあるのだが、「おりょう」とか「りょう」と呼び捨てにするというのは、まだ俺にとっては相当にハードルが高い。


(好きな事は間違い無いんだけど、俺にとってのおりょうさんは、目上の人ってポジションなんだよなぁ……)


 そもそも、最初におりょうさんに出会ってあれこれ世話をして貰っていなければと考えると、結構ゾッとする。


「わ、わかりました! あなたに普段から呼び捨てにされないのは残念ですが……でも、二人の秘密みたいで、これはこれで悪くないです!」

「そう言ってくれると助かるよ」


 頼華ちゃんにはなんとか納得して貰うつもりだったが、先に折れてくれて心底ホッとした。


(だけど今後、頼華ちゃんと二人になれる時間なんてあるのかなぁ……)


 頼華ちゃんに納得して貰う為に提示した条件だが、考えてみればこれまでに二人っきりになった事なんて、数える程しか無いのだ。


「それじゃ行こうか?」

「うぅ……もう少しこうしていたいですが、仕方がありませんね!」


 俺が頼華ちゃんを地面に下ろすと、言葉通りに仕方ないという感じの表情をしている。


「あはは。多分だけど、おりょうさんには俺達が帰ってきてる事がわかってるだろうから、あんまりここに長居すると、変に思われちゃうかもしれないよ」

「うっ! い、急ぎましょうか!」


 頼華ちゃん自身も、里の外部から誰かが来た場合には気がつくようにいなっている事を思い出したようだ。


 顔に焦りの色を浮かべた頼華ちゃんは、俺の手を引いて歩き始めた。



「ただいまー」

「戻ったぞ!」


 霧の護りを抜けて里に入ると、午後は自由時間にしたのか、畑や、養蜂の為の巣箱を興味深そうに観察している十人くらいの子達の姿が目に入った。


「あー! 主人ー!」

「頼華様ー!」


 俺と頼華ちゃんの姿に気がついた子供達が、元気良く走り寄ってくる。


「ははは。いつもながら、大歓迎だな」

「こら、お前達! そんなに群がるで無い!」


 身長差があるので、俺は膝下ぐらいを掴まれたりするだけだが、頼華ちゃんは抱きつかれて揉みくちゃにされてしまっている。


 しかし、怒っているような口調でありながらも、頼華ちゃんは子供達を邪険にするような事はせずに、嬉しそうな顔で頭を撫でてあげたりしている。


「主人ー! お土産はー?」

「お土産? 雪華(ゆきか)ちゃんはいい子にしてたかな?」


 右脚の作務衣の裾に掴まりながら、俺を見上げていた雪華(ゆきか)ちゃんを抱き上げ、軽く額をくっつけながら訊いてみた。


「してたよー!」

「本当かなー? 他の子達も、いい子にしてたかな?」

「「「してたー!」」」


 見事に声を揃えながら、子供達は自慢気に手を挙げた。


「よーし。それじゃお菓子を買ってきたから、みんなで食べようか?」

「お菓子ー!」

「やったー!」


 お菓子と告げると、まるでお祭りのように子供達が騒ぎ始めた。


「それじゃあ……頼華ちゃんには悪いんだけど、他の子達にも声を掛けてきてくれるかな?」

「お任せ下さい!」


 この場にいる子達だけに食べさせるという訳には行かないので、残り半分くらいの子供達の事をお願いすると、頼華ちゃんは快諾してくれた。


「頼華様ー! 一緒に行きますー!」

「お、そうか? では陽華(ようか)よ、一緒に来るがいい!」

「はーい!」


 頼華ちゃんが差し出した手を、陽華(ようか)ちゃんが嬉しそうに握り返すと、二人は里の北の方へ向けて歩き始めた。


 何も知らない者からは、頼華ちゃんと陽華(ようか)ちゃんは仲のいい姉妹にしか見えないだろう。


「それじゃあ俺達は、食堂に行こうか」

「「「はーい!」」」


 雪華(ゆきか)ちゃんを肩車して、残った子達と手を繋いだりしながら、歩幅を合わせてのんびり歩いた。



「ただ今戻りました」

「「「戻りましたー!」」」


 食堂の木戸を開けながら戻った事を告げると、子供達が叫ぶようにして俺を真似た。


「おやおや、随分と賑やかだねぇ。おかえり良太。頼華ちゃんは?」

「他の子達を呼びに行って貰いました」


 料理の下拵えでもしていたのか、おりょうさんが手を拭きながら食堂へ顔を出す。


「おやそうかい。って事は、何かおやつでも買ってきたのかい?」

「ええ。伊勢の餡餅を」

「そいつはいいねぇ。それじゃみんな、おやつの前に手を洗っといで」

「「「はーい!」」」


 おりょうさんの号令で、子供達は我先にと水場の方へ走っていった。肩から下ろした雪華(ゆきか)ちゃんも続く。


「……ところで良太」

「はい?」

「なんか言いたい事があるんじゃないのかい?」


(それは、おりょうさんの方もですよね?)


 心の中でそう呟いたくらいに、ジト目で俺を見てくるおりょうさんが気になる。


「……頼華ちゃんと一緒に、随分と里の近くでのんびりとしていたようじゃないか?」


 近づいたおりょうさんは、人差し指の先で俺の胸の辺りをグリグリする。


「あー……それはですね」


 俺は掻い摘んで、里を護る霧の中での頼華ちゃんと交わした会話の内容を、おりょうさんに説明した。


「……ってえと何かい? あたしが良太を、あ……あんたって呼ぶ前に、頼華ちゃんが!?」

「あ、そっちが問題でしたか」


 どうやらおりょうさんには、俺と頼華ちゃんが霧の中で何をしていたかよりも、自分の方が先に夫らしい呼び方をしかたったという事が重要だったようだ。


(こればっかりは、単にタイミングの問題だからなぁ……)


 今回はたまたま、おりょうさんが里に逗まって頼華ちゃんと伊勢にという流れになって、その流れの中でお互いの呼び方という話題が出て……というだけなのだ。


(でも、プロポーズした時点から、機会は幾らでもあった訳だし……)


 プロポーズをした日から三人で里で過ごしていたのだから、俺にしてもおりょうさんにしても、お互いの呼び方を変える機会はあったのだから、これは本当にタイミングの問題というしか無い。


「おりょうさんだって二人だけの時以外で、俺の事を、その……今までと違う呼び方出来ますか?」

「うっ……」

「俺の方でも、おりょうさんを呼び捨てとかにするのは……」

「そ、そうだねぇ……」


 順番の後先は仕方が無いが、本質的な部分での問題を問われて、おりょうさんも言葉に詰まっている。


「頼華ちゃんとは、二人だけの時以外には今まで通りって事にないましたけど、おりょうさんも同じでいいですか? 変えろというのなら、俺も腹を括りますけど……」


(実際に変えたら、周囲の反応が怖いなぁ……)


 子供達にはさすがに冷やかされる事は無いと思うが、レンノールや夕霧さん、紬辺りの反応が特に怖い。


(冷やかされないまでも、深い仲になったとか思われちゃうんだろうなぁ……)


 呼び方が変われば、おりょうさんや頼華ちゃんと俺との関係に変化があったと察せられるのは仕方が無いが、深い仲になったのかと勘違いされても、肯定も否定も出来ないのには困る。


「う……と、とりあえずは現状維持で、お願いしようかねぇ……」

「わかりました」


(……日和ったな)


 結局、強気に問い詰めてきたおりょうさんも、自分が当事者になった時点で、今までの状況からの切り替えが難しいと気がついて、急に消極的になってしまった。


(まあ、当然の反応か)


 自分もそうだが、おりょうさんを呼び捨てにするという行為よりも、それを人前で行うという事のハードルが凄く高いのだ。


(でも…)


「……良太?」


 俺はおりょうさんに近づくと、耳元に顔を寄せた。


「ありがとう、りょう」

「っ!?」


 頼華ちゃんにしたように、少しだけおりょうさんにもケアをしておいた。


「あ……あぁ……」

「えーっと……」


 しかし効果が大き過ぎたようで、おりょうさんは真っ赤な顔をしながら俺を指差し、何か言いたそうに口をパクパクしている。


「……おりょう姐さん、どうかされたのですか?」


 厨房と食堂の間の扉を通って、手伝いをしていたらしいお糸ちゃんが姿を現し、心配そうに見つめている。


「っ! な、なんでも無いんだよ。さあ、お糸ちゃんも、おやつがあるから手を洗っておいで」

「は、はい……」


 少し訝しげな視線を送ってくるが、俺が言うとお糸ちゃんは、ぱたぱたと水場へ走っていった。

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